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こんにちは。 今回は資料を送ってくださった方へ向けて、深谷昭氏の漫画『父と暮らす』をじっくり読み解いていきたいと思います。
はい、よろしくお願いします。
あの、突然なんですけど、映画の特殊メイクが飛び交うような激しい世界と、90歳の親の介護って全く結びつかない2つの世界ですよね。
そうですね。
これが交差した時、漫画家の学生ってどう変化すると思いますか?
いやー、そのギャップこそが今回の最大の読みどころなんですよね。
この作品の凄みを理解するには、まず作者の過去を知る必要がありまして。
過去ですか?
ねえ、深谷氏はかつて塚本真也監督の映画研磨で特殊メイクを担当されていたんですよ。
あ、そうなんですね。
そうなんです。当時の彼の作品っていうのは、なんかこう、飛び出してくるような激しい肉体美とか、読者を圧倒する迫力に満ちていたんです。
でもそこから現在に至る変化が、本当に劇的ですよね。
お母様が亡くなられたのを機に、東京から福島に戻られて、50代の息子が90歳の父、岩尾さんを介護しながら二人暮らしをするっていう。
そういう物語ですね。
私が一番驚いたのは、激しい画風から一転して、なんていうか、淡々の冒険みたいな。
あー、わかります。
すごくスッキリとしたシンプルな線に変わっていることなんです。
これって人生のステージに合わせて、漫画家が自ら古い殻を破って脱皮したかのように見えませんか?
そうですね。脱皮というよりは、むしろ意図的な引き算と言った方が正確かもしれませんね。
引き算。
はい。ただ成長して新しい自分になるというわけではなくて、介護という重く、時には泥臭い現実を生き抜くために、表現のノイズを極限までそぎ落とす必要があったんだと思います。
なるほど。あえて線をシンプルで軽く保つと。
ええ、それが重圧から心の均衡を保つ防衛本能というか、生きるための手段として機能しているんじゃないでしょうか。
ただ好みが変わったわけじゃなくて、重い現実に対する心理的な生存戦略として線がシンプルになっていったわけですね。
まさにその通りです。そしてその時間の経過と変化という視点で見たとき、この作品はさらに面白い顔を見せるんですよ。
へー、どういうことですか?
実は深谷氏のお姉さまで、漫画家の深谷薫氏の代表作、エデンの東北ってご存知ですか?
はい、あの名作ですよね。もちろん知ってます。
あの作中に登場する可愛らしい幼稚園児のアキラって、モデルが作者ご本人なんですよ。
へー、そうだったんですか。
つまり、お酒でよく失敗していたあの元気な岩尾東さんと、幼稚園児だったアキラの55年後の姿が、現在の父と暮らすなんですよね。
うわー、それはなんか鳥肌が立ちますね。あの若くて活発だった親子が、半世紀以上の時を経て、90歳と50代として再会していると。
そうなんです。亡くなられたおしゃれなお母様の八重子さんも、美しい思い出として、今の作中にしっかり息づいていますしね。
なんかお話をがかっていて思ったんですけど、作中で描かれる通院とか、近所の散歩とか、毎日のご飯作りって、単なる介護の苦労話じゃないですよね。
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と言いますと?
これ見方を変えると、まるでRPGの小さなクエストみたいじゃないですか。
今日は無事に病院の待合室をクリアするぞ、とか。
あー、なるほど。
今夜のこんだてを見つける旅に出るぞ、みたいな感じで、重い現実をあえてミクロな冒険に仕立て上げているというか。
それは非常に確信をついた視点ですね。
本当ですか?
日々の出来事を単なる辛い介護って捉えちゃうと、人は無力感に苛まれますけど、
今日のミッションって枠組みを捉え直すことで、自分たちに主導権を取り戻しているわけです。
主導権を。
というのも、この親子の旅の最終的な行き先って、誰もがいつか向き合う父の死という避けられない着地点だからなんですよ。
確実に終わりが近づいている冒険ということですよね。
はい。普通なら暗く重くなりがちなテーマですけど、彼らが日々のミッションに主体的に取り組むことで、物語には確かなユーモアと温かさが生まれているんです。
深刻な現実の中にも日常の些細な面白さを見出していると。
だからこそ読者はホッとするし、心を打たれるんですよね。
介護というテーマを通じて、限られた時間の中にある何気ない日常の輝きを教えてくれる素晴らしい記録ですよね。
本当にそう思います。
さて、ここで資料を送ってくださった方に一つ問いかけたいと思います。
いずれ訪れる別れを前にした時、私たちは日々の何気ない食事や散歩、どんな冒険の記録として未来に残せるでしょうか。
永遠には続かないからこそ、今日というクエストをどう味わうか。ぜひご自身の日常と重ねて考えてみていただきたいですね。
それでは次回の配信もお楽しみに。さようなら。