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なぜ生き物は老化するんでしょうか。パッと思いつくのは、ダメージが蓄積するっていう考えです。
体を構成する分子、例えばDNAなんかに少しずつ異常が蓄積していって、それで体の機能が損なわれることが老化であるっていうのは、イメージとも合うんではないかと思います。
でも生物は、そういった異常を修復する機構を持っているんですね。 そうなると、せっかく持っている機能がちゃんといつでも働くように進化してこなかったのは、不思議といえば不思議です。
また、生物ごとに寿命が大きく違いますし、同じ種の生き物でも一つの遺伝子を働かなくすると、寿命が延びる例っていうのも知られています。
これは自然に蓄積するダメージで老化するっていう考えとは合わなくて、何か老化を決めるスイッチ、分子的な仕組みもありそうです。
つまりダメージの蓄積が関係あったとしても、修復をどれだけするかが別の要因で決まっていそうで、ダメージの蓄積だけで老化を説明するのは難しいっていう考えがあります。
他によく言われるのが、生物は種の存続のために老化して死ぬようにできているっていう考えです。
年を取った個体が死ぬことで、集団の中の若い個体が使えるリソースが増えるっていうのが一つ。
また、自然選択による進化っていうのは世代を経ないと起きないので、死んで世代交代をして、進化することで種が生き残るチャンスを高めている。
つまり、進化するために死ぬっていう考えがあります。
しかしこのような種の存続のために死ぬっていう考えは、進化の理論では概ね否定されています。
自然選択は基本的には個体が子を残せるかを元に行われます。
ですから集団全体のために個々の個体の生存に不利な形質が選ばれるっていうことは通常は起きないんですね。
欠縁選択っていうのがあるんですけど、これは欠縁度が高い場合に起こることで一般的ではありません。
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ですから老化とか死が種のためとか進化のために起こるっていう説明はほぼ否定されています。
そう、だから老化っていう当たり前な現象でもなぜ起こるかを説明するのは簡単ではないんですね。
でも有力視されている仮説っていうのがあって、
傾向的多面発現説っていうものです。
言葉の意味としては一つの性質あるいは一つの遺伝子が相反する複数の作用を持つからっていう意味です。
生き物にとって一番大事なのは子供を残すことなんですね。
つまり若いうちに元気で生き延びて繁殖に成功することが進化の上では何よりも意味があるわけです。
ですので、自然選択は若い時期に役立つ性質を強く後押しします。
例えば早く成長する能力とか感染症に対して強く反応する免疫システムとかは若い個体にとって大きなプラスとなります。
ところがこの同じ仕組みが年を取った後にもずっと働き続けると問題が起きることがあります。
細胞の増殖を促す仕組みはガンのリスクを高めるかもしれないですし、強すぎる免疫反応は慢性炎症を起こして組織を傷つけるかもしれません。
つまり若い時には有利だった性質が年を取ると健康のコストになることがあるんです。
それでも進化の観点から見ると、そういった性質が失敗だというわけではないんですね。
進化的には老年期の健康にはあまり効果がなくて、繁殖の成功を最大化することが強く作用するので、こういった性質も維持されるわけなんです。
これが、傾向的多面発言説になるわけなんですけれども、老化や年を取ってからの病気が単なる体のすり減りではなくて、若い時に私たちを守ってくれた仕組みの副作用かもしれないという、そういう考えになります。
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実際この理論を支持するデータっていうのが見つかっているんですが、最近さらにこの傾向的多面発言説を支持する発見が報告されていたので、今日はこれを紹介します。
フォトサイエンティストへようこそ。 サトシです。
今日紹介するのは、ソーク研究所のカリナ・サンチェス・ランによる研究で、2026年1月のネイチャーに発表されたものです。
この論文ではマウスを用いて、排血症について研究を行っています。
排血症っていうのは、細菌などの感染によって全身の臓器に障害が起こる重篤な疾患です。
この病気は世界的にも主要な死因の一つで、日本でも毎年何万人もの人がこの疾患で亡くなっているんです。
通常、細菌やウイルスなどの病原体が体内に侵入すると、免疫系はそれを排除しようとします。
しかし、その結果起こる炎症などの免疫系の働きによって、様々な臓器が損傷してしまうことがあるんです。
