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#022 NHK「ばけばけ」から戸籍の歴史を振り返る
2026-03-16 34:30

#022 NHK「ばけばけ」から戸籍の歴史を振り返る

ふだん広報・PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、身の回りの日常のあれやこれやについて、広報PR視点も少し織り交ぜつつ、脱線しつつ雑談する番組です。

NHKの朝ドラ「ばけばけ」のエピソードから戸籍の話。なぜ「バツイチ」という言葉が生まれたのか? という身近な疑問から、話は明治時代の国家戦略としての「家制度」へと深掘りしていきます。実は、戸籍は意識改革が目的のひとつであるという話も。


参考)「戸籍の日本史」(インターナショナル新書)https://amzn.asia/d/0bzgIPgu

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サマリー

このエピソードでは、NHKの朝ドラ「ばけばけ」をきっかけに、戸籍制度の歴史とその背景にある日本の社会構造について掘り下げています。番組では、戸籍が単なる行政記録ではなく、国民を「家」という単位で管理するシステムであり、特に明治時代には国家戦略として国民意識の統一や近代化のために「家制度」が導入されたことが解説されます。戸籍制度は、天皇を中心とした大きな家に見立てた国民国家の形成を目指す思想と結びついており、個人の管理だけでなく、国民の精神や道徳観念の形成にも影響を与えていました。また、「バツイチ」という言葉の由来や、夫婦別姓問題の根底にある家制度の名残についても触れられています。戦後、家制度は法的に解体されましたが、その価値観は戸籍制度を通じて現代にも影響を残しており、家族や家に対する日本の根深い価値観が、制度変更の議論に影響を与えていることが指摘されています。ドラマのエピソードでは、外国籍の人物が日本に帰化する際の選択肢とその葛藤が描かれ、個人の生きがいと家族の絆、そして国家への帰属という複雑な問題が提示されています。

00:00
どうもこんにちは、やじまです。 こんにちは、ほそやまです。
さあ、本日も始まりました、やじま・ほそやまの桶屋ラジオ。
こちらの番組は、普段広報PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、日常のあれやこれやについて広報PR視点も織り交ぜながら、雑談する番組です。
はい、よろしくお願いいたします。
戸籍の話のきっかけと「バツイチ」の由来
今日は、戸籍の話をしようと思うんですけど。
戸籍の話ですか。
はい。今、NHKの朝ドラで、「ばけばけ」っていうドラマをやってるんですけど、ご覧になってます?
見ておりません。すいません。
見てないですか。
いやいや、全然。今回のクールは、ラフカリオ・ハンテ・小泉悪夢さんをモデルにしたドラマになっていて、
最初に明治の時代に、おかかい外国人というか、英語教師として日本にやってきたラフカリオ・ハンテさんが、日本に滞在して本を書いたりとかしつつ、英語教師をやって、
島根に、松江に滞在してたんですけど、そこで出会った女中さんというか、お手伝いの女性と結婚して、
日本人に帰化することを選んで、その中で、外国人と日本人が結婚するって、やっぱり当時まだ全然一般的でなかったし、
そういう偏見だったりとか、家長というか、監修みたいなものとの圧力みたいなものだったりとか、そういうのを描いているドラマなんですけど、
ちょうど今週、ラフカリオ・ハンさんと、ドラマの中でおときさんと呼ばれている奥さんの間に子供が生まれて、
で、実はそれまで、ハンさんとおときさんの間には、婚姻関係なかったんですけど、子供が生まれたことで、これなんか席入れないといけないよねっていう話になって、
で、その戸籍というか、婚姻関係を結ぶって、手続きを取るために結構大変な思いをするっていうエピソードが今週だったんですけど、
やっぱりその戸籍って、単なる行政上の記録っていうだけじゃなくて、日本人であることの証明だったりとか、それによって得られるメリット・デメリットみたいなものがあったりするのが、実は結構難しい話。
でもなんか、実は戸籍にまつわるニュースって結構多いですよと。
