1. One Time Talk
  2. One Time Talk season2 第15回..
One Time Talk season2 第15回「なぜ人は途中で諦めてしまうのか」
2026-08-19 30:18

One Time Talk season2 第15回「なぜ人は途中で諦めてしまうのか」

One Time Talk season2 No.15

「なぜ人は途中で諦めてしまうのか」


鈴木友和の「One Time Talk」。


今回のテーマは、

「なぜ人は途中で諦めてしまうのか」。


何かを始めた時は、あんなにやる気があったのに、

いつの間にか気持ちが冷めてしまったり、

「もういいかな」と諦めてしまったり。


でも、それは単純に「意志が弱いから」なのでしょうか。


続けていく中で感じる不安や疲れ、

思うように結果が出ないこと。

周りと比べてしまうこと。


そんなものが少しずつ積み重なって、

人は「諦める」という選択をするのかもしれません。


今回は、諦めてしまう自分を責めるのではなく、

「なぜ諦めたくなるのか」ということについて、

自分自身の経験も交えながら話してみました。


もし今、何かを続けることに少し疲れている方がいたら、

この話が何かのきっかけになれば嬉しいです。


無理に前へ進まなくてもいい。

立ち止まることがあってもいい。


それでも、また少し歩いてみようと思える時が来たら、

自分の歩幅で進んでいけばいい。


そんな気持ちでお届けします。



One Time Talk

日常の中で感じたことや気付きを、一つひとつ言葉にしてお届けするトークコンテンツです。


▼ official websites

https://suzukitomokazu.com


▼ YouTubeチャンネル

https://youtube.com/channel/UCna2t12j5p5ugYUFBSPo5IA?si=feUdumZzXcm10CCQ


▼ note

https://note.com/suzukitomokazu


▼ LISTEN

https://listen.style/p/onetimetalk?30AQu0ws



#OneTimeTalk

#鈴木友和

#小さな一歩

#継続

#人生

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

今回の「One Time Talk」では、人が途中で何かを諦めてしまう理由について、鈴木友和さんが自身の経験を交えながら語ります。結果を急ぎすぎること、他人と比較してしまうこと、そして成長は自分では気づきにくいという点を挙げ、諦めるのではなく休むという選択肢もあると提案します。苦しんでまで続ける必要はなく、過去の自分と比較しながら小さな喜びを大切にすることで、長く続けられるのではないかと締めくくっています。

