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#51_街角のラブソングがコンサートホールの名曲になるまで~本編:チャイコフスキー『弦楽セレナーデ』ほか
2026-10-09 25:23

#51_街角のラブソングがコンサートホールの名曲になるまで~本編:チャイコフスキー『弦楽セレナーデ』ほか

#51_街角のラブソングがコンサートホールの名曲になるまで~本編:チャイコフスキー『弦楽セレナーデ』ほか


番組へのメッセージはこちらへ。

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Spotifyでお聴きの方は★の評価もおねがいします。


() オープニング&3大弦楽セレナーデの時代、なにを突然「弦楽セレナーデ」っていうジャンルが生まれたのか

() セレナーデは王子様のラブソング!?

() アイネクライネナハトムジークのあの均整の取れた構成の理由!?

() 王子様が連れている楽隊は弦楽器じゃないほうがいいだろうか?

() いわゆる「3大弦楽セレナーデ」の作られた順番とその前の弦楽セレナーデを「発明」した人

() 【脱線】参加した4回の定期演奏会のうち3回が弦楽セレナーデだったはなし

() 【脱線】毎年同じ楽曲をやる演奏会も面白がって聴いてほしいはなしとか

() あえて弦楽器を使ったセレナーデがどうして「流行」ったのか、古代のセレナードから3大セレナードまでつながった思い

() チャイコフ弦セレ冒頭の一番弦楽器が響く和音、そのリフレイン、そしてもう一度~ステキなので聴きに来て~エンディング

【本編で取り扱った音楽】

メイン

J.S.バッハ 2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV.1043 より 第1楽章E.グリーグ 2つのノルウェーの旋律 より 第2曲 牛寄せ唄と足踏み踊りG.ホルスト セント・ポール組曲 より 第1曲 ジーグ コーナー:ディスカバー・ザ・クラシックス

F.メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64 より 第1楽章

メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 / アンサンブル プラネタ


番組後半の音楽

F.メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64 より 第2楽章

F.メンデルスゾーン ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64 より 第3楽章


お別れの音楽 ZONE / アイオケ


【その他のリンク】

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きらきらミュージックBOX | fmyame

このポッドキャストは水曜日のきらきらミュージックBOX【クラシック音楽】のアフタートークをポッドキャストとして配信しております。 ⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.fmyame.jp/%E8%A4%87%E8%A3%BD-%E7%95%AA%E7%B5%84%E5%86%85%E5%AE%B9%E3%81%8C%E3%81%BE%E3%81%A0%E3%81%99⁠⁠⁠⁠⁠⁠


コミュニティFM放送局、FM八女「きらきらミュージックBOX」でクラシック音楽を中心にお送りしている水曜日のコンビ、クラシックの解説をする担当「まつお」とそれを聞く担当「みとみと」でお送りする番組。フリートークがやりたくてラジオやりはじめたはずのまつおが、番組内容に余裕がなさすぎてフリーに話す時間がなくてやってるアフタートークを聴きやすく軽く編集したものです。

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「八女ラフラマナマナ」

この番組の前身になる番組タイトルで、まつおが気に入ってたんですがわかりにくいという判断で現在のタイトルに修正されました。

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まつお:松尾隆志:FM八女の市民パーソナリティでクラシック音楽の解説担当。番組「きらきらミュージックBOX」はすでに10年を超える長寿番組である。本職は写真屋さんで、写真を持っていないシニア層が多いのを心配していて、有償無償でそんなみなさんの撮影をやってる。ヴィオラを演奏し、単独での演奏、演奏付きの撮影会などを精力的に開催、2つのオーケストラに所属。

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みとみと:今村美都:FM八女スタッフでクラシックの番組ではまつおの解説を聞く役。がん患者・家族向けコミュニティサイト『ライフパレット』編集長を経て、2009年独立。がん・認知症・在宅・人生の最終章の医療などをメインテーマに医療福祉ライターとして活動。日本医学ジャーナリズム協会会員。『「不」自由でなにがわるい 障がいあってもみんなと同じ』を上梓。

⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.shinnihon-net.co.jp/child/product/9784406068703-----⁠⁠⁠⁠⁠⁠


FM八女:福岡県八女市を放送エリアとするコミュニティFM放送局。自局放送は、午前の音楽番組『きらきらミュージックBOX』午後のワイド番組『がまだすワイド801』を中心として構成している。このPodcastは水曜日版の『きらきらミュージックBOX』のメンバーが出演しています。---


