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22日月曜日、時刻は18時22分でございます。 22日月曜日、時刻は18時22分でございます。
あいにくの雨でございまして、こんな日はいつも通り、駅までの徒歩ですね。
そして今日は晩戦ですかね。 8時20時からキンジョウさんとのコラボライブということで、先週以来1週間ぶりなんですよね。
今回はですね、前のコラボライブの時にお話が出ました、「人生会議」っていうね、壮大なテーマについてお話をしたいということで。
とはいえ、「人生会議」っていうね、このタイトルが非常にデカいですし、人によって人生のありよう考え方なんていうのは、
みんなそれぞれでいいなって思ってるわけで、そう考えると結局はその人が何を大切にして生きていきたいのかっていう、
なんかそういうところについて一人一人が答えというかね、自分の考え方をわかって、
それを人生の中で表現していければですね、いい人生というか満足のいく時間が増える。
つまりそれは人生として納得できる時間が増えるんじゃないかなと思ったりしてますよ。
ということで今日のタイトルは、「比較しない人生」。
さあ、あいつもながら歩きながらですけど、駅までの約20分間ですね、お送りして参りましょう。
さてこの、「比較しない人生」っていうね、ちょっとなんかタイトルとしてはわかりにくい言葉になったなって思ったんですけど、
これちょっと僕自身がこの約1年ぐらいかな、やってきたことと、
そのやってきたことの結果、あまり比較をしないっていう自分がいることに気づいてきた、そんな話なんですけど、
比較って、よしよしって言うんですかね、人が生きていくにおいて、比較することによってもちろんいいこともあるような気もしますが、
一方でね、なんか苦しくなる一つの理由になったりすることもあるんじゃないかと思うんですよ。
この比較によっていいとこはね、自分に足らないものを求めるっていうのは、人の差がなんだろうなって思うんですけど、
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人生のほとんどを追いかけ続けるっていうこの時間に当ててしまうと、時に苦しくなったりとかするんじゃないかなって思ったりはするんですよ。
なので、この比較っていうものとの距離感とか、あるいは人生の中におけるこの比較の割合、どのくらい比較っていうものを人生の中に混ぜ込んでいくかっていう配分量っていうんですかね、
これをその人それぞれの最適量みたいなところを自分で分かって適度にやっていくと、この比較自体は人生をより良くするために上手く使えば上手くその効果を発揮するみたいなところもあるし、
でもあんまりにも、自分にとって適切じゃないこの量とかを人生の中に組み込みすぎると、おそらくそれは苦しくなってきたりというようなことで、症状として出てきたりもするんじゃないかななんて思いました。
ということで、この郵便室はでかい。
さて、やっと手が空きましたね。
手が空いたので、今日のテーマについてポツリポツリと喋っていきたいと思います。
さてと、何を喋ろうと思ったのかな。
シャオさん、こんばんは。
ありがとうございます。
この前もありがとうございました。
今日お聞き苦しいですが、いつも以上にお聞き苦しいのですが、駅までの歩いている道中で約20分ほどお送りしていきたい。
今日のテーマは「比較しない人生」ということでね。
ともすれば大層なタイトルつけとるなと思われそうですけど、
シャオさんありがとうございました。
シャオさんコラボライブしたいですよね。
急に誘うスタイル。
そうなんですよ。
でも僕早く寝ちゃう人なんで、シャオさんの時間軸とまあまあ合わないのかなと思ったりはしてますけど、
比較三原則、初めて聞いた。
なるほどですね。こういう使い方。
なるほど。これあるのかな。
あるんだとしたら聞きたいですね。
またコラボライブの折に。
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いいですよ、ぜひ。ありがとうございます。
どうしよう。
好褒美みたいなのを後ほどちょっと僕レターをさせていただけたらと思いますので、
会うタイミングのとこでぜひよろしくお願いしたいと思います。
泣き藁、比較三原則についてもちょっとね、触れたいななんて思いますけど。
シャオさんもそうなのかなって勝手に思って勝手に言ったら怒られるんですけど、
比較がね、やっぱりどうしても世の中多いはずなんですよね。
比較を煽るような世の中になっているような気もして、
ぼーっと何も考えずに生きているとですね、
いつの間にかその比較をさせられる世界の中でですね、
いい感じに競争が始まると、競争を煽られてですね、
本来自分が乗っかって、乗っかる必要あったの?みたいな。
そういうようなとこに気づけば乗っかっているような時間を過ごしちゃってたな、みたいな。
あるいはそれにも気づいてないな、みたいな。
そういう人もね、いっぱいいるんじゃないかっていう問題発言なんですね。
上から言うてる感じがちょっと気にらんぞってお叱りを受けそうなんですけど、
まあでもそれもね、人生の一つのありようだなって思いながら、
何だろうな、自分の人生ですか?それって聞かれたときにそういう生き方をしていると、
さあ答えに急するんではなかろうか?みたいな。
そんな気もちょっとしたりするんですよね。
なので最近僕はどんどん、もともとそうなんですけど、
よりより浮世離れしていっているなという気もしますし。
足場さんよろしくよろしくです。ありがとうございます。
ぜひぜひ時間が合うことを願っております。
そうなんですよ。どんどん世の中のね、何て言うんだろうな、
いい意味で人生を楽しんでいる風に見える人たちから、
この人生きてて楽しいのかなって見られるような生き方をしているんではなかろうかと思っている星です。
言い回しがややこしい。
あの人は人生楽しんでいるのかしらね?って言われそうな感じに見えるんだろうな、
なんて思ったりしているんです。
まあまあそんな感じでね。
よいしょ。
なんだ?これはどっちが青になるんだ?
