Speaker 1
そう、そんなんで、前回予告した通りに、
今日は自然の話をしようかなと思ったんだけど、
Speaker 2
うんうんうん。
Speaker 1
私がね、会社を立ち上げて、
自然環境と体内環境はシンクロして由来でいくっていう風な、
そういう、なんか、会社の事業説明も強くするんですよ。
Speaker 2
はい。
Speaker 1
自理神経をテーマにしているので、
自理神経って結局、
Speaker 1
自分の体の外の環境と体の中の環境のバランスを取っているようなところがあるのね。
もちろん体の中の状態と体の中の状態をコントロールしている時もあって、
例えば体の中でどうしようもできない感情に対して、
自分の体が体の中でさらにバランスを取ろうとすることもあるし、
あと運動好きな人だったら、こうやって運動してた中で、
Speaker 1
また体の使い方を工夫してっていうバランスを取ることもあるんだけど、
いろんなところが連携しあったりとか、
いろんなところとシンクロしたりリンクして情報交換をして、
バランスを取って生きてくるね。
だけど、今の特に都会の環境っていうのは、
どちらかというと作り上げられたものが多いじゃないですか。
Speaker 2
そうですね。
Speaker 1
それが悪いとかいいとかではないんだけど、
例えばテーマパークとかがあってもね、コンセプトを作って、
こういう風な風でアトラクションを作って、
こういう風にすると楽しんでもらえそうだからこういう風にしましょうみたいな。
できるだけいろんな意見を取り込んでいけば、
多様性のあるそういう環境が作れるかもしれないけど、
自然の中、特に手つかずの自然の中っていうのは、
それ以前にものすごい複雑な仕組みでつながってるわけですよ。
Speaker 1
目に見えるような世界もあれば、
目に見えないような空気の中ではそういう好感だったりとか、
Speaker 1
土の中での菌類がいろいろ絡んでたりとか。
でもそれって人の体の中も同じですよね。
呼吸なんて言えば環境してるわけですよね。
食べたものっていうのは、食べたものだけじゃなくて、
体の中にある菌もいろいろ消化やなんかにも絡んでたりとか。
Speaker 1
なのでできるだけ自然の中でいろんな感覚に触れながら、
特に幼少期の頃は暮らした方がいいんじゃないかなっていうのが、
私のすごい強い提案なんですよ。
なので、自然環境の保護。
再興なんて言い方もしますけど、復元して、
元に戻していくっていうふうな活動とかもしながら、
人の体も一緒に大事にしていきましょうっていうふうな流れでやってる。
Speaker 2
なるほど。
Speaker 1
スケールがでかいでしょ。
Speaker 2
大きい。
Speaker 1
大きい。
すごい大きい。
Speaker 2
なんか、なんでしょうね。
簡単に、そうだよね、大事だよね、分かる分かる、うんうん、っていう合図値が打てない。
Speaker 1
じゃあさ、歌に目覚めたのはどこから?
Speaker 2
歌は、私の父親が歌好きで、
家でずっと歌ってたんですね。
当時はカラオケとか家にもあったので。
Speaker 2
それで普通に歌を歌うっていうことが特別なことではない空間だったんですよ、家庭の。
なので、当たり前のように、
その当時は歌番組をいっぱいあったので、小学校の頃とかは、
流れてると一緒に歌う。
歌いやすい曲がやっぱり多かったですからね。
今のヒットソングっていうのは、やっぱり言葉が多かったり、リズムが複雑だったりしますけど、
それでも今の子たちは歌ってますけどね。
でも、もっとシンプルに歌詞もすごくよく分かる。
聞き取りやすく、メロディーも理解しやすく、
その時はテレビの前にラジカセ置いて、ガチャンって録音して、
歌って覚えて、次の日学校で歌うっていうのが楽しかったですもんね。
Speaker 1
例えば誰とかな?
