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山﨑孝明さんとの野の医者イベントは「成功」だったのです【1403】
2026-09-28 52:52

山﨑孝明さんとの野の医者イベントは「成功」だったのです【1403】

瓢箪から駒なのです。
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00:05
おはようございます。佐々木正悟の自由連想第1403回をお届けします。
はい、えー、9月28日月曜日、朝8時3分です。いやいやいやいや、9月が終わるではないですか。
いやー、今日も雨がざんざか降っておりますけれども、そして台風も近づいているようだけど、
まあ、とにかく9月雨ばっかりだったなという感じで、えーと、たまにはペダントの話とかもしてみますかね。
30秒ぐらいに、30秒で済むか。えーと、まあ阪神が優勝しそうですけど、ここでなんか巨人が見つかってがんば、3つあるのもわかんないけど、
頑張ったらいいかなーぐらいに思いますね。ソフトバンカー優勝しちゃいましたけど、パリーグはもはや逃げ争いなんだけど、逃げ争いすら
いまいち面白くなくなってきたという感じがあります。あ、ちなみに誰も興味ないかもしれませんが、実はパリーグには4位争いという
熾烈な争いがありまして、オリックスバッファローズとロテマリーンズがですね、今1ゲーム差で、1ゲーム差っすからね、あのー
競り合っておりますが、昨日もそうでしたけど、その試合はもはやダイジェストですらやってくれないという、スコアだけ並べておいても、テレビでね
スコアしか並べないんだったら新聞と変わらないだろって感じがしますけれども、今の時代もXでも途中経過とかがビデオ付きで見られるのに、もうテレビで
1シーンすらやらないというね、せっかくロッテ買ったのにねっていう、こういうわけで、1分ぐらい経っちゃったかな。まあそんな
秋が深まるとそういうことになってるわけですよ。まあメジャリーも終わりますしね。
1つ楽しみがね、減っていく。ここからが過境なんですけど、まあでもヒリキのシーンは基本出れないんでね、本当にギリギリDNAがちょっと応援してる中では出るかなっていう感じですけど、あとドジャーズは最後まで行ってほしいと思いますけどね。
まあそんなわけで、早く、長く野球が続いてほしいなぁと思いながら見てます。
で、当然今日したいお話の1つはですね、9月26日のイベントですよ。やっぱね、これが無意識のプレッシャーってやつで、そんな別にプレッシャー感じてた覚えはないんだけど、
終わってみると、すげーホッとするっていうのが起こる。
でですね、まあ色々と、まああれですね、運営的っていうのかな、そのセミナーとしてはグダグダだったかもしれないが、そのようなことに僕の意識は入ってないんですよね。
もはやあれは僕の中では成功なんですよ。大成功までは言えないかもしれないけど、基本的にですね、普通のセミナーの基準じゃダメですよ。
お客さん置いてけぼりでしょってことはいっぱいあったんだけど、そのようなことに僕はあのイベントをやるにあたってあまり興味を持ってないんですよね。
03:06
ていうかね、これいつも、まあそろそろすでに本題に入ってるから良しとしますけれども、いつも思うことなんですけど、一体、まあおもてなしされるのって嬉しいという方も多いと思うんですよ。
私はセミナーにせよ、ビジネスショーにせよ、基本的に運営というか、まあ運営者は私ですから、運営であれ登壇であれは素人なんですよ。
ビジネスショーもそうなんですよ。ここがね、すっごい大事だといっつも思っているわけなんですね。セミナーとか素人がやってるんですよ。
これはね、プロがやってるものをここに求めるのはナンセンスだと思うんですよね。だってかかってるお金が全然違うし、入ってくるお金も全然違うんで、払ってるお金は同じくらいかもしれないけど、そこがでもミソなんですよね。
払ってるお金はあまり変わらず、得るものが全くタイプが違うというのがミソで、いやおもてなしが欲しければやっぱりね、プロ運営のところに行くしかないんですよ。
プロ運営のものは基本的には型にはまるしかないんですよ。当たり前だと僕は思うんですけどね。型にはまってない。結局どんだけこの話があってもですね、型にはまってるのが良いんだ主義と、型にはまってないのも良いんだ主義は永遠に愛入れないと僕は思うんですよね。
だからね、いつもこの話ファシリテーションがどうしたとかを聞くたびにね、いやだってこれ素人がやってるんだもん。それを買いに来てるのはずだと。素人がそばを作ってるのと、老舗のそば屋さんに行くのは話が全く違わなければいけないと。趣味だから開けていって。
あるじゃないですか。地元のパン屋さんがすっごい旨いけど絶対この人の趣味でやってるっていう店ってあるじゃないですか。それも好きで行くわけじゃないですか。はっきり言って。そこに行って山崎のようなパンになってないぞとかパンが袋に入ってないぞとか言うのは間違ってると言わないまでもそれを求めてもどうしようもないと思うんですよね。好きでやってるんだからみたいなニュアンスがあるわけですよ。
今の時代はこれがいくらでも手に入るというのが今の時代に生きる最大の享受点の一つであって一つですよ。全部じゃないですけどもちろん一つですよ。でもこれはこれね私が昭和の頃子供のとき全然全く本当によっぽど怪しいところに行くしかない。だって素人のお芋買ったり素人大工の家に住んだりできないじゃないですか。ああまあ芋はともかくさして。
なんていうのかな。本当に昭和の時代ってある意味家庭菜園で採れた茄子食べますみたいなのはともかくとしてもですね。本当に素人が作ったものが得るって難しかったんですよ。今じゃ考えにくいと思うんですけど今でもそういう変臨はあるのかな。同人誌ってあるじゃないですか。なんていうのかあれは。要するにコミケですよ。
06:17
めっちゃくちゃコミケとマスコミって戦争してたぐらいな。ピンとこないと思うんですけど。わかんないけど知ってる人はよく知ってる話なんですよ。僕は結構大好きだったコミケの作品にベルサイユなんだっけな。名前忘れるかね。買ってたんですよ。
