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2026-02-22 26:12

#019 伊勢神宮は江戸時代のテーマパークだった話

ふだん広報・PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、身の回りの日常のあれやこれやについて広報PR視点も少し織り交ぜつつ、脱線しつつ雑談する番組です。


今回のテーマは伊勢神宮。20年ぶりに現地を訪れたやじまが気づいたのは、伊勢神宮は「巨大なテーマパーク」のような街づくりであるということ。「お土産」という意味に込められた意味、「式年遷宮」の裏側に隠された仕組みとは?2000年前と現代がぐっと近く感じられるお話です。

サマリー

今回のエピソードでは、伊勢神宮が江戸時代において巨大なテーマパークのような役割を果たしていたという興味深い視点から、その歴史的背景と現代への繋がりを探ります。伊勢神宮は単なる宗教施設ではなく、参拝客を惹きつけ、周辺地域に商業や文化を発展させる中心地でした。特に、20年ごとに社殿を建て替える「式年遷宮」の背景には、精神性だけでなく、技術伝承や地域経済の活性化といった多角的な意味合いが含まれていることが解説されます。また、江戸時代に爆発的なブームとなった「お伊勢参り」では、現代の旅行業の原型とも言える仕組みや、「お土産」という言葉の語源にまつわる興味深いエピソードが紹介されます。さらに、神職が旅行代理店のような役割を担っていたことや、物流の要としての役割など、伊勢神宮を中心とした都市開発や地域経済の発展のメカニズムが、現代のテーマパークと比較しながら分かりやすく説明されています。この視点を通して、伊勢神宮が当時の人々にとって、単なる参拝以上の、レジャーやリフレッシュの場であったことが浮き彫りになります。

伊勢神宮への訪問と「テーマパーク」という新たな視点
どうもこんにちは、やじまです。 こんにちは、ほそやまです。さあ本日も始まりました、やじま・ほそやまの桶屋ラジオ。こちらの番組は、普段広報PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、日常のあれやこれやについて、広報PR視点も混ぜながら、雑談する番組です。
はい、よろしくお願いいたします。 この前、伊勢神宮に行ってきたんですけど。
あ、伊勢神宮、いいですね。 伊勢神宮、行ったことあります?
伊勢神宮、2年前くらいと、あと10年前くらいと、2回くらい。
すごいですね。 へえ、行きました。ちょっと遠いですよね。
そうですね。名古屋から近鉄線に乗って、だいたい3時間半ぐらいですかね。
はい、僕も20年くらい前かな。それこそ20代の時に、友達とかと何人かで行って、でもなんかどっちかっていうと、なんかこう、なんていうんですかね、お参りっていうよりかは、ちょっとレジャーの一つとして、
神社周辺、伊勢神宮周辺の、なんかお土産物やとか食べ物やとかで伊勢うどん食べたりとか、まあそれぐらいの記憶しかなかったんで、なんか改めて行ってみようかなと思って、ちょっと弾丸で行ってきて、で、まあちょっといろいろ面白かったんで、ちょっとその話をしようかなと思って。
あー、聞きたいです。
はい、あの、結論から言うと、なんかすごいなんか、昔の人にとっての、なんかテーマパークというか、
テーマパーク? へえ。
うん、的な、まあその神社というものを中心にして、その観光とか商業とかが発達して、まあ町ができてみたいな、なんかそういう歴史とか、こう、発展、地域の発展みたいなのがなんか、うかがえる感じがしたので、まあちょっとそれを話をしようかなと思います。
伊勢神宮の基本情報と歴史的背景
おー、例えばどんなところですか? なんか私のその、さっきおっしゃってた飲食店みたいなイメージがすごい強くて、神社の食べ物屋さんっていうところなんですけど。
