新国立劇場バレエ団の世界初演の演目「チャールズ・チャップリンの『街の灯』」に、人の優しさと希望について、大切なことを教えていただきました。
1931年のサイレント映画の物語の主人公は、お金も地位もない、一人の貧しい放浪者。
ある日、街角で目の見えない花売りの少女に出会います。
少女は、偶然の出来事から、彼をお金持ちの紳士だと思い込みます。
しかし、男はその誤解を解かないまま、少女に心を寄せ、彼女のために何かできないかと考え始めるのです。
そこから始まる、笑いと切なさに満ちた物語。
このバレエに感動して涙しながら、私は、街に灯る光とは何なのだろうと考えさせられました。
ここから私は思いました。
1、花売りの少女の灯り
2、貧乏な放浪者の灯り
3、街の奇跡の灯り
1、花売りの少女の灯り
一つ目は、花売りの少女の灯りを思いました。
目の見えない少女は、心配する母の手を振り切って、一生懸命に自分の手で花を売っていこうとします。
忙しい街の人々は、そんな花売りには見向きもしませんが、それでも懸命に花売りを続けます。
それは、目が見えなくとも、そんな困難には負けずに、自分が誰かのために価値を提供するということを諦めずにやり抜くんだという、強いパッションを感じました。
そして、そのパッションが通じて、きっと通りすがりのチャップリンが演じる貧乏な放浪者の心を動かしたのではないか、そんなふうに思いました。
目の見えない花売りの娘のそんなパッションは、街の中で、見える人には光り輝いて見える灯りだった。そんなふうに思いました。
2、貧乏な放浪者の灯り
二つ目の灯りは、放浪者を演じるダンサーが表現する、貧乏な放浪者の男の心にふと灯った、心の灯りを思いました。
男は決して聖人君子でもなければ、善人というわけでもないと思います。
でも、一生懸命に花を売ろうとする、目の見えない花売りの少女のパッションにほだされて、心に彼女を何とか助けてあげたいという、利他のパッションが灯ってしまったのではないかと思いました。
しかし、放浪者の男にできることなんて、本当に限られているのですが、それでも、あらゆる手段を講じて、彼女のためになろうとする。
それはまるで、今この手には何もないけれども、自らのパッションに従って、あらゆる手段を考えながら、世界を変えるイノベーションを起こしていこうとする、イノベーターの姿と重なりました。
それは決して、花売りの少女からの見返りを求めるものでもない、世の中からの賞賛を得られるものでもない、一途に彼女を助けたいという、パッションのみだったんだろうなと感じました。
花売りの娘のパッションの灯りにほだされて、放浪者の男にもパッションの灯りが灯っていった。パッションの灯りの連鎖を感じました。
3、街の奇跡の灯り
その二人のパッションが相まみえることから、街という社会における奇跡が呼び起こされたのではないかと思います。
それは、現実社会ではあり得ないこと、と言ってしまうのは簡単かもしれません。
でも、チャップリンは、この原作映画で、人々の思いが、街の小さな小さな灯りかもしれない奇跡を呼び起こすのだと教えてくれたような気がしました。
それはまさに、イノベーションと名付けてもいいものだと思いました。
街のイノベーションは、人々の小さな思い、すなわちパッションから始まる。
そして、それを心から思い、困難に負けずに行動することで、できないことなんてない。
そんな街の灯りを、みんなで灯していこう。そんなメッセージを私は受け取りました。
でも、それは見返りを期待してやるものではない。
見返りなんかよりも、もっと大切なものをもらうことができる。
それは自己満足かもしれないけれども、自分が小さな小さな灯りを灯すことができた。それで十分。
そんなふうに思いました。
一言で言えば、
街の灯ノベーション
そんな話をしています。
参考資料・出典
新国立劇場バレエ団
令和8年度(第81回)文化庁芸術祭主催公演
『チャールズ・チャップリンの「街の灯」』
https://www.nntt.jac.go.jp/ballet/citylights/
感想
まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!