そんな2人がお届けする深夜便でございますが、
どんな深夜便?
どんな深夜便?
前回宿題で話しててさ、
宿題を名前書いちまえみたいな。
謎の名前にしちゃえばいいんじゃない?みたいなのがあったじゃないですか。
今回一応お題を決めてしゃべろうかみたいなね。
そうですね。
成績みたいな。成績とかってさ。
成績はつくじゃない?学校とかさ。
そうですね。
つける必要もあるんだけど、お仕事として。
どいどいのスクールは成績みたいなの出るの?
出ない。
出ないっていうか、出さないっていうか。
出さないっていうか、出せないというか。
見てないというか。
プログラミングコンテストみたいなのが今多くなってきたじゃないですか。
ありますよね。ありますあります。
ああいうのは、僕全然よくわかってないですけど、
ああいうのって出ると何かつくの?
何とか賞とかもらえるの?
プログラミングの関係でいくと、確かにコンテスト的なものはいっぱいあります。
いっぱい?
いっぱいあります。商品もらえたりとか。
場合によっては賞金もあったりとか。
賞金ありますよ。
えっとね、そうそう、経済なんとか賞あたりが関わってたりとかしてですね、
何十万かもらえるやつとかあったりしますよ。
みんな早くそっちに移るんだ。みんないいか、そっちに移るんだ。
それすごい、これね。
全ベッドしなくてもいいからね、やったら。
他にもなんか自治体が関わってたりとかして、いろんなのをやってたりとかするんですよ。
ですけど、あんまりこう、それやりませんか?とか、
何でしょうね、これやるといいことありますよ、一緒にやりましょうみたいなことはあんまり言わない。
紹介するぐらい?
紹介はね、チラシがいつの間にか送られてくるんですよね。
あー、謎の組織から。
謎ではないけど。
謎ではない。
しかるべきところから。
プログラミングの大会を運営してる、主催されてる方から送られてきたりとかするので、
やっぱりそれは張り付けたりとかするんですけれども、
基本なんかうちのスクールって子どもたちの主体に任せてるというか、
やりたいならやりたい、一緒に考えれるし、やらないならやらない、
で、やろうよ、やろうよってずっと言ったりとかしないし、
別にねっていう感じですね。
そこのあたりは結構自由ですね。
プログラミング、増えたなと思ってて、このテストとか。
一時期減ったようなイメージがあったけど、またちょっと最近聞くようにはなったかなと思います。
あとなんか、ここも1年ぐらいだけど、
生成AIの使い方とか、AI使ったコンテストみたいなのも増えてきてて。
そうですね。子どもに限らずですけど増え始めてますね。
だから、学校文脈だとさ、進める?みたいな感じなんだよね。
どうやって進めたらいいの?みたいな。
この食材はどうやって召し上がっていただいたらいいんだろう?みたいな。
コンテストはあるけどみたいな。
でもまぁそうだよね、あるよね。
確かに使うよね、たぶん生成AIを。
どんどん使っていいんじゃないかなと。
コーディングするとかになったら。
生徒も行ったもんね。
ゲーム作るとかのワークショップ行ったけどやっぱり生成AI使いました?みたいな。
うんうん。
でいう成績ですよ。
でも成績どうなんですかね。
欲しいんですかね。生徒欲しがらないですか?