うん、まあでもそもそもなんか伊勢神宮って何かっていうのはね、たぶん知らない人もね、いらっしゃるというか、あの、昔は、昔っていうか今もね、一生に一度はお伊勢参りっていう風に言われてますけど、
あの、結構まだ行ったことない人っていうか、あんま交通の便も良くないんで、あの、よく知らないっていう人も結構多いのかなっていう、なんとなくそのね、その伊勢神宮って何かすごい有名な神社で、
まあ、なんか江戸時代の時とかにちょっと流行って、伊勢参りって言って流行ってたよねっていう、なんかそれぐらいのたぶん、あの、知識なのか一般的にそこまで詳しくないのかなっていう気もするんで、もうちょっと改めて伊勢神宮って何かっていうところから簡単にご紹介すると、
伊勢神宮ってその、正式には神宮って、伊勢にある神宮っていう、まあなんていうんですかね、その、伊勢神宮って名称は正式名称じゃなくて、正式には神宮ですと。
あ、正式には神宮って言うんですね。
そうですね。〇〇神宮って何かいろんなところにあると思うんですけど、まあその、まあいわゆるそのトップオブ神社的な位置づけなんで、その〇〇神宮って明治神宮とか、なんかそういうのあるじゃないですか、じゃなくて、もう神宮っていうことがイコール伊勢神宮のことなんですよね。
へー、そうなんですか。
はい。で、まあさっき伊勢山さん、細山さんが言った通り、内宮と外宮を中心にして、あの伊勢神宮って神社が1個あるだけじゃなくて、実は大小合わせて125個神社がある、総称をまあ神宮と言われて。
あー、そんなに数あるんですね。
そうなんですよね。
知ってなかった。
くしきちもめちゃくちゃ広大だし、まあその外宮とその内宮、その合わせるとかなり、まあしかもいろんなちっちゃい神社みたいなのが点在してるっていう。
確かに、たくさんありますよね。
で、まあ有名なのはその内宮、その本殿の方ですよね、にその天皇の祖先と言われている天寺大神が祀られていますよねと。
で、天寺っていうのは、その古事記とか日本書紀に出てくる、まあ太陽神で、まああのイザナギ、イザナギ・イザナミっていう神話に出てくる。
神話に出てくる、はい。
の子供、子供が天寺で、有名なのが天の岩と神話って、岩に隠れちゃうとね。
そうそう。
あれが天寺ですと。で、それを祀ったのが神宮ですと。
はい。
で、この内宮と外宮に分かれてるって言いましたけど、内宮ができたのっていつかって知ってます?
いつできたか、全然知らないです。
一応なんか伝承だと、まあ約2000年前って言われて。
あ、そんなに前なんですか?
そうですね。だから、紀元前、紀元後か。
相当歴史がありますっていう。
で、その外宮ができたのが1500年。
まあその内宮ができて500年後にできたのが外宮で、
これも伝承では、アマテラスの食事を司る神として、
アマテラスが一人でいるのは寂しいよみたいなお告げがあって、
で、その衣食寿を司る豊受大神宮というのを祀った外宮というのができたというのがそれですと。
そうなんですね。
式年遷宮の意義と経済効果
はい。で、有名なのが式年戦宮って言ってね。
はい。
20年ごとに舎殿をすべて建て替えると。
そうですよね。建て替えて、はい。
だから、伊勢神宮行ったことあるからお分かりになると思うんですけど、
その本殿の隣にもう1個建て替え用の土地っていうのが確保されていて、
で、20年ごとに移し変えるっていう。
うんうん。
で、これもその第1回が始まったのがこれ、西暦で言うと690年。
はい。
地頭天皇の時代ですね。
地頭天皇、そんな前からなんですね。
うん。で、これまで62回行われていて、直近が2013年。
はい。
で、今のが2033年っていうので、結構僕が行ったときもすでになんか盛り上がってきてるというか。
だいぶもう建築進んでた感じなんですか?
