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「自分には才能がないと思った時、どうするか」|One Time Talk #22
2026-10-07 28:58

「自分には才能がないと思った時、どうするか」|One Time Talk #22

One Time Talk season2 No.22

「自分には才能がないと思った時、どうするか」



「自分には才能がないのかもしれない」


何かを続けていると、

そんなふうに思ってしまう時があります。


周りの人が自分より上手く見えたり、

頑張っているのになかなか結果が出なかったり。


そんな時、

「やっぱり自分には才能がないんだ」

と諦めたくなることもあるかもしれません。


でも、本当にそこで答えを出してしまっていいのでしょうか。


才能があるかどうかを考えることよりも、

その時の自分にできることがあるのではないか。


今回は、

「自分には才能がない」と感じた時に、

どう向き合っていけばいいのかについてお話ししています。


すぐに答えが出なくても大丈夫。

少しずつでも続けてきた時間は、

きっと自分の中に残っていきます。


少し立ち止まりたい時に、

ゆるく聴いていただけたら嬉しいです。


横浜からお届けする、

シンガーソングライター鈴木友和の「One Time Talk」。


今回も、ゆるく熱くお届けします。


⸻


One Time Talk season2

日々の生活の中で感じること、

人生について考えることや気付きを、一つひとつ言葉にしてお届けするトークコンテンツです。


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サマリー

鈴木友和が、結果が出ないことや人との比較から「自分には才能がない」と感じた時の向き合い方を語る。才能の有無と結果が出ていないことは同じではなく、時間や経験、方法、環境、タイミングなど別の理由もあると説明する。音楽を約30年続ける自身の経験から、昨日できなかったことができる喜びや、無理なく続けられる生活の工夫を紹介する。人の評価や大きな成功だけでなく、自分で決められる一歩を楽しみ、自分の可能性に蓋をしないことが大切だとまとめる。

