今日の本編では伊福部明さんという、さっきもちょっと話しましたけど、
SF公共ファンタジーっていう音楽を聴いていただきまして、
これがなんで伊福部さんを今日取り上げようと思ったかっていうと、
僕が昔から本編の方の番組でやっていたがんばれ日本キャンペーンという、
日本代表ががんばってるときは日本の作曲家を応援しようということを昔よくやってたんですよ。
今は近頃あんまり考えてなかったんですけど、
久しぶりにワールドカップなんでやってみようかなと思って、
日本の作曲家伊福部明さんをご紹介したような話でした。
で、今日何の話をしようかというと、
ちょっとAIに尋ねてみたんですよ。
クラシック音楽の作曲家として、
一般の皆さんというかクラシック音楽が好きな人じゃない人に聞いて、
人気ランキングを作ってくださいっていう依頼をしたんです。
で、AIが並べてきたやつを、
今日事情があって6人紹介しようと思ってます。
6人以降も10何位ぐらいまで教えてくれてるんですけど、
そこらへんはちょっと軽くにして、
6人ぐらいまでちょっと真面目にご紹介しようという話に今日はしようと思ってるんですね。
第1位に上がった方、
クラシック音楽の作曲家っていうとちょっとどうかなっていう感じはしますけど、
もちろんクラシック音楽にも造形が深い方で、
まあ大人気、一番人気かもしれませんねって思う方が1位と2位でした。
さて誰でしょう。
これ日本の。
日本の方です。
日本の作曲家です。
教授。
素晴らしい。
第一位教授でした。
坂本教授です。
説明不要ですね。
この間なくなられましたけど、
イエローマジックオーケストラの坂本隆一さん。
お好きな方も多いでしょう。
IMOは特に大ファンだという方も多いと思います。
僕は坂本隆一さんのBTTBっていうバカ売れしたディスクがあるんですよ。
僕それぐらいしか持ってないんですけど、
僕は本業でやってるのが自営業なんで、
定年もないですし、めちゃめちゃ忙しいってこともないんですけど、
すごく暇になることもねえなと思っていて、
例えば給料をもらう仕事をされている方で、
定年になったとかで半年何もしなくていいみたいな、
そこから再就職しようかみたいな方いらっしゃるじゃないですか。
そういうポコッと空く時間とかがもしあったら、
坂本隆一のまだ聴いてないディスクを集めるのは悪くないなとすごく思ってましてね。
そんな感じで坂本隆一さん、もちろん興味はあります。
興味はありますけど、イエローマジックオーケストラのディスクは山のように持ってるんですよ。
けど坂本隆一ソロ名義のやつはあんまり何か聴いてなかったりするんで。
ちなみに第2位想像つきますか?
もう第2位が本当に想像がつかないんですけど。
わかんないですか?
今もご活躍中の、もう世界中でコンサートをやるって言ったら満席になる日本の方がいらっしゃるんですけど。
今日も聞きましたよ。
今日?
今日も聞きましたよ。
あ、そうか、伊福部さんも入るってことですか?
伊福部さんではありません。
ああ、こっちですね。
司祭司条さんです。
今日は本編の番組後半で魔女の宅急便と銭湯ヒーローの話を聞きました。
司祭司条さんが2位とAIは答えてくれました。
でもそれも納得の。
そうですよね。
もう圧倒的な世界的な知名。坂本隆一さんよりも世界的にはもしかすると司祭司さんの方が人気も高いのかもしれません。
教授はYMOの一番初めとか確かアメリカで発売してますからね。デビューアルバムとかね。
映画音楽もやってらっしゃる人もそれはやっぱり強いかなと。
坂本隆一さんも自分でも映画出られましたし、俳優さんとしても出られましたし、音楽も当然のように。
たくさん作られてますんで、どっちが偉いとはもちろん言えないんですけど、司祭司条さんは人気ありますね。
指揮者としてはどうなんだろう。映像を見る限りあんまり見やすい指揮ではなさそうな気もしてますけど。
いらん世話ですけど、司祭司条がフルって言ったら僕もそのコンサートで出たいですよ。出してくれないでしょうけど。
演奏家だったらやっぱり出たいですよね。
司祭司条の作品を司祭司条がフルって言ったらやっぱり出たいですよね。
もう一人浮かびましたけど作曲家なのかな。博世太郎さんとかも入ってます。
博世太郎も一応作曲家というか、曲も作られますけど、作曲家というよりはプレイヤーでしょうね。
曲自体は知られてそうですよね。
もちろん曲は世界的に知られてるのかな。
作曲家っていうイメージではないですもんね。
プレイヤーでしょうね、あの方はね。
スタジオジブリの音楽で、司祭司条さんはもちろん大人気ですし、
何か一個でも、千と千尋をパリでやりますとかそういう話でも観客が満員になる方ですからね。
