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【3-2】 コミュニケーションを手段化することの弊害
2023-11-01 31:40

【3-2】 コミュニケーションを手段化することの弊害

主張をすることに対して遠慮や罪意識を感じてしまうことがある自分たちに対して、アメリカやイタリアの事例から主張やコミュニケーションは手段ではなく、ヒトに自然に備わっている営みではないかというお話。

手段として捉えるからコミュニケーションに対して上手い下手の評価をしてみたり「コミュ障」という言葉が生まれたりする。下手だと自覚してどんどん磨く機会を失ってしまう。いきなり海外レベルではないにしても今から"自然と"磨けることはたくさんあるだろう。

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お茶漬けナイト - Ochazuke Night @ochazukenight

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00:01
この番組は、何かしらの海外と関わる経験を持つことで、日本を客観的に見る、または見たことのある3人が、様々なトピックについて議論して、社会的または個人的な幸せを語ることができたらと思って始まった番組です。
えり、ゆう、まさの3人でお届けします。
もう録音したらいいかなと思うけど、やってみよう。
えり、うちがこの間の録音で、えりにランダムなお菓子のチョイスどうしますか?って言われました。
この話、なんの話だったっけな?
何だっけ、喋っとったやつって。
主張が生まれたかどうか。
主張するできる人と、主張しないみたいな、主張またはできないみたいな、そういうのあると思うんだけど、主張がわがままやと思う考えの人もおったり、主張はただの自分の意見だっていう人もいたりするから、
うちはその狭間で悩むわけ、これはわがままなんだろうか、それとも、お菓子くらいやったらリスク低いやん?別に誰も傷付かへんやん?
ご飯行くのも別にリスクは高いわけじゃないけど、誰かがいるやん?
だから、そのトートタリアンじゃないけど、全体の幸せが保証されるのであれば、少ない犠牲はオッケーみたいな考え方をしてしまって、私は常に自分が犠牲になってもオッケーって思ってる。
そうなんだ。
だから、全体数的にみんな幸せやったら、うちはわりとみんなのリアクションにごちそうさまやから。
めっちゃいいフレーズや。
でもな、それが怒られるときもあんねん。
だから、え?じゃあゆるは何がいい?みたいな言われたときに、別になんでもええねんって言ったら、なんでもよくないねんけど、みたいな。
でも、なんなら食べたくないものはあるけど、別に食べたいものみたいのはない、みたいな主張?主張?みたいな。
だから、ストレートに今日イタリアンがいい、みたいなのを言ってしまえばいいねんけど、
なんか出てきえへんねんな、もうそのときには。
でも、腹の中では、なんやろ、うすうす気づいてるみたいな。
03:04
あーわかるわ。私ももちろん中というと、そうだね、周り、友達何人かといて、なんかどうするとかっていうと、私は結構主張しない方かも。
なんか周りの全体体、てか、むしろ周りが何を選ぶか、それが知りたいから、あんまり自分のこうしたいっていうことに、自分自身もあんまり興味がない。
めっちゃさ、やっぱさ、エリエってすごいなって思うんだけど、やっぱ他の人への、人間への興味がすごいよね。
いつもうち誰が何食べたいとか、もうすぐ忘れちゃうのに。
エリエは絶対わかってるやん。
そうかな。
覚えてるかどうかは、ちゃんと聞いてる。
そうだね、でも確かに私の気になるところは、そうだね、なんかその人の思考とか、なんだろうな、なんか選択するとか、なんか決めるときとかも、あ、だからこれにしたいんだとか、なんかそれ自体が興味あるから、あんまり自分が、
なんか例えばじゃあイタリアに行くかどうかみたいな、全員私は何でもいいよって感じ。
そうなのか。
マサは?マサはなんか、うち主張あるイメージ。
そうだね、ご飯食べに行くとき、関係性の近さにもよるけど、本当に関係性が近かったら、俺何が食べたいって言うの、俺が言うわ。
ただ、俺は弟と妹がいたっていうのもあって、自分の主張だけ通したらちょっとかわいそうだみたいなのも、やっぱり子供のときから叱ってきてるから、選択肢を出すように心がけてはいるかな、これとこれとこれがいいんだけど、この中だったらどれがいいみたいな。
でもさ、それって全部マサが好きなやつやろ。
そうそうそう。
幸せやな。
でもそれでさ、まんまと選ぶ私とエディやんな。
誘導尋問みたいなことになってるやん。
だから俺ほんとあれだな、自分の欲に中立感を。
自分に視点があるんだよね。
それすごい素敵なことやった。
でもね、あれだよ、俺も昔は言えなかった。
ただ俺の場合は言えなかったっていうのは、間違いなく自分にこうしたいっていうのがあるんだけど、ただ出る杭は打たれるって言われるから言いにくいっていうのがあったね。
06:00
最近になってからかな、全然言えるようになったね。
それってなんかきっかけがあったの?
