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第5907回 普通がうまくできない人のメンテナンスログ
2026-07-28 39:06

第5907回 普通がうまくできない人のメンテナンスログ

この番組では、最初に日常の話から入ることもありますが、そこから話題が次々と移り変わっていきます日常のささいな出来事をきっかけに、人間の認識、意識、存在、そして意味づけの仕組みを観察する思考実況ポッドキャストです。

哲学や心理学を教える番組でも、人生の答えや救いを与える番組でもありません。

「何を知っているのか」

「それは本当にそうなのか」

「確信はどこから生まれるのか」

人はなぜ何かを信じるのか。

なぜ物語を作り、意味を見出し、自分や世界を理解しようとするのか。

私たちが見ている世界、自分という存在、記憶、感情、快感、思い込み、そして後から作られる物語を静かに掘り下げます。

信じることで成り立っていた世界から離れたとき、人は何を見るのか。

意味や物語が最初から存在するのではなく、人間がそれらを作り出していることに気づいた後の世界を観察します。

人生に意味はあるのか、どう生きるべきなのかという答えを探すのではありません。

意味や目的が揺らいだあと、それでも人間はどのように日常を維持し、考え、動き続けるのかを記録します。

結論よりも、考えている途中の揺れ。

完成された思想よりも、変化していく認識の記録。

自己啓発ではなく、答えを急がず問い続ける。

虚無を終点ではなく前提として、人間という存在の仕組みを見つめる哲学的独白番組です。

感想

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00:04
これから、倉木さんのラジオ収録始まります。
現在、ヒロです。
体壊すので筋トレはずっとしてなかったんですね。
でも、ある程度、運動しないと運動不足だなと気づき、
でも、ある程度っていうのができないんですよね。
それで、最近、本当自分でも集計恐怖症なんじゃないかってぐらい、
ちょっとですね、死亡ついただけでなんですけど、
自分としてはもうありえないと思ってしまって、
でも、多分、気にすぎなんですよ。
ただですね、こうやって2つ筋トレするメリットができて、
以前は筋トレなんていうのはストイックにすることぐらいしかできることしかメリットなくて、
別に筋肉つけたいわけじゃないし、
だけど今はそうやって一応メリットなのができて、
だから悔しいんですよね。
それで、去年かな、昼の食べる量を多くして、
で、夜と朝、おにぎり大きいのとか、
あとパスタとかうどん、割と量を多くしてっていう日もあったり、
あとお好み焼きも多めにとか、ちょっと増やしてた時期あって、
その時かな、腹出てきてるからまずいと思ってて、
それは理由じゃなくて、それよりも糖質、あまり摂りたくないんですね。
糖質肩とまでいかないまでも。
とにかく糖質依存に自分の場合になったら嫌だから、
それで昼豆腐だけにある時からして、
それで当然焦るんですよね。
ただ今は3丁食べてそれが多かったのかでもわかんないんですよね。
わかんないんだけどそれで、もう飽きてるんですよ。
飽きてるんだけど量は多く食べれてるからいいということで。
だけどはっきり言って何だかもう修行みたいなもんなんですよ。
03:00
飽きてるのにたくさんの量食べる。
だからそういう意味じゃ別にもう少なくていいはずだし。
だから多い方がいいのか少ない方がいいのかよくわからないし自分でも。
二律背反どころじゃないんですよ。
何が何だか考えも感情もよくわからないんですよ。
豆腐が食べたいのかもわかんないし。
でも豆腐以外にはもうできないですね。
さすがにもう、だって糖質でとらない方法散々調べましたからね。
で今まで3丁食べてたのを2丁にしました。だいぶ減らしましたね。
で昼はお茶、昼はそれで水分減っちゃうしそれだと。
でもこだわりがあってお茶は飲みたくなくてめんどくさいから。
ちょっとしたことなんですけどさすがに。
いろいろ考えて大豆の炎を見る水分を多くするか考えたけど結局お茶増やして。
でもそれで便秘になったりしなきゃいいけど食べる量を減らして。
変化に伴っていろんな変化が起こりますから。
特に自分は繊細なんで体も。
07:20
自分は二十歳以外の特性で行動は変えられないし変えられないことをモットーにしてるし。
しかしですね、体の働きは変わるから恐怖でしかないんですよ。
急になぜか今までと同じような生活のように喉が渇いたりってあるんですね。
最近喉が渇いてて豆腐も減らして。
