本当は心の内に止めとこうと思ったことをちょっと話させてもらってもいいですか最近。
最近ゆうすけさん、少し不思議な相手って、
藤子藤代先生の作品を紹介する番組にやられてたゆうすけさんがいるんですけども、
僕一緒にイベントも出たりとかしてる人なんですけども、よく知ってる人なんですけども、
日本一有名なフリー素材モデルの大川さんと新しい番組を始めたんですよね。
日本一有名なフリー素材モデルって知ってる方はいるのかどうかちょっとわかんないんだけど、
今聞いてもらってるリスナーの人たちに。
パッと見ればよくブログとかああいうのでフリー素材で出てくる男の人で絶対みんな見たことある人なのね。
俺その時に全ての謎が解けたってことがあって、
俺ね実はね何年も前からそのフリー素材モデルの男の人を見るたびに、
ずっとさ大川君に似てるなと思ってたのよ。
大川君という知り合いがいらっしゃったんですね。
実はね大川君1年まで言ってないんだけど、ある瞬間に同級生だったんですよ。
大川君は同級生で、そのフリー素材の人は。
そうそうそれで。
大川君だったの結局。
ずっと大川君に似てるなと思ったら本人だったのね。
すごいじゃんピタリと余るじゃん。スッキリするな。
向こうが覚えてるかどうか見ると結構会話もしてたのね。
それこそ僕がね大阪の大学を1年もたたずに大学して、
東京に出て自主映画撮ったりフラフラしたり、
それこそ岩さんと友達の家に潜り込んで住職停だったりとかした時に、
あまりにもいい加減な感じの生活をしてたから、
まだギリ未成年ぐらいだったから、
家族大炎上した後に色々あって、
僕その時ちょうど運良くその後の大師匠となる師匠と出会って、
一緒にもうその人がサウンドノベルみたいなゲームを作ってたんですよ。
実は結構これちゃんとしたタイトルで割と知ってる人多いぐらいのタイトルなんだけど、
それのライターをもう始めてたんですよ僕、その人の師匠の下で。
仕事はしてるけど住所不定ってなってたから、
一応在籍としては大学辞めた後にちょっと専門学生としてさせていただいてた時があるので、
今考えてありがたい話だけどね。
その時に実は大川君が在籍してた。
ああ同級生ってことだね。
そうそうそう。それで僕ももう学校というところに行かせてもらいながら、
ほぼ割とその師匠との仕事で来たり来なかったりとかしてたりとかするし、
大川君も結局1年経たずに中退しちゃうのかな確か。
その中でたまに学校で会っては一つだけすごい覚えてる会話が、
ブランキージェットシティのラストライブがその頃あったのね。
ラストダンスってDVDもらってる伝説のライブがあるんですけど、
俺は忙しかったりお金がなかったりしていけなかったのを大川君が言ってきたの。
それをすごい羨ましいって話したのを今でもすごい覚えてるんだけど。
そんな感じで微妙に交差して話もしてたぐらい。
で、バラバラになっちゃってその時間も終わってずっと経った後に、
彼の顔をフリー素材モデルさんを見るたびに似てるなって思い出してたっていうのをずっと。
ただ本人なわけはねえよなって思ってたの。
俺ねそのタイミングすごい明確にあって、自分の中では実際なままずっと続いてるんだけど、一回なんか区切りだなと思ったのって、
20代の頃でそれなりになんかよくわからない人いっぱいいたけど、よくわからない人いっぱいいたけどって言っても悪い人って意味じゃないよ。
それこそ映画を作って俺は27歳までに映画を3つ作って死ぬんだって言ってたやつとかね。
そういう感じの変なやつなんだけど、だけど切り替わったり無茶苦茶すぎるやつがいなくなる区切りって出てくるでしょ。
自分よりヤバいやつね。
そうそうそう。みんな多分それぞれで一回区切りがついて、当時の仲間と別れちゃった後に新しい何かを組み立てて消えていったってダメになっちゃったわけではないと思うんだけど、付き合いがもう切れちゃったらね。