大人になったらみんなちゃんと、それぞれがこうしたい、ああしたいと言っても、話をちゃんとみんな聞く土壌があるっていうのは一つあると思うのと、
あとはまあ多分、前の会社が関係あるかどうかわかんないけど、ここ数年は自分の意見をしっかり言うみたいなので、ポジティブに評価されることばっかりだから、
もうじゃあいいや、言ってしまえみたいな、そういう状況にあるかもな。
そういうキャラとしても思われてるみたいなのもあるかもしれない。
それにカコつけてというか、じゃあもう安いから言ってしまおうみたいなのもあるかもな。
それでさっきの優が言った、主張はわがままかどうかみたいな、キャラって強いよね、カード的に。
キャラってわがままとかじゃないよね。
その人みたいな。
これはね、主張がわがままなのかっていうのがめっちゃいいトピックだ、さっき言ったのは、
多分俺はね、自分が主張するのはわがままになっちゃってるんじゃないかっていう、
心の中に魚の骨が刺さってる状態がずっと続いてるのよ。
本当にいいの?みたいな。本当にそれ言っていいの?って。
それはやっぱり小さい頃からね、ベルクイは撃たれるっていうのを言われてきたから、
そんな言ったらあかんみたいなのが多分ね、無意識的にあると思う。
やっぱりどういうふうに、そうだよね、追い立てって大きいよね、そういう部分で言うと。
あると思う。
なんかそれで言うとさ、今、例えば私は小学校の時にアメリカに住んでて、
小学校3年生の時に正確に言うとアメリカに引っ越したんだけど、
3年生ってさ、結構ある程度自分の意見が言えるようになったりとかさ、
発言っていうものをきちんとするようになる年齢じゃない?
すごい衝撃だったのが、
私は入学した当時はまだみんなみたいに英語がうまくしゃべれなかったから、
最初は英語を勉強しながらみんなのクラス、
みんなで例えば算数とか学ぶときだけ一緒にいるとかって結構行ったり来たりしたんだけど、
09:00
ある程度しゃべれるようになったときにすごい思ったのが、
やっぱり同じ授業を受けてて答えがわからないのに、
手を挙げる子がいっぱいいるわけよ、同じクラスに。
へー、俺もそれすごい衝撃。
すごいよね。
私なんか最初さ、言葉がそもそもついていけないから、
なんであんなに早く手を挙げられるのとかさっぱりわからなくて、
先生がまだ何聞いてるかわかってないから、
でもやたら先生が質問が聞き終わったと思ったらもう手が挙がってるみたいな、
3人くらいしかも。
あれは何なんだみたいな。
でも一生懸命聞き取ろうと思って聞いてて、
あるときわかったら、この人たち答えわかってないのに手を挙げてるんだって。
それで何を言うわけ、そういう手を挙げて。
それで当てられて、答えられてない人が結構いるわけ、普通に。
結構当てずっぽとか。
手を挙げて先生にじゃあって言われたら、
何言おうと思ったかわかんない、忘れちゃったとかさ、
そういうのも結構普通にある。
でも誰も批判されないというか、
なんかそういう、なんかもう普通なの、それだけ。
日本だったらさ、そんなことしたらさ、
怒られるよ。
怒られるよね。
絶対怒られる。
それが自分の中で、
その年齢ながら結構衝撃で、
自分は何言いたいか、主張というものがさ、
出来上がってない状態で、なんか手が先に挙がるって。
どうやって言うの?