例えば、タレントさんが入籍しましたとか、離婚しましたとか、今でいくと夫婦別姓問題とか、実は結構戸籍が密接に絡んでいる話が多くて、でも実はみんなあんまりよく知らないじゃないですか。
うん、知らないですね。結婚するとか離婚するとかは、確かに籍が移り変わるタイミングっていうのはわかりますし、ただ確かに子供ができた時って、その結婚した後だから、なんかその時ってあんまり深く考えないというか、
出生届を出して子供をあげましたって、なんかそれが普通の家族の接続くらいにしか思ってなかったですけど、確かに籍を入れてないときにお子さんできたときに、どうするのかとか。
じゃあ結局どっちの家に入るんだって話になるじゃないですか。
確かに。
結論から言うと戸籍っていうのは家を単位にして、その国民を管理するシステムなんで、なんで夫婦別姓とかも、今問題になっているのは夫婦別姓にするのはいいんだけど、じゃあ子供の性ってどうするのっていう話が、それをどう管理するのかみたいな話もつきまとうわけですよね。
そうか、同じ性であることイコール同じ世帯みたいな考え方をずっとしてきたから。
あ、そうですそうです。で、その家の識別子というか、その管理する単位が性っていうか苗字というか、厳密に言うと宇字、宇字って書いて、宇字っていうのがその家を管理するその単位。
一世帯みたいな。
細山家っていうのは細山という宇字で、世帯を管理するというか、個人を管理するっていう、識別子のキーなんですよ。
で、さっきその入籍とかの話が出ましたけど、その入籍っていうのも、実は厳密に言うと入籍じゃないんですよね。
というと。
その夫婦が結婚するときって、その今もともといるその実家の籍を抜けて、新しく戸籍を家が作るんで、家っていうか宇字ができるんで、入籍じゃなくて新しく籍ができるんです。
あ、なるほど。新しくそっか、できるのか、どこかに入るわけじゃなくて。
入るわけじゃない。まあ養子とかだったら入籍ですけど。
そっか、そういうことですね。
新しく戸籍ができるんで、入籍ではないし、あとよく何か罰位置とかって言うじゃないですか。
罰位置っていうのも、要は何か離婚すると戸籍に罰点がつくから、みたいに言われるんですけど、
あれは厳密には、結婚を機にもともと家にいる実家の籍から抜けて、結婚する人はのきなみに罰点つくんですよ。
あ、そういうことか。
紙で戸籍が管理されてたときに罰点がつく。
この人は、じゃあ実家の籍抜けて新しい籍に移りますよと。
この人は、もうこの実家の家の戸籍にいないですよねって言うので罰点つく。
で、そのときに罰がついて、みんな結婚するときには基本的に罰がつくんだけど、
でも、離婚すると元の戸籍に戻るわけですよね。元の実家の戸籍に戻って、
もともと結婚を機に罰がついたところに、罰がついた自分の名前の横に、もっかい自分の名前が戻るんですよね。
あ、そうなんですね。そのとき罰は消えないんですか?そのまま?
記録としては残るので、なので罰一位なんですよ。
じゃあ、結婚してる人もやじさんも罰一位なわけですね。
厳密に言うとそうですね。
そうなんだ。それは知らなかったです。
ただ、元の名残りとしては戸籍というのが紙で管理されてて、
じゃあこの人、入籍というか結婚したんで、籍抜けるんで一旦罰しましょうよというので、
記録上抜けましたっていうログのために罰点つけてて、
でも離婚したんで、また元の戸籍に戻ってきたんで、その罰の隣に元々の名前を書くっていう。
あ、そうだったんですね。
はい。
知らない。
戸籍制度の歴史的背景と明治時代の国家戦略
戸籍にまつわる、なんかこう小話というのが結構多くて、
で、なんで僕がこんなに戸籍に関心があるかっていうと、
ちょうど年末年始に戸籍の日本史っていう本を読んで、めちゃくちゃ面白いなというので、
ちょっと勉強というわけじゃないですけど、ちょっといろいろ情報を仕入れてきたんで、
ちょっとそれを少し話したいなと思いました。
戸籍の日本史。
そもそも戸籍ってなんだっていう話なんですけど、
ひらたく言うと戸籍ってさっき言ったとおり、家を単位にして国民を管理する制度ですと。
戸籍の起源っていうのは元々結構昔から実はあって、
670年かなに大化の改新とかがあって、その後に律令制度とか、
あるいはちゃんと国民を管理して、どっちかというと朝勢とか朝平とか、あと身分管理とかのためにログというか、
