これってすごく大事だなと思っていて、自分にも役立つんですよ。自分で喋ってて、やっぱりさっきの違和感があるなーとか、なんだろうな、捉えてみていてとか、会議に出ていてでもいいし、
さっきいいって言ったけど、なんか今の感じはちょっと違うぞーとか、なんか違和感を感じるようになってきたなーとか、そういったところのこのあれを大切にできるかどうかで、心にゆとりができてくるというか。
ここを意識するとちょっと立ち止まれるんですよね。それがすごくいいなと思っていて、身体感覚的に自分の感覚なので、それを信じてもらいたいなと思っていて、
大きく反応するではなくて、ちょっとしたこの些細な気になり具合、なんか気になるんだけど、大切にできるのがいいなーと思ったんですよね。
例えば会議って独特な雰囲気あるじゃないですか。いっぱい時間限られてるけど議題多くて、焦ってる感じとか、なんとなくこう流れて決まってて、例年通りでいいですか?みたいな。
例年通りのん?っていうのとかあるなーと思ってて、これお願いしたいんだけどって言われたときに、無条件ではいって言っちゃったけど、あれなんで僕は今引き受けたんだろう?みたいな。
いいこととか悪いことではなくて、なんで今2つ返事で引き受けるって言えたのかなーっていうときに、反射的にって今思ったけど、よくよく考えてみたら、できそうだなーと思っているから、自分の共有範囲内だなーって判断したからうんって言えたよねーとか。
ちょっと振り返ってみたり。ひょっとしたら違うかもしれないですよ。いっぱいいっぱいかもしれなくて、いっぱいいっぱいなんだけど、でもなんかこの人に言われたらやっていいかなーって思えたからやろうとしてるのかなーとか。
で、そうやって言葉にしていくことが僕はすごく必要なのかなーっていう。ちょっと駆動いいかもしれないんだけど、なんでこれを今引き受けたんだっけーとか、これなんで賛成したんだっけーとか、これ話何のためにしてるんでしたっけーみたいな、
このあれを大切にすることとか、見過ごさないことというか、無視しないでほしいなーと思ってるんですよ。
で、こういう話をしてると、じゃあ声を出すってことですか?みたいな。ちょっと待ってくださいって言えってことですか?みたいになると、しんどいじゃないですか。会議の場でちょっと待ってくださいみたいなことを言うのって、やっぱり急にやろうとするとすごいストレスがかかると思ってるんですね。
で、なぜ僕が言いたいのはゆとり教育者なんで、もうちょっとゆとってくださいぐらいの話でいいなと思ってるので、皆さんが気になったところがあれば、ちょっとだけ自分の中で確認して、
あー今話流しちゃったなーとか、あれ今なんか落ちてたなー話聞けてなかったなーとか、なんで落ちちゃったんだろうねーとか、あれちょっと考えてたらなんか違和感あったなーとか。
で、冷静に考えて、違和感、でもまあこれは違和感だけど個人的なやつだからいいのかなーとか。でもやっぱ考えてみたら気になってきたぞ、気になってきたぞってムクムクしてきたらやっぱ気になるのが止まらなくなったらちょっと1個だけ確認してもいいですかーとかって言えるようになるかもしれない。
やっぱなんか勇気を持って急に突発的にちょっと待ってくださいっていうのではなくて、やっぱりちょっとずつちょっとずつ捉えながらやっぱり違和感があったら言い方もそれに応じて変わってくるのかなと思うし、なんかここの部分だけちょっと違和感があるんですけどっていう言い方ができるようになってくるかもしれない。
そういったほんのちょっとした感覚かもしれないんだけど、でも僕にとっては大切なことなので今ちょっと声を出させてくださいねっていう、そういう伝え方が自然とできるようになると思うんですね。
この本当にちょっとした違和感を大切にして、ちょっとした違和感なんですけどって正直に言えると思うので、でもなんか気になっててどうしても声を出して止めたかったんです、話をちょっと止めたかったんですみたいな、こういった言い方ってできるようになるんですよね。
これはちょっとした意識ではあるんですがぜひやってもらえたらいいなと思っています。