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2024-12-19 22:05

S2E25 プラセボ効果はどこで起きるのか

お知らせ:今年は最後のエピソードです。1月9日の再開を予定しています。本年もありがとうございました。よいお年を!


本当は効果のない薬であっても、効果があるだろうという期待があると、効果が見られるというプラセボ効果の仕組みを、ヒトで調べるのは困難です。マウスにプラセボ効果を起こす方法を開発し、プラセボ効果に関わる脳の領域を明らかにした研究の話です。

https://www.nature.com/articles/s41586-024-07816-z

サマリー

プラセボ効果は、効果がないとされる薬でも、期待によって実際に効果が現れる現象です。このエピソードでは、マウスを用いた新しいプラセボ効果の実験を通じて、脳内麻薬や神経回路の関与を探ります。プラセボ効果が胸核やACCという神経回路によって引き起こされることが実験によって示されています。また、小脳がプラセボ効果に関連していることも新たに明らかになり、その意外な関与が興味深い結果をもたらしています。

プラセボ効果の基本理解
あの、プラセボ効果っていうのがありますよね。
本当は効果のない薬であっても、効果があるだろうという期待があると、投与した時に効果が見られるっていうやつです。
プラセボ効果が問題になるのが、新しい薬の臨床試験です。
開発した薬に効果がなくても、心理的な影響で効果が出てしまうことがあるので、
薬物の入っていない偽の薬を投与した対象のグループと比較して、新薬に効果があるかを調べるということをしないといけないわけです。
で、この偽の薬のことをプラセボ、あるいはプラシーボと呼びます。
こんな風に治療効果を測る時には邪魔者であるプラセボ効果ですが、
なんでこんなことが起きるのかとても興味深いですし、うまく使えば薬物を使用しないで治療できるはずです。
しかし、プラセボ効果のメカニズムはまだあまりよくわかっていません。
ちなみにプラセボ効果はどんな症状に対しても見られるわけではなくて、
がんの進行とか感染症にはあまり効果がないとされています。
プラセボ効果が特に強く見られることがわかっていて、よく研究されているのが痛みを和らげる効果、鎮痛効果です。
だから痛みが抑えられるだろうという期待がある時に痛みが減るというわけです。
この現象には脳内麻薬が関わっていると考えられています。
モルヒネみたいな麻薬には鎮痛作用があるわけですが、
それは脳の中にある麻薬と結合する分子、オピオイド需要帯、つまり麻薬需要帯にモルヒネが結合するからです。
脳の中にはもともとこの麻薬需要帯に作用する分子があって、
エンドロフィンとかエンケファリンと呼ばれる分子なんですけれども、これらは脳内麻薬と呼ばれたりします。
プラセボ効果が起きている時には、脳内麻薬が需要帯に作用して鎮痛効果を起こしていると考えられています。
その根拠として、この需要帯の働きを遮断する薬を投与すると、鎮痛のプラセボ効果がなくなるということが既に示されています。
他にプラセボ効果の研究としては、MRIなどで人の脳の画像解析を行って、プラセボ効果が起きている時に脳のどの部分が活動しているのかを調べるというのがよく行われています。
これによって、痛みと関わる神経回路で活動が起きるということがわかっています。
こういった画像解析の研究は有益なんですが、人での研究ですから、実験動物を使った場合のように細かい神経細胞レベルで見ることができないですし、
特定の細胞を刺激したりして、実際にどの神経が効果をもたらしているのかを明らかにすることができません。
さらに、そこから細胞を取ってきて、その細胞で働く分子を調べるということも当然できないので、脳内麻薬がどこに作用しているのかもわからないわけです。
マウスであればこういった実験ができるんですが、マウスでプラセボ効果を起こすというのは簡単ではなさそうです。
マウスを使用した実験
今日は、マウスに鎮痛の期待をさせる条件付け方法を新たに開発して、プラセボ効果を解析した研究を紹介します。
ホットサイエンティストへようこそ。サトシです。
今日紹介するのは、ノースカロライナ大学のチョン・チェンラによる研究で、2024年7月にNatureに発表されたものです。
この研究ではまず、マウスでプラセボ効果を見るための実験を開発しています。
動物でプラセボ効果を見たのはこの研究が初めてではないのですが、この研究では独自の新しい方法を用いています。
この方法では、偽の薬というのは使っていなくて、痛みの緩和が特定の環境で起きるという風に、環境と痛みで学習をさせています。
