ニンゲン広告社
2026-09-26 15:00

ニンゲン広告社

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サマリー

広告会社で働いていた語り手は、若者向けスープの調査で、存在しないはずの13人目・秋山光子のインタビュー音声を見つける。光子は亡くなった息子のために毎年スープを二つ買っていた。語り手はその悲しみを「インサイト」として広告に利用し、成功と出世を得る。10年後、息子の秋山圭介が自殺を図る場面で、音声の内容と広告の因果関係が逆転していることに気づく。語り手は自分が他人の傷を才能の証明に使っていたと悟り、圭介を救う。結果、広告や出世の記憶は世界から消え、語り手はインサイトを人の語る理由と認めたくない欲望の隙間として捉え直す。

広告会社とインサイトの傲慢さ
創作ラジオドラマ 昭和101年 存在しない世界のどこかで
ちょっと変な話をしていいですか? 僕が広告会社に入社して3年目くらいの若手プランナーだった頃、
広告会社ではインサイトっていう言葉が今より少しだけ有り難がられてたんですよ。 売上が落ちてるなら価格が高いとか、知られてないとか、店頭で見つからないとか、
まあまずはそういう話をすればいいわけですよね。 でもそれじゃあ戦略プランナーっぽくないわけですよ。
なので会議室で腕を組みながら、これは認知の問題ではなく自己肯定感の問題かもしれませんね、みたいなことを言ってみるわけです。
グミの売上が落ちてるだけなのに急に現代人の孤独をそこに背負わせるわけですよ。 広告会社はすぐに消費者を心の病気に従います。
インサイトっていうのは消費者自身もはっきり言葉にできない行動の奥にある動機だと説明されることが多いです。
ところが会議室ではこうなります。それはファクトであってインサイトじゃない。 それは本人がすでに自覚しているからインサイトじゃない。
本人も知らないことを広告会社だけが知っていると不快というふうにされるんです。 よく考えるとかなり傲慢な商売ですよね。
他人の心に勝手に地下室を作って本当のあなたはここにいるんですよっていうふうに案内するわけですから。
僕が当時担当していたのは食品メーカーの秋風キャンペーンでした。 商品名を忘れますがみんな知っているカップ入りのスープです。
課題はシンプル。若い人が買わない。 だから若者がスープを飲む理由を見つけなければならない。
僕たちは20代から30代の男女にインタビューをしました。 広告会社の消費者インタビューというのも不思議なものです。
知らない人をマジックミラーのある小さな部屋に呼んで、最後に泣いたのはいつですか?
あなたにとって家族とは? 自分らしくいられない瞬間はありますか?
などと聞く。 テーマはスープですよ。
本来なら何味が好きですか?で済む話です。 ところが2時間後には親との角質や元恋人への未練、職場での疎外観まで聞き出しているわけです。
13人目のインタビューと秋山光子
そして最後に謝礼として5000円を渡す。 人の心というのは随分安く開封できるものだなぁと思いました。
調査は全部で12人でした。 ところが調査が終わった翌週、共有フォルダーを確認すると13人目の音声データが入っていたんです。
ファイル名は13 秋山光子 62歳
最初は誰かが追加で実施したのだと思いました。 でも対象条件から外れているわけです。
今回調べていたのは20代から30代ですよ。 担当のリサーチャーも後輩も会場の管理者も知らないと言いました。
受付記録にも秋山光子という女性が来た形跡はない。 それでも音声は2時間近くありました。
再生すると最初に僕の声だけが入っていたんです。
今日は温かい食べ物についてお話を聞かせください。
間違いなく僕の声です。 アレルギー性鼻炎で声の低い、自分で聞くと不快な声でした。
でも僕にはそのインタビューをした記憶がない。 相手の女性は声の小さい人でした。
質問に対して長く黙ってから答える。 こちらが沈黙に耐えきれなくなった頃にぽつりと話し始める。
インタビューでは沈黙を埋めてはいけないと言われます。 人は黙っている間に自分の本音へと降りていく。
だからこちらは待たなければならない。 これを沈黙を味方につけるとよく言います。
実際にやっていることは相手が耐えきれずに秘密を話すまでじっと見ているだけです。 音声の中で僕は女性に尋ねました。
スープを飲みたくなるのはどんな時ですか? 女性は答えました。