オープニングと雑談:映画館の思い出
鈴木友和の One Time Talk!
どうもー、鈴木友和です。今回も聞いていただいてありがとうございます。 One Time Talkseason2 第15回目でございます。いつも聞いていただいて本当にありがとうございます。
今回初めて聞いてくださった方もありがとうございます。横浜から発信しているシンガーソングライター 鈴木友和のちょっとした小話をしている番組でございます。
ライブのMCのようなですね、長い長いMCのような活動の紹介をしたり、曲の紹介をしたりもしておりますが、テーマに沿ったですね、お話をしておりまして、皆さんの心を温まるような、そんなお話ができればと思ったお話をしておりますので、お時間があったら聞いていただけたら嬉しいなと思っております。
最後までよろしくお願いいたします。今回のテーマはですね、なぜ人は途中で諦めてしまうのかといったようなことをお話ししたいと思うのですが、その前にですね、ちょっと恒例の雑談タイムをしたいと思うんですけど、
先日ですね、久しぶりに映画館に行って映画を見てきたんですね。
それが某、紀元前の中華統一を目指す漫画を実写化した某作品をちょっと見に行ってきたんですけど、
作品の中身がどうこうというよりも、今の映画館ってすごい快適だなと思って、時代だなとも感じたのが、スマホだけでもう完結するんですね。
事前に映画館のサイトに行って、あらかじめ席をボタンをパチパチってやって、支払いも先に済んじゃうんですよ。
で、QRコードみたいなのが届くんですよ。席を買うと。そのQRコードを当日は入り口でピッてやるだけで入れちゃうんですよ。
すごい便利ですよね。自分の席が確保されているので、ゆったりとした空間で大きな画面で見れるというものになっているんですけど。
思い出したんですけど、小さい頃、ガキどころ思い出したんですけど、昔の映画ってフードコートの席取りみたいなやつ。席が決まってなくて、空いた席に映画の途中でもどんどん入っていっちゃうみたいな感じですかね。
立見とか立見席とかがありますね。映画館の後ろの座席のさらに後ろには手すりがあって、そこで立見用の場所があったりとかしてて。
通路。一番右端とか左端の席の横は通路じゃないですか。通路に人が座って見てる。
そんなんだったじゃないですか。昔のご存知の方が思い出していただくとあれなんですけど。
子供の頃だったね。筋肉マンとかそういうのを見に行ってたんですよ。
ドラえもんの劇場版ドラえもんみたいなやつを見に行ってたんですけど。
一番前の席よりもさらに前に席ないのに、そこに座り込んで見てる子供たちがいっぱいいるみたいな。
真上見上げてるみたいな。首すげえ痛くなっちゃうみたいな。そういう感じだったんですか。昔の映画館って。
それに比べたらだいぶ変わったなと思って。
これも覚えてるんですよ。未だにドラえもんの劇場版みたいなやつを袋に連れて行かれて姉貴と3人とかで行ったんですよね。
入れ替え制とかじゃなかったんで、いつ入っていつ出てもいいって感じ。
今ドアって1個しかないんですよ。1個のところから入って1箇所しか入り口がないんですけど、
後ろと横とかに入り口があって、至る所から出入り口があって、そこから常に人が出入りしてるじゃないですか。
だいたいみんな1回見たら帰るから、1回見終わった後入れ替えが結構あるんで、そのタイミングを見計らって席取り、場所取りをするんですよね。
前の上映会の結束部分というか、終わりかけぐらいの時にすでに入って、その劇場の中に入って、次の回の最初から見るための中に入って探すみたいな。
空きそうな場所を探すみたいな。だから先にエンディングを見ちゃってるみたいな。
前の上映会のエンディング、一番いいところみたいなところに入って席取りのために待機してるんですよ。
でもそこが一番クライマックスだったりするんですよね。過境に差し掛かってるところを見ちゃってるみたいな。
そういうのだったなと思って、懐かしいなと思って、そう考えた時に今はそんなことしなくても、自分の席が確保されて、通路も誰もいないんですよ。通路安全に。
夜とか電気も暗くするじゃないですか。でもちゃんと階段のライトがついてて、トイレとか行きたくなっても、昔は映画館の途中でトイレとか行かなかったんですけど。
年とともに近いのが、トイレに途中でやっぱり行きたくなっちゃうんですよ。
そういう時は空いた通路をゆうゆう通って行って、一回出てトイレ行って戻ってくるみたいなのが、ゆうゆうとできるような感じだったんですよ。
買ったな、時代を買ったなって思いながら映画を楽しんだわけですけど。
今は消防法か何かで通路に座ってみるとかそういうのダメなんだって。できないらしくて、あれは時代の産物だったんだなっていうような感じで。
買ってよかったなという気もするんですけどね。
しかも入れ替え制じゃないから、朝から晩までずっと映画館の中にいてもいいっていうような感じだったんですよね。
