No.2 道場60の経典より本日のテーマは、
その48、運をつかむ人、つかまない人。
なるほど。
いいですね。深いですね。
つかむ人のことを知りたいけど、
つかまない人のことも知っといたほうがいいですわね。
そうやね。両方知っといて、こうしたらいけるぞ、
こうしたらえらいことになるぞっていうのがわかってるといいと思うね。
そうですね。これまでの話の中にも近いキーワードが出てたような気がするんですけど、
この運をつかむ人、つかまない人、どっちからかわからないですけど、
ちょっと詳しく教えてください。
そうやね。いろんな道場生とかゲストの方が来られて、
こうやってつかむよ、思い切り覚悟を決めて、
100万払うよとか、1万円握りしめて最後のことだね。
ああいう方が最後の運をつかむ人なんだけど。
まさにそんな感じするな。
なんか道場生を分けるときでも、分けるか考えるときでも、
その人がドゥーノットの人なのか、もしできん場合ね。
ドゥーノットなのかキャンノットなのかって結構見るんですよ。
ドゥーノットなのかキャンノット。
つまりキャンノット、例えば僕が今までに今から何の機械も使わずに空飛んでみん。
それはキャンノットですね。
絶対できへんか。ただでも、人に会ったとき、じゃあ元気で挨拶しようよ。
まずこれだけやってみようって言ったときに、そういうの苦手でね。
それ、別に命取られるわけでもないから元気にしたらええやん。
そういうタイプじゃなくて、うーちゃらこうちゃら。
こういう人はやっぱドゥーノットなんですね。
なるほど。できないんじゃなくてしないだけじゃんって。
そういう人はしない言い訳が長い。
あー、なんかやらない理由みたいなよう聞きますけど、言い訳が長い。
特徴としてね、言い訳が上手なんですよ。
なるほどね。なんかそういう面も僕もあるかもしれないな、人生振り返ると。
そのね、その説得力がある長い言い訳を延々とされるわけですよ。
はいはいはい、なんとなく浮かぶな。
でもそれで自分のプライドとかを守ってしまうから、前の回でも言ったかな、いわゆるコンフォートゾーン、安全圏。
安全圏、はいはい。
そっから出ないことを自分でものすごく頑固に頑張ってるんですよ。
ここから出ない理由ね。
ただね、逆に言うと運をつかむ人っていうのは、ある意味結構リスクを貸してコンフォートゾーンを、
意識的もしくは無意識なのか、やっぱり飛び出す人なんですね。
なるほど。
だってその場にじっとしていって運つかめるわけないもん。
うーん、もう何もしてなかったら何も引き寄せないですよね。
だから同じように、例えば電波はいつも飛んでると。
携帯電話持ってる、スマホ持ってる人はもちろんその電波を拾って電話もできるし、動画も見れるわけじゃないですか。
でもスマホがね、もしアンテナがつぶれとったりとかしたら、電波は飛んでるけどもそれは拾えない。
拾えないですね。
そういうことですよ、だから。
動かない人って自らのアンテナをどんどん追ってしまってる。
はいはいはいはい。
享受できないようにもしてしまってる。
あーそうそう、なんかね、アンテナの上に袋をかぶせて。
アルミかぶせてみたいな。
そうそう、何してんのみたいな。
でもそのことに自分が気づいてないんです、いつの間にかデフォルトになって。
その人のやらない理由とかを長々と説明できるけど、それは自分で何か蓋をしてしまっていることに気づかずに説明だけしてしまって。
あーそうそう、だから何やろう、そんなことをガタガタやってる自分がデフォルトになってるんで、自分がこんなこと言い訳してるな俺、あかんなっていうことはないんですよ。
それが正義になっちゃってるから。
なるほど。
だからまだね、言い訳してるな、情けないな、でも怖いからって思ってる奴はまだ見込みあるんですよ。
あーそっか、まだもしかしたらここから切り出せるというか、この情けなさから抜け出そうという気が少しは見えてくる。
そう、だから自分がダメだなとか情けないなとかって思ってるとかね、うなってる人はまだ救いようがある。
でも完璧に言い訳の中に固まってしまった人はさすがに難しい。
いやー、これその道場でそういうお話をされたり、女の子というのもあれですけど、道場生にもそういう方が何人かいらっしゃるのかなと思うんですが、
どういう場面で、それはdo notでっていうのがあるんですか?