あのベルバラのなんかこう要するに二次創作なんですけどね。そこでこうあれですよ。だからあのマリアントアネットは要するにコミケに行くわけですよ。オスカル連れてオスカルに反対されるんだけど。まあ言ってて意味わかんないですよね。読んだ人しかわかんないよな。そこでフェルゼンハクと出会うんだけどフェルゼンハクはマスコミの人間なんですよっていうこれがパロディーとしてめっちゃものすごい笑ったんで僕は。
吹き出せるというのはですねあの背景にコミケとマスコミがどんだけ喧嘩してたかということと関係があるわけですけど。いかに素人の作品をあの金払って買うっていうのが現実的には成り立ちにくい時代だったかと。今いい時代になったなと思うんですよね。
なんかクロート裸足のような面をしてセミナーとか一本しか置くとビジネス賞が出せてしまう。でもあれは素人が書いてるっていうのが超大事なんですよ。だからねだんだんだんだん専門化してきて僕はだんだんだんだんビジネスはつまんなくなってきてると確信を持って思ってるわけですけれども。
あとね素人が書いてるのをいいことにバカバカ売れる人じゃない奴の印税をやたら下げるんですけどあれもね絶対僕はやっちゃいけないことだと昔から思うんですよね。しょうがないんですけどね。しょうがないんだけどなんかね誤解があるんですよ。一番僕が誤解されてるなと思ったのがそういうビジネスじゃないんですけどウェブメディアで書いてた時にこいつは何の専門家なんだと。この問いがもう本当にわかってねーなーって思うんですけどね。
なんとかし以外はこう仕事しちゃダメなんだみたいなねことまで書いていた人がいてそんなこと言ったら公務員しか結局のところ公認心理士さんとか税理士さんとかしかもの書けないことになるじゃないですか。それが嫌で嫌で嫌で嫌でしょうがないからコミケってものができたんですよっていうことをつまりそれ以前の世界は本当に確かにそうだったんですよ。
書店に行けば専門家が書いたものしか基本はないしよっぽど上手いことやってる素人さんじゃないと素人が結局でも素人あっという間にクロート化できるレベルの素人があっという間にクロート化しちゃうんで結局同じことが起きるんですよ。あれね誰かがオリンピックについて投げてた。オリンピックは絶対しょうがないと思うんですよね。オリンピックって完全にプロ化したじゃないですか。でも元々あれはヨーロッパの素人の祭典だったわけですよね。
こういうのをそのままにしておくことははっきり言って多分無理だと思うんだけどお金が儲かれば絶対プロ化しちゃうんで今なんかもうXがある意味プロ化していってますよね。ああいうことがすぐに起きちゃうんですけれどもいかにあれを引き伸ばすかみたいなそれが僕の人生だぐらいに思ってるわけですよ私はねだからセミナーにプロユースを求めるんだったらもうそれは企業研修とか本当プロのやつしか来ないっていう話になるだろうなと。
09:29
絶対僕はそれをやらない方が面白いのにっていうかそれをやるとレベルが高いものにはなるんだけど代わりに自分の好みのものは得られなくなるはずなんです。だって私昔ロッテの試合ってあの翌日の新聞で見ることしかできませんでしたプロだってそうなんですよ今だってそうだと思うんだけどなかなかでも甲子園とかテレビで全試合中継されるじゃないですか。あれよく見ると不思議だと思いません。
あれだって高校生はプロじゃないんだからでも明らかにまあそこが nhk という世界のまた特殊な独特なところですよねでもそれを実現してますよね。
なぜ相撲は nhk でしかまあこういう話をすると尽きないんでやめますがこういう話で僕結構多分好きなんですよね。
とにかく素人の祭典は面白いというかそのそこでだって高校生がこれもプロ化してきてるんですよね結局ね 高校生は基本的にメジャーリーグ級であるはずはないわけですよ
金属バット使ってるしねそれでいいはずなんですよ あれ絶対好きな人は中学生野球とか見たいと思うんですよね
これが素人のコンテンツを見たいということはそこでなんかウグイス城があの呼び出ししているかどうかとかにこだわるというのはおかしいと思うんですよ
だってそんなはずないじゃないですか話として成り立たないでしょ ちゃんとしてないとかちゃんとしてないに決まってるわけですよ
ちゃんとしてないところがいいんじゃんってことなんですよね 結局はだから運営がグダグダでいいですって話じゃないんですけどちゃんとやろうとして
しくじるところがミソなんですよ ミソだと思うんだよなぁプロが10人ぐらい集まってやれば完璧になるに決まってるわけですよ
そんなことはね だけどその場合すげー金がかかるから当然多くの人が何らかの形でがっつり見に来る
っていう事態を作り出す必要があるんですよね 駅前で歌ってる人がいるじゃないですか
あそこで何かマイクが鳴ってないとか言うのは言わないじゃないですか普通に そりゃそういうもんだよねってことなんですよ
だからそれでいいはずなんですよね地下アイドルみたいなもんで ビジネス書ってのはそのここらへんが僕は一番いいと思うんですよね地下アイドルがたまたま地上
波に乗っちゃいましたっていう世界 それが僕はビジネス書の世界だと思ってるんで思ってたんで今違うけどそして一気に
つまらなくなると思うんですよ なぜならば結局で巨人戦しかテレビでやらないってことなんですよ
でそれは当然なんですよ見る人の数から考えてやっぱりロッテ戦とか今でもなかなか やってくれないわけですよ
12:03
ロッテ戦が見たかったら あのそれは見ればいいわけなんですけど
なんていうのかな だからここからさっきの中学生野球ですよねで私がやってるのはそういうことであると思ってるわけ
ですね基本的にプロっぽい面をしてノンプロがやるっていうここに ここに魅力を感じないんだったらこんなのを見てもしょうがないよねっていう気がするんです
よね 社会たけし軍団とロッテが野球やってたじゃないですかああいうのが好きな人っているわけですよ
結局あれ地上波でやってたけどね ああいうことなんだっていうのが僕の基本的な考え方です
金取るなやって言われるかもしれないけどそうじゃないですよここで金は取るんですよ だからノンプロがプロっぽくやるってのはそういうことで
多分社会人野球とか東京ドームで見に行くときは安いかもしれないけどチケット代って 取られるんじゃないかと思うんですよね
