ふだん広報・PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、日常のあれこれをPR視点も織り交ぜつつ雑談する番組です。
今回は、稲田豊史氏の著書『本を読めなくなった人たち』をテーマに、加速する「活字離れ」の正体を深掘りします。「映画を早送りで見る」タイパ至上主義のさらに先、今や若者にとって活字は「最もコスパの悪いメディア」になりつつあるのか? 能動的に読まなければならない本は、一部の余裕がある層だけの「伝統芸能」になってしまうのか。
情報収集のメインが「降ってくる動画や音声」へと移行するなかで、広報パーソンとして無視できない生活者のメディア接触の変化を考察します。
参考
本を読めなくなった人たち-コスパとテキストメディアをめぐる現在形(稲田 豊史)https://www.chuko.co.jp/laclef/2026/02/150861.html
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サマリー
本や活字メディアの消費が減少し、「コスパとタイパ」を重視する現代において、活字離れが加速している現状について議論します。特に若年層を中心に、動画や音声メディアが主流となる中で、本を読むことは一部の余裕のある層のための「伝統芸能」となりつつある可能性が指摘されます。広報PRの視点からも、生活者のメディア接触の変化を考察し、活字文化の未来について考えます。
ゴールデンウィークの過ごし方と近況報告
どうもこんにちは、やじまです。
こんにちは、ほそやまです。
さあ、本日も始まりました。
やじま・ほそやまの桶屋ラジオ。
こちらの番組は、普段広報PRの仕事に従事するやじまとほそやまが、身の回りの日常のあれやこれやについて、広報PR視点もおりませんながら、雑談する番組です。
はい、よろしくお願いします。
ゴールディウィークですね。
いよいよですね。
いよいよですね。
ほそやまさん、どう過ごされるんですか?
いやー、待ってました、ゴールディウィーク。いよいよ、こもります。
え、こもるんですか?
すごもりですか?
そうです。特に外出の予定は今年はなく。
えー、そうなの?なんでですか?
そうですね。あのー、今年そうですね、ちょっと9日にライフイベントがあるっていうのがあって。
あ、ライフイベントが。なんと。
そうなんですよ。ちょっとあのー、けがとかしないようにと思って。
あ、なるほどね。
はい、そうなんです。
それはでも大事ですね。なんかね、その前にね、なんかあったりするとね、大変ですからね。
ね、そうなんですよ。
よじさんはどうされるんですか?
僕はちょっと、最近ちょっとね、仕事とかが忙しかったのもあって、ちょっと体調崩しちゃいまして。
体調、あら。
はい、もうこの2週間ぐらいちょっと。
えー。
なんか、まあ熱はないんですけど、咳とかがひどくって、なんかあんまり夜も眠れなかったりとかで、お酒もタバコも控えてまして。
お酒もタバコも?
はい。で、まああんまりちょっとその、無理はしない、できないなっていうのと、
あとはまあ、普通に僕は家族がね、岐阜県の高山に移住してるんで、
まあそこに帰って、家族と談覧というか、普段通りのゴールデンウィークっていう感じですね。
うんですね。じゃあ高山に行かれる?
はい、そうですね。
体調ね、ちょっと簡単さがあるので。
そうですね。
まあ逆になんか、結局ね、帰っても、なんかあんまりやることなっちゃないんで。
僕からするとなんか、本読んだりとかね、するいい機会かなと思って、
ここぞとばかりね、まあ年末年始とかもそうですけど、だいたいなんか、まとめて3、4冊ぐらい一気に本読んだりするんですよね。
すごい、そうなんですね。
読書をする場所で。
そうなんですよ。で、なんかちょっとその流れっていうわけじゃないんですけど、
『本を読めなくなった人たち』の紹介と早送り文化
最近読んだ本で面白かった本があって、
ぜひ聞きたいです。
稲田豊さんという方が書いた、本を読めなくなった人たち、
コスパとテキストメディアをめぐる現在形という本を最近読みまして、
この稲田さんって、映画を早送りで見る人たちっていう話題になった本の続編みたいな。
なんか時々、あのウェブメディアですかね、このタイトルだけは流れてきていて、
あ、私のことみたいな、ちょっと気になるタイトルだなって、そうそう思ってましたけど。
どっちですか?早送りで見てるんですか?