老いの感じ方とスポーツクラブでの会話
鈴木友和の、One Time Talk!
どうもー、鈴木友和です。今回も聞いていただいてありがとうございます。 One Time Talk シーズン2第22回目を迎えております。いつも聞いていただいて本当にありがとうございます。
今回初めて聞いてくださった方もありがとうございます。横浜から発信しているシンガーソングライター鈴木友和のちょっとした小話をしている番組でございます。
音楽の紹介やテーマに沿ったお話をしております。心が温まるようなお話ができればと思っておりますので、最後までお付き合いいただけたらなと思います。
ライブのMCのような感じで、ゆるく進行しております。
でも心は熱く、ゆるく熱くという話をしておりますので、寝る前に聞いていただけたら嬉しいです。
燃えたぎるような寝る前に。
今回のテーマは、自分が才能がないと思ったときどうするか?といったような話をしたいと思います。
その前に、ちょっとした高齢の雑談をしたいと思います。
最近、飲んでて、調子よく飲んでて、寝てるときに、うっ!うっ!気持ち悪い!みたいな。
最初は、すごい嫌な汗が出てきて、だんだんと我慢するんですよ。
これ収まるだろう、収まるだろう、と。
でも収まりきれずに、うっ!とトイレに行ってしまうという感じで。
若い頃というか、昔はいくら飲んでもなんともなかったんですけど、老いを感じる瞬間というか。
飲んでても、前ほど飲めなくなったというか、量はいける気がするんですけど。
チェイサーをかまさないと、耐えられないようになってきたというか。
だんだんと老いているのかなというような感じをしてしまったりもするんですけど。
もうすぐですね、信長が亡くなった年になるんですけど。
信長も人生50年とか言って歌を残しているぐらいなんで。
当時の時代はね、そういう年になったのかなと思っていた頃ですね。
そんな時に、スポーツクラブに行っているんですけど。
スポーツクラブと言っても、市がやっている、自治体がやっているスポーツセンターみたいなやつで。
1回いくらで使えるようなところで行っているんですけど。
横で顔見知りになる人とかがいて、お話もするんですけど。
そんなところに行くとですね、親世代が多いんですね。
40,50代の親世代ですから。
70,80代の方とかもいらっしゃって。
お話ししていると、60代の方とかにお話ししていると。
いいよね、まだ若いよね、若いからさ、まだまだだよね。
まだ何年いるよみたいな感じでお話をいただくんですね。
60代の人。
60代の人の前に、俺年なんだよ、出てこない、出てこないという。
ある時、走りながら歩きながら60代、70代の方と60代の方をお話ししているのを見たんですけど。
70代の方に60代の方が、まだ60代って若いよねって言われているんです。
ああ、そう、ああ、という感じになっているんですよ。
そして今度、座って手足を漕ぐようなマシンがあるんですけど。
それに座って、70代と80代の方からお話をしているんです。
その70代の方と80代の方。
70なんてまだ若いわ。
いやいやいや、ずいぶん生きてきましたし。
いやいや、まだこれからよ、80代の人と。
70代の人もなんも言えないですよ。
そこでいる、今度80代の人も歩きながらですね。
そこでいる最高齢の方が96歳の人がいます。
96歳の人と80代の人は、まだまだって話になってたんですよ。
あれをちょっと思い出していたんですけど。
昔のドリフターズのコントで、サウナに入っていて。
サウナに最初はサラリーマン風の男の人が4人くらい入っていて。
最初に中本浩二さんが入ってきて、肩に入れ墨が入っているわけです。
そしたらサラリーマンが開けるわけですよ。
道、道というか場所。一番いい場所。
腕組んで座るわけです。肩に入れ墨が入ってきて。
偉そうというか、一番大きく睨み利かせるわけです。周りに。
周りにサラリーマンもビクビクって。
そしたら次に加藤ちゃんさんが入ってくるんですけど。
加藤ちゃんは肩に入れ墨と胸にハンニャの目みたいなのが入ってきて。
胸を肩を広げて肩で歩くみたいな感じで入ってくるんです。
そしたら中本浩二さんがさーって小さくなって横の方に。
サラリーマンは出ていっちゃうんですよ。
そこで小さくなって、中本浩二が小さくなって。
加藤ちゃんさんが真ん中の一番いいところに座って。
そしたら今度は下村健吾さんが入ってきて。
下村健吾はさらに切り傷みたいなのが身体にいっぱい。
顔に切り傷とか入ったりとか、入れ墨が身体にいっぱい入っているのが入ってきて。
そしたらまた加藤ちゃんさんと中本浩二さんはハスミッコの方に移動している。
下村健吾が一番でかい真ん中の方に座って。
最後は高木ブーさんが入ってくるんですけど。
高木ブーさんは全身耳なし方位置みたいな感じで入ってきて。
そしたら最初に入った3人が逃げ惑うみたいなことがあって。
それを思い出してしまったというかね。
いくら年齢が若いか年かどうかというのは主観的な問題というかですね。
自分の中である問題を消化する話なんだなって感じましたね。
相対的に見たときに言ったらそんなになっちゃう。
そういう意味ではですね。
世界最高齢、ギネス。
ギネスというかね、今まで人間で一番生きた人っていうのが
ジャンヌカルマンさんっていう。
フランスかなんかの人ですよ。
ジャンヌカルマンさん、1875年2月21日生まれで、
1997年の8月4日にボツって書いてある。
122歳、164日。
122歳。
122歳ってすごいですよね。