だからずっと1日時間潰してるおじさんとかいたりとかして昔は。
それはそれでちょっと面白かったなっていう側面もあるんですけど、そんなことを感じながら映画に行ってきまして、いいなと思いましたね。
映画館で映画を見るっていうのは、いいなって思ったんですよ。
作品って今ってなんとかフリックスとかそういうので見れるじゃないですか。
家で便利だなと思いながら、その作品自体は見れるんですけど。
今の話もそうですけど、映画ってたくさんの人と一緒に見て共感、共有するみたいなところもあるじゃないですか。
そういうのもあるし、あの時映画見に行った時は誰々と行ったなとか、あの時映画見に行った時は自分はこんな状況だったなとかっていうのも結構映画館行くと、
作品以外のことを思い出したりするじゃないですか。
作品以外のこと、あの頃ってあんな状況だったなとか。
だから思うんですけど、映画館に映画を見に行くっていうのは作品を見に行くっていうこともあるけど、
時代を切り取った時代の承認になるじゃないですか。
ちょっと大げさだけど、ちょっとその時代を感じるっていうのかな。
なんかそういうのがあって、それが付加価値になっているんじゃないかなって気がするので、
作品ももちろんしっかりですけど、作品以外の部分っていうのも、
あの時にあれを食べたなとか、帰りに映画を見に。
映画館で行くと、帰りに行ってその世界に入っているから、一瞬別世界に行ってきたみたいな感じがするじゃないですか。
別世界に、別世界線に行って、現実に戻ってきたみたいな感じだけど、
まだちょっと余韻が残っていて、ちょっとふわっとした感じが映画館から出た後ってあって、
そこで何でもいいし飲食店に入って食べたものとかっていうのは妙に印象的だったりとかするじゃないですか。
それを後々覚えていて、あの時の印象的な食事、あれ良かったなとかって、
そういう前後とかの付加価値とかも含めて楽しめるんだな、エンタメなんだなっていうのを感じまして、
これライブとかにも言えると思うんですよね。
ライブとかも含めて同じだと思うので、やっぱりそういうエンタメっていうのは、
時代の承認というか切り取る部分になっているんだなというのを改めて感じまして、
やっぱり映画館も素敵だし、ライブとかにも自分に重ね合わせてみて、
ライブとかも良いんだろうなっていうのをちょっと思ったので、
ちょっとそういうのを感じたこの頃でございます。
なぜ人は途中で諦めてしまうのか:原因を探る
ちょっと長い雑談になっちゃったです。ごめんなさい。
じゃあ今日のテーマの話で参りましょうか。
今日のテーマは、なぜ人は途中で諦めてしまうのかといったような話でございますが、
諦めっていうのはひとえにですね、いろいろありますけど、
始める時って結構熱に溢れているから、始める時は勢いで始められるじゃないですか。
それって始めやすいんですよ、勢い。
だけどそれを続けるっていうのは、熱量よりもさらに別の力がないといけないというか、
だいたい始める時っていうのは簡単に始めるんですけど、
続けるっていうことはなかなか難しいというかね。
続けられる人が少ないんじゃないかってよく言われてるんですけど、
今回は才能や根性の話とかではなくてですね、なぜ途中で辞めたくなってしまうのか、
そういう理由についてちょっと考えてみたいなところなんですけど、
諦めてしまう理由1:結果を急ぎすぎる
例えば20歳ぐらいの時に音楽始めたんですよ。
あの頃、僕2000年よりちょっと前ぐらい、90年代後半ぐらいの時に路上ライブが流行ったんですよ。
某柑橘系の、柑橘系の某大物、現在では大物アーティストになっている二人組が売れて、
似たような、いっぱい出てきたんですね、アコースティックギターと、
日本とかアコースティックギター、タンバリンとかを持って路上ライブに出る若者が、
そんな中の一人だったんですけど、私もね。
いっぱいいたんですよ、その時、初め。いっぱいいて。
みんなで路上ライブ行ってライブハウスで交わせて、同じような、青春時代ですよね今考えると。
ただ今でも続けている人はいないんですよね、もう。
シートがいないんですよ、なかなか。今はみんなそれぞれの道を進んでおりまして。
ちょっとそれを置いといてですけど、なぜどんどん諦めてしまうのかといったもので考えていくんですけど、
1点目はですね、結果を急ぎすぎてしまう。
人が始めた以上、早く結果を求めたくなっちゃうので、
例えばダイエットであったり、音楽もそうですよね、勉強とか。
あとは最近ではYouTubeとかね、お仕事とかもそうだと思うんですけど、
これもですね、本当にそんじょそこらじゃん。
数日とか数週間なんかで、大きな結果っていうのが出ないわけですね。
例を言えば、例えばポテチを一袋食べたから、
太らないですよね、でも明日には。ポテチ一袋食って、明日には太らない。
何も変わらないですよね、多分。変わらないように見えますよね。
