1. のざどい深夜便 ー夜の職員室ー
  2. 成績、どこまで気にしていい?..
成績、どこまで気にしていい? (ep.01)
2026-09-06 58:48

成績、どこまで気にしていい? (ep.01)

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「教育の現場にいる二人が、ふと思ったことを深掘りしていく番組」

のざどい深夜便 ー夜の職員室ー

のざたん(高知の現役教員/「会いに行けるセンセイ」)× どいどい(高知でプログラミングスクールと学習塾を運営)

第1回のお題は「成績」。

タイトルコールがまだ全然そろわないところから始まっていますが、ご容赦くださいませ


成績を聞いてくるのは、たいてい子どもではなく親のほう。では何が知りたいのかというと、多くは「うちの子は、他の子と比べてどうか」。偏差値60が上位15%くらいを指す、と正直に説明すると、きょとんとされてしまう——という、噛み合わなさの話から始まります。

途中から、点数をつける側の話へ

この問題は1点か2点か、それは結局こちらの主観ではないのか。配点の哲学が違う先生同士は神々の戦いになる。そもそも、なぜ100点満点にしないといけないのか。「何問中何問」でいいのではないか——20年以上テストを作ってきた側の、けっこう身も蓋もない話です。


そして後半は、同じ点数でも間違いの中身は違う、という当たり前のところへ。点数にした瞬間、見えてほしいところが全部覆われてしまう。いつも100点を取っていて、それでも学校に行けなかった子の話も出てきます。


通知表のつけ方は変わった。でも保護者の感覚は、自分たちが受けてきた5段階のままかもしれない。そのズレの隙間に「手を挙げ続けると内申点が上がる」みたいな話が流れ込んでくる——というところまで。


真面目な話が続きすぎて、途中で片方が寝かけました。深夜便なので、それでいいことにしています。


▼ チャプター

まだグダグダのオープニングコール

番組名の由来/これ、夜10時に録っています

自己紹介——理科の教員と、プログラミングスクールの人

今日のお題は「成績」

スクールでは成績を出さない/プログラミングのコンテスト事情

成績、生徒は欲しがらない。聞いてくるのはいつも親

偏差値60の意味を正直に説明すると、きょとんとされる

「上位15%に入る覚悟はございますか」と聞いてしまう

保護者が知りたいのは比較。悩みと、プライド

成績やテストが悪いのではなく、使われ方の問題

数字を使わず、言葉だけで評価すると決めてみる

「ちゃんと見てくれている」が、安心につながる

評価コメントを声で話して、文字起こしして整える

脱線:センサーで全部ログを取る監視社会

カメラ越しに受ける試験は、もう実在する

ワークショップ型入試、1泊2日入試

学校が追いつかない/省力化の方向には行ってほしくない

「総合的に判断して」——それ、就活みたい

テストを作る側の話。簡単すぎると言われ、難しすぎると言われる

そもそも、なぜ100点にしないといけないのか

この問題は1点か、2点か。それ、僕の主観じゃないか

配点の哲学が違う先生同士は、神々の戦いになる

配点が混ざると、採点で頭が割れる

同じ点数でも、間違いの中身は違う

点は取れるけれど/点は取れないけれど

いつも100点で、不登校だった子どもの話

スコアはスコア、行動は行動として伝えればいい

「点が良ければ5」は、もう違う

100点なのに、そこは評価が上がらない——をどう説明するか

通知表は変わった。でも保護者の感覚は置いてけぼり

「手を挙げ続けると内申点が上がる」——そんな事実はない

評価基準は学校ごとに決めていい。だから揃わない

不安は自然なこと。だからこそ、動画やSNSに流れてしまう

不安をどう取り除くか/お互いに信頼して話せること

「今日、何をやったの?」の会話が足りていない

次回はコーナーを作る会議/お便りの受け取り方も考える

感想

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サマリー

このエピソードでは、教育現場の現役教員である「のざたん」とプログラミングスクールを運営する「どいどい」が、「成績」というテーマについて深夜の職員室さながらに語り合います。親が子どもの成績を気にするのは、他者との比較を知りたいからではないかという疑問から始まり、偏差値60の意味を正直に伝えても理解されない現状が語られます。また、テストを作成する側の視点から、100点満点の意味や配点の難しさ、採点の哲学の違いによる「神々の戦い」といった現場のリアルな声が明かされます。さらに、同じ点数でも間違いの中身は異なり、点数化することで見えなくなる子どもの本質や、不登校だった子が常に100点を取っていたというエピソードも紹介されます。通知表の形式は変わっても保護者の感覚が追いついていない現状や、「手を挙げ続けると内申点が上がる」といった誤った情報が流れる背景にも触れ、教育現場と保護者の間の認識のズレや不安について深く掘り下げています。

