1. 「組織」を考えるメディア Organize
  2. vol.16 篠田さん、『企業変革..
2024-12-04 25:51

vol.16 篠田さん、『企業変革のジレンマ』を熱く語る(1)保守という態度と「聴く」

spotify

篠田さんがずっと話したかった、宇田川元一先生の本『企業変革のジレンマ』(日経BP 日本経済新聞出版)。「この本を読んでいるともう、聴くっていうことそのものって思うことがたくさんあって、非常に感銘を受けた」という篠田さん。

今回はとくに第5章「『わからない』壁を乗り越える」から、新しい事業を進めていく上での「保守」という態度についてのお話です。「自分たちが理性だけで理解していることの外側に何かあるかもっていう、この態度こそが、聴くっていうことだと思うわけです」ーー熱い言葉があちこちで炸裂しながらも、きわめて丁寧に深まっていく山田さんとのやりとりをお楽しみください。

サマリー

篠田さんは宇田川先生の著書『企業変革のジレンマ』の内容を深く掘り下げ、特に企業が直面する慢性疾患のような変革の課題について話しています。また、対話の重要性が新たな事業の創出にどのように寄与するかを探っています。企業変革における対話の重要性や、現代の多様性の中で変化する顧客ニーズへの対応が議論されています。特に、社内コミュニケーションや外部との対話を促進するための取り組みが求められています。