代帳が必要だよねっていうので、交互年弱というものが作られたと。
当時はマイナンバーに近いですよね。
税金とか朝平とか身分管理とか、個人単位でデータを取るみたいな。
この人からいくら税金取ろうみたいな。
そのための代帳としての戸籍っていうのがあって、
歴史自体は結構長いですよ。
今の戸籍の原型っていうのは、
1898年に施行された明治民法が原型ですと。
これも基本的に朝平とか家勢のためっていうのはもちろんあるんですけど、
当時の日本が置かれていた状況って、明治維新があって、
開国して、欧米列強に対して日本を近代化させないといけないという中で、
今までの国民の意識というか庶民の意識って、
国っていう概念ってあんまなかったんですよね。
どっちかっていうと村みたいな、
自分の住んでる地域とか、あるいはその地域の領主様にお使いするみたいな、
いわゆる土地に根差した封建秩序っていうのがあって、
日本っていう国っていう概念っていうのはあんまり意識がなかったと。
ただ諸外国に比べて日本の国力挙げとか、
国民国家っていう日本っていう国っていうのをちゃんと作っていくにあたって、
国をまとめる必要があると。
で、そのために天皇っていうのを担ぎ上げて、
もともと天皇って言いましたけど、天皇を担ぎ上げて、
天皇を中心とした、その下に国民がいるんですっていう形で、
国民を再統合しようっていう流れというか動きっていうのがあって、
で、それを仕組みというかシステムとして機能させるために、
その戸籍というのが活用されたと。
そうか、当時はもう日本っていうよりはもっと小さい単位の村とかに、
結構意識が向いていたんですね。それも知らなかった。
自分たちが日本国民であるっていう意識はそんなに多分なくて。
で、明治維新になって、国力を上げていくとか、
徴兵とかもそうかもしれないですけど、日本のために頑張るとか、
そういう意識っていうのを醸成させるために、
国体って言われている国体思想って聞いたことあるかもしれないですけど、
国体思想。
日本っていうのをある種一つの大きな家に見立てて、
その大きな家の課長が天皇で、
国民っていうのを等しく天皇の関し、
使える民であるっていう、そういう思想をもとに、
国を一つにまとめ上げていこうという考えがあったと。
なるほど。
なので、戸籍っていうのは、国籍の証明とか、
相続とか婚姻とか、
そういう行政手続けのための記録っていう、機能的な役割ももちろんあるんだけど、
あと徴兵とか徴税とかね。
なんだけど、家というもとに個人を秩序化するっていう、
国会式とか道徳観念みたいな、
日本人の精神の役割、管理っていうのになっていたと。
なるほど。
今、戸籍で世帯で必要があるときって、
例えば家族が医療手当受けますとか、
あ、扶養とかね。
扶養とか、そういうときに最適分配できるようにというか、
お金だったりとかも含めてできるように、
世帯単位が一般的だろうみたいなのをしてたんですけども、
当時は、何なら意識改革みたいなものも含めて。
そうですね、まさにそうですね。
家制度っていうのが明治期に、
家単位で個人を管理するっていう、
日本という大きな家があって、
その一番、宗家というか本家が天皇で、
その下に文家としての各個人の世帯単位の家があって、
その下に個人がいるっていう、
三層構造で日本を管理するっていう。
なんで、お父さんが昔は非常に強い権限を持っていて、
固守って言うんですけど、
その固守が家を監督する権利を、絶大な権限を持っていて、
家を相続するときにどうするとか、
婚姻するときの権限だったりとか、
あるいは扶養っていうのを含めて、
家の中の君主ですよね、財産管理とか相続とか、あるいは婚姻するときとか、
その固守の許可がないと何もできないと。
逆に、女性っていうのは、明治民法の中で無能力者っていう扱いを。
すごい。
逆に言うと、それぐらい固守っていうのが、
家をちゃんと管理しなさい。
女性とか子どもは弱きものだから、
あなたがちゃんと管理しなさいよっていう。
っていうので、その家の君主として、固守が君臨して、
家庭を養って、その家を後々代々まで続けていくっていう責務を担わせる。
だからさっきの天皇との話と一緒でした。
天皇が全ての絶対的な君主として君臨してて、
その下の国民たちを扶養というか、支えるんですっていう。
そのちっちゃい形が家っていう。
なるほど。そうか。