わかんないけどわかんないけどねで僕はそういうのをあの 社会人野球はなぜか行く気にならなかったんだけど東京六大学結構見に行ったんですよ
泣きなしだったけど払った日がするんですよね 立教対東大とか見ましたよ
立教優勝して立教大学何の関係もないんだけど一斉に立ち上がって効果を歌いだしたんで しかもなんか結構所漏の方とかがおいおい泣いてたんですげーいいいいシーンだと
その時たまたま立教大学て滅多にそんなに優勝しないから長島さんの息子さんですね 長島和重さんがあのすぐかなり近いところにいてすげーなんかこう
独特の雰囲気を感じたりこれがねでもやっぱり僕は思うにね ノンプロプロがまあ六大学はプロっぽいけどでも東京大学の野球はプロとは到底言えない
野球だったからやっぱりああいう面白さあるようなちなみにその試合は10対0で 立教勝ってましたね
全然本題に入れないなというわけであのだから運営がグダグダでいいんですじゃなくて だからえっとあんまり視聴者さんのことは考えてませんという
ここが大事なところなんですよ 視聴者さんのことうんと考えるとコンテンツはめちゃくちゃつまらなくなるというのが僕の勝手な
意見なわけですね 何にもこいつら視聴者のこと考えてねーという本の中に岩波文庫さんから出てる本がいくらか
あるんですけど私はそういうのを読むと非常に面白いとやっぱ思うんですよね 読者ターゲット頭から無視しているでしょうっていう感じの本は読む
あるヒットするかどうかがすべてなんですけどヒットしちゃえば面白いですよ やっぱり自分がマジョリティじゃないところに属している人間は
だからこれはやっぱり巨人とロッテで考えれば一番簡単だと思うんですよね 自分がたまたまロッテファイやっちゃってるとロッテの中継やってくないと困るわけ
たまにでいいからっていう感じですよね だから素人の書いたものの良いところはターゲットがスルーされているところにあるわけですよ
読み書きはすっげー頑張ってするんだけどワン坂人は来ないわけですよね でもヒットする人にとってはなんていうのかなそれは機材が優れているとか
ターゲットがきちんと考え抜かれているとか進行がスムーズであるとかいうことに興味はないと 僕は思うんですよね
15:06
だって僕ほんとロッテの試合聞いてた時なんていうのかな 川崎球場でやってたからテレビからのラジオ神奈川の一部でやってるんですけど
埼玉県でそれに周波数合わせるのは神業に等しいみたいなそれは大げさですけど
電波を強く受信できるラジオ買ってきてキュキューって合わせるわけですよ そうするとなんかこう俺とかブルブルみたいになっちゃうわけですよね
これを聞きつけて聞きつけて繋いで繋いで聞いてるわけですよね これを聞いてた私としては巨人戦見るんだったら4チャンネルにすれば日テレにすればもう綺麗になって
そんなノイズとか一切入らないで問題このノイズとノイズの入らなさを問題にするんだったら 巨人のファンになっとくしかないんですよね
そうじゃなくて自分がどのファンであることを貫こうと思ったら ノイズのことは忘れるしかないんですよ
私はそういうことが多分言いたいだけなんですよ しょうがないんだっていうことなんですよね
でタスクシュートですよいきなり飛んでますけど タスクシュートと cbt っていうのをあのまあ山崎さん高木さんはイベントの中ですから
割とサラッとおっしゃってしまうわけですよねもうなんかこう 同じようなもんなんだよみたいな感じで同じなのに
なんでタスクシュートを選ぶ人がこんなにいるんだろうっていうのをまず cbt の方がずっと多いってのはそれはそうなんだけど
でも cbt とタスクシュートが同じような効果だっていう話になった時にその時タスクシュート を選ぶってのはどういうことなんだろうっていうのは
まあ協会理事としては一応考えざるを得ないですよね でタスクシュートに足りないものって何なんだろうと僕ねそうやって並べてみると
今までずっとそういうのを並べるのは避けてたんですよねやっぱ cbt は cbt だしそれはそうなんですよね cbt は cbt だし tc は tc だっていうこの際タスクシュートは
tc と言っちゃいますけど tc は tc だっていうふうに考えてて cbt はその専門でやってる人がやってるんだし
国家公認なんだしなんかこう決して遠ざけるとは言いませんけど あの親張っておこうみたいなのはあったわけだけど
あえてだから僕は否認してたんですねある意味横に並べて考えるってことを真面目に 考えやったことがなかったなと横に並べで考えたらあれって感じがしてきたんですよ
まず僕確実に言う言えることはですねこれすごい誤解された時期が一時あって タスクシュートやってると鬱になる論みたいなのが一時あったんですよ
チラッとね嫌な話だなぁと思ったんですよね タスクシュートでガリガリにあって脅迫的になってその辛さに耐えられなくなってバーとして
みたいな非常にシンプルにうつを何だと思ってんだっていうぐらいシンプルに言われて いた時期がちょっとだけか弱いであって
僕は非常に嫌な気持ちになってただただ後悔のように黙ってたわけですよ 何を言っても無駄だろうと思ったんですよねそういうノリになった時って戦争とかが始まる
18:04
時のノリってそうなんだろうな反戦の人にとってはって話ですよ なんかねこう無駄だっていうかね空気みたいなのには戦いようがないんだみたいな
ものを感じてたんだけど その時にちゃんと考えるべきだったんですよね
宮本さんが3度イベントでTCとCBTの間に その違いをいちいち意識しない方がいいよぐらいのノリで言ってくれてようやく否認するのを
やめてTCとCBTを横に並べてみると いやそうじゃないそれじゃまるでCBTやると鬱になるみたいな話になっちゃうんじゃないですか
世の中とんでもり論いくらでも編み出せるんで世の中にはそんなことまで出回りかねないなと思うんだけど
でそもそも幸運として効果があるっていう意味で始まった論だと思うんで まあ認知良好の方ですよねどっちかというと
ちなみにあれ精神分析に対する暗示提示として始まっていて それはもうなんかあの
ハワデリスだっけの本家なんかの中で明快に出てくるんですよね こっちは100年の歴史があるんですよって誰かが言って