そういう世界を見たら広いなとは思うんですけど。
そののであればね、そんな話もあれば道端で歩いてて朝方だったんですけど。
通学路みたいな。
通学路で小学生とか高校生とか入り混じっているような感じの通学路のところだったんですけど。
小学生の子たちがワーって走ってたんですよ。
女の子の3人組ぐらいがダーンって駆けてったんですよ。
女子高生がわっけーいいなーとか言ってたんですよ。
高校生にしたら、高校生にしたら小学生にしたらわっけーみたいな感じになる。
まだまだだなと思いましたんで。
これから一生懸命頑張ろうかなって改めて思った今日この頃でございました。
長い雑談になってしまいましたがね、今日のお話に行きたいと思います。
「才能がない」と感じる瞬間
今日のお話はテーマですね。
自分が才能がないと思ったときどうするかといったようなことでございますが、
まあ誰しもがそんなことを感じたことは1度や2度、3度4度、5度6度あるんじゃないかなというふうに思うんですけど、
才能ないんじゃないかっていうふうに思っちゃう時っていうのはね。
だいたいね、才能がないって感じる時っていうのが、
だいたい自分より、自分があんたなかなか上達しないけど自分と同じくらい始めた人が上達してるとかすごい上達してるとか、
頑張ってもなかなか結果が出ないとかね、何年やってても評価されないとか、
自分より後に始めた人がどんどんどんどん先に追い越されていくとかね、
あとは何だろうな、向いてないんじゃないかっていうふうに思う瞬間だと思うんですよ。
結果が出ないことと才能は別
それって比較したときっていうかね、
だいたい自分と競技を、競技というか、自分とそれを向き合ってるっていうよりも、
対人とそれを向き合ったときに思うんじゃないかなと思うんですよ。
思うんですけど、才能がないっていうのがイコール結果が出てないっていうことと同義ではないんじゃないかって思ってるんですよ。
才能がないのと結果が出てないっていうのは同じことではない。
結果が出せないと才能ないってくくりにされてしまう側面っていうのはもちろんあるじゃないですか、人の評価としてね。
それは人の評価だけであって、別にそれは自分自身が才能がないっていうところに結論付けることではないというふうに僕は考えてるんですね。
結果が出ないといった理由にはいくつかあるかと思うんですけど、時間が、競技に取り組む時間が足りてないとか、経験が足りないとか、
方法があっていないとか、環境があっていないとか、まだ知られていないとか、タイミングが合ってないとか、結果が出るまで時間がかかるとか、
いろいろあるとは思うんですけど、結果が出ないから自分は才能がないっていうふうに決めつけるのは早勝手なんじゃないかなっていうふうに思います。
なんでかというと、結果が出てない僕が偉そうなことを言う話ではないんですよ。
音楽を続けること自体の価値
これは別に何かといえば、例えば自分は音楽っていうものをやってるんですけど、ずっと運動をやってきたわけですね、学生時代は。
体育大も出てるんですよ。体育大出てるんですけど、体育大出た後に音楽始めたんです。
でもそこから卒業してから30年近く、卒業は学生時代からやってて30年ですけど、続けてきて思うんですけど、
その才能、続けるっていうのも一つの才能だったりするんですよ、これが実は。結果とかじゃなくて、意外に30年続けるってなかなかやれそうでやれないことだなって思って、周りの人は割と辞めていって、
続けるって才能っていうよりも、何でしょうね、才能がないから辞めたわけじゃない、辞めてないって言うんですかね。
結果が出てないと思って30年はやってるんですけど、何をもって結果にするかですけどね、もちろん。
要は、その時々で見えるものも全然違ってて、なんか昨日の自分よりも1曲増えたら嬉しかったりするんですよ。
弾けなかったギターとかが弾けるようになったら嬉しかったりするんですよ。新しい曲とかできると嬉しかったりするので。
やっぱり好きだからだともちろん思うんですけどやってて、でも競技を通して人と比べずに自分で、昨日の自分よりこれできたから嬉しいって思ってると、
結果云々っていうよりも、それをやることが人生のエッセンスになってるというか、そこがやりがいとか生きがいとかそういう感じになってきてるので、
ただ売れたいからってやってたらとかで、人からチヤホヤされたいからっていう理由で俺やってたら、やめてると思うんですよ多分。やってないんじゃないかなと思うんですよね。
チヤホヤされないから。そういうところじゃなくて、人はどうだとかは関係なくて、自分が前の自分よりも飲めなくなっちゃったけどね。
一歩積み重ねたことに喜びを感じれるっていうか、そういうところで見れたときに、経験が積み重なってるというかね。
昨日できなかったことがちょっとできるようになるとか、そういうことが考えられるのが楽しくなってきまして、だからと続けて出れるって思うんですけど、あとは工夫してそれをずっと続けられるような生活のスタイルとかも工夫したりとかして無理なく取り組めるような感じにしたんですよね。
そうしたらやっぱりやろうと思ってやるんじゃなくて、日常の中でそれが自然に入ってて、それが日常になってるっていうか、日常になってたんですよね。
一歩の喜びを積み重ねる
だから最初のテーマを聞いて、才能がないっていうフレーズだとどうやって結果を出すのかっていう答えを俺が今教えてくれるんじゃないかと思って聞いてくださった方もいるかもしれないんですけど、そういうことではなくて。
