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#122 愛・在る についての詩 / 塔和子詩集『日常』朗読解説その5
2026-10-03 20:23

#122 愛・在る についての詩 / 塔和子詩集『日常』朗読解説その5

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今回は、塔和子さんの詩集『日常』

ハンセン病であるために生まれた詩もありますが、
病にかかわらず、誰もが過ごすような何てことない日常の中に潜む大事なことを詩にしてくれています。日常をこのように受けとめられるとどれだけ豊かな人生になるのでしょうか。

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サマリー

塔和子詩集『日常』から、「愛しさ」「無残の跡」「ある」「昼の部屋」を朗読し、日常の会話や木の傷、命の存在そのものについて語る。スイカと刺身をめぐる夫婦の譲り合いには、抽象的に考えなくても身近にある愛しさが表れていると話す。「無残の跡」では、雪や嵐に傷つきながら立つ古木を、療養所で生きた塔和子自身や、傷の奥にある痛みと重ねて読む。「ある」からは、無から生まれた命の神秘を実感することで、何気ない日常を愛おしみ、丁寧に生きる力が得られるという考えが示される。最後に「昼の部屋」を読み、療養所の中の街のような暮らしと、電話で続く女性同士の会話について話した。

「愛しさ」——スイカと刺身をめぐる夫婦の会話
次行きますか。 愛しさ
これもいいんですよね。 ちょっと読みますね。
2800円。 いいじゃないか。買ってきて食べろよ。と夫。
そうね。 でもそのうち、路地栽培のスイカが出て安くなるから。
バカ言え。路地栽培が出るのはまだ1ヶ月も先のことだぞ。 そんなに好きなもん食べずに、お金を置いておいてどうするつもりだ。
そしたら、あんたの好きな刺身を買って、私はスイカを買おうか。 刺身は今いいよ。
そんならスイカやめた。 と私。
バカだなぁとがっかりするあなた。 互いに気遣いあって喜ぶ顔を見、感じ、
満足し合う私たち。 そんな口論が何度かあって、
空は真っ青。 5月も済んでしまった。という詩です。
いいですね。 お互い好きなものを譲り合って。
また最後にね、5月の空は真っ青ってところでまた、
外に開かれてくる感じなんですよ。
いやーこれいいなぁ。こういう会話をして、 これを死にしたくなったんでしょうね。
ね。
掛け合いがニヤニヤしちゃう。
愛しさとは何かとかね、愛とは何かみたいなことになっちゃうとね、
ちょっとなんかこう、論理的に、哲学的に考えていくみたいな感じになって、
ちょっと口論中かね、なんかまあ、抽象的な話になっちゃうんだけど、
もうこういう日常の中にね、もうあるじゃないかって。
うん。
いいね、これ。
ね。音とかなんか、手触り感みたいなものがすごく。
そうそう。
うんうん。
口論じゃなくて、もう目の前にすぐそこにあるっていう感じがいいですね。
うん。
そういうのをね、見過ごして、愛しさとか愛とは何かって考えても、
ちょっと勃体ないですよね。
そうね。
こういう大事なことって既に経験されてるっていうことなんだなーっていうね。
今僕もなんか、美とは何かとか、そういうことを考えて書いたりしているんですけど、
そういうのもね、ちょっと美学的に言っちゃうよりも、既に私たちの中に経験されてるじゃないかっていうね。
そっから入った方がいいんですよねーと思ってね。
うん。
なんか、見てに説得力と、すぐそばにある感。
男子とかも与えるっていうか、手が届かない感じがしない。
うん。そうなのよ。
ね。
誰も置いていかないみたいな感じがしますね。
うんうんうん。
ちょっとじゃあ、次読んでいきますね。
「無残の跡」——傷を抱えて立つ古木
無残の跡ですね。
日ってこれ太陽のようですね。
ひと土との間、木の中は一瞬も休息はなかった。
この傷跡は、あの時の雪で、バリバリともがれた枝の跡で、
熱い焼液で癒し続けた嵐で剥がれた川のために生々しく傷んだ日々もあった。
枝は、のっぴきならない内側が押し出された力、植えを満たすために、
根を太く、たくましく、しっかりと地中に張り渡し、
雪や嵐に、傷つき、ねじ曲げられながら、壮烈に伸び広がった古木が、
今日、朝日の中で静かに受けた光を振りこぼして立っている。
人は、木の痛みを痛むか、無残の跡を美しいとめでて、
しばらく立ち止まるだけだ、っていう詩ですね。
なんかこれは、木が、ある意味自分のような感じもしてくる。
その、自分も病でいたんだ。
人は、木の痛みを痛むか、無残の跡を美しいとめでて、
しばらく立ち止まるだけだ。
いやなんか、やっぱりこの療養所の中って、すごい世界とつながってるというか、
いろんなことを深めることもできるし、つながることもできるし、
木を見て、こういう詩が生まれてくるんですもんね。
内側から蠢いたものを発露した方、結果が得たみたいな感じの表現があったかと思うんだけど。
なんかそういうのも、東和子さんにとっての詩とか、そういうところにも重なってるような気もして、