『企業変革のジレンマ』の紹介
組織を考えるメディア Organize。このポッドキャストは、エール株式会社の篠田さんと山田で、組織を考える、とらえなおす上で、我々が面白いと思った視点や観点をシェアしていこうという番組です。
篠田さん、今回もよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
第16回ということが、先ほど直前で分かりましたが、数を重ねてまいりましたね。
今日も楽しみでございます。
今回はですね、僕も個人的に楽しみに。実はこれ、前からやるやると言ってて、ちょっと待ってって言われてた気がするんですが、
宇田川先生の『企業変革のジレンマ』という本が、もう3、4カ月前かな。ちょっと前ですかね。
そうですね。私、今、初版の持ってて、6月21日付けになってるから。
結構前か。
もう、今これ収録してるのが11月半ばなので、5カ月前ですかね。
結構、すごいたくさん売れてると聞いて。
そうですね。あと篠田さん、この本出た時から、これはすごくいいって言ってて、すごくいいと思いすぎて、なかなか喋ってくれなかった感があったんですけど。
今日はこの本の中身全部というよりかは、その中で特に篠田さんがエールと紐付けてとか、特にこのポッドキャストで語りたいところがあるという感じだったので、そこをぜひ深掘るという感じでいければなと思っていますという回です。
ありがとうございます。
簡単にこの本は何の本かっていう話を短くして、本全体の話ではなく、今言われたようにある特定の箇所に入っていこうと思うんですけど、
この企業変革のジレンマという本が扱っているのは、まず出発点の問題意識がですね、多くの企業変革に関する経験者、変革を成し遂げた経営者の話であれ、
あるいはもうちょっとそれをまとめて抽象化した経営学者による議論であれ、扱っているのが変革のV字回復みたいな状態、つまりもう危機的な状況に陥ったものを、急角度で回復させるという状況を扱ったものがほとんどですよねっていうのが宇田川さんの問題意識の出発点なんですね。
これを人の病気に例えると、急性期って急ぐ、急に具合が悪くなった急性期の疾患に例えている。でも、人には慢性疾患というものがあるように、実は多くの企業が悩んでいるのは、なんとなくうまくいかないっていう状態。
もっといい会社にしたいと思っているとか、このまんまでいいんだろうかという漠然とした、みたいなものの方が多くの会社が直面していて、これがどういう状況なのか、どういう構造でこの課題があってどうやって対処したらいいのかっていうことに取り組んでいる議論ってないんですよねっていうところ。
この慢性疾患にあたる状態、ダラダラと悪くなっている状態を捉えて分析し、対応する考え方を示そうとしている本なんです。その対応の要にあるのが、対話ですって言ってるんですね。
慢性疾患の要因の分析
ここで宇田川さんは対話をこう定義しています。「対話とは他者、他人を通して己を見て応答すること」。
対話って言うと、ただ寄り集まって言葉を交わすっていうことではなくて、どっちかっていうと、周り、その人の意見、自分の何かを言ったその人が何か反応してくるっていうのを受けて、また考えるっていう、言ってみれば思考のフォーマットなんです。
コミュニケーションというよりも。っていう定義はされているんですね。これが一見すると、このLISTENっていうもの、聴くっていうことと何か違いそうに見えるんですけど、私からしたら、この本を読んでいるともう、聴くっていうことそのものじゃんって思うことがたくさんあって、非常に感銘を受けたし、
私がその人と組織の関係が、よりお互いにとって良いものになる可能性があると思っていて、その要に聴くっていうことが、より多くの人が聴くっていうことを知り習熟することにその鍵があるんじゃないかなって思ってるっていうことを、経営学者でいらっしゃるのでめちゃくちゃ解像度を上げていただいたなっていう。
ここまでがこの本の前置きですね。今日ちょっと紹介して一緒におしゃべりしたいなと思ったのは、具体的に第5章の後半からその付録にあたるところなんですね。この第5章は、さっき言った慢性疾患の要因を、本では3つ、要因というか壁を3つ挙げてるんだけど、その1つに、要は持ち場が違うと相手のことがわからない。
あるいは既存事業にどっぷり入ってると、その隣にいる新しいお客さんのニーズがわからない。このわからなさっていうものの壁をどう乗り越えますかっていうことを扱った章なんです。
第5章ですね。
第5章。主にこれって、新規事業の隣に新しい事業を作りましょうとか、新しい切り口を作りたいねっていうときに、なかなかうまくいかないよねっていう状況の中でこの壁が実感されるんだけど。ここでですね最後の方で、じゃあ新しい事業の領域ってどこに見出すのか。突然、全く関係ないところに作るって別に我が社がやる意味ないわけなので、我が社がやる新規事業っていうふうに考えると、この3つの要素が重なったところだよねって言ってくれてるんです。