大活躍中ですから、あまりの人気で他が霞むほどです。
教授も司祭司さんも、教授はもう亡くなられて間もない方ということも。
このお二人が、本邸にミニマルミュージックがあるんですね。
ミニマルって知らないっていう方に説明しろって言われたらちょっと困るなって話なんですけど、
一番簡単なミニマルが、ミニマルの起源みたいな音楽があるんですけど、
ずっと同じ音をずっと流してるみたいな音楽があったりして、
それはもう変化がないっていうところを楽しむみたいな。
この音楽がどこが楽しいのよって言われたら、わからないってなるような音楽もあったりするんですけど、
そういう変化の少なさ、変化が極小なことが面白いっていう感じの音楽、ミニマルミュージックっていうのは。
教授とか司祭司さんとかのミニマルミュージックは、そこまで尖り切ってないというか、もうちょっと聴きやすい。
一小節ごとに、これが変わった、これが変わった、今度はここが変わるんだってちょっとワクワクするような作り方がされている音楽がやっぱり多くて。
そのミニマルが根底にあるお二人がこの1位、2位を占めているっていうのが、面白いっちゃ面白いかなと思いましたね。
どうしても実験的な音楽も多いですから、ミニマルって。
この番組の本編では、ご紹介すると事故になりそうな音楽っていうのもありますからね。
なかなかご紹介しにくいというのはちょっと残念ですが、機会があればまたミニマル。
今まで何回か、2回、3回ぐらいミニマル回をやったことがあるんですよ。
で、ごく少数のリスナーさんが喜んでいただきます。
はい、わかります、とても。
あんまりわかんないっていう方がどうしても多い音楽なので、けどまたやりたいもんだなと思いますね。
で、第3位からちょっとだいぶ時代が古くなります。
古くなるようです。AIさんに伺ったやつを今日はお話ししてますけど。
滝連太郎さん。
素晴らしい。滝連太郎さんが第3位です。
やっぱりそうなんですね。
明治12年生まれの方ですね。
この方やっぱすごくないですか。すごくないですかというか、東京にお生まれになるんですけど、
大分県の肘藩っていうのがあったそうで。
別府の、別府湾の向かい側ですね。別府の北側です。北側の向かい側の肘藩っていう藩があったそうで。
そこの家老の家柄だそうで、お父さんが役に。
お父さんはもちろん藩の方ではもう亡くなっていたんだけど、
お父さんはその当時役人さんをされていて、明治12年の段階でですよ。
各地を転々とされる中で、東京で生まれられたということなんだと思います。
多分お金持ちでもあったと思うんですけど。
お父さんのふるさとの大分で高等小学校を出られると、また東京で東京音楽学校に入られると。
当時は日本の歌ってなかった。あまりなかったんでしょうね、おそらく。
だから輸入された歌に無理やり日本の歌詞をつけるみたいな歌曲が多かったということで。
日本にいらっしゃった段階でというか、後の話になるんですけども、海外に出られて速攻亡くなっちゃうんですよ。
だからその音楽学校にまだ在学されていたのか卒業されたのかちょっと僕ははっきりわからないんですけど、
まだ日本にいらっしゃる段階で日本歌曲を作られた。
その頃の代表作が工場の月とか花とか、春のうららの隅田川ですよね。
ああいうのを作曲されたのがこの20歳ぐらいの頃。
22歳で日本で3人目の日本人の音楽家としての留学生になられる。
そういう大チャンスを得られるんですね。
メンデルスゾーンが創立したライプツギヒの音楽院っていうところがあるんです。
今はメンデルスゾーンバルトリー音楽院かなんかって言うんですけど。
そのライプツギヒの音楽院で学ぶことになって、それが23歳の時。
そのライプツギヒの音楽院で学び始めて数ヶ月で肺結核を発症して、
もうやむを得ず帰国されてそのまま亡くなったっていうことで。
亡くなったのが23歳なのに第3位、滝連太郎ですよ。
すごいですよね。何たる損失っていう感じです。
本当です。
それでこれだけ名前が残って、ハトポッポとか工場の月もちろんですけど、
雪やコンコンとかお正月とか、今知らない人がいない音楽をこれだけ残しているっていうところで、
滝連太郎を3位に食い込んだというところですね。
第4位です。少し後輩にあたられます。山田光作という方。
この方も音楽の授業で出てくる方だと思います。
音楽の授業で出てくるところは赤とんぼとか、からたちの花とか、
ああいう日本歌曲の作曲家として音楽の授業で、
たぶん小学校、中学校ぐらいには出てくるのかな。
僕もテストでこの光作の作に竹冠がつくっていうのを、
音楽の授業のテストで書かないといけないから覚えたようなところがあったような気がします。