手挙げて、それではいって言われて、
何言っていいかわかりませんが、手挙げるなよって。
めっちゃ面白い。
なんかさ、うちも同じような経験があって、
トルコにいろんな全国各地、世界各地の子が集まるみたいなのがあったんやけど、
そのメンバーと話した時に、
なんか、それに対して普通さ、
もう16、18くらいの子やからさ、
みんな普通なんか意見があるみたいなのが、
普通のデフォルトみたいな感じやねんけど、
そこでさ、なんか、うちはある子が、
いや、これに対して別に意見そんなないし、みたいな、
ぐちを言い始めてん、急に。
全然関係ないぐちを言い始めてん、トピックに関係ない。
で、え?って言ったら、
私めっちゃ時間無駄にしてんねんけどって思ったんよ。
私はな。
でもさ、もう1人のさ、アメリカから来た子はさ、
あ、そうなんだって言って、
なんか、その、わからないもん、
ぐちもバリってみたりする、なんていうの。
そんなことをさ、うちは経験してないからさ、
それまでに。
イェー、みたいなの。
それを真剣に聞いてるあなたすごいって思って。
12:01
私は何を聞かされたんやと思ったんやけど、
なんか、そういう意見ないこともOK、みたいな、
なんか、やっぱ、プラクティスすごい素敵やなって思って。
だから、エリが経験したのって、もうめっちゃ若いやん。
10代にもなってないうちに、
そういう経験があって、
だから、なんか、エリが経験したのって、もうめっちゃ若いやん。
10代にもなってないうちに、
なんか、めっちゃうらやましいって思った。
いやー、そうなんだ。
そりゃ、主張するわ。
うん、でもほんとに、
こういうところに座った人は。
そうだね、やっぱ、ここの時のそういうこう、環境。
自分が主張するときに、自分、周りがどう反応するかって、
やっぱ、その積み重ねって本当に大きいなと思って。
学校でいうと、
例えばね、私はアメリカに住んでて、その後イタリアにも住んでるぐらいで、
イタリアでは大人になってから移住したから、ちょっと状況が違うけど、
なんかすごい、前も話したかな、なんかさ、
イタリアの学校って、
必ず試験で、
高等で先生が、
各生徒に対して、
普通にだから、期末とか中間と同じような感じで、
科目に対して、
各生徒が、
クラスの前にこう、
行って、何か質問を高等で答えなきゃいけない。
それが、歴史とか、数学とか、
なんか何でも、どの科目もそうなんだけど、
必ず高等で答えるっていうことが、
試験の一部だっけ?
で、技術だけじゃん。
だから、歴史とかってどうするの?みたいな。
どうやって点数つけるの?とかっていうと、
それは、なんとなくうまく話せば、
点数がつくんだよ。
だから、イタリア人はあんなに話すのがうまいんだと思って。
いや、すごいね。
でも、それ本当に面白いなと思って。
だって、先生も先生じゃん。
なんか、ふんふんって聞いてて、
この人の回答の仕方は面白いな、とか。
なんか、ちょっと的を経てる、言われてないような感じは、
まあ、これぐらいかな、みたいなさ、
そういう感じでやってるわけですよ。
なんかさ、
全然その主張っていうさ、
もの自体が違うよね。
そういうふうに育つわけじゃん。
子供の頃から何回も何回も、
何回も何回も試験を受けてるわけだから、
本当に、だからさっきのさ、
主張がわがままっていうのもさ、
そういうふうに育った人からすると、
わがままの波にも、
なんていうの、こう、
いったものがうまく、
こう、なんとなく、
言えちゃうっていうのは、
それが正解というか、
それが点数みたいな。
15:01
たぶん、主張がわがままなのかどうかみたいな、
質問すら思い浮かばないだろうね。
そうだね。
主張がわがままにならないと思う、たぶん。
ほんまやんな。
すごいね。
俺今エリの話聞いてて思ったけど、
やっぱその、
今アメリカの話とイタリアの話、
知ってもらったけど、
なんかこう、
コミュニケーションが手段じゃないよね、もはや。
なんかコミュニケーションとか、
自分の思ったことを言うことがさ、
なんかもう、
なんだろう、