それは僕は精神分析家なのかそれとも単なる精神分析好きばかり 僕みたいな人間なのかわかんないなと思ったんですけど
まあ100年の歴史は置いといてとか言ってなんかこうあっさり論破されてすごい 感じ悪いなぁと思ったんですよね
僕はその時認知良好の方が好きなぐらいだったけどそれでも感じ悪いと思ったんですよ なんかこうなんていうのかなそういう
まあいいやとりあえず一旦それは置いといて僕が言いたかったのですね tc がうつを
うつに tc をやってるとうつになるっていうのは全然ナンセンスだと思ったのは要するに tc なんてやめられるからねって言う
いつでも何の強制力も持ってないからタスクシュートというのは そんなうつになるっていうぐらいだったらやんなきゃいいわけで
なんでそこを押してやってしまうのかっていう話がそもそもまずあるじゃないですか そうでなくてもとっつきにくいとか
始めにくいとか言われてるのになんでそこを無理やりやった挙句 うつになっちゃうんだよっていうそこからしてすでにおかしいだろうと思うんだけど
より僕が考えたのは横に並べてみたとき tc ではうつは防げないっていうのが出たんですよ 頭の中で
タスクシュートをやってればうつになりませんというようなことはとても言えないって いうことはこれは何を言わんとしてるんだ
例えば cbt でうつを防ぐみたいなのもあるわけじゃないですか なんでこれが横に並ぶ横に並べた時に直ちに出てくるのは僕の中ではそれだった
なっていう あのこれは別に特に何を言ってるわけじゃないんですけれども特に何の主張もできてるわけじゃない
んですけど ただタスクシュートって結局
まあシステム手帳みたいなもんですからある意味それはすごい語弊を 誤解がありますけどものすごくよくできたデジタル式のシステム手帳みたいな面はありますから
でそんなんでうつ防げるはずないじゃないですか でそんなんでまたうつになるはずもないじゃないですかそんなシステム手帳を使ってたらうつになります
21:02
とか言われたらおかしいのは誰でもすぐ直感的に来ると思うんですよ そんなことはないわけでそれは仕事が忙しすぎるからいけないんですから
それとシステム手帳は関係ないだろうというか仕事が忙しいからシステム手帳を使ってるかもしれないけど システム手帳を使ってるから病気になる論っていうのはナンセンスだと思う
仕事をなんとかしようよっていうことなわけですよ だからといってシステム手帳で病気が防げるものだろうかと考えるとそれもまた絶対非常に
難しいだろうとでここで要するにこれは えっとですねあの精神分析とかとは根本的に違うのは
治療に向かって向かってないというのはもちろんあるんだけどそれは一旦置いておくとしてですね 精神分析とかと根本的に違うのはそもそもシステム手帳とかタスクシュートはツールとしては
ですねツールとしての話をしています 人じゃないということ
何の強制力も持たないと今言ったようにですね cbt に強制性があるって言いたいわけじゃないんですけど強制力を用いるのは
結局人間だと思うんですよ お金だとかいろいろあるんですけどでもやっぱりこう特に仕事のバーンアウトとかになってくる
と強制力を用いるのはそもそも人間だと思うんですよ ある意味では鬱になるのも鬱を防ぐのもやっぱり人間だなと思うんですよ
で cbt と tc に最も強力に違うのは今後そこを考えていこうと思ったんです横に並べで 良かったなっていうのはそういうことなんだけど
今後そこを考えていこうと思ったんですけど cbt には絶対人間がついてくるんですよね まあ100パーとは言いませんけどでもほぼ確実に人間がついてくるんですよ
だってほとんどの人は結局心理カウンセリングの世界で cbt と出会うと思うんで 本で出会いますって人もいっぱいいると思うんですけどの方法論からするとでもやっぱり
やっぱり人と出会うことが多いと思うんですよね cbt はプラス人なんですよね プラス人というか人プラス cbt だと思うんだけどいずれにしても人がそこにはいる
で ctc にはいないうるっていうかいないんですよもともとはあれはツールの名称だったから 今は人がいるようにいるように持ってっているそれは僕は考えてみるとそうだわって思って
いるんですけれどももっと意欲的にそうしようと思うようになりましたね だからタスクシュートには人をつけなきゃいけないんだっていうことをいけないとまでは言わない
までも人をつけていくっていう方向を今度拡大していく必要があるんだっていう でこれは山崎さんがお話しされていてもっとも今回のイベントでだから僕の成功っていうのをするに
ちゃんと彼と話ができてそれを聞く人がいたっていうことなんですけど あのお話を伺っててつくづくそうだと思ったのがんだそもそも人は悩みたくも考え
たくも人に相談もしたくないんだと だから今回あのねタスクシュートにの8紹介は自分自身私がやりまくってると
24:08
いつも私の事例になっちゃうからでも次回は私がやろうと思ったんですけどねいろんな意味で あの
ゲストをお招きして来ていただいてしかもこの方実は公認心理師だから僕みたいになっちゃって のらカウンセラーとかじゃないわけですよ
ちゃんと公認カウンセラーでしかもタスクシュート認定トレーナーさんでもあるというですね ちゃんとそういう人材が今教会にもいるっていうのがここで教会アピールしてるわけですけどね
あのわけですけどもでこの方がやっぱりやっぱりじゃなくて全然やっぱりじゃなくて 心理学ジプシーだった
しかも公認心理師でもあって学校の先生もやっているっていう方なのに方なのにじゃないんです けど
方であってでもタスクシュートに来てるわけですよね いきなり心理の世界に行ってないわけですよね
これは だからこういうことってこういうことをこの一例を持って人は別に心理カウンセリングを受け
たくないんですっていう論を導き出したわけではないんですが 何かそこにはカウンセリングを受ける
だからそれが山崎さんのおっしゃったことなんでしょうけどことへ対するこう 内的な抵抗ってあるものなんだってことだと思うんですよね
内的な抵抗 抵抗
心理抵抗みたいな話になっちゃいますけどちょっとそういう先進分析的な用語としての抵抗ではなくて