建築はね、これからなんですけど、それに向けたなんか、とはいえやっぱ準備とかね、必要だったりとかするんで、
とか、それに向けたなんかこう、なんていうんですかね、
そういうイベントみたいなものが徐々に広がってきてるって感じですよね。
みたいなので、まあその20年ごとに入れ替えるっていうのをもう、だから690年の時から考えると1400年以上やってるっていう。
なるほど。
それもすごいですよね。
すごいですね。だって1回作ったらもうずっと、あの、朽ちるまでね、そこにあってもいいのにわざわざこう変えてるわけですもんね。
もう何十回って映し替えてるわけですね。
そうそうそうそう。
そう。
なんかこれもなんか、なんか僕も調べた諸説、なんかなんでこれ20年ごとにやるのかみたいなので言うと、
なんでなんですか?
あの、まあ一説に代表されるのはその、なんかとこ若の精神っていう、常に若いって書いてとこ若って言うんですけど、
え〜とこ若の精神。
古くなったものを新しく立て替えることで、その永続性とか神聖さを保つみたいな、そういう精神の象徴ですよっていうことが言われてるんですけど、
あとはなんかその、まあそういう神社を建てたりするのに、まあ結構特殊な技術使ってたりするんで、
そこの技術伝承みたいな、その職人さんとかのこう技術っていうのがこうね、そのしたれちゃわないように、
20年ごとに入れ替えることで、その技術っていうのが下の若い人たちに受け継がれるようにするっていう。
なるほど。
なんかそういう、まあテクニカルな意味でいくとそういうこともあるらしい。
へ〜。
でなんか、そういうなんか裏側の仕組みとかを知ると面白いですね。
確かに。
精神的な、あのそういうとこ若の精神みたいなのもあるし、まあそういう技術伝承みたいな。
あとまあ多分その、僕の蛇髄だと、まあそういうことによって、まあ雇用を作るとか、
うんうんうん。
お金が回るとかね。
うんうん。
薬費とか増えたりすると、まあ経済が潤うみたいな。
まあそういう側面もあるのかなっていうのはちょっと思いましたと。
うんうんうん。
なるほど、すごい。
江戸時代のお伊勢参りブームと「お土産」の語源
それは全然気づきませんでしたね。
いい話。
あの四季年仙宮自体はね、まあ皆さんは結構知られているところかなと思うんですけど、
っていうのがあるっていうのが面白かったっていうのと、
あとまあお伊勢参りのね、ブームっていうのが江戸時代にあったっていうので、
あの、その、まあよく、まあ僕の家の近くにも、その、なんていうの、あの、まあいいや、えっと、
まあその江戸時代のお伊勢参りっていうのが爆発的に流行して、
そのピーク時には、なんか年間数百万人規模が参拝したって言われて。
数百人ですか?
うん。
え、みんな、だって時間も当時かけて、ゾロゾロ歩いて。
そうですよね。しかも江戸から行くって、しかも電車もない中で、数百万人行くってなかなかすごいよなって。
すごい。
時間もお金もかかるし。
ねえ。
当時の人口がだいたい3000万人ぐらいだったって言われてるんで、まあとんでもない数ですよねっていう。
で、まあでも結局やっぱりそこにね、移動する過程の中で、その、宿場町とかに泊まったりとか、ご飯食べたりとかするわけで、
まあそれも含めてお金が落ちる仕組みになってるっていうのは面白いし、
あととはいえやっぱりその、何日もかけて江戸から伊勢に行くって大変じゃないですか。
お金もかかるしっていうので。
でもなんかその、面白いのがその伊勢甲っていう、村ごとにお金を積み立てて。
ああ、そっか。
で、そのくじ引きで代表者が伊勢参りに行くっていう。
へえ、くじ引きで?
