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#326 聖書を開く聖霊 26/5/10
2026-05-10 22:38

#326 聖書を開く聖霊 26/5/10

ヨハネ—15からの礼拝メッセージ。2026年5月10日録音。

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サマリー

本メッセージは、聖霊がどのように聖書の言葉を私たちの心に刻み込み、真理へと導くかについて解説しています。聖霊は、聖書の言葉の意味を明確にし、私たち自身の人生の土台やアイデンティティと結びつけて理解させてくれます。さらに、聖霊は神の言葉を権威をもって宣言し、私たちが信仰と決断をもって神に従う道へと導きます。これにより、私たちは成長し、イエス様の姿へと変えられていきます。

聖霊による御言葉の理解
ヨハネの福音書16章12節から15節をお読みします。
あなた方に話すことはまだたくさんありますが、今あなた方はそれに耐えられません。
しかしその方、すなわち真理の御霊が来ると、あなた方を全ての真理に導いて下さいます。
御霊は自分から語るのではなく、聞いたことを全て語り、これから起こることをあなた方に伝えて下さいます。
御霊は私の栄光を表されます。私のものを受けて、あなた方に伝えて下さるのです。
父が持っておられるものは全て私のものです。ですから私は御霊が私のものを受けて、あなた方に伝えると言ったのです。
以上です。今日はこのところから聖書を開く聖霊と題して御言葉からお話しいたします。
皆さんおはようございます。ゴールデンウィークも明けたようですけれども、初夏のような陽気で熱いですけれども、一応サツキバレという晴れやかな天気で
共に礼拝できることを感謝しております。さて、今日の御言葉のところからですけれども、私たちの心を本当に変えて人生の土台になるもの、
それは何かというと神様とイエス様の言葉、聖書の言葉ですね。そしてその聖書の言葉を単なる字面とか音じゃなくて、私たちの心に刻み込む。
私たちにですね、その聖書の言葉の意味を心からですね、そこだと悟らせる、そういう力、そして従う、その通り生きてみようという決断に導くのは聖霊の働きなんですね。
今日は、どのようにして聖霊が私たちの心に御言葉を刻む、私たちに対して聖書を開いて、そして私たちがですね、神の御心に従って歩めるように聖霊が聖書を通して私たちを導くのか、そんなことを3つのことから話していきたいと思います。
一番最初ですね、聖霊は御言葉を開くということで見ていきましょう。ヨハネ16章の13節の前半、読める方読んでみましょうか。ここから3、はい。しかしその方、すなわち真理の御霊が来ると、あなた方を全ての真理に導いてくださいます。
実はですね、老眼ってありますけど、最近ですね、メガネ新しくしたんですね。先週の月曜日か、先週月曜日にですね、書いたんですけど、誰も気がつかない、あるいは気がついても言わないんですね、大人だから。
でもどれくらいになりますかね、メガネ、遠近両用メガネ作って4、5年経つんでしょうか。ケチってね、そのままでいたら傷がつくんですよ。そうするとですね、傷がつくとずっとぼやけてて、皆さん気がついたかもしれませんけど、私前もね、近いものを読むときにこうやってやってたでしょ。遠近両用メガネなのにこうやってメガネを上にしないと近い人が見えなかったんですね。
でも、新しいメガネにしましたら、このメガネを外さなくてもですね、遠くも見えますし、近くもですね、こうやってはっきり見えるわけです。で、このようにですね、メガネを変えて新しいメガネにすると字がはっきり見えるように、聖霊が私たちの心に働くと、このなんとなくわからなかった聖書の言葉がピンとくるようになるんですね。
で、そして、聖霊はですね、別の言い方をすると、イエス様の言葉の意味が本当に私にとってどんな意味があるのかということを、私たちの心に刻み込んでくださるんですね。
つまり私たちが聖書の言葉を読んだとき、聞いたときにその意味を理解して、なるほど、こういう意味だと理解するだけじゃなくて、その言葉をですね、心からその通りだと確信に導いてください。
聖書の言葉を心からその通りだと確信に導く、それは聖霊がですね、私たちの心に働いているからなんですね。