1個が、やっぱり、我が社の実際の経営資源。人とか技術とか。これが1。2つ目が、我が社の経営課題。我が社の現場課題を解決したいっていうのが2つ目。3つ目が、社会の課題とかお客さんの課題。この3つが重なったところにこそ新しい事業を作ると、自分らにとっても意味あるし、社会にとっても、御社だからできる新規事業ですよねってなるよねっていう話になる。
こことつながるのが今日の本論なんですけど、これをちょっと抽象化して、ここで言ってることは、ここだけでなく本書で、本全体で言ってることは、保守と革新っていう保守ね。保守的な変革の思想と実践である。
なんでかって言うと、保守の反対語って革新じゃないですか、政治の立場の人。そうすると保守的って今の感じで言うと、変えないとか、すごい岩盤みたいなイメージがあるんですけど、本来の意味の保守ってそうではなくて。
要は理性だけを信じて、ロジカルに言うとこうですよねっていうことをひたすら今すぐ実現しようとするのが革新であると。それに対して保守っていうのは、過度に理性を信頼しすぎると、理性だけじゃない人間の部分っていろいろあるじゃんと。
それを否定する態度だから良くないよねと。要は理性プラスアルファの感情とか文化とか人とのつながりとか、理性に還元できないものも踏まえて変革を作っていく態度が、保守っていう態度ですよと。
そうすると今のこの、さっきの例えば事業ドメインの作り方とかも、突然キッチン用品作ってる会社が、これからうちはAIの会社になるとか言ってやるのは、理論的にはこれからの市場の伸びとして正しいんだけど、そうじゃないですよねっていう。今の延長線上に新しい事業があるよねっていう考えと近い。
で、この保守を実際やろうと思うと、態度としては自分の思考的な理性の限界があるよねっていうことを認めて、他の人、何かわからないけど、何かあるかもしれないって思って他者と関わることで、初めてその新しい切り口が見えるってことじゃないですか。
自分の脳内だけで想像するんじゃなくて。で、この自分たちが理性だけで理解していることの外側に何かあるかもっていう、この態度こそが聴くっていうことだと思うわけです。長くなりましたが。っていう話なんで、もう本当そうですよって思ったんです。
聴くってもちろんその対人関係においては、他者を尊重することですし、『LISTEN』っていう本の中で聴くっていうことはやっぱり好奇心を相手に向けることですよっていうふうに言ってるんだけど、これをその事業、中でもその事業が常にちょっとずつでも変革して新しい領域に行かないと死んでしまうよねっていう問題設定にこれを持ってくると、
聴くっていう態度なしには意味ある変革は作れないですっていうことを言ってるんですよね。ちょっと後半があるんだけど、まずはここまで。
そうですね、ここだけでまだ1時間ぐらいだけど。このPodcastでも、エール代表の櫻井さんの本でも、傾聴する方の聴くっていうのって、withoutジャッジメント、ジャッジせずに受け止めるっていう側の傾聴の聴くということですよね。
そうじゃない聴くっていうのは、ジャッジメントしながら聞く。どっちも必要で使いわけだよねっていう整理を、短く紹介すると結構そこのキーワード使ってやってる気がするんですけど、若干違うところから聴くというスタンスの話をしてますよねっていうのは結構ある気がしていて、自分の理性にないものへ開かれている態度みたいなことをすごく言っていますよねっていうのって、
自分の理性には限界があるという前提
ジャッジメントと近いけど若干違う感じもするんですけど、でもすごい共通していることを僕らは言いたいんだよねっていうのだと思ってるんですけど。
それでいくと多分、自分が分かっていることを知らないことっていう軸と、理性それ以外っていう軸がちょっと違うよねっていうことを言ってくれてる気がします。
特に櫻井さんが著書の中で説明してるwithoutジャッジメントとwithジャッジメントの、そのジャッジメントの根っこにあるのは、理性もそれ以外もあり得る、私が知っている、私の価値判断基準、私が見えている世界に照らしている態度なんですよね。
一方、さっきの説明の中でその理性って言ったものが、ちょっと理性のっていうものの定義付けにはよるとは思うんですけど、狭く捉えると感情とか感覚とか、さっきの説明でいくと文化とかね、伝統とか政治的伝統とか、
そういったものを含まないものが理性的なものであるという区別をしているので、確かにこの軸はちょっと違うと思います。
けど、やっぱ共通してるなって思うのは、理性である、ほぼニアリーイコール、自分が分かっています、説明できる。
そうですよね。
で、それってwithジャッジメントの時のジャッジの元が、仮に自分の感情や感覚だとしても、それはその感覚を持っている私は説明できるわけです。私はそれは嫌いだとか。
そういう意味では広く言うと、わりと近いことを、私として説明可能なものっていうものに基づいて、人の発言を判断して、合ってる、違ってる、取り入れる、取り入れないって決めちゃうんだと、本当には分かったことにならないよ、とか。