秋ですね。 僕が言います。
寒いからですか? 女性が言います。
いいえ、秋はいなくなった人を思い出すから。 長い沈黙がありました。
いなくなった人というのは? 息子です。
悲しみを広告に変えた成功
話を聞くと息子さんは広告会社に勤めていたそうです。 オフィスで倒れそのまま亡くなった。
それから女性は毎年秋になるとスープを2つ買うようになったと言いました。 一つは自分で飲む。もう一つはテーブルの向かい側に置く。
息子が帰ってくるわけではない。幽霊を信じているわけでもない。 ただ一つしか買わないと本当に息子がいなくなったことを自分で認めてしまうような気がする。
そう話していました。 僕はそこで音声を止めました。
怖かったから。というのは嘘です。 もう十分だったからです。企画書に使うには十分だった。
最低だと思います。でも広告会社で企画をしていると、人の不幸を聞いた瞬間に頭のどこかでスライドのタイトルを考えてしまうことがあるんです。
本人が泣いている最中に、これは象徴的なエピソードになるなと思ってしまう。
感情を素材として見る癖がつくんです。 僕は女性の発言を企画書に使いました。もちろんそのままでありません。
もっと感動的に、もっとドラマチックに改変しました。 もちろん年齢も変えて。企画書のタイトルは
人は温まりたいのではない、冷えた孤独を癒したいのだ。 今考えるとかなり気取った文章です。
でも当時の僕は完璧なインサイトだと思いました。 人はスープそのものを求めているのではない。
温かいものを返して失いたくない関係を維持している。 クライアントが息を呑む声が聞こえました。
会議室が静かになり、しばらくして部長が言いました。 これこそがインサイトだよ。
企画は通りました。 秋のキャンペーンとして大々的に展開され、商品は売れました。
コピーは 大切な人と話しているみたいに温かい。
社内でも表彰され有名な広告賞も取りました。 その仕事のおかげで僕はスタークリエイターになり出世もしました。
数年後には若手にインサイトを教える立場になりました。 そこで僕は毎年同じことを話しました。
秋山圭介の死を予告する音声
インサイトとは本にも気づいていない欲望を発見することだ。 表面的な発言を信じてはいけない。
人が何を言うかではなく、なぜその行動するのかまで見なければいけない。 13人目の女性の話については誰にも言いませんでした。
それからちょうど10年後の秋、同じ日のことです。 あの日と同じように少したインタビューを夜に控えていました。
その前に僕はリサーチルームで古いデータを整理していました。 そこで
あの音声ファイルを見つけたんです。 懐かしくなってスマホに保存し再生してみました。
後半まで聞いたのは実はその時初めてでした。 女性が息子の話をした後、音声の中の僕はこう質問していました。
息子さんの名前を教えていただけますか。 秋山圭介です。
その名前を聞いて僕はとっさに再生を止めました。 秋山圭介は僕の部下でした。
入社3年目でまぁ昔の僕に少し似ているところがあったんです。 要するに真面目。真面目すぎる。
インタビューの後にでもこの人本当に寒いから飲んでるだけなんじゃないですか? みたいなことを平気で言う。
僕はそれを惜しいなぁと思ってました。 もっと疑えばいいのに。もっと奥を見ればいいのに。
本人が言いたがらないところまで降りていけばいいのに。 秋山には才能がある。だから本気で指導していたんです。
その日の夕方、彼が持ってきた企画書に僕はこうダメ出ししたばかりでした。
これはファクトであってインサイトじゃないんだよ。もう少し深いものを探してよ。 秋山は何か言いかけて、そしてやめました。僕はそれを見て少し苛立ったんです。
黙るのは簡単なんだよ。でも沈黙の奥に行くのがこの仕事でしょ。 僕は秋山ならわかってくれると信じていました。
音声を再開しました。 僕の声が少し震えていました。
広告の因果関係と救助
けいすけさんはいつ亡くなったんですか。 女性は答えました。
今日です。 その瞬間部屋の空調が止まりました。
パソコンの時計を見ると午後5時47分。 社内チャットを開き秋山に電話をかけました。
出ません。 メッセージを送ろうとすると彼から数分前に届いていた文章が目に入りました。
部長の求めるレベルのインサイトはどうしても見つかりません。 もしかしたら僕はこの業界ではやっていけないのかもしれません。
僕は椅子を蹴って立ち上がりました。 どこにいる?