八女市について(福岡県で暮らす|福岡県プロフェッショナル人材センター ⁠⁠⁠⁠⁠⁠https://www.projinzai-fukuoka.jp/flive/flive_yame.html ⁠⁠⁠⁠⁠⁠サイトより)八女市は、平成18(2006)年10月1日に上陽町、同22(2010)年2月1日に黒木町、立花町、矢部村、星野村と合併し、 福岡県内で2番目の面積を有する広大な市となり、現在に至っています。福岡県の南部、福岡市から南へ約50kmに位置し、北は久留米市、広川町、 うきは市、西は筑後市、みやま市、南は熊本県、東は大分県に接しています。八女丘陵には岩戸山古墳をはじめ多くの古墳があり、 仏壇・提灯・手すき和紙などの伝統工芸品や、ブランドとして名高い八女茶・電照菊・イチゴなどの農産物が豊富です。

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サマリー

久留米室内管弦楽団の演奏会で取り上げるチャイコフスキーの『弦楽セレナーデ』を軸に、セレナーデの起源と変化を語る。夜に誰かへ届ける求愛の歌だったセレナーデが、宴会やパーティー向けの自由な器楽曲へ広がり、モーツァルトの時代には『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』もその一種になった。弦楽セレナーデでは、フォルクマンやロベルト・フックスを経て、ドヴォルザーク、チャイコフスキー、エルガーへつながる成立史を紹介する。演奏会で同じ定番曲を再演する面白さにも触れ、最後にチャイコフスキー作品の冒頭の響きとリフレインの魅力を勧める。