あと2つ目で言った、これ実際言った人はマイケル・ポランニーみたいなんですけど、自分の理性の限界を認める。限界を認めて、その外に何かあるかもと思って接しにいく態度っていう風にすると、withoutジャッジメントとかなり近くなるのではないかなと。
はい、すごい、篠田さんの話を聞いてて同じことを思って、withジャッジメントっていう言葉を使うときの解像度が僕、今のさっきの話で、もうちょっと上がったなって思うので、ある程度やっぱりジャッジできるっていうことは、自分が知ってる中の世界のことをジャッジするっていうのがある程度相関高いじゃないですか。
マストじゃないんですけど。じゃなくて、知らないものがあり得るっていう時点で、ジャッジ本当はでき得ないものが起こり得るっていうことへの可能性に開いてるって話ですよねって言うと、ジャッジメントってないものを扱おうと思ったら、本当にはwithoutジャッジメントじゃないと未知のものには触れられないよねってことですよねって言うと、すごい繋がってるんだなっていうのが、篠田さんの話を聞いている僕の中ですごい整理が済みました。
もうまさにそうだと思う、それなんですよね。
だから、初めにこの本で言う対話とは、「他者を通して自分を見て応答する」っていうことと、これかなり同じことを別の表現で言ってる話だと思ってて、自分はあんまり全部はわかってないんだなという前提に立つと、
他者を通して、あ、自分の考えってそういうふうに捉えられるのかとか、自分の考えと全然違う領域があるんだなっていうことを初めて受け取れるから、そうすると応答できるんですよね。
この、自分にはわからないことがある、自分の理性の限界があるっていう前提がないと、他者が何を言っても、それはあなたがわかってないからですよ、あなたがものを知らないからですっていうふうに弾いちゃうから、相手から受け取ったものに応答してない、無視してる。
冒頭の篠田さんの対話の定義、この本でって言ってくれたの、僕の手元のメモが正しければ、「他者を通して自分を見て応答する」っていうことを言ってますね、っていうのだと思うんですけど、さっきの保守の話を持ってくると、
他者を通して自分の知らなかった己を見るっていうことができて、初めて応答ですよねっていう、かっこ付けされてる、未知の自分っていうのが本当はあるよねっていう補足を対話の定義に対してしたんだなっていうことと理解をすると。
そうですね、ちょっとジョハリの窓っぽいよね、自分が知らない自分があるよねって。
そうです、そうです。っていうことをそこに焦点を当てて解像度を上げて拾ってくれたんだなって思いましたっていうのと、結局そこがやっぱりこのポッドキャストで過去何回も言っているブロック塀型と石垣型って言っている中で、石垣型の場合って相手が自分とは異なる個性を持ち、異なる規格、型になる。
同じ型におさめないってなると、わからない前提で関わることですよねってずっと言ってるっていうのと、この宇田川先生の方の本の対話の定義、さっきの篠田さんの解釈で言うとすごく同じこと言ってるんだなっていうのが、すごく理解をしました。
ありがとうございます。嬉しい。この本の私にとっての価値というか、ありがたいなって思うのは、その態度が単に組織の中をうまくやっていきましょうっていうだけでなくて、
対話の重要性
例えば今紹介した章で言うならば、新しい事業機会を見つけるっていうことが、この対話ができないとなぜできないのかっていう説明にもなってるわけですよね。今のお客様の今のニーズに応えるっていうことに、もう業務がすべて最適化されているから、
社内の話だけじゃなくてお客さんの関係も含めて、みんなそれはお客様の声聴きましょうって必ず大事だと思ってるけど、ここで言う対話、私たちが言ってる聴く、の態度がないと、
今のオペレーションの接点で拾える声しか意識にのぼらないんですよね。この本の中で、サウスウエスト航空が勃興したときの例を挙げていて、既存の航空会社の仕組みだと、
短距離で安くっていうだけじゃ実はないんだと、バスみたいに便利に飛びたいっていうニーズもあったのに、その頃の大手の航空会社はハブ空港を作って、そこにスポーク状にエアラインを路線引いてたから、
一旦ハブ空港に出ないと、乗り換えないと、A地点からB地点に行けないことが多い。そのことに実はお客さんたちは不満を感じてたんだけど、大手のもう仕組みがそうなってないから、その声に気づけない、拾えないっていうのが例で出てて。
これ回を重ねていてやっぱり面白いなと思うのって、多様性がある種の乏しい、乏しいって言ったらあれですけど、ブロック塀型って、均質な人たちがたくさん集まることによって、それが事業推進の力になるというコンセプトで作られてますよね、というところからすると、