あ、そう、そっちかもしれない。
え、そうなんですか?早送りで見てるんですか?
映画じゃないですけど、YouTubeとかNetflixは早く見ちゃう。
あ、でも今時ですね。
あ、やばい。
いやいやいや、でも多分コスパ思考というか。
いやー、なんですかね、映画は2時間って決まっているし、
もう2時間、時間を作って見ようってなるんですけど、
他はシリーズ物だと場合によっては、シリーズ1,2,3ってどんどん伸びていっちゃったりするのもあるし、
膨大だから、全部見終わるために、何とかこの限られた時間で見れないものを買って。
なるほどね。
買っちゃいませんか?
なんかもうあれですね、消化するっていうか。
確かに。
ノルマを達成するために見るみたいな。
いやー、自分で言ってて失礼だなと思う。
いやいやいや、でもむしろそっちの方が、むしろ今の若い世代からするとメインストリームなんで。
まだ多いって言いますよね。
むしろ僕の方が旧世代というか。
いやいやいや。
そういう早送りするっていうのは、コンテンツ、制作者への冒涜だとか、その間合いとかね。
そういうのも含めて楽しむもんだっていう、擦り込みがやっぱりまだ強いっていうか。
でも、YouTubeとかはね、ものによっては結構早送りして、倍速に見ちゃったりもするんで。
見ますか?そこの差って何かあるんですか?
YouTubeは早送りするけど、映画は早送りしないとかって何か意識してることありますか?
なんかでも、映画とかドラマとかパッケージされたコンテンツの場合は、情報を取りに行くっていうよりかは世界観みたいなのを含めて見てるんで。
YouTubeとかは必要な情報だけ取れればいいじゃんっていう。
確かに。
知性学とかの話とか、別にたらたら話聞いても時間がもったいないっていうか、要点だけ倍速で全然得られれば全然いいじゃんみたいな話で。
確かに。作品と情報等と違うんですかね。
ちなみに、おすまさんって情報を得るときって活字っていうかね、動画とかポッドキャストとか多いか、バランスっていうか割合ってどんな感じですか?
情報の割合で言うと、やっぱり活字が多いなとは思いますね。
普段のニュース、いつも見るニュースメディアとか、あとは全体観見たかったら、やっぱりヤフーニュースから入っていって、今トピックはこれかっていうのを見て、
だけど、そうするとだんだんレコメンドされてきちゃう気がするので、あえてテレビをつけて、今世間で話題になっている。
それは動画で見ますし、あとYouTube見るとビジネス系で、今旬な人とかがわかるので、それを見に行ったりとか、ちょっとそれぞれ使い分けをするようにはしてますけど、そうやって活字がやっぱり多くなりますかね。
でもそれはどっちかっていうと、オールドジェネレーション側かもしれないですね。
なんかちょっとほっとした。
ほっとした?
