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#6 親ガチャ失敗、自分には何もない...。嘆くあなたに贈る「使用の心理学」【ライフスタイル編③】
2026-05-02 18:59

#6 親ガチャ失敗、自分には何もない...。嘆くあなたに贈る「使用の心理学」【ライフスタイル編③】

Y A
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アドラー心理学ラジオ、「アドラジ」へようこそ。この番組では、お手軽な自己啓発として消費されがちなアドラー心理学を、哲学、カウンセリング、そして科学の視点から深掘りし、「ホンモノの知性」として語り直していきます。

第6回のテーマは、アドラー自身が熱く語った「使用の心理学(Psychology of Use)」です。

「親ガチャ失敗した」「自分には大した才能がない」「もっと立派な肩書きや資格があれば」「まだ全然足りない、もっと身につけてからじゃないと」——そうやって配られたカードを嘆くばかりで、いつまでも動き出せずにいませんか?

アドラーは、そんな私たちにこう投げかけます。「重要なのは、何を与えられて生まれてきたかじゃない。与えられたものを、どう使うかだ」と。

100年前のアドラーが、まさに今を生きるあなたに贈る、人生の根本的なパラダイムシフト。今回は、ライフスタイル基礎理論3部作の完結編として、アドラー「使用の心理学」のスピリットを徹底解説します。


【今回のハイライト】

👶 4歳の娘が繰り出す「禁じ手」: 「パパの方が好き」「ママの方が好き」と使い分け始めた娘。同じ「愛情表現」という持ち物が、使い方一つで人を幸せにも、人を振り回す武器にもなる——わが家のドキュメンタリーから「使用の心理学」の本質を解剖します。


🔨 「ハンマー」の例えと「柔らかい決定論」: アドラーが原著で使った絶妙なメタファー。同じハンマーでも、釘を打つことも、誰かの頭を叩くこともできる。遺伝も環境も「単なる材料」——だから人間には、配られたカードをどう使うかを選ぶ「創造力」が最初から備わっている。


⚔️ 「建設的に使う」と「狭き尾根道」: ライフスタイルは諸刃の剣。建設的に使えば人を活かし、非建設的に使えば人を傷つける。ただし「全部自分の使い方次第だ」と言い切ると、冷たい自己責任論に闇落ちする危険も。決定論と自己責任論、両方の崖の間にある極細の道を、ヒィヒィ言いながら歩く——これがアドラーのド真ん中。


🎙 「もう、持ってるもの全部使ったろ」: このポッドキャストを始めた、語り手自身のリアルな開き直り。中途半端な音響知識、教員経験、アドラーの勉強、恥ずかしい自爆エピソード——全部棚卸しして組み合わせた結果が、この番組です。「もっと」と引き算しているうちに人生は終わる。あなたの手の中にあるもの、思い切って一度、味わい尽くしてみませんか?

「親ガチャ失敗、自分には何もない」と嘆いていた人にこそ届けたい、生き方の根本的なパラダイムシフト。過去は変えられない。でも、配られたカードをどう使うかは、いつだって今のあなたに委ねられている——アドラーが100年前から私たちに投げかけ続けてきた、希望のメッセージを、ぜひ音声で体感してみてください。


■ パーソナリティ:あつくてゆるい(あつゆる)
アドラーを実践して10年以上。教育現場に身を置きつつ、アカデミックな哲学研究とカウンセリングの修行を重ねてきました。

