鈴木友和の One Time Talk!
どうもー、鈴木友和です。今回も聞いていただいてありがとうございます。 One Time Talkseason2の第18回目を迎えております。いつも聞いていただいて本当にありがとうございます。
今回初めて聞いてくださった方もありがとうございます。 横浜から発信しているシンガーソングライター鈴木友和のちょっとした小話をしている番組でございます。
活動の紹介をしたりですね、自分の曲を紹介したり、テーマに沿ったお話を行っておりまして、心温まるようなそんなお話ができればと思っておりますので、ぜひ最後までお付き合いいただければ嬉しいなと思っておりますので、よろしくお願いいたします。
今回のテーマはですね、「自分らしさとは何なのか?」といった、なんかちょっと哲学的な感じのテーマとなっておりますが、そんなお話をしていきたいなと思っておりますが、
その前に恒例のちょっとした雑談でございますが、面白い記事を見かけまして、その記事の中身というかタイトルというのが、
なぜ年を取ると新しい音楽を受け入れられなくなるのか?といったような記事だったんですね。
で、ちょっとそれを読んだ時に、はぁはぁはぁとちょっと思ったんですよね。
確かにその、なんかやっぱり研究結果、心理学的な研究結果があるらしいんですけど、
どうやら24歳ぐらいまでに聴いた音楽っていうのが、自分のこのベースになっている人生の音楽のベースになっていて、
特に10代後半から20歳ぐらいにかけて聴いた音楽っていうのが、その好きな音楽っていうもののベースになっているという研究結果が出ているんですね。
好きだ、音楽好きだっていうものに対して、はぁはぁはぁなるほどと思いまして、
確かにこう自分振り返った時に、その音楽の原点って何だったかなぁと思った時に、
もともとはですね、私自身の思い出話になるんですけど、
幼少期はですね、10代というか10代にもない、一桁、一桁台ですね。
10代に満たない、もっと前ぐらいの時は、家族、家族でというか、父親が運転する運転手、母親助手席、
後ろに乗ってるでしょ、で、もちろんあんまり決定権がないというか、子供だから、
ラジオとかに流れてくる音楽とかもそうだけど、カセットテープで、車の中でカセットを、
親父がね、親父がカセットを流して、それを家族でどっかに出かける時とか、ドライブの時に聴いていた。
音楽っていうのが、割と根底にあるかなと思っていて、それが香山雄三さんと、
ビートルズだったんですね。なので、生まれた、まだ物心つくぐらいまでの時期は、
香山雄三さんとビートルズっていうのをひたすら、エンドレスのように聴いていたというか。
で、姉がいるんですけど、姉がやっぱJ-POPを聴くんですよ。その頃、当時流行ってた、
ボーイとか、ビーズみたいな。そういうところも姉がテープを作ってくれて、
これいいから聴きなよとかって言ってくれた。それが10代の始めなんですけど。
それでJ-POPを聴いていったわけです。でもそこまでは、自分発信というよりは、
聴かされてないというか、周りの環境の環境が影響してた感じですよね。
でもやっぱ不思議と、家族が聴いてる音楽っていうのは、自分自身も聴くようになるから、
接触が多いからね。聴くようになって、聴くんですよ。
で、自分発信で聴くようになったのは何かなと思ったときに、
その時にね、テレビ番組で、ソラミミアワーっていう、たもりさんがやってる番組のコーナーで、
ソラミミアワーっていうのがあって、それは洋楽なんですよ。
洋楽で日本語に聞こえるみたいな。で、検証していくっていう番組だったんですけど、
それすごい面白くて、
クイーンのね、テレビで見てたんですけど、クイーンのこう、サンバディトゥーラブって言って、
エブリバディワシャコケタみたいな感じで、ワシャコケタって言ってる映像に合わせてこう、人がずらっとコケてる映像だったりとか、
するんですよ。で、あの、ボブ・ディランの歌で、あの、あれなんだっけ、
あの曲タイトル、あ、出てこない。あの、How does it feel?