必要とかっていう次元じゃないな。
なんかもう、
自分でやってる気がするけど、
なんかその、
俺は少なくとも、
この日本の中で育ってきた中で、
コミュニケーションは、
結構手段として捉えてる感じすんだよね。
だからさ、本屋さんでさ、
コミュニケーションをどうやって上手くするのか、
みたいな本がずらずら並ぶわけじゃん。
手段じゃんね。
手段として磨くみたいな。
なんかこう、
ナチュラルに、
生まれてこの方やってきました、
上手くなってきましたみたいな話じゃないじゃんね。
そっか、だからコミュニケーションとか、
そういう言葉が出るのはね。
そうそうそうそう。
そういうのないわ。
イタリア人の感覚として、
コミュニケーションは何?みたいな。
そもそも、
もう備わっている、
人間に自然に備わっているものみたいな感覚で、
生まれてこの方磨いてんじゃないかな。
そうだね。
確かに。
何かをするためのツールっていうよりか、
何て言うんだろう。
うん。
やっぱこう、
芸術的な面もそうだけど、
イタリアって結構その、
歴史的にも、
うん。
多く、そうだね、
芸術性の高いっていうのかな、
なんかそういうものをこう生み出してる、
多く生み出してる国だから、
うん。
何かこう、パーパスがあるとか、
なんかそういうことじゃなくて、
そういうものなんです、みたいな。
ね。
そう。
めっちゃわかる。
何か2人の話聞いてて思い出したんやけどさ、
何か携帯のさ、
何かニュースとかでさ、
何か、
よく出てくるのが、
こう、何かできる人は、
こういう話し方をする、
とか、
上司になっていく人は、
こういうふうに、
お久しぶりです、以外の言葉を使う、
みたいなさ、
気持ち悪って思わへん、何か。
あれ何なん?って、
何かさ、
何か本当に、
今そのマサトエリが言ってくれたから、
すっときたんやけど、
何で気持ち悪いって思ってるかって、
何かコミュニケーションをフレームワーク化する、
みたいな。
そうだよね。
そうなんだよ。
フレームワークとかね、
手段とかにするね、
18:00
そう。
だから何だっけ、
何の本やったかな、
何か、
何かこう、
愛される人は無駄話ができる、
みたいな、
無駄話の仕方、
みたいな、
何か意味わからん本があって、
うち、
そんなんさ、
うちそんなん別に無駄話得意な方じゃないけど、
何か、
無駄話を体系化しようとしてんの?って、
これどういう、
何かどんだけこう、
できづらい人多いの?って思って、
何かそれが売れるって、
めっちゃ需要があるんやなって、
何かそれは、
何かショックな、
経験でもあり、
何だこれ、
みたいな、
何だろ、何かがっかり、
みたいな、
何かすっごい複雑な気持ちになった。
そうだ、
効率性のためなんだろうね、きっとね、
コミュニケーションなんか。
うん。
すごいな、
資本主義社会的やん。
何か最近、
何かどこだったっけな、
シンガポールの何かの本で読んだんだけど、
シンガポールの何か有名な大学で、
何か今、
知性学っていう学問がだいぶ流行っているっていう中で、
忘れちゃったんだけど、
シンガポールの大学の学長さんが、
日本人は優秀だし、
効率性が高いから、
だからその、
何、もっと頑張れと、
みたいなことは言ってました、
みたいな書いてあったんだけど、
今の俺の視点からいくと、
どこが効率的なの、
日本みたいなことを思ったりするわけだけど、
でもやっぱりそういうところにもあるんだろうね、
コミュニケーションとかのさ、
効率性とかさ、
言ったら無駄話しないみたいなのあるじゃん、
海外から見たら、
効率的、
ちょっと実態を知ってる自分にとって、
効率的かどうか、
うーん。
うーん。
ただ、その、
愛すべき無駄っていうのもないってことなんだろうけどね、
きっと。
そうだね。
うーん。
そうだね。
なんかそれで言うとさ、
ちょっと最近、
なんかあったことで、
今思い出したのが、
最近、
私と夫と娘と3人で、
友達の家に遊びに行って、
友達なんだけど、
私たちと同じような感じで、
旦那さんがイタリア人、