ほっとした。
矢島さんはどうですか。
いやもう僕は完全に活字じゃないと頭に入ってこないタイプなんで、活字で、例えばニュースとか見るときはやっぱり日経とか朝日とか、そういうのでバーっと見出しとか見て、
大枠掴んで、もっと知りたいトピックとかがあれば、必要に応じて動画でWBS見たりとか、YouTubeの番組見たりとか深掘りするみたいな、そういう感じですかね。
あともうちょっと体系的に知りたかったら本読むみたいな。でもいずれにしてもやっぱり活字で育ってるし、僕はなんかやっぱり認知特性って人それぞれあって、
耳からとか動画から情報を入れたほうが記憶に残る人と、活字からじゃないと頭に入ってこないっていう、結構人それぞれやっぱりパターンがある。
そうなんですね。
うん。
なるほど。それで言うと私耳からは結構記憶に残るかもしれないですね。
はい。
そうなんだ。
そう、耳から入った情報で、その後多分頭の中で処理して、繰り返してまでがセットになるので、記憶に残る。
逆に活字だと読んだ気になって入ってないことは結構あるかもしれない。
そうですね。
なるほど。
情報収集における活字メディアの現状
あとこれ、前の職場の人に指摘されたことがあるのが、なんかこう業界誌とか業界系の本とか、学びましょうって言って、本を紹介してもらって、読めましたっていう話をすると、
どんなふうに読んだの?みたいな話で、私結構最初に要約を読んでから本文に入ることがあるんですよ。
要約で全体像で、どの章に何が書いてあるかを掴んでから読み始めた方がインプットがいいと思ってやってたら、
なるほどね、そういう読み方ね、みたいな感じで言われたことがありました。
それは効率的だと思いますけどね。
さっき紹介した本を読めなくなった人たちというのは、特に10代とか20代の若者にグループインタビューして、直接彼らがどうやってコンテンツを消費しているのかっていうところの取材と、
あとそもそもカツジっていうメディアというかコンテンツっていうのはどう消費されているのかっていうのを解説している本なんですけど、ざっくりさまりを言うと、
もともと日本人って本を読んでたのかっていうと、60年前から16歳以上の日本人の6割は、月に1冊も本を読んでないですと。
そうなんですね。
中学、高校とかまでは読むけど、それ以降になると、もちろん新聞とかね、それ以外のメディアは読んでるかもしれないですけど、統計的に言うと月に1冊も本を読んでなくて、
そういう前提の中で、情報を得る手段として、前提読んでないですとに加えて、ニュースの仕方っていうのも、昔は情報を得る手段っていうのは結局新聞とか雑誌とか本とかしかなかったから、カツジで情報ニュースしてたんだけれども、
今って本当に動画とかね、音声とかいろんなメディアがある中で、YouTubeとかで解説してくれるものもあるし、無理してカツジから情報を得なくても良くなってる。むしろカツジで情報を得るっていうのは、コスパが悪いですよと。
特に若い人たちはそう思ってるし、あんまりカツジの信仰がない人たちとか、認知特性的に別にカツジで情報入手するのが得意じゃない人とか、上の年代でもね、そういう人たちは別にカツジ離れ全然しちゃってるし、カツジというものに対してお金を払うっていう行動もしてないし、
結局、この本で最終的に言わんとしていることっていうのは、最終的にそういうカツジ文化っていうのは残るけど、本当に一部の工作家というか、時間とお金と精神的に余裕がある人しか、本とかって読まなくなりますよっていう。
本って結局それ読んでるときって、それ以外のことって何もできないじゃないですか。
たしかに。
非常にコスパが悪いと。
なるほど、そうなんだ。
動画とかポッドキャストだったら、聞きながらマルチタスクできるじゃないですか。
そっか、たしかに。
しかもね、本とかって何万字とかって最後まで完結するためにすごい時間かかる。
かつ結構無料のね、それこそ要約してくれる動画とか、解説のサマリーした、それこそAIでサマリーしてくれたりとかも全然する中で、全部読んだりするのってコスパ良くないんですよね。
なるほど、そっか。私テキスト、活字がコスパ悪いっていうのはちょっと意外でしたね。
僕もびっくり。
早い人、ほんと速読みたいなのって昔よく聞いたなと思いますけど、1ページ2ページ読むスピードがすごい早い方いらっしゃるじゃないですか。
