■話していること
ゲストの田中成美さん最終回 / 独立して「アスタネ」を設立し、地域企業を支援 / 独立の背景:目標達成によるキャリアへの迷いと、父親の突然の死 / 会社員の肩書きへの依存への気づきと「自分の人生を生きる」という決意 / 課された「卒業試験」 / フェードアウトではなく「副業」を通じたフェードインへの道 / 独立後に気づいた古巣への感謝と、退職者との良い関係性 / ナンバー2道場誕生の裏側 / 川田さんの教えを社会に残したいという使命感 / 外部イベントへの勝手なねじ込みと、大反響から始まった道場設立 / 恩送りの循環:ポッドキャストやnoteで学びをオープンに広げる理由
■番組について
中小企業経営に長年携わってきた「ほぼ70のおっちゃん」川田が、「ほぼ30のフリーランス」駒井へ、経営にまつわる60個の話をあれこれ送る、老若混合型ビジネス系ポッドキャスト番組。
■出演者
川田隆司(ナンバー2道場 代表)
駒井 涼(KOMA ひとり代理店)
■ナンバー2道場について
川田が主宰する経営塾「ナンバー2道場」の詳細は、公式WEBサイトをご覧ください。
▼公式WEBサイト
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サマリー
田中成美さんのゲスト最終回。独立して株式会社アスタネを設立し、地域企業を支援する彼女は、目標達成後のキャリアの迷いと父親の突然の死をきっかけに、「自分の人生を生きる」決意を固めた。会社員の肩書きへの依存から脱却し、副業を通じて新たな道へ進む中で、古巣への感謝と良い関係性の重要性を実感。自身の経験を活かし、師匠である川田さんの教えを社会に広めるため「ナンバー2道場」の誕生に貢献し、学びをオープンに共有する「恩送り」の循環を実践している。
田中成美さんの独立とアスタネ設立
みなさんこんにちは、フリーランスデザイナーのこまいです。 はい、ナンバー2道場代表川田です。ナンバー2道場ポッドキャスト、この番組は、中小企業経営に長年携わってきた川田のおっちゃんが、経営にまつわる60個の話を、あれこれ本音でお届けするポッドキャスト番組です。
前回前々回に引き続き、またまた田中成美さんに来てもらってます。よろしくお願いします。 さすがに20分かける2回では、この十何年のこと語りきれんぞ。無理。
無理でしたね。今回が田中成美さん最終回なんですけど、それでも足らんやろというところを今、無理してギュッとしてもらったんですね。トータル1時間でこのお二人の関係など、いろいろ聞いていきたいなと思いますので、今回田中成美さん最終回でございます。よろしくお願いします。
というわけで今回のテーマに参りましょう。 No.2道場60の経典より本日のテーマは、
その47、自分の人生を生きる。 ということで、田中成美さん最終回でしっかりしたタイトルをいただいておりまして、前回までは、
ナオミで働いてましたとか、ナオミが実質道場でしたっていうお話を伺いましたが、僕の分かっている範囲でいくと、今なるさんはナオミではなく、また違うことをやっていらっしゃると思うんですけど、
ナオミを卒業というか辞められたんですかね。今は何されている方なんですか。 独立しまして株式会社アスタネっていう会社を設立して、
地域企業さん中心にマーケティングとか広報の伴走支援をさせてもらってます。 なるほどなるほど。
ナオミでやってたご経験もありつつ。 そこで培わせてもらったというか、経験したもの、スキルも含めて、
地域企業さんに還元できることをしたいなあっていうので、独立しました。 なるほど。以前、共振人材バンクの矢野さん方に出てもらった時にも、なるさんの名前実は出てて、
共振人材バンクで1号目の副業人材、それもお仕事の中の人、アスタネとはまた違う。 それは会社員の時ですね。
それはその時なの? そうなんです。第1号案件というか、人材の時は2021年とかかな。
なるほどね。じゃあ今はその時のお繋がりとかもありながら、それをナンバー2の上でも広がっていくつつ、アスタネでお仕事されていると。
そうです。 なるほどね。どうですか?今までのこの経験とかをやっぱり活かしているような感覚はありますか?
いやもうそこがなかったら絶対独立なんてできてないと思います。 本当?