オープニングと番組紹介
3、2、1
のざどい深夜便
めっちゃ大丈夫か、これ。
夜の!
夜の職員室
イェーイ!職員室!イェーイ!
あの、グダグダすぎるタイトルコールなんで、ちょっと練習をね、毎回していきたいですね。
はい、そうですね。
あの、なんでこうなった?
なんでこうなったんですか、このタイトルは。
あ、このタイトル?
このタイトルは、一応、あの前回、先週、とりあえず収録しようから始めて、
はいはいはい。
面白いから毎週やろうになり、
はいはい。
で、タイトルもつけないもん、先週考えてたので。
そうそうそうそう。
だから、ポッドキャストでね、こうやって配信をしてるんですけど、
するときにはもうタイトル決まったじゃないですか。
こののざどい深夜便にしようって。
うんうんうん。
で、えっと、だから、僕もちゃんと聞いてないんですけど、
なんでこのタイトルになったか。
そうそうそうそう。
まずですね、
まず。
えっと、まず、もし聞いてくださる方がいたらわかりませんけれども、
おそらくわからないと思いますけど、
これを撮ってるのは、10時です。
夜の10時です。
夜ですね、確かに。夜です。
あの、今日は特にですけど、眠いんですね。
眠いんですね。
それは自分の都合やないかい。
眠いですね。
眠い。もう眠いんですね。
そうですね。
のざたんからすると、もうね、あの学校から帰ってきて。
はい。
で、えっと、で、これからね、えっと、
まあでものざたん、いつ寝るかわからないからなと思うんですけれども。
今日、今日、ぶっちゃけ午前で終わったから、帰ってきて昼寝した。
昼寝した、いい、それ嬉しい。
それいいですね。
それいいですね。
それいいですね。
いやいや、まあそういう深夜に、じゃないけど、近く、もうそろそろ眠くなってきたなというところで、
きっと、たぶん収まりのつかない二人がやってそう。
でもまあいいや、深夜便っていう言葉はどっかからラジオにそういうのがあったかなっていうのを。
で、二人の名前合わせて、深夜便とか、のざとい深夜便って面白そうだなと。
ただ、夜の職員室はつけると、なんだかちょっと怪しい響きがあってどうかなという。
怪しいね。怪しい、大丈夫。
なんだかどうしようかなって思っちゃって、これつけないほうがよかったかなとかいう。
つけないほうがよかったら消えてくるやつだから大丈夫でしょうね。
ってか思ったりとかしてるやつです。
はい、ということで。
ありがとうございます。
というわけで。
はい。
というわけで、のざたんとどいどいで話していきますけど。
自己紹介と教育者としての活動
お互い何やってるかちゃんと紹介してないんでね。
あ、自己紹介。
我々は一応高知県というところに住んでいて、たぶん。
たぶんじゃないです。
え、たぶんじゃないの?
ごめんなさい、流そうとしました。たぶんじゃないです。
そこたぶんにする必要もないです。
明らかに高知県で仕事してるんですけど。
僕が、のざたんは学校の教員やっていると。
はい。
で、どいどいは何をやってるんですか?
どいどいは何をやってるんですか?
僕はプログラミングスクールを運営している人です。
運営をしていて。
している人。
教える人っぽいこともしてる。
もちろんやってますということですね。
お互いそういう意味での教育関係者ですよね。
のざたんは教育関係者だったんですか?
そうそう。ご存知なかった。
先生だったんですね。
ちょっと失礼。
何の先生ですか?
理科の教員をやってて、今総合学習というのをやったりしてるよっていうね。
そういう感じですよ。
そうなんですね。
そうなんだよ。
すみませんでした。
いやいや。
ちゃんとわかりました。
いやいや。
そうなんですよね。
あれもう何年前でしたっけ?
2020何年かに。
同じ雑誌に載ってるんですよね。
先端教育だったと思うんですけど。
たぶんこれ野崎先生が、のざたんが紹介してくれたんじゃないですか?
そうそう。
僕からすると、そんなのあるんだみたいな感じだったんですけれども。
先端教育っていう雑誌ですね。
高知県の特集で10人ぐらい載ってたんだけど。
その時の2人ですね。
えらい。
えらい?
すごいえらいですね。
僕たちえらいです。
これ載るのかな?載るべきかな?
わかんない。
でもそれでいくと、のざたんはホームスジャパン来たんですよ。
ホームスジャパンはいいまま。
来たんですよ。
何が?
教育を変える先生。
100人とかに選ばれちゃったんですよ。
選ばれたんですよね。これいつ発売だったんですか?
6月末ですね。6月末の8月号だったかな。
2026年の8月号に載ってます。
ありがたい話だね。
こののざたんっていう先生は、さっき自分で言いかけてましたけど、
当地に住んでるかどうかわからないみたいで、
いろんなところに出没したりとか、
海外とかも結構行かれてたり。
海外はお仕事で行かせていただいたり。
とかされてるっていうね。
ちゃんと学校にいるんだって言われるぐらいですからね。
そうそうそう。すごいなって。
本当に学校でやってるのかな?みたいな感じの先生ですけど。
めっちゃ疑われますけど、いるんですよちゃんと。
成績への疑問と親からの質問
そんな2人がお届けする深夜便でございますが、
どんな深夜便?
どんな深夜便?
前回宿題で話しててさ、
宿題を名前書いちまえみたいな。
謎の名前にしちゃえばいいんじゃない?みたいなのがあったじゃないですか。
今回一応お題を決めてしゃべろうかみたいなね。
そうですね。
成績みたいな。成績とかってさ。
成績はつくじゃない?学校とかさ。
そうですね。
つける必要もあるんだけど、お仕事として。
どいどいのスクールは成績みたいなの出るの?
出ない。
出ないっていうか、出さないっていうか。
出さないっていうか、出せないというか。