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アドラー心理学ラジオ。この番組では、お手軽な自己啓発として消費されがちなアドラー心理学を、
哲学、カウンセリング、そして、科学の視点から深掘りし、本物の知性として語り直していきます。
お相手のあつくてゆるいです。第6回、これまで2回に渡って、一人一人の認知と運動を司る、個人的なフィクション、世界を生き抜く生存戦略である、ライフスタイルについて探究してきました。
さて、前回の終わりにこんな話をしました。
ライフスタイルは諸刃の剣である。強みと弱みがコインの裏表のように同居しているわけです。
となると、当然次に問いたくなるのは、じゃあこの諸刃の剣を私たちはどう扱えばいいのか、ということ。
つまり、ライフスタイルの使い方が大事になってくるわけです。
今回は、アドラー自身が厚く語った、サイコロジーオブユース、使用の心理学という考え方について学んでいきましょう。
皆さんは自分のライフスタイルっていつ頃完成したと思いますか?
思春期?成人した頃?それとも社会人になってから?
実はアドラー先生、とんでもないことを言っています。
だいたい4歳から5歳、遅くとも10歳くらいまでには完全にライフスタイルが出来上がっていると。
いやいや、早すぎでしょって思いませんか?だって5歳ですよ。
クレヨンしんちゃんと同い年です。
オラ、お姉さん大好き!とか言って人前で平気でお尻をプリプリ振っているあの時期です。
アドラーは幻聴の中で追い討ちをかけるようにこう予言しています。
我々はこの子供時代にほぼ無自覚的に作ったライフスタイルに従って生涯に渡って考え、感じ、行動することになる。
いやこれ冷静に考えるとめちゃくちゃホラーじゃないですか。
会議で理不尽な上司に詰められて胃を痛くしている時もマッチングアプリで
また同じようなダメ男引いちゃった。
って嘆いている時も、実はあなたの頭の中のコックピットにはお尻を出した5歳児が座って
オラに任せるぞ!って操縦桿を握っている。
そりゃ人生あちこち事故るわって話ですよね。
で、今我が家にはちょうど4歳になる娘がいるんですが、まさにこの人生のOSを絶賛プログラミング中なんです。
横で見ていると本当にすごい。
03:01
単なる子供じゃなくて有能なちびっこ作詞に見えてきます。
例えば彼女の得意技お手紙。
最近文字を覚え始めたばかりですが、ギリギリ読めるかどうかのくねくねした線を一生懸命書いて
パパ大好き!って持ってくる。
もうね、最強の武器です。
私と妻は完全に心を打ち抜かれて、デレデレのヘロヘロになります。
でもこれ、ただ可愛いだけじゃなくて、彼女なりの立派な生存戦略なんですよね。
自分の小ささ、無力さを分かった上で、笑顔、手紙、時にはギューという物理攻撃まで
手持ちのカードをフル動員して、この巨大な大人たちの中で自分の安全な居場所を確保しようと
常に戦っている。
これをやったらママはおやつをくれた。
これをやったらパパは機嫌が良くなった。
って、4歳ながらにめちゃくちゃABテストを繰り返しているわけです。
と、ここまでは親バカ全開で。
賢いなぁ、可愛いなぁ、と感心して見ていたんですが、
最近彼女がちょっとヒヤッとする禁じ手を開発し始めました。
ある日突然、
パパの方が好き、
今日はママの方が好き、
って私と妻を比べ始めたんです。
想像してみてください。
キッチンで妻が一生懸命夕飯を作ってくれているその後ろで、
娘が私にすり寄ってきて、
パパが一番大好き、
って囁くわけです。
パパとしては正直ニヤニヤが止まらないんですが、
キッチンの妻から放たれる冷ややかな一別。
トントン切っていた包丁のリズムが明らかに
ドン、ドン、って鋭くなる。
我が家の血を洗う小さな修羅場です。
でもね、この修羅場の後、私ふと気づいて背筋が寒くなりました。
というのもこれ、さっきの手紙と使っている武器は同じ愛情表現。
なのに使い方が全然違うわけです。
手紙のパパ大好きは純粋に愛情を示して周りをハッピーにする使い方。
でも、ママよりパパの方が好きという比較が入った瞬間、
それは愛情という餌をぶら下げて大人たちを競争させ、
自分が優位に立って場をコントロールするための使い方に変わってしまったわけですね。
同じ笑顔、愛情という持ち物なのに、
使い方ひとつで人を幸せにもできるし、
人を振り回すこともできてしまう。
こういう日々の小さな試行錯誤と成功体験が、
彼女のライフスタイルを建設的な方向にも非建設的な方向にも形作っていく。
そう思うともう毎日が手に汗握るドキュメンタリーです。
06:00
そして、この4歳の娘のしたたかな姿こそが今日のテーマのど真ん中。
ライフスタイルって遺伝でたまたま持っていたものじゃない。
子供自身が手元の材料を使いながら、
泣いたり笑ったり汗水垂らして必死に組み立てていくものだった。