で、それと反対にダイエットで、今日食べたかったポテチ一袋、諦める。
明日痩せてるわけじゃないじゃないですか、逆に言えば。
ポテチを我慢したのに痩せない、なんで?
ちょっと早くないですか?
もうちょっと、まだポテチ一袋じゃ何にも変わらないんじゃないですかね、みたいな感じで。
でもそういう風にして、こんなに頑張ってるのに変わらないなって。
そう思った瞬間に心が折れちゃったりするので、
成長には時間差があるということを感じて欲しい。
種を植えた翌日に、花は咲かない。
種を植えて、びっくり見守るじゃないですか。
土の中で種は根を生やして、根を生やした後に芽がヒュッと出てきて、
芽がさらに伸びてきて、茎が出て枝になって、
枝の先につぼみが出て、花が咲くという順序があるじゃないですか。
それもすぐじゃなくて、すごい時間はかかるじゃないですか。
そういうのと同じような感じですよね。
そういうので、感覚で言うと、種を植えたのに、全然花は咲かないんだけど。
まだ、根を生やす手からだよというようなことが、最初で嫌になって心が折れちゃうというのもあるのが1点目でございますね。
諦めてしまう理由2:他人と比較してしまう
次の2点目でございますが、他人と比較してしまうという点ですね。
これもかなり大きな理由にはなると思います。
特にYouTubeを始めた人だったらわかると思うんですけど、
私も最近始めたのですごくよくわかるんですけど、
すごい再生回数をすごいいってとか、何万回再生とか、チャンネル登録者数何百万人とかって言ってる人って、
すげーなー、自分はゴミだ。
そういう感情になるってすごいわかりますよね。
すごい人と比べちゃうと、自分なんかもう価値ない、もうカスだぜ。
って思ってしまうっていうのはあるあるだと思うんですけど、
でも何万人とか言ってる人の話とかをよくよく聞いてみると、最初の頃は誰からも見られなくて、
2年ぐらい重再生しかされなくて、一緒やん。
それをでも諦めずに投稿投稿投稿を続けていた先には、
突然何かをきっかけに変わったんですよみたいなのがあったりとかして、
だからですね、そこで同じ土俵のすごい人を見て、
例えば自分だったら、
自分はとにかくすごい人と比べて自分はダメだって思うことっていうのはすごくナンセンスで、
そういうのでモチベーションが下がってしまって辞めてしまうということも多々あるので、
そこで他人と比較するのではなくて、他人と比較というのは全然意味を持たないと思うんですよね。
全く意味ないというか言うわけでもないけど、
それを他人と比較して自分がダメだと思ってしまうことっていうのが意味がないと思うので、
比較するならですね、昨日の自分はどうだったか、先月の自分はどうだったか、
半年前の自分から比べて今はどうだったかとかね、
自分の軸、自分軸で比べた方がいいんじゃないかなって、
そっちの方がまだ健全だし、
過去の自分に比べてちょっと頑張ってねえなとか言ったら、
ダメだな今、もうちょっとやらなきゃとかってなったりとかした方がいいんじゃないかなと思うので、
要するにそこで他人とかすごい人と自分を比べて自分はダメだって思うことはナンセンスだよっていう話でございますね。
諦めてしまう理由3:成長は自分では見えにくい
3点目でございますが、成長っていうのは自分ではなかなか見えにくいっていうような話ですね。
自分で物事をやってて成長を感じられなかったときにすごいモチベが下がるっていうんですかね。
全然伸びてない。伸びしろ俺ないじゃんみたいな。
これ向いてないんじゃない?これみたいに感じるっていうのを。
でもそれはあれに近いものがあると思うんですよね。
鏡で自分の顔を見てて、髪の毛とかってちょっと伸びてるとかってわかんなくないですか。
だけど自分で毎日鏡見ても変化ってそんなにこんな変わったなとかって思わないけど、
10日ぶり1ヶ月ぶりぐらいの人に見たら髪伸びたねとかって話だってするんですよ。
これは逆に職場の人とかとしては毎日会ってるんで何かちょっとした変化とかって言われるし、
お互いちょっとした変化とかでそんなに変わったように見えなかったりするじゃないですか。
だけど昔よくつるんでた仲間とかをすごい2年ぶり3年ぶりぐらいに会うとものすごい変わってたりしないですか。
顔つきとか。
何ですか。老けたね。
そういうふうに毎日会う人の髪が少し伸びても気づかないみたいで、
でも半年後ならわかるように成長も同じような感じで、
毎日見てるからこそ変化には気づきにくい。
だから変わってないと思ってるんですけど、
実際その髪がちょっとずつ伸びてるようにちょっとずつ自分っていうのは変わってる。
自分では気づいてないけど、
昨日の自分と今日の自分って実は全然違ったりとかして変わってるんですよね。
なので少しずつ前に進んでることも多いので成長してないなとかって思うんじゃなくて、
それは自分で成長してることに気づいていないだけだったりするので、