見てないというか。
プログラミングコンテストみたいなのが今多くなってきたじゃないですか。
ありますよね。ありますあります。
ああいうのは、僕全然よくわかってないですけど、
ああいうのって出ると何かつくの?
何とか賞とかもらえるの?
プログラミングの関係でいくと、確かにコンテスト的なものはいっぱいあります。
いっぱい?
いっぱいあります。商品もらえたりとか。
場合によっては賞金もあったりとか。
賞金ありますよ。
えっとね、そうそう、経済なんとか賞あたりが関わってたりとかしてですね、
何十万かもらえるやつとかあったりしますよ。
みんな早くそっちに移るんだ。みんないいか、そっちに移るんだ。
それすごい、これね。
全ベッドしなくてもいいからね、やったら。
他にもなんか自治体が関わってたりとかして、いろんなのをやってたりとかするんですよ。
ですけど、あんまりこう、それやりませんか?とか、
何でしょうね、これやるといいことありますよ、一緒にやりましょうみたいなことはあんまり言わない。
紹介するぐらい?
紹介はね、チラシがいつの間にか送られてくるんですよね。
あー、謎の組織から。
謎ではないけど。
謎ではない。
しかるべきところから。
プログラミングの大会を運営してる、主催されてる方から送られてきたりとかするので、
やっぱりそれは張り付けたりとかするんですけれども、
基本なんかうちのスクールって子どもたちの主体に任せてるというか、
やりたいならやりたい、一緒に考えれるし、やらないならやらない、
で、やろうよ、やろうよってずっと言ったりとかしないし、
別にねっていう感じですね。
そこのあたりは結構自由ですね。
プログラミング、増えたなと思ってて、このテストとか。
一時期減ったようなイメージがあったけど、またちょっと最近聞くようにはなったかなと思います。
あとなんか、ここも1年ぐらいだけど、
生成AIの使い方とか、AI使ったコンテストみたいなのも増えてきてて。
そうですね。子どもに限らずですけど増え始めてますね。
だから、学校文脈だとさ、進める?みたいな感じなんだよね。
どうやって進めたらいいの?みたいな。
この食材はどうやって召し上がっていただいたらいいんだろう?みたいな。
コンテストはあるけどみたいな。
でもまぁそうだよね、あるよね。
確かに使うよね、たぶん生成AIを。
どんどん使っていいんじゃないかなと。
コーディングするとかになったら。
生徒も行ったもんね。
ゲーム作るとかのワークショップ行ったけどやっぱり生成AI使いました?みたいな。
うんうん。
でいう成績ですよ。
でも成績どうなんですかね。
欲しいんですかね。生徒欲しがらないですか?
学習塾とかプログラミングしてますけれど、
どちらにしてもあんまり、生徒自体は欲しがったりはしないですよ。
これもしかしてキーワードかもしれないですよね。
生徒欲しくないんだ。
生徒欲しがったりはしないですよね、なんとなく。
成績をくださいなんていう生徒がいたら素晴らしいなって思いますけど。
すごいなって思いますけど。
でもスコア的なものについたら楽しくやったりしないですか。
この辺なんかむずいなと思うんだけど。
成績とかそういったことを言い始める会話って、
大体僕とかからすると親からしか聞かない。
保護者、親がまず成績がどうで、うちの子は。
というところからお話を聞いたりとかします。
何なんですかね、あれは。
点数が聞きたいんですかね。
何が聞きたいんですかね。
僕ちょっとおかしい人だからさ。
はいはい、感覚がね。
感覚がね。
感覚がね。
100人ですからね。
フォーブスジャパン100人ですから。
擦るな、擦るな。
一般の方とちょっと違いますからね。
点数もそうだけど、偏差値とか言われたりするわけですよ。
偏差値どれぐらいなんですかとかって。
僕すごい正直者だから。
正直者だから。
正しく伝えたいわけですよ。
心の底からね。
偏差値っていうのがありますけど、
例えば偏差値60っていうのは、
上位中5,6%に入られる方が指標として偏差値60なんですよって。
まずそっちの説明するんですよ。
キャトンって顔されるじゃないですか。
なるほど。
大人の側が偏差値60の理解をあまりしてない可能性があって。
なるほど。
偏差値どれぐらいですか。
50が平均だぞぐらいは分かってたけど、
10上がった時の40%とかじゃないんだみたいな。
上15,6%ですよみたいな話をするとみんなでキャトンみたいな。
偏差値の計算的なね。
計算の仕方知りたいですかみたいな。
そういうやつらは面白いかもしれないね。
ピタッと止まるんですけど話題はね。
もういいですみたいになるからさ。
ってなると親側っていうのかな。
保護者側も何が知りたいんだと思っちゃって。
別に目指すんだったらどういうことか分かりますよねみたいな。
現実に寄せていくとさ。
偏差値高くなりたかったらどういうことか分かりますよね。
偏差値高くなりたかったら上位15,6%に入る努力をするってことじゃないですか。
するって聞くしかないじゃないですか僕。
されるならされるならいいんですよね。
僕は全力で向き合ってほしいから。
50%取ってたら半分でいいんですけど。
50%取ってたら半分で50だけど。
60って言うんだったらそこまでいく覚悟はございますかみたいなことを。
ピロって言うとちょっとなんか。
みたいなね。
だから結局何か聞きたいのかなぁはいつも気になってて。
成績成績って言うけど。
何を何かトロフィーみたいなもの。
バッジか何かをもらいたいのか。
何なんだろうなぁっていつも思っちゃって。
そうですよね。
なんか僕の聞くニュアンスはもう親御さんからよく聞くようなニュアンスはやっぱりそこに見える見えるのはやっぱりこう。
比較ですね。
比較ですね。
誰かに比べてどう。
とか。