私も一時期あれに憧れて、とにかく英語のシャドウイングじゃないんですけど、ページをめくってみたら目が追いつくんじゃないかみたいなことをやったこととかありますけど、結局目が追いつかない。
で、頭の処理も追いつかなくて、これはほんとに鍛えられた人とかもう天性の才能の方なんだなと思って諦めた記憶ありますけど、
そういう方にとっては動画ってすごいタイパーが悪くて、活字の方がいいって聞いたことありますけど、でも確かにやることなくなるというか、それ以上できなくなるっていうのは確かになって今聞いてて思いました。
自分で能動的に見なきゃいけないというところが、あと他のことが何もできないっていう。
この本で紹介されてて面白かったのは、若い人たちって自分たちでニュースで撮りに行かないと。ニュースって降ってくるもんです。
自分で検索もしないし、ヤフーとか見に行かないし、結局Xのタイムラインとかで流れてくるものとか、あとLINEニュースとか、要は受け身なんですよね。
動画とかも、それこそYouTubeとかTikTokとかも、おすすめで出てくるものっていうのを見てるっていう感じなんで、自分で考えながら読み進めるとか、みたいなことっていうのが、やっぱ疲れるし、エネルギー取られるよねっていう、やらなきゃいけないことたくさんある中で。
だから、さっきの動画とか映画を倍速で見るとかっていうのは、そういうことなのかもしれないですけどね。
そういうことですね。エネルギーが取られるか、気持ちはわかる気もしますけど。降ってくる。
毎日のスマホを触る中で、多分無意識にSNSだったりとかのアプリはポチってしていて、そこに出てくる映像なりテキスト情報なりは、なんとなく受け取っているってことですかね。
そうそう。文字自体は別に読んでるんですよ。別に本というフォーマットである必要もないし、本というフォーマットは長いし、長文だし。
でもネットにある情報って、短文だし、結構わかりやすいじゃないですか。
っていうのもあるんで、別になんか、わざわざ本で入手しなくてもいいよねっていう。
そうですよね。あとなんか私、以前この矢島さんとのポッドキャストでも話した気がするんですけど、本屋さんがやっぱりそんなに歩いてて出会えるわけじゃないから、本を手に取る機会が必然的になくなっちゃってる?
あーはい。
そうそうするから、だからそれこそ能動的に本を取りに行かないと出会えないなって今ふと思ったんですけど、そういうのもあったりするんですか?
まあそういうのもあると思いますね。本屋が減ってるっていうのもあるし、
あとなんか、そういう若い子たちが本を読む機会としてこの本で紹介されてたのが、そういうTikTokとかたまにこの本はおすすめみたいな、インフルエンサーみたいな人がたまに紹介してくるところで、
知って、本当にベストセラーみたいなものだけ外れなさそうみたいなものだけ、ちょっと興味持ってチラッと見るみたいなのは、なくはないみたいな。
なるほどですね。
思った以上に本を読む行為っていうのがコスパが悪いって思われていると、
あとなんかまあ僕はちょっと半信半疑なんですけど、なんかそのこの本の中で著者の稲田さんがおっしゃってるのは、結構そのグループインタビューでいろんな若者にインタビューしたところ、
本を読んでない、みんな本を読んでないと、本を読んでないとよく知的能力とか読解力が下がるから、本を読んだ方がいいよってよく現地はあると思うんですけど、
本を読んでない子が必ずしも知的じゃないのかってそんなこともないし、
逆に本を読んでても優秀じゃない、この子ちょっとなんかあんまり優秀じゃないなって子も全然いるし、あんまりその本を読んでるから優秀かっていうと、なんか実はそんな相感がないみたいなことを。
ちょっとそこ興味深いです。そうなんですね。相感あるんだと思ってました。
そうそう、でなんか別に、必要な知識を別に本じゃなくて他の手段から入手してる優秀な子たちっていうのは、人に聞くとか動画を見るとか、ポッドキャスト聞くでも何でもいいんですけど、
その知識を得る手段として本じゃなきゃいけない理由ないですよねっていう。
なるほど、そうか。そうなんですね。それでいいんだ。ちょっとほっとします、それは。
活字文化の未来とメディアの変化