何を持っているかじゃない、それをどう使うかがすべて。
ここに目をつけたのがアドラーのサイコロジーオブユース。
使用の心理学なんです。
アドラーが生きた時代、心理学の主流は身も蓋もない言い方をすると、
初期装備で人生が決まる、みたいな考え方でした。
遺伝がこうだからこの人はこういう性格になりますとか、
親の育て方がこうだったからもうこういう人間になる運命ですとか、
つまりあなたがどんなカードを配られたかで人生のすべてが決まっちゃう。
アドラーはこれをサイコロジーオブポジション、
所有の心理学と呼んで激しく噛みつきました。
いやいや、ちょっと待て。
重要なのは何を与えられて生まれてきたかじゃない。
与えられたものをどう使うかだろ。
これが所有の心理学に真っ向から喧嘩を打ったアドラーの使用の心理学。
アドラー自身が使用の心理学を説明するのに使っている例えがなかなか渋いんです。
それがハンマー。
ハンマーって元々は釘を打つための道具ですよね。
でも人によっては紙が飛ばされないように文鎮として使うこともできる。
肩が凝ったらそれで肩を叩くこともできる。
最悪腹立つ上司の車をボコボコにする狂気にもなる。
同じハンマーという持ち物でも誰がどんな目的で使うかで意味が180度変わってくるわけです。
アドラーに言わせれば遺伝とか親の育て方なんてただのハンマー、つまり道具や材料にすぎません。
いやもちろんね、親からピカピカで使いやすいハンマーをもらった人もいれば、
錆だらけでめちゃくちゃ重たいハンマーを渡された人もいます。
だから過去の環境によって生きやすさに有利不利があるのは事実です。
アドラーもそこは否定していません。
でも最後にそのハンマーを使って自分の人生を切り開くのか、
それとも自分の頭を叩いてどうせ俺なんてと嘆くのか。
選ぶのはあなた自身だということ。
ちなみにこの立ち位置、心理学の用語で柔らかい決定論って呼ばれています。
親が厳しかったから私は100%こうなるっていうカチコチの運命として決定されるんじゃなくて、
親が厳しかったからさてグレてやろうか。
それとも反面教師にしてめちゃくちゃ優しい人間になってやろうかって選べる余地がある。
09:05
だから柔らかい決定論というわけですね。
そして人間にはその配られたカードをどう使うかを選ぶ想像力が最初から備わっているとアドラーは言います。
これうちの娘を見ていても本当にそう思います。
本人に私は今想像力を発揮しているなんて自覚はないでしょうけど。
ここは泣き落としじゃなくて手紙作戦で行こう。
ここは一丁ハグでパパをメロメロにしてやろうって手持ちのカードから一つ一つ選び取っている。
あれは間違いなく彼女自身のしたたかなそして立派な想像力。
どんなに小さな子供でも最後の選択は本人に委ねられている。
アドラーは人間をそういう力強い存在として捉えました。
そして皆さんにここで改めて気づいてほしいことがあります。
うちの娘がやっているのはつまり手元にある材料を使って自分だけのライフスタイル、生きるための戦略を組み立てること。
ということはライフスタイルを作っていくプロセスそのものがすでに使用の心理学というわけです。
アドラーは子供がこうやって自分のライフスタイルを編み出していくプロセスをアーティスティックワーク、芸術的な仕事と呼んでいます。
親の性格とか家庭環境とか配られた機質っていう素材を使って、
じゃあ私はこの世界をどう生き抜いてやるかと自分だけの人生のルールを想像的に編み出していく。
私たちは普段自分の性格やライフスタイルを過去のせいでこうなっちゃったって思いがちです。
でもアドラーの見方は違います。
あなたのライフスタイルは過去のあなたがちっちゃな体で必死に想像力を振り絞って組み立てた世界に一つだけの現代アートなんです。
そうやって形成された一人一人のライフスタイルもただ持っているものじゃなくて積極的に使っていくんだとアドラーは考えます。
前回ベイビーとドライバーという2つのタイプをご紹介したとき、ライフスタイルは諸刃の剣だとお話しましたよね。
例えばベイビーの武器である愛嬌。
これはうまく使えば人の懐にスーッと入って笑顔で周りを幸せにする最高の才能です。
でも下手に使うとさっきの我が家の4歳児みたいに愛情を人質にして大人を修羅場に引きずり込む小悪魔の呪文になっちゃう。
あるいはドライバーの武器である魔剣旗。
これはうまく使えば高いハードルを超えて物事を成し遂げる最強のエンジンになります。
でも下手に使うとなんでこんなこともできないの?と周囲を凍りつかせる歩く絶対レイドのパワハラマシン。
12:01
完璧主義をこじらせて自分も周りも血祭りに挙げてしまう狂気にもなってしまう。
同じライフスタイルのはずなのに使い方一つで結果が天と地ほど変わるわけです。
アドラハのカウンセリングではこの違いを建設的な使い方と非建設的な使い方と呼んでいます。
建設的っていうのは要するにみんなハッピーな使い方です。
