「動き出す妖怪展」に行って、素晴らしいイマーシブに感動し、たくさんの妖怪について勉強させていただきました。その中で、改めて妖怪って一体なんなんだろうと、考えさせられました
プログラムの”妖怪とは一体何なのか?”より
”古の人々が感じていた不思議な現象一
夜ふけにく誰のものとも知れぬ足音、音に走る気配、
突如として降り出す大雨、山を揺らす風一
こうした現象は、古の人々にとって「不安」であり「異変」であり、「災いの兆し」であった。
そのわからなさに、名を与え、かたちを与えた存在がはじまりの「妖怪」である。
ざしきわらし、天井甞、疱疹神、火車、天狗・・・・・。それぞれが音や視線、病や嵐といった、目には見えず言葉にもしがたい力を象徴する存在として語られた。
しかし、妖怪はただの怪物では終わらなかった。
妖怪は次第に人々が異常や異変と向き合うために生み出した、“理解のための装置”としての役割を持ち、像力の結晶”であるとも言える。
やがてそれらは物語となり、姿を与えられ、「キャラクター」として現代にまで生き続けている。”
ここから私は思いました
1.妖怪は、仮説思考
2.妖怪物語は、コンテキストを炙り出す
3.現代の、妖怪退治とは?
1.妖怪は、仮説思考
夜寝る時に明かりをつけていないと寝れない、暗がりの向こうに何かいるような気がする、みたいなことは、小さい時はとても怖かったし、大人になると随分マシになりましたが、今でも気持ち悪く感じることがあります
自然現象で、さまざまな災害の兆しは、随分、科学でわかってきましたが、それでも、それを完全に乗り越えることは現代でも難しいことだと思います
古の方々は、その何だかわからない突然の「不安」や「災い」に名前をつけることによって、乗り越えようとしていたというお話は、とても腑に落ちました
それは、ある意味、なんだか分からない課題に、一旦、仮説として、名前をつけてみよう、ということから始まったのかもしれないなあと思いました
そして、その仮説によると、こんな感じの絵になるんじゃないという、グラフィックレコーデング(グラレコ)にしていたのが、歌川国芳さんのような絵師の皆様ってことなのかもしれないなあと
それによって、みんなでその課題に対して向き合える状態を作ったのではないかとすると
まさに、誰もが感じている課題の仮説思考の具現化ということのような気がしました
2.妖怪物語はコンテキストを炙り出す
そして、面白いのは、さらにその妖怪を深掘りしていくことで、その性格や弱点や、気をつけなければいけないことなどが、浮き彫りにされていることだなあと思いました
これは、まさに、各々の課題の背景にある、コンテキストを浮き彫りにする、または、ペルソナを設定して、ジャーニーを作り出していっている
まさに、デザインシンキングのような、形で、みんなが感じている恐怖や不安の、真の課題がどこにあるのかを探ろうとしていたのかもしれないなあとも思えてきました
歌川国芳さんの有名な巨大な骸骨が襲いかかってくる絵は、実は、幕府による言論統制への、痛烈な批判として描かれていた、みたいな、本当に恐ろしいのは何なのか?
を暗に浮き彫りにさせる、そんな課題のコンテキストを炙り出す、そんな役割があったのかもしれないなあと思いました
3.現代の妖怪退治とは?
そう考えると、実は、古の妖怪というのは、その時代における、見えにくい真の課題に名前をつけることで見える化して
グラレコとデザインシンキングで、コンテキストまでを浮き彫りにすることで
その真の妖怪をいかに倒していくべきかを、世の中に問うていたのかもしれないと思うと
その妖怪に敢然と立ち向かう、妖怪退治こそ、現代におけるイノベータであり、その真の課題を解決することこそ、イノベーションということができるのかもしれないなあと思いました
だとすると、現代における妖怪はいったい何なのか
その妖怪を倒すために、何が必要なのか
みんなで現代の妖怪を描いて名前を書いてみよう、セッションをやって
そこからイノベーションの種を探す
そんなセッションもあってもいいかもなあと思いました
ということで、一言で言えば
現代の妖怪退治ノベーション
そんな話をしています
参考:動き出す妖怪展 企画制作 一旗 テレビ愛知 オフィシャルプログラムより https://www.yokaiimmersive.com
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