奥さんが日本人で、
子供がちっちゃい赤ちゃんがいて、
で、奥さんは別にイタリア語を喋らない、
家庭ではどちらかというと、
日本語で喋ってるみたいで、
私たちはちょっと違うから、
ちょっとそこが違うんだけど、
面白かったのが、
私はその旦那さんと、
英語とイタリア語と、
21:00
ちょっと日本語交えてみたいな感じで、
喋ったりしてて、
で、なんか、
イタリア人って、
結構人で集まって、
ご飯とか食べてるときって、
最近あった、
ちょっとなんか、
面白かったエピソードを、
面白おかしく語るのがよくない、
本当にくだらないことが多いわけ、
なんか、
それがさ、
点数、
買い物行ったらさ、
間違えて、
なんか、
駅間違えちゃった、
個人に間違えちゃった、
ほんとそういうレベルのね、
何を言うのを、
いかに面白く語るかっていうのが、
みんなで過ごすときの、
コミュニケーションなわけ、
で、なんか、
イタリア人の旦那さんの彼は、
なんか、
どうやら、
最近、
ドアの扉の角から足をぶつけて、
すごい痛い思いをした、
でも、自分がそれを語るんじゃなくて、
奥さんにそれを語ってほしかったわけ、
面白おかしく、
イタリア人らしく、
でもさ、奥さん日本人さん、
だから、日本人らしく、
そうなんですよ、旦那が先日、
ドアに、
指ぶつけていたがってました、
終了、
その語り方も、
日本語でこう話してるわけ、
なんの面白さもさ、
特にない、
で、奥さんは、
事実を淡々と語ってくれたわけ、
それまさにさ、
ツールとしてのコミュニケーション、
情報伝達じゃん、
でも、
彼が求めてたのは、
そうじゃなくて、
映画的なさ、
先週、
そういうのを、
期待してて、
そこがやっぱ、
見てて、
コミュニケーションの意義というか、
情報を伝えるだけじゃなくて、
そこでの笑いを取ったりとか、
その場を盛り上げるっていう、
そこがすごい重要視されてるんだろう、
改めて、
今、それを言って思ったけど、
でも、日本人もさ、
例えば飲みに行ったりとか、
そういうのもあるよね、
場所によるのかな、
何だろう、
そうね、
あるよね、
ゼロじゃないよね、
飲み会の場とか、
面白く話すみたいな、
それこそ、
お笑いとかもあると思う、
笑わせるための技術みたいなのも、
あるわけだし、
あるっちゃあるんだろうけどね、
何だろうな、
一般化の具合の話なのかな、
どれだけ一般人も、
面白く話せるか、
っていうのが違うのかな、
だから、
そういうのを、
っていうのが違うのかな、
なんか、
面白く話せる人は、
24:01
すごくごく一部な、
日本と、
基本的にみんな面白く話せる、
イタリア人みたいな、
そんな感じ?
いや、俺さっきからさ、
エリの話聞いてて思ったのが、
ポップガンって映画あったじゃん、
ポップガンマーベリックって映画があって、
その中でさ、
この人ユーモはないわっていう、
セリフを言う場面があるわけ、
そう、ボブっていうメンバーが、
すっごい真面目な感じで、
むっちゃいじられてるんだけど、
めっちゃ真面目に返す、
みたいなことしてる時に、
ユーモはないわって、
言われてるシーンがあるんだけどさ、
俺その時に、
ユーモはって、
そんな大事なの?
って思いながら見せたのね、
その時に俺思ったのがさ、
違うかもしんないけど、
ユーモはないわって、
その時に俺思ったのがさ、
違うかもしんないけど、
ユーモはの語源って、
ヒューマンと絡んでるのかな?
なんかスペル的に似てるなと思って、
もしかして、
ユーモはって、
人が持っているものとして、
もしかして、
アメリカの人たちで捉えたりするのかな?
なんて思っちゃったりしてさ、
想像ね、これは。
イタリア語で、
ユーモはって、
ムモーレっていうんだけど、
なんか多分、
英語もフランス語から単語結構取ってるから、
もしそれだとしたら、
ムモーレって、
感情って意味なんだよね。
ユーモはって、だから感情?
感情なんだ。
うん。
だから、なんか今ググってみたら、
湿るっていうのが語源って書いてる。
何が語源?
