鈴木友和の One Time Talk!
どうもー、鈴木友和です。今回も聞いていただいてありがとうございます。 One Time Talkseason2 第15回目でございます。いつも聞いていただいて本当にありがとうございます。
今回初めて聞いてくださった方もありがとうございます。横浜から発信しているシンガーソングライター 鈴木友和のちょっとした小話をしている番組でございます。
ライブのMCのようなですね、長い長いMCのような活動の紹介をしたり、曲の紹介をしたりもしておりますが、テーマに沿ったですね、お話をしておりまして、皆さんの心を温まるような、そんなお話ができればと思ったお話をしておりますので、お時間があったら聞いていただけたら嬉しいなと思っております。
最後までよろしくお願いいたします。今回のテーマはですね、なぜ人は途中で諦めてしまうのかといったようなことをお話ししたいと思うのですが、その前にですね、ちょっと恒例の雑談タイムをしたいと思うんですけど、
先日ですね、久しぶりに映画館に行って映画を見てきたんですね。
それが某、紀元前の中華統一を目指す漫画を実写化した某作品をちょっと見に行ってきたんですけど、
作品の中身がどうこうというよりも、今の映画館ってすごい快適だなと思って、時代だなとも感じたのが、スマホだけでもう完結するんですね。
事前に映画館のサイトに行って、あらかじめ席をボタンをパチパチってやって、支払いも先に済んじゃうんですよ。
で、QRコードみたいなのが届くんですよ。席を買うと。そのQRコードを当日は入り口でピッてやるだけで入れちゃうんですよ。
すごい便利ですよね。自分の席が確保されているので、ゆったりとした空間で大きな画面で見れるというものになっているんですけど。
思い出したんですけど、小さい頃、ガキどころ思い出したんですけど、昔の映画ってフードコートの席取りみたいなやつ。席が決まってなくて、空いた席に映画の途中でもどんどん入っていっちゃうみたいな感じですかね。
立見とか立見席とかがありますね。映画館の後ろの座席のさらに後ろには手すりがあって、そこで立見用の場所があったりとかしてて。
通路。一番右端とか左端の席の横は通路じゃないですか。通路に人が座って見てる。
そんなんだったじゃないですか。昔のご存知の方が思い出していただくとあれなんですけど。
子供の頃だったね。筋肉マンとかそういうのを見に行ってたんですよ。
ドラえもんの劇場版ドラえもんみたいなやつを見に行ってたんですけど。
一番前の席よりもさらに前に席ないのに、そこに座り込んで見てる子供たちがいっぱいいるみたいな。
真上見上げてるみたいな。首すげえ痛くなっちゃうみたいな。そういう感じだったんですか。昔の映画館って。
それに比べたらだいぶ変わったなと思って。
これも覚えてるんですよ。未だにドラえもんの劇場版みたいなやつを袋に連れて行かれて姉貴と3人とかで行ったんですよね。
入れ替え制とかじゃなかったんで、いつ入っていつ出てもいいって感じ。
今ドアって1個しかないんですよ。1個のところから入って1箇所しか入り口がないんですけど、
後ろと横とかに入り口があって、至る所から出入り口があって、そこから常に人が出入りしてるじゃないですか。
だいたいみんな1回見たら帰るから、1回見終わった後入れ替えが結構あるんで、そのタイミングを見計らって席取り、場所取りをするんですよね。
前の上映会の結束部分というか、終わりかけぐらいの時にすでに入って、その劇場の中に入って、次の回の最初から見るための中に入って探すみたいな。
空きそうな場所を探すみたいな。だから先にエンディングを見ちゃってるみたいな。
前の上映会のエンディング、一番いいところみたいなところに入って席取りのために待機してるんですよ。
でもそこが一番クライマックスだったりするんですよね。過境に差し掛かってるところを見ちゃってるみたいな。
そういうのだったなと思って、懐かしいなと思って、そう考えた時に今はそんなことしなくても、自分の席が確保されて、通路も誰もいないんですよ。通路安全に。
夜とか電気も暗くするじゃないですか。でもちゃんと階段のライトがついてて、トイレとか行きたくなっても、昔は映画館の途中でトイレとか行かなかったんですけど。
年とともに近いのが、トイレに途中でやっぱり行きたくなっちゃうんですよ。
そういう時は空いた通路をゆうゆう通って行って、一回出てトイレ行って戻ってくるみたいなのが、ゆうゆうとできるような感じだったんですよ。