なんかすごく納得したというか、
それだけ家の中でも差がはっきりしていて、
固守が強い力を持っていて、
その女性が無能であるみたいな、
すごいはっきりした概念を当時はみんな持ってたわけですもんね。
そういうふうに国がシステムとして設計して、
その制度的とか法律的な裏付けとして、
戸籍というのがあったと。
なので、逆に言うと、
その欧米的な価値観ともまたちょっと違うんですよね、
当時でいくと。
そうか。
固守の許可を得ないと何も婚姻とか、結婚とか、相続とか、
財産管理とかっていうのも何も進まないと。
家制度の解体と現代への影響
なので、感動って言葉あるじゃないですか。
感動、はい。
感動ってよくね、親子の縁を切るっていう意味合いで、
絶縁されるみたいな意味合いで使われますけど、
確かに実装としてはそうなんだけど、
でも結局それってなんか、絶大な権威力を持っている戸主から見放されるっていうことなんで、
その戸籍から追放されて、扶養を受ける権利とか相続権を失うっていうことなんで、
なので、単純に縁を切るだけじゃなくて、結構その経済的な部分も含めて、
非常にリスクというか、インパクトは非常に大きい。
家でとかそんなレベルじゃないですよね、当時の感動って。
ですね。ですです。
なので、家という単位で、個人を管理するシステムが戸籍ですと。
で、さっき言った通りその家っていうのを単位で管理するにあたって、
その識別子がその苗字、宇字って言いますけど、いわゆる生ですよね。生命の生ですよね。
その宇字単位で家を管理すると。
で、そこからちょっとその、夫婦別姓的な話ともちょっと関連してくるんですけど、
そもそも宇字っていうか苗字って、江戸時代ぐらいまで、庶民って苗字持ってなかったんですよね。
武家とか貴族とかは持ってますけど、農民とか町民って別に苗字ってなかったんですよね。
下の名前だけってことですか?
そうです。
さとしだけ。
そうです。なので、ただのさとしだけだと、たろうだけだと、他の家と区別できないじゃないですか。
どこのたろうさんですか?っていう話になっちゃうんで、
他の家と区別するためのニックネームとしての苗字とか、あるいは、勝手につけてるんですよ。
あと、商売やってる人たちは、矢号はある、きのくにやとか、えちごやとか、っていうのはあったんだけど、
いわゆる苗字とは別物なんですよね。
で、明治時代に入って、国民全員に苗字を持つことが許可されて、
以降、広く国民が苗字を持つようになったと。
当時は、まだ夫婦別姓っていうのも認められてたんですけど、さっき言った通り、明治民法っていうのが、1898年に明治民法が作られて、
その中で、子主と家族は、家の氏を称しなさいと言うので、
家の管理する単位は、氏っていう苗字のもとに家っていうのを管理するんで、一個にしなさいと。
いうふうになったんで、結構婚姻するタイミングで、どっちか選び出す。男性か女性か、どっちかの性を選ばなきゃいけない。
そうなんだ。
当時は、子主の多くっていうのは男性で、妻っていうのは夫の家に入ることが一般的だったので、
それが今も監修として続いて、別に本来的には別に女性が子主になってもいいんだけど、
当時の価値観からすると、子主は男性だよねっていう価値観があるんで、
女性は夫の家に入るっていうのが、関連というか習わしだしだったし、
今も9割以上が夫の家に入るっていうのが、価値観として当たり前になってるっていう。
家を単位に個人を管理する。
家の家長、子主には絶大的な権利があるっていう。
女性とか子どもは無能力者で、それを子主は庇護する。義務を持つっていう。
そういう、いわゆる男尊女卑ですよね。みたいな考え方っていうのがまだ残ってたと。
なんですけど、第二次世界大戦が終わって、GHQが日本をちゃんと支配っていうかね、再度秩序化するというか、
戦後に日本国憲法が、GHQが主導して作られてましたよねと。
ここで、さっき言ったような男尊女卑を基本原理とする、
子主、家長に絶大な権限を許して女性は無能力者であるみたいな、
そういう価値観を基本原理とした家制度っていうのはなくなって、
子主の地位とか家徳、家のトップの地位っていうのを、
財産っていうのをまとめて後継ぎに長男に継ぐみたいな、相続制度みたいなものとか、
さっきの妻の無能力者みたいな、自由と平等みたいな理念、
民主主義的な理念に反するものは一切なくなった。