はい。もうそれがあるからでしかない。
独立への決意:目標達成と父親の死
そう思うと、独立に至った危害というか、なんでその道場を出てまで、道場というのはナオミを出てまで起業されているのかなとかも気になるところです。
ちょっと遡るんですけど、2019年の年末ぐらいに、もともと会社入ってマーケット立ち上げた時に、社長が10億企業にしたいという目標を言っていて、
年初10億だと社長がいなくても会社が回る組織になっていくから、一旦ここを目指したいんだということで、
じゃあその目標を一緒に叶えさせてくださいというので、マーケットに頑張って10億を達成したんですよ。
それがちょうど2019年ぐらいで。
マーケットの仕事がやっぱり好きで、すごい楽しくて、BtoBをずっとやってたんですけど、目標を一旦達成した安堵感と、
あとは自分のキャリアを考えた時に、BtoBのマーケットだけだとマーケッターとして体制しないというか、2Cのマーケットもやっていかないと幅が広がらないんじゃないかっていうのもあって、
ちょっと転職を考えてたんですね。
カタさんとコマイさんに、19年年末にちょっと転職も考えててみたいな話をさせてもらって、
ここはやりたいことができる会社っていうのを言ってるし、あなたの未来を応援したいんだけど、もうちょっと考えたらみたいな、年末年始の休みもあるしみたいな感じで、
分かりましたと。じゃあまた年明け話させてくださいっていうので、年末年始の休みに入ったんですよ。
で、2020年になりまして、そうすると年末年始に父親が突然死したんですよ。
で、前日まで一緒にお酒を飲んでいて、その次の日の朝起きて、母親と父親がご飯食べて、ちょっと寝に行くわって言って父親が寝に行って、
で、全然起きてこーへんなーと思ったらもう亡くなってたみたいな。
予兆もなかったんですね。
予兆もないです。
えー。
そうそう、急性大動脈返りっていう病気だったんですけど、結果的にわかったのは。
なんですけど、その前日まで楽しく元気に、正月ですから年末年始なんで。
あの参加日を過ごした父親が、次の日にいなくなるっていう現実をやっぱ受け止めきれなくって。
で、すぐ実家帰って、いろいろお葬式の手続きとか段取りとかやったんですけど、なんかこう、その父親が亡くなった姿とか、
急にやっぱりいなくなったって姿を見た時に、めちゃくちゃ元気な父親で、もう人も大好き、家にもめっちゃ人呼ぶの好き、お酒も大好きみたいな、楽しい父親がこんなにすぐに行っちゃうっていうのは、
なんか自分の人生もいつ終わるかわからへんから、なんか私って田中なるみとして生きられてるんかなみたいなのをすごい思ったんですよ。
で、今って、その当時は株式会社なおみの田中さんですけど、やっぱり会社員っていう肩書があると、どうしてもそっちのインパクトの方が大きいと、その肩書に甘えるというか、
それってずっと会社員って安定やと思ってたんですけど、実は不安定なことなんじゃないかなとか、なんかこう、なおみさんって言われるんですよね、会社員やってると。
でも田中さんとかなるさんって言われる仕事ってできてんのかなとか、めちゃくちゃ自分の人生のこと考えて。
で、その父親の葬式が終わって、そしたら緊急事態宣言が来て。
2020年の1、2月とかってそうですね。
そうそう、コロナの。で、友達とか家族にも会えない。で、一人でずっと考える時間があるって時に、やっぱりどういう状況であっても、自分の力で稼いで、自分の力で人生を生きていけるような、なんか生き方をしたいなって思うようになって。
それで、会社にまたいろいろ、父親のことが終わった時にお二人のところに行って、将来やっぱり独立して、自分の人生を本当の意味で生きれる人になりたいと思うようになりましたっていうのを言ったんです、その時。
卒業試験と副業を通じたフェードイン
だから、あ、えんちゃん?みたいな。え?みたいな。こんな小さい会社で、こんな小さいフィールドで行ってたらあがんで?とか言われて、え?みたいな。
え?ってなるね。
やめて、やめんといてとかじゃないんやみたいな。
話す側からしたら、引き止められたら次何て言おうかなみたいな思いますわね。
で、とはいえ、やっぱり経営ってすごい難しいし、いったん水門みたいな形なので、ちゃんと授業計画書を出して、仕事がある程度、今食べていける状態になるまで、直美にいたらいいから、そこまでやれみたいなことを言ってくださったんですよ。
え?