Speaker 2
そうですね、ピンクレディとかね。
分かりますよね、きっとかずみさん。
分かるけど、私はあれですよ、キャンディーズ派だった。
Speaker 2
なるほど、もう分かりますよね、そこね。
Speaker 1
キャンディーズの解散コンサートで涙したのを今でも覚えてます。
Speaker 2
そうか。
Speaker 1
なんであんなに悲しかったんだろうなって。
Speaker 2
歌聞けないのかなとか思ったのかな、子供ながら。
Speaker 1
あれ、あれ、あれ。
私が全然分かりやすいふうに言ったら、なんだっけ、ほほえみ返しだっけ。
めっちゃいい歌だなって。
Speaker 2
いい歌ですよね。
Speaker 1
あの歌を聞いただけで涙せそうになっちゃって。
なるほど、でも子供ながらにそう感じとってたんですね、きっとね。
Speaker 1
なんかね、今までテレビつけてたら出てた人が、
なんか普通の女の子に戻りますとかって言って、
あれ、もうどっか行っちゃうの?とか思って、
あの歌を聞いてたら、すっごい悲しくなってきちゃって。
っていう記憶があります。
すごい感受性豊かな。
Speaker 1
豊かでしょ。
豊かでしょって。
Speaker 2
豊かです。
でも、なんかそうやって楽しんでるのが、
なんて言うんですかね、
自分でこれやりたいと思って録音して覚えて、
じゃあ覚えてって次学校に行って歌ったら、
Speaker 2
みんなと何かできて楽しいなとか、
なんかそういう遊びを作ってたのかな、ひょっとすると。
みんなとこうすると楽しいとか。
そんなにね、ゲームとかもなかったので、
Speaker 2
なんか楽しく遊べるものを見つけてたのかもしれないですね。
Speaker 1
なんかそういった意味でもちょっと似てるとこがあるな。
うちは大工さんだったので、木がいっぱい転がってるわけですよ。
今の大工さんはちょっと違う大工さんも多いかもしれないけど、
機械をたくさん使ったりとか、
そもそも家を建てる前の材料を作っていくのは工場で終わってたりとかってなるんだけど、
昔ながらの大工さんだったので、
Speaker 1
木を買ってきて、実際に使うまで乾かしといて、
だから乾かすための倉庫も必要だったりとかして、
で、墨付けしたりとか。
金槌、鉋のみとかそういう刃物もいっぱい並んでて。
そうすると、さすがにのみとかまではさすがに使わせてもらえなかったけど、
小っちゃい時は。
金槌と釘ぐらいはもう倉庫に行けばいっぱいあるから、
何かを作るわけでもなくやたらと釘を打っていったりとか。
だからそんな中でやっぱり絵とか、
やがてそうして美術大学まで行ったんだけど、
ものづくりっていうのは遊びから発生してって、
Speaker 1
逆いうと、受験勉強でデッサンとかいろいろ描いてるうちに、
なんだこれつまんねえなってなってきちゃったりしたけど、
昔ありましたよね。
全然絵が描けなくなっちゃった時に、
子どもたちのお絵かき教室みたいなのを、
Speaker 1
ちょっと有名な画家の人がやってる、手伝うようになって、
そこにいろんな障害のある子どもたちもいたりしてて、
だけど子どもたちが夢中になってこうやって絵を描いてるのを見て、
こうやって描けばいいんだと思って。
昔から大工さんの家でいろんなものづくりをしてたし、
小学生の頃は絵を描けばズバ抜けて上手だって褒められたりしてて、
受験勉強もして、
Speaker 1
この右手はすぐに上手に描こうとするっていう風になっちゃって、
だけどもう夢中になって、
ちょっと知的に障害のある子どもたちもいたので、
だけどもうガーッて夢中になって、
今の知ってた、村形志向さんとか知ってるかな。
版画の人。
もうなんかすごい金がね、こういう、あんな感じですよね。
そしたら、絵を描くとかものを作るって楽しいことだったんだよねって思い出して、
その時から私一時、もう左手で30秒で絵を描くっていうのをずっと知らして、
もうなんか頭が働かないうちに、
もう夢中になって集中して、
描くんだって言って、こうやって30秒で描ききるっていうのをやったこと。
Speaker 2
すごい、なんか自分の中にある、何でしょうね、
細胞レベルで絵描いてるみたいな、そんな感じですよね。
