マサチューセッツ工科大学(MIT)教授で材料科学者のユージン・フィッツジェラルドさんの最新書籍『The Invisible Engine: Why Innovation Evades Control(見えないエンジン――なぜイノベーションはコントロールを逃れるのか)』の話に、日本の基礎技術をどう市場につなげていくのか、改めて考えさせられました。
フィッツジェラルドさんは、ベル研究所時代に、ほとんど欠陥のない薄膜状の歪みシリコンをつくる方法を発見しました。
曰く、
「物理学の観点から見れば、それは大きな成果でした。」
しかし、その技術が後に半導体産業にとって重要な意味を持つことは、当時予想していませんでした。
「最終的に、業界はムーアの法則を延ばすために歪みシリコンが必要だと気づきました。それは、私たちが予想していなかったことでした。」
そして、このようなイノベーションを生み出すものについて、
「見えないエンジンとは、人々や企業といった異なる主体による、分散した集合知です。それらが最終的に市場にサプライズを生み出します。」
そしてMITニュースは、この歩みを、
「重要な半導体技術を発明し、商業化するまでの18年間の道のり」
と記しています。
私はここから思いました。
1、価値ある基礎技術を創る
2、見えないエンジンを使う
3、長期間継続できるか
1、価値ある基礎技術を創る
日本には、大学や企業の研究所、研究機関などに、世界に誇れる基礎技術がたくさんあると思います。
そこからなかなかビジネス化へ持っていくことが、大きな課題となっていると思います。
しかし、基礎技術があることと、それが大きな市場を生み出すことは、同じではありません。
歪みシリコンも、最初から「ムーアの法則を延ばす」という市場目的から生まれたわけではありませんでした。
出発点にあったのは、
「物理学の観点から見れば、それは大きな成果でした。」
という、技術そのものの価値だったのです。
ほとんど欠陥のない歪みシリコンを実現し、電子が高速で移動できるという性能上の価値も見えていました。
つまり、
市場価値はまだ分からない。しかし、技術として価値があることは分かっている。
ここが大切なのではないかと思います。
市場がすぐに見えないからといって、価値ある基礎研究までやめてしまったら、未来のイノベーションの種そのものがなくなってしまいます。
日本には、その技術力がある。そこは決して無くしてはいけないことだし、目先のビジネスが見えないからといって、価値ある基礎研究から易々と足場を移してはいけない、と改めて思いました。
2、“見えないエンジン”を使う
フィッツジェラルドさんは、「異なる主体による、分散した集合知」のことを「見えないエンジン」と呼んでいます。
実は、フィッツジェラルドさん自身も、歪みシリコンが後にムーアの法則を延ばす重要な技術になるとは予想していませんでした。
彼はベル研究所からMITへ移り、研究を続け、さらに1998年には教え子とアンバーウェーブ・システムズを設立して事業化に挑みます。
その過程で、研究者だけではなく、大学、新興企業、半導体企業など、さまざまな主体がこの技術に関わっていきました。
さまざまな人や組織が技術と接触し、それぞれの知識や課題を持ち込み、その相互作用の中から、研究者自身も予想していなかった価値が見つかっていった。
そうしたさまざまな主体による「分散した集合知」を、フィッツジェラルドさんは「見えないエンジン」と呼んでいます。
価値ある技術を研究所の中に閉じ込めず、多様な知性と接触させ続ける。
技術を市場に合わせるだけではなく、市場の側にも、その技術の価値を発見してもらう。
そんな世の中に潜んでいる「見えないエンジン」とどう接触しコラボレーションし続けていくか。
そこが、世の中に価値として昇華していくための、とても重要なアクティビティなのだと改めて思いました。
3、長期間継続できるか
フィッツジェラルドさんの歪みシリコンが発明から商業化に至るまで、MITニュースが「18年間の道のり」と表現するほどの時間がかかっています。
その間、ベル研究所からMITへ、さらに新興企業へと場所を変えながら、「見えないエンジン」とともに、技術は生き続けました。
そして、その間に世界の側も変わりました。
フィッツジェラルドさんは、
「研究をしているだけではなく、その間に世界そのものも変化している。」
と語っています。
今、市場がないからといって、10年後にも市場がないとは限らない。
今、使い道が分からないからといって、価値がないとは限らない。
世界が変わることで、それまで見えていなかった技術の価値が、突然見えてくることがある。
それは、これまでの発明や技術が日の目を見る時には、そういうものである、ということは、さまざまな事例から、わかっていても、18年間続けることは、本当に簡単なことではないと思います。
私はそこには、フィッツジェラルドさんが語っていた「社会にインパクトを与えたい」という強烈な意志が大切だと思います。
そしてもう一つ、マーケットはまだ見えていなくても、科学や技術の世界では明らかに価値があると、自他ともに認められていることも欠かせないと感じます。
その上で、「見えないエンジン」を世の中のあらゆる人々と、長い道のりをかけて継続していくこと。
そのために「見えないエンジン」エコシステムのような存在も必要でしょう。
彼はそれを、人々をイノベーションのために集める場を「第三の場所」と呼び、大学がそれを始動させる重要な存在になり得るとしています。
価値ある基礎技術を見極め、外の世界との相互作用を続けながら、それを長期間生かし続けられる仕組みを持てるか。
価値ある基礎技術を創ることを、中長期的に続けていく。
それを「見えないエンジン」に乗せるアクティビティとエコシステム。
そして、その技術を長期間生かし続けるサポートと仕組みづくり。
そこに、日本の基礎技術を世界のイノベーションにつなげていく、一つの可能性があるのではないか。
ということで、一言で言えば
見えないエンジンノベーション
そんな話をしています。
参考
ユージン・フィッツジェラルド『The Invisible Engine: Why Innovation Evades Control(見えないエンジン――なぜイノベーションはコントロールを逃れるのか)』2026年。
※日本語題は内容を示すための仮訳です。
MITニュース「イノベーションがどのように起こるかを再考する――ユージン・フィッツジェラルドへの一問一答」2026年8月17日。
MITニュース「ホワイトハウス、米国のイノベーション改善の鍵としてMITxの新講座を紹介」2013年6月18日。
MITニュース「根本的イノベーションを再発見する」2015年12月3日。
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