意味わかんないでしょ。
意味わかんない。僕もフルスの会社にそんなことしてほしかったわ。
そこまで。
そうです。なので、その時に、授業計画書を出して、自分が独立するとした時のキャリアプランとかも全部出して、プレゼンして、これが足りひんとか。
卒業試験ですよね。
そうそうそう。
え?すごいね。
っていう感じで、なので副業をさせてもらったりとか。
そこで副業人材の話。
そうですそうです。会社員で独立するってなっても、結局副業というか、外に出て自分のスキルが本当にお金になるのかどうかってわかんないじゃないですか。
なので、辞める前に副業せって話を言ってくださって。
どんどんガイドじゃないけど手を引っ張るというか、こういう道もあると思う。
で、副業をして、世の中の役に立てている感覚とか、やっぱり必要とされている感覚もあり、そこからちょこちょこお仕事をいただくようになったり、自分もこういうふうに独立したいなという思いも描けるようになり、っていう感じですね。
すげえ。
その時のことは覚えてるというか、真っ先におじょう、授業計画書出しやってなったんですか?
そうそう。だから結局自分で生きていくっていう感じで捉えてると、自分の身内として思うじゃないですか。
例えば娘と感じたら、フェードアウトしていく。フェードアウトって生きないじゃなくてフェードアウトしない。で、その時に副業してフェードインしときなさい。
どっちもいけるよと。
ちょっとグラデーションつけてね。
そうそう。だから変な話ですけど、ナオミの社員でありながら、副業の行き先のところに連れて行ったりしましたもん。
ああ、なるほどね。そういう得意先とかに紹介してもらうみたいな。
ナオミの田中なるじゃなくて、田中なる実ですよね。
そうそう。やっぱりね、自分の生き方への見つけてほしいっていうかな、いうのは思ってましたね。
古巣への感謝と退職者との関係性
それはなるさんからそういう相談が来る前から思ってたんですか?
僕は結構前から、こんな小さなフェードにおったらあかないと。能力高いから、自分の力試したらっていうのをだいぶ言ってましたね。
じゃあってことは、転職相談したときにもそうやんなって感じだったんですね。
だから、彼女のマーケットの能力がすごいっていうのはわかってるから、じゃあ独立した。
で、そのときに、じゃあナオミの外部人材になってねと。見捨てないでねと。
それは条件でしたね。
でもそういう大事だし。
私としてもありがたいですし。
辞める側の人間からしてそういうところはありがたいですね。
で、ナオミの仕事が嫌になって辞めたいと思ったわけではないので、そこも逆に追ってねって言ってもらったのが、私としてはすごくありがたくて。
4年か5年後ぐらいに独立しようかなと思ってたんですけど、会社の体制が急に変わることがわかり、
で、社長も小林さんも辞められる。で、カズさんももうそのとき、あと1年?