あれこう、なんか、ハーナジピューみたいな感じになってて、こう、そういうのが面白くて、で、その曲を実際聞きたくて、
レコード店に、レコード店がレンタル店に行って、で、その入ってるアルバムとかを、こう、ひたすら、
ひたすらレンタルしてた日々があるんですよ。10代の仲間ぐらいの時かな。で、今考えるとそれが良かった、良かったというか、すごい洋楽の名作みたいなのを、
その時に、ひたすら、ちょっと、なんだろう、あの、
レンタルしてましてですね、そこで名作をたくさん、こう、知れたっていうのは自分にとってはね、あの人生とって、10代はね、ほとんどそれで洋楽を聞いてたっていうところだったんですけど、
で、その後、あの、また幸運だったんですけど、カラオケブームだったんですよ、その10代後半が。で、洋楽も聞くんだけど、
で、友達と一緒にカラオケ行った時に、やっぱり、こう、友達と一緒にカラオケに乗るから、で、カラオケで洋楽なんかを歌っても、こう、やっぱりウケないからね。
やっぱその時のヒット曲、J-POPのヒット曲を聞くわけですね。だからそのJ-POPのヒット曲も聞き漁ったわけですよ、その当時の。
10代後半だから、あのこれ流行ってたやつですよね。もうそれこそ、なんだ、もう、ミスチルなの、
TKグループなの。そういうのを聴いてて、で、だんだんそこからこう、なんですか、20歳になって、こう、行くわけですけど、で、
確かに、確かに20歳、20、中盤以降は、そんなに新しい音楽って、なんか、
聴いてないじゃないけど、聴いてないなーって思った時に、あのこの記事を思い出して、年取ると、なんで新しい音楽があって、
受けられなくなるのかっていうところの記事をちょっと興味あって読んでみたんですよ。それはノックス大学の心理学教授の
フランク・T・マカンドリューシーっていうのがですね、書いていた記事だったんですけど、そのマカンドリューシーの父親も、
そのマカンドリューシーが10代の頃好きだった音楽に、あまり興味をお祝いしないと父ちゃんがね、持たなかったっていうことだったんですね。
昔からそういうことなんですね。若者の音楽に、年配者は興味を持たないといったことで、その原因をなんでだろうと思って、原因を探っていった、そうなんですね。
一つは、生物学的にコードやリズム、メロディーの微妙な違いを聞き分けれる能力が年齢とともに低下するからだと考えられています。
音楽の好みというのは、10代前半に固まり始め、20代、20歳頃にガッチリと固まるので、この期間に耳にするヒット曲は、同じ世代の中では一生人気が続く可能性が高いということですね。
一方、33歳になる頃には、新しい音楽を聴くことはほぼなくなります。このため、それ以降に新たに耳にした、自分があまり知られない音楽は、すべて同じように聴こえてしまっているということが考えられます。
すごくわかるんですよね、確かに。確かにちょっとわかるんですよね。30代中盤以降というのが、ちょっとこう、今最新のヒット曲っていうのが、ちょっとわかんないなぁ、わかんないなぁってなっちゃってるんですよね。
もう一つ、マカンドリューシがこれではないかと考えている理由の一つとして、単純接触効果ですと言うことなんですよ。
単純接触効果とは、苦手だったり興味がなかったりしたもので、何度も見聞きしているうちに好きになっていくという効果のことだそうなんですね。
若いうちは音楽を聴いたり、ミュージックビデオを見たりする時間が多いので、お気に入りのアーティストをより身近に感じていきます。
ところが、歳を取りにつれて仕事が忙しくなったりですね、家族のことに時間を取られていたりして、新しい音楽に触れる時間が減少していき、
単純接触効果で好きになるほど聴くことがなくなるので、自由な時間が余っていた頃に聴いていたお気に入りの曲を聴き続ける。
昔好きだった曲を聴き続ける。新しい曲を聴くというよりは、安定の、安心のね、昔好きだった曲を聴き続けるということになるというわけでございますね。
あとは、そのマカンドリューシによると、10代の頃に経験した感情は10代以降に経験するものよりも強く感じるという心理学の研究結果があるということなので、