どっちが青になるのかわかんないけれども、
どっちこっちか。
すいませんね。
歩きながらなもんで信号がどっちが変わるんだろうなんてことをぶつぶつぶつぶつ喋ってますけど、
ということで、この比較についてなんですけど、
今日もですね、僕あんまり詳しくなかったんですが、
とある動画をね、切り流してたんですよ。
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そしたら、かの有名なユングですね。
カールユングでよかったかな。
ユングのおじさんが、おじさんかどうか知らないですけど、
言っていた、いわゆる規格をしないとか、
あとは目覚めた人みたいな言い方になってたんで、
ちょっとなかなか表現がすごいなと思ったんですけど、
目覚めてる人とそうじゃない人の違いみたいな、
そんな話だったんですが、
聞いていてですね、あ、なるほどなとちょっと今日思ったことがあってですね、
この1年間ぐらい僕特にね、
あ、俺やってきたことだって思ったことがあるんで、
伝わる人には伝わればいいなと思いながら、
何をやっていたか話だけしたいなと思ってます。
このユングのおっちゃんがですね、
要は自分と向き合うことを推奨してるのかな。
なんかそういう部分って大事だよ、
自分の中にあるもの大事だよみたいな、
そんな話をしていてですね、
これいろんなものが自分の中にもあるわけですけど、
大概ですね、この都合の悪いものはみんな見たくないし、
見て見ぬふりしたり、何なら気づいてもないし、
気づいたとて横目でね、
チラッと見て見なかったことにするみたいな、
そういう感じになって生きてる人が多いのかなと。
あ、仕事しながら来ます、
そしてシャオさん、邪魔にならなければいいんですが、
適当に聞き流していただいて、
サラッと、その意見どうかと思うよ、
みたいなのもお聞きしたいと思うんですけど、
自分のね、中にある、
言えば人間なんていうとはですね、
一言で表現するとドロドロしてたりするわけで、
ろくでもねえこと考えてたりですね、
したりするわけなんですよ。
そういう部分っていうのは、
誰しも持っていてですね、
それを表に出すかどうかは別として、
あ、おさんぽさん、いらっしゃいませ、こんばんは。
今日ね、まためんどくさい話してますよ。
超めんどくさい話してます。
比較しない人生ってことでね、
僕はなんかもうあんまり比較をしない生き方に、
ここ最近なってきたななんて思ってるんですけど、
比較しないっていう生き方に至るまでに、
やってきたことみたいな。
こういうことをやってたらいつの間にか、
比較することをしなくなったなみたいな、
そんな話をしてましてですね、
息が上がってきた。
つまり自分の中にあるですね、
あまり見たくないもの、
感情とかね、
あと考え方とか、
嫉妬とかね、
妬みとかね、
その手のやつとかは、
誰しも持っているはずなんですよ。
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けどそれを自分の中にあるものとして、
ちょっと認めたくないっていうね、
そういう気持ちも人間らしさであるんだろうななんて、
思ってるんですけど、
この1年僕はそういうですね、
自分の中にあるえげつないものと、
ずいぶん向き合ってきたんですね。
具体的に言うとですね、
なんかこうイラッとする、
みたいなことがあった時ですよ。
あった時に、
なんでこれイラッとするのかな、
みたいな。
これを考えるとですね、
自分の中にある、
何がそれに反応しているか、
っていうことがね、
分かるんですよ。
それは、
なんていうのかな、
受け入れがたいことだったりするんですね。
大抵。
大抵そうなんですけど、
でもそれを、
自分の中にそれはある、
思いだし、
考えだし、
それも自分だよね、
ということまで腹落ちして、
納得ですよね。
これが自分、
これも自分、
みたいな。
そこに行き着くとですね、