自分自身も周りも活かして共同体に貢献する方向。
非建設的というのは自分も周りもHPをゴリゴリ削り合う使い方。
人を振り回し傷つける方向です。
どうせ同じ持ち物なら建設的に使っていった方が自分も周りも幸せになる。
それがアドラハからの提案です。
そしてそのためにこそ自分のライフスタイルを知ることが必要になるんです。
古代ギリシャの何時自身を知れという格言にもある通り、
自分が今握りしめている剣がずっしり重くて一撃がでかい大きな剣なのか、
それとも小回りが効いて手数で勝負する短い剣なのか、
どんな重心でどんな癖があるのか、それを知らなければ上手な振るい方なんて一生探せません。
ここは賛否分かれるところかもしれませんが、
ライフスタイルに良い悪いはないと私自身は考えています。
ただあるのは使い方の違いだけ。
だからこそまずは自分の剣の形を知れ、ということなんですよね。
ちなみにこれがまさに次回以降からスタートするライフスタイル診断の話に直結します。
数回にわたって私自身のライフスタイルをセキララに読み解いていきますので、
ぜひ楽しみにしておいてください。
さて最後に大事な注意書きがあります。
この全部自分の使い方次第だというメッセージ。
これ一歩間違えると超絶ブラックで冷たい自己責任論にやみ落ちする危険がありますよね。
お前が自分でその使い方を選んだんだろ。環境のせいにするな。言い訳するな。使い方が悪いだけだ。みたいな。
松岡修造さんを100倍怖くしたような鬼軍装の思想。
でもね、アドラーが言いたかったのは絶対にそれじゃない。
さっきお伝えした柔らかい決定論をもう一度思い出してください。
人生にはどうしようもないことが山ほどあります。
理不尽な環境、不運な出来事、親から渡された錆だらけの重たいハンマー。
その影響はきっちり受けてしまう。
アドラーもそこは痛いほど分かっています。
でも、最後の最後そのハンマーをどう意味付けて、どう握り直すかだけはあなた自身に委ねられている。
どうせ親が悪い、環境のせいだ、という諦めの泥沼にも落ちない。
15:05
かといって、全部お前の責任だ、気合が足りん、というスパルタの崖にも落ちない。
その真ん中のギリギリの場所に立ち続けること。
この感覚、実は第一回で紹介した思想家マルティンブーバーの狭き尾根道とぴったり重なります。
右を見れば決定論という底なし沼。
左を見れば自己責任論という断崖絶壁。
どちらに落ちても人間の真実には届かない。
この両側が崖になっている極細の道を、
恐怖に煽られながら、ひいひい言いながら、
それでもそろりそろりと歩いて、手元のハンマーを何とか建設的に使おうと不器用に前に進んでいく。
これがまさにアドラーのど真ん中、使用の心理学が持つ一番繊細で一番深く、そして一番人間を信頼している姿勢なんです。
アドラーの使用の心理学をライフスタイルの切り口から見てきました。
でも実はこの考え方、ライフスタイルだけの話じゃなく、人生のいろんなことに当てはまります。
私たちは毎日、成功と失敗、お金や人脈、ありとあらゆる材料を使いながら生きている。
そしてそれらをどう使うかで人生は全然違う方向に転がっていく。
ただここで多くの人がはまる罠があります。
それは建設的に使うにしても、まずはもっと立派な材料を手に入れなきゃと思ってしまうこと。
肩書き、資格、知識、経験、まだ全然足りない、もっと身につけてからじゃないと。
これ、完全に所有の心理学への逆戻りです。
もちろん新しい材料を積み上げる作戦も重要です。
私自身もずっとそれをやってきました。
でもそれだけだといつまで経っても動き出せないんですよね。
まだ足りないと引き算をしているうちに人生が終わります。
だからもう一つの作戦を提案したい。
それが思い切って今あるもので一度やってみるというパラダイムシフトです。
私がアドラー心理学ラジオを始めたきっかけもまさにこれでした。
もういいや、持ってるもの全部使ったろ。
って開き直ったんです。
中途半端な音響の知識、教員の経験、アドラーの勉強、そして恥ずかしい過去の自爆エピソードまで。
18:01
全部棚下ろしして組み合わせて作っているのがこの番組です。
結果はどうかというと番組の制作に追われて知識を積み上げるための読書時間が激減してしまっています。
でもこうして皆さんに聞いてもらえて楽しいですし、いろんな人から面白かったと言ってもらえる。
これがまた嬉しいんですよね。
だからあなたにも提案したい。
あなたの手の中にあるものを思い切って一度使ってみませんか。
取るに足らないと思っているもの、今ネガティブに捉えている黒歴史すら建設的に使えるかもしれない。
あなたの人生は持ち物の豊かさで決まるんじゃない。
それをどう使うかで決まるというアドラーのメッセージをぜひ人生のオプションに入れてみてください。
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