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#03 ゆとりは「半歩引く目」で「あれ?」と気づく
2026-05-29 20:23

#03 ゆとりは「半歩引く目」で「あれ?」と気づく

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「ふつうの先生の、ふつうじゃない話を聴いていく番組」
ホストは、高知の現役教員で「会いに行けるセンセイ」という活動をする「のざたん」

第3回は、前回の「私が選ぶ」を受けて——
じゃあ、選んでいないことに、どうやって気づくのか、という問いから始まります。
たどり着いたのは、「あれ?」という小さな違和感を、無視しないこと。
半歩だけ引いた目で、それを眺めてみる。そんな話をしました。

▼ この回で話したこと
・「私が選ぶ」と言ったけど、選んでないことには、どう気づくのか
・「あれ?」と思う、その瞬間にはもう、半歩引いた自分が生まれている
・半歩——完全に俯瞰するんじゃなくて、当事者のまま、ちょっとだけ眺める
・会議の中の「あれ?」——なぜ今、引き受けた? なぜ賛成した?
・トラブル対応の中の「あれ?」——観察に近いスタンスで聴いてみる
・教員は「常に緩やかなレディ状態」だから、反射してしまうのは自然なこと
・全部拾わなくていい。1日に1個でいい
・「ちょっと引いて、ちょっと戻ってくる場所」を、心に残しておく

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▼ のざたんの他の活動
Voicy「学びのセカンドオピニオン」(毎日配信)
https://voicy.jp/channel/3708

note
https://note.com/nozkoh

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サマリー

このエピソードでは、日々の忙しさの中で「自分が選んでいる」という感覚を見失いがちな状況に対し、「あれ?」という小さな違和感に気づき、それを大切にすることの重要性を説いています。完全に俯瞰するのではなく、「半歩引いた目」で自分や状況を眺めることで、反射的な行動を抑え、より主体的に選択する余裕を生み出す方法を探ります。会議での発言やトラブル対応など、具体的な場面での「あれ?」の捉え方や、それを意識することで心のゆとりが生まれることを解説しています。

