ヨハネの福音書十一章二十五節から二十七節をお読みします。
イエスは彼女に言われた。
私はよみがえりです。いのちです。私を信じる者は死んでも生きるのです。
また、生きていて私を信じる者は御名、永遠に決して死ぬことがありません。
あなたはこのことを信じますか?
彼女はイエスに言った。
ハイ、主よ、私はあなたが世に懲られる神の子、キリストであると信じております。
以上です。
それでは、今日は御言葉を振り返りながら、イエス様の復活を考えていきます。
復活の詩に出会うということで、
共に三つのことを簡単に見ていけたらと思います。
日曜日に、私たちは当たり前のように礼拝をしていますが、
その日曜日はイエス様の復活に由来するということ、
そこから礼拝が始まったということが、皆さんご存知でしょうかね。
それに関わるような見事を読んでいきましょう。
ヨハネの二十四章の十九節ですね。
その日、すなわち週の始めの日の夕方、弟子たちが居たところでは、
ユダヤ人を恐れて、戸に鍵がかけられていた。
すると、イエスが来て彼らの真ん中に立ち、
こう言われた、平安があなた方にあるように。
ヨハネ二十四章の十九節。
クリスマスは、イエス様の誕生がいつ頃かという諸説があるんですけれども、
イースターに関しては、おおよそこの時期ですね。
春分の日の後の、最初の満月の後の日曜日をイースターとしています。
今、クリスマスと同じように、クリスチャーじゃない方々もですね、
春の祭典としてお祝いをしています。
雨が降りましてね。
皆さんね、日本人は桜が好きですよね。
桜、桜、桜、桜。
それで、特にソメイヨシノなんかね、満開になって、今も咲いていますが、
花散らしの雨なんて言って、雨が降ってね、どうなっちゃうんだろうかと思いましたけど、
かえって、私は真っ白の色よりもですね、
雨の後の、そして塵際のね、ソメイヨシノの方が好きなんですね。
本当にピンクに輝く。
で、ある気象予報士の有名な方がですね、こう言ったんですね。
皆さん、花散らしの雨って心配してるけど、
満開の桜はそんなにね、雨で簡単に散りませんよって言ってるんですね。
そうやって、桜にも力強いいのちがあるように、
まさに復活のイエス様にも力強いいのちがあって、私たちを変えるどころか、
ユダヤ教の習慣をも変えてしまった。
これが日曜日礼拝の由来なんですね。
ここにありましたように、週の始めの日ということを2つ書いておきましたけども、
これはですね、週の始めの日というのは、
皆さん、なぜ週の始めの日というかわかりますよね。
旧約聖書をもとにした旧約聖書の律法やユダヤ教では、
安息日を守っていました。
それは何曜日ですか。
安息日は土曜日ですね。
土曜日は一番、週の最後の日なんです。
その時にユダヤ教の人たち、旧約聖書の民はですね、礼拝をしていたんですが、
実はこの土曜日礼拝、安息日礼拝ということを劇的に変えたのが、
イエス様の復活という出来事だったんですね。
この弟子たちは鍵をかけて隠れていた。
逮捕されることを恐れていたというように、
死であるイエス様、救い主であり、
一緒にメシアとして共に出世していこうと思ったかもしれませんけど、
弟子たちはですね、絶望していたわけですよね。
絶望どころか捉えられる恐怖におののえていたわけです。
しかしそのイエス様とのこの復活の出会いをですね、
彼らはその衝撃と喜びを忘れることがなかったんですね。
そしてそのことを忘れないためにですね、
日曜日から日曜日をキリスト教のイエス様の復活を祝う礼拝日としたわけです。
聖書では1の20章7節にこのように書いてありますね。
ちょっと読みにくいんですが読んでみましょうか。
週の始めの日に私たちはパンを裂くために集まった。
これはパウロを通して救われた民ですけれども、
ここでもやはり週の始めの日、いわゆる今の日曜日に、
このパン裂きというのは今日行う聖餐式を行った。
日曜日に礼拝していたということがこのように聖書からわかるわけです。
弟子たち、その初代の教会はですね、復活の衝撃のゆえにですね、
その驚きと大切さのゆえに日曜日新しく礼拝するようになった。
その日を主の日と呼ぶようになったんですね。
新しい習慣としての日曜日が今に受け継がれていますが、
私たちはですね、クリスチャンとして当然のように日曜日に礼拝しています。
しかしその起点がですね、復活にあった、イエス様の復活にあったということを
今朝もう一度新たに思い出していきたいと思うんですね。
そして毎週日曜日に礼拝を守っている。
そこでイエス様を礼拝しているということ自体がですね、
イエス様の復活を証している。
それが土台となっているんだ。
イエス様の復活が土台となっているんだ。
そのことを毎週実は思い起こすべきなんですね。
このイースターにですね、私たちの信仰の土台が
まさにイエス様の復活にあるんだということをもう一度確認して
新しい年度を歩み続けられればと思います。