うちの子は他の子と違ってとか。
こういうことですね。
こういう感じのニュアンスでよく聞くことがすごく多い。
偏差値ということはおそらく偏差値のことについてはそれほど。
あんまり言ったりとかしなくても。
そのイメージとして。
うちの子は比較してこの感じの子だろう。
これぐらいの子だろう。
そういうことを悩みであったりとかプライドであったりとか。
言ってくる保護者さんとか相談される方っていうのはいらっしゃったりとかするんですね。
でも気持ちはわかるんですよ。
気持ちは非常にわかるんです。
気持ちは全然大丈夫なんですけれども。
この比較は結構怖いなっていうのは僕の意見ですね。
そうなんですよね。
評価のあり方とテクノロジーの活用
しんどいじゃないですか。比べられるの。
そうですね。
成績とかテストとかそういうのもそうですけど。
別に成績やテストがあるのも全然OKだし。
つけるのもその子のモチベーションになる可能性があるので。
全然いいかなというふうには思うんですけれど。
使われ方の問題があるかなと。
そうなんだよね。
それはすごい思います。
あんまり比べなくてもいいのになって思っちゃうんだよね。
比べない学校とかありますよね。
テストしない学校とか確かね。
あるある。
ありますね。
ドルトンさんとか全くしないことないのか。
でも定期テスト的なものはないみたいな。
テストしないってなった時に、
これねすごく難しいんですけど、
学校現場に評価っていうのは必要なんですよ。
お仕事としても必要なんですよ。
ごめんなさい。お仕事としてやらなきゃいけないっていう部分があって評価は。
決まってるんですね。
決まってるから。
あまりそこもいろいろ議論はあるんだけど、
評価はどうしても起きるし評価する場面が出てくるんですけど、
これを数字で評価しないって決めていくと結構面白くて。
なるほど。
言葉でしか表現しないような縛りをつけるとね。
ここできてたとか、
ここができてるのは自分の主観になっちゃうけど、
こういう表現してたとか、
こういうアプローチができるようになってるみたいだなとか、
なるほど。
ここの部分苦手っぽいですよねとか、
数字じゃない何かで表現しようとして出すんですよね、人間だから。
伝えたいし、情報共有したいから。
大事ですよね。
そうそう。
だからそれが成績じゃダメなのかなと思いながらも、
それだと分かりづらいから。
確かにそうですけど。
そうなんだけどなと思いながら、評価なんだけどなと思って。
数字は確かに分かりやすいんですよね。
そう、数字は分かりやすいんですよ。
数字つけちゃうと、
そこに隠れてる先生から見てどういう風に映っているのか、
子どもたちの特徴、
数字にできないような部分の特徴に言及しづらいので、
これを表現したいですよね。
そうすると、確かに野田さんのように、
言葉で成績をつけるというのは、
これはすごいありがたい話だなというふうに思ってて、
それをやるためには、
子どもたちに対してものすごい真摯に先生が向き合って、
先生がちゃんと一人一人に、
どういう子なのかとか、
どういう特徴があるのかであったりとか、
これを見ないといけないわけじゃないですか。
見た結果を返してくれているので、
親御さんとしてもちゃんと見てくれているという、
安心感にもつながったり、
数字だけじゃなくて、
相談できそうとか、
この先生に対して相談できそうとか、
そういった類の安心ってありそうだなと思いました。
難しいけどね。
今の時代だからこそやりやすくなったかなと思ってて、
だって喋っているのは全部文字起こししておくとか、
できるようになっているし、
フィードバックしながら、
それが文字データで蓄積できたり、
打ち込まなくてもいいんだったら、
まとまっていない言葉かもしれないけど、
バーってなっていて、
それをAIで整えてもらうとか、
ニュアンスだけずらさずに、
綺麗に文体を整えてもらうみたいなことをやったら、
面白そうですね。
そこの辺はテクニックに助けてもらって、
先生は成績をつけるときに、
マイクを目の前にして、
ひとり語りをする、
確かこのほうがいいかなとか。
できると思うんだよね。
そっちのほうが得意な気がするんだよね。
文字を起こししてもらって言う通り、
それを綺麗に体裁を整えてもらって伝える。
そうすると、
素直な先生の意見であったりとか、
今、学校でこんな感じなんだっていうのを、
ちゃんと聞けてる感じがしますよね。
数字だと分かんないから、
学校で何やってるんだとか分かんないので、
ずっとカメラつけておくわけにはいかないし、
本当にそう思うんですよ。
ずっと様子を知りたかったら、
GPS機能みたいなのをシャツに埋め込んで、
どういう動きしてるのか、
全部録ったっていいと思うんだけど、
いいですね。
やりすぎですね。
確かに、
確認証とかもできるように、
ちゃんとセンサーにつけておいて、
そうすると体の動きも分かりますので、
体の動きも全部録って、
超絶監視社会になるけど、
何とかの時間は、
姿勢の保持度がよろしくないスコアになってます。
テストとかにうるさい、
日本もうるさいですけど、
海外とかで、
子供たちの受験戦争が厳しいところは、
よりありますよね。
カメラでちゃんと撮って、
姿勢を見せてみて、
今やってますよね。
やってるところありますよね。
これちょっと怖いところもあるな。
本当に使い方だなと思って、
今、カメラで撮って、
試験みたいなのをやってたじゃないですか。
でも今、
あるんだよね。
カメラをどっか、
どっちだっけな。
決まったところにスマホのカメラ立てかけて、
自分を映して、
パソコン画面だったかな。
映るようにスマホの位置を固定して、
試験を受ける。
そういうのがあるんだって。
それができると、