1個ね、
なんでしょうね、
成仏するみたいな。
気持ちが成仏するみたいな。
そういう自分も連れて行くぞ、
みたいな。
これが何か自己理解と呼ばれているものの、
1つなのかな、
なんて思っているんですけど、
約1年ぐらいですね、
時折イラッとするとか、
違和感があるとか、
何かことがあって、
その感情が動く度にですね、
これ何なんだろうな、
ということを探る、
旅と言いますか、
探る思考のね、
プロセスを経て来たんですよね。
そんなことを繰り返しているうちにですね、
気が付けば、
自分というものの価値みたいなものが、
仮にあるのだとすればですよ。
そのドロドロしてようが何だろうが、
醜かろうがね、
何であろうが、
自分はそのまま自分がそれなんだと。
なんでしょうね。
なんて言ったらいいんだろうね。
要は自分の価値というものに、
何だろう、
外的なものとか、
何とかいろんなことがあってもですね、
揺らがないものというのは何かあるんだなとか、
そういう漠然とした思いみたいなものがですね、
いつの間にか心の中に、
ある種鎮座しているような、
そういう感覚がね、
最近はありますよということで、
この鎮座している謎の安定感のある自分というものは、
何でしょうね、
言葉では説明できないんですけど、
何でもいいよみたいな、
ちょっと投げやりな言葉にも似ててですね、
自分もそうだし、
誰かさんもそうだし、
いわゆる、
消しからんみたいな、
世の中で言うと消しからんみたいなことを
言うことがほぼなくなりました。
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ということで、
理由はわかんないですけどね。
理由はよくわかんない。
一つ言えることは、
生きることがね、
楽になったなと。
余計なね、
自分以外の誰かの何かが、
もともとそうだったんですけど、
より関心がなくなったというか、
これ言ったら怒られるんだけど、
いいじゃんみたいな、
なんかやってたの、
はいはい聞きましたよみたいな、
なんか今日も会社でね、
こんなこと聞いて消しからんって怒ってる人いましたけど、
言わないですよ、
言うと問題になるんでいいんですけど、
いいじゃん、別にその人がそう思ってやったんだからさ、
どうでもいいじゃん、みたいな。
だんだんね、
そうやって、
共感を、
全くね、
もともと共感力、
いや、共感力は低くないのか、
共感する対象がなくなってきたというか、
まあ、
つまりは、
なんでしょうね、
許容範囲がでかくなったっていう、
そんな感じなんですよね。
はい、ということで、
全くまとまった気がしないんですけど、
比較をね、
どうしてもしてしまう人たちの心の中にはですね、
おそらくその人自身も、
知らない自分がまだいっぱいいるんじゃないかっていうね、
そんな問いでございますね。
以上でございます。
いや、なんか、
謎な配信だった。
ということで駅もね、
近づいてきたのと、
今日は8時から、
金城さんとコラボライブ、
テーマは人生会議。
ということでね、
人生会議のテーマを考えようじゃないかと、
人生会議主語でかすぎるから、
ちょっとテーマ決めからやりますかと、
そんな話をね、
今日はしているので、
まずはその人生会議という、
バカでかいタイトルに対してね、
何話していくみたいな、
それ次回も続くみたいにならんっていう気もしますけど、
そうなったらそうなったでね、
なんか不定期でもずっとこの人生会議というテーマで、
時折試行し続けていくというのもいいんじゃないかな、
なんて思っております。
はい。
さあ、無事駅着いた。
ということで、
今から行くと8時までに飯食って、
段取りして、
ってなるとタイトなので、
今日はこれぐらいで終わっていきたいと、
思います。
やべ、息上がってっけど、
皆さんもこの後も素敵なお時間お過ごしくださいね。
ホワイトハップポシビリティでした。
またね。