「私が選ぶ」から「選んでいない?」への問い
みなさんこんにちは。ゆとり教育者ラジオへようこそ。 放送しておりますのはパーソナリティののざたんと申します。どうぞよろしくお願いします。
ゆとり教育者ラジオ3回目なんですけれども、前回の放送では、私が選ぶという話をしたんですね。
私が選ぶという自動詞で、自分たちは動けていますかね?という話をしてきたんですけれども、
私が選ぶって言ってきたんですけどね。 その選んでるの?みたいな。どうやって気づくの?みたいなね。
なんか選ぶって言ってるけど、どうやってそれに気づいたらいいんですかね? みたいな。ただでさ、忙しい日々の中で流れてやっていることっていっぱいあるんだけど。
放送の中でも伝えましたけどね。反射的に引き受けたりすることってあるし、会議でなんとなくちょろっと喋ってしまうことだって多々あるわけですよね。
その時に、選んでるの?選んでないの?これは選んでないんじゃないのかな?と思うかもしれないんですけど、そのタイミングで構わないので、
このあれ?って思うところを大切にしてほしいなというのが今回のテーマになります。
「半歩引く」という視点
それは何かと言いますと、半歩引いてみましょう。 一歩とは言わず半歩くらい引いて、ちょっと俯瞰で見てみませんか?ということをお勧めしたいなと思っています。
まあこれですね。 僕たち生活の中であれ?みたいな、そういった瞬間って少なくないんじゃないかなと思うでしょうね。
会議に出ていて、あれ?今の話なんだっけ?とか、あれ?今、さっきの議論と違わないかな?とか。
メールを受け取った時に、あれ?何でこんな返事してるんだっけ?とか、子供が何か発言した後に、こっちが言い返した後で、あれ?今の言い方良かったっけ?みたいな、これぐらいのあれ?でいいんですけど、
まあ大きな違和感じゃなくてね、ちょっとした、ん?っていうぐらいの、このあれ?っていうのを大切に思って欲しいなと感じているんでしょう。
このあれ?って思っている自分って、なんだろうな、あれ?って思っている自分を眺めている自分がいるんですよね。
ややこしいな。えっと、あれ?って思った瞬間、そのあれ?って言っている自分をちょっと後ろ側で見ているような、そんな感じじゃないですか?
一瞬なんだけど、なんかちょっと引いた感じで、見えているなという、僕はそんな風に感じているんですね。
これを何か半歩引くっていう風に表現しています。完全にこうなんて言うのかな?俯瞰で見ているというわけじゃなくて、
あれ?一瞬考えてみて、これなんか、あれ?おかしくないですか?みたいな、それぐらいでいいと思っているんですけど、この、ん?っていう、このあれ?みたいなのを
大切にする、その感覚を大切にすることってすごく良いことだなぁって思うんですね。
このあれ?ってあまり理屈じゃないんですよね。どっちかというと、感覚的なものというか、反応的なものというか、
ん?っていう、ん?違うぞ?とか、なんかロジカルに考えるんじゃなくて、
こうした感覚的に、ん?ちょっと違和感あるかも?みたいな。
この違和感あるかも?って思っている私は何を感じて今違和感を感じたんだろうね?って、
ちょっと俯瞰でこう話を考えてみる。そうですね。自分が感じ取ったことをちょっと落ち着いて考えてみようか?みたいな。
そういったところってすごく大切だよなぁと思っているんですよ。で、その、
違和感を大切にする理由
なんだろうな、まあ違和感だから深く深く考えすぎるわけでもなくて、
この微妙な感覚、あのちょっとちょっとだけでいいから、なんで今僕が引っかかりを得たんだろう?
何に僕はこう今気になっているんだろう?と。多分普段流している言葉なんだけど、今日だけは気になっているのかもしれない。
とか、やっぱり何か日々日々この言葉に気に、この言葉がやっぱり気になっているなぁ。
やっぱこれ10回ぐらい聞いてるって、なんかやっぱずっと気になるよ?みたいな。
あのこれぐらいのなんかあやふやなというか曖昧なと言いますか。なんかふわーっとした感覚でいいんですけど、この
ん?っていうのをすごく大切にすることで、なんでこれに引っかかっているのかなーっていうのを、
やっぱりなんかね、これはもう理屈じゃないけど、感覚的に捉える。
で、なんかその何かはわからないんだけど何か引っかかったよねーっていう、この
ちょっとしたこう落ち着きというか、一歩立ち止まるというか、半歩ぐらい立ち止まるというか、ちょっとだけこう
ん?って思って返してみることがすごく大事だなと思っていて。 で、こういったのを多分メタ認知とか、まあ俯瞰で、さっきもね俯瞰って言葉言いましたけど、
この言葉で言っちゃうとちょっと難しい気がしていて、
なんか俯瞰で見ましょうね。自分のことを俯瞰で見てください。
メタ認知がと言われても、わからんみたいに思われちゃうと思うんですけど、あのん?って、このん?っていう感じが
なんか、まあそれぐらいの感覚でいいんだろうなと思っているんですよね。
なんか子供のことがちょっと気になってるなーとか、あれ?って保護者と対話していて、なんか違和感があったなーとか、なんか胸の使いがあったなーとか、同僚と話していて、
あれ?なんかさっきちょっとざわついたなーとか、なんかこれぐらいのところを大切にするっていうか、なんだ?っていうのをちょっと立ち止まって、なんだ?をちょっと考えてみようかみたいな。
そんなことができるといいなと思っているんですよね。