1年だけね。
で、残るみたいな話だったんで、それだったら別にいる意味ないなと思って、そこで辞める決断をして、ちょっと独立が早まったっていう感じではあるんですけど。
ある意味、条件じゃないけど、ちょっと環境も整ったというか、そうならばみたいな感じでね。
なるほどね。そっか、それで独立をしていったんだ。
そうです。なんで独立してからの方が、なんかナオミに言いさせてもらった感謝とか、めっちゃ思います。
ちょっと、僕もマイク取らせてもらうと、ほんまにそれ思いますね。
めちゃくちゃ思う。
まあ、そこは人によりますけど、フルスが良いと、なんかこう自分の、僕はフリーランスですけど、独立してからの動きやすさとか柔軟さとかありがたさ。
それはその組織の人間にも対してもそうだし、社会保障もそうだし、いろんな細かいところも含めて、ありがたい場所だったなって、つくづく思いますよね。
なんか、副業を社員にさせようとする時に、要は経営者の方って、そのまま辞めてしまうんじゃないかとか、取られるんじゃないかみたいな恐れを持たれる方も結構多いんですけど、
やっぱり副業をしたからこそ、その前職の良さがすごくわかったし、辞めてからの方が逆に好きになったりとかもあるし、
やっぱりいい関係性で追われると、そこのこの、はい、辞めます。じゃあ、あなたと会社はもう別です、みたいなのはならないんですよね。
ならんなー。
やっぱり助けたいと思ったり、お客さん紹介したいと思ったりするから、そこはやっぱりいい関係性を続けるっていうところはすごく大事かなと思っていて、
実体験としてもありますし。
本当に声を大にして言いたいのは、その企業側にとっても、まあ辞められるっていうのは、ある意味どっかね、その人がじゃあ大きな売り上げ持ってますとか言ったらちょっとね、そのデメリットになるかもしれんけど、
長い目で見たらね、外部人材としてのメリットってでかいですよね。
そうなんですそうなんです。
どうせ業界はほぼ一緒なんだろうしっていうところで。
ごめんなさい、なんかなるさんの話じゃなくて、辞めた人材の扱い方の話でしたけど。
なるほどね。
ナンバー2道場誕生の裏側
でもそれで、まあアスタネでやりつつ、ナンバー2道場の一期生。
一期生です。
一期生ですよね。
やっぱそれも、それはナンバー2道場やんねんって川内さんが言ってじゃあ入りますみたいな流れだったんですか。
違います。
違うんですか。
それもね、それは私が独立してからかな。
独立して、やっぱりいわゆるコンサルティングみたいなお仕事をさせていただく中で、
ナオミで教えてもらったスキルとか、自分のいわゆるOSみたいなところってこんなにたくさんあったんやっていうことを、
もうほんまに痛感というか感じるわけですよ。
そうすると、私だけがこのものを持ってるのは良くないというか。
もっと社会のみんなが知る必要もあるし、企業家であったりとかリーダーになっていく人がこれを知ってたらもっと社会良くなるなっていうのを肌で感じて、
ちょうどその時、川内さんもあと1年で会社辞め張るのも分かってたんで、
なんとか辞められて、川内さんも独立みたいな形になるのも分かってたんで、
これがいわゆるビジネスになれば、川内さんの老後の生きがいにもなるし、やりがいにもつながるんじゃないかなっていうのはずっとあって、
っていうのと、やっぱり残してほしいなっていうのがあったんですよ、ずっと。若い子に。
なおみに今から入って育っていくってやっぱり無理やから、何か残せる方法がないかなっていうのをずっと探してて、
いろんな人に川内さんっていう私の師匠がいてて、もうあとちょっとで辞め張るんですよみたいな。
68ぐらいなんですけど、めちゃくちゃノウハウもあるし、ビジネスだけじゃなくて、
OSの自分のマインドの部分も教えてもらえる人やから、何かこれを伝承できるものが欲しいんですよねみたいな。
っていうのをいろんな人言いまくってて勝手に。
そしたら勝手にやってて。
最初のセミナーしがり。
なんか道場とかいいんじゃないですかみたいなアイディアをもらって、それいいなみたいな。
で、なんかこう、たぶんポッドキャスト出てきたGNSの渡辺さんがイベントをされてるときがあって、後継ぎの方が集まるコミュニティがあって、
そこのゲストを探しておられたんですね。
で、川内さんいいやんと思って、川内さんゲストでお願いしますって言って、勝手にねじ込んで。
はいはいはい。登壇者的なこと。
で、そこでビジネスの話とかナンバー2の話とかをしたときの、オーディエンスの参加者の方の反応がめちゃくちゃよくって、
じゃあ道場をしようってなって、そっからですね。
え、お寺でやってたんですけど、阿部ちゃんがお寺でって言ってたとこ、そこが阿部ちゃん達の出会いのきっかけですね。
そうです。もっと川内さんの話聞きたいって見ながらって。
で、川内さんは結構こう見えて繊細さんなんで。
かなり屋です。
どこがですかね。