で、今に続くんですけど、
でも、そういう家制度の基盤だった戸籍制度自体は存続してるんですよね。
なので、個人を管理する単位としての性、
無事ですよね。っていうのは、引き続き家族の公正原理としては変わらず残っている。
なので、そういう絶大な子主に権限があって、相続とか婚姻とか財産管理とか、
そういうのを一切子主の許可を得ないと何もできないみたいなのはなくなったんですけど、
ただ、法制度というか、としては戸籍っていうのは、
家単位で個人を管理するっていう制度上はまだ残ってるんで、
価値観的に言うと、まだやっぱり夫婦同棲であるべきだよねとか、
長男はやっぱり家を継ぐものだよねとか、
親の介護もやっぱり長男が、後継ぎである長男がちゃんとケアすべきだよね、みたいな。
本来は別にフラットだと思うんですけど、
家制度、家長が強かった時の価値観っていうのがそのまま残ってる。
っていう、今の夫婦別姓問題とかっていうところにも引き継いでるというか、
単純に性を別々にするかどうかみたいな表層的な話じゃなくて、
家族の識別詞である家名ですけど、家の名前って家名ですけど、
っていうのを、家単位じゃなくて個人を基礎にした行政とか権利設計に変更しなきゃいけなくなるっていう話なんで、
そうすると、その家という概念っていうのは、さっき言った通り、
天皇を中心とした、天皇が本家で、その下に文家としての家っていうのがあって、
その元に国民を管理するっていう、
なんていうか、イデオロギー的なところとも定食してきちゃう。
単純に行政的な手続きっていう話だけじゃなくて、
そういう子宮派の人というか、みたいな人たちからすると、受け入れがたいっていう。
そういう時代背景があったのはわかるけど、時代が変わったら柔軟に変えられたらいいのにって。
そうですね。でもやっぱり家族とか家っていうものに対する、日本のすり込まれた価値観ってあるじゃないですか。
家というものをもとに家族が一体になるよね。
なので、やっぱり家という枠組みの中で、枠組み自体を外しちゃうと、古き古き日本社会の解体だとか、
あるいは天皇を中心とした日本という国の解体になっちゃうんじゃないかみたいな、
単なる戸籍をなんかこう、仕組みを変えるっていう話じゃなくて、
日本の家族とか家のあり方自体に影響を与える問題だよねと。
例えば子供が生まれた時に、苗字が、両親が違ったりするっていうことですよね。
そうすると、家としての一体感とかって、醸成しづらいんじゃないみたいな、
そういうところに器具を抱くっていう、子宮派の人たちは多いわけですよね。
それは確かに、そうですね。
そうか、なんか制度の話とか、そういうことだけじゃないってことなのか。
制度の話でもあるんですけど、制度の背景にそういう設計思想が、
家を中心に国民を統合しようっていう、
イデオロギーっていう価値観があったっていう、
国を一つにまとめて、諸外国とちゃんと国民国家として、
日本っていう国をもっと近代化させようっていう、
明治の頃の政府の狙いというか、意図があって、
戦後に家制度自体は解体されたけれども、価値観はまだ残ってるんで、
やっぱり、無意識バイアスじゃないですけど、
そういう意識っていうのは、やっぱりそんなに簡単に抜けるものではないんですよね。
なるほど。
ドラマ「ばけばけ」に見る帰化と個人の葛藤
無意識バイアスか。
このバケバケの小泉悪夢さんは、
もともと国籍が海外国籍だったところを、
結婚は特に籍を移動したりとかはせず、
子供が生まれて初めてどうしようかって今週なったんですよね。
そうです。
その時に、選択肢としては2つあります。
要は、奥様が外国人になるっていう、
奥さんと子供が入るっていうのがオプション1。
それは、そうすると奥様も外国人になっちゃって、
日本での暮らしとかに支障があったりとか、
あるいは、イギリスの公籍というか、
そういうのだと、相続権というのは奥さんにないんで、
じゃあ、もし薬物さんが亡くなった時に、
財産っていうのは引き継がれませんよって、そういうデメリットがありますよと。
なるほど。
逆に、もう1個のオプションとしては、
薬物さんが、ドラマの中で松野家って言いますけど、
松野家の戸籍に入って、日本人に帰化するっていう。
相続権とかっていうのは担保されるけれども、
逆に薬物さんが海外に行ったりとかっていうのは、
簡単にできなくなっちゃうんで、
