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『推し、燃ゆ』がしんどい 
2026-04-16 16:17

『推し、燃ゆ』がしんどい 

宇佐見りんさん『推し、燃ゆ』を再読。
「推し活=楽しいもの」というイメージでは語れない、
切実さとしんどさについて話しました。



#読書感想
#読書会
#推し燃ゆ
#宇佐見りん
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00:05
こんばんは、サリーです。
アパート3号室へようこそ。
今日はまた、本の話をしようかなと思っています。
何かもう、あっという間に数時間で読み終わっちゃったんですけれども、
うさみりんさんの推し燃ゆという小説についてお話ししようと思います。
この本は、数年前に一回読んでるんだけど、
今月末に、今宵はここまでにという読書家ユニットの皆さん主催による読書会があって、
その課題本になってたんで、今回改めて再読をしてみました。
その一番初めに読んだ時、数年前に、
その時はね、なんかちょっと痛い女子高生の告白小説だなぁみたいな、
なんかそういう印象ぐらいしか、その時は持てなかったんだけれども、
今回、もう一回改めて読み直してみたら、
全然違いましたね。
なんかとってもめちゃくちゃ刺さりました。
なんかちょっと読むのがしんどうかったんだけど、
切ないなぁって思いながら読み終わりました。
この推し燃ゆという小説ですね、
芥川賞を受賞している作品なんですよね。
ものすごい話題になりましたよね。
タイトルがものすごいインパクトがあるし、
その当時の推しっていう言葉をタイトルに持ってきているということとか、
燃ゆっていうのもすごくいいなと思うし、
その当時の時代性をものすごい反映しているタイトルで、
タイトルだけではなく、その1行目がまたすごいんですよ。
最初にページを開いて、その冒頭の書き出しがすごいんですけれども、
推しが燃えた、ファンを殴ったらしいっていう書き出しから始まるんだけど、
本当にもうこの推し燃ゆというタイトルとこの1行目だけで、
心は静かにされるっていうか、一気に引き込まれるっていう、
そういう衝撃的なものがありますよね。
この推し燃ゆというお話、
16歳の女の子、あかりという女子高生が主人公なんですけれども、
このあかりの一人称で語られるお話なんですね。
この一人称があたしっていうふうにずっと語られるんですけど、
私じゃなくてあたしって言うんですよね。
ずっと字の文もそういうふうに進んでいくんだけど、
このあたしが語る女子高生の16歳の女の子の心理描写が、
03:05
ものすごくリアルに描かれていました。
作者のうさみりんさんが、
これは21歳の時に書いた小説らしいんですけど、
本当にこの年齢の女の子の身体感覚とか心理描写とか、
その時にしか書けないような感覚で書いてるなというふうに思って読みました。
読んでいると自分が高校生だった時の、
当時の空気が蘇ってくるような感じがあるんですよね。
高校の授業で体育の時にプールで感じた匂いとか、
あとは廊下とか教室に反響しているような足音とか声とか、
そういう当時の空気とか記憶が鮮明に蘇ってくるような感じだなと思いました。
この主人公のあかりなんですけれども、
非常に息づらさを抱えている人なんですよ。
例えば学校の勉強とか、
あとは居酒屋でバイトしたりとかしてるんだけれども、
日常のいろんな場面でいろんなことがうまくできない子なんですね。
家族との関係も非常にちょっと際どい感じで、
作中では診断名が2つ付いたっていうふうに書かれてるんですね。
おそらく発達特性がある子なんじゃないかなと思うんですけれども、
だからどんなに頑張ってもできないということがあるし、
やっぱりしんどいんですよね。毎日。
こういうふうに書かれているんですけれども、
寝起きするだけで、
シーツにシワが寄るように生きているだけで、
シワ寄せが来るというふうに書かれていて、
これはちょっとしんどいだろうなぁと思いますね。
学校生活とか、バイトの仕事中とか、
家族との生活の中でもいろいろ失敗をしたり、
やらかすんですよね。いろんなことが忘れ物したりとか、
いっぱいいっぱいになっちゃったりとか、
そんな中で叱られたりとか、
注意されたり、否定され続けるわけですよね。
周りの人たちが当たり前にできているということが、
自分はどうしてもできない。
その辛さを周りの人に分かってもらえないということで、
自分を責めるし、自信を失う。
06:00
ありのままの自分ではいられないというような気持ちで、
めちゃくちゃ孤独だろうなと思いましたね。
すごい辛い毎日を送っているだろうなぁということは、
想像できるんですよね。
だから明かりにとって、
推しという存在がやっぱりものすごく、
想像以上に重要なんですよね。
彼女が推しているのが、
アイドルの上野まさき君という人なんだけれども、
彼女が上野まさき君という存在にハマるきっかけになったのが、
ベッドの下から出てきた古いDVDで、
彼がピーター・パンの役を演じているのを見て、
そこからハマっていくんだけど、
その推しにハマる瞬間の描き方もめちゃくちゃ特徴的というか、
私はものすごい印象に残ったんだけど、
その上野まさき君のピーター・パンの姿を見て、
真っ先に感じたのは痛みだったというふうに書かれてるんですね。
なんかかっこいいとか、ときめきいいとか、
そういう感じじゃないんですよね。
ピーター・パンのセリフで、
大人になんかなりたくないよ。
ネバーランドに行こうよっていうセリフを聞いて、
涙を流すんですよ、あかりは。
毎日重さを背負って生きていて、
大人になんかなりたくないって思いながらいた。
その辛さをそういうふうに思っていてもいいんだって、