このように、まあ、御言葉を開くと言いましたが、こういうことからですね、聖書は私たちに対して、私たちの心を開いて私たちに対して、聖書の言葉を開いてくださる。
そのようなお方、真理の御霊は私たちをすべての真理に導いてくださる。聖書の言葉を私たちの心に対して開いて、その真理をですね、その通りだと確信させてくださるのが、聖霊の働きなんですね。
ちなみにですね、私こうやって聖書から毎週話していますけれども、やっぱり調べるんですね、いろんな本、日本語、英語。
なんでそういうふうにするのかというと、もちろんですね、皆さんに間違ったことを教えちゃいけないと思ってますから。
先週とかその前もそうですけれども、聖書の言葉はね、表面的に読んで意味がわかるけれども、その意味が本当はどんな意味かってわからなかったりね。
そういうこともあるから、間違いはないようにということで、ちゃんと聖書を調べるんですが、それ以上にですね、よく考えたら、私がですね、この聖書の言葉の意味が、ちょっと語弊があるかもしれませんが、本当は何を言いたいんだろうかってことをですね、心の底から知りたいから、いろんな本を調べたりですね、ギリシャ語を引っ張ったり、外国語の本を調べたりするわけです。
じゃあ、なんでそんなに私は聖書の言葉が言っている意味を、本当の意味はどんなのかって知りたいのかなっていうことを考えたんですね。
おそらくそれは、神様をもっと知りたい、イエス様をもっと知りたい、そういう願いと聖書を本当に知りたいっていうことがつながってるんじゃないかなと、私は思ったわけですね。
イエス様についての真理、つまり神様をよく知りたいという、私は思うには究極的な求めがですね、私をして聖書を真剣に調べさせるってことに気がついたんです。
なんとなく皆さんもそうだなと思うかもしれませんが、なぜ私たちは聖書を深く知りたい、神様を深く知りたいと思うのか。
なんでそういうふうに聖書を本当に知りたいな、神様を知りたいなと思うかというと、それはですね、こう考えまして私は。
それはですね、先ほども言いましたけれども、神様をよく知りたいというのは、人間の、そしてクリスチャンであれば、誰にとってもですね、究極的な求めですよね。
あたかもそこにいればごとくイエス様のことを知りたい。
私の神様としてイエス様を知りたいというのが、クリスチャンとして本質的な求めだということに改めて気がついた。
それはですね、私たちの存在の奥深くにある究極的な求め、神を知りたい、聖書を通して神を本当に知りたいということなんですね。
こう考えるとですね、私たちが聖書の言葉を本当の意味で理解するというのは、実は自分の人生や存在の土台を確かめたい。
自分の人生や存在の土台に、難しい言葉で言うと自分のアイデンティティと関わるからですね、熱心に聖書から神様を知りたいと願うんじゃないかと思うんですね。
それは私たちの生き方とか価値観とか、なぜ生きるかという使いのち感とつながる。
私たちの存在の根本に関わるから、聖書の本当の意味を知りたい。イエス様も神様も知りたいという、そういう願いがあるか。
そこから自分が聖書に出会って、イエス様に出会ってですね、自分は何者であるかということをですね、改めて確認することができる。
だからそうやって熱心に聖書を通して神様を知りたいと願うのではないかと思うわけなんですね。
そう考えると、聖霊がですね、すべての真理、聖書の書かれている、あるいは神様に関わる、イエス様に関わる、すべての真理に聖霊が導いてくださる。
というのはですね、私たちが神様にあって何者であるかということを支える、この確かな保証であるわけですよね。
繰り返しますが、聖霊は聖書の言葉を開いて、私たちの心に聖書の言葉を意味あるものとして刻み込んでくださいます。
私たちが聖書の言葉や神様を寄りどころとして生きることができるのは、実は聖霊が私たちの心に働いてくださっているからだ。
そして、神について、聖書についての真理を心に刻み込んでくださるからだということを改めて知れれば幸いです。知る機会としたいと思います。
聖霊による神の言葉の宣言
2番目、聖霊は神の言葉を宣言されるということを少し考えていきましょう。
16章14節でイエス様が言っています。ちょっと長いので読んでみましょうか。
三玉は私の栄光を表されます。私のものを受けて、あなた方に伝えてくださるのです。
実は、今日取り上げた、朗読した聖書の箇所はたった4節なんですね。