排血症の場合では、心臓、腎臓、肺、肝臓など様々な臓器がうまく働かなくなって、過臓器不全に至ります。
ですから、病原体からの防御には、病原体を排除する働きだけではなくて、臓器の損傷を軽減する仕組みというのも重要になります。
この研究では、病気から臓器を守る働きが年を取るとどう変化するかを調べるという目的で実験をしていました。
このためには、マウスに排血症を引き起こすということが必要になるわけなんですけれども、マウスに病原菌を注射するということをしています。
この時に、注射したマウスのうち半分が死ぬくらいの菌の量を投与しています。
これによって、生き残った個体と死亡した個体を比較して、何が生存を分けたかを解析できるわけです。
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また、この実験を12種類の若いマウスと75種類の高齢マウスで行っています。
人だと若い方が25歳くらい、高齢の方が60歳くらいに相当するということです。
高齢といってもまだ元気で、他の理由で死んでいく年齢ではないということになります。
まず、高齢マウスでも若いマウスでも、半分くらいが死ぬ菌の量というのは同じであったことも確認しています。
さらに、体の中でどれくらい菌が増えるかについても、若いマウスと高齢マウスでは違いがなかったという結果でした。
それで、ここからどのような変化が体の中で起きているのか、年齢でどのような違いがあるのかを調べていきます。
まず、若いマウスの方なんですが、感染によって死亡したマウスでは、特に心肥大と鬱血、心筋の損傷が顕著でした。
心肥大、心臓が大きくなったということなんですが、感染によって心臓の組織が損傷して心臓がうまく働かなくなります。
そういった時に心臓の筋肉が再構成されて大きくなることがあって、それが起きたということになります。
それから鬱血というのは血液がうまく流れないで臓器の中に血が溜まってしまう状態のことで、心臓の機能に異常がある時などに起きます。
次に老齢マウスの方なんですけれども、若いマウスとは違う反応が見られたんですね。
感染によって心臓の萎縮、心臓が小さくなるという現象が見られたんです。
他には腎臓の異常なんかも見られたんですが、特に心臓に関しては若いマウスとは逆のことが観察されたということになります。
病原菌を排除するという働きに関しては違いが見られなかったということなので、感染による損傷から臓器を守るという働きについて、若いマウスと年のマウスでは違いがあることがわかったということになります。
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次は、なんでこのような違いがあるのか、どんな分子的なメカニズムなのかが知りたいわけです。
まず、若いマウスに注目します。
若いマウスでは、排血症になると心臓が大きくなって死ぬということなんですが、半分のマウスだけが死ぬ条件でしたから、残り半分のマウスは死なないで生き残っています。
これらのマウスでは死亡したマウスのような顕著な心肥大は見られなかったんです。
ということは、生き残ったマウスでは何か心臓を守る仕組みが働いていそうです。
そこで、生き残ったマウスとそうでないマウスで働いている遺伝子を網羅的に比較してみました。
すべての遺伝子がどれぐらい発現しているかを調べる手法があるので、そういった比較ができるわけなんです。
いくつかの解析をした結果、フォクソワンという遺伝子が生き残ったマウスでは増えていたことがわかりました。
この遺伝子からはテンシャインシって呼ばれるタンパク質ができるんですけど、これは他の遺伝子のスイッチを制御するタンパク質なんですね。
フォクソワンは特にストレス応答とか、代謝の調節、細胞の生き死に関わることがわかっています。
生き残ったマウスではフォクソワンが増えていたということですから、このフォクソワンは心臓を守る働きを持つ可能性があります。
それで次はフォクソワンの働きを抑えるとどうなるかを調べていっています。
このためにフォクソワン遺伝子が心臓では働かないようにしたマウスを作成しました。
このマウスの若い個体に細菌を感染させてみたんです。
すると感染によって死ぬ個体の割合が大幅に増えていたんです。
それらの個体では心臓の肥大も観察されていました。
ですからフォクソワンがないと心肥大が起きるし、感染に対する耐性が弱くなるということがわかりました。
だから逆に言うとフォクソワンは心肥大を抑えて生存を助ける働きがあるということになります。
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さらにこの研究ではフォクソワンの下流で働く因子も突き止めています。