買ったな、時代を買ったなって思いながら映画を楽しんだわけですけど。
今は消防法か何かで通路に座ってみるとかそういうのダメなんだって。できないらしくて、あれは時代の産物だったんだなっていうような感じで。
買ってよかったなという気もするんですけどね。
しかも入れ替え制じゃないから、朝から晩までずっと映画館の中にいてもいいっていうような感じだったんですよね。
だからずっと1日時間潰してるおじさんとかいたりとかして昔は。
それはそれでちょっと面白かったなっていう側面もあるんですけど、そんなことを感じながら映画に行ってきまして、いいなと思いましたね。
映画館で映画を見るっていうのは、いいなって思ったんですよ。
作品って今ってなんとかフリックスとかそういうので見れるじゃないですか。
家で便利だなと思いながら、その作品自体は見れるんですけど。
今の話もそうですけど、映画ってたくさんの人と一緒に見て共感、共有するみたいなところもあるじゃないですか。
そういうのもあるし、あの時映画見に行った時は誰々と行ったなとか、あの時映画見に行った時は自分はこんな状況だったなとかっていうのも結構映画館行くと、
作品以外のことを思い出したりするじゃないですか。
作品以外のこと、あの頃ってあんな状況だったなとか。
だから思うんですけど、映画館に映画を見に行くっていうのは作品を見に行くっていうこともあるけど、
時代を切り取った時代の承認になるじゃないですか。
ちょっと大げさだけど、ちょっとその時代を感じるっていうのかな。
なんかそういうのがあって、それが付加価値になっているんじゃないかなって気がするので、
作品ももちろんしっかりですけど、作品以外の部分っていうのも、
あの時にあれを食べたなとか、帰りに映画を見に。
映画館で行くと、帰りに行ってその世界に入っているから、一瞬別世界に行ってきたみたいな感じがするじゃないですか。
別世界に、別世界線に行って、現実に戻ってきたみたいな感じだけど、
まだちょっと余韻が残っていて、ちょっとふわっとした感じが映画館から出た後ってあって、
そこで何でもいいし飲食店に入って食べたものとかっていうのは妙に印象的だったりとかするじゃないですか。
それを後々覚えていて、あの時の印象的な食事、あれ良かったなとかって、
そういう前後とかの付加価値とかも含めて楽しめるんだな、エンタメなんだなっていうのを感じまして、
これライブとかにも言えると思うんですよね。
ライブとかも含めて同じだと思うので、やっぱりそういうエンタメっていうのは、
時代の承認というか切り取る部分になっているんだなというのを改めて感じまして、
やっぱり映画館も素敵だし、ライブとかにも自分に重ね合わせてみて、
ライブとかも良いんだろうなっていうのをちょっと思ったので、
ちょっとそういうのを感じたこの頃でございます。
例えば20歳ぐらいの時に音楽始めたんですよ。
あの頃、僕2000年よりちょっと前ぐらい、90年代後半ぐらいの時に路上ライブが流行ったんですよ。
某柑橘系の、柑橘系の某大物、現在では大物アーティストになっている二人組が売れて、
似たような、いっぱい出てきたんですね、アコースティックギターと、
日本とかアコースティックギター、タンバリンとかを持って路上ライブに出る若者が、
そんな中の一人だったんですけど、私もね。
いっぱいいたんですよ、その時、初め。いっぱいいて。
みんなで路上ライブ行ってライブハウスで交わせて、同じような、青春時代ですよね今考えると。
ただ今でも続けている人はいないんですよね、もう。
シートがいないんですよ、なかなか。今はみんなそれぞれの道を進んでおりまして。
ちょっとそれを置いといてですけど、なぜどんどん諦めてしまうのかといったもので考えていくんですけど、
1点目はですね、結果を急ぎすぎてしまう。
人が始めた以上、早く結果を求めたくなっちゃうので、
例えばダイエットであったり、音楽もそうですよね、勉強とか。
あとは最近ではYouTubeとかね、お仕事とかもそうだと思うんですけど、
これもですね、本当にそんじょそこらじゃん。
数日とか数週間なんかで、大きな結果っていうのが出ないわけですね。
例を言えば、例えばポテチを一袋食べたから、
太らないですよね、でも明日には。ポテチ一袋食って、明日には太らない。
何も変わらないですよね、多分。変わらないように見えますよね。
で、それと反対にダイエットで、今日食べたかったポテチ一袋、諦める。
明日痩せてるわけじゃないじゃないですか、逆に言えば。
ポテチを我慢したのに痩せない、なんで?