夏だけお茶飲むつもりだけどもしかしたらそのまま飲み続けなきゃいけないのか不安になりますね。
では次の話です。
これ昨日のことなんですけど前回も話しましたが前の家に三人、三十代の人が来てたというんですね。
父親が昨日見たというんですね。
朝帰って行ったというんですね。
なぜ家に入ったか分かったんだと聞いたら朝出てくるのを見たというんです。
父親が見たのか聞いたら、説明は初めて親がしたんですけど途中で父親が見たのかよく分からない。
もう一度聞いてみたら母が見たと言うんですよ。
あれさっき父親から聞いたって話だったぞって思って。
そしたら親は車に何人もいたと言うんですよ。
なんで分かってるのかって自分が言ったらうなずいてくれないんですよ。
親は見たわけじゃないとか、じゃあ父親見たのか聞いたら父親見たという。
09:00
でも自分で見たから分かると言い出して、両方だという感じでもない。
車に人いてその説明何回も聞いたけどよく分からないんですよ。
最初は仲は分からないと言ってた。
それなら朝帰ったか分からないだろうって見たんじゃないのかって聞いたら、
何人もいて、しっかり見てはいないけど一応何人も見たんだなって言ったら、
それは父親が見たと言い出して、じゃあ何人か乗ってたんだなと聞いたらですね。
母も見たみたいで、何人かいるようだが全然分からないという。
じゃあ昨日の何人も分からないんだろう、何人か分からないんだろうと言ったらですね。
何人かいたがどんな感じか分からない。
いやでも何人か乗ってるのを見たのかって聞いたらですね、よく分からないって言うんですよ。
細かいこと聞かれたくないからわざわざ何人かいたけど何かの人はどうのこうのでとは言うけどよく分からない説明してくるけど。
大事なのは人だったのかどうかですよね。
こうやって説明したら納得してくれないんですよ。
ただでさえややこしい話なのにどうでもいいとこで使われてくるんですね。
どうでもいい説明して混乱させてるのを分からないのかというが納得してないんですよ。
人いるけどのどうだろうこうだろうという説明、おかしいんですね。
人が分からないわけではないと言うし、でも何人かいるのはとりあえず分かったって言うんですよ。
混乱しないように言った今までは。
自分はそう思っただけと言ってきたんですね。
あ、違う。混乱しないように言ったと言ってくるんですよ。
今までは自分はそう思っただけと言ってきたことはありましたね。
それをやった結果こうやっておかしいことを言ってるということを分かり反省してくればいいですけど、
それと混乱させないように説明したんだ、だからあなたはそう思うんですね。
では知りませんって跳ねのけるのと違いが分かってないんですよ。
見たまま言っただけだとも昨日言ってましたね。
でも全く反省する気ないのは分かりますよね。
いやその説明の仕方が問題なんだ。見たままどんな説明の仕方でも一心伝心すると思っちゃってるんですね。
そのまま伝わると思っちゃってるんですよ。
あ、そういえば筋トレ。
以前しててある時はポートキャストを取ってて、ある時から考えあぐねて結果英語会を始めて英語の勉強とかもできると思ったし。
12:11
でもだいぶ時間短縮できてして、今は昼間は結局筋トレ英語いろいろ試してきましたが、今は哲学的なことを考えたり、メモを取る時間も長いんですよ。
だから結局ポートキャスト2時間かけてる感じで。
だいたい3つぐらいパターンがあると頭混乱するんですよね。
筋トレもやってはいないんだけど候補としてはある。
意欲とか意思とは別の回路で動いてるんですよ。だから虚無でも行動できる。
しかしでも全く理由もわからないが、こうすることしかできないことがあるんですね。
夜ですね、ポートキャストのことできることあるのにできないラジオ聞くしかないみたいなことですね。
変化できないことで助かってるし困ってもいるんですね。
ポートキャスト以前は聞いてたけど聞くのがなくなり、ラジオ聞いてるけど条件変わったなら変化させてもいいと思うけど、やること?
そこの変化は起こせないんですね。
夜はもちろん筋トレはしないし、結局ラジオ聞いてるんですよね。
4つ目だから変わっちゃったんですね。夜はいつもポートキャスト聞いてて。
でも昼間かなり負荷がかかってるから、夜は寝る前はラジオぐらいがちょうどいいしってのもあるんですけど。
その間にも色々変化があり、聞くのなくなったり、変化に弱いんです。
15:00
あるかしがですね、どうもやたまに芸能人異性じゃなくても憧れたり気になったりってことあると思うし、
でも異性が多いかな、異性に。
最近もですね、一目惚れてるわけじゃないしでも何度も思い出して、雰囲気に惹かれて。
でですね、若い頃の動画見たらちょっと違って、