そこは一回俯瞰して自分を見てみるのもいいんじゃないかなと思いますよ。
さっきの話につながりますけど、半年前の自分はこうだった。
半年間後に比べて、こんなに投稿ずっと続けてきたから伸びてるとかね。
曲も書いたから3曲曲書いて増えてるとかね。
よく書いたら仕事でも実は半年前ってこれのプロジェクトのこと全然知らなかったんだみたいな。
今これのスキル持ってるわとかってあるじゃないですか。
みたいな感じで知らないうちに進んでたりするので、
そこは進んでないって自分のことを思わなくていいんじゃないかなと思います。
諦めるのではなく休むという選択肢
4点目でございますが、諦めるのではなくて休むという選択肢もあるということでございますね。
続けるっていうと頑張らなきゃいけないんじゃないか。進まなきゃいけないんじゃないかっていうような感じで。
それも脅迫関連じゃないけど、そこさえもやらなきゃいけないんじゃないかっていうこと自体も疲れちゃう。
そういうのもストレスになっちゃうっていう部分もあるんで、
別にやらなくてもいいんだよ。
やらなくてもいいんで別に休んだっていいじゃん。
休むこととやめちゃうことっていうのもまた違いますし、
休んでまたやろうかなと思ったらまたやればいいでしょうし。
あと自分的に思うんですけど、諦めが肝心っていうか、諦めちゃってもいいっていう部分もあると思います。
今までの話をひっくり返すような発言になっちゃうんですけど、
なぜかって言ったら、例えば好きな子がいたとして、
あの子のことを諦めきれないとなったとするじゃないですか。
でもその好きな子としてはもう多分無理だよね。
もうだって彼氏いいんじゃんみたいな感じになったときに、
なんかこう、次?みたいな。
諦めて次に行った道から新しい出会いとか、新しい何かがあったとすると思うんですよね。
新しい発見というかね。
だから何を言ったかというと、苦しんでまで続ける必要はないよ。
苦しんでまでやることはないよって思いますよね。
人生ってそういうもんじゃないよねっていう気がします。
まとめと次回予告
じゃあまとめとなりますが、今回はですね、なぜ人は途中で諦めてしまうのかについてちょっとお話をさせてもらったんですけど、
結果を急ぎすぎるであったり、他人と比べてしまう。
成長は自分では見えにくいので成長してないと思って折れてしまう。
もう一個休むということも選択肢の一つになっていいんじゃないかということになっています。
諦めそうになったときはですね、自分には才能がないからだとかね。
自分はダメなんだ。ゴミだ。カスだ。
そういうのではなくてですね、今は結果が自分で気づいてないだけかも。
今は見えてないだけかもしれない。今は種を土に植えて、根が土の中で伸びている時期なのかもしれない。
みたいな感じで、今は時じゃないとかね。
そんな風に考えてみるとですね、少し気持ちが楽になるかもしれないので、ちょっと今日はそんな感じでお話をさせていただきました。
諦める人と続ける人の違いというのは、特別な才能ではなくてですね、
その結果が出ないというような時期をですね、どのように過ごしたかということなのかもしれないですね。
結果が出ないなという時期に辞めるのか。辞めてもいいと思います。苦しんでまでやる必要はないので。
でも続けたいという気持ちがあるなら、休んででもちょっとずつでも続けてみる。
そんな中では他人じゃなくて、自分自身で自分と比べてみる。
過去の自分と比べて頑張ったかなとか、比べてみたり、済んでいるのかなというのを見にくかったりするから、
そういうのも半年前の自分とかで見てみて、済んでるじゃん、済んでるじゃんとかっていうちょっとしたね、
小さな喜びとか、小さな成功みたいなのをですね、大事にしていくと、
ちょっとずつね、済んでて成長しているという喜びを感じながらですね、長く続けられるんじゃないかなと。
長く続けていた結果ですね、過去には見えてなかったようなところに到達しているかもしれないじゃないですか。
一つ言えるのは、苦しんでまでやることはないです。そこは楽しまないと。人生なんだしね。
苦しんでまでやる必要はないんですよということを、こういう段にしていたいなというので、今回のお話をさせていただきましたが、
皆様はいかが思われますでしょうか。
ワンタイムトークでですね、こういうようなテーマに沿った話、プラス雑談をしながらですね、進行しておりますので、
また次回も楽しみにしていただけたらなと、こんな風に思っております。
次回のテーマはですね、遠回りだった経験は無駄なのか。
そんな感じのテーマでお話したいと思いますので、次回もお楽しみにしていただけたらなと、こんな風に思っております。
次はオリジナルソングのフリーハグという曲を聴いてお別れしたいと思います。
皆さん素敵な日々を。
今日は映画絡みだったので、今日はお別れしたいと思います。
皆さん、さよなら。
30:18

コメント

スクロール