学習塾とかプログラミングしてますけれど、
どちらにしてもあんまり、生徒自体は欲しがったりはしないですよ。
これもしかしてキーワードかもしれないですよね。
生徒欲しくないんだ。
生徒欲しがったりはしないですよね、なんとなく。
成績をくださいなんていう生徒がいたら素晴らしいなって思いますけど。
すごいなって思いますけど。
でもスコア的なものについたら楽しくやったりしないですか。
この辺なんかむずいなと思うんだけど。
成績とかそういったことを言い始める会話って、
大体僕とかからすると親からしか聞かない。
保護者、親がまず成績がどうで、うちの子は。
というところからお話を聞いたりとかします。
何なんですかね、あれは。
点数が聞きたいんですかね。
何が聞きたいんですかね。
僕ちょっとおかしい人だからさ。
はいはい、感覚がね。
感覚がね。
感覚がね。
100人ですからね。
フォーブスジャパン100人ですから。
擦るな、擦るな。
一般の方とちょっと違いますからね。
点数もそうだけど、偏差値とか言われたりするわけですよ。
偏差値どれぐらいなんですかとかって。
僕すごい正直者だから。
正直者だから。
正しく伝えたいわけですよ。
心の底からね。
偏差値っていうのがありますけど、
例えば偏差値60っていうのは、
上位中5,6%に入られる方が指標として偏差値60なんですよって。
まずそっちの説明するんですよ。
キャトンって顔されるじゃないですか。
なるほど。
大人の側が偏差値60の理解をあまりしてない可能性があって。
なるほど。
偏差値どれぐらいですか。
50が平均だぞぐらいは分かってたけど、
10上がった時の40%とかじゃないんだみたいな。
上15,6%ですよみたいな話をするとみんなでキャトンみたいな。
偏差値の計算的なね。
計算の仕方知りたいですかみたいな。
そういうやつらは面白いかもしれないね。
ピタッと止まるんですけど話題はね。
もういいですみたいになるからさ。
ってなると親側っていうのかな。
保護者側も何が知りたいんだと思っちゃって。
別に目指すんだったらどういうことか分かりますよねみたいな。
現実に寄せていくとさ。
偏差値高くなりたかったらどういうことか分かりますよね。
偏差値高くなりたかったら上位15,6%に入る努力をするってことじゃないですか。
するって聞くしかないじゃないですか僕。
されるならされるならいいんですよね。
僕は全力で向き合ってほしいから。
50%取ってたら半分でいいんですけど。
50%取ってたら半分で50だけど。
60って言うんだったらそこまでいく覚悟はございますかみたいなことを。
ピロって言うとちょっとなんか。
みたいなね。
だから結局何か聞きたいのかなぁはいつも気になってて。
成績成績って言うけど。
何を何かトロフィーみたいなもの。
バッジか何かをもらいたいのか。
何なんだろうなぁっていつも思っちゃって。
そうですよね。
なんか僕の聞くニュアンスはもう親御さんからよく聞くようなニュアンスはやっぱりそこに見える見えるのはやっぱりこう。
比較ですね。
比較ですね。
誰かに比べてどう。
とか。
うちの子は他の子と違ってとか。
こういうことですね。
こういう感じのニュアンスでよく聞くことがすごく多い。
偏差値ということはおそらく偏差値のことについてはそれほど。
あんまり言ったりとかしなくても。
そのイメージとして。
うちの子は比較してこの感じの子だろう。
これぐらいの子だろう。
そういうことを悩みであったりとかプライドであったりとか。
言ってくる保護者さんとか相談される方っていうのはいらっしゃったりとかするんですね。
でも気持ちはわかるんですよ。
気持ちは非常にわかるんです。
気持ちは全然大丈夫なんですけれども。
この比較は結構怖いなっていうのは僕の意見ですね。
そうなんですよね。
いやー、いろんな入試試験があってさ、
ワークショップ型試験とかもあるんですよ。
世の中には。
どんな感じなんですか?
1日ずっとワークショップに参加して、
普通にワークショップに参加してくれと。
最後リフレクションみたいな振り返りみたいなの書いて、
ちょっと面接したりするのかな、
そういうのもあってさ。
それで終わりって感じ?
そうそうそうそう。
そうするとその生徒が合ってるか合ってないかとか分かるじゃないですか。
我が校に合ってる合ってないとか分かるし、
大学とか結構やってたり、
一泊二日入試みたいなのもあるし。
なにそれ面白そう。
合宿入試みたいな。
いいじゃないですか。面白そうじゃないですか。
そういうのもあったらみんなの考え方ちょっとずつ変わってくるんじゃないかなと思って。
なるほど。
そこに行き着くまでに学校が間に合わない。
追いつけないというか。
そうですね。考え方が追いつかないというか、
人手が追いつかないというか。
人手もそうだね。
省力化の方向にあんまり行ってほしくないな。
省力化、あんまり面倒くさいから簡単に評価してできる方向にテクノロジー使ったりとかね。
そっちの方にあんまり行ってほしくないなと。
そうなんだよね。
だからこれは文化的な問題なのかなと思うんだけど、
入るときの試験だけやけに厳しいんですよね。日本。
はい。
あと緩いんですよ。
出るときの試験そんなに厳しくないとかもあって、出さなきゃいけない。
頑張っているから出さなきゃいけないみたいな。
なんかそういう文化も、いいか悪いかじゃないんだけど、
そういう文化もあるからなかなかご入試をちょっと分かりづらい方法というか、
これでいいのかみたいな、評価の透明性とか言われると、
総合的に判断して、今回は残念な結果となりましたみたいなことを言うと多分ダメなんだろうなと。
就活みたいなやつだよね。
就活とかだったらそういうの面白いかなというふうに思ったりとかしますね。
就活あるじゃないですか、そういうの。
グループね。グループの面接でワークショップをしてとか、そういうのもありそうですよね。
普通にね。
協調性見れたりするからさ。
でもそういった形にちょっとずつ大学の入るところも変わってきたりしてるんだけど、
学校現場がグニョグニョだからさ、まだ追いついてない部分もあって、
そういったところは子どもたちに不利益にならないといいよなと。
いわゆる大人が思ってる成績の付け方だけじゃないよっていうのを知ってもらいたいなと。
ちょっと待って、すげえ真面目な話してない?これ。
今ごめん、寝てた僕。
ごめんごめん、ちょっとクソ真面目な話をしすぎた。
真面目な話したら寝るんですけど。
あのね、深夜便なんですよ。知ってます?