単によく抵抗があるとかそういうことをするのは抵抗があるとかそういう 違わないんだけど
でもまあそういうことってあるんだよなと でもですね僕はここで考えたんですよ
たまたまその日僕はAさんという事例を出してあの方はもっと明快になんか変な圧力をあの インパクトを持って
私は心理カウンセラーなんか受けないからねっていうふうに私におっしゃってきて別にそこを僕に強調せんでも
私精神科にも行かないからねみたいな 病気じゃないからねみたいな
僕より年上で初老の方だったんでこういうある種の言ってしまえば偏見があった時代ですし
わかるんですけど あのまあまあつまりどうしても私のこれでやりたいんですよねっていうことだと思ったんですけど
なんかこう独特の表言い回しだったんですよ僕に僕からすると その佐々木さんがここでやってくれなくったって私はいかないからね
だから代わりに池とかだとそういうことになっちゃうじゃないですか 二択じゃないからって言ってるわけですよねこれはね
ここまで言われれば なんかどういう話になるのか知らないけどやりませんというのはあまりにも僕としては
あれだなと思ったんでじゃあやりましょうってことになってやりましたってたまたま この話は被ったわけですよ
そのそういうその心理カウンセリング抵抗みたいな話がで僕は思ったんですよそうじゃなくて
えっとですね 私美容院で行けなかった人間なんですよ
別に行かなくてもいいんですけど床屋に行っとけばいいんだけど 床屋にも抵抗があったんですよはっきり言ってで
27:04
美容院に対する抵抗っていうのは実非常に独特のものでして 要するに私はいろんな意味で美容院がやだったんですけど
本当にいろんな意味で嫌だったんですけど 心理カウンセリングに行く抵抗感っていうのとある意味似てるだろうなと
つまり いいことのように言われていることがそもそも嫌だっていうことって人間にはありまして
タスクシュートだと入りやすいと タスクシュートとCBT横に並べるなら
人間好きだし専門だし安全だしCBTに行くべきでしょうってさらっと出るということはあり得ると思うんですよ
横に並べるぜひはともかくとして でも
私が美容院に行くのが嫌で 結局なんかいろいろな床屋ジプシーだったんですけれども
さすがに自分では着れないんで 結局あれまず何が嫌って鏡のが真正面にあるのが僕修房恐怖が入ってたんで
もう絶対耐えられなかったんですよね 自分の顔をずっと見てると しかもしかしもっと根源的だったんですよ
自分の顔を髪にをいじることによって美しくするというこの発想がもうダメだったんですよ 耐えがたかったんですよね
思春期だったんですけど思春期で説明されるのもすごい困るんだけど 修房恐怖があったんでアトピーでもあったしアトピーじゃなかったんだけど
まして顔には出ないこれもね非常に僕の精神的なものを感じさせるんですよね あんなに全身がひどいのに顔には出ないんですよね
で その何が嫌って
髪をどんなに整えても少しを整わない自分の顔っていうのに 向き合わせられることに対するこの耐えがたさが絶対こいつらは分かってくる
ずっと病院に行って症状されている気持ち以外は何も持ってなかったんですよ つまりどういたしましょうかって言われるじゃないですか
これがパラドイックですよね ほぼね
どういたしましょうかって言われるとてめえの髪いじったってその薄汚い顔はちょっとも良くなんねえんだよバカ
来んなよって言われてると感じるんですよ こう感じるんですよ直感的に
現状は聞こえません僕の場合はなかなか僕は近くってものが ガンとしているところがあってまあよかったんですけどね
ずっと髪を切られるたびにこれを言われる感じがするんですよ だから私は絶対に病院に行きたくなかったんですよ
これの真理に近いものが私はカウンセリングだと タスクシュートだとこれが同じことをもしほぼ同じじゃないという意見はあると思いますがそれは
受けたもありますけどCBDとTCが仮にほぼ同じだとしても TCにはさっき言った人がつかない
で今後人をつけていくと仮にしてもですね この種の何かに触れずにやるということをやっていければいいんだろうなと思ったん
30:09
ですね私がやるんじゃない私がやるのはあくまでも あのやっぱり分析的な方であって
パラノイックならパラノイックでパラノイックをやっぱり つまり私自身パラノイックなわけですよ結局
よく言うけれども私は対象関係の話だと思っているんで これが私がエリック・エリクソンとかアンナ・フロイトの世界がどうしても違うんだと思うんですよ
究極的には対抗って概念があるから でも私はやっぱり自分がパラノイックを卒業したはずはないんだと思ってるんですよ
卒業ってありえないと思うんですよね だから出る時は出ると思うんですよ
だからこのパラノイックごと扱うって発想は絶対必要で
暴露療法とかではどうしようもない部分があるんだと 暴露に耐えられるように人はなるかもしれないがそれは暴露に耐えられるっていう能力を
改めて身につけているにすぎなくて パラノイックでなくなったことにはならないと思うし
パラノイックってのは本人も変だとは思ってるわけですよ 本当にそう思われているのかどうか確信絶対的にあるかって言われると
あの当時ですらなかった気がする でもそういうふうに言われている気は確実にするっていうのがパラノイックってもんだと
私は肉親がそのまんまですから そのことそれ自体にさほどの違和感はないんですよね
いやコンプレックス強すぎだろうと言われると必ずしもコンプレックスはもちろん極めて強いんだけど
私自分の衆望にも自分の要望にも自分の声にも自分の話し方にも自分の考え方にも コンプレックスがありましたから
強いのは当然強いんですがそれが全てではないんですよ 親が酷かったのかと言われると今改めて考えてみるとつまり相当深く考えれば
親は確かに酷かったけど酷くはないんですよ別に その親のせいでそうなったとは言い難い
現に私の妹はパラノイックではありますがそうはなってないんですよ だからその別に要望とかにあの人はさほどの危機は考えてないんですよ
あの人のパラノイックはまた全然違うところに来るんですよね で同じ親から育っているわけで育てられ方が随分違ったとは思うんですけど