セレナーデの起源と王子様の求愛歌
今日の曲について、もうちょっと話したいんだわ。 この番組は、FM辞めの朝の音楽番組 キラキラミュージックボックス クラシック音楽の水曜日で語りきれなかった部分を、ポッドキャストでお届けするアフタートークです。
お相手は、松尾隆と、美兎美兎こと今村美兎です。 それでは、もうひとつ先へ、いってみましょう!
今日、番組本編ですけど、久留米市民じゃない、久留米室内管弦楽団というオーケストラの弦楽合奏のコンサートのプログラムをざっくり振り返るというか、まだこれからあるコンサートですけど、ざっくり皆さんに聞いていただくという番組でした。
一応、メインとしてご紹介したのが、チャイコフスキーの弦楽セレナーデというのを演奏するものですから、そちらを時間の半分ぐらいは聞いていただいたんですけど、第一楽章だけ聞いていただいたんです。
非常に有名な曲です。さっき本編でも言いましたけども、チャイコフスキーとドボルズアークとエルガーという3種類の弦楽セレナーデっていうのが3台とか言われました。他にもいらっしゃるんですよ。他にも弦楽セレナーデって書かれた方。
ドボルズアークさんの娘さんのお婿さんに、スークっていう作曲家がいるんですけど、その人も有名な弦楽セレナーデを持っていたりします。
この弦楽セレナーデっていうのを、今有名な人だけでも3,4人いるわけじゃないですか。なんでそこで急に、急にというか、弦楽セレナーデっていうものが生まれたのかしらって思ったわけなんですよね。
公共曲っていう風にこういう形式ですっていう決まりがある風にもあんまり見えないので、この弦楽セレナーデっていうのは一体何なのかしらというのをちょっと話してみようと思うんですね。僕もなんとなく知ってたんですけど、あんまりちゃんとは知らなかったんで。
もともとのセレナーデの話をしますけど、セレナーデってなんとなく聞くじゃないですか。情熱熱風セレナーデって誰の歌でしたっけ。マッチかなんかでしたっけ。知らない。近藤雅彦さんかなんかの歌で。
そういうので、なんとなくセレナーデっていうのは多分音楽のやつだろうなって、どういう音楽か知らないけどっていうぐらいのイメージはあるかなと思うんですけど、元は夜に演奏するっていうイメージが強かったみたいで。
で、典型的なイメージとして、王子様が町にお忍びでお散歩に行かれます。素敵な女性を見つけました。素敵な女性を見つけて後をつけてもいいけれども、そんなはしたないことを王子様がされるわけにもいかないので、町の人にあの素敵な女性はどの方だいっていう。
あそこの公爵の娘様ですよっていうような話を聞いてきたことにでもしましょうか。王子様はどうされるかというと、一旦お城に帰られます。一旦お城に帰られまして、雇っている演奏者、楽団員さんたちを皆のものをついてまいれと。楽器は出して持っていくんだよって言って楽団を連れて行きます。
夕方、その公爵様のお城に着きますと、楽団員に演奏させます。
で、「おー素敵なお嬢様。」って王子様を歌います。っていうのがセレナーデです。
それが一番セレナーデのイメージ。僕はもう昔からそのイメージでセレナーデですかって。
なんか月夜のみたいな。
王子様が夕方歌ってるやつですねって。その日に街で見かけた公爵でもなんでもいいですけど、お嬢様の私の妃になってくれみたいな歌を歌うんでしょう。
そういう歌を歌うのがセレナーデなんです。そういうのが一番古い時代のセレナーデのイメージなんじゃないかなと僕は思ってるんですけど。
夜で重要なファクターとして、誰かのために演奏するっていうのが大事みたいです。
夜誰かのために。さっきの場合は公爵のお嬢様のために演奏する、歌うでもいいんです。
で、演奏会のためじゃない。演奏会はたくさんのお客さんのためになんでしょうけど、誰かっていたほうがいいみたい。
セレナーデって。だから情熱熱風セレナーデなんだろうと思うんです。
知らないかもしれないけど、覚えてないかもしれないけど。
聞いたらわかりますね、きっとね。
モーツァルトと『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』
演奏会中よりは生活の中の音楽だったって思ったほうがいいと思うんですよね。
それがだんだん広がっていくんです。
で、恐怖求愛の歌だったじゃないですか、さっきね。
それが屋外の宴会とかお祝いとか、パーティーでもいいですけど、そんなので演奏する音楽っていうふうに展開していって、
で、歌が入ってなくて気楽だけの曲もセレナーデって呼ばれるようになっていって、
モーツァルトぐらいの頃はだいぶこなれてきてというか。
実際ね、有名な曲があります。アイネクライネナハトムジーク、あれとかも種類としてセレナーデってされています。
ラブソング、男が窓の下からおーって歌うラブソングという原型からは、
モーツァルトの時点ですでに遠いところまで来ていたと思っていいと思うんですけどね。
ちょっといろんなパーティーみたいなイメージのところで、肩の力を抜いて楽しむための音楽って、