深夜便?
深夜便なんですよ。
もうみなさんがまどろみの中で聞いたりとかする感じのものなんですよ。
良くない?たまに。たまには1回目だけさ。
これ1回目なんですよね。
これ一応ね。一応シャープ1、2ね。
課題としては点数が。
点数いらないんじゃない?
どうなの?ってなのね。
だってよくわかんないもん。難しい点数とかも。
テスト作る側やってたりするから、だって20年以上やってるからテスト作る側を最近作ってないけど。
最近作ってない。
簡単にすることを簡単すぎるって言われるしさ、難しくすると難しすぎるって言われるしさ、どうすりゃいいんだって思うけど。
テスト作るって難しいですよね。
なんだったら、例えば修行とかしたりとかして、最後に免許改伝のね。
免許改伝のなるために最後に試練を与えるとかね。
そんな風なことを考えたりとかすると、定期的にテストしたりとかすると、それまでの部分の免許改伝を与えるってことじゃないですか。
そうすると、これ免許改伝与えられなかったら、道場から追い出されるわけですよ。
そうするとテスト作る人のテストを作るっていう力、かなり大変ですよね。
何をテストにしたらいいのかとか。
本当の意味でテストって言う言葉は結構大変な言葉だなって。
ずっとやればやるほど謎があって、100点にしないといけないんですよ。
だいたいテストって。
50点とか100点とか。
100も出せないじゃん。
知らないですけど。
100問はちょっとしんどいんだよね。
50問とかさ。
そうすると、1問何点みたいなのを考えなきゃいけなかったりするわけ。
点数というものからある限りは。
わかんなくなる。この問題は1点なのか2点なのかとかさ。
僕の主観じゃん。
いいんだっけみたいな。
悟りの境地ですよね。この問題を1点にしていいのか2点にしていいのかみたいなことを。
本当にすごく深く考えてしまうと、どっちだっけみたいになるわけですよ。
簡単な問題は点数が低いのがいいのか本当にいいのかみたいな。
簡単な問題こそ点数を高めてもいいのではないかとかね。
いろんなことを考えちゃうんですよ。
で、とある時に気づいたんですけど。
海外のテストとかって、何問中何問正解とかでやってたりするわけ。
それでよくないと。
なるほどね。
何問中何問もできて、どうしても100点にしたかったら、
計算式立てて、何パーセントだから何点ねみたいなので、よくないですか。
何問中何問っていうのは要するに1問1点みたいなもんで。
そうですよね。5分の4点とか5分の5点とかそういう話ですよね。
でも作る側としては、きっちりなんないときがいっぱいあるからさ。
38問とか。
38問中30問正解だったら、
計算しづらいじゃん。
低計算だとしづらいんだけど、今はスプレッドシートっていうの。
そういう機械があるからね。
計算機があるから。
昔で言う計算機がね。
パソコンですけど、あれが計算してくれるか、それで100点換算してくれるからさ。
そうしたら先生の仕事めっちゃ減るんですよ。
なんでダメなのかなって思ってみたりして。
これ点数深い話ですよね。確かに言われる通り。
点数つけるってことは、先生の方に深淵なる宇宙をよくご存知の感じの、
この事象について知っておかないと人間としてはよろしくないぞみたいなところの悟りみたいなものがやっぱり必要で、
これためには3点というものは妥当であるという哲学が重要なんですよね。
この哲学、他の先生同士で共有できるかって言われると、
これは全然違う哲学を持った先生がいらっしゃったりとか。
神々の戦いですよ、もう。
そうですよね。
神々の戦争が起こってしまうわけですよ。
神々の、ギリシャ神話なのか、アリストテレスとプラトンの戦いなのかさっぱりわかりませんけれど。
その辺の戦いを。
ここは1点なんだよ、いや違います、ここは2点なんですみたいな。
適当にギリシャの広場でやってくれって思うけど。
マジでどっちでもいいなって思うんだけど、その点数に何か懸疑性みたいなのがあるから。
何問何問じゃなくてね。
みんなが平和だし。
学校教員はあるあるなんですけど、採点するときに点数をさ、
1点2点ぐらいだったらいいんですけど、混ざってきたり。
2点の問題と3点の問題と1点の問題とか混じってたりすると、
採点したとくそめんどきいわけですよ。
3点が2も間違ってて、2点が3も間違ってて、みたいになってきたら、
頭が割れそうになるわけですよ。
テクノロジー使えばパパって計算できたり、
手書きのやつだって読み取ってもくれるじゃん。
テクノロジー使ってくれたら早いんだけど、未開の部分もあるからさ。
未開の知的部分。
大丈夫か?