オンラインでいつでも試験を受けられるから、
時間は管理できるじゃないですか。
ありますあります。
それで試験を受けましたよ。
マジで?
僕、視覚試験を受けました。
そっか、視覚試験とかそれでいいですもんね。
Googleのやつの視覚試験を受けた時に、
カメラとかでちゃんと監視される。
へー。
変なことしてないかっていうね、それはね。
変なことしてないかって。
そうそう、ちゃんとね、認識するんですよ。
多分そこに人がいて、そこに見てるわけじゃなくて、
ちゃんと視点であったりとか、
そういうの捉えてるんですよね。
そうだよね、どこ向いてるとか分かっちゃうもんね。
そういう世の中になってきちゃうじゃないですか、今。
そうそう。
学校現場とか教育現場とかでさ、
人は何を評価したらいいんだろうっていう。
人だから評価できることを評価したらいいのになとか、
成績とかもね。
客観的なスコアっていうのかな、何て言うんだろうね。
テストみたいなものは数値として出せるじゃないですか。
うん。
人間があえて開在するんだから、
そういった成績をつければいいのにみたいな。
そうですね。
テストや成績から思い浮かぶものって、
今までだとどれだけ記憶してるかとか、
知識を持ってるのかとか、
確かに変わりつつあるので、考えられるかとか、
そういう問題も出始めたりとかするんですけれども、
見えないところ、その子の特徴を掴めるような、
評価システムとかあったりとかすると、
これはもしかしておしまいがつかないような話かもしれないし、
要するに統一ができない、
確立ができないので問題が出てくるかもしれないですけれども、
でもそれもありはありなんじゃないかなというふうに思ったりするんですね。
テスト作成の現場と配点の哲学
いやー、いろんな入試試験があってさ、
ワークショップ型試験とかもあるんですよ。
世の中には。
どんな感じなんですか?
1日ずっとワークショップに参加して、
普通にワークショップに参加してくれと。
最後リフレクションみたいな振り返りみたいなの書いて、
ちょっと面接したりするのかな、
そういうのもあってさ。
それで終わりって感じ?
そうそうそうそう。
そうするとその生徒が合ってるか合ってないかとか分かるじゃないですか。
我が校に合ってる合ってないとか分かるし、
大学とか結構やってたり、
一泊二日入試みたいなのもあるし。
なにそれ面白そう。
合宿入試みたいな。
いいじゃないですか。面白そうじゃないですか。
そういうのもあったらみんなの考え方ちょっとずつ変わってくるんじゃないかなと思って。
なるほど。
そこに行き着くまでに学校が間に合わない。
追いつけないというか。
そうですね。考え方が追いつかないというか、
人手が追いつかないというか。
人手もそうだね。
省力化の方向にあんまり行ってほしくないな。
省力化、あんまり面倒くさいから簡単に評価してできる方向にテクノロジー使ったりとかね。
そっちの方にあんまり行ってほしくないなと。
そうなんだよね。
だからこれは文化的な問題なのかなと思うんだけど、
入るときの試験だけやけに厳しいんですよね。日本。
はい。
あと緩いんですよ。
出るときの試験そんなに厳しくないとかもあって、出さなきゃいけない。
頑張っているから出さなきゃいけないみたいな。
なんかそういう文化も、いいか悪いかじゃないんだけど、
そういう文化もあるからなかなかご入試をちょっと分かりづらい方法というか、
これでいいのかみたいな、評価の透明性とか言われると、
総合的に判断して、今回は残念な結果となりましたみたいなことを言うと多分ダメなんだろうなと。
就活みたいなやつだよね。
就活とかだったらそういうの面白いかなというふうに思ったりとかしますね。
就活あるじゃないですか、そういうの。
グループね。グループの面接でワークショップをしてとか、そういうのもありそうですよね。
普通にね。
協調性見れたりするからさ。
でもそういった形にちょっとずつ大学の入るところも変わってきたりしてるんだけど、
学校現場がグニョグニョだからさ、まだ追いついてない部分もあって、
そういったところは子どもたちに不利益にならないといいよなと。
いわゆる大人が思ってる成績の付け方だけじゃないよっていうのを知ってもらいたいなと。
ちょっと待って、すげえ真面目な話してない?これ。
今ごめん、寝てた僕。
ごめんごめん、ちょっとクソ真面目な話をしすぎた。
真面目な話したら寝るんですけど。
あのね、深夜便なんですよ。知ってます?
深夜便?
深夜便なんですよ。
もうみなさんがまどろみの中で聞いたりとかする感じのものなんですよ。
良くない?たまに。たまには1回目だけさ。
これ1回目なんですよね。
これ一応ね。一応シャープ1、2ね。
課題としては点数が。
点数いらないんじゃない?
どうなの?ってなのね。
だってよくわかんないもん。難しい点数とかも。
テスト作る側やってたりするから、だって20年以上やってるからテスト作る側を最近作ってないけど。
最近作ってない。
簡単にすることを簡単すぎるって言われるしさ、難しくすると難しすぎるって言われるしさ、どうすりゃいいんだって思うけど。
テスト作るって難しいですよね。
なんだったら、例えば修行とかしたりとかして、最後に免許改伝のね。
免許改伝のなるために最後に試練を与えるとかね。
そんな風なことを考えたりとかすると、定期的にテストしたりとかすると、それまでの部分の免許改伝を与えるってことじゃないですか。
そうすると、これ免許改伝与えられなかったら、道場から追い出されるわけですよ。
そうするとテスト作る人のテストを作るっていう力、かなり大変ですよね。
何をテストにしたらいいのかとか。
本当の意味でテストって言う言葉は結構大変な言葉だなって。