これにより10代の頃に聴いた音楽ほど強く記憶に残って愛するものになっているという可能性があります。
そうですよね。10代の頃に恋をした。恋をした時に聴いていた曲。失恋した。ほろ苦い時に聴いていた曲。
わかりますよね。青春で、部活で試合にかけていて、練習毎日して、練習にひたすら明け暮れていた。
明け暮れていた時の帰り道に聴いていた曲。すごいわかりますよね。確かにね。
その試合に、望む時に聴いていた。試合に負けてしまった。ほろ苦い時に聴いた。あの曲。
友達とワイワイ騒いで、学校の家に友達とワイワイ騒いで、カラオケに行ってわーって叫んでいた。あの曲。
確かに10代の頃というのは、友達とかも同じようなベクトルを向いていて、
経験が刺激的ですもんね。起こることっていうのがね。20代30代になっていくと、
毎日が薄れていくというか、10代の頃のようなものにはならなくなっていったから、
あの時に聴いていた曲っていうのが、いつまでも聴いているっていうのは、すごくよくわかるなっていうことになりまして。
脳のそういうのがあるっていう反面、接触回数という部分が30代になるとね、仕事が忙しくなったり、
子供のこととか家族のこととかで、特に新しい音楽っていうのを聴いている暇がないよということで、だんだん新しく聞かなくなっていく。
ただですね、マカンドリューシーは、自分の子供が演奏していたので、新しい音楽を好きになったという自身の体験があるので、
親の世代に新たな音楽を気に入ってもらうことは不可能ではないということを示してくれているということなので、
要は、子供が聴いていた曲を聴いたら、「これいいじゃん!」とか、子供番組で新しい音楽を聴いていたら、「これいいじゃん!」とか、それも新しい曲が好きになっているということになるので、
別にそれは年を取ったから新しい音楽を受け入れられないというよりは、接触する機会が多かったから好きになるということになるので、
結論から言うと、若い頃に聴いていた曲は、その時の記憶と結びついていて好きだと。
年を取ってからですと生活中心になって、なかなか新しい音楽を入ってくる余地がないので、古い音楽を聴き続けている。
古いというか、先進時代に好きだった曲というのを聴き続けるという傾向が多いじゃないかと。
ただ、子供の、みたいな、子供じゃないけど、機会で新しい曲を接触が多いと好きになるということもあるそうなので、
これからも新しい曲もどんどん好きになる可能性もあるですよというようなことなんですね。
はい。そんなことがですね、その記事を見てですね、ハッハッハッハッと思いましてですね、
はい、まあ、なんですか、私も音楽をやっている身としてはですね、ちょっと考えなきゃいけないというかね、
考えると、曲を書くときに思うんですよ。
今のね、流行りの人たちがやっているような曲を寄っていくのかとかね。
だけど、自分自身がそっちの頭がないので、頭というか、若い子たちが聴いているような感じ。
時代の、今のチャートインみたいな曲っていうのは、聴いてないわけだから、わかんないわけだって、そう。
っていうところで、でも自分の音楽をやっぱりやっていくべきなんだっていうところで、
いうジレンマがありながらですね、曲を書いているんですけど。
まあ、結論としてはですね、自分の思いを届けたい。
そして、自分の好きな曲をですね、やりたいという曲をですね、やっているというところではあるんですけど、
まあ、ぜひですね、バンタイムトークを聴いてくださる皆さんもですね、
私の曲もぜひ聴いていただけたら、
単純接触回数を増やしていただけたら大変嬉しいなと思いますので、
ぜひよろしくお願いいたします。
というような、ちょっと長い雑談になってしまいました。
今日のテーマは、自分らしさとは何なのかということでございますね。
結論から言うと、よくわかんないですよね。
自分らしさって何なのかなっていうのは、
ちょっと自分でも説明できるものではないとは思うんですけど、