ちょっと早くないですか?
もうちょっと、まだポテチ一袋じゃ何にも変わらないんじゃないですかね、みたいな感じで。
でもそういう風にして、こんなに頑張ってるのに変わらないなって。
そう思った瞬間に心が折れちゃったりするので、
成長には時間差があるということを感じて欲しい。
種を植えた翌日に、花は咲かない。
種を植えて、びっくり見守るじゃないですか。
土の中で種は根を生やして、根を生やした後に芽がヒュッと出てきて、
芽がさらに伸びてきて、茎が出て枝になって、
枝の先につぼみが出て、花が咲くという順序があるじゃないですか。
それもすぐじゃなくて、すごい時間はかかるじゃないですか。
そういうのと同じような感じですよね。
そういうので、感覚で言うと、種を植えたのに、全然花は咲かないんだけど。
まだ、根を生やす手からだよというようなことが、最初で嫌になって心が折れちゃうというのもあるのが1点目でございますね。
じゃあまとめとなりますが、今回はですね、なぜ人は途中で諦めてしまうのかについてちょっとお話をさせてもらったんですけど、
結果を急ぎすぎるであったり、他人と比べてしまう。
成長は自分では見えにくいので成長してないと思って折れてしまう。
もう一個休むということも選択肢の一つになっていいんじゃないかということになっています。
諦めそうになったときはですね、自分には才能がないからだとかね。
自分はダメなんだ。ゴミだ。カスだ。
そういうのではなくてですね、今は結果が自分で気づいてないだけかも。
今は見えてないだけかもしれない。今は種を土に植えて、根が土の中で伸びている時期なのかもしれない。
みたいな感じで、今は時じゃないとかね。
そんな風に考えてみるとですね、少し気持ちが楽になるかもしれないので、ちょっと今日はそんな感じでお話をさせていただきました。
諦める人と続ける人の違いというのは、特別な才能ではなくてですね、
その結果が出ないというような時期をですね、どのように過ごしたかということなのかもしれないですね。
結果が出ないなという時期に辞めるのか。辞めてもいいと思います。苦しんでまでやる必要はないので。
でも続けたいという気持ちがあるなら、休んででもちょっとずつでも続けてみる。
そんな中では他人じゃなくて、自分自身で自分と比べてみる。
過去の自分と比べて頑張ったかなとか、比べてみたり、済んでいるのかなというのを見にくかったりするから、
そういうのも半年前の自分とかで見てみて、済んでるじゃん、済んでるじゃんとかっていうちょっとしたね、
小さな喜びとか、小さな成功みたいなのをですね、大事にしていくと、
ちょっとずつね、済んでて成長しているという喜びを感じながらですね、長く続けられるんじゃないかなと。
長く続けていた結果ですね、過去には見えてなかったようなところに到達しているかもしれないじゃないですか。
一つ言えるのは、苦しんでまでやることはないです。そこは楽しまないと。人生なんだしね。
苦しんでまでやる必要はないんですよということを、こういう段にしていたいなというので、今回のお話をさせていただきましたが、
皆様はいかが思われますでしょうか。
ワンタイムトークでですね、こういうようなテーマに沿った話、プラス雑談をしながらですね、進行しておりますので、
また次回も楽しみにしていただけたらなと、こんな風に思っております。
次回のテーマはですね、遠回りだった経験は無駄なのか。
そんな感じのテーマでお話したいと思いますので、次回もお楽しみにしていただけたらなと、こんな風に思っております。
次はオリジナルソングのフリーハグという曲を聴いてお別れしたいと思います。
皆さん素敵な日々を。
今日は映画絡みだったので、今日はお別れしたいと思います。
皆さん、さよなら。