ずっとやればやるほど謎があって、100点にしないといけないんですよ。
だいたいテストって。
50点とか100点とか。
100も出せないじゃん。
知らないですけど。
100問はちょっとしんどいんだよね。
50問とかさ。
そうすると、1問何点みたいなのを考えなきゃいけなかったりするわけ。
点数というものからある限りは。
わかんなくなる。この問題は1点なのか2点なのかとかさ。
僕の主観じゃん。
いいんだっけみたいな。
悟りの境地ですよね。この問題を1点にしていいのか2点にしていいのかみたいなことを。
本当にすごく深く考えてしまうと、どっちだっけみたいになるわけですよ。
簡単な問題は点数が低いのがいいのか本当にいいのかみたいな。
簡単な問題こそ点数を高めてもいいのではないかとかね。
いろんなことを考えちゃうんですよ。
で、とある時に気づいたんですけど。
海外のテストとかって、何問中何問正解とかでやってたりするわけ。
それでよくないと。
なるほどね。
何問中何問もできて、どうしても100点にしたかったら、
計算式立てて、何パーセントだから何点ねみたいなので、よくないですか。
何問中何問っていうのは要するに1問1点みたいなもんで。
そうですよね。5分の4点とか5分の5点とかそういう話ですよね。
でも作る側としては、きっちりなんないときがいっぱいあるからさ。
38問とか。
38問中30問正解だったら、
計算しづらいじゃん。
低計算だとしづらいんだけど、今はスプレッドシートっていうの。
そういう機械があるからね。
計算機があるから。
昔で言う計算機がね。
パソコンですけど、あれが計算してくれるか、それで100点換算してくれるからさ。
そうしたら先生の仕事めっちゃ減るんですよ。
なんでダメなのかなって思ってみたりして。
これ点数深い話ですよね。確かに言われる通り。
点数つけるってことは、先生の方に深淵なる宇宙をよくご存知の感じの、
この事象について知っておかないと人間としてはよろしくないぞみたいなところの悟りみたいなものがやっぱり必要で、
これためには3点というものは妥当であるという哲学が重要なんですよね。
この哲学、他の先生同士で共有できるかって言われると、
これは全然違う哲学を持った先生がいらっしゃったりとか。
神々の戦いですよ、もう。
そうですよね。
神々の戦争が起こってしまうわけですよ。
神々の、ギリシャ神話なのか、アリストテレスとプラトンの戦いなのかさっぱりわかりませんけれど。
その辺の戦いを。
ここは1点なんだよ、いや違います、ここは2点なんですみたいな。
適当にギリシャの広場でやってくれって思うけど。
マジでどっちでもいいなって思うんだけど、その点数に何か懸疑性みたいなのがあるから。
何問何問じゃなくてね。
みんなが平和だし。
学校教員はあるあるなんですけど、採点するときに点数をさ、
1点2点ぐらいだったらいいんですけど、混ざってきたり。
2点の問題と3点の問題と1点の問題とか混じってたりすると、
採点したとくそめんどきいわけですよ。
3点が2も間違ってて、2点が3も間違ってて、みたいになってきたら、
頭が割れそうになるわけですよ。
テクノロジー使えばパパって計算できたり、
手書きのやつだって読み取ってもくれるじゃん。
テクノロジー使ってくれたら早いんだけど、未開の部分もあるからさ。
未開の知的部分。
大丈夫か?
テクノロジーが追いついてない。
どこかで楽になればいいのになと思ってて。
成績の限界と個々の特性の評価
そうですね。点数つけると逆にわかんなくなる可能性はありますよね。
例えば小さい点数をいっぱい取れて、それでそれなりの高得点になったと。
ただダイモンとか全然取れなくて、そこの部分がわからないまま、
でも小さいものいっぱい取れてて高得点に見えるので、
全体的な点数だけを見ると、この人すごいよくわかってるねって見えちゃう。
まさにそうで、何パーセントとかにしちゃえば一瞬喜ぶんだろうけど、
どっちかというと、あなたはこの辺りのたくさん書く問題を諦めるタイプですよねとか、
それはそうですね。
見えてくるから。
これ見えたいですよね。
ここの正答率悪いからここの正答率が上がるトレーニングしてねとか、
ちょっとしたミスで何個かボロボロ落としてる子はここのミスが多いからここをどうにかしようねみたいな。
それが説明しなきゃいけない条件になるじゃないですか。
同じ点数になるから多分何問間違えば。
同じ点数でも中身が違うという話ですね。
中身が違うからちゃんと説明しなきゃいけなくなるので、
でも点数にしちゃうと全てを書き消そうとしている何かに覆われちゃう気がしてて。
そうですね。見えて欲しいところも全部見えなくなっちゃうので、
そういう意味でもしかしたら変な勘違いが起きたり。
どっちの意味でも高くても低くても変な勘違いが起きたりとかしそうな感じなんですね。
あなたはこことこことここをミスってるよねとかここまではできてるよねとか、
それだけ点数化しなくていいじゃんって思っちゃう。
比べるようになっちゃうからどうしたら。
先生方の点数とか見てるときにやっぱりそういうこと起きるんだろうなって予想できるのが、
めっちゃ点数取れる子がいると。
でも多分この子社会人としてはまだ覚えなきゃいけないことがいっぱいありそうだなってあったりとか、
語弊を恐れずにいろいろ言うとそんなのがあったりとか。
点数全然この子取れない。反対でね。
反対で取れないけれど特筆すべきものすごい良い特徴があるとかそういう子がいたりとかしますよねきっと。
これを例えば特筆すべきものがある子はもう特にそれをちゃんとピックアップしてあげて、
その子のモチベーションを上げてあげたいじゃないですか。
親御さんにも点数が全てじゃないんですよみたいなことをちゃんと言ってあげたいじゃないですか。