だって自分のことも、自分でわからない自分がいたりするじゃないですか。
そういうのって。
なんですけど、ここではですね、
ちょっと自分がわかる自分らしさというところでのお話として、
ちょっとしていきたいなと思うんですけど、
こういうのってね、探して見つかるものっていうよりは、
経験則の中から少しずつわかってくるものなのかなっていうところで、
ちょっとお話したいと思うんですけど、
自分らしさって、自分で認識しているうちでも、
ちょっと年代を置いて変わっていったりするじゃないですか。
こうなんですか、その時々20代の時の自分らしさと思ってたこと、
30代の時に自分らしさと思ってたこと、
40代になって自分らしさと思ってたこととか言って、
新しく自分の中で書き換え書き換え書き換えしていくうちに、
いろいろ自分の中でのマインドセットというか、
そういうのが変わっていってるから、結構曖昧なものなんですよね。
はっきりと自分らしさはこうですっていうのが、
ちょっとわからなかったりするんですよね。
好きな食べ物何ですかって言って、
答えられますけど、
でも意外に昔それ好きじゃなかったけど、
今これ一番好きなんだよねとかって、
食べ物あったりするじゃないですか。
さあ食べ物とかでも。
そういう風に変わってくるから、
そういう中らしさっていうのも、
ちょっとずつちょっとずつ変化しているのかなと思うんですけど、
そんな中で経験則を得て、
あ、やっぱり俺ってこうだったんだとかって分かることがあったりして、
それが、あ、やっぱり俺ってこうだったんだっていうところが、
俺らしいってことなのかなっていうところの話ではあるんですけど。
若い頃っていうのは尖ってるから、
何かこう、なんか自分、人と違うことをしてやるんじゃないけど、
あの、有名になってやるんじゃないけど、
こう、人肩当て上げてやるみたいな感じのところでですね、
そういうところで一生懸命なってまして、
その、まあ自分らしさっていうか、何だろうなあ、
もう、とにかく、
あの、
自分個性を、
なんか人となんか違う服着てみたりとかさ、
人と違う髪したりとかっていうところで一生懸命だったりとかして。
で、あとね、
あの、音楽で縫うことでちょっと話していくと、
あの、最初に始めたその音楽はこういうの、
親友と始めたんですけど、
アカゴギスティックギター2本で、
ハモリでやって始めてたんですけど、
だんだんこうやっていくうちに、
あの、
こう、いろんな人の意見で、
こう、それじゃダメなんじゃないかとか、
こうしなきゃいけないんじゃないかとかさ、
こういうのを取り、
ラップが入って、ラップをどんどん取り入れていった方がいいんじゃないかとかさ、
エレキギターでもっと激しい音にしていかないとダメなんじゃないのとかさ、
なんかそういう感じで、
で、自分の中でも、
ああ、そうやっていった方がいいのかなとかってやって、
なんか無理にラップを入れたりとかさ、
で、アコースティックギターの1本と、
ハモリの2人組はもう需要があるから、
ね、
もうその、
そういうジャンルじゃない方がいいんじゃないかみたいな感じのところで、
あの、人から言われた要素でですね、
変化していったりとかってするので、
で、しかも試していくわけですよ、それを、次々と。
やっぱことごとくですね、
こう、うまくいかないわけですね。
はい、うまくいかないんですよ。
で、やっぱ最終的に、
ああ、俺って普通に、
まあまあ今は解散してね、
2人組が解散して1人の弾き語りになってるんですけど、
弾き語りも同じですよね。
その、もっとこう、なんですか、
今風の、
こう、なんかダンス、ダンス、ダンスタブルなものをやっていかないと、
まあ流行らないんじゃないのとかって、
いろいろ言われたりとか、とかしてするからね。
ああ、そうなのかなとかって思って、
でも確かにそうだよな、
俺のやってる音楽って古臭いのかなとかね、
そこで最初の話に繋がるんですけど、
これちょっと昔、なんか、
新しい人には聞いてもらえないのかな、
こういうのやってもいいのかなとか言って、
新しくね、試したりするわけですよ。