でもその後というかあまりテレビに、すごい人気あるんだけど、テレビに出てる感じでもないらしいし、あまり動画も出てこなくて。
でですね、散々調べて今日も調べてたんだけどまだ出なくて、でも気になって。
でもですね、若い頃はちょっとまた、若い頃も良かったんだけど、こういう人いるんですね。
でですね、人が分からないところは神様の領域。
人が分かってると思ってることは幻想で、人が分かってると思ってることなんてのは幻想で、暫定的な正解を作ってるだけなんですよね、その時その時の。
科学も同じことです。
でも分からない一部分なんてのはないんじゃないかと思うんですよ。
人が分からないところは神様の領域とか言うけれども。
まあその神の話は置いとくとして、人が分かったという時それはですね、完全な理解じゃないんですよね。
一旦使える形にまとめて、暫定的に理解してるだけなんですよ。
だから分かったことにしてるんですね。
じゃあ次、新しい大切なものができて。
もう昔から大切だったものも変わらず大切に感じる人がいる?
昔から大切だったものも変わらず大切に感じる人がいるっていうのは一番無理ですね。
大切なものを追加していくのって物理的に無理じゃないかと思うし。
18:04
だってリソースって決まってるわけじゃないですよ。
だって人間の価値の配分ってありますから、何かを強く大切に感じるってことは、
何かのそこに価値を置いてたけど、軽くなるに決まってますからね。
一つを大事にすると他のものの重みが変わるんですよ。
だから両方変わらず大切にするって体感としては無理だと思いますけどね。
あとですね、辛いのは一日中ではなく、悩んでいても一瞬だったりすると思うんですよ。
なんだけどそこで隙を与えると人って隙に逃げてしまうんですね。
辛さってずっと同じ強さで続くわけではないと思うんですよ。
まあでも不快感ってずっと続くとは言いますよね。
ただですね、そのピークが一瞬だけ来るなんてことが多々あると思うんですよ。
あとはやっぱり日常のことに集中してるから忘れてしまうっていうか何て言うんだろう。
日常のことに集中する。でもその一瞬が辛く感じるんですよね。
一日全体に大きな影響を与えるような感じがする。
人間のこの時間の感覚って不思議ですよね。
でももう一日中どっしり重い感じがするっていう場合。
一日辛い感じするときって何か重いのができてそのことばかり考えてる。
こんなときを何度も思い出してしまってると思いきやそんなことない気もするんですね。
しかし意識は不思議なものでほぼ無意識に何か感じてたりするんですよ。
意識と無意識って分けりもしないしスペクトラムというわけでもない。
意識してないようでしてるようで。
この一瞬の辛さだとしてもですね。
この一瞬の苦しさに付け入れられて付け入れ隙を与えてしまうと何があるかっていうと救いが現れるんですね。
21:12
物理的には何も変わらなくても気持ちの面で救いが現れてしまうんですよね。
本当に救いが必要な人もいるかもしれないけど一瞬の苦しさを見るためのものなんですけど
ただその一瞬の苦しさが辛いよねって話なんですよ。
宗教に入る人の多くはですね。
そうやって真理を求めてるのではなくて不安や迷いを和らげる都合のいい教えを教えられようと思います。
そんなものを作り話し事実をねじ曲げてるの。
分かってても不安な時動揺してる時は孤独な時はそんなこと言ってられんのですよね。
自分も傍観者として宗教に行ったときは宗教に途中から入る人っていうのは人生の途中で入る人っていうのはそうやって入るんだろうなと思って見てました。
残念だなと思って見てました。
宗教に最初から入ってから分かることですね。生まれた時から入ってるから分かることなんですこれは。
真理があったとしても言葉に表せないから宗教はいつまでも真理に近づくことさえできないのではないかと思うんですね。
言葉に知った瞬間どうしても切り落とされるものが出るんですよ。
真理が仮にあったとしてももちろんないんだけどそれを完全に言語化するのは無理なんですね。
宗教とでも真理を完全に説明するというよりも真理らしきものに向かう態度を与えるものとして機能してるんですね。
でも自分は思うんです。いやいや真理とは絶対なものでしょ。他とは切り離されたものだから絶対に近いものなんてないから近づけないだろうと思うんですよ。
あとそもそも自分はそんな真相真理なんてないからこそ、でも真相真理はなくても真理に近づこうっていう人はいやいや絶対がないんだな絶対に近いってないだろう。
24:00
だって絶対があるから絶対に近いってことはあるのに絶対がないなら絶対に近づけないだろうと思うんですよ。