山田光作の作は竹冠がつくんです。こんな字あるんかねって思いますけど。
たぶんここにフォントで出てるからたぶんあるんでしょうね。知らないけど。
他に何に使うのか知らないけど。
この方が明治12年に生まれた滝錬太郎よりちょっと後輩です。
滝錬太郎さんと比較するとだいぶ長生きされた方で、79歳まで生きておられた。
お金持ちというか、旧福島藩市の家柄だったそうです。
そういう人しかたぶん音楽の道とか当時は進めなかったでしょうけど。
この方も名門東京音楽学校を経てベルリンの音楽アカデミーに留学されて、
赤トンボとかの楽曲を作られたっていうのも素晴らしいんですけど、
何より日本初の公共曲を作曲された方なんです。
本編でみなさん喜ばれたかどうかは全然手応えはなかったんですけど、
けどこんなディスク誰も持ってねえだろうって思う公共曲第一番、勝時と平和って言うんですけど。
これは僕ディスクを過労死で持っておりましたので、
以前本編の方でご紹介したこともありますし、いつでもご紹介できるんですが、
リクエストは来ないんですけども、聞いたことない音楽をかけることもあるんです、本編では。
公共曲を書かれた方であるっていうことと、
すごい苦労して日本に常設のオーケストラを作りたいっていうふうに努力された方ということみたいです。
結果的にあんまり成功には至ってないんですけど、
ちょっといろいろございますみたいな感じの方でもある。
あんまりお金の使い方とかが上手じゃなかったり、
ちょっといろいろといまいちなところがあったりしたそうで、
お金もともとがお坊ちゃんでらっしゃるので、
いろいろございますみたいな感じのことがいろんなところを見ている中では書いてありました。
だから日本にオーケストラを作ったすごい方だっていうふうにはあまり伝わってないんですけど、
作ろうと思って努力されたからこそ今があるのかもしれないですし、
だからそういう意味でも山田光作さんはどちらかというと、
今の日本のクラシック音楽界にすごい大きな足跡を残された方という印象はありますね。
というわけで第4位山田光作さんでございました。
第5位は僕も生きている時代を知っている方ですが、
この方も時間ができたら録音を探索したい方なんですけど、
実際のところ僕ね数えたら4枚ぐらいしかディスク持ってなくて、
実際聴き込んだっていう感じもあんまりなくて、
すごい有名なノベンバーステップスっていう音楽とか、
ビオラが出てくるもんだから、
ストリングアラウンドオータムっていう音楽があるんですけど、
いくつかしかちゃんと聴けてないんですよ。
正直なところまだ苦手意識もあるかもしれないなと思っている方なんですが、
竹光徹という方です。
本編でも一回ご紹介、
水戸さんになってから一回ご紹介しましたよね。
竹光徹という作曲家。
本編ではケーズっていう、
確か竹光の指示では、
12歳ぐらいの少女に朗読をさせろっていう。
はい、おっしゃってました。
僕が持っている録音では、
のんさんがナレーションをして、
たぶんのんさんは20何歳なんでしょうけど、
少女に朗読をさせなさいっていう指示があるケーズっていう、
自分の家族の周りのことを話して、
自分の過去から未来までの時間経過を
たどっていくみたいな。
朗読の内容も含めて、
すごい興味深い音楽だったんですけど。
それもさすがに人気曲ということではないかな。
間違いなく偉大な作曲家なんだけど、
あんまり一般なじみは良くないのかなっていう気もしてまして。
クラシック音楽になじみがない方にとっては、
辛うじてという、僕が知ってるだけなのかもしれないですけど、
黒澤明監督のランっていう映画がありました。
あの音楽を作曲した方くらいかなと思ってるんですけどね。
竹光徹っていうだけで、ちょっと突きづらい現代音楽の方っていうイメージも確かにあるんですけど、
ケースってすごい聴きやすい。
あれはもちろん朗読もあるからさ、詩の朗読もあるから
聴きやすかったというところもあると思うんですけど、
あの音楽とかはわかりやすく作られていたと思うし、
その時にギターのための十二の歌っていう音楽の中から、
ビートルズのカバー、竹光徹さんがギターのために作られた
ビートルズのカバーの音楽をご紹介した気がするんですけど、
あんな音楽も生み出すことができるというか、
そういう守備範囲の広い方のイメージが僕にはありますがね。
僕が定年したみたいな時間ができたら、竹光徹ディスクをいっぱい集めて、
いろんな音楽を聴いてみたいなと思っている方です。
僕は次の順位までご紹介したかったんです。
これAIからたまたま出てきた順位なんですけど。
でもなかなかやっぱりAIちゃんって優秀ですよね。
納得できる。
納得できる。僕もそう思いました。