だけど、結局なんかしっくりこないんですよね、
自分の中で。
で、やっぱり、こう、自分の中で、
こう、一番届けたいものって何なんだろうって、
振り返ると、
その、歌詞をですね、
こう、人がこういう感情な時って、
こうだよねって、
こんな時ってこう思うんだよねみたいな感じの、
届けたいシンプルな弾き語りで、
弾き語りとかその、バンドでね、
そのメロディと、
その歌詞を届けたいってなった時に、
ああ、こう、例えばそれはもう古臭いって思われても、
古臭いって言われたとしてもね、たかりに、
あの、でも俺はこれが好きなんだって、
俺はこれやりたいんだ、とかっていうところに帰るわけですね。
うん、なんかその、
ラップできねえよ。
ラップ入れらんねえよ、俺だって。
なんか、まあ流行るかどうかっていうところじゃなくて、
なんかこれがもう俺なんじゃんっていうところに帰ったりしたんですね。
で、スポーツでも確かにそうだったなと思って、
あの、俺ってそのバタフライをやってたんですね。
水泳部で、水泳部でバタフライをやってたんですけど、
あの、やっぱスポーツ選手ってみんなわかると思うけど、
陸上選手とかだって、100メートル得意な人、
マラソン得意な人、
幅跳び得意な人とか言って、
それぞれ持ち味があるわけじゃないですか。
で、水泳もあって、
クロール得意な人、背泳ぎ得意な人、平泳ぎ得意な人、バタフライ得意な人、
あって、
で、なんで最初バタフライになったかって言ったら、
小学校の時に、その自分の種目を決めるっていうような話になった時に、
全部やらせるわけですね、コーチは。適性を見るために。
全部やらせて、最初は俺平泳ぎが良さそうだったから、
じゃあお前平泳ぎなって言ってやってたんですけど、
なんかあんまり伸びなかったというか、
うーん、違うかなーとか言って、
ちょっとバタフライ泳いでみてって言ってバタフライ泳いだら、
すごい良かったわけです。調子が良かったわけです。
じゃあバタフライに決定なってバタフライに適性になったんですね。
で、あのー、
短距離、中距離、長距離ってあって、
50mバタフライ、100mバタフライ、200mバタフライってあって、
分からなかったんで、最初は100mバタフライとか言うのをやったんですけど、
なんか、前半からいけないんですよ。加速がないっていう。
100mバタフライとか速い人っていうのは、
飛び込んで、ドルフィンキックっていうか、
ドルフィンキックでヒューンってこういって、
速いわけですよね。いきなりシューンと出てくるんですよ。
で、そのままシューンと最後まで行くんですけど、
俺はどうしても前半が遅い。
でも、中盤以降が伸びてくるタイプみたいな感じで、
結局適性は200mだったんです。200m。
で、でもコーチからは、前半からいけ、前半からいけって。
前半からいかないとダメだから、前半からいけって言われてたんですけど、
前半からいけないんですよ。
前半からいっても、いけないんですよ。
わかんない。いけないんですよ。
いってんす。自分の中でいってんすよ。でもいけないんですよ、前半から。
でも後半が落ちないんですよ。
後半が落ちなくて、最後の最後で巻いて勝つみたいな感じの、
最後に伸びてきてっていうタイプだったんですね。
だから、前半はいいペースで、いいペースで、
力抜いて、でも早く入って、力を溜めて、後半に抜くっていうのが、
俺らしいペースだったっていうことにですね、最終的に気づいて。
最終的には、自分の中でもそういう練習をするようにしたんです。
それまでわかんない頃は、前半からいけ、前半からいけって言われてるから、
前半からいって、でも力んじゃって、最後には力を出し切れずに終わるっていうのがずっと続いてたんですけど、
それを気づいたときから、自分でこれが適正なんだって分かったときから、
前半は楽に入って、後半に盛り上げていけば、俺らしい扇ができるんじゃないかと。
そういう風に経験則でですね、つかんで、自分のタイプっていうのをつかんでからは、