そういうのありそうで逆に鼻高々になって欲しいない子もいるかなっていうふうに思ってて。
僕前も言いましたけど僕小学校の時に常にいい点数取るとか悪い子なんですよね。
スコアがいい子ね。
高いスコアを取る子。
常になぜかわかんないけど同級生から常にお前っていつも100点取ってるイメージみたいな感じで言われる子なんですよね。
でも先生の言うこと聞かないし不登校になったりとか学校行かない時もあったりとかするぐらい困った子なんですよね。
こういう子には言わなきゃいけないことがあるはずなんですよ。
だからスコアは何点ですとか何パーセントです。
そこはこういう評価ですスコアに対しては。
ただあなたの行動はこうです。
ここに対してはこういう評価ですって言えばいいだけなんだよね。
この辺が点数だけにしちゃうと隠れちゃうというか。
今頑張って観点別みたいなのをしててやってたりしますけどそういう意味でもあったりするんですよね。
こっちの部分はこういう観点で見てますよ。
でもこっちの観点も見てますよみたいな。
昔よりは確かに通知表の内紙って結構変わったなっていうのはあったりとか。
付け方もちゃんと変わってるんですけど。
よく5,4,3,2,1みたいな5段階評価で点数が良かったら5だみたいな。
そうやってやってきてたんですけど、そういうのやっちゃダメよってなってるんですよ今。
本当はダメよってなってるのね。
でもゴニョゴニョってなってる人もいるから、人も現場もあるからさ。
大人も知らないからさ。
そこが何となくよく分かんなくなりますよね。
テストとかをやる限りは点数っていうのが付きまとう。
その点数での比較が付きまとうと。
ただ通知表の中では5,4,3,2,1っていうのはあんまり使えなくて。
観点別にちゃんと評価したりとか。
観点別に評価する。
数字使っちゃいけない。
ずっと100点なのにうちの子がちょっと態度のほうが向き合ってはなさそうな感じなんですよね。
起きるじゃない。
そういう子だっているわけだから。
知識の部分は評価をしてますけど、全く考えません。
全て生成AIに効いたものしか書きません。
自分の意見は書いてくれません。
みたいなことになったときにそっちの評価を下げるしかないから。
こうなるんですって説明しなきゃいけないでしょ。
誤情報と評価基準の不統一
この辺の感覚的なものが、もしかしてその話でいくと通知表とかもやり方変わってきて頑張ってきてる。
変わろうと。
テストの成績のやり方でやろうと。
これもいろんな工夫がされてきている。
でも親御さんの感覚はまだ置いてけぼりなんじゃないかっていう。
鋭い指摘ですね。
そうですね。親御さんは点数しかまだ見れてない。
そういう時代ですから。親御の世代っていうのは。
そういう時代で生活してきたからね。
そういう時代だったので。1,2,3,4,5でついてる時代でしたから。
だからそれからすると、うちの子まずいんじゃないかとか。
そういうのは思ってしまうのは、ある意味仕方がないところがあったりするなと。
これに対して、この親御さんの不安に対してどういうふうに答えられるかというのは、
またこれは先生方の課題であるなっていうのは。
そうですね。だから学校が丁寧に説明をしていくのか。
学校だけじゃなくて、本当は親の側というか大人の側も知っていただきたいし、
思い込みで喋らないでほしいよっていうのもあるし。
これは全部じゃないけどね。一部の教育に関わる方々が、
拒介した情報を流す方もいるわけですよ。
手を挙げましょうと。授業中に発表する態度で手を挙げ続けましょうと。
そうすると内進点が上がるんですみたいなことがないからさ。
そんな事実はないよって。そういうのないけどねって。
態度悪いと内進点が下がって、五段階評価のことがつかなくなりますって。
そういう付け方してないからそういうのやっちゃダメなんだよとか。
結構あるんですよ。言わば現場に行って感じ。
どこでその情報を仕入れてきたんだろうって。
そういった学校現場は学校現場ときちんと伝えていく必要があると思うし、
そこに誠実さみたいなものが問われている気がするんですよ。
一方で教育に関わる方々がちゃんと向き合ってほしい。
なるほどね。これはあるでしょうね。
そうめっちゃあるんですよ。とはいえとか。
あるんでしょうみたいな。裏の何かがあるんでしょうみたいな。
ないからマジでみたいな。
あるでしょうね。
マジでないし、あとその文句を今ここで言われても、
何ですかとかね。よく言われるんですけど、
5段階の評価って学校によって基準違うんですよ。
5だったら5とか5だったら4とかの基準で学校ごとに決めていいから。
もちろんABCの評価もそうなんだけど。
でなった時に、なんであっちの学校はこうつけてるのに
うちの学校はこっちなんだみたいなこと言われても、
いやそういう風に決めたからなんだけどみたいな。
それはオッケーってなってるからそうしてるんだけど、
なんで今ここ文句言われるんだろうみたいな。
統一してくんなきゃ困るって言われても、
それはちょっと大国の方になっちゃったりするから、
だからこうやって発信した方がいいなと思うわけ。
分かりづらいでしょこういう情報って。
そうですね。
めっちゃ分かりづらいでしょ。
親御さんからすると、まずは何か悪い点数であったりとか、
評価とかつけられた場合に、公平じゃないんじゃないかとか。
疑われちゃってるのね。
そういうところから始まることが多い可能性はありますよね。
じゃあ親御さんが望んでるのは何のか。
親の不安とコミュニケーションの重要性
野田さんの言ってる通り、
画一的な裁判所のような仕組みを日本は取るべきではないかと。
これ言い過ぎかもしれないですけど、
こういうニュアンスがちょっと混ざったり。
でももうちょっと言うと、
親御さんの方がもしかしたら、