濡れるとか、湿っている状態とか、
うーん。
って書いてるけど、
謎。
海とか。
確かに。
ムモーレと海と同じなのか。
へー。
なんでだろう。
でも、もし感情とかっていう話だったら、
もうあれだね。
やっぱ、感情も人間にオリジナルにつながってるものだしね。
ユーモはもうなんかその一つとして、
考えられてきたのかな。
うーん。
そうだね。
いやー、面白いな。
ここは聞いてくださってる方には、
正しい情報を伝えてはいないっていうのを先生に。
確かに。
そういう感じだけど。
うーん。
でも、ユーモはね、本当に、
うーん。
なんだろう、確かに日本に住んでて、
ユーモは、
27:01
うーん、なんて言うんだろう。
必要なものかって言われたら、
どこまで必要なのかなって。
例えばイタリアは、ユーモは、
いないと生きていけないと思う。
ほら、すごい。
例えばね、買い物をするにしても、
イタリアって、
ある程度さ、言葉ができるようになってきた時点で、
やっぱりすごく、自分の中で難しかったのが、
どうやってユーモアを使いながら、
人とコミュニケーションを取るかっていうところで、
例えば、何か買い物、スーパーに買い物、
買い出し行くとするじゃん。
で、イタリアって、
ハムとかチーズとか、
測り売りしてるから、
必ず誰かに、これをこれぐらい切ってとか、
コミュニケーションを取る場が多いわけ。
日本みたいにさ、
全部パッケージ買ったり、
それ切ってやるんじゃなくて、
誰かに切ってもらわなきゃいけないから、
それをやる時に、
日本だったら、
なんかあれを何百グラムとか言って、
はい、わかりました、とか言ったら、
で、パッチカムさんが、パッチカムさんが、
違うんだよね。
イタリアの場合は、
ちゃんとそこで、
冗談を言って、笑わせたりとか、
やりとりがあるの。
必ず笑うの。
あれが難しくて、
全然うまくできなかった。
でも、めっちゃわかる。
なんかその、
友達と、
なんかチーズとか買いに行くやんか、
日本でな。
でも、友達は日本国籍の人じゃないし、
日本語話者じゃないの。
だから、なんかもう本当に移住してきた方なんだけど、
その人が、
チーズ屋さんの店員さんとかでさ、
ちょっとした、
なんか言うわけ、
コミュニケーション取ろうとするんだけど、
店員さんが、
これ何の話?
みたいなの取ってきて、
もうわかってない。
で、うちはさ、
その文化の間にいるからさ、
いや、わかる。
両方ともわかる。
みたいな感じで、
チュールやな。
そう、なんかそれを見たときにさ、
うちさ、関西出身っていうのもあるからさ、
なんか突っ込まれるみたいなのとか、
突っ込むとか、
日常さ感じで、
突っ込んで、
その場が、
そうやな。
クロージングできるみたいな感じで、
分かる?
両方の文化を割り入るみたいな感じで、
そのときにすごいなんか、
この文化のニュアンス、
友達は面白いって思って言ってる、
店員さんは混乱している。
この話何ですか?
あ、
あ、
この話何ですか?
この話何ですか?
そう、
でもうちはそれがおもろいね。
30:00
なんか、
この文化と文化の間に挟まれた、
自分が試されている気持ちになるね。
そうだよね。
意外とその間に立っているのが、
一番それは困るというか、
確かに確かに。
ほんまやんな。
だって誰かの母教さ、
説明するって一番つらいよな。
一番つらい。
確かに。
確かに関西はやっぱり、
ちょっとまた独自のあるかもね。
ちょっと言うものは違うかもしれないけど、
やっぱり俺も大学のとき関西に住んで、
めっちゃ言われたのは、
もうとにかくオチは?
って書いたもんね。
オチがないとダメみたいな。
だから、
さっきのエリーのイタリアの話じゃないけど、
絶対にオチを作らないといけないっていうので、
俺も苦労した経験あるから。
関西はあるかも、そういうのがね。
どうやら。
でも、そうやって求められるの、
大阪?
とかくらいかな。
かなぁ。
そうなんだね。
いや、でも、
ユーモア話はめちゃくちゃ面白かったかな。
じゃあ、一旦切ろっか。
うん。
今週はね。
今週はここまでです。
また次回お楽しみに。
31:40

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