そういうところにも見てるのかなとか、多重に見えてくる感じがします。
見ると笑ってる人の奥にある苦しみとかに、目を向けないとなっていう感じがしてくるんですよね。
それはどの辺からそういうふうに思ったんですか?もうちょっと聞いてみたいなと思って。
ちょっとこれ、いろんな読み方ができるのかもしれないんだけど、僕は、
人は木の痛みを痛むのか、いや、痛まないってことでしょ?
無残の跡、いろんな傷跡を美しいとめでて、しばらく立ち止まるだけで、
そのこの人に、この人の美しく思える奥に、どれほどの痛みがあったんだろうかっていうね。
僕に気づかないんですよ。
そういうことね。
別に同情してほしいとかじゃないんですけども。
でも、やっぱりこの美しさを生んでるのは、その奥にある痛みとかから来てるんだっていうことを目覚めるべきだと思ってて。
そういうところまで感じたいですよね。
ちょっと変な話ですけど、子供の頃、ルローニ献身を見て、頬に傷を入っている主人公献身、
かっこいいなあみたいな、ここにこんな十字の傷があるのかみたいなね、こういう感じなんですよ。
でもあの献身の傷って、すごい深い過去があって、それが一つの映画になってるんですけども。
当時愛していた女性のね、傷なんですよ、それがつけてくれたっていうね、そういうところに行かないでしょ。
かっこいいみたいな感じで終わっちゃうでしょ。
まあいいんですけどね。
「ある」——命の存在と日常の神秘
次はね、「ある」っていう詩になります。
「ある」
五月毛をなびかせ 優しい手足を伸ばし 五月の恋のようにピチピチと歩く
鳥も獣も その父母の その父母の 子祖なる出会いを重ねてある命
暗い羞恥と誇りをもって 無限の一角に
厳然と一致するもの 一部の危うさも揺らめきもない
このあるというすべての現象は 無の深淵から静かに見つめられている
っていう作品です。
いいですね。
いいですね。
重点。
こういうのを子供に読ませたくなりますね。
いいですね。
すごいわかりやすい言葉で、
あるということのすごさを伝えてくれる。
ジブリの映画を詩にしたみたいな感じがする。
確かにね。
でもこれが頭で理解するのと、こういうのが本当に実感として湧いてくるのは問題の差ですからね。
でもこの日常の刺繍はこのあるっていうことの本当の神秘さのために書かれていると言っても過言ではない感じですよね。
この中にいると見つけられないというか、見えなくなったりするから。
こうやって壮大に描いてくれると。
壮大なんだけどすごく身近で手が届くっていうか。
こういうことの実感が深くあるから、やっぱり生きていけるっていうか、生きねばならないって感じになってくるし、
虚無に打ち勝ったり、愛おしく感じたり、丁寧に生きれたり、なってきますもんね。
つい終わることを前提に、死が待っていることを前提に生きることって忘れちゃうじゃないですか。
飽きた瞬間にそんなことなんて意識してないし。
当然なように明日が来ると思って生きてるし。
だけど時々このあるから虚無に流れている流れの途中に自分はいるんだっていうところに立ち返るといろんなものが愛おしく見えてきたりとか。
何気ないことこそが愛おしく思えてきたりとかするところに立ち返らせてくれますよね。
こういうのの実感の深さって外からはかれるもんじゃないっていうか、なんだけどやっぱり日常の振る舞いが変わってくるんですよね。
生活の仕方が。
何を語るかというよりも、その人の存在が持ってるエネルギーっていうかね。
力強さっていうのはね。
そっちの方が大事だと思ってるんですよ。
本当に人に感化させるのってそういう力だと思うんですよ。
そういうのってこういう実感の深さから来るもんな気がしますね。
次行きましょう。
「昼の部屋」——療養所で続く女性同士の電話
昼の部屋で。
読みます。
今日は誰もいないのよ。
そう私の方も。
鬼の犬間の洗濯よね。
と互いに笑う。
挿し詰め鬼というのは夫たち。
そして女同士の話をとても長々とした。
私は夫の顔を思い出しながら。
あの人何の鬼かしら。
女同士言いたい放題言って笑い転げるための鬼か。
身勝手な私のために鬼にされるあまりに優しいあの人。
それでも話は弾んでいる。
それから時間が来たのであの店の前で別れたのよと。
デートの報告のような言葉もあったりして。
昼の部屋で受話器にくっつき女同士の熱い話が続いている。
っていう作品ですね。
白いですねこれね。
なんかハンセン病のこの当家族さんが暮らしているところは
なんかこうちょっと街みたいには作られている?
なんかお買い物に行ったりとか
なんかこう井戸ばた会議したりとか
作りにあってるのかな。
何百人って住んでるところだから。
ちょっとした街っていうか。
作りになってるんですね。
一つの病院みたいな箱の中っていう感じよりは
島の中に家が建ってみたいなとかね。
島じゃないところでも
でも結構広い土地に
壁はアスファルトで作られてるわけではなくて
そういう木とかで円にされててっていう。
かわいいですね。
私にそう言われるための鬼みたいな。
すごい好きなんだなって。
そうですね。
橋橋から。
いいですね。
20:23

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