眼科受診と目の不調の原因
はい、おはようございまーす。 本日は7月の18日土曜日、朝の8時8分ですね。
朝は5時ぐらいに目が覚めて、そこからダラダラとニーナさんのドイツ語制度区間移動が
制度区間移動の方を進めてました。ボリューム2ですね。
大分、文章の分析の方が進んでまして、
あと最後一文残すのみというところまで来てるんですけど、ちょっと力尽きて
ちょっと音を取り出しました。
まあね、だいぶダラダラとやってますね。
すごくダラダラと進めてしまってるなという印象ですが、
まあやらんよりはマシですかね。
昨日はね、仕事が終わってから
実はね、ちょっとあの眼科の方に行ってまして
というのもね、この前職場の健康診断があったんですけど
そこでね、ちょっと眼底検査の方でですね
ちょっと、黄藩神経症っていうのかな?
違うな。黄藩変性症だったっけな。黄藩変性症疑いっていう診断結果が出たので
黄藩っていうのは黄色に
なんかね、藩ですね。
毛子藩とかの藩って言うんですかね。黄藩変性、変わる性質が変わる変性症ですね。症状の症ですね。
黄藩変性症疑いっていうことで、ちょっと眼科の方に行って見てもらってきました。
結果としてはね、やっぱりちょっと
黄藩変性症ではなかったんやけど
要はね、眼球の裏側に水が溜まっているということで
やはりちょっと症状として
ちょっと病気というかね、目の病気ということで診断されました。
要はね、これ原因何かっていうと、やっぱりね
ストレスらしいです。結構勉強とか読書とかしてるんで
長時間そういう形で小さい文字を見てるんで、それが原因ですかねって聞いてみたら
どちらかというとそうではなくて、職場のストレスとかね
精神的なストレスが過剰にかかっている人によくある症状なんだということでした。
一応ね、その飲み薬処方されましたね。飲み薬処方されたんで
これとりあえず1ヶ月飲んでみてくださいと。
また1ヶ月後ぐらいにちょっとどうなってるか様子見てみましょうということで
はい、そういう診断でしたね。
最近確かに目がすごくかすむというか
目の違和感っていうんですかね。違和感。
なんかね、やっぱり目がちょっと腫れてる感じがしてたんですよね、ずっと。
圧迫感というかね。
それが多分水が溜まってるっていうことだったんでしょうね。
そういう自覚症状もあったので、まあまあ行って良かったですね、早めにね。
やっぱりね、健康診断って意味あるんですよね。
多分ね、健康診断とか受けてなかったら違和感あるけどまあまあ
なんともないやろぐらいの感じで多分絶対放置してたんでね。
やっぱりそういうふうに、そういう疑いがあるよっていうふうに健康診断で出た場合は
絶対にね、ちょっと医者にかかって詳しく検査をね、してもらった方が
いいなと思いましたね。
そうですね。
ブログ記事への反響と哲学学習のモチベーション
まあね、そうやね。
なんかあるかね。
最近ね、なんかあるかね。特に何もないんよね。
うーん、なんか言うべきこと、言いたいこと、あるんかね。
特にここ2,3日、何も特に取り立てて言うべきことが見つからないな。
なんかあったかな。ちょっと日記帳でも見てみるか。
そうやね、エチカ第1部定理15ね、ブログの記事をね、上げましたというのを
まあツイッターの方でね、投稿したら結構反応がね
いただけて、すごく嬉しかったですね。あのぐっちぃさんっていう