具体的には、2つの部屋がつながったような装置を用いて、7日間かけて行う実験です。
最初の3日間は、ただマウスをこの装置に入れて慣れてもらいます。
2つの部屋、部屋Aと部屋Bはつながっているので、マウスは自由に行き来ができます。
次の3日間では、片方の部屋、部屋Aの床をヒーターで温めて48度まで熱くします。
これはマウスにとっては痛いくらい熱い温度で、熱い方の部屋に入ると飛び上がったり足をなめたりします。
これが痛がっていることを示す行動だということなんです。
マウスは部屋Aからもう一方の部屋、部屋Bに逃げていきます。
つまり、この3日間でマウスに部屋Aの床は熱いということを学習させるわけです。
だから、部屋Aにいると痛いけど、部屋Bにいるときには痛くないということですね。
3日間の間に十分学習をして、部屋Bの方でマウスは過ごすようになります。
次が最終日なんですけれども、この時には部屋の両方を48度にします。
この時に学習したマウスがどのような行動をするかというと、部屋Bは痛くないと思ってますから、部屋Bに移動するわけです。
しかも、ここが重要なのですが、部屋Aで熱かったときとは違って、部屋Bでは落ち着いていて、ジャンプしないし足をなめたりもしていないということでした。
だから、部屋Bでは痛くないという期待があるからプラセボ効果が起きて、実際は熱いんだけど痛がっているような行動をしないというわけなんです。
コントロールの実験として、学習をさせていないマウスでも両方の部屋が48度というのをやっているんですね。
この場合では、部屋Aにいるときでも部屋Bにいるときでも痛そうにしていたということです。
だから、やっぱり学習したマウスでは、部屋Bは痛くないという期待がプラセボ効果をもたらしていると考えられます。
それから、プラセボ効果による鎮痛には脳内麻薬が働いているという話でした。
そこで、部屋Bは痛くないと学習したマウスに、麻薬需要帯の働きを遮断する薬を投与するということをやっています。
そうすると、学習していないマウスと同じように痛がっていたという結果でした。
これで、この実験でも人の場合と同じように脳内麻薬が働いているということなので、マウスにプラセボ効果が起きているようだということになったわけです。
さて、これでマウスを使ってプラセボ効果を調べるための実験条件が確立できました。
今回の研究のポイントは、このようにマウスではっきりとプラセボ効果を見ることができる系を開発したことで、
これによって人ではできない様々な遺伝子技術を使うことで、脳の中で起こっていることを調べていくことが可能になりました。
ACCと胸核の関係
ここからは複雑な技術をふんだんに使って、プラセボ効果に関わる神経回路を明らかにしていきます。
まずそのための足掛かりなんですが、先ほど話したように、人間のイメージングの実験でプラセボ効果が起きるときに脳のいくつかの部分が働いているということでした。
そのうちの一つ、ACCという領域に注目します。
ACCは全体上皮質と呼ばれる領域です。
ここは感情の処理や意思決定の他に、痛みに関係があることが知られている領域なんですけど、ここがプラセボ効果と関係あるということだったんですね。
そこでこの研究では、まずマウスでもプラセボ効果でACCが活動するのかを調べています。
このために複雑な遺伝子技術を使っているんですが、まず神経細胞が活動したときにだけ、ACCの神経に特殊なタンパク質が作られるような形にしています。
プラセボ効果による鎮痛が期待される状況にマウスを置いてやったんですね。
そのときにそのタンパク質ができていたので、ACCの活動が起きているということが分かりました。
さらにこのタンパク質は、ACCが次に繋がっている場所に移動するように工夫してあって、ACCが次にどの神経に刺激を送るのかが分かるようになっています。
解析をした結果、ACCの繋がる場所として胸核という場所が見つかりました。
川にかける橋に核家族の核で胸核と書きます。
だからACCから胸核へ情報が伝わるということが分かったわけなんですね。
この胸核という領域なんですけど、大脳と小脳との連絡を行う場所として知られています。
大脳は工事の機能を持つ場所で、ACCもその一部なんですね。
小脳は運動の調整とかバランスなんかに関わる領域として知られているんです。
胸核はこれまで痛みによって活動を起こすという報告は少しあったんですが、痛みにおける役割というのはよく分かっていない部位でした。
ここからこの研究では、このACCから胸核という繋がりがプラセボ効果にどんな関係があるのかを調べていきます。
そのために、胸核の神経に神経が活動すると光が強くなるタンパク質を作らせます。
これを使えば、生きて自由に動いているマウスの脳の中で、胸核の神経の活動がモニターできるわけなんですね。