やっぱり日本人扱いになってくると、
今までみたいに、いろんな国を回って、
滞在期みたいなのを変えたりとかっていうのは、
薬物さん的にはライフワークというか、
彼のライターとしての、
自分自身の生き甲斐とかやり甲斐みたいなことを、
失うことにもなりかねないですよねっていう。
その葛藤みたいなのが、まさに今週、
そのドラマで描かれてて。
そうなんだ。
本当に、じゃあ日本国民の席をね、
こっちに帰化して入れることによって、
世界中でそういう滞在期とか、
せっかく文章の才能があるにもかかわらず、
そういう才能がなくなっちゃうかもしれないけど、
それでいいのかって思って、
めっちゃ本人も葛藤するみたいな。
っていう、まさにそういうエピソードが書かれていて。
まだじゃあ、結論は来週以降な感じなんですか、これは。
そうですね、まだあと2週間あるんで、
どうなるかっていうのはあるんですけど。
そっか、なるほどそっか。
ヤクモさんはそういう才能のある方っていうことなんですね。
そうですね。
いやなんか、今よりもっと向こう、
当時は複雑だろうから、
帰化するって決めても、
いろんな手続きにいろんなことがあって、
すごい時間がかかってって、
想像できちゃう。
そうですね。詳細は割愛しちゃいましたけど、
実際じゃあ日本に席入れるってなっても、
それはそれでまた結構いろんな問題があって、
わちゃわちゃするんですけど、
それ話し出すと長くなるんで、
一旦割愛しますけど、
かつ前例がないっていうんで、
島根の県側も対応にめっちゃ困るみたいな話が結構ある。
行政的な手続きとしての煩雑さもそうだし、
一つの国を選ぶことによって、
国を自由に往来できなくなったりとか、
ライターとしての、物書きとしての、
自分の仕事に支障が出てきてしまうみたいな問題があったりとか、
あるいは後継ぎ問題みたいので、
結局ドラマの中では、
ヤクモさんとオトキさんっていうのは、
別の家の養子に入って、
松の家っていうか離れて、
別の家の養子になるっていうことで、
なんとか着地するんですけど、
松の家の当主というか、
子主のおじいちゃんだった方から、
息子というか、
オトキさんっていう奥さんのお父さんですね。
に対して、養子でいいから後継ぎを見つけてこいみたいな話が、
子主のおじいちゃんから息子に対してするっていう話があって、
松の家を絶やさぬようにっていう話が、
娘が結局他の家に養子で入っちゃって、
子どもがいない状態になるんで、
後継ぎいない状態になるんで、
息子、
おじいちゃんの息子であるお父さんに対して、
養子見つけてこいっていう話をするっていう。
すごい複雑になっていくんですね。
家っていう単位で個人を管理するんで、
その家を長く続けていくっていうことが大事っていう価値観なんで、
子と子の恋愛とかじゃないですよね、当時ね、きっと。
そうですね。だから、家を存続させるために養子を取るとか、
血族、血のつながりじゃなくて、
家をつなげていくっていうのが重要な価値観なんですよね。
当時の日本。
ちょっと来週、再来週かもしれない。続きが気になりますね。
そうですね。最終的にどういう結論というか、
このドラマを通じて、どういうメッセージを伝えたいのかなっていうのが、
日本人を選んで、ちょっと夢をあきらめちゃうのか、
あるいはそこの中で、でも子供っていう、子だからが恵まれて、
子供と一緒にいたいからっていうのが、日本国籍を取ったみたいなところもあった中で、
家族との段乱というか、家を優先するのか、個人としてにやりがいを優先するのか、
あるいは、節中案みたいな、最適解みたいなところを見つけに行くのか、
なんか、そこの先がちょっとどうなっていくのかなっていうのは、
まだすごい、あと2週間で結構グッとここから話が進む気がするので。
戸籍制度と家族観の現代的課題
そうなんだ。ちょっと次回もこの話しますか。
え?
そうか、全然知らないことたくさんあるな。
戸籍の話、知りませんでした。
いや、ちょっとなんか、ちょっと小難しい話ばっかりしたらすみません。
いやいや、バケバケもね、ちょっと見たいと思いました。
ぜひぜひ。あと2週間なんで。
そんな感じですかね。
そうですね。はい。
はい。ありがとうございます。
34:30

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