この方もスピノ座をね、研究されている方にすごくリポストとかしていただけて
コメントまでいただけて、すごく嬉しかったですね。
あの、まあ、そうやね、結局一人で勉強してるんで
あまり他の人とコミュニケーション、哲学に関してコミュニケーション取れるってことがほぼないのでね
まあツイッターで情報収集とかはしてるけど
自分が何か発信したことに対して、何かリアクションをもらえるというのはすごく嬉しいですね。
なんかこうやった甲斐があるというか、ちゃんと自分の
やったことも少しは届いてるんだな、呼んでくれる人がいるんだなというのを実感することができるので
すごく嬉しかったですね。
まあね、ちょっとね、スピノ座に関してすごくモチベーション上がってるので
この勢いのまま定理16の方もね、進めていきたいと思っております。
そうやなぁ、あとは何か
近況と時間の経過
ここ2,3日ね、何かやってるかなぁ
ほんまに、普通に仕事して帰ってきて、夜はね、ほんまダラダラしてましたねー
前ちょっと言ってた、えーと、あれですね、あのー、長吉、長吉
長吉のね、本を、車谷長吉ね、車谷長吉の漂流物をね、ちょっと読んだりとか
メロンさんのね、ディスクロニアのハトドケ読み進めたりとかしてましたねー
うん、あとは世界バレーね、バレーボールのネイションズリーグ見たりとか
まあちょっとダラダラ系の2,3日でしたねー
うん、そこまでストイックにはできていないっていう感じの印象ですかねー
まあ今日はね、3連休の初日か
3連休の初日なー、特にね予定が全くないので
いやー、ほんまにね、また勉強をして過ごすぐらいしか、もうもはや
うん、やることが特にないので
勉強の3日間になりそうかなとは思ってますが
まあまあそれはね、それですごく充実の3日間にはなると思うので
まあいいんですけれども
うん、なんやかんや言ってる間に7月ももう半分以上終わってるんですね
早すぎますね、この前7月始まったと思ってたらもう半分以上残すところ3分の1ぐらいということになってまして
いやー怖いですねー
月日が経つのが早すぎる
日々ね、一日一日
自分のやるべきことをやれているのかと言われると
やれているような、もっとやれるようなっていう感じですけど
まあまあ
なんとかね一歩一歩
遅い歩みなりに進んでいってるかなーという感じですね
うーん、そうやね、言うことがない何も
AI音声と「本当のこと」への問い
それ以外特に何も思いつかないですね、言うべきことがね
暗記アプリとかについてもね、もうちょっとほんまは
やりたいところやけど、ほんまに仕事中のねちょっとトイレ休憩とかの時に
1、2問解くぐらいの運用しかできてないので
もうちょっとやりたいなぁ、あとは昨日ちょっと
病院のね、待ち時間で少しやれたかなーっていうぐらいなので
もう少しね、寮をちょっとやっていきたいなとは思うんですけど
そうやなぁ
まあ今からはね、ちょっと朝ご飯食べて筋トレして
そっからね、エチカの定理16ね
ちょっとまたノートに書き写しの作業の方をねしていこうかなとは思いますが
うーん、そんな感じで
まあ今日もだらだら1日勉強するんでしょうねっていう感じです
そうですね
あとはね、何やろうなぁ、ほんまにないなぁ
なんか言うべきことないかな?ちょっとポケットのノートの方もね、最近あんまり書いてないから
何も書いてないような気がするけど、何か書いてるかな?