あんまり堅苦しい決まりもありませんようのセレナーデっていうのが、その頃のモーツァルト時代までのセレナーデだったと思っていいと思います。
これがね、説明があれなんですけど、アイネクライネナハトムジークが、今の公共曲みたいな、すごい琴声の取れた構成をしているものですから、
こんな琴声の取れた構成をしていないといけないんじゃなかろうかっていう風な方がいかねないと思うんですけど、
アイネクライネナハトムジークって、楽章が1つとか2つとか、何個か抜けてますからね。
ごめんなさい、僕、ちゃんと調べてくるの忘れてましたけど。
確か一番初め5楽章だったんじゃなかったかな。で、1個抜けて今の形になって、その抜けた今の形がめちゃくちゃ琴声が取れてるんですよ。
はじめ第1楽章らしい第1楽章があって、第2楽章らしい第2楽章があって、第3楽章らしい第3楽章を経て第4楽章らしい第4楽章に至るっていう、非常に琴声の取れた形になってるのはあれ偶然ですから。
もともとはそうではなかった。
もともとそうではなかったはずなんですよ。もっと自由に作られていたはずのものから、誰かが作ったとか誰かが外したとかいうことも多分ないと思うんですけど、
1個抜けて、偶然めちゃくちゃ琴声が取れた音楽になっているっていう流れがあるんですか。
今回はその話ではないので、このくらいにしておきますけどもね。またその話できるときは検証してこようと思います。
すいません、ちゃんと調べてないことをお話しましたけど。
弦楽器で演奏するセレナーデの成立
原楽セレナーデ
原楽セレナーデのセレナーデっていうのは、さっきも王子様は楽隊を連れて行ったじゃないですか。
お嬢様の窓の下で歌ってるでしょ。
先週話した話なんですけど、管楽器がいいですよね。外だから。
原楽器は先週話した話ですけど、公演みたいなところで原楽器弾いてるかわいらしいお嬢さんのイメージとかあるかもしれませんが、
公演みたいなところで原楽器弾いても、はっきり言って音が小さくて誰も聞こえないみたいな演奏になっちゃいます。
だから公演で練習してもあんまり邪魔にはならないと思います。ただ公演でトランペットを吹くとうるせえです。
公演でトランペットを吹くとうるせえので、トランペットは河川敷か何かに行ってほしいなと。
要するに管楽器の方が音が通るんですよ。
だからセレナーデ、王子様はやっぱり管楽器の楽団を連れて行った方がいいんじゃないかっていう話。
むしろ音はたくさん飛びますし、お嬢様の耳にもたぶん届くでしょう。
歌の方が届かないかもしれないっていうぐらいの。
歌がかき消されてしまう可能性はある。
かき消されてしまう可能性はあるけれどもね。
要するにセレナーデっていう言葉そのものには全然原楽器で演奏するっていう意味はもともとなかった。
後になってモーツァルトぐらいの時代にアイネクライネスのナートムジークみたいに原楽器で演奏するセレナーデっていうのがジャンルとして可能になってきたというか。
室内で演奏するセレナーデもあっていい話にその時点ではなってるものですから。
たぶんそういうことなんだろうと思います。
そうですね、アイネクライネスナートムジークをセレナーデの代表というのもちょっと違うような気も僕はしていますが。
その後の原楽セレナーデなんですね。チャイコフスキーの原楽セレナーデっていうのは。
今日聞いたやつね。
フォルクマンから三大弦楽セレナーデへ
チャイコフスキーの原楽セレナーデとドボルズアークの原楽セレナーデとエルガーの原楽セレナーデが今は一番有名な原楽セレナーデトップ3みたいに皆さん思われてるんだろうと思います。原楽セレナーデっていうジャンルをご存知の方はね。
これ歴史的に作曲された年代で並べるとドボルズアークが一番初めなんです。
ドボルズアーク、チャイコフスキー、エルガーっていう順番なんですね。
この原楽セレナーデっていうのはさっきから自由な形式のとか、必ずその他形式じゃないとダメですよとかいうこともあんまりないし、原楽セレナーデと名乗っている以上原楽器のために書かれてるんですけど、それ以外がほとんど自由なんですよ。
高級曲みたいにこういう決まりで作られたものが高級曲であるっていう形式として決まっているものみたいな厳格な器がないというか。
結構自由ないくつかの楽章の作品ぐらいの意味合いでしかないわけなんですよね。
それを一番初め、その3つの一番初めに作ったドボルズアークが発明したのかしらってどうしてもなるじゃないですか。
モーツァルトからはもう結構な年代が経ってる。
そこに誰が影響して原楽セレナーデっていう文化がその19世紀の時点でできたんだろうって思ったときに、ちょっと調べたらロベルト・フォルクマンっていう、多分誰、僕は全然知らなかったです。
知らない人が多いんじゃないかなと思うんですけど。
そうですね。ワーグナーぐらい。ワーグナーとリストぐらいの年代の人です。
シューマンよりちょっと若い。ブラウムスよりちょっと年上っていう。
ブラウムスはドボルズアークの先生というか、ブラウムスがいたからドボルズアークがいるぐらいは恩人なので、だからそのくらいは年代が離れてる。
ちょこっと年上の感じ。
そうですね。クラシックの世界で言えばほんとちょこっと。