学校とか学校のシステムであったりとか、
学校にいる間の子供たちの姿勢であったりとか、
そういったものをもしかしてちゃんと注目できてないんじゃないかっていう。
これも本当に恐れずに言ってるけれど、
ちゃんと見てる人もいるから、
恐れずに言うけれど、
そういうことがあるんじゃないか。
でもそれは忙しかったりとか、
理由はいろいろあるでしょうけれども、
そこで変な誤解を生じてしまったりとか、
あとは単純に不安であったりとか、
うちの子は本当に大丈夫なんだろうかっていう。
そういう不安から来る。
その不安を払拭するためには、
相手を殺すか自分を殺すか。
そうなのかなっていう。
不安ってめっちゃあるじゃないですか。
関わってくるし、
特に中学校、高校になればなるほど気になるじゃないですか。
成績とかも。
そこで全員とは言わないですよ。
全員とは言わないけど、
内心点差があるぞとか、
そんな権限ないですよ。
マジで何回も言ってますけど、
そんなことできないですよ。
でも実はあるんでしょ。
そういうこと言う人がいると、
やっぱそう思っちゃうね、不安だから。
先生ってそういうことできちゃうのかしら。
YouTubeみたいな動画とか、
TikTokみたいな動画で、
これをすると成績が上がる何千みたいな、
絶対嘘みたいな。
それはないぞ、そんなの。
そんな事実ないぞみたいな流れてきちゃったらさ、
これをすると下がる何千みたいなのが流れてきちゃった時に、
それはやっぱり、
そっちに流れちゃうじゃない、不安だから。
だから、それで自分の不安を取り除けるかもしれないから。
確認だし疑っちゃうし、
確認したくなる、疑いたくもなる。
そういうところに、
学校現場で言うと、
相手の生徒だったり保護者だったりが、
そこの中で生きてるってことを、
結局関係者として知っておかなきゃいけないなと、
僕は思うんですよ。
不安持つこと自体は自然なことですし、
普通のことですからね。
その不安をどう取り除くかっていう風に考えた時に、
よりより冷静で、
さっき言った、客観的に見る。
自分の子であっても、
全然客観的に見たりする必要はあったりしますよね。
みんなみんな、もうちょっと前向きに、
先生たちも頑張って一生懸命やってるところはあったりするし、
大人たちだって別に頑張ってないわけではない。
お互いに信頼し合って、
冷静に話し合えるような、
そういう部分も欲しかったりしますよね。
もっと言うと、子どもと親で話し合ってほしい。
親子で。
親子で、お家の中で、
昔ながらに言うと、
今日は何をやったの?とかでいいです。
そういう会話はもっと欲しい。
たまに聞かれる内容は、
うちの子は何をしてるのかわからない。
何を考えてるかうちの子はわからない。
何をしてるかわかんない。
学校に行ってると思うけど、その内容はわかんない。
そういうことはよく聞かれます。
こっちは結構大事な問題なんじゃないか。
確かに分かんないです。物理的にいないから。
分かんないんだけど、
分かんないからこそ会話が必要だったりするんですよね。
その会話がもしかしてすごい足りないところはあるんじゃないかなと。
学校対大人もそうですけど、
自分対自分の子供みたいなところも会話がもっと必要なんじゃないかなと。
エンディングと次回予告
大丈夫?これ真面目にこんな喋っちゃったけど。
始める頃にものすごい眠かったんですけど、
今ちょっとエナジードリンク飲んでます。
そんな感じですよ。
深夜のテンションでこうやって喋ってる。
僕も野田さんもそんな、
偉そうな人じゃない?
もっとダラダラ喋る方だと思ってたんですけど。
なんでスイッチ入っちゃったんだろうね。
入ってないですよ。
ちょっとバランス取ろう。
いろいろ感じる例とかいっぱいいるんだろうね。
あるんですよね。
大事だと思う。
ネガティブな方に取らないように。
ネガティブって攻撃しないで。
きっといろんなことをやってくださってるんだろうとかね。
見えないかもしれませんけれど、
そういうところも見てもらって。
そうなんですよ。
多分学校にいるとよくわかるんですけど、
学校の中よく見えないですって言うから、
チャランポランに僕は至る所で喋ってみたり、
変な格好してみたり、
変な髪型がおかしいぞみたいな学校の先生ですか?
みたいな髪型してみたりしてる。
全身タイツとか履いたりとかね。
全身タイツしたことないよ。
全身タイツはないよ。
理科の実験全身タイツしたりとかしてない。
理科の実験はタイツとかでやると有効化する恐れがあるので、
化学繊維は燃えやすいので危ないですよって。
普通に答えられた。
そこはちゃんとリテラシーを上げていく意味で。
こんなことやってたら1時間喋っちゃうじゃないか。
全身タイツの話で1時間喋れるかもしれない。
じゃあ次回全身タイツのどういうテーマ?
ちょっと待った。
来週も収録して。
行きましょう。
そうですかね。
もう疲れた。
もうギブかな。
でもね、一個あるんですよ。
この番組を終わる頃にコーナーを作ろうみたいな。
じゃあ次回はコーナー作る会議を。
話をしてたんですよね。
コーナー作る会議をちゃんと収録しよう。
コーナー作る会議。
何々コーナーを作りましょう。
何々コーナーを作る会議。
お便りもちゃんとどうやったらもらえるかも考えましょう。
そういうところもオープンにしながらやっていきましょう。
そうですね。
終わりのコールとか何にも決めてなかったですけど。
終わりのコールのくらい。
これにて終了。
バイバイ。
バイバイ。
おやすみなさいで。
そうですね。
もうこれ以上仕事しちゃいけませんよ。
じゃあ皆さんおやすみなさい。
おやすみなさい。
58:48

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