考えが及ばないうちに自分のパッションで描くんですもんね。
Speaker 1
なんか今になってみると、だから子どもの時から大人になるにつれて、
いろんな経験をしていろんな能力を身につけていくんだけど、
それがその人らしさであったり、その人が持ってる才能になることもあるんだけど、
ある一面偏って、もともともっと幅広く持ってたものを
Speaker 1
押し殺したり邪魔していくものにもなり得るってことだよね。
Speaker 2
そうですね。
Speaker 1
これをね、最近、私も言葉としては最近知ったんだけど、プルーニングっていうの。
Speaker 2
プルーニング。
Speaker 1
プルーニングって借り込むっていうふうな意味で、
植木とかこうやって剪定するじゃないですか。
枝を切ってって。
これちょっとはみ出してから切ってこうみたいな感じで整えていくんだけど、
人間の脳もそういうところがあるらしくて、
生まれた時、人間、人の神経回路って一番幅広くたくさん神経が張り巡らされてるの。
意外と逆だと思う、イメージで捉えてる人っているんじゃないかなと。
生まれた時はこんなにちょこっとあって、それがフワーって広がってて、
大人になるといっぱい広がるっていうふうに思う人もいるかも。
Speaker 1
それは実は逆で、生まれた時の方が幅広く広がってて、
ただ一本一本は細いかもしれないのね。
その中で使っていく神経はすごく太くなるし、
全く使わない神経はもう細く退化していってしまう。
それがその人らしさを作っていく過程でもあるんだけど、
一方で使わないところはどんどんどんどん退化していって、
見えなくなってしまうの。意識しないと。
逆に使っていったところはもう使いすぎていったために反射的にそういうふうになる。
たとえば上手に絵を描こうとか、上手に歌を歌おうとか、
そういったことが起こってしまう可能性もある。
それ自体が悪いことではないかもしれないけど、
それってどっかなくしてしまわないかなっていう。
それはもしかしたらカオさんが言うナチュラルボイスかもしれないし、
私がお腹お腹って言ってお腹の中にあるものに耳を傾けてみましょうってことにもなるかもしれないし、
実は私とカオさんが一緒にプロジェクトで動いている基本の呼吸っていうのもそうだよね。
もともと赤ちゃんがやっているシンクロした呼吸をもう一回取り戻してみませんかっていう提案なので。
なので、今日は自然って言えば自然なんだけど、
いわゆる森だ海だっていう自然だけじゃなくて、
子どもたちが幼少期に育っている環境が子どもたちに与える影響ってめちゃくちゃでかいかなと。
そうすると、私なんかも、だったら自然、多様性が保たれた心地いい森に入ればいいじゃんとか。
もうありだし、もしかしたら人工的に作られたものかもしれないけど、
すごいコンセプトが練り上げられて面白く組み立てられた遊園地とかも面白いかもしれないし。
アートとして作り上げた映画だったり音楽だったりもいいかもしれないし。
どっちでもいいかもしれないね。
ただなんか、よく考えないうちに偏った方向に追い込まれていくケースもあるじゃないですか。
たまたま親が友稼ぎで忙しくて、もう家にいてゲームするしかないみたいな。
やりだしたらもう夢中になってゲームばっかりやってるとかっていう子どももいるかもしれないし。
そうすると、それが悪いとも限らないゲームクリエイターとかになるかもしれないしね。
ただ体はちょっと秘め上げやすいかなと。
一つはだから幼少期にできるだけアスリートとかもね。
いろんなスポーツしましょうみたいなことを言う人もいるんですよ。
サッカーならサッカーって決めて、いきなり特殊なトレーニングをずっとしていくよりは
いろんなスポーツをしてみたり、遊びを交えてやってみたりとかっていった方が
バランスのいい神経や体が出来上がる。
そういった幼少期の体験が大事なっていうのと、もう一つは
私もそうなんだけど、大人になった自分は
結構いろんなことを忘れてるかもしれないっていうふうに思いながら
特に子どもたちには接しなきゃいけないなと。
常に自分はもしかしたら偏ってるかもしれない。
Speaker 1
偏った定義を子どもたちに当てたらそれはちょっとどうなのかなっていうのを
いつも考えながら子どもたちのサポートをしてる。