なんか俺の話なんて別に誰も聞きたいと思ってないし、みたいな感じだったんですよ、ずっと。
はいはいはい。
じゃあ、わかったと。
あの、必要とされてるかどうかを、じゃあもうこのイベントで確認しようって言って。
これで誰も言わんかったら、もう私が負けました、ごめんなさいみたいな。
ベッドしたんや、そこ。
そしたらそこでみんながもっと聞きたいってなって、生き生が集まったんで、ほらなと。
なるほどね。
そこから、じゃあニー残念やって感じられましたか、川内さんは。
いや、あんなに反響があると思わなかったから、じゃあやろうかなみたいな。
じゃあ。
じゃあやってやろうかなみたいな。
そうなんや。でも実質創設者ですね。
そうですね。
そうですね。
恩送りの循環と学びのオープン化
本当にこのポッドキャストが始まったきっかけも、田中なるさん第3シリーズの第1回目でも言いましたけど、なるさんが僕に相談してきた時も、こういうのを残したいんだっていうような相談だったと。
よくよく聞いてると、ノートとかも書いてるし、中野人だし、この60の経典って言ってるベースとなるリストがあるわけですよ。
こういう話で、これは初級者向けですよ、中級者向けですね、みたいなの書いてあって、それもまとめたのがなるさんですよね。
でしたね。
なんかね、その気概がすごいなと思うし、それでこそ河童さんにとってのナンバー2というか。
そこがすっごいよなと思う。
だからね、なるさんが今さっき、ナオミ闇で外に出てからが感謝が湧いてきたっていうじゃないですか。
まさにそこなんですよ。
だから、なるさんにしたら、今まで中におって教えてもらった、嬉しかった。
でも外に出たら、それがいかにすごいことか分かった。
感謝が溢れてきた。
じゃあ恩返しをしたいっていう形で動いてくれたんですよ。
そうですそうです。
だから今道場で言ってる循環とか恩送りっていうのも、まさに実践者なんですよ。
企業してみて、教えてもらったことの尊さみたいなのは分かったっていうのもありますし、
一人法人って、まあ鴻くんもフリーランスやから共感してもらえるかなと思うんですけど、
なんか叱ってもらえる人がいないんですよ。
で、言ってもらえる人もいないから、これって本当にこれで正しいんかなって毎日自問自答するわけですよね。
そうすると、やっぱり直美の時は川田さんと毎日会ってたから相談できてたものが独立して、
やっぱり話す機会もすごく減ったりとかすると、
これってどうなんですかねっていうことを聞くのもほんまに次1回とか、
道場の時になるんで、自分で戻れる場所が私自身も欲しいし、
それが道場生に会ったらさらにいいなっていうので、
ノートとかラジオとか、文章で読むのが得意な人もいれば、音声が聞くのが得意な人もいるから、
いろんな形で残しておくことが多分いいだろうなっていうのがあったんやと思います。
どうよ。
おかげさまで僕ももちろんポッドキャストやってるし、
言ってしまえばお金もらいながら勉強させてもらってるわけやからありがたいなと思うし、
結構このポッドキャストやってるんですよっていう話、こういうやつやってるんですよっていうと、
同じくこの起業したとか独立したとか起業したいっていうような同世代から、
あれ面白いですねって言ってもらえるし、
それってやっぱなるさんの思惑通りやなと思うし、
多分普段通り道場やって閉じてたらそういうふうに思う人が生まれなかっただろうし、
めちゃくちゃいいなと。
それは別に道場に来なくても、一つこのポッドキャストを聞いればいいし、
ノート読めばいいしっていう、そこのオープンマインドなところも素晴らしいなと思いますね。
これも世間の循環ですからね。
それこそ循環ですよね。
大きく見てそうですよね。それこそ閉じずに循環するというところ。
番組の締めくくり
いやー、まだ足りないですね、時間がね。
とはいえ、この田中なる第3シリーズ、これをもって以上とさせていただきます。
楽しかった。
というわけで本日のテーマ、その47、自分の人生を生きる、いかがでしたでしょうか。
どうでしたかなるさん。
めちゃくちゃ楽しかった。改めて振り返る機会ってなかなかなかったんで、
なんかいろいろ話せて、こんな感じだったなとか思えたのがよかったな。
ありがとうございます。
なるさんに出てほしいねっていうのは結構前から言ってましたから、
ついにそれも実現できてよかったです。ありがとうございます。
というわけで、No.2道場は京都で開催している経営塾です。
ポッドキャストの他にもなるさんが中野人やってるノートも配信していますので、
こちらも併せてどうぞ。詳しくは番組概要欄をご確認ください。
というわけで以上、No.2道場ポッドキャストでした。また次回お会いしましょう。
ありがとうございました。
22:25
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