例えば航空機の例だとしても、ハブ&スポークがたくさん届いたらいい時代って、均質に同じことをたくさん続けられるっていうほうが全然良かったねっていうのが、そもそも市場がそんなに同じものを繰り返すじゃないよねって、外部の事業環境が変わってるよねっていう中だと、
当然、多様な人がいないとダメだし、未知のものに開かれて、宇田川先生の言う対話の定義で応答をちゃんとする、知らないものを見てっていうことがないと、事業も作れないよねっていうところに繋がってるって感じですかね。
そうですそうです。言ってみれば、社内に多様な考え、多様な人たちがいて、そこで宇田川さんが定義する聴く、対話する、私たちが言っている聴くっていうことが、日常的に自然にトレーニングされる環境でないと、そういった外部の今お話を整理してくれた、
例えばその環境変化みたいなものをキャッチする、外部の声を聞く、外部と対話する力もつけられないよねっていうことなんだなって、今整理していただいたので改めて思いましたね。
よくその多様性が何で必要かみたいなこととか、お客さんが多様だからとか、属性的にね、アイディアを生むにはいろんな考えが必要だとか言うって、全部間違ってないんですけど、もうちょっと解像度を上げると今言ったような話なんだと思うんですよね。
聴くっていうことを本当にしないと、もう社内の普段の業務すらうまくいかなくて、めんどくせえとか思いながら、ちょっと前提違うと思うんですよ、もう一回話していいですかっていうことをやってると、そのセンサーが鍛えられてお客さんの変化にも気づきやすいし、なんかお客さんが違うこと言ってる気がしますっていうことを社内に持ってきた時にも、え、なになにっていうふうに聴いてもらいやすい。
っていうサイクルなんだと思う。
我々もそのエールの事業でお客さんにいろいろこう課題とかを伺ったりしている中で、やっぱりその社内のコミュニケーションが良くないとか、上司部下の関係が良くないとか、なんか面談がうまくいかないとか、具体の社内コミュニケーションニーズから行くとか、その対話するっていうことのニーズが出てくるって、それはそれですごく現場感があって理にかなってるよねっていう話と、もうちょっと長い目で事業と含め経営全部を捉えた時に環境に合わせた、
多様性と顧客ニーズ
本質的な変化が社内でも起こんなきゃいけないし、それがマーケット外の対話にもなるよねっていうのは、地続きですよねってことですね。
ですです。そうなの。
なるほど。
いやー、こんなに何回も15、6回このポッドキャストやってきている中でようやく咀嚼できるぐらい、僕自身もそこまで繋げて理解し語るっていうことが、時間かけてやるとわかるんですけど、まだ繋げきってない感が自分の感覚であるんですよねっていうのは、
なんかもしかすると、我々がご支援しているお客さんの中でもあるのかもしれないし、世の中的にもそこを繋げてそこまで捉えるみたいなこと、まだもうちょっとできてないかもしれないですね。
そんな気がちょっとしています。だから、もうすごい私視点の身勝手な話ではあるんですけど、この宇田川さんのこの『企業変革のジレンマ』って、帯に、帯っていうかこれ副題なのかな。
「構造的無能化」はなぜ起きるのかって書いてあって、確かにこの構造的に無能になっていく、そういう構造があるよっていうことの発見が処方箋としての対話っていうところに繋がっていくわけなので、構造的無能化的はめちゃくちゃ大事なんですけど、
私がこうウェブ上とかで見てるコメントは、ほとんどこの構造的無能化って発見がすごい、で止まってるんですよ。いやそうじゃなくて、そのなんで対話がいるかっていう、ここを解明しつつあるのがこの本の白眉であって、
それを私はこれから、声高に言いたいです!
ぜひ、ぜひそれを。
宇田川さんがそれを望んでらっしゃるかどうか、ちょっとまた別なんで、わかんないんだけど。
その、篠田さんの感想と熱意をぜひ、宇田川先生とお会いする機会もあると思うので、ぜひちょっとお伝えいただいて、どんな反応かを聞いてみていただければ。
今度、ちょっとゆっくりお話しするお時間がいただけそうなので、一度イベントでお会いしてるんですけど、その時って私以外の方もいたし、たくさん話せなかったので、もうこのページランダムに、この本私だって本当にランダムにどのページ開けても、そのページについて15分から30分語れる自信はある。
この本一冊で200回ぐらいポッドキャスト収録できません?
できる。全ページに行きましょう、みたいな。誰もそんなの聴きたいと思わないと思うんだけど。
いや聴きたいんじゃないですか、むしろ。
はい、というわけでだいぶ、あれなんか篠田さん途中で前半って言った気がしたんですけど、なんか割ともう。
確かに、そうなの。もう一箇所ね、おお〜って思ったとこがあったんですよ。
じゃあちょっと続編で、次の回でもおおって思ったところをこの続きでちょっとお話ができればなと思うので。
ありがとうございます。
また次にお願いします。
はい、ということで今回はここまでにしたいと思います。ありがとうございます。
ありがとうございました。
25:51

コメント

スクロール