ほんとは全員行きたいんだけど、お金かかるしっていうので、
まあみんなでお金プールして、全員はそのお金で行けないから代表者が2人とか行ってきて、
で、行った人が行けなかった人のためにお札とかを持って帰ってくるっていう。
なるほど、代表者が行くわけなんですね。
そうなんですよ。
へえ。
で、なんかその、まあこれも諸説あるんですけど、
そのお土産っていうのはその、その習慣から来てるんじゃないかっていう説があって。
なるほど。
で、あの、土産って、あの土の産って書いてお土産って書きますけど、
神社でいただくお札とかお守りも、見上げって言うんですよね。
ちょっと字が違って、
あ、違うんですか。
宮殿の宮に、炭酢の酢っていうか、
あ、へえ、そうなんですね。
筒みたいな字があると思うんですけど、あれも見上げって言ってて、
へえ。
で、その要はその、伊勢港で外れちゃって、
はいはい。
あの、行けなかった人のために、お札とかお守りを、その見上げですよね。
見上げを持って帰るっていう。
へえ、そういう意味が。
僕らの感覚でいくと、そのね、あの、その、現地のおいしい食べ物とかを持って帰るっていうのを、
お土産みたいなイメージありますけど、
あの、そうじゃなくて、まあその、行ったと、お伊勢参りしてきた、
そのお札を、そのありがたい縁起物としてのお札とかを持って帰る。
それを見上げって言ってた。
そういうことなんですね。
深い。全然知らなかったです。
知ってるようで知らないっていう。
知らない。
旅行業の先駆けとしての恩師と地域発展
で、あともう一個面白かったのが、
あの、えっと、恩師っていう、えっと、伊勢神宮の神職で恩師っていうのがいるんですけど、
恩師、はい。
うん。これがなんかその、その日本の旅行業の先駆けって言われてて、
うーん。
要はなんかその恩師っていう人たちが、神職なんだけど、
お伊勢参りをムーブメントを広めるために、
うんうん。
全国に回って、
はい。
で、伊勢参りしましょうみたいな、いいことありますよみたいな形で啓発活動して、
はい。
で、参拝の、そのこういうふうに形で参拝するといいですよっていうので、
はい。
案内して、
はい。
で、かつその、自宅に宿泊させて、
へー。
で、祈祷とかその神楽の手配をするっていう、
あー。
なんか旅行代理店みたいなことをやってたっていう。
へー。いらっしゃったんですか、そういうことが。
ほー。
なんで、その、えっと、その内宮の近くの、その宇治の、宇治っていう場所があるんですけど、
はい。
その数百軒規模のその、恩師の家、
はい。
があって、まあそういう人、そのいろんなところから来た人たちの宿泊所であったっていう。
へー。なんですか。
あ、じゃあ、今、例えばこう飲食店とか、こうお土産屋さんエリアになってるところは、その寝泊りするような場所だったかもしれない。
あー、そうですね。一部、あの、すべてが、あの、おかげ、おかげ横丁だっけ、あの、
あ、そうですね。
あの、あ、お祓い町か、お祓い町とかっていうのも、あの、周辺もそうだし、もうちょっと幅広い地域に、結構転在はしていたみたいなんですけど、
うんうん。
あの、その恩師のいい邸宅っていうのがたくさんあって、
へー。
あの、泊まれるようになって、まあ、で、そこで、その来た人たち、お店参りしてきた人たちに対して、いろいろ手配してくれるっていう。
うん。
っていうのも、その伊勢神宮の、その新職の人たちが全部プロデュースしてくれてたっていう。
へー、そんな時代があったんですね。えー、今はさすがに聞かないですよね。もう亡くなったんですよね、きっと。
あの、それこそ明治時代になって、
そういう、あの、ちょっとそういう、まあ、あの、恩師制度廃止っていうのがあって、
あ、廃止、へー。
で、まあ、あの、恩師自体はもう新職に占業してくださいっていうので、宿泊機能とかもなくなっちゃって、
あ、そうなんですか。
で、残った邸宅っていうのは、まあ一部は旅館になったり、一部は商家になったりとか、あるいは一部は普通に町屋になったりとかっていうので、