今回の話に関しては、自分が才能がないって感じても、それって誰かと比べてるからとか結果が出ないからとか、だから才能がないって感じているんだと思って、結果出したいって気持ちはすごい分かりますし、
結果出してたり、勝負ごとだったら人に勝って、勝たないと意味がないっていう、そんな頃も昔あった若い頃とかありましたけど、長く続けてるとそういうところも大事な部分ではもちろんあると思うんですけど、そんなに大きな意味はそこには実はなかったりして、
もっとそれを取り組んでる自分自身の気持ちというか、そこが大事だったんじゃないかなと思って。
で、後は結果を出したいっていう場合だったら、方向性を変えてみるとかね、一人で全部やるんじゃなくて誰かの手を借りるとかだったり、続けた方を変えるっていうのは諦めることじゃないと思うので、
そういうのを結果を出すために努力するっていうところも大事なところではあるのかもしれないんですけど、僕個人的な今回の話としては言いたいのは、結果が出ないからって言って才能がないって決めつけるのは違うんじゃないかなっていうような話ですね。
結局自分に才能があるのかどうかっていうのはよくわからないですよ。
野球をやってる人がいて、大谷選手みたいに、ほとんどの人は慣れないと思うんですけど、慣れないと才能がないのかとか、大谷選手になったらそれはそれですごいのかもしれないけど、じゃあ幸せなのかとか。
だってちょっと打てなかっただけでも、世界中からボロクソ言われたりするんですよ。結構なメンタルも来ると思いますけどね。それぞれの立場によって違うじゃないですか。
例えば音楽で続けてて売れたとして、売れたらあれって思ってたのと違うみたいな。もし思ってそれが全然幸せじゃないってなったら、じゃあそれは幸せなのかっていうふうにもなるじゃないですか。
もうわかんないですよ、そこは。売れるか売れないかとかもわからないし、才能があるかないかとかもわからないけど。
でも確実に今毎日やってる行動の中で、昨日の自分より今日できて、なんか嬉しいって思う気持ちって、すげー幸せだと思うんですよ。
俺はそうなんですよ。昨日より一歩進んだとか、再生が一個増えてるとか、だからすげー嬉しかったりするんですよ。でもそれでいいんですよ、幸せなんすもん。
そういうので、今幸せ感じて、こうなったら幸せとかも思ってたら、いつまでも幸せになれないんじゃないかと思うんですよ。
でも今ある日常のところにその才能がじゃないと思ってたら、それを苦悩して、じゃあどうしたらいいかって取り組んでる日々とかが実は幸せだったりするんですよ。
今は気づけなくても。
だから才能があるかどうかっていうのを自分で決めちゃうよりも、今日もう一歩これやってみようかなとか、これやったら楽しいかなとか、これやったらできるようになったら嬉しいかなみたいな感じで、
一歩やってみる、一歩動いてみる、そこに喜びを感じる、一歩動いてみて、人の評価なんて最初から宛てにしなきゃいけないんですよ、気にしなくて。
自分で決められるもんじゃないですからね、そこは自分で決められるもんじゃないんで、自分で決められるもんって言ったら、一歩曲書いたから嬉しいとか、それって誰にも揺るがないじゃないですか、自分自身で。
一歩新しい料理を編み出したら嬉しいとか、とにかく自分の中で向き合って、喜びっていうのかな、を感じれるっていうことが大事なんじゃないかなと思っておりまして、後は自分で自分の可能性に蓋をしないと言いますかね、
自分自身からどうせ無理とかって思ったら苦しいですし、他人に理解されないの苦しい、自分にも理解されない、苦しいって思ったんですけど、
でもそんなことよりも楽しいって感じる部分をもっと見てあげて、いいじゃん、俺いいじゃん、自分いいじゃん、自分拍手みたいな、自分に拍手みたいな感じでやるといいんじゃないかなって思います。
最後にまとめですけど、才能があるか、自分が才能がないと思った時どうするかっていうテーマでございましたが、才能があるかないかっていうのを考え続けるよりですね、
自分の今日やる行動っていうのをもっと一歩やるっていう行動を楽しんで踏み込んでみるといいんじゃないかなと思って、振り返った時にそれが積み重なってて、
これやってきたんだっていうのがさらに喜びとかね、やってきたかったとかっていうのを感じる、96歳になった時それを思えるか思うかもしれないので、今まだまだ道の、まだまだ、まだまだですよ、まだまだ、スポーツクラブ行ったら言われるんですけどまだまだですから、
次回予告と「フリーハグ」
っていうような感じで今日の話でございましたが、皆様いかが思われましたでしょうか。さて次回はですね、次回のテーマも佐々井さんのように予告したいと思うんですけど、
人と比べて落ち込んだ時、自分の歩幅を取り戻す方法というテーマで次回お話ししたいと思いますので、次回もぜひ楽しみにしていただけたらなとこんな風に思っております。
さて今日はですね、今回はフリーハグといった曲を聴いてお別れしたいと思います。これはですね、あの眠れないかった夜にですね、遠くの電車の音が聞こえて、あ、もういちいち始まっちゃうって、やるかっていうような思った時に作った曲でございますが、やるかと思った時にですね、聴いていただけたらなと思って今回聴いてお別れしたいと思います。
それでは素敵な日々をお過ごしくださいませ。ありがとうございました。鈴木智和でした。
28:58

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