うん、いやちょっとそれはなんか、僕はでもどっちかっていうとやっぱりその活字とか、その活字を見ながら自分で考えて、
なんかそういう仮説を立てたりとか、なんかその思考力とか読解力って上がるって思ってきた側の人間だから、なんかちょっとあんまりその、なんていうのかな、
著者のおっしゃってることを、なんかあんまりすんなりとは受け入れ難いところもあるんだけど、まあでも確かにでもそうだよなっていうか、別に全部が全部本で得る必要はないよなとも、まあ確かに思う。
うんうんうん。
ねえ、そうなんだ。そこはちょっと初めて聞きましたね。
うん、それは結構なんか著者的にも一番なんか面白かったって言ってるんですけど、ただまあなんかその割引かなきゃいけないのはやっぱりその、ねえ、著者がインタビューしている人たちの10代、20代とかの若者なんで、なんかまあそれこそその社会人になってある程度上のポジションになったら、
うんうんうん。
日々書かれてることとか、その今のマクロな経済動向とか、ねえ、その読んでないとそもそもなんかその同じプロトコルで話ができないし、そのなんかその資料を作るとかというのは別にAIがやってくれるけど、じゃあ会議の場とかで、じゃあ突発的になんかその、じゃあなんかその企画を考えたり議論したりとかって時に、
でやっぱりその、なんていうのかな、ベースにあるその知識とか教養みたいなものって、まあ僕は結構重要だと思うから、
確かに。
まあそういう意味でやっぱり本はその中でその本とかね、かつ字、新聞とか含めたかつ字って大事だよなって思うんですけど、
確かに。
ただまあ、その、たぶんその若い世代化すると別にそういう情報ですら別に、本じゃなくていいんじゃないっていう。
なんかあの、本にしかないコンテンツってもう無限にあるじゃないですか。
うんうんうん。
だから最近の情報とか、まあここ5年10年の話がどんどんテキスト以外の動画だったり音声になってるっていうのはあると思いますけど、
でもそれはもっと前、もう何百何千年手前で、どうしてもその紙にしか残ってないこといっぱいある気がしますし。
うんうん、確かに確かに。
ねえ、なんか矢島さんのおっしゃるその教養みたいなところってそこを取りに行かないと、結局のちのち大きなね、あの差になって出てきちゃうよっていう話なのかなと思って、ちょっと怖くなってきたんですけど。
うん、いやそうですね。
ねえ、これは、今のなんかお話聞いてると、本はもうなんなら読まなくても大丈夫だよとも思えるんですけど、
この稲田さんの習慣じゃないですか。
いやそうですね、あのあれですね、その三宅花穂さんのなぜ働いていると本が読めなくなるのかっていうのは、あの三宅さんの本だと、本ってまあ結構まあ、この稲田さんの本と主張としては結構似てることを言っていて、
あのまあもともと読書の習慣って割とその戦後、明治期ぐらいから徐々に広まってきたもので、でそのエリート層とかその知識その立地に出身のために本を読むみたいな習慣ができて、そこからなんかその娯楽、テレビとか漫画とかいろんな情報が増えてきた中で、その本ってやっぱノイズが大きい、コスパが良くないから、
まあその働きだすと、なんかその直接的に生産性に関与しない本っていうのはみんな離れていくよねっていう、
っていうことを三宅さんの本も言って、ただやっぱりそういうそのノイズがあるからこそ、なんかそういうそのなんていうのかな、その本を読むことでその創造力だったりとか、なんかそのなんていうのかな、こう新しい知識を得るとか、なんかそういうなんか功用というかね、みたいのもあるんですよみたいな、
ちょっとその希望をその本に見出しているような内容だったんですけど、あの三宅さんの本はなんかどっちかっていうと、もうなんか本っていうのはもうほんと一部の時間とお金と精神的に余裕がある人しかもう読まなくなるよ。
もうあのそういうね、なんか富裕層とか高塚向けのもうメディアになり下がりますよ。あとそもそもその活字にお金を払わないから、特にまあ若い人たちとかって、みたいな、だからもう本当に限られた人たちだけのものになっちゃうし、そういうその活字業界で働く人たちっていうのもやっぱりなかなか厳しくなっていくよっていう、
ちょっとなんかあんまり消滅はしないんだけど、本当に一部の人たちだけのニッチなものになっていくよっていう、ちょっとそういうなんかディザスター的な結論というか。