まあ、あの、バラバラになってしまってはいるんですけど、もともとはそういう形で、その町自体も発展してったっていう。
へー、そうなんですね。
川崎地区の発展と物流の役割
で、あともう1個、もう1個だけすいません。
あ、もうぜひ。
面白かったのは、あの、えっと、僕その、まあ時間があったんで、まあ伊勢神宮行って、
で、伊勢川崎承認館っていう、その、えっと、伊勢の駅の近くにある、えっと、
たぶん江戸とか明治期に作られた、その古い家の街並みの中に、その博物館みたいなのがあって、
その川崎地区っていう、その周辺の、なんか、こう歴史とか、あの、こう、そういう、その昔のなんか文書とかが、写真とか見れるっていうところにも行ってきたんですけど、
あの、けっこうこれが面白くて、その、まあその伊勢の近くにある川崎地区っていうのが、まあ豚野街だったんですよね。
あの、こう、伊勢川の近くに、まあ、あの豚野街が、こう、
あったんですね。
縦並んでいて、で、なんでそこが発達したかっていうと、
結局、その、江戸時代のときに、毎年その、数百万人とかの人が参拝してくるわけですよね。
となると、その、えっと、その、食料品と、食料とかお酒の供給が必要になりますよね。
ああ、そうですよね。
で、でもその、その、この川崎とか伊勢周辺に住んでる人って、数万人とか人口そんなにいるわけじゃないんで、
うんうん。
で、それを外からやっぱり引っ張ってこないといけないっていうので、その、川、流れてる瀬田川っていうところの川沿いに川崎っていう地区に、その豚野街ができて、
へえ。
で、その、海運というか、その船で物資を運んで、で、そこに豚野街ができて、で、その食料とか酒を備蓄するっていう、
おお。
そういう仕組みができたと。
へえ。
なるほど。そこに神社があって、人がもう、毎年のように大勢集まるようになって、人がね、寝泊まりするようになって、食事も必要で、豚野街ができて。
ああ、そうですね。で、その物流ができて、
おもしろーい。
っていう、その、
へえ。
伊勢神宮を中心とした都市開発と現代のテーマパーク
なんかその神社という、大きなテーマパークを中心に、
旅行業とか宿泊業とか、
はい。
物流とか、
なるほど。
そういったものが発展したっていうのは、なんか、
今も僕ら、そのユニバに行くために、旅行したりとかするわけじゃないですか。
はい。
その、それと結局一緒だなっていう。
確かに。
一緒だ。
一緒だった。
そういうことですね、テーマパーク。めちゃくちゃ納得しました。
ねえ、当時は別に、なんかそういうテーマパーク的なものはなかったけど、
結局その伊勢に行くっていう、伊勢神宮に行くっていうのは、あくまでもその建前というか、
大目的はそうなんだけど、
やっぱそこに行くまでの、なんかそのレジャーだったりとか、
泊まるという体験とかも含めて、
その昔の人にとってはそれが一つの、
そのテーマパーク的な体験だったんだなっていうのは、
なんか、こう今回行ってみて、なんか、
その、改めてなんか思ったというか。
へえ。
そうか、なんかそう考えると、
結構その神社にお参りに行くって、
なんか、義務的なものじゃないですけど、
日本国民たるもの、行かねばならぬとかで、
そういう、あの、気持ちで行ってるかと思ったら、
むしろみんなワクワクして行ってたのかなって。
あ、そうそうそうそう。
いや、ほんとそうだと思いますよ。
そうなんですね。
まあ、そのね、行くこと自体がちょっと旅行感覚だし、
かつ、まあね、その一番、
アマテラスとオミカミっていう、
天皇の祖先の神様で、
まあ、縁起もいいし、
で、おいしいもの食べて泊まって、
リフレッシュして帰ってくるみたいな。
旅行みたいな。
それはなんか、日常から離れられる、
確かに。
リフレッシュする、いいレジャーだったんだろうなっていう。
へえ、そういう見方したことなかったので、
めちゃめちゃ面白い。
で、そこでね、お土産みたいな習慣ができたりとか、
