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はい、お疲れ様です。 7月の18日土曜日、
夜の9時39分です。 お疲れ様でした。
そうですね、今日は
昼前ぐらいから 大学図書館の方に来まして
夕方まで勉強と読書してました。
まあね、あのー、
スピノ・ザ・エチカの第1部、定理16、翻訳作業を進めてたんですけど
スマホのギガが早々になくなっちゃいまして、
もはやネットが激遅なので、
ネットの回線をMacの方に飛ばして、
MacBookの方はネットしてるんで、
スピノ・ザ・エチカの翻訳作業でMacBook使ってるんで、
あまりにもちょっと遅いので、
GPTも使えないし、
調べたいなと思った時に、ネットで調べることができないので、
めちゃくちゃストレスが、
スムーズにちょっと進まないというところがあって、
途中からちょっと、これはちょっと効率が悪いなという気がしてきて、
エチカの翻訳作業はちょっと中断して、
こちらですね、主体の論理・概念の倫理、
20世紀フランスのエピステモロジーとスピノ・ザ・主義、
こちらを途中から読んでました。
今日読んだのは、第1部、第2章ですね。
ウーリア・ベニス・シナスールという人が書いた、
カワイエスについての論考、
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概念の哲学・株構造の諸要素というタイトルの論文を読んでました。
やっぱり難しいですね、内容的にはかなり。
なかなか難しいなという感じの内容にはなっていまして、
一応この論考自体は今日全部読み終わったので、
何ページぐらいあったかな、結構長かったけど。
結構長かったかな。
45ページから110ページまでなんで、60ページぐらいの論考ですね。
読み終わりましたね。
カワイエスの思想というのが、哲学というのが解説されているところになるんですが、
要は主にヘーゲルとスピノザの哲学を言ったり来たりしながら、
ヘーゲルとスピノザの哲学の特徴を言ったり来たりしつつ、
それとのカワイエスの哲学の違いみたいなものを
考察しているような内容だったかなと思います。
結構難しかったですね。
あと2、3回読まな、これはちょっと解説できるほど、
なかなか理解するところまで難しいかなという内容でしたが、
自分の興味の対象として、
やっぱりヘーゲルとスピノザというのが一番大きい興味なんで、
そこがかなり哲学的に比較、考察されている内容の部分が多かったので、
これはなかなか自分の興味のど真ん中という感じの内容でしたね。
やっぱりヘーゲルの哲学というのが分かってないんですね、まだ。
スピノザの哲学の雰囲気というのはだいぶ掴めてきている感覚があるんやけど、
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ヘーゲルがやっぱり難しいね。
雰囲気、イメージみたいなものは、
ざっくりとした輪郭みたいなものは掴んでいるような気がするんやけど、
ちょっと詳しい話になってくると、一気に迷子になってしまう感覚がありますね。
あとフッサールとかともちょっと比べられているんやけど、
フッサールもほんのさわりのイメージ、
ざっくりこんなイメージですねっていう感じぐらいまでしか分かってない感じするんで、
なかなかね。
でもね、ちょっとこれもね、前それこそ
峰小澤メロンさんのブックカフェね、ホットキャスト番組。
福尾匠さん、哲学者の福尾匠さんと対談している回があって、
その中で確か福尾さんが言われてたんだよね。
福尾さんが高校生の時やったかな。
初めてサイト反復っていう哲学書を読んだんだと。
初めて読んだ哲学書がそれだったんだと。
で、峰小澤メロンさんが、それって最初から読めましたかと。
そんな一冊目それでまず読めなくないですかみたいな形で聞いてて、
それに対して福尾さんは、もちろんね、
やっぱりサイト反復の中では前提となる哲学者ってむちゃくちゃ多く取り上げられてるんで、
そういう哲学者の知識がない状態で読むことって可能なんですかみたいな感じで確か聞いてたんですよね。
それに対して福尾さんが答えてたのが、
もちろん個々の哲学者、取り上げられてる哲学者の哲学については理解はしていないんだと。
ただそれでも、そのサイト反復の中だけで取り上げられている、
そのサイト反復だけの中だけで完結している論理性みたいなものがあるんだと。
それを追っていくだけでも十分にその哲学者を楽しむことができるんだというような話をされてましたね。
例えば、その中でデカルトとかもちろんヒウムとかラカンとかいろんな哲学者取り上げられてると思うんですが、
そういった個々の哲学者の中身について全く知らないとしても、
そのサイト反復の中でルルーズが考えるその個々の哲学者っていうものが語られているので、
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そのサイト反復の内容の中だけで完結する論理性みたいなものを追っていけば十分に読むことができるんだというような話をされていて、