上手く練習でも、そういう作戦で行くわけだから、練習でもそういう練習するわけですね。
前半から行く練習じゃなくて、前半はいかに力を抜きながら、いいペース入って、最後に盛り上げていくっていう、
どういう練習が必要になるのかとか、最後の方にキックが入るように、
疲れちったときに、キックをウォーって入れるような、最後の10メートルウォーってやるような練習をしたりとかさ、
それに向けた練習になるわけですね。
そうやっていくと、調子がよくなったりとかしててですね。
これも経験則から得たんですね。
その音楽に関しても、いっぱい色々なラップを取り入れてみたりとかね、激しく叫んでみたりとかさ、
メタルみたいなのやってみたりしたんですけど、結局肌に合わなくて、最終的には戻ってきた。
最終的に戻ってきたところっていうのが、やっぱり自分らしいところだったんだなっていうところが分かってですね。
はい。
ちょっと長くなりましたけど、色々試してみて、しっくりくるところが、
自分の中でしっくりこない部分があるときは、それはおそらく無理してるんだと思うんですよね。
で、無理してるときっていうのは、多分あんまり自分らしくないんじゃないかなって思うんですよね。
で、自分らしく入れるときっていうのは、無理がないというか、自分で結構伸び伸びできるところっていうのかな。
伸び伸びできるところっていうのか、無意識に伸び伸びできるっていうところが、
自分らしいポイントなんじゃないかなと思っておりましてですね。
で、そういう自分らしさっていうのを分かってくると、
いいことのひとつの中に、あんまり人と比較しても関係ないなってことも、
年取ってくると分かってくるんですよね。
例えば人は、カツオだとしてますよ。
あの人がSNSでカツオがどこ?
僕はカツオです!とか言って。
で、一本釣りのときにはどうなの?っていう。
僕は一本釣りのときに、いっぱいみんなに釣られて美味しく食べてもらってっていうところで、
自分はアジだったりするわけで、アジだったときにカツオを羨んでもしょうがないですから。
自分はアジなんだから。カツオじゃないんだから。
でもアジはアジの魅力があるわけじゃないですか。
僕は叩きになったときには、カツオとは違う良さがあるんですよとか言うのを出せるわけじゃないですか。
でもカツオはいいよなぁ。
一本釣りで釣られて叩きになったりしても美味しそうだし、
僕なんて叩きじゃないか。
炙るやつ。
カツオ、叩きか。まあまあいいや。
とにかくね、自分はアジだって分かったら、カツオと比べてもしょうがないですよ。
アジはアジの良さがあるし、アジはアジの美味しさがあるんだから、
そういうところで比べてもしょうがないということも分かってくるんで、
年を重ねていくとそういうのが分かってくるかなとは思うんですけど、
何を言いたかったかというと、
自分らしさというのがしっくりくると。
自分の中でこうなってしっくりくるというところかなと思うので、
頭で考えて発見するというよりは、
経験則から出てくるものなんじゃないかなと思っております。
あと自分らしくしなきゃっていうところで、
頑張りすぎなくてもいいなと思うんですよ。
本当に人生において、頑張りすぎる必要ってないと思ってて、
自然に、無理をしてない時の自分というか、
自然に続けているというか、
自然にしてしまうというかね、
こういうことでいいと思うんですよ。
頑張るというよりも楽しむというか、
その状況を楽しむじゃないけど、
とにかく自分らしくしなきゃと言って頑張る必要はないですし、
ないと思いますし、
自分らしさが分からないからダメなんじゃないかとか、
そういうのね、しっくりくるものが分からないから
ダメなんじゃないかと思うこともないと思うんで、
経験則の中からね、分かれば分かったらいいし、
分かんなかったら分かんなかったで、
そのうち分かると思うんで、
分かんなくても別にいいですよ。
分かんなくたっていいもんなんで、
とにかく無理なく、無理をせずですね、
すればいいんじゃないかなと、
自然にしていればいいんじゃないかなと思いますので、
今日はこんな話でございました。