それは例えばビジネスにおける世界もあれば、その人の生き方とか暮らし方みたいな話もあると思うんですけど、
どういう時にその場面が出てくるんですか?
それは明らかにああって思うのは、リスク取らない。
リスクを取らない。
例えばね、不謹慎な話ですけど、競馬に行ったと。
競馬に行ったと。
で、万馬券取りたいぞ!
で、例えば隣の人がね、わー当たったー!大きい馬券取っちゃったー!って喜んでると。
私も欲しいと。
俺も欲しいなと。当たり馬券。
でもお金を出すのは嫌やから買わない。
買わないけど万馬券は欲しいっていう人ですよ。
なるほど。
だから落ちてる馬券、ゴミの中で拾い集めて、当たりないかな、当たりないかなってやってる人ですね。
そういう人がいるんだ。
同情勢、応募してきてもそういう人はそもそも同情勢は来ないんですけど、
わかりやすく言うと、無料の分の情報を欲しがる人。
隣の人の落ちてるタダ券、タダでもらえた万馬券が欲しい。
無料の情報を、というか、リスクを取らない。
今のYouTubeとか色々あるじゃないですか。
昔って、何かを調べたいと思ったら、
自分で言ったら図書館に行って調べたりとか、本屋さんに行って専門書を買ったりとか、
時間歩いて行って、図書館まで行った、本屋まで行った、本屋さんで1000円払ったっていう代償払ってるじゃないですか。
今YouTubeに契約してたら、家で何本でも流れてくるじゃないですか。
流れてきますね。
だからもらうことがデフォルトになっちゃうんですよ。
それ、ギブテイクとかの話にも近いですか。
そうそう。だから定価になっちゃうね。
本人悪気はないんやけど、情報はタダでもらう。
僕らの時代の昭和で言うと、水と安全はタダ。
水と安全はタダ。
これ有名な話なんですけど、日本は水とかにお金を払うことないと。
だから、これ多分前喋ったと思うんだけど、お茶が100円で売り出したとか、売れるわけないと思ったら売れた。
安全も治安がいいから、日本って治安がいいから、そこにあるじゃないですか、
1,2,3,4、なんとか0って契約したら家守るぞみたいな。
ああいうのも絶対なかったよね。
昔は玄関開けっぱなし、家帰ったら隣のおばちゃんの家上がってたとかあるからね。
よく聞きますね。
そういう時って、自分から情報を取りに行ってるんですよ。
最近は情報が溢れすぎてるから、情報をもらうことに頭が麻痺してる。
当たり前みたいになってる。
だから、例えば、いろんなことを教えてもらうにしても、水と安全と一緒で、
その人はすごい時間をかけて、情報を集めて、勉強して、それを精査して、
それを形にしてお伝えできるだけの能力あるわけですよ。
でもそれって形見えないじゃないですか。
知識とか情報とか。
その対人やのに、その人からやのに、YouTubeもらうと同じ感覚なんですよ。
教えてくださいっていうのを言うから、しゃべるとするじゃないですか。
ずっとその人の時間を1時間、2時間費やして、
ああ、そうか、またお願いしまったら帰っちゃうんですよ。
テイカーですね。
完全にテイカー。
で、問題は悪気がないこと、そこに。
今の人、悪気なさそうに帰ってたな。
そうそうそう。
でもね、これはぶっちゃけ言いますけどね、そういう人よりもっと勉強したいですから、
本当は道場こうなりますよ。
これ1回3000円ですよ、動力1回1万円ですよ、と言うと途端に来なくなる。
それが運をつかまない人。
つかまない人。
だから表面的な情報はうっすらとは分かるんやけど、
本質的なことってたった1時間とかでは無理なんですよ。
いや、そう、ほんまにそれはね、思います。
これは今、ことを道場に置いたら、ビジネスとか生き方とかの考え方っていう、
本当に時間をかけて、答えになるものも無形だから、
自分がそれを受け取れたって感じることも、もしかしたら少ないかもしれない。
そうだね。
けど、学ぶ中で実践していって、徐々に実感が湧いていくような世界かなって思ってて、
そういうのに決意を持ってリスクを取ってくる人じゃないと運をつかめないって感じですか?
分かりやすく言うたら、情報イコールお金よ。
時間イコールお金。
ここの価値観が悪いのかって言ったら、
よしんばその人が独立して起業したとしても、
そこの感覚が分からへんから、絶対ビジネスなんか成功しない。
いやー、そうっすよねー。
しみじみ思うなー。