だけど一回なんかね、そういう意味では区切りっていうのがあって、俺一つちょっと今思い出した人がいて、それこそ20歳ぐらいの時一番仲の良かったやつがいたのね。
それぞれいろいろ活動したりとかしてたわけですよ。実はその師匠の元にも一緒にいたのね。一緒に仕事もやってたの、その学生の時に。
でその時はライターとしての仕事だったんだけど、死なよライターみたいな感じだったんだけど、自分も映画撮りたかった一人だったんだけど、そいつはもっと映画好きというか自分以上になんか映画と共に死にたいと思ってたやつで、それこそさっき言った27歳で映画を3つ撮って死ぬって言ってたやつ。
でそのなんで27歳っていうのがあるかっていうと、すげー単純で、当時というか今よりもさ、ロックの有名な人は27歳で死ぬという27クラフってあるじゃん。カートコバ、ジムヘンドリックスしかり、ブライアン・ジョーンズしかり、あの頃の人がね。だからもうザック・バナで27歳なんだよ。
まあわかるわかる。 まあ自分が27を超えるってことをリアルに感じれない年だった。樋口感じれないね。 あとは20歳で天才って言われた、当時有名だったレオス・カラックスっていうのがあるのね。あの人のちょうど新作が出た時期で、ポーラXって映画だったかな。またクッソ長くてダラダラしてよくわからん映画なんだけど、そのレオス・カラックスへの憧れっていうのが2つ合わさって、で27歳と映画を撮って死ぬだったと思うんだよ。
でその頃そいつすっごい尖ったやつで、バカだと思うんだけど、ものすごい巨大な人間一人分ぐらいあるさ、男性機の巨大なオブジェを自分で作ってさ。 ああはいはい、彼だな。俺はわかったぞ。彼か。
それをなんだっけ、作品っていうかほぼバカな嫌がらせなんだけど、当時の20代らしいなと思うんだけど、学校でちょっとスタジオを撮影のために貸してくださいって借りて、その巨大なPEのオブジェをスタジオのちょうど監視カメラで職員室で24時間映ってる映像のところに24時間そのPEが映るように設置して、ずーっとそれを職員室に見せるっていう嫌がらせをするっていうのが作品になるって思って。
そもそも暮らしを起こそうとした。 たちの悪い美大生よりももっと頭が悪いだけだよね。そんなことをやってたやつだったんだけど、なんだけどそいつがね、28歳ぐらいの時かな。
7歳過ぎた頃。 いろいろ作ってはいたんだけど、別にそれは失敗っていうわけではないんだけど、人生としてね。 はいはい、失敗ではないね。
そう、大型家電量販店に就職したのね。で、その頃僕はまだライターやってたんだけど、そしたらなんかね、そいつ面白いなと思ったけど、あんだけ言ってたやつがコロッと変わって社会人になったもんね。
人間になっちゃった。 そうそうそう。それで、もう全然そっちで仕事もできて、ちゃんと。なんかね、ライターの仕事なんかやってたってダメでしょみたいなノリに変わってるもんね。
ちゃんと生きなきゃみたいな。いや、ちゃんと生きてんだけどな、こっちもって思いながら。 まあわかるわ。言いたいことはわかる。
そいつはそいつ特殊だったんだけど、そういう意味では。180度コロンと変わったぐらいのタイミングの人が出てくるタイミングで、その頃って。
逆に言うと、よりディープになっちゃった人もいたけど、なんかもう人生って仕事じゃなくて芸術だみたいな感じでね。金のためにもの作るようになったら人は終わりだみたいな意味でもっとディープな方に行っちゃったやつもいるし。
そうやってみんながなんか、同じノリの楽しい、わー楽しい、すごい最高、この生活ずっと続けばいいのにみたいなさ。ある意味ちょっと映画っぽいんだけど、そういうノリから何かそれぞれの人の価値観で、それぞれの次のステージにコロッと回る瞬間が出てくるわけね。
その彼の場合はさ、結婚してなかったっけ? あ、そうそう、そのタイミングで結婚したっていうのもある。そうそう、それもでかかったと思う。っていう話をすごい、なんか今瞬間的に思い出したんだけど。