結構そうなんですね、ズバッとそっちの結論に。雑誌もそうなんですかね。雑誌と活字。
雑誌こそそうですね、一番インターネットにとって変わられてるっていうか。雑誌って、この本でも一部書いてあるんですけど、1996年が一番ピーク。発行部数のピークで、今もう部数でいくと確か4分の1ぐらいになってるんですよね。
4分の1ですか、96年の。
うん。特にコロナが大きかったと思うんですけど、ビジネスとかももうきついですよね。
いやー、なるほど。え、だって96年つい最近じゃないですか。
そうですね、そうですね。ちょうどインターネットに切り替わる、そのはざかい期というか。CDも確か90年代が一番売れてるんですよね、確かね。
そこが配信とかインターネットとかにどんどん切り替わっていって、そういうなんかその雑誌とかも、CDもそうですけどパッケージされたコンテンツじゃなくて、そのマイクロ化した、自分が欲しいコンテンツだけ見れば見れるじゃんとか、あるいはなんかその無料で提供されるようになって。
裏側では広告費が回ってるんでしょうけど、なんかあんまりその消費者側もそのコンテンツにお金を払うっていう感覚がないままに育ってきてしまったというか。
そっか、そこも大きそうですね。コンテンツにお金を払わずに動画とか見れるようになっちゃったからとか。
僕らはまだそのインターネットの前の時代を知ってるからですけど、特にその10代20代とかはもう自分がその、なんていうか、物心ついた時からネット上でそういうニュース記事とか無料で読めるものっていう認識が染み付いてるんで、
実は裏側で広告が支えているっていうのは別に想像もしてないし。
なるほど。
じゃあなんでわざわざ新聞とか、わざわざ紙のものに4千円とか払わなきゃいけないのかっていう、なんか多分感覚というかね。
なるほどですね。
なんか、今その、なんでじゃあ新聞はその記事自体にお金がかかるのかっていうのって、それって人件費とかそういう取材をしてくださる方とかあるし、やっぱり信頼性も大きいじゃないですか。
なんかますますこのAI時代でフェイクニュースとか言われてるのに。
でもそうですね。
それに価値を、その信頼性に価値を感じなくなってしまうのかって言いますか。
でもそれもまあ本で書いてあって、いや別に信頼してないわけじゃないっていうか、彼らが信頼してるメディアってテレビと新聞は上位なんですよ。
一番高いのが確か新聞だったんですけど、信頼はしてるが別に自分が見るもんじゃないよねっていう。
そこはまたもう分けちゃうんですね。
伝統芸能とかと一緒で、すごい歴史もあってすごいですねとは思うけど、じゃあ自分が見るかって言うと、もう滑字だらけだし、長文多いし、肩苦しいしみたいな。
それは別にネットのニュースで見りゃいいじゃんみたいな。
割とそこら辺はなんか切り分けてるっていう。
そうですか。伝統芸能なんですか?
広報PRの視点とメディア接触の変化
ちょっとびっくり、びっくりな見解ですか。なるほど。
でもまあなんか、僕も最近周りの広報の人たちに話したときに、どうやってニュース情報を得てますっていう話を聞くと、
日経新聞を僕は結構電子版とビューワーで両方見て、全体感バッと見るのが好きなんですけど、
知り合いの人は日経のポッドキャストでも聞いてますと。
それもやっぱりさっきの話と一緒で、文字だけ読むってながらができないんで、コスパ悪いんだろうなと。
だから朝の支度とかしてるときにもう受動的にトップのこのニュースだけ読めばいいっていうだけをお知らせしてくれるんで、それでいいじゃんっていう。
なるほど。
しかも別にその人は別に若い人でも、若いっていうか別に40前後ぐらいの方でしたけど、
でもなんか年齢関係なく、単純に経済合理性というか、効率性だけ考えて、そういう選択をする人もいるだろうなっていうのはわかるというか。
そうですね。
僕らコウホーの仕事してるから、やっぱりそういう活字の仕事してる人たちのリスペクトもあるし、
なんかやっぱりちゃんと文字で読まなきゃみたいなのあるけど、
でも得る手段としては別にいろいろ他にもあるわけで。
確かにそうですね。
ちょっと意外な結末の方向の本なんだなっていうのは知れましたけど、
ちょっと悲しい気持ちになるっていうのも正直なところありますけど。
そうですね。