「あれ?」を大切にすることの効果
これってすごく大事だなと思っていて、自分にも役立つんですよ。自分で喋ってて、やっぱりさっきの違和感があるなーとか、なんだろうな、捉えてみていてとか、会議に出ていてでもいいし、
さっきいいって言ったけど、なんか今の感じはちょっと違うぞーとか、なんか違和感を感じるようになってきたなーとか、そういったところのこのあれを大切にできるかどうかで、心にゆとりができてくるというか。
ここを意識するとちょっと立ち止まれるんですよね。それがすごくいいなと思っていて、身体感覚的に自分の感覚なので、それを信じてもらいたいなと思っていて、
大きく反応するではなくて、ちょっとしたこの些細な気になり具合、なんか気になるんだけど、大切にできるのがいいなーと思ったんですよね。
例えば会議って独特な雰囲気あるじゃないですか。いっぱい時間限られてるけど議題多くて、焦ってる感じとか、なんとなくこう流れて決まってて、例年通りでいいですか?みたいな。
例年通りのん?っていうのとかあるなーと思ってて、これお願いしたいんだけどって言われたときに、無条件ではいって言っちゃったけど、あれなんで僕は今引き受けたんだろう?みたいな。
いいこととか悪いことではなくて、なんで今2つ返事で引き受けるって言えたのかなーっていうときに、反射的にって今思ったけど、よくよく考えてみたら、できそうだなーと思っているから、自分の共有範囲内だなーって判断したからうんって言えたよねーとか。
ちょっと振り返ってみたり。ひょっとしたら違うかもしれないですよ。いっぱいいっぱいかもしれなくて、いっぱいいっぱいなんだけど、でもなんかこの人に言われたらやっていいかなーって思えたからやろうとしてるのかなーとか。
で、そうやって言葉にしていくことが僕はすごく必要なのかなーっていう。ちょっと駆動いいかもしれないんだけど、なんでこれを今引き受けたんだっけーとか、これなんで賛成したんだっけーとか、これ話何のためにしてるんでしたっけーみたいな、
このあれを大切にすることとか、見過ごさないことというか、無視しないでほしいなーと思ってるんですよ。
で、こういう話をしてると、じゃあ声を出すってことですか?みたいな。ちょっと待ってくださいって言えってことですか?みたいになると、しんどいじゃないですか。会議の場でちょっと待ってくださいみたいなことを言うのって、やっぱり急にやろうとするとすごいストレスがかかると思ってるんですね。
で、なぜ僕が言いたいのはゆとり教育者なんで、もうちょっとゆとってくださいぐらいの話でいいなと思ってるので、皆さんが気になったところがあれば、ちょっとだけ自分の中で確認して、
あー今話流しちゃったなーとか、あれ今なんか落ちてたなー話聞けてなかったなーとか、なんで落ちちゃったんだろうねーとか、あれちょっと考えてたらなんか違和感あったなーとか。
で、冷静に考えて、違和感、でもまあこれは違和感だけど個人的なやつだからいいのかなーとか。でもやっぱ考えてみたら気になってきたぞ、気になってきたぞってムクムクしてきたらやっぱ気になるのが止まらなくなったらちょっと1個だけ確認してもいいですかーとかって言えるようになるかもしれない。
やっぱなんか勇気を持って急に突発的にちょっと待ってくださいっていうのではなくて、やっぱりちょっとずつちょっとずつ捉えながらやっぱり違和感があったら言い方もそれに応じて変わってくるのかなと思うし、なんかここの部分だけちょっと違和感があるんですけどっていう言い方ができるようになってくるかもしれない。
そういったほんのちょっとした感覚かもしれないんだけど、でも僕にとっては大切なことなので今ちょっと声を出させてくださいねっていう、そういう伝え方が自然とできるようになると思うんですね。
この本当にちょっとした違和感を大切にして、ちょっとした違和感なんですけどって正直に言えると思うので、でもなんか気になっててどうしても声を出して止めたかったんです、話をちょっと止めたかったんですみたいな、こういった言い方ってできるようになるんですよね。
これはちょっとした意識ではあるんですがぜひやってもらえたらいいなと思っています。
トラブル対応における「半歩引く」
そうですね、なかなかさ、とはいえね、学校の教員だったらトラブル対応とかバチコーンって感情が飛んでくる場所ってあるので、
ちょっと落ち着くことができると少し自分のことを守れるかなと。
例えば、保護者サイドから強い苦調な電話がかかってきて、先生ってどうしてうちの子だけ?みたいなことを言われたときに、頭の中では保護者が怒っているなーとか、なんかこれ責められてるっぽいなーとか、対応が違ったのかなーみたいな。
こうやって大体ジェッチしてるんですよね、自分の中でね。
その判断をする前に、もうちょっと俯瞰で、今保護者から電話があったぞーって声が荒げられてるのかなーって、大きいなーみたいな。
どうして?みたいな。理由を欲している発言をしているぞーとか。
そうするとちょっと引いた形で、私は何かを言われているなーみたいな。
ってなるとちょっと捉えられてくるというか。
なかなか難しいんですけどね、感情がぶつかってくれてるから。
難しいと思うんですけど、ちょっとこう、何か怒っているなーぐらいの。
声に出したらダメですよ。声に出すと、何か怒ってますねーって言ったら皮に油ですけど、
頭の中では相手はちょっと怒っているっぽいぞーぐらいの。