懐かしいな。それが第一感というかさ、一つ変わるポイントでもあるかなと思って。で、逆に言うとね、その頃のことが、そこら辺が一回押し入れにしまうっていうのは本当。
封印だな、完全に。 だいぶそれが長い間になって、ほんとここ、あれ行っても1、2年かな。しまうの遅いもんね。
そうそう、だいぶ遅いからしまうのが。全然生活変わったとしても、実続きだったのがね。そういう段階って何なんだろうなと思って。
俺割と自分でこれだろうなと思うのはあって、僕ね多分、自分がそんな死中まで生きてるなんて思ってなかったんだよね。もっと早く死ぬ予定だった。
予定はな、今考えると偉いこっちゃだけどね、そんなに早く死ぬ。 そう、偉いこっちゃなんだけど、何かすごい異形なしで死ぬんだろうと思ってた。もしくは異形もなさずに死ぬだろうと思ってたんだけど。
案外に死なないんですよ、人ってそんな簡単には。別に死にたいとかじゃないよ。 まあ逆に言うと、そう思ってたら、それこそさ、高校生ぐらいの時、死ぬなんてまだリアルじゃないけど死んじゃった友達とかもいたから。
そうそうそう。 そういう意味ではなくて、ちょっとニュアンスで伝わればいいなと思うんだけど、あくまで超個人的な意味合いで自分に対しての、
生きたくても生きれない人がいるのにとかそういうことじゃなくて、なんと漠然と若い自分の自分っていうのは、おじさんになって生きてるっていうのは想像できなかったわけ。
で、もうなんかそれでもなんとなく生きてたら、その気持ちのままおじさんになってたから、死なないな人ってなかなかって思うのが一つと、もう一つ大きいのが、じゃあ大丈夫かってわけでもないんだよね。
分かる、なんかなんだかんだで大丈夫だったな、これからも大丈夫だっていう感じではないのよ。その40半ばって特に、多分。何も安泰じゃないの。サラリーマンでもないし、サラリーマンだったら安泰かって言われたらそういう時代じゃないと思うんだけども。
でも君の場合はちょっとまた、これこの番組でも何回も言うかもしれないけど特殊で、本当俺見てと思うんだけど、18歳ぐらいから全く生活形態と仕事形態がずっと変わらないもんね。
変わらん、本当に。だから良くない、良くないっていう部分もいっぱいある。やはりそのあまりにも世間を知らなかったり、あまりにも必要最低限のことしか吸収せずに生きてきたせいで、子供おじさん爆誕なのよ、完全に。
昔と俺あまりにも変わってない部分は変わってないんだけど、それでもやっぱ記憶っていうのはどっかで薄れていくもんでして、薄れてっていうのとも違うな。
でもそんな変わってない生活をしてても、やっぱ感覚って変わったの?
単純にこのままじゃ死んじゃうんだっていうのがどっかで思ったタイミングはあったよ、やっぱり。
なるほど。何か大人にならなきゃってことがあった。
歳とったってことだ、死なねえぞこれっていう。責任を棚上げしてたんだね、自分に対して。どうせ死ぬからいいじゃんみたいな、そんな長生きするはずないじゃんとか思ってたのが、ちゃんと生きてるんで。
あ、それこそ。
重ね重ね言うけど、死にたいとかじゃないとか。
分かる分かる。それこそ27歳以降が想像できなかった自分から、ちゃんとそれこそおじさんになるんだっていう自分が。
おじさんになる。で、辺りを見回すと立派な大人なわけよ。なんなら立派な大人より1個上ぐらいの位置にいるのよ、この歳の人たちって。
こう社会的にも精神的にも、私立し、しっかりしっていう人たちがいて、あ、やべえってなるわけさ。
そうか。変わらなすぎる自分がいるから、余計何かすごい感じるものがある。
感じるよ、だって。だってこういう言い方はあれだけれども、俺よりも道踏み外しそうなやつがワンサがいたのに、それをもうしっかりしちゃってるわけじゃない。
いないんだもんね、周りには。この歳になると。生き残った連中しかいないから。
ああ、そうだね。
うん、しっかりしとんだわ。でもなんだろうな。まだ土俵に立ててないっていう気持ちが強いな。人生、周りを見ると。