第6位出てきた方が、第6位までご紹介したくなったのは、
この方が第6位だったからなんですけど、
ヤメイ市にも、僕が住んでいる黒木町にも大変ゆかりの深い方で、
ダン・イクマさんという方が第6位でございました。
ダン・イクマさん、一般的な日本人に尋ねて、
日本人作曲家の人気ランキングを作ってくれと、
AIに依頼して出てきた順位なので、
いろいろ意義がある方もいらっしゃるかもしれませんけど。
納得の。
なりに納得のとは思います。
今録音している福岡県ヤメイ市のラジオ局で、
この音声は収録しているんですけど、
ダン・イクマさんはすごく、
ヤメイ市黒木町というところにゆかりのある、
黒飯あたりにもすごいゆかりのある方なんですよ。
第6位のダン・イクマさんまではご紹介したいと思って話してきたところなんですけど。
それで6位だったんですね。なぜ第6位なんだろうっていう。
霧は悪いですけど、ダン・イクマは寄っときたい。
何があったかというと、
毎年黒木町大富士っていうのがありまして、
大富士って神社の境内が一面富士の花っていう神社があるんですよね。
その大富士の季節が終わった5月中旬に、
ダゴジル記っていう文化連盟の皆さんが段取りして実施されるんですけど、
以前黒木町の文化連盟の会長をされていた吉村さんという方がいらっしゃいまして、
第2次大戦の従軍期に同じ隊にいらっしゃって、吉村さんの方が偉かったらしいんですよ。
僕にとっては黒木町の八百屋さんのおっちゃんなんですけど、
従軍されていたときは、
招待長さんだったかなんだかで、その招待にダン・イクマさんがいらっしゃったみたいな話なのだと思います。
それで親しくなられて、その後何度か黒木町にお越しになってるんですね。
お越しになったときの話をダン・イクマさん、字も書かれるというかテキストも書かれる方で、
パイプの煙っていうエッセイがあるんですけど、そのエッセイにもこの黒木町のことが書かれていて、
黒木町に来られたときにダゴジルっていうこの地の有名な食べ物があるわけなんですよ。
三戸さんはもちろんよくご存知だと思いますが、お味噌汁の中にあれはどうでしょう。
団子が入っていればもうダゴジルですかね。
団子が入っていればダゴジルです。
小麦粉を練ったものがビロンって入ってる感じ。
うどんの代わりにですよ、みたいな。
で、基本はお味噌の味がする。お味噌汁の味がする。
で、いろいろ入れるものがあるんですけどね。
ダン・イクマさん、そのダゴジルがおいしかったということで、
もう毎回来られたらダゴジルが食べたいとおっしゃっていたそうで、
ダゴジルの歌っていう歌も作っていただけてるんですよ。
で、いまだに毎年ダン・イクマさんの、
ごめんなさい、大富士の季節が終わった5月中旬にダゴジル聴いていう話だけしましたが、
その時はダン・イクマさんの日がその富士の花の下にありまして、
その日の前で、その日に記念日ですよね。
記念日にダゴジルをお供えして、で、みんなでダゴジルを食べるという日になっておりまして、
5月の、今年何日だったっけ、10何日ぐらいにあるんですわ。
で、その日をちゃんと、何に載るかな、やめし広報とかに載ると思うんですが、
ニシンポン新聞ニュースにも載ってたかな。
それ開催後でしょ。
開催後です。
開催前にちゃんとチェックして、現場に行って、
ダゴジルの歌とかは小学校5年生、6年生ぐらいが歌ってくれるので、
それを聴くぐらいの動力でダゴジルがいっぱい無料で食べられる。
結構3倍ぐらいおかわりできますんで、
大変お得ない。
それは二の次ですが、けど大変おいしいダゴジルが、
文化連盟の女性の皆さん方が用意してくれるという大変お得なイベントになって、
たたぐいできますんで。
事情が許す方は来てみられればいいかなと思いますね。
時間なくなってきてますね。
6位までご紹介したもんですが、
5位ぐらいまでにしようかと思ったら6位に第1位までいらっしゃった。
そうですね。
これ以降も何人かいらっしゃるんです。
今日本編でご紹介したい福部彰さんも第8位にいらっしゃいます。
ゴジラが有名って書いてありました。
間違いないですね。
そういう感じの。
あとね、まだご紹介したい方は小関裕二さんとかね、
芥川靖さんとか。
芥川靖さんは、水戸さんはもう覚えてないかな、どうだろう。
僕が子供の頃とかは芥川靖さんとか頻繁にテレビに出られててね。
そうなんですか。テレビのイメージはないので。
そうですか。ものすごいダンディーなおじさんで。
まあまあ、ハイソサイティのおっちゃんな感じですよ。
そんな感じで。
まあまあ、ほんと俳優さんみたいなかっこいいおっちゃんでしたんでね。
覚えてますけどもね。
そんな感じで日本の作曲家のお話をしました。