でも4節の中で、実は3回も同じ言葉が出てきたの、気がつきましたか。
それは、この伝えるという言葉なんです。13節は出しませんが、伝えるという言葉が3回出てきます。
実は、この伝えるという言葉は本来の意味は宣言するということなんです。宣言。
英語でdeclareという意味で、英語で調べてもそうなんですけど、宣言する。
それはつまり、単なる伝えるよりも、より厳粛な意味とか、権威的な言葉なんですね。
例えば、今、新しいネズミ由来のウイルスが話題になってますけど、新型コロナウイルスが蔓延した時に、緊急事態宣言。
緊急事態宣言、今は思い出したくないんですけども、これは、こうやってね、
協力、ちょっと曖昧でしたけど、できる限り外出しないように、週末は外出しないように、外出しても午後8時までという、
これ、小樽市のらしいんですけど、そうやって、良い悪いは別として、政府なり行政が出した、ある意味、権威がある、そういう意味のが宣言なんです。
だから、聖霊はイエス様の言葉、父の御言葉を、あなた方に対して宣言するという言葉が、もともとの意味なんです、伝えるの。
実は、もっと興味深いことに、この伝えるは、元のギリシャ語では、天使と同じ語源というか、親戚の言葉です。
天使って英語で何て言いますか?天使、この間食べたけどね。
エンジェル、この間コンビニでコーヒー飲みに行ったらですね、ちょっと甘いものを物色したらですね、エンゼルパイ風のですね、森のエンゼルパイのスナックがあって食べたんですけどね。
衝動外出しましたけど、エンゼルね。エンゼル、英語はエンゼルですけども、その語源は英語のアンゲロスという言葉なんです。
アンゲロス、似てるでしょ?エンジェルとアンゲロス。
で、実はこの伝えるという言葉はアナンゲロ、見た目もちょっと似てるじゃないですか。
アルファとガンマですね。ガンマとエプシノンとレウ、英語のL。
似てるでしょ?これはですね、ゲロというのは伝えるとか告知するって言うんです。
アナというのはですね、上から。だからアナンゲロはですね、上から告知される言葉ということで、やはり宣言という、そういう意味があるわけなんですね。
で、実はこのアナンゲロとアンゲロスという言葉で、受体告知なんかも思い浮かべると思います。
で、このマリアの受体告知の後、聖書ではですね、天使は神様の言葉を伝えにこの地上に降りてきて、神の言葉としてメッセージを人に伝えましたよね。
マリアにあなたは身ごもって男の子を産ます。その名をイエスと名付けなさい。
神の言葉のメッセージを伝えたのがエンジェル、アンゲロスでしたね。
で、このようにですね、天使の言葉は神の言葉として人に有無を言わせないですよね。間違ってて間違ってないじゃなくて、その通り。
で、有無を言わせず宣言したわけです。
で、皆さんね、さっきとちょっと関係するんですけど、聖書の言葉を見触れた時、誰かのメッセージ、礼拝や電脳集会の説教で御言葉を語られたり、自分で聖書を読んだり、あるいは時にふっと思い出した時にですね、その言葉が心に響いてくるという経験をしておくじゃないですか。響いてくる。
まさに天使が降りてきて、直接言葉を伝えたように、宣言したように、聖書の言葉が響いてくる、心に響いてくるという経験をしたことがある方もいらっしゃると思います。
そのようにですね、まさに聖霊は天使が現れて、神の言葉を宣言するように目には見えませんが、私たちの心にですね、神の言葉が響いてくるように、神の言葉の宣言として、聖霊は私たちの心に聖書の言葉を伝える、宣言する、響かせる、そのようなお働きをする神様なんですね。
そして、それは運も言わせない宣言ですから、私たちは決断が迫られるわけです。信じますか。従いますか。そういう判断や決断を迫ってくるというのが、この聖霊による御言葉の宣言でもあるわけですね。最後にその決断に関わることを見ていきます。
聖霊による信仰と従順への導き
3番、聖霊は信じて従う道へ私たちを導く。16章15節長いですけど読んでみましょうか。
最初だけ私を読みますね。
父が持っておられるものは全て私のものです。
ここで読みましょうか。3回。
ですから私は御霊が私のものを受けて、あなた方に伝えると言ったのです。
ここの伝えるは宣言する。御霊はイエス様の言葉、つまり父なる神様の言葉を受け取って、あなた方に宣言するんですよという意味です。
その時に私たちは神の宣言として御言葉を聖霊によって聞く時に決断が迫られる。
信じますか?従いますか?