旅行業が発達するとか、
そうですよね。
とんやがやができるとか。
確かに。
来年誰が行くかって、
まだお前には早いとか言って、
俺が行くとか言って。
そうですよね。
あれでもまあ、くじ引きなんで。
かすかすか、くじ引き。
そこはちょっと公平で面白いですよね。
そうですね。
くじ引きなんだ。
余談ですけど、
都市開発とかでね、
東急線、沿線とか、
田園都市っていうかね、
ああいう街ができてくるのも、
結構その沿線のところに、
テーマパーク的なものを作るっていうのが結構よくある話で。
そうか。
そうすると、駅周辺に人が、
商業とかが発展して、
住む人が増えて、
地価も上がって、
みたいなことができてきたりするんで。
そう、だから、
昔だとね、
田園都市線だと、
昔、双子玉川園っていう、
ちょっと遊園地があったって思い出したんですよね。
そうなんですか。
双子玉川園。
今はもうないですけど、
二子玉の、
田園都市線の、
双子玉川のところに、
双子玉川園って、
ちっちゃい遊園地みたいなものが、
昔あったんですけど、
でも、たぶんそういうことですよね。
確かに。
そういう遊園地を作って、
その沿線に来てもらってっていう。
お金が落ちて、
商業発達して、
そうですよね。
確かに。
すごい、誰が考えたんだろうって思っちゃいますね。
神社周辺の発展構造と現代への示唆
この異世界。
本当ですね。
結構ここは、
こういう話は掘っていくと。
あとなんか、
本当すごい余談ですけど、
大体神社の、
お寺とかの周辺って、
除露街とか、
例えば戦争時の近くに、
吉原があったりとか、
やっぱ人が訪れるんで、
そうすると、
女性遊びとか、
そういうのちょっとしたいとか、
みたいなのも、
だからやっぱり、
神社とかお寺とかっていうところに、
人が集まってくる。
そこに門前町とか、
お土産屋さんとかができて、
食べ物屋さんとかができて、
で、ちょっとその、
一方裏手のところに、
そういう、
遊覚みたいなものができて、
みたいな。
確かに。
大体そういう構造になってるんですよね。
本当ですね。
本当だ。
現代と大して変わらない。
変わらないですね。
そうなんだ。
っていう視点で、
多分その当時の伊勢神宮って、
日本一のレジャーテーマパークだったと思うんで、
そういう視点で見ると、
そこを中心にして、
いろんなものが発展してたんだなっていうのが、
改めてわかるというか。
なるほど。
伊勢神宮への新たな視点と今後の展望
すごい急に、
なんか、
遊園地の観覧車が見えてきました。
私には。
そういう話だったんですね。
そうですね。
だから20年前に行った時は、
本当にただなんか、
伊勢うどんでも食べに行くか、
うんうん。
そうですよね。
それぐらいの感覚で行ったんですけど、
ちょっとまたね、
今、もうちょっと大人になって、
確かに。
から見ると、
またちょっと違う発見が、
あるかもしれないですよっていう話ですね。
なるほど。
そっか、そうですね。
なんか一生懸命、
神社の回り方とか、
結ばれてる神様の名前とかを、
暗記しながら、
どこだどこだって探して回る、
みたいなことをしてましたけど、
もう少し、
他の町にも目を向けても、
よかったなと、
聞いてて思いました。
うん。
ぜひ、
そういう視点で見てみると、
面白いかもしれないですね。
それ超面白い。
次はどこか行く予定あるんですか?
神社とか、
テーマパークとか。
次も、
あるんですけど、
またちょっとそれは、
近々また行くんですけど、
そうなんですか?
はい、それはまた、
お話しします。
ありがとうございます。
楽しみにしてます。
はい。
めちゃめちゃ勉強になりました。
今回はそんな感じですかね。
はい。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
26:12

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