私が養子にそこまで気を弄む必要が必要というか 理由があったのかというとそんな理由はないんですよ
だけどそうなってるんですよね実際にはかなり長いことそうだと 少なくとも20年近くはそうでしたね
だからあの20年経ってなんてことはないですよ12 3から13歳だな13歳から33歳間違いなくそういう感じがしますね
少し短い17、18年だと思いますけど ここから1、2年引くとちょうどぴったりだなって感じ30まで確実にそうだったんで
33:09
でまあ思春期だけじゃないじゃないですか 中年に差し掛かっていると思うんですよね
でこの感じってのしかも僕はそれが美容院で的面に出るんですよね この的面に出るが心理カウンセリングで的面に出るっていうケースがあり得ると思うんですよね
でそれは行く前からあるんですよ ここがあの開業しているような人からするとなんじゃそれって感じもされるかも
でも心理の人ならしないんじゃないかと思うんだけど思いたい あの
行く前から知ってるんですよ僕だって美容院行ったことなかったんだから 鏡がでかいのがあるだろうってのは外から見ればなんとなくわかるけど
そういうふうに言われていると感じるであろうみたいなことを行く前から確信を持つってのは まああの美容のね一列目に
グリッドの一列目に定義的仮説ってのありますけど まさにああいう感じの世界なんですけど別に間違っていないですよ
そういうふうに思う美容師だとなって世の中広いからいろいろと思うんですよね 定義的仮説って別に間違ってるって意味じゃないと思うんですよ
間違ってるんだけど でこの感じっていうのが
丸ごとやってくれるっていうのが必要でそれを丸ごとは スクシュートにはできない
なぜならタスクシュートにはそもそも人がいなくても成り立つするだからこれが生じよう がないやっぱり
このその パラノイックの相手は人なんですよね
だからさっき言ったえっと普通に普通にさせるのも人であれば何かを強制してくるから えっとうつから引き剥がすというのもあれも
結局ある種の強制だと思うんですよ 引き剥がすのも人であると決して tc は人を打つに追い込んだり人を打つから引き剥がしたりする力は
手がないから ないんですよ
あれはやっぱり そこに何か人間が能動的に働きかけるしかないものなんですよね
パッシブにやっていて何かが来るのは相手が欲動だったり人間だったりした場合だけだと タスクシュートの中に欲動も人間もいないんで
どっちもできないんですよね原理的に で
あれだからそこに記録をつけてはいくらつけていってもパラノイック自体は なんて解除される理由は何もないと思うんです
だからタスクシュートではこの問題も最終的には引き受けよう引き受けてないから なんですよね結局それは
東映の対象としても極めて弱い全くできにならないとは思いませんけど ならないに等しいですよね顔もないし
なのであのまあ私はこれをやっているわけです その丸ごとやるっていうでそれはまああの
山崎さんは非常に面白い方をされてこれイベントなしでますからね 5杯っていう誤った配置によってそこに入ることがその人にとってプラスになり得る
36:04
んだみたいな 5杯っていうのは独特の表現で誰かどっかの造語だと思うんですけれども
で私は5杯かどうかはともかくもう確かに私が美容院に行ったのは実は5杯だったん ですよね
あの留学中に入っていってみるとかんですけどどこに行きますかって話あるんですよ どこに行きますかって話あるんですよ
ところがどこにあるかわかるそして英語が全然通じないのに髪をどう切ってもらうとか わけわかんないじゃないですかいくら取られる全然わかんない
何が起きるかというとなんと対人が切ってくれたんですよいやすっごい問題がありました けど
いやいやあの正午俺切っちゃうからみたいな変な英語で切ってくれるわけですよ で髪は変になったんですけどまぁそしてなんかすげーシャツとかに髪入って超やだったんで
これが5杯ですよね でまぁその心理が専門家じゃなきゃいけないとか精神分析の精神分析家じゃないとダメ
で言わないにせよ髪はまあ利髪師が切るものですよね日本では しかし
海外とかに行くとこれ海外に行くとかカウンセラー受けにいけない問題とよく似てるなぁと思っ たんですけど海外に行くといろんなものが自動的に制約かかっちゃいますよねって
英語で私がカウンセリング受けてみたところでやったけど cbt 効果すっごい減りますよねだって何言ってんだこうまず理解することから総力を上げないと無理なんで
で髪も同じ理由でいけなかったわけですよね 床屋だったら僕は日本だったらいけてたんで
で結局これその大臣に切ってもらってわかったのは美容室 死んでも行こうみたいになったわけですよ
結局 こういうことが起きないといけない部分ってあるんですよこの種のことについて言うと
すべてがパラメックで説明できるわけでは全然ないですがカウンセリング受けに行きたくない 理由というものに潜んでいる心理の中にはおそらくこういったものがきっとあって
それが人を自然 タスクシュートに向かわせるってことが起こる
それはGTDであるってことも十分あり得ると思うんですけどね そういうことなんだろうなとそういうことがあり得るということがやっぱりこう
自分の問題を非常にこうなんつうんですかね まあある意味右を曲折を経るしかないというところだと思うんですよ
で大臣に髪を切ってもらって美容院というものが相手が何と思っていようとどれほど 優れているかとある意味では
だからある意味ではなんていうのかな心理師が安全ですというのは言葉なんですよね結局ね 危険な目にあってみればその安全性が嫌というほどわかるかもしれないけど
安全ですとただ言われているだけの状態で何と比較して安全だと言ってるのかって問題が 問題というよりも疑問がつきようがないわけですよね
39:05
どっちも言ったことがないのに安全ですとただ言われても じゃ危険とは何なんだっていう私はその危険についてすごい
思いを巡らせる機会が非常に多いから何を言ってるのか とてもよくわかるようになりましたけどそれだって私5年前は
なんかそういうことに詳しいつもりでいたけどあの安全の意味は多分何もわかってなかったんですよね 何をもって安全でどうすれば安全なのか