言い換えると御言葉が心に迫ってくるのは、聖霊が働いたからです。
そしてそれを信じるのか?従うのか?
長らくヨハネの福音書から見てきましたが、ヨハネの福音書の中では何度も著者のヨハネやイエス様自身がですね、イエス様の言葉を信じることとか、イエス様の言葉に従うことということが繰り返し教えられてきましたね。
決断を迫るわけです。決断。
これ原田さんが書いたんですかね。上手な。
違いますよね。決断を迫る。
例えばその決断して従うことを何度もヨハネの福音書では書かれていますが、代表的な例としてこの国別説教にもあります14章21節でイエス様がこう言ってますね。ちょっと長いですけど読んでみましょうか。
私の戒めを保ち、それを守る人は私を愛している人です。私を愛している人は私の父に愛され、私もその人を愛し、私自身をその人に表します。
ここで保ちというのは英語でkeepですけれども、守ると言われてますけれども、やはりイエス様の御言葉を信じて従っていく。それこそイエス様と神の愛の中に生きることだとヨハネはイエス様は言っているわけです。
そして実は信じて従うには決断が必要ですよね。決心が必要。大事なことはですね、実は私たちがいつもモヤモヤしたり従えない、そこにはやはり罪の影響があるわけですね。
でも幸いなことに私たちを絡めとっている罪をイエス様は十字架の上であがなってくださりました。そして実は私たちの心を動かして決断して従えるように、聖霊もまた働いてくださるわけですよね。
そして私たちが信じて従うときに成長していく。言い換えるとイエス様の身姿へと変えられ続けていくということが起こるわけです。パウロがその罪の上がない、イエス様による罪の上がないと聖霊による導きの約束について書いている御言葉を紹介しますね。
イエス様の十字架の上がないによって私たちはイエス様への信仰や決心や従順を妨げている罪の問題がもう解決している、上がられている。もっと言うと失敗しても大丈夫なんですね。
と同時に聖霊によって従えるようにと私たちの心に聖霊が働きかけてくださる。決断ができるように導いてくださる。その約束をパウロの言葉から見てみましょう。ローマ書の8章の3節から4節ですね。最初だけ読みますね。
神は御自分の御子を罪深い肉と同じような形で罪の清めのために使わし、肉において罪を処罰されたのです。
それは肉に従わず御霊に従って歩む私たちのうちに律法の要求が満たされるためなのです。御霊に従うとも言ってありますけど御霊によって従うことができるように導く、歩むことができるとも読めると思います。
今日は聖霊が私たちの心に働いてくださる、そして神の言葉を私たちに生ける神の言葉として私たちの心に刻んでくださるということを見ました。私たちの心を開き、私たちに対して聖書を開くのが聖霊の働きですね。
そして私たちが心から確信を持って聖書の言葉そして神様に従えるようにと聖霊は導いてください。そして私たちを主の弟子としてイエス様に似たものと変え続けてください。そんなことを共に学んでいきました。
そのようなことを覚えながらですね、聖霊に頼って聖書の言葉を受け入れてイエス様と共に歩むお互いでありたいと思います。お祈りしましょう。
天の神様、御名を賛美いたします。イエス様が聖霊を使わせてくださいました。聖霊は見ることができません。触ることができません。しかし私たちが神の御言葉に心を動かされるとき、また御言葉にあって決断へと導かれるとき、御聖霊が働いておられること、そのことが起こっている、そのことを信じて感謝いたします。
どうぞ私たちがこのような聖霊の働きを信じて、また聖霊によって心を動かされ、あなたの御言葉、御心に歩んでいくお互いであり、教会でありますよう、どうか導いてください。この願いと感謝を私たちの救い主、主イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。
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