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今日の気分や過去の原体験について喋ってみる
2026-07-02 08:53

今日の気分や過去の原体験について喋ってみる


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00:06
はい、いかがお過ごしですか?ポッシビリティです。 最近の自分のことを喋ってみる、本題の前にお知らせです。この番組は、昨日より今日、今日より明日を自分… あ、違う違う違う違う違う違う違う違う…
昨日… 昨日より今日、今日より明日をちょっとだけ良くする、そんな情報をシェアを行っております。
なんだこれ… まあいいや、今日はそういう回です。えっとね、もう思考が全然整理できないんで、何にもまとまってないんですけど、喋っていきたいと思います。
ノートにも書いたんですけど、僕は多分1年近く今、ノートを毎日書いてきているんです。 たまにあれって忘れることたまにあるんですけど、もうほぼほぼ毎日書いてるんですね。
なので、毎日書いてると書けるようになるんですよね。 苦労、苦痛なく文章を書けるようになったなぁなんて思ってたんです。
でも違った、じゃなかったっていうことがね、わかりました。 あの、書ける文章と書けない文章があるんだっていうことにね、気づいたんですよ。
で、分けて考えればすごいシンプルで、僕が普段書いているノートの文章ってですね、 ただ頭の中にあるものを吐き出していただけっていう、そういうスタイルなんですね。
もはやスタイルと呼ぶのもどうかと思うんですけど、 それをエッセイと呼ぶのか、何だろう、何でしょうね、思考の垂れ流しと呼ぶのか、わかんないんですけど、
まあそんなものを書いてきてましたと。 なので自分でも何でこう書けているのかわかんないぐらい、ただただ垂れ流していると。
で、でもなんとなくまとまるんですよね、文章はね。 でも終わりをどうしようなんて考えてなくて、本当に書きながら、
まあこんなもんかな、こんなところかなって思ったところでね、書くのをやめるっていう。 で、こう外見でポチッと押しちゃうっていうね、そんなやり方なんです。
で、まあ今、これはね、編集長怒られちゃうかな。 明日期限のものが一個、記事がありまして、
構成とかね、どう書こうとかね、どういうキーワード、どういうテーマでとかね、 誰に届けようとか、僕のメッセージは何だろうとかね、いろいろ考えてるんですけど、
一文字も書けてません。 だいたい3000文字ぐらいのね、
まあ検討でということでね、受けたまっておるんですが、 でもいよいよもうまずいよなと。
もういよいよ書かないなと思ってて、今日書きますが、 今日のノートに書いたのは何で書けないんだろうっていう自己分析をやってみたところですね、
構成が苦手なんだと、文章はどういうふうに組み立てて、 序端何を定義して、それに対してのメッセージはこれで、
それは結局誰にどういうふうに、何を届けたいのか、 みたいなものを考えることが非常に苦手なんだなっていうことに気づいたんですよ。
03:05
それは僕の現体験から来ているなっていうことに、 なんとなく思いが当たりましてですね、
それは何かというと、僕なんかこう、皆さんもそうかもしれない、 義務教育とか、ある決まった規定の中で生きてくると、
これはこうやりなさい、あれはこうしなさいっていう、 いわゆる型ですよね。
型は大事なんですよ。基本なんでめっちゃ大事なんですけど、 型をいっぱい教わってきて、こうしなさい、ああしなさい。
ちょっとそれからずれると、それはちょっと違うよねとただされ、 強制ですよね。強制され、その型にはめていくと。
この学校教育なんていうのは僕らの世代ですよ。 僕50代前半なんですけど、
僕らの頃受けた教育っていうのは、 ちょっと詰め込み型的な表現もされますが、
何か試行するというよりは、 これを習得しなさいというタイプのものが多かったなと思っていて、
もちろんそれが得意な人が成績優秀者として評価されていたと。
僕全然本当ダメでですね、どの教科も、 いわゆる型を一個も習得できないんですよね。
こうだよって言われてるんですけど、 こうだよが本当にできない人で、
何一つ体系だってものを習得できなかった人です。
で、今もそうなんでしょうね。 多分だいぶ困ってますね、社会でもね。
困ってないふうにしてますけど。
ということで、そういう学校の詰め込み型教育に非常に相性が悪かったのか、 努力が足りなかったのかちょっとわかんないんですけど、
とにかく息苦しさしか感じなかった、 いわゆる学習の記憶というもので、
多分誰かから何かをこうなんだよって教えられることが 本当に嫌いなんでしょうね。
それが現体験だよね。
学生の頃にとにかくことごとく教えられてきた方がことごとく覚えられないっていう、 これは一種のトラウマなんじゃないかと思うんですけど、
そう思ったときに、僕から誰かにメッセージを送ろうとしたときに、
こうなんだと、これはこうなんです、なんて言って断定することにものすごく抵抗を覚えるんですね。
だからそこがあるから、僕が誰かにこれはこうなんだと規定する、 決めつけるみたいなことが非常に嫌だという、
自分の息苦しさみたいなところからそれが来ているのと、
あともっとカッコ悪いことを言えば、責任転嫁だよね。
これはこうですって言い切ることって、やっぱり勇気もいるし、 ある種責任が発生することもあるので、
この勇気と責任を放棄した結果、そっと置いておくので、 よかったらお持ち帰りくださいっていう配信の仕方。
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これはノートの記事もそうだし、僕の音声配信もそうなんですよね。
多分こうなんだって言い切ることは比較的少なめのテイストになっているのは、
おそらく先ほど来た2つの僕の過去の現体験から来ているんじゃないかなということが分かりました。
最後の結論は、このオファーいただいているものには当然答える責務というものがあるわけで、
さっき言いました勇気と責任みたいなものを、
重く言えばそういうものがあるんでしょうけど、
この際、僕の思う、僕の経験がこうなんだということを言い切って、
それが届く人がいれば本当に喜ばしいことだし、
もしそれが届かない、あるいは少数の人にしか響かなかったとしても、
それはただそれだけのことであったみたいな、少し択感している部分もあるので、
表現の仕方としてはあまり僕の得意な方法ではないけれども、
これはこれで良い経験、今までどこかで避けてきたんだと思うんですよね。
それを強制的に排出する環境に今あるということは、
これはギフトだなとやっぱり思えるので、
そう思うと書くことが随分、僕の中で気楽になってますということで、
3000文字という文字数は大したことないんですけど、
発信するいわゆる僕の中の姿勢でしょうね。
これが定まったよということで、
今日書けるんじゃないかな、そんな気がしております。
はい、ということで、最近のポッシーの頭の中、
そして今ちょっと自分で思考整理をしていて、
なんとなくブレイクスルー的なものが起きたような気がしている、そんな感じです。
はい、ということで、ちょっと雨が続いた地域も多くて、
非常に不安定というか危険な地域とかもあったりするかもなので、
そういうことも意識しながら、できるだけリスクの高いところに行かないとか、
そういうことが可能であれば、
ぜひともそういうことも少し気にしながら、
時間、日々を送っていかれるといいのではと思っております。
僕もちょっと気にしながら活動したいなと思っております。
ということで、今日はつれづれなお話をこんなところまで聞いてくださった方はいないような気がするが、
いたら、コメントレターお待ちしております。
はい、ということで、今日も素敵な一日をお送りくださいませ。
お相手はポシビリティでした。またね。
08:53

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