そういった感覚で捉えていって、相手は怒っているのだーという、観察に近い様子?
様子というかね、観察に近いスタンスで話を聞く。
事実ベースのことをやっていく。
クレームがあったという言葉で済ますのではなくて、何かに対して怒りを見せているんだなー。
じゃあ何に対してなんだろう?って。
ちょっと引いてあげると、少し対応も変わってくるんじゃないかなと思っています。
これは、こうしましょうとかそういうわけでもなくて、
教員の日常と「反射」
何て言うの?
何か判断間違っちゃったって。
判断間違えないようにちょっと反法していきましょうとか。
そういうことではなくて、
教員の仕事ってやっぱり忙しいと思うし、
常に緩やかなレディ状態が続くんですよね。
常にスタンバイをしていると言えばいいですかね。
何か起こるかもしれないでずっと待機待ちしているような、そんな時間の方が長いのかなと思っていて、
そうした時に何かピコンって起きたら、反射的に反応したくなるし、
そうしちゃうんでしょうね。
そこを、何かちょっとでいいので、
ちょっとでいいのでって思ってあげることが、
自分にとっても優しくできるんじゃないかなと。
ちょっと怒っているなあ、なるほどなるほどっていうぐらいの感覚とか。
何か生徒がすごく慌てふためいているなあ。
で、市民になってね。
もちろん対応したい気持ちはあるんですけど、そこをぐっと我慢して、
何か今目を泳いでいるなあとか、
今何かこう、あわあわしているなあとか、
何かこう、手が震えているぞとなのか、
何か言いたいことがありそうだけど下を向いているなあとか、
何かそういう様子を見ながら、
ちょっとずつちょっとずつ相手のことを見て、
一瞬だけでいいのでちょっと止まるっていうんですかね。
何かこれがすごく大事だなあ。
そうじゃないと何かコミュニケーションでズレが出てきて、
何かズレたまま突き進んでいくことの方が多くなっちゃうのかな。
そうすると何か違うことが起こって、
よりあわあわしちゃって、何か瞬発的に対応しなきゃみたいになって、
余白のないような、何かぎゅーっと詰まったような、
そんな状態になってきているんじゃないかなと思っていて。
なので何て言うんですかね。
「ちょっと引いて、戻ってくる場所」を持つ
ちょっと引いて、ちょっと戻ってくる場所っていうんですかね。
一旦ちょっと落ち着こうかみたいな。
その感覚っていうのをすごく置いておくことが大切なのかなあっていう。
そのために、なかなか難しいんですけど大切なのが、
ん?っていうあれ?みたいなその感覚。
ん?何か気になったなあみたいな。あれ何気になったんだろうみたいな。
この感覚っていうのを心のどこかに残しておいていただけると、
ちょっとゆっくりできるかなあというふうに思っています。
これは別に特別な能力というのもないし、
多分普段からやっていることなんですよ。
ただあまりにも忙しいので忘れちゃうというか、
無視しちゃうというか、気にしなくていいかって、
蓋をピッて閉じちゃうんだろうなと思うので、
意識的に、あれ?って今日何に感じたかなあとか。
私の場合、今日ミーティングで出てきたあの言葉がすごく気になってたなあ。
すごくっていうか、なんか違和感あったんだよねみたいな。
そこを置いておくだけで、感覚が変わってくるのかなあとか。
あとあれ?って思った時にちょこっとメモしておく。
言葉だけでもいいかもしれない。
この言葉にすごい気になったとか、
このものにすごく気になったとか、
このやつにすごく、すごく、
なんか一瞬だけ違和感を感じたみたいな。
この身体変化みたいな感じなんですけど、
身体的なサインを忘れないようにちょこっと乗っけておくことが、
できるとちょっと心にゆとりというか、
なんか一瞬考えられるというか、
反射的に行動しないブレーキになるというか、
そんな風になっていくんじゃないかなという風に思っております。
「あれ?」を拾い、大切にする
というわけで、今日ぜひあなたたちがですね、
あなたたち?みなさんが、
あれ?みたいな感じた瞬間というのがあったなあって、
思えたらいいのかなと思ってますし、
それは何か多分会議の途中でかもしれないし、
誰かと話をしている時かもしれないし、
メールの時かもしれないし、
一人でボーっとしている時かもしれない。
生徒と向き合っている時かもしれないんですけど、
その何かしら多分ね、
僕たちはあれ?っていうのを何度も何度も感じているので、
それを一個でもいいので大切にしてみる。
全部なんか拾っていたらしんどいですから。
一個でもいいのでその違和感みたいなのも拾って、
これ何だったっけなあって、
ちょっとこう咀嚼してみて。
で、これをなんかこうだったなあって。
で、そうやってちょっと自分の感覚を戻すっていう、
そんなことをしてもらえると、
少しその最初からお伝えしているような、
余白とか選ぶとかに近づけるんじゃないかなと思って、
今日はお答えをさせていただきました。
まとめとエンディング
というわけで、
今日の第3回目の放送、
半歩引いてみましょうということをお伝えできたので、
今日のゆとり教育者ラジオは終わりにしたいなと思っております。
パーソナリティは野坂さんでした。
またお聞きください。
それではまた。
20:23

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