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こんばんは、サリーです。
『アパート3号室』へようこそ。
今日はね、ちょっと本の話をしてみようかなと思っております。
太宰治の『ヴィヨンの妻』という短編小説ですね。
これは、今週末、私が主催している読書会、『アパート3号室』の課題本になっている作品なんですけど、
この感想をね、ちょっと一人で喋ってみようかなと思っています。
これね、私はじめオーディブルで聞いたんですね。
ものすごく面白くて、繰り返し繰り返し聞いてるんだけど、全然飽きないんですね。
何度聞いても必ず面白いところがあるっていうのが、まずすごいことだなと思いましたね。
飽きないっていうね、普通だったらまあ1回聞いたらね、もういいやってなっちゃうのが、
何度聞いても全くこう、飽きないってすごいなと思いましたね。
でね、今日はその『ヴィヨンの妻』の私がどこに引っかかったのかとか、どこが面白いと思ったかみたいなことをちょっと喋ってみようと思っています。
まずね、この作品に出てくる夫の大谷という人がね、どうしようもない男なんですね。
お酒に溺れて、お金なくて、いろんなところに借金作って、女も作って、家にまともに帰ってこないと。
で、その妻のね、さっちゃんとか子供のことを全然考えているようには見えないという人ですね。
で、ある日も飲み屋のね、お金を盗んで逃げてくるっていう、そういう場面からスタートするんだけど、この話。
で、その妻のさっちゃんがね、お金をね、そのまま飲み屋で付がいっぱい溜まっていて、
そのお金を返すためにその店で働くことになるっていう話で、
普通に考えたらね、もうちょっと最低な男なんですよ。
なんなんだっていうね。
だけど、なんかね、読んでいくと、単純にね、最低な男だなという感じだけでもないなというのがわかっていくんですけど、
例えば、酔っ払ってね、妻のところに帰ってきて布団に潜り込んで、
怖い怖いって、僕は怖いんだ助けてくれ、みたいなことを言ったりとか、
死にたくてしょうがないんです、いつも恐怖と戦ってばかりいるのです、みたいなことを言うんですね。
どうしようもない男なんだけど、ものすごい弱い人として描かれているんですね。
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で、これであの、私が思い出したのが、
人間失格のオーバー妖像という主人公のことを思い出して、
すごい似てるなーって思ったんですね。
お酒に溺れて生活ぐちゃぐちゃになって、
女たちに助けてもらいながらなんとか生きてるみたいなのが。
で、同じように本当どうしようもない男として描かれているのに、
この人間失格と美音の妻って、
読んでる時の印象が全然違うんですよ。
人間失格ってものすごい暗いじゃないですか。
書き出し側の有名な、恥の多い生涯を送ってきましたというね、
そういう文章から始まるんだけど、
そのオーバー妖像の内面をね、
その一人称がオーバー妖像なので、
彼自身の目を通して世界を見てるから、
ものすごく重くて暗い感じなんだけど、
この美音の妻の方は、
語り手が妻の私、さっちゃん。
その視点から描かれてるから、
どこかおかしみがあるというか、
なんかカラッとしてるんですね。
置かれてる状況はあんま変わらないのに、
視点が違うってだけで、
印象がまるで違うというのが、
面白いなと思いました。
とはいえ、さっちゃんの置かれてる状況っていうのが、
ものすごい悲惨な感じなんですね。
家は本当にボロボロで、
お金なくて貧しくて、
子供も小さい子供がいるんだけど、
その子供も来年4つになる子供なのに、
2歳の子供より小さいっていう、
発育がちょっと遅れているような子で、
しょっちゅうお腹を壊したり、
熱を出したりするっていう、
非常に手のかかる子供を抱えているんですね。
でも、お金がなくて、
お医者さんに連れて行くこともできないと。
それなのに、夫の太田には、
医者に連れて行けばいいじゃないか、
みたいなことをね、
お金がないから連れて行けないのに、
軽々しくそういうことを言ったりするわけですよ。
普通だったらね、
こんな老少のないお父さんというか、
夫ね、
もっと怒っていいんじゃないかなと思いますよね。
あなたのせいでこんな生活になっているじゃないのって、
責めたりとか。
でもそういうこと一切しないんですよ。
このさっちゃんという女の人は。
むしろ笑っているというか、
なんだかんだ受け入れてしまっている、
そういう女性なんですね。
これ、なんか、
妻というよりも、
母親みたいだなっていうふうに思ったんですね。
どうしようもない男のこの弱い部分も、
情けない部分も、
全部こうひっくるめて、
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受け入れてしまうという、
その包容力があるというかな。
この小説の最後に、
さっちゃんのセリフで終わるんだけど、
妊婦人でもいいじゃないの。
私たちは生きていさえすればいいのよ。
というセリフがあるんだけど、
妊婦人というのは、
人にあらずということですね。
だから、人間失格みたいなことですよね。
妊婦人でもいいじゃないの。
私たちは生きていさえすればいいのよ。
という言葉で終わるんだけど、
これで終わるというのも、
すごく独語感が明るいというか、
人間失格に比べると、
希望が持てるような、
そういう印象を残すんですけど、
非常に母性的な言葉ですよね。
なんかね、そう思いましたね。
こんなね、