そうですね。19世紀のロマン派のど真ん中ぐらいの方なんですね。
当時はちょっと有名な作曲家だったと思ってください。今は少なくとも日本ではほとんど知られてないと思います。
このフォルクマンっていう人が、俺が発明したって言ってるみたいなんですよ。原楽セレナーデっていう自由な形式の原楽合奏のための多楽小曲。
自分の発明だっていう記録を残してるらしい。
一応決まった方という方があったらあんな自由にはなってないだろう。それでも一応原楽セレナーデっていうお手本をフォルクマンさんが発明した。
フォルクマンさんはおそらくドボルズアークさんが知っていて。
もう一人、もう何人かわかんない。少なくとも一人、原楽セレナーデって名のついた作品を残してるみたいです。
その二人ぐらいをドボルズアークが少なくとも知っていて。これも記録としてベルリンフィルだったっけが演奏したとかいう記録があるそうです。
フォルクマン原楽セレナーデ。僕はどういう曲かも知らないですけど。
ということはドボルズアークの耳に入っている可能性もあるわけなんですよね。
俺も作ろうってなったのが、だからドボルズアークの、今の今日はお聞かせできなかったんですけど、
ドボルズアークの原楽セレナーデっていうのがフォルクマンの真似というか、フォルクマンみたいな作りでできたドボルズアーク。
その後、それがおそらくロシアに渡ったというか、ジャイコフスキーは頻繁にヨーロッパ側にも来ていたはずなので、
それでジャイコフスキーの耳に入って、俺も2クロで原楽セレナーデを作った。
その後、エルがどうやって耳に入ったかわかんないけれども、俺も2クロで。
もしかしたらイギリスでその楽譜が伝わってきて、イギリスで演奏されたのかもしれないというような話かもしれませんけど、
そこら辺がどういう電波していったのかわかりませんが、
間の人の名前も今ここにフォルクマンっていう人が、俺が発明したって書いてある原楽セレナードっていう、
改めて再発明したセレナードであるって言って、フォルクマンが1869年から1871年頃にかけて何曲か書いたって書いてあります。
その後、ロベルト・フックスっていう人が原楽セレナーデを、これが1874年です。
その翌年、ドヴォルズアークがビッグネームの原楽セレナーデを書く。
だからドヴォルズアークが、三大原楽セレナードは確かにドヴォルズアークなのだけど、
突然原楽セレナーデっていうのをドヴォルズアークが思いついたわけではないという話なんですね。
直接お手本にしたかどうかはわかんないんですけど、フォルクマンの作品がすでにあって、フックスも書いていて、
1875年の時点で原楽セレナーデ、僕もツークローでできたっていうようなっていうのが、どうやら自然っぽいわけなんですね。
1880年だから原楽セレナードっていう新しいのを作ったぜって言った10年後ぐらいですね、大体ね。
その頃にチャイコフスキーの、今日聞いたやつがありまして。
その少し後にエルガーができるっていうようなのが、この3曲が同じ原楽セレナーデって呼ばれてるんですけど、
全部、全然構成も違うんです。楽章数も違う。
エルガーは確か3楽章構成で、チャイコフスキーが一番近世が取れてるっていうんですかね。
4楽章構成ではあります。
ホルザーク5楽章構成だったっけ。本当に素晴らしい音楽なんです。
ワルツとかスケルトとかね、いろんな音楽を並べて楽しむっていう、
昔のセレナードと同じようなイメージで作られている感じではあると思いますね。
それはもう本当に、フォルクマンさんよくやったっていうぐらい、
定番曲を繰り返し演奏する楽しさ
さっきも言ったじゃないですか、原楽セレナーデ、僕がクルメ室内歓迎楽団に入ってさ、
4回演奏会、今日までで4回演奏会に出てるのに、そのうち3つが原楽セレナードなんですよ。
一番初めエルガーやって、その次の年がドボルザークやって、
去年を開けて、去年を開けたのはベンデルスゾーンのシンフォニアっていう、
ちょっと小さめの高級曲があるんですよ。
1回挟んで、今年チャイコフスキーでしょ。来年からどうするんだろうね、本当にね。
原楽セレナードの有名なやつなくなっちゃったじゃんっていう感じですが、
なんとかするんでしょう。分かりませんけど、54回も続いて、
世紀以上在籍されている団員さんもいらっしゃるんですよ。すごいですよね。
でもそういうことですよね。
そうですそうです。歴史の中でそういう時はどうしてきたかっていうのが多分皆さんお分かりなんでしょう。
僕はまだまだ4年程度のペーペーなもんですから。
54回のうち何回くらい出てきてるんでしょうね。
多分いっぱいあると思いますよ。
そうですよね。
けど去年もだったじゃんってどうしてもなるんですよ。
4年前にもうエルガーやってたのにまたやんのみたいな話になるのもねっていう感じ。
クラシックって毎年同じものをやってもそれはそれで素晴らしいみたいな。
それはそれでなんですけどね。クルメ大工とかそうだと思いますよ。
そうですよね。
去年とどこが違う。クルメ大工、ごめんなさいもうちょっとまた脱線するんですけどクルメ大工ってね。
毎年同じ音楽をやるじゃないですか。