わかんないんですよねよーく考えてみるとわかんない気がするんですよ 何かもともと危険な爆薬を扱うとか
少なくともその医療とか歯抜きますとかだったら安全ですって言われた時に何を言ってる のがすぐわかるじゃないですか
でも心理臨床のおいて安全ですは何を言ってるのかというむしろ逆にそれを強く強調さ れてみると得体の知れないものを感じ始めてくるわけじゃないですか
私は少しそう思う時があるんですよね 反過心理師が安全安全言ってるってどんだけどんだけ危険なことをやろうとしているのって
いう それはやっぱり知らないからそういうふうには思うと思うんですよで知りようがないんですよ
やったことがないんだからっていうことが私はすごくあるんだろうなとあるあるんだよ なと思うようになって
cbt と tc を横に並べるというのは色々と得るところが大きいと頭の中でですよ あの cbd と変わりませんってこれから
pr していきたいという気はさらさら全くどうにもないです むしろそれはやんない方がいいと思うんですよね
結局違うものだってことにしておくことがこの話大事だってことになってるわけですよ やっぱり常に人つけりゃいいってものではないっていうのも今の話からある程度明らかだ
と思うんですよねでも人をつけるっていうことも大事だっていうのもやっぱりいくらか 言えるような気がしてきたわけです
で私自身はそっちの方にバリバリやっていくぞっていうことではない役はやっぱり理事 なんで立場上は設計の立場なんだろうなと思っておりますんで
んで セシム積的っていうことを僕がやりたいのはですね
それとはあんまり関係ないことになっていよいよ来ているわけですよ もちろん全く関係ないわけではないんです
スクシュートでやってても朝起きられないとかそれこそパラノイックになっちゃうとか いうことあってでタスクシュートはそこを根本的に引き受けてないので
だからそこを引き受けるということはそれは私じゃなくてもいいのかもしれないけど 私はやる
なんだろうなこれはなやるべきなんじゃないだろうかと今は思うようになりました ってところがあります
パラノイックが全てではないですよ全然そうではない 今むしろ僕はタスク管理系からの話になって少なくとも僕とタスクシュートの名前を知ってるって
方に一番訴えたくなってきてるのは罪悪感ってことだなっていう感じがしてきてはいます 罪悪感というものの取扱いも仕事で絶対出てきちゃう上にすっごい
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ややこしいので基本取り扱えてないっていうケースはたくさんあるし 世の中的にもこれに関するカーコンセンサスははっきりで全然取れてない感じが
は世の中的にまでお仕事における罪悪感をどう扱うかってすごい件違いますよね 徹底的にはその責任を引き受けていく人が良いし頑張れるし
勝つんだって人もいるし基本的には距離をどんどん取っていって一戦引き続けて いかなければダメだよっていう全く逆ですからね言ってることこれ
でそれどっちもなるほどねっていう感じで受け止められていますけどその2つの具体的な手続き というか具体的にやることは全く違ってくると思うんですよ
そしてどっちも面白いことになぜなのかを説明しないんですよね そうしたものが最後は勝つんだとかそうしないものは最後は鬱になるんだとか言ってる
だけでどうしてそうした方がいいのかって話は驚くほど今の時代でしないんですよ 線を引くべきなのであるとか
線を引かないずに全部自分で受けるべきなのであるとかべき論がまずあってそうすれば なるであろうとかさもなければなるであろうと現在から未来の話しかしないですよね
過去の原因というものになんかこう興味を持ちゃダメだぐらいの勢いをそれは僕のあの 非神かもしれませんけど私は真逆に行きたいということなんですよ
基本的には過去と原因論に向かっている まあそれが精神分析だと言われるとそうじゃないって言われるかもしれませんけど今この
やっぱり僕は結局あれは 少なくとも過去に行ってるなぁと歴史性ってものにすごく興味持ってるんでしょうなぁと
その割にどうしたらいいんでしょうに答えようとしないっていう だから未来不確定っていうことが確実にあると思うんですけど
で真逆な感じがするんですよねやっぱりね タスクシュートなんかはちょっと違うんだけど過去の記録をまん坂とっていくってのがあるから
でもやっぱり僕はその過去の記録が事実に基づくから客観的ログですって言ってるところに 非常にこうあのそうなんですけどある意味ではでもやっぱりそこに限界を感じるんですよね
人は客観を知らないから究極的にはですね人が知ってるのは主観ですから で主観がそこに反映されだからあのコメントとかをつけるんだけど
コメントというのは主観にとっては本当にわずかな情報でやっぱり主観だけでできている 人間のこの心の中というのは客観的データと部分的な主観的なコメントを
相当量持ってきてもそれだけでは取れようがないと思うし 認知の歪みみたいな言い方しますけど問題は歪みっていう言い方をするってことは歪んでない
見方があるっていう前提でしかもそれは捉えるって雰囲気あるじゃないですか 私はそれは捉えないと思うので
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事実をただ客観的にたとえ時間の記録であれ行動の記録であれ スナップショットであれ事実は捉えられてないと仮に事実をそれそこで捉えても結局それを
人の心を通じて見てしまう以上は同じように主観 主観でしかないと思うんですよね
7時41分にこれを開始しましたというのは事実としてはそうだけど 7時41分には既に僕の心の中で意味を持っているんで
やっぱり純客観とは到底言えないと思うんですよ 事実の記録がそこに残ってたってそれを捉えた時にはもう主観化されていて
でこういうののこういうのしかないわけですから私たちの心の中には やはりここにパラノイックなものがあれば
当然その4時41分になっちまったのは今日雨が降ってたせいだし そもそもあいつが悪いからみたいになってしまえばなってしまいますからねすぐ
なってしまえばどうにもならないそれを自分でそこから離れられるかって言うととんでもない ことだと思うんですよ