テクノロジーが追いついてない。
どこかで楽になればいいのになと思ってて。
そうですね。点数つけると逆にわかんなくなる可能性はありますよね。
例えば小さい点数をいっぱい取れて、それでそれなりの高得点になったと。
ただダイモンとか全然取れなくて、そこの部分がわからないまま、
でも小さいものいっぱい取れてて高得点に見えるので、
全体的な点数だけを見ると、この人すごいよくわかってるねって見えちゃう。
まさにそうで、何パーセントとかにしちゃえば一瞬喜ぶんだろうけど、
どっちかというと、あなたはこの辺りのたくさん書く問題を諦めるタイプですよねとか、
それはそうですね。
見えてくるから。
これ見えたいですよね。
ここの正答率悪いからここの正答率が上がるトレーニングしてねとか、
ちょっとしたミスで何個かボロボロ落としてる子はここのミスが多いからここをどうにかしようねみたいな。
それが説明しなきゃいけない条件になるじゃないですか。
同じ点数になるから多分何問間違えば。
同じ点数でも中身が違うという話ですね。
中身が違うからちゃんと説明しなきゃいけなくなるので、
でも点数にしちゃうと全てを書き消そうとしている何かに覆われちゃう気がしてて。
そうですね。見えて欲しいところも全部見えなくなっちゃうので、
そういう意味でもしかしたら変な勘違いが起きたり。
どっちの意味でも高くても低くても変な勘違いが起きたりとかしそうな感じなんですね。
あなたはこことこことここをミスってるよねとかここまではできてるよねとか、
それだけ点数化しなくていいじゃんって思っちゃう。
比べるようになっちゃうからどうしたら。
先生方の点数とか見てるときにやっぱりそういうこと起きるんだろうなって予想できるのが、
めっちゃ点数取れる子がいると。
でも多分この子社会人としてはまだ覚えなきゃいけないことがいっぱいありそうだなってあったりとか、
語弊を恐れずにいろいろ言うとそんなのがあったりとか。
点数全然この子取れない。反対でね。
反対で取れないけれど特筆すべきものすごい良い特徴があるとかそういう子がいたりとかしますよねきっと。
これを例えば特筆すべきものがある子はもう特にそれをちゃんとピックアップしてあげて、
その子のモチベーションを上げてあげたいじゃないですか。
親御さんにも点数が全てじゃないんですよみたいなことをちゃんと言ってあげたいじゃないですか。
そういうのありそうで逆に鼻高々になって欲しいない子もいるかなっていうふうに思ってて。
僕前も言いましたけど僕小学校の時に常にいい点数取るとか悪い子なんですよね。
スコアがいい子ね。
高いスコアを取る子。
常になぜかわかんないけど同級生から常にお前っていつも100点取ってるイメージみたいな感じで言われる子なんですよね。
でも先生の言うこと聞かないし不登校になったりとか学校行かない時もあったりとかするぐらい困った子なんですよね。
こういう子には言わなきゃいけないことがあるはずなんですよ。
だからスコアは何点ですとか何パーセントです。
そこはこういう評価ですスコアに対しては。
ただあなたの行動はこうです。
ここに対してはこういう評価ですって言えばいいだけなんだよね。
この辺が点数だけにしちゃうと隠れちゃうというか。
今頑張って観点別みたいなのをしててやってたりしますけどそういう意味でもあったりするんですよね。
こっちの部分はこういう観点で見てますよ。
でもこっちの観点も見てますよみたいな。
昔よりは確かに通知表の内紙って結構変わったなっていうのはあったりとか。
付け方もちゃんと変わってるんですけど。
よく5,4,3,2,1みたいな5段階評価で点数が良かったら5だみたいな。
そうやってやってきてたんですけど、そういうのやっちゃダメよってなってるんですよ今。
本当はダメよってなってるのね。
でもゴニョゴニョってなってる人もいるから、人も現場もあるからさ。
大人も知らないからさ。