この状態でプラセボ効果のテストをしているマウスで活動がどうなっているのかを調べました。
プラセボ効果の条件付けで学習をしているときには、床の厚い部屋Aと厚くない部屋Bがあったわけですよね。
プラセボ効果の神経回路
テストをするときには、どちらも厚いんだけど部屋Bは痛みがないと思っているからプラセボ効果で部屋Bでは痛くないという話だったわけです。
で、胸核の神経の活動を見た結果なんですが、プラセボ効果のある部屋Bへ移動する瞬間、だから部屋AからBへ入る瞬間に、胸核での活動が見られたということでした。
しかもこれは学習によって起きるもので、学習する前よりもした後の方がこのような反応する神経がずっと多かったという結果だったんです。
胸核はACCによって活動するわけですから、プラセボ効果とACC、胸核という連絡の活動と関係があるということがここで確認されたわけです。
というわけで、部屋Bに入る瞬間に胸核が活動することによってプラセボ効果が起きるのであれば、ACCとか胸核の活動を人工的にオフにすればプラセボ効果をなくすことができるはずです。
実際そのような実験をやっています。
これには光を当てると神経の活動を抑制するタンパク質があるので、それをACCや胸核に作らせて、学習したマウスの痛みに対する反応を見ています。
学習をした後であれば、部屋Bが暑かったとしてもプラセボ効果で痛くなさそうにマウスはするということだったんですが、ACCもしくは胸核の活動を止めると、普通に暑い部屋にいるときと同じように痛がっていたんです。
これで、ACCと胸核がプラセボ効果に必要であるということがわかりました。
この研究ではさらにもう一つ重要なことを明らかにしています。
胸核の神経細胞を取ってきて、一個ずつバラバラにして、それぞれでどんな遺伝子が働いているのかを調べています。
その結果、胸核では脳内麻薬の需要体が発現する細胞が多いということを明らかにしています。
最初の方で、プラセボ効果による鎮痛には脳内麻薬が関与しているだろうという話をしたんですけれども、
胸核の細胞が脳内麻薬の需要体を持っているということは、胸核の神経は脳内麻薬に反応できるということを示しています。
というわけで、さまざまな高度な遺伝子技術を使ってたくさんの実験を行うことで、プラセボ効果はACC・胸核という神経回路によって起きることがわかったわけです。
特に、胸核はこれまで痛みとの関係がよくわかっていなかった部位なんですけど、ここが脳内麻薬と関係あることと、プラセボ効果による鎮痛に関係があるということがわかったわけです。
小脳の意外な関与
これによって、ここをターゲットとすることで、新しいタイプの鎮痛薬を開発できる可能性があるということになります。
さて、普通であれば、これだけの実験をして、これだけはっきりした結果が出て話がまとまったら、論文はここで終わりっていうところなんですが、さらにもう一つ驚く発見をして、この論文は終わっています。
胸核は大脳と小脳を結ぶ経路に位置します。
そこでプラセボ効果と小脳の関係を調べていて、小脳での活動が鎮痛が期待される部屋Bに移動した瞬間にどうなるかを解析しています。
その結果、小脳の神経もプラセボ効果の起きるときに活動しているということがわかりました。
小脳は主に運動の調整に関わることが知られていて、痛みとの関係は全く知られていないんです。
プラセボ効果はレベルの高い複雑な現象のような気がするので、脳の中でも工事の機能を行っている場所で起きていそうなのに、小脳っていう主に運動に関係するところが関わっているっていうのが意外で面白い結果だったわけです。
というわけで、この研究ではマウスでプラセボ効果が起こる実験条件を見つけ出して、それを用いて解析をしていました。
もちろん、人でのプラセボ効果は言葉で説明されて起きるので、もっと複雑な現象かもしれないし、そういった言語による部分っていうのは今回のマウスの研究では解析されていないわけです。
でも、この研究ではマウスでこそ可能な高度な遺伝子実験を行うことで、少なくともプラセボ効果の仕組みの一部について予想もしないことを明らかにしていました。
ポッドサイエンティストは今回が今年最後のエピソードとなり、少し早めに冬休みに入ります。この期間に私たちもリフレッシュして来年に向けて、さらに面白いエピソードや企画を準備していきます。
次のエピソードは1月9日を予定しています。どうぞお楽しみに。
それから最後に、今年も番組を支えてくださった皆さんに心からの感謝を申し上げます。そしてどうぞ皆さん良いお年をお迎えください。
それではまた来年お会いしましょう。
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