無意識にこれ働くんで意識的に働いている部分だ今日 あの否定してみたところで無駄なんで
無駄だということ僕は自分の人生でもそうですし私の肉親がずっとそれを僕に言い 続けてるからよくわかるし
ああ言ってもこう言ってもそう言ってもまあマイナスああ言ったマイナスそう言ったマイナス こう言ったで全部だからどれほど私の方がその私の妹に善意で
で以外何もんでもないでしょうこんなのを持っていても真っ黒だってことになるんですよ ね
なるんだと結局のところ何3時間かけて言って天気の話をして3時間かけて帰ってくるのが ベストなんだと
まあ山崎さあたりにはそう言われるわけですがいやーそれはストイックだよなやっぱりな 精神分析本当に楽しいんだろうがこれ今日やるんですよね
あのイベントが私は見ます あの精神分析が楽しいと思いたいみたいなそういうのもあります
あの 石を見つめて座禅を組みなさいみたいなニュアンスになっちゃう山月
フェニロフさんは正しいと思うんだけどなんかこう人の話を聞いて 見つめているんだみたいな感じで外車とかに乗っちゃダメなんだみたいなでも藤山さんは
多分会社とか平気で乗っても全然いいんだぐらいなノリだと思うんですけど私はどっち もその通りだと思うんですけどね
でもまあ私はどうせ会社買えないし えっと滝に打たれる木も滝に打たれなくなる時ありますけど滝に打たれるも多分この悩みは
解消されないな一向にと思うし やっぱり3時間かけて天気の話をする
ただそれが楽しいかって言うと今のところ楽しいと思うのは至難の技ですね なんかこう苦しいというのとも違うんですよね
まあ一言で言うと虚しいなんですけど でも多分虚しくはないんだろうなぁと思うんですよね
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今回あの繰り返しになりますけど宮下宮川佐藤さんのあれは良かったですね 名前のない病気
あれは大変良かったです最後が希望になっているところが実にびっくりでした あの行天だなという感じでした
最後までこう普通そう漫画終わるんですよねやっぱりね どーんと暗くなってだってそれはリアルだからってことなんだと思う
でもあれはリアルなんですよね多分ねこのままでいいんだろうかって彼やっぱり問い直したところ がすごいんですよね漫画書きながらですよね
普通こうはならないですよって編集さんも言ってたし私もそう思ったんですよ 普通こうはならないだろうと
現に私と私の肉親の関係は全くそうなる気配も予兆も何もないんですよね ただただ絶望しておくより他仕方ないだろうぐらいな感じがするんだけど
いやでもまあせっかく山崎さんに天気の話をしましょうとは言ってない
彼は別に他にできる話ってそうそうないよねぐらいなノリでしかないんですけれども まあそうなんですけどね
だからこう k はマイナス k だからどうしようもないんですけれども
ねほんとねお金のことって難しくてお金は 国がくれるべきなんだって言われてしまえば
お前は反革命なのかみたいなこといや反革命とかじゃないんだけど 革命起こる気がしないじゃんっていうか革命起こっても困るしっていうかとにかく
なんかリアリティが何も感じられないんですけどっていうことは言えないわけですよね だから国が配るべきなんだって言われて私のような人間には国は
よくに多く配るべきなんだって言われて大変なんだからそれはそうなんだけど 国くれる気がしないだから革命だって言われると
革命とかなんか全く自分が革命向きな タイプだとも思えないって言うと昔のあの
怖いですよねある意味ロシアとか反革命分子めって言われていきなりそこで殺されるっていう どんだけこのあの
そこにはパラノイック的なものではなかったんだろうっていうそんなこと今更考えてもしょうもないことだと思うんですけど
日本でもだから世の中がうんと貧しくなればそういう空気ではできると思うんですよ 日本でも結局その全く逆のように言われてたけど
私あれは全く同じ軸だとそういう言い方すると怒られるかもしれませんけど まああれですよね一番突出してたのが226みたいなやつだと思うんですけど
でもあれは革命だったんだろうなって思うんですよね であそこまで行くとリアリティがないというのでは済まされないわけじゃないですか
気持ちの上ではそういうことなんだろうなって思うんですよ 辛い苦しい誰も助けてくれないっていうことになってきた時にはですよね
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でそれは伺い知れないものがやっぱあると思うんですよ あの辺のことはあれですよねなんだっけ
えっとだから子一子で殺された人ですよね犬かいさんのお孫さんが書いてますよね 自分はメロン食ってんのにあの東北ではお嬢さんが見売りしないと一家がみんな
飢え死んじゃうんだっていう状態でそれは怒るよねっていうことの話だっていう だからと言って自分のおじいちゃんが何か殺されちゃったのに納得するわけにいかないって話が要するに延々書いてあるわけで
それを何かお坊さんが聞くシーンがあるんですよね これは心理カウンセリングだと思うなぁって思ったわけですよね
まだあの時代でそれをやってるって人はめちゃくちゃ上流な人だと思うんですけれども でもやっぱり心理カウンセリングだと思うなぁっていう感じがしましたよね
それはだからよくわかったって納得はできないって話ってあるってことですよね で多分そういう心理状態がきついわけじゃないですか
である意味CBTは置いておくとしてもタスクシュートって行動は問題を解決するっていう前提を持ってるわけですよ
その現実に行動を起こせば 大丈夫って感じを持ってるわけですよ持ってないんだったら
割とタスクシュートってそこらへんは専用的なところがあって 何にもしない記録を残しておけばいいからとは言うんですよね
だから価値的中立をあそこで強く打ち出せばですね 結構いいところまで行く部分もあるとは思うんですけれども
50分だからいい加減にしようということで まぁ今日はイベントの話だったんですよこれで
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