トリム63という遺伝子なんですが、これはすでに筋肉の萎縮に関わることがわかっている遺伝子です。
フォクソワンが働くとトリム63が働いて心臓が大きくなるのを抑えているという仕組みが考えられます。
さて若いマウスでは感染時にフォクソワンが働くと心臓の肥大が抑えられること、そして感染による死亡が抑えられることがわかりました。
ではフォクソワンは高齢のマウスでは何をしているんでしょうか。
ここまでの結果では最近の感染によって死亡した高齢マウスでは心臓の萎縮が起きることがわかっていました。
今度はフォクソワン遺伝子が働かない高齢マウスに細菌を感染させてみました。
この時は高齢マウスの生存率が高くなっていたんです。
若いマウスでフォクソワンが働かない時は生存率が下がっていたんだけど、同じマウスが年を取っただけで結果が全く逆になっていたんです。
さらにこの感染させた高齢マウスでは心臓の萎縮が少ないということもわかりました。
ですからフォクソワンが働かない高齢マウスでは心臓の萎縮が改善していた、生存率も上がっていたということなので、
高齢マウスでのフォクソワンの働きは心臓を萎縮させること、生存率を下げることとなります。
ただし、なぜこんな風に年を取ると変わるのかについてまではこの研究では明らかにしていません。
もう一度、若いマウス、年のマウスでフォクソワンを欠損させた時の結果をまとめます。
普通の若いマウスは細菌に感染すると一部の個体は心臓が肥大して死に至ります。
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若いマウスでフォクソワンを働かなくすると心臓の肥大が悪化して生存率が低下していました。
ですから若いマウスでのフォクソワンの機能は心臓を小さくすること、そして生存率を高めることということになります。
普通の高齢マウスの場合では細菌に感染すると一部の個体では心臓が萎縮、小さくなって死に至ります。
高齢マウスでフォクソワンを働かなくすると心臓の萎縮が改善し、つまり心臓が大きくなって生存率が上昇していました。
ですから高齢マウスでのフォクソワンの機能は心臓を小さくすること、これは若い時と同じです。
そして生存率を低くすることということになります。
だからフォクソワンには心臓を大きくさせない、小さくするという働きがあるわけなんですね。
若い時には感染時に心臓が大きくなって死に至るのでフォクソワンのこの心臓を小さくする働きが生存に有利に働くわけです。
でも高齢マウスでは感染時に心臓が萎縮して死ぬので同じ心臓を小さくする働きが生存に不利に働くという結果だったわけです。
で、この状況は最初に話した傾向的多面発言の形になっているんですね。
自然選択は主に繁殖期までの生存とか繁殖成功に強く働くため、その後に現れる不利益にはあまり作用しません。
その結果、若い時には有利でも老年期には組織の衰えとか病気のリスクを高めるような遺伝子が集団の中に残り続けます。
で、老化や死はその結果起きるっていうのが傾向的多面発言説でした。
すでにいくつかこのような性質を示す遺伝子が明らかになっていて、例えばガンに関わる遺伝子や成長に関わるホルモン、炎症に関わる因子などで、年を取ってから生存に不利に働くケースが知られています。
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今回の研究では、心臓ではフォクソワンが若い時には生存に有利だけど、年を取ると有害になることを示しています。
感染という特定の条件、心臓という特定の臓器で生きるか死ぬかっていう明確な指標で傾向的多面発言を示した稀な研究で、この説をさらに支持する研究と言えます。
もう一点、この研究の意義を補足したいと思います。
よく年を取ると免疫力が落ちると言われます。
しかしこの研究では、同じ量の菌を注射すると、若いマウスでも高齢のマウスでも体の中にいる菌の量は同程度でした。
また半分くらいの個体が死ぬ感染量っていうのも年齢では違いがなかったんです。
しかし、若齢と高齢ではどの臓器がどのように障害されるのか、そして最終的にどのように死に至るのかが異なるということを示しています。
ですから病原体への抵抗力、病原体を減らす能力自体はあまり変わらないんだけど、感染時にどれだけ臓器を守り、どれだけ損傷が抑えられるかが年齢によって変化しているケースがあるということを示しているわけです。
そしてこれは、同じ病気でも年齢によって治療戦略を変えないといけないケースがあり得るということを示していて、この点も興味深く重要な発見でした。
じゃあ今日はこの辺で終わりにしたいと思います。最後までお付き合いありがとうございました。