そこが何となくよく分かんなくなりますよね。
テストとかをやる限りは点数っていうのが付きまとう。
その点数での比較が付きまとうと。
ただ通知表の中では5,4,3,2,1っていうのはあんまり使えなくて。
観点別にちゃんと評価したりとか。
観点別に評価する。
数字使っちゃいけない。
ずっと100点なのにうちの子がちょっと態度のほうが向き合ってはなさそうな感じなんですよね。
起きるじゃない。
そういう子だっているわけだから。
知識の部分は評価をしてますけど、全く考えません。
全て生成AIに効いたものしか書きません。
自分の意見は書いてくれません。
みたいなことになったときにそっちの評価を下げるしかないから。
こうなるんですって説明しなきゃいけないでしょ。
この辺の感覚的なものが、もしかしてその話でいくと通知表とかもやり方変わってきて頑張ってきてる。
変わろうと。
テストの成績のやり方でやろうと。
これもいろんな工夫がされてきている。
でも親御さんの感覚はまだ置いてけぼりなんじゃないかっていう。
鋭い指摘ですね。
そうですね。親御さんは点数しかまだ見れてない。
そういう時代ですから。親御の世代っていうのは。
そういう時代で生活してきたからね。
そういう時代だったので。1,2,3,4,5でついてる時代でしたから。
だからそれからすると、うちの子まずいんじゃないかとか。
そういうのは思ってしまうのは、ある意味仕方がないところがあったりするなと。
これに対して、この親御さんの不安に対してどういうふうに答えられるかというのは、
またこれは先生方の課題であるなっていうのは。
そうですね。だから学校が丁寧に説明をしていくのか。
学校だけじゃなくて、本当は親の側というか大人の側も知っていただきたいし、
思い込みで喋らないでほしいよっていうのもあるし。
これは全部じゃないけどね。一部の教育に関わる方々が、
拒介した情報を流す方もいるわけですよ。
手を挙げましょうと。授業中に発表する態度で手を挙げ続けましょうと。
そうすると内進点が上がるんですみたいなことがないからさ。
そんな事実はないよって。そういうのないけどねって。
態度悪いと内進点が下がって、五段階評価のことがつかなくなりますって。
そういう付け方してないからそういうのやっちゃダメなんだよとか。
結構あるんですよ。言わば現場に行って感じ。
どこでその情報を仕入れてきたんだろうって。
そういった学校現場は学校現場ときちんと伝えていく必要があると思うし、
そこに誠実さみたいなものが問われている気がするんですよ。
一方で教育に関わる方々がちゃんと向き合ってほしい。
なるほどね。これはあるでしょうね。
そうめっちゃあるんですよ。とはいえとか。
あるんでしょうみたいな。裏の何かがあるんでしょうみたいな。
ないからマジでみたいな。
あるでしょうね。
マジでないし、あとその文句を今ここで言われても、
何ですかとかね。よく言われるんですけど、
5段階の評価って学校によって基準違うんですよ。
5だったら5とか5だったら4とかの基準で学校ごとに決めていいから。
もちろんABCの評価もそうなんだけど。
でなった時に、なんであっちの学校はこうつけてるのに
うちの学校はこっちなんだみたいなこと言われても、
いやそういう風に決めたからなんだけどみたいな。
それはオッケーってなってるからそうしてるんだけど、
なんで今ここ文句言われるんだろうみたいな。
統一してくんなきゃ困るって言われても、
それはちょっと大国の方になっちゃったりするから、
だからこうやって発信した方がいいなと思うわけ。
分かりづらいでしょこういう情報って。
そうですね。
めっちゃ分かりづらいでしょ。
親御さんからすると、まずは何か悪い点数であったりとか、
評価とかつけられた場合に、公平じゃないんじゃないかとか。
疑われちゃってるのね。
そういうところから始まることが多い可能性はありますよね。
じゃあ親御さんが望んでるのは何のか。