肯定されたような気になったんですよね。
それで自分の心を揺さぶられる。
そこからをその上野まさき君に、
どんどん系統していくんだけれども、
だからなんかこう、おしもゆという小説が、
女子高生のおしかつ小説っていうふうにね、
それだけ聞くと、
なんかこう、浮かれた感じのね、
そういう小説かなというイメージを持ってたんだけど、
全然そうではなく、
最初から救いを求めて、
その推しを信仰しているみたいな、
そういう切実な感じを受けたんですね。
生活のすべてが推し中心で回ってて、
そのあかりもね、推しのことを背骨っていうふうに呼んでるんだけど、
そのぐらいも自分の中心にあるものなんですね。
あともう一つ私が印象的だったのが、
09:01
そこまでハマっている推しなんだけど、
自分と推しの一対一の関係、
というところじゃないところが面白いなと思ったんですけど、
そういう盲目的な一対一というような関係性ではなく、
こういうふうに書かれてるんですね。
私は彼とつながり、彼の向こうにいる少なくない数の人間とつながっていた、
っていう一文があるんだけど、
これどういうことかっていうと、
自分と同じアイドルを推している人たちと、
例えばSNSとかブログとか、
そういうところでつながって、
コメント欄でやりとりしながらコミュニケーションをとっているわけですよね。
その中で情報提供してありがとうって感謝されたりとか、
ブログが数日更新が滞ってたら気遣ってくれたりとかですね。
そういう自分という存在を認めてもらえるような、
そういう関係性がそこにあるんですよ。他者との関係性が。
そういう優しい場所なんですよね。
だからずっとこういううまくいかない日常生活、
つらいなって感じている中で、
やはりあかりが誰かと共感し合ったりとか、
他者とつながり合いたいっていう気持ちを満たしてくれる、
そういう場所なんですよね。
そう、だからそういうふうに考えると、
この推し勝つっていうのはあかりにとって、
やっぱりものすごく切実な自分の居場所みたいな、
そういうものだったんじゃないかなって思ったんですね。
推しもそれを語る場所も、
彼女が生きていくためには絶対的になくてはならないもので、
自分のままでいられる唯一の場所で、
そこにのめり込むことで自分を保っていられる、
そういう姿だなっていうふうに私は映りましたね。
行きづらい現実から目を背けて、
推しに没頭する、熱狂する、
そういうものが生きていくために不可欠だっていうふうに考えると、
この推しもゆという小説の重みが、
訴えかけてくるものがあるなと思いました。
昨日読み終わったばかりの小説で、
浅井涼さんのインザメガチャーチ。
これ、今年の本屋大賞に数日前受賞して、
かなり話題になっていますけど、
その小説もまさに推し活とか、
ファンダム経済というテーマで、
12:03
推しをめぐる社会の構造みたいなことについて書かれている作品だったんですね。
ものすごく面白かったんだけど、
そのインザメガチャーチにも、
こういうふうに書いてあったんですよ。
世界に没入する、視野をわざと狭める、
我に帰らないようにっていうふうに書かれていて、
これはまさに、
推し活をする人たちのことを言っている言葉なんだけど、
この推しもゆの中の明かりが、
まさにその状態だなというふうに思いましたね。
視野をわざと狭めるっていう、
我に帰らないようにするっていうところ。
彼女が生存していくための方法が、
そういうことなんだろうなというふうに思いましたね。
本当に必死なんですよね。
推しもゆの中にはこういうふうにも書いてあったんですね。
体力やお金や時間、
自分の持つものを切り捨てて何かに打ち込む、
そのことが自分自身を浄化するような気がすることがある、
というふうに書かれていたりとか、
あとは、辛さと引き換えに何かに注ぎ込み続けるうち、
そこに自分の存在価値があるという気がしてくる、
というふうにも書かれているんですね。
例えば推し活ってCDを何十枚も買ったりとか、
グッズ買ったりとか、ものすごいお金がかかるんですよね。
推し活に注ぎ込むためのお金を稼ぐために、
辛いバイトをしたりしているわけですよね。
推し活を真ん中に据えて、
そこに本当に全身全霊で注ぎ込んでいるから、
他のことがうまくいかないのは当然なんだろうけど、
生活とか破綻していく感じなんですよね。
本当に切実だなぁと思いました。
ちょっと読んでいて辛くなってきましたね。
結局彼女は学校に行けなくなっちゃって、
中退するという決断をするんだけど、
それにまつわる家との会話とか関係性も、
本当に読んでいて胸が塞がっちゃうような感じで、
本当に辛かったですけど、
明かりがそんだけ押しているアイドルが、
最後に解散することになるんですよね。
最後のライブに明かりがペンライトを振って行くんだけど、
その熱狂する姿、
15:00
涙が出ちゃいました。
どうやってこの後この子生きていくんだろうなぁって、
心配になっちゃうというかね。
推しを押さない私は私じゃなかった。
推しのいない人生は余生だった。
っていうふうに書かれてて、
本当にこの後どうなっちゃうんだろうっていうね。
こういう明かりみたいな不器用で、
でも繊細で真っ直ぐな優しい子がいますよね。
生きづらさを抱えてて。
こういう子がもっと周りから理解をされて、
生きやすい世の中になるといいなっていうふうに心から思いました。
今月末の読書会楽しみですね。
みなさんの他の人のお話をどんな感じで聞けるのかなと思って。
今日はうさみりんさんのお下ゆについてお話してみました。
最後までお聞きくださりありがとうございました。
アパート3号室のサリーでした。
それではまた。
16:17

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