何かありますかね
そうやな、あとはまあポッドキャストはね、あの
聞き買い買いとかね、メロンさんのブックカフェとか聞いてますね
なんかすごくこうメロンさんの
ブックカフェ、その文筆家のファさんっていう方との対談だったんですけど
すごくなんか刺さることがすごく言われてたような気がするんですけど
忘れましたね、そういうことをねこのポケットノートに書いておくべきなんだけど
ちょっともう1回、1から全部聞き直したいなっていうぐらい
何か刺さることが言われてた気がしますね
あとポケットノートに書かれていることを少し共有しておくと
なんかね、最近YouTubeのCMが流れることがあると思うんですけど
そのCMの音声がAIで作られていることが多いですよね
なんでAIで作られてるってわかるかっていうと
ちょっと若干漢字の読み方が間違ってるところがあったりとか
なんか変な発音してるところとかが若干あったりして
これAIなんやなって気づく瞬間があるわけですよね
それまで普通に人間の声かなって聞いてたのが
そういうちょっと言い間違いとかイントネーションの違和感とかで
これAIなんやってわかった瞬間に
AIじゃないんやなっていう、なんか覚める感覚みたいなものがありますよね
なんかやっぱり人の心が通ってない人は実際に喋ってるんじゃないんだっていうことが
自分にとってのがっかり感みたいなものに繋がってるんですかね
本当のことを言う練習っていうドモンランさんの本があったと思うんですけど
本当のこと、AIがそういうふうに喋ってることっていうのは
それはいわゆる本当のことではないんじゃないかと
でも本当にそうなのかという気もするんだよね
そもそもAIと人間なんていうのはむしろ変わらないんじゃないかというふうに逆説的にも思ったりもする
AIが作られたもの、人の心がこもってない、要は偽物であるというふうに定義するのであれば
人間自体もですね、ひるがえってそもそもオリジナルなんてものではなくて
要は人間とAIなんて所詮は一緒のものだよという括りも大胆に言ってしまえばできるのかなという気もしたんですよね
人間自身にも本当のことなんてないんじゃないかっていう
自分たちが単にその人間、ここのパーソナリティとか個性とかっていうもの
人間自体を指して、そういう本物とか本当のことっていうふうに定義してるけれども
それは果たして正しいんだろうかと
そもそも人間自体は本当のことっていうのがなくて
ただの解釈に過ぎない、解釈に過ぎないっていうとちょっとまたニュアンス変わってくるけど
別にAIと同じようなものであるというシニカルな冷めた見方も霊性的な見方っていうのもできるのかなと思いますね
でもそれはおそらくね、前メロンさんがラジオの中でも言われてたように
メロンさんが小説とか文章の中で書く一つの大きなテーマであるというふうにもどこかで
おっしゃっていたのかなと思うんですが
そういう見方もできるのではないかなと思ったりしましたね
本当にAIなのか、本当に人間が喋ってることなのかっていうのがおそらくもう
今現時点でもわからなくなってきてるし
少しそういったイントネーションとか間違いとかから気づくこともあるけど
もう少ししたら完全に区別がつかない時代っていうのが来てしまうんだろうという一歩手前まで来てるわけですが
そうなった時に
どうなんでしょうね
それでもやっぱり人間の中にこもる
あったかみだったりとか、その人間自体が実際に喋ったりとか実際に
何か手作りでAIを使わずに行うことに対する価値っていうものが今後どういうふうに認められていくのかっていうのは
少しちょっと注意してみていきたいなと思いますね
AIの方がもちろん
知識的にも論理的にも
もちろん人間よりも
上というかすごく客観的なクオリティで言うと
非常に質の高いものが簡単に出力できる時代っていうのがもう今来ている現在において
今後もっとどんどん進んでいく人間がAIに勝てない状態っていうのがねクオリティっていうのが
ただ単に客観的な質とかね質とかクオリティの面で言うとAIには遠く及ばない時代になった時に
それでも人間の手仕事感というのかな
ある種人間の不完全性というものに価値が出てくるという
形になってくるんでしょうね。おそらくね。 そういう不完全性っていう部分にある種の
人間性みたいなもの、その本当さ、本当さですよね
っていうのが価値として付与されてくるんじゃないのかなと思っている
というところがありますね。 だから今後は完璧な文章とか
論理的に正しい文章っていうものに相対的に価値が下がってくるわけですから
逆に言うと、論理的に不完全で
筋が通ってないような 曖昧な表現だったりとかっていうものの相対的な価値が上がってくる
やっぱり不完全な作品とかね 意味のわからない
ものとかね ある種の現代アート的なものが
価値が見直されてくるんじゃないのかなと思いますね。 そんな感じで思いましたというのをちょっと
喋ってみましたね。 だいぶ時間も経ってるでしょうからこれぐらいにしておこうかなと思います。
それでは今日も一日頑張っていきましょう