なるほどなと、そういう前向きな考え方があるんだなと。
何かちょっと難しい本を読むときの心理的なハードルみたいなものを取っ払ってくれたような話をされていましたね。
それをちょっと思い出しましたね、読みながら。
もちろん個々の哲学者、ヘーギルだったりとかスピノザ、フッサル、それ以外のいろんな哲学者が主体の論理概念の倫理の論考、
今日読んだ論考の中でも取り上げられているんだが、もちろんその個々の哲学者については全然完全に私もわかっているわけではないと。
それでもこの論考の中だけの論理性を追っていけば、何となくでも読書を楽しむことができるんだというような気持ちで読んでましたね。
そんな感じである程度軽い気持ちで文章を追っていけば何となく読み通すことはできましたね。
全く読めていないという感覚もなくて、半分ぐらい、半分弱ぐらいは何となくの雰囲気は掴めているんじゃないかなというような理解度ですかね、自分的には。
まあね、でもこういう本ってね、やっぱり読んでてね、むずいと、めちゃくちゃむずいと、これを書いた人はどんなに天才なんだろうという気持ちしか起きないんですけどね。
読んでてもね、実際読んでいる最中はわからない部分とかが結構多くて、果たしてこれを読んでいることに意味はあるのかと思ったりするんだけど、
全部読み通して全体を振り返ってみると、やっぱりこう、何というかな、何かしらやっぱりは得るものはあるよなという気持ちになりますね。
何というか、こんな難しい、ちょっとマニアックな本ですよね。
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ほんまにこれ誰が読むんだと、この本を読んで理解誰ができるんだというような内容ですよね。
まあそれこそ、ドゥルーズの斎藤晩復もやけど、普通の一般読者の人が読んで何割理解できるんやっていうようなめちゃくちゃ難しい内容の本ですよね。
それをひたすら、あんだけ太い上下感にわたってあるような本ですから、ひたすらの文章が連なっているわけですよね。意味のわからない。
そういう文章にあふれることの意味みたいなものを、本当に何というかな、意味があるのかと。
そこまで時間をかけて意味のわからない文章をひたすら目で追うことに何か意味はあるんだろうかと。
もちろん追うこともあるんですが、やっぱり本全体の中でいうと、それこそ10分の1かもしれへんし、20分の1の部分かもしれへんけど、
そのわずかにその本の中から自分が読み取れた内容というのが、やはりすごく価値があるんだと思いますね。
一般の人は読むことすらしないような内容の本を読み通して、しかもその内容のうちの10分の1でも20分の1でも自分の中に落とし込むことができれば、それはすごい価値があるんだと私は思いますね。
やっぱり人と同じ本を読んでたらダメなわけですよ。
やっぱりよく言われるベストセラーとか、世に売れてる本ですよね。誰もが読みやすい小説とかライトノベルとかベストセラー小説とかそういう本に関してはみんなが読むので、もちろん面白いというのはあるんでしょうけど、
それに対する希少性というか、やっぱり誰も読まない本を少しでも読んでいく、わからないなりに読んでいくという姿勢が大事なんじゃないかなと私は思って、
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こういう難しい本、それこそ10分の1理解できるかできひんかみたいな内容の本をあえて読んでいくということが、自分にとっての価値のあることなんだと私は思って読んでるんです。
読めないなりに。
そういう感じで、今日は読書メインの1日でしたね。でも語学も少しずつはできたんで、よかったかなと思いますね。
あとね、今日は攻殻機動隊ね、今アニメで始まったんですよね。
で、それの1話がね、録画をね、ちょっとし忘れてしまって、見ることができない状態になっておりまして、私ね、どこもそういうアベマとかね、ネットフリックスとかそういうサブスクは入ってないので、見ることできないんですよね。
でもね、めちゃくちゃ見たいからね、30日無料とか無料試しとかがあるんで、ちょっと入って、それだけでも見たいなという思いがありますね。攻殻機動隊めちゃくちゃ面白そう。見たい。
そうですね。
やっぱりね、エチカすごくいいね、やっぱり好きやな。
なんかこうやっぱり今日この論文読んでるときもね、めちゃくちゃやっぱりスピノ座っていいなって、スピノ座勉強しててよかったなってすごく思うんですよね。
中身は覚えてないけど、スピノ座勉強しててすごく安心感に包まれてるわっていうなんとなくの記憶だけは残ってますよね、自分の中に。
それだけでも価値あるんですよね、自分にとっては。
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そんな感じで喋ってますね、なんとなく。
まあね、この本長いな。長いのと高い。今何本ぐらいになってるんやろこの本。まだ値段変わってないんやろな。
ロンリーどっかで安く出てないんですかね。