例えばですよドラえもんの隣の家で住みたいって言ってもいやいやドラえもんがいないんだからドラえもんの家も隣も筋向かいも近所も何もないだろうって話なんですよ。
神はいないがあるいは神はいるかわからないがあるいはいたとしてもどうにもできないがあるいはいたとしても探せないしあるいは出会いとしても多分何も変わらないしあるいはいたとしてもいないも当然だしあるいはいたとわかったからといって
何かできることないしあるいは多くの人いると思って
あるいはもしいたとしたらそれ以外の多くの宗教の神様いないことが証明され潰れるだろう聖火の宗教。
27:05
多くの人いると思って思ってますよね。
そうやって信じて救われてるわけですよ。
だからこれってフィクションが楽しめるっていうのと全く同じ構造なんですね。
つまり神とは作り話当然。今のところはですけど。
そういう機能なんですよね。
一般人は科学を正しいと信じてるということはそれも宗教ではないかと思うんですよ。
UFOを公式に研究してるとかあると聞いて笑っちゃいましたね。
科学もまた真理という幻想を追ってるのではないかと思いました。
科学も人が信じる対象になった瞬間宗教っぽくなるんですよね。
科学は絶対的に正しいと思ってる人多いと思うんですよ。
これで信仰なんですよ。
本当は仮説ができて崩して、仮説ができて崩してってやってる作業なんです。
作業を科学と呼んでるんですけどね。
科学が真相真理なわけがないんですよ。
仮説を崩しとやってるけどしかし本音としてはただ一つの真理あると信じそこに向かってると思うんですね。
それって宗教だと思いますね。
時間が経てば今最善だと思っていたことが変わる。
だから科学者と同じように暫定なものでやっていく。
人間って。
でも自分はそんな嘘を自分にはつけないですね。
いや今の最善でしかないでしょうと思うんですね。
暫定なのは理解してるんですよ。大抵でやっていかなきゃいけないのは現実的に。
30:08
暫定の仮の正しさで今を生きるしかないという考えって
とても現実的な感じしますけども。
何か絶対的な真理に向かって生きてる、人生のゴールというものがあってそこに向かってるからこその考えだろうと思うんですよ。
絶対信じちゃってるんですね結局。そんなもの幻想なのに。
正解は真理はゴールがないのになぜ人は正解を求めて議論し模索し
考察し続けるのかと思うんですね。子供ながらに不思議でした。
正解がないのに正解を探すって矛盾してる
と思いますね。
正解がないのに正解を探すって
矛盾してるにも見えるけどでも実際は人は完全な答えを求めているよりも
今より少しマシな着地を求めてるんですよね。でもですよ。
それに意義を唱えたいと思います。完全な正解がないなら完全に近い正解もないですよね。
33:01
完全に近いは完全があって成り立つんですから。
確かに今はとりあえず良くなればという人いますけど
今良くなればいいぐらいの人はいるけど
本気で真理を探してる人って
でもその人の
本気で真理を探してる人っていうのは
その中の一部だけなんですよね。真理なんかあると本気で思っているヤバいのは。
真理なんか大体の人はないと分かっているのに
正解を探すっておかしな話だと思いますね。
真理がないと確信してからある程度切な的な思考の方がいいなと思ったんですね。
普遍性を求めたら大変なことになる。
普遍的な正解はみんな見つからないけれども完璧主義の自分はですね
特に探してはいけないと思いましたね。
科学者でさえ仮説を本気で信じて研究する。
仮説が正しいと思って本気で信じてますから。
でも永遠に絶対
仮説でしかないということを理解しながら永遠に絶対だと信じてるということです。
では次。変化に弱くてですね。
細かいこと、本当に細かいことを微調整する。
例えば上着脱ぐとか暑いからルーティンをちょっと変えるとか
そういうことでうまくいったことないですね。
やっぱりうまくいきそうに見えてもですね
全体のバランスには負けれるんですよね。
少し直したわけでどうにもならないんですよ。
36:20
変化しても大抵うまくいってないんですね。
変化することで無数の延期をネットワークのあらゆるところに追い越す。
動物は変化に弱いし将棋の騎士みたいなあらゆるパターンのことなんて考えることはできないし
しても無駄だし、発達しようがない自分はうまくいくわけがないんですね。
他の人もうまくいってると思い込んでるだけなんですよ。
自己満足でしかないんですよ。一瞬良くなったように見えるけど
その後どうなるかなんて分かってないし
変化しなくてもいいのにするのは究極的な切な主義だと思いますね。
39:06

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