さっちゃんなんですけど、
全然気にしてないかというと、
そうでもなく、
一回だけ涙を流すという描写があるんだけど、
それが、電車に乗っている時に、
夫である大谷が、
何してる人かというと、
詩人なんですよね。
詩を書いたり小説を書いている物書きなんだけど、
ある雑誌に、
フランス・ワビオンというタイトルで、
論文を発表して、
それの告知する報告みたいなのが、
電車の中連れにポスターが貼られてて、
それを見て、
涙を流すんですよね。
さっちゃんは。
その涙が、
何でそこで泣いたのかが、
私は分からなかったので、
読書会で、
皆さんの話を聞いてみたいなと思ったんだけど、
その時に、
ダザエは、
なぜだか分かりませんけれども、
辛い涙が湧いて出て、
っていう風に書いてるんですよ。
そこがね、
ものすごく、
さっちゃんを表してるな、
という風に、
思いましたね。
どう考えても、
夫のせいで生活が苦しくて、
子供を背負って、
辛いですよね。
なのになぜだか分かりませんけれども、
という風に、
理由のない涙、
みたいな風に、
さっちゃん自身が感じている、
という風に書いてあるんだけど、
自分でも、なぜ泣いているのか分からない、
という風に書くわけですよね。
そこに、
さっちゃんという女性のあり方が、
すごい現れているような気がしましたね。
夫を責めないというか、
大谷自身は、
怖いとか死にたいっていう、
自分の弱さを、
そのまま口にしているのに、
さっちゃんは、
自分がどれだけ辛い思いをしていても、
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それを夫に背負わせるような形では、
絶対に口にしないんですね。
自分の中に抱えたまま、
目の前の生活を、
続けていこうとしているという。
ここまで読んで、
本当にダザいって、
なんでこんなに、
女に何もかも、
押し付けるんだろう、
という風に思いますね。
子供を育てるのも、
夫の弱さを受け入れるのも、
家計を支えるために、
働くというのも、
さっちゃんに背負わせる、
という、
男の人にとって、
ものすごい都合のいい存在として、
描いてて、
身勝手じゃないかな、
という気持ちが出てきちゃったんですけど、
でもなんか、
ダザイが描いている作品って、
こういう女性が、
繰り返し出てくるんですよね。
人間失格でも、
大葉養象を助けてくれる女性たちが、
次々に出てくるし、
車用という作品の、
カズ子というのもね、
どうしようもない男に、
恋をしちゃって、
それでも、
一人でね、
強く生きていこうとする、
みたいな、
そういう描かれ方をしているし、
男の弱いところ、
ダメなところを、
引き受けて、
強く生きていく、
みたいな女たちが、
ものすごい出てくるなと、
思いますよね。
それを見ていると、
もしかしたら、
ダザイにとって、
こういう女性というのが、
すごく理想なんじゃないかなと、
自分がどんなに弱くても、
ダメでも、
それでも大丈夫だよって、
どうしようもないわねって言って、
しょうがないわねって言って、
受け入れてくれる、
まるで母親のような存在、
そういうものを、
女性に求めていたのかもしれないなと、
思ったんですね。
それはやっぱり、
ダザイ自身の老いたちと、
重なってくるんじゃないかなと、
思っていて、
ダザイって、
もともと、
母親が、
体が弱かったこともあって、
兄弟が多いというか、
子供がたくさんいたということもあって、
直接母親から、
愛情を注がれた体験が、
ものすごい乏しい人なんですよね。
確か。
ウバとか女中とかに、
育てられたっていう風に、
言われていて、
だから、
お母さんがいつもそばにいて、
自分を丸ごと受け止めてくれる存在という、
そういう、
ものに植えていた。
だから、
作品の中で、
こういう、
何をしても責めずに、
受け入れてくれる、
母親のような、
女性を、
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登場させるというか、
自分自身が、
求めていたものを、
描いていたのかな、
なんていう風に、
思ってしまいますね。
勝手な読みなんだけどね、それは。
だから、
このビヨンの妻っていうのは、
単純に、
どうしようもない夫と、
それをけなげに支える、
妻の話、
というよりは、
ダザイが、
本当に自分が、
心から求めていた、
母親のような女性を、
サッチャンというね、
その人物に託して、
描いた、
作品でもあるんじゃないかな、
っていう風に、
読みましたね。
このあたりがね、
この作品の面白いところなのかな、
と思っています。
その他にもね、
ダザイの文章が、
とにかくすごいんですね。
人物の心理描写の、
描き方とかが、
本当に映像が立ち上ってくる、
そういうような感じの、
文章表現が、
いっぱいあって、
本当に飽きずに読めるっていうのは、
本当にすごい、
名文だらけみたいなね、
そういう感じで、
すごく面白かったですね。
今週末の読書会は、
今のところ12名で、
この作品についてね、
おしゃべりする予定なので、
4人ずつ、
3つのグループに分かれ合おうかな、
と思ってるんですけど、
同じ作品を読んでも、
全然違うところを、
読んできてね、
そういう話が出てくるんじゃないかなと思うので、
楽しみですね。
どういう話が出てくるのかっていうのは。
ということで、
今日は、
美音の妻について、
一人でちょっとしゃべってみました。
最後までお聞きくださりありがとうございました。
アパート3号室のサリーでした。
それではまた。