走りながらそうチャットを返しました。 音声の中では僕が女性に尋ねていました。
どうしてこのスープを買うようになったんですか。 女性は言いました。
あなたの広告を見たからです。 僕は廊下で立ち止まりました。
大切な人と話してるみたいに温かい。 あの言葉を見た時私は2つ買ってもいいんだなと思ったんです。
意味がわかりませんでした。 僕は彼女がスープを2つ買うという話を聞いてそこから広告を作ったはずです。
でも彼女はその広告を見たから2つ買うようになったと言っている。 変ですよね。順番が逆なんです。
いや逆というかどこが始まりなのかわからない。 音声の中の女性は続けました。
あなたは私の気持ちを見つけたんじゃありません。 私にそう悲しむ方法を教えたんです。
エレベーターが来ませんでした。 僕は非常階段を駆け下りました。
音声の中では未来の僕が泣いていました。 僕は10年前に同じ発言を聞いていました。途中までですが。
女性は答えました。 では息子が今日死ぬことも知っていたんですね。
僕は階段を踏み外しそうになりました。 過去の僕、いや今の僕か。僕は何も答えませんでした。
秋山が死ぬ。母親が来る。インタビューをする。 音声が残る。僕が聞く。あの広告が生まれる。
彼女が蓋使う。 いや違う。まだ秋山は死んでいない。
オフィスに走り込み秋山の所在を訪ねました。 トイレに立つ姿を見た社員がいました。
トイレの個室。一つだけドアが開いていました。 中で秋山が首を吊っていたんです。
秋山の小さなうめき声が聞こえました。 僕は救急車を呼びました。
いや呼ぼうとしました。 でも指が動きませんでした。
秋山を助ければあのインタビューは存在しないことになる。 あの広告も生まれない。広告書も役職も今の僕の立場もなくなる。
これまで積み上げた名声も出世も若手に偉そうに語ってきた理論も全部なくなる。 そう考えました。
普通の人は命と広告書を天秤にかけたりしないと思いますよね。
でもそれこそが僕のインサイトが現れた瞬間だったんです。 僕が欲しかったのは消費者の理解ではなかった。
人の心の奥まで見抜ける特別な自分でいたかった。 誰にも見えないものを自分だけが見つけたかった。
他人の傷を自分の才能の証明に使っていた。 その時秋山の足がピクリと動きました。
秋山は靴を履いていませんでした。 靴は個室の隅に丁寧に揃えてありました。
飛び降りるわけでもないのになんで靴を脱いだんだろう。 人は死ぬ前になぜ靴を揃えるんだろう。
畳文化の影響なのかなぁとか。 その瞬間頭の中で勝手にスライドが立ち上がりました。
死の直前に靴を脱ぐ行為に見る日本人の無意識。
違う。 最後まで迷惑をかけたくない若者たち。
違う違う違う。 秋山はまだ死んでいない。
目の前で苦しんでいる。それなのに僕はまた意味を探していました。 秋山の靴から人間の本音を探ろうとしていました。
そんなことはどうでもよかった。本当にどうでもよかった。 僕は救急車を呼びました。
救急車が来るまで秋山の胸を押し続けました。 運び出される秋山につき添いながらスマホを確認すると、例の音声ファイルは跡形もなく消えていました。
インサイトの再定義
秋山は助かりました。 病院の医師からあと数分遅ければ危なかったと言われました。
翌朝、会社へ行くと僕の机の位置が変わっていました。 部下たちは僕を部長ではなく苗字で呼びました。
会議室に飾られていた広告書はなくなっていました。 社内データベースであのキャンペーンを検索しました。
出てきたのは10年前に実施されたごく普通の商品広告です。 若い女性がスープを飲んでいるだけの誰の記憶にも残っていない広告でした。
僕は出世していませんでした。 ただ僕の中で記憶だけは残っていました。
売れたことも表彰されたことも、壇上で徹底した消費者理解から生まれた企画ですと話したことも、
そして自分が一瞬だけ秋山の命よりその成功を惜しいと思ってしまったことも、 それ以来僕はインサイトを本人も知らない本音とは説明しなくなりました。
人は誰しも自分の本音にうすうす気づいているんです。 寂しいことも、愛されたいことも、誰かを傷つけたとしても賞賛されたいことも、
ただそれを認めると自分が信じてきた人生の説明が壊れてしまう。 だから別の当たり障りのない理由を語る。
インサイトとはその人が語っている理由と認めたくない欲望との隙間にあります。 だから深いインサイトを見つけたと興奮する前に一度だけ考えた方がいい。
消えた広告と残る感覚
これは本当はこの人が言いたくない心の傷なのではないか。 ちなみに秋山は今も元気に働いています。
あの夜のことは覚えていないそうです。 毎年秋になるとスーパーのスープ売り場で妙な感覚に襲われます。
一つ手に取るともう一つ買わなければいけないような気がする。 もう一つ取れば何かが整うような気がする。
取らないと誰かを置いて帰るような気がする。 あの広告はこの世界には存在しません。覚えているのも多分僕だけです。
でもスーパー結局一つしか買いません。 二つ目をカゴに入れた瞬間消したはずの未来がもう一度始まる気がするからです。
なんてねこのお話は完全にフィクションです。広告会社は楽しいよ。 よろしければ人間広告社のフォローをお願いします。
またねー
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