延命治療と継承のテーマ
ブク美
さて、今回はですね、提供いただいた近未来SFショートショート〈マエストロは死なず : 魂の継承〉。これを深く掘り下げていきたいと思います。
ノト丸
はい。人生200年というのが、現実になった社会を描いたシリーズの第5話ですね。
ブク美
ええ、そうですね。この延命治療の格差が広がる中で、何というか、肉体の死を超えて受け継がれる何か、それがテーマになっていると。
ノト丸
まさに250歳まで生きた伝説的な識者と、才能はあるんだけど恵まれない環境にいる若いバイオリニスト、その2人の出会いを通して、単に長く生きるってことじゃなくて、継承の本質、私たち自身が未来に何を繋いでいくのか、それを問いかけてくる物語ですね。
ブク美
なるほど、非常に凝縮されている感じがしますね。
ノト丸
ええ、短い中に。
ブク美
では早速、その物語の世界観から見ていきましょうか。
ノト丸
はい。
ブク美
舞台はクロノスセラピーという高額な延命治療。これによって一部の人が200歳以上生きられるようになった未来と。
ノト丸
そうなんです。で、主人公が有馬恒生(アリマ・コウセイ)。250歳のもうカリスマ的な識者ですね。
ブク美
250歳ですか、すごいですね。
ノト丸
その対象的な存在として、庶民区モーラルゾーン出身の17歳のバイオリニスト、ミサキ・タチバナが登場します。
彼女は才能があって、奨学金で音楽院に通っているんですけど、恒生に対して結構痛烈な言葉を言うんですよね。
ブク美
と言いますと?
ノト丸
あなたのセラピー1回分で私の家族が何年暮らせるか、こういうセリフが出てくるんです。
それはこの世界の厳しい現実、その延命格差が生む歪みみたいなものがもうそこに凝縮されている感じですね。
まさにそれを象徴するセリフだと思います。
ブク美
ただその恒生自身も、なんかただ長く生きられれば良いって考えてるわけじゃないんですよね。
ノト丸
そうなんですよ。延命によって得た時間は命の重さと等価でなければならないって言っていて、
ノト丸
その時間の使い方にすごく重い責任を感じている、そういうキャラクターですね。
ブク美
なるほど。その哲学って音楽にも現れてる感じですか?
ノト丸
そうなんです。彼はAIが作るような完璧な演奏よりも、人間の不完全さの中に宿る魂。
ブク美
魂ですか?
ノト丸
ええ、それをすごく尊ぶんですね。
ノト丸
ミサキの荒削りなんですけど、情熱的なバイオリンの音にそれを見出して、お前の中の魂だって。
ブク美
ああ、技術だけじゃない何か。
ノト丸
そう、技術だけでは到達できない、人間ならではの表現の価値みたいなものを示唆してるんだと思います。
ブク美
でも皮肉なことにその恒生自身も終わりが近づいてくる。
ノト丸
クロノスセラピーが効かなくなる老化耐性反応と診断されてしまう。
ノト丸
メディアなんかは文化の灯火が切れるとか文化的崩壊の危機だとか大騒ぎするわけです。
ブク美
絶対的な存在だっただけにその終焉の影響も大きいと。
ノト丸
そうですね。そこで彼が選んだ最後の舞台、これが自身の未完の交響曲、魂の継承。
音楽と精神の継承
ブク美
タイトルがまたすごいですね。
ノト丸
しかもソリストに抜卓したのがまだ無名だったミサキなんです。
私の音を託すって言うんですけど、これはもう単なる技術指導じゃないですよね。
彼の精神というか音楽的な魂そのものを引き継いでほしいっていう強い意思の表れでしょうね。
ブク美
練習中の楽譜を見るな、作曲家の絶望や希望を感じろ、魂で応えろっていう指導もすごいですよね。
ノト丸
まさに音楽の本質をついている技術じゃなくて心で奏でろと。
ノト丸
そしてコンサート当日、後世は最後の音を振り終えると同時に倒れてしまうんです。
でも彼の思いを受け取ったミサキはそこで終わらせない。
彼の音楽をただなぞるんじゃなくて、それを自分の解釈でさらに高めていくような力強い演奏を続けるんですね。
ブク美
なるほど。受け継いでさらに自分の本物にしていくと。
ノト丸
そうなんです。恒生は薄れていく意識の中でミサキが生み出す、ある意味では自分を超えていくような自由な旋律を聴いて、それでいいって。
ブク美
ああ、それで満足して。
ノト丸
ええ、息を引き取るんです。
この場面なんか継承っていうのは魔法じゃなくて、次の世代が自分の翼で飛び立つことへの祝福でもあるのかなって感じさせますよね。
ブク美
確かに。単にコピーするんじゃなくて発展させていくというか。
ノト丸
そうですね。結果的にミサキのプロフィールには文化継承者候補、次の魂を灯す者っていう称号が記されるようになります。
そして物語は、有馬恒生は死んだ。だが、マエストロは死ななかった。
ブク美
うわあ、痺れますね。肉体は滅びてもその役割とか精神、芸術そのものは受け継がれて生き続けるんだっていう力強いメッセージですね。
ノト丸
ええ、だからこの物語が私たちに投げかけているのは、結局人生の長さそのものじゃなくて、その時間の中で何を成して、何を次の世代に託していくのかっていうことなのかなと。
ブク美
なるほどなあ。
ノト丸
物語の最後には読者、つまり皆さんへの問いかけも用意されているんですよね。
ブク美
と言いますと。
ノト丸
もし、社会が認める才能を理由に人より長い命を与えられたとしたら、あなたはその時間を一体何のために使いますかと。
ブク美
うーん、これはSFの世界だけの話じゃないかもしれませんね。
ノト丸
そう思います。私たちが日々何気なく生み出しているものとか、交わす言葉、行動。
それらがもしかしたら、意識してなくても未来につながる小さな楽譜の一部になっているのかもしれない。
ブク美
ああ、なるほど。自分自身の人生が奏でる音楽が、いつか誰かの魂を震わせるかもしれないと。
ノト丸
ええ、そう考えると、私たちの日常もまた壮大な継承の物語の一部なのかなって。
ブク美
そう信じる限り、マエストロは死なないか。なんか希望を感じさせる終わり方ですね。
ノト丸
はい、この継承というテーマ、本当に深く考えさせられますね。皆さんはどう思われますか。