やじまさんは最初、どんな職種からスタートされたんですか?
広報でしたっけ?
僕はですね、最初、あんまり外向けに言ってないんですけど、
表参道にある、もともと編集プロダクションだった会社が、
そこから広告代理事業とか、あとは文具とかステーショナリーの企画販売をやっている会社、
ほんと中小企業ですね。社員数でいくと30人とか40人とかの会社で、
その会社が、もともと編集プロダクションやってて、
もうなくなっちゃった雑誌なんですけど、
花子みたいな女性向けのタウン情報誌を、
まるっと会社で丸受けしてる編集プロダクションやってて、
でも編集プロダクションって下請けなんで、なかなか儲からないよねっていうので、
自分たちでウェブマガジンの事業立ち上げようっていう動きがあって、
僕大学生の時にサークルでウェブマガジン作ってたんで、
面白そうだなと思って入ったっていうのが一応経緯なんですけど、
でもそもそも、僕就職活動で失敗というかつまずきまして、
そうなんですか?今じゃ想像つかない。
もともと僕が就職活動してた時って、一番就職氷河期がそこの時代というか、
本当にどこ受けても書類で落とされるとか、
面接行けたとしても2時まで行けないとか、
そんな厳しいんですね。
いろんな会社受けましたよ。食品メーカーとか製法とかリクルートとか、
しまいにはアジア雑貨の会社とかまで受けて、
そうなんですか。
でものきなめ失敗して、さっきの編集プロダクションの会社が求人出してたんで、
さっきの面白そうだなと思って入ることにしたんですけど、
でもやっぱり就職氷河期とはいえ、大学の同級生とかは大手の銀行とか、
商社に内定取ってたんで、
ちょっと僕は、これはちょっと、このまま名も知れない会社に就職しちゃうと、
ちょっとつらいなと思って、一回内定辞退したんですよね。
そうなんですね。
なんか就職留年しようかなみたいな、思うぐらいちょっと思い詰めたんですけど、
やっぱりなんか当時って、やっぱり大学卒業したら大企業に行くのが当たり前だよねっていう時代の中で、
なんか名も知れない、スタートアップとも言えないような、編集プロダクションみたいな会社に行くって、
なんかやっぱり、ちょっとなんか劣等感というかね、みたいな気持ちもあったんで、
一旦内定辞退したんですけど、
でも、せっかくのご縁だし、
なんか、そういう新しいウェブマガジン事業をやるみたいなのも、ちょっと面白そうだったんで、
とりあえず頑張るかみたいなので、思い直して入った。
そうだったんですね。いろいろな葛藤があって、でも入るかって。
そうですね。
劣等感の中、とりあえずもうやむにやまれず、入ろうかと。
で、さっき言った編集プロダクションの部門じゃなくて、広告代理店の部門に配属されまして、
やることっていうのは、企業向けの広報誌。
はい、企業向けの広報誌。
要は、会員向けにこういうパンフレット作ったりとか、
企業の広告クリエイティブを作って、雑誌に入稿するとか、
そういう仕事をやる部門の営業職に、最初配属されましたと。
なんですけど、やっぱりキラキラした広告代理店のイメージとは全然違くて、
違ったんですか?
電通とかね、博報道とかじゃなくて、ほんとにちっちゃい中小の広告代理店なんで、
もうなんかめちゃくちゃ泥臭いんですよね。
例えば。
例えば、ある自動車ディーラーの販売店で、顧客向けに配る広報誌を作ったりとか、
あるいは顧客向けに、顧客満足度を上げるために、
千葉の田舎のほうで、ゴーカートのイベントやったりとか。
そういうイベントがあるんだ。
で、その担当者からは、ミーティングに行くたびに、毎回ご飯とか、おごらされたりとか、
そうなんですか?
野球のチケットを要求されたりとか。
そうなんですね。
とか、そういうのもあったし、
あとは、ある外資系の証券会社の広告の制作業務とかでは、
担当者の女性からめちゃくちゃどやされるというか、
結構強いお姉さんだったので、相手方が。
なので、ちょっと僕が広告の入稿作業とか、あんまりよくわかってなくて、
もごもごしてたら、
あんた、もっとちゃんとしゃべりなさいよ、みたいな。
どなられるっていう。
自慢されてるんですか?
いやいや、もう全然。
だし、社内も結構めちゃくちゃで、
先輩もギャルのすごいチャラい、クラブ遊びしてます、みたいな人とか、
あとは、片屋凌津寛吉、コチカメの凌津さんみたいな、
すごい豪快で、仕事はまあまあできるんだけど、
割となんかデリカシーがない。
キャラ濃いじゃないですか。
キャラ濃いですね。
ズカズカ、結構こっちに踏み込んでくる先輩とか、
あとは、夕方から酒を飲み出す、
大丈夫ですか?
おじいさんというか、おじさんとか、
面白すぎる。
あと、成り物入りで、有名な会社から事業部長として入ってきた人が、
1週間で失踪しちゃうとか。
どこ行ったの?
結構ヤバかったですね。
すごいですね。そんな濃いんですか?
みなさん、自由ですね、なんだか。
いや、もう自由っすね。
で、そういうかなりカオスな環境で、
僕自身やっぱりなんか、やっぱり営業向きじゃなかったんでしょうね。
やっぱり仕事は正直できなかったと思います。
正直その、口下手だし、あんまりその、なんかその、
都度都度なんかこう、その局面に応じて、
臨機応変に対応するみたいな、
起点が利くタイプでもないんで、
最初そのね、広告代理事業で、
その既存のお客さんのルート営業みたいな感じだったんですけど、
その後にそのウェブマガジンの事業が立ち上がって、
そっちの営業もやれっていうんで、
それはもう完全に土新機の営業で、
当時そのウェブマガジンの事業って、
そのバーティカルというか、
専門誌みたいなのを何十個も作るみたいな、
そういう構想で旅行の専門誌とか、
ペットの専門誌とか、
もうほんとバーティカルの、
そういう媒体を、いわゆる通常のなんか、
テキスト中心のウェブ媒体に比べて、
圧倒的なクオリティで、
雑誌みたいなクリエイティブで出しましょうっていう、
まあちょっとかなり時代的に早かったと思うんですけど、
っていうので、広告取んなきゃいけないよねっていうんで、
例えばペットのウェブマガジンの事業だと、
そのペットの雑誌を買ってきて、
で、そこに広告出行してるペットショップとかを、
連絡先調べて、一件一件電話して、
すごい地道な営業。
で、会いに行くっていう、
もう当然ながらそのウェブマガジンなんて、
全然知られてないし、
会社もね、何も知れない中小企業なんで、
そもそもアポなんて取れないし、
あったとしても、
まあ本当に街のペットショップとかもあるんで、
まあね、
そのバナー広告1本が月10万円だとしても、
全然売れませんみたいな。
まあそういう感じですね。
そうなんだ。
そのマガジン立ち上げから、
一件一件新規開拓ってなんかスタートアップみたいですね、
本当。
そうですね、そういう意味ではスタートアップっぽかった。
仲の人たちはね、もともと編集バター出身なんで、
あんまりそのデジタルとかインターネットとか、
詳しくはないですけど、
結構僕が最初入ったときは、
まあ3、40人で、資本金も1,000万円だったのが、