実際言うても、インタビューしてる人たちって10代、20代の100人とかね、サンプルなんで、
これが全てに年代とかに言えることなのかってそうでもないし、
本を読んでることと優秀さの相関みたいなところもインタビューだけでそんなにわからないでしょうと思うし、
そこはバリビーて考える必要はあるけど、
一つの主張というかね、
少なくとも聞いた層においてはそういう現象が起きてるっていうことは、
一つ現実としては受け止めないといけないのかなっていう。
確かにそうですね。
なるほど、映像を早送りしている私は何とも言えない。
でも結局それがそうなっていくっていうかね、
やっぱり多分それは何か、それが合理的だと思ってるからやってるんだって。
昔は多分何か、数年前は多分そういうのも何かみんなちょっと後ろめたい気持ちもあったと思うんですけど、
でも何か周りがもうみんなそれが当たり前になると別に何か気にしないし、
むしろこの本でも書いてましたけど、
おそらく何で今沢さんは何かわざわざ滑字で読んでんのみたいな、
みたいな風に、
何か一言一句文章で目で覆うなんて、何でそんなコスパ悪いことやってんのって言われる時代が来るよっていうか、
車の運転で例えてたんですけど、
車運転するだけだったら別にオートマでいいのに、何でわざわざマニュアルで運転してんのみたいな。
いいじゃん。マニュアルでもね。
でも僕の世代ぐらいまでは何かやっぱりとはいえマニュアルっしょみたいな。
オートマ限定とかダサいっしょみたいな。
ありましたよね。
ありましたけど、でも今はもう別にオートマ取る人たぶんいないですよね。
マニュアル取る人いない?
普通に考えたら運転しづらいし、
だから本当に車マニアみたいな、車好きの人とか格好つけたいみたいな、
そういうマニュアル者っていうのはあるけど、
でも一般の人は別に全然そんなかっこいいとも思ってないよ。
確かにそうか、そういう考え、なんかだんだん自然になっていきましたね、そういえば。
僕はどっちかっていうと旧世代側なんで、やっぱりこういう現象にちょっとやっぱりアレルギーというか拒否反応というかね、
なんか感じちゃうけど、でも一方でこれも受け入れざるを得ない現実というか、
特に広報っていう仕事をしていると、そういうね、生活者の人たちがどういうメディア接触の仕方をしているかとか、
っていうのもやっぱり大事じゃないですか。
そうですね。
あとそういうメディアに働く人たちの環境というか、そういうのもやっぱり大事、ちゃんと知っておく必要もあるし、
最近やっぱりね、オールドメディアというか既存の大手の新聞とか出版社とかも、やっぱり動画とか音声とかね、そっちにすごい力入れてますよね。
そうですね、どんどんね。
そういうところで接点作って、最終的には高読につなげたいっていうのはあるんでしょうけど、
待ってるだけじゃ結局高読者増えないから、
若い層の人たちの聞きやすいフォーマットでコンテンツを届けて、興味持ってもらって、
その媒体なのか特定の記者なのかにファンになってもらって、高読してもらうみたいな。
なるほど、確かにそうですかね、最初の方におっしゃっていたテキストの方が取得しやすいのか、映像なのか耳なのかって人それぞれあるっていうので、
言うのも確かなことだから、それに合わせて形を変えていく、こうやってでもチャンネルがどんどん広がっていくわけですね、大変だ。
そうですね、本当大変ですね、本当そうだと思いますね。
活字離れに対する考えと今後の展望
なるほど、今日は本を読みましょうっていう話じゃない、もっとその先の話で、ちょっと面白いな。
でもそうですね、僕も結構本を読むのが好きで、読んだ本とかインスタのストーリーとかで結構あげてるんですけど、
ちょっとなんかインテリぶってる、ちょっと嫌なやつに若い子たちからすると、思われてるかもなって思っちゃいました。
そうですか、そっか、そうなってきちゃうのか、本読んでる余裕のある。
こんなカツジ読んでる前にインテリ仕草みたいな。そんなことは全くないんですけど。
いいですよ、そのままでいきましょう。
もし興味あれば読んでみてください。
予約からしたいと思います。
じゃあ、こんなところですかね、ありがとうございます。
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