毎年違うんですよ。やってることが。
やってること、我々がやってることがイメージが違うんです。
今年はこうしようぜって。今年はこうしよう。
今年のこの部分はこうするべきだっていうようなのを毎年記者の先生が変えてくるから。
だからやってる方が面白いんですけど聞いてる方に伝わってるとすごく楽しいんじゃないかなと思うんですよね。
だからもうクルメ大工とか本当に毎年聞きに来てほしいなと。
それとは別としてやっぱりプログラムってなると、
4年に1遍くらいやってもいいかとは思わんじゃないですけどね。
あそこは原セレばっかりやってるなって。
定番曲の楽しさってありますよね。
原セレばっかりやってるなってならんかなとは思うんですけどね。
だからプログラムとか考え始めると、5年前やったじゃんみたいな話になるんですよね。
クラッシックファンの定番と定番でない両方を聞きたい思いってあるじゃないですか。
それも兼ね合い難しいですね。
そういう意味ではね、今年定番でないグリーグの2つのノルウェーの戦慄っていうのは定番でない担当ですね。
あとはもうね、バッハのドッペルにしても、ホルストのセントポールにしても、
チャイコフスキーの原セレにしても、
まあ土定番の音楽が3つの中に、ちょっと短い10分くらいの音楽なんですけど、
そのグリーグの2つのノルウェーの音楽っていうのは、
まあまあおすすめのコンサートだとは思っております。
また脱線しつつある。
チャイコフスキー作品に受け継がれた聴き手への音楽
なんで原楽をあえてフィーチャーしたか、原楽セレナードっていうジャンルが、
なんで原楽器だけをフィーチャーしたのかっていうのが理由があるかと言われるとちょっと難しいところですけど、
やっぱ原楽器の幅広さというか、そこと身軽さと言っていいんでしょうかね。
ヴァイオリンからコントラバスまで並んでると、やっぱり管楽器のない気軽さっていうところを、
たぶんその3人の人たち、3人の人たちというか3代の3人とどうしても思っちゃうんですけど、
発明したフォルクマンさんとかも思ったのかなっていう感じですよね。
新たな、全然昔の王子様の求愛のための音楽だったセレナードっていう音楽が、
モーツァルト時代にもうちょっと気軽な気楽曲っていうような、ザーッとして何でもいいよって、
別にワルツが入っててもいいし、速い曲が入っててもいいしみたいな、何でもいいよの音楽になって、
それをワンセットにしようねっていう曲になった後に、
19世紀になってフォルクマンっていう人が再発明したっていう中で、
チャイコフスキーの弦楽セレナーで全部演奏すると30分ぐらいあるんですけど、
窓の下で30分やるっていう音楽というよりは、弦楽器の演奏会のために作られた音楽で、
それが王子様の時代からチャイコフスキーの時代、現代に至るまでつながっているところがあるとすれば、
たぶん演奏会の形にはなったけれども、誰かのために気持ちよく聴いてもらう音楽っていうのが、
それだけが連綿とつながっていて、内容自体は全然変わっているっていうような話なのかなと思ったというような、
そんなことを今日は話そうと思ったところでしたね。
チャイコフスキーの弦楽セレナーってさっき本編の中でも話したんですけど、
一番初めのすごい重厚なテレビのCMとかでもね、クックドゥーでしたっけ。
その印象が。
クックドゥーとか、大神寺大神寺の人材派遣の会社とかあんなところでもよく流れてくるぐらい有名な、
弦楽器が一番響くコードなんですよ。
だから弦楽器のために書かれているっていうのが、あのコードを聞いただけでもわかるぐらいの、
本当に素晴らしいテーマで始まるんですが、
あれをね、第一楽章の中で、今日第一楽章だけ聞いたんですけど、
第一楽章の中で一番始めと一番最後ぐらいに、一回リフレインする。
もう一回出てきた、あのかっこいいやつもう一回出てきたってなるっていうのと、
最後まで聞いていただくと、多分もう一回出てくるのに気づかれると思います。
言わない方が楽しかったのかもしれないけども、一応ネタバレっぽく言ってしまいましたけども、弦楽セレナーデね。
僕はチャイコフスキーの弦楽セレナーデがね、好きでね。
久しぶり、もう本当に僕演奏するの何年ぶりでしょう?
多分30年ぶりぐらいです。
すごい久しぶりに演奏します。確か何回目かな、4回目ぐらいかな。
大変、もう僕はこの曲を演奏するために生まれたとまで言えるぐらいの素敵曲なので是非。
もう聞きに来てくれとは、
ポッドキャストの皆さんに聞きに来てくれと言ってもしょうがないですが、
皆さんのそばの音源でチャイコフスキーの弦楽セレナーデを是非聞いていただきたいと思います。
というわけでございます。時間が過ぎちゃいました。ありがとうございました。
ありがとうございました。
皆様からのメッセージは概要欄においておりますフォームからお寄せください。
またそれぞれの配信サイトでの高評価やチャンネル登録もお願いいたします。
それではまた来週あたりお会いしましょう。
25:23

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