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おはようございます。AI時代のカウンセリング、第1348回をお送りします。
5月1日、明礼ですね。金曜日、8時7分です。
はい、雨がザンザン降っていて、大変いろいろとあったところって、今日は忙しいのに困るなという日なんですが、
昼から晴れるみたいなんで、そこに期待したい。あとなんか、5月になったにしては凍えるように冷え込んだ朝でして、
十何度?十二度とか、その辺、神奈川で十二度ってかなり低いですよね。
しかも雨には濡れるし、ストーブつけなきゃならないし、石油高くなるとか言ってるしで、
なんかもう本当にこのようにどんよりした感じなんですが、昔と違って私でもどんよりとかしなくなってきたのは確かになので、
今日はその話をしつつ、昨日もタスクシュートの話もしたから、タスクシュートの話はどうかな、でないかわかんないですけどね。
はい、第5月1日になりましたので、3ヶ月チャレンジ第14期に入ります。
このことはですね、この番組では並行していっていこうかなと。現在はだから14期募集は終了いたしておりますが、
第15期の準備に向けてまた頑張っていこうと。だんだんわかってきたんですけど、3ヶ月目になって慌てて頑張ってもだいたいそれは遅くて、
もう期が始まったら来期の募集という方向に向けても、頭を働かせていかなければ、私そういうことが大変苦手なもんですから、
一歩間違うと3ヶ月目の2ヶ月半が終了したあたりに、ようやくやべえ、来期の募集とかかけないと減る可能性しか残らなくなるんだっていうごく当然のことに気づいて、
それは気づいてるんですけど、頭がちゃんと働いてないというか、なるべくそっちをやりたくないという、それはやりたくないんですよ結局。
募集かけるというのは私にとって多分すごい現実的じゃないんですよね。募集かけて人来ないじゃんって思うわけですが、実際に人いらしてるわけで。
1つ私がこれはいけなかったなって思ったのが、今回4月29日にたまたま名古屋にいるという、大船J松崎さんがいつもの通りパワフルに推進された、ほぼその勢いに引きずられるようにして私が、
もともとこういう話だったんですよ。なんで今回急にこれをやったかというと、4月28日に名古屋の方で東海オフ会というのがですね、タスクシュート認定トレーナーさんたちが、要するに集まって飲むと、基本的にはそれだけのはずだったんですね。
休日の前の日だし、ということでたぶんカナキンみたいなものですよね。ゴールデンウィークに入る直前だし、ただそれだけだったんですよ。
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で、私当然名古屋に住んでるわけでも東海に住んでるわけでもないので、ちょっと東海近いけど、関東エリアの人間なんで、別にそれに参加するとかはなかったわけですよ。
ところがJさんが帰国されたんで日本に、東海オフ会でも行きますよとか言って行くことになり、行くんだ、相変わらず元気だなと思ってたら、そしたら行きましょうということになり、
俺も行くっていうこと?でも名古屋近いしねと思って、オフ会に参加するだけなのかと思いながらも、新幹線で1時間くらいだし、小玉にでも乗ればいいかと思ってたんですよ。
そしたらJさんが、どうせだったら須貝さんの新刊のイベントすればいいじゃないですか、ということをおっしゃって、そもそも私そういうことをあまり積極的にしてなくても、
そりゃ坂本さんすごい怒ってるかもしれないけど、でもやっぱりやってなくてですね。
あーと思ってですね、でも平日の昼にもはや3週間くらいしかないのに、突然出版記念イベントやりますと言ってもダメじゃんと思ったんだけど、やりましょうって言われて、
僕も応援するからやりましょうって言うから、いやこう言われてやりませんって言うのってもはやダメなわけですよ。
著者としては話にならないだろうそれはっていうことで急遽やることにしたというのが今回の流れで、でもまあ私はゴールデンウィーク絶対基本的には外でないんですね。
絶対ってことはない。別にそこを絶対出ないぞって思うようなタイプでもないんで、ふらふら出ちゃうことも現実にあったし、絶対出ないわけじゃないんだけど、原則あまり出たくないというのはあるんですよ。
人並みに、人並み以上にやや、人並みをちょっと超えてあるんですよね。
で出て出くわしたわけですよね。名古屋の4月29日にすごい人出てきて、全くこう普段だったらそこで食事に並ばないでしょうっていうところももう大行列で当たり前なんでしょうけど、
ああと思ったんですが、この時に人間はたくさんいるっていうふうに思いに立ったんですね。
かつ、これらの人たちが全員既定欠損を持たずに生きているはずがないとも思ったんですね。
ならば、精神分析的、より厳密に言うとこの場合は精神力動的なビジネスコンサルなり個人コンサルが、その実態と価格の適正値というものを完全にガラス張りになり、その人が体験したならば恐らく一度くらい3ヶ月7万5千円は非常にエクスキューズいっぱい入れてますが、
大丈夫だろう、いけるだろうと思い至ったわけですよ。
という人はこの世の中に多分私が対処しきれないほどいる。確実にそうだと、この目で見た感じそうだということが分かったんで、そこにどうやってPRしていくのかっていうのはまた全く別の問題として残るものの、
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仮にカウンセリングをAIがするようになる時代、つまりこのポッドキャストのタイトルであるAI時代のカウンセリングの時代だとしてもいるというふうに結論付けることができまして、やっぱりもっともっと頑張ってあちらこちらに何やってるのかを説明していかねばならないなというふうに思ったわけですね。
要するに人がいっぱいいたってことなんですね。名古屋駅ですから、そりゃ人いっぱいいますわね。ここで隔世記でそういうことをしゃべっても一人ぐらいは申し込みあるんじゃないかと思えるほどの人だったんですね。
もちろんそれは老若男女、リッチな人もいればお金に困っている人も様々いらっしゃると思うんですけど、僕もこの中では結構お金には困っている方だしなと。でもまあ自分だったらこの中身が確実に、私は新聞籍を受けたいと思いますからね。やっぱり身近でいろんな意味での余裕ができればですね。
実際には身近にそもそもやってる人がいるのかどうかすらよくわかんないのが、100人って少なすぎですよね。あのあれですよ、公認審議士さんだって今5万人っているらしいんですよ。それで足りない足りない言ってるのに、そんな精神分析科100人ってなんだそれはっていう感じじゃないですか。100人じゃどうしようもないですよね。
一都道府県に2人ずつ廃棄したら終わっちゃうじゃないですか。で、あのね私の地方の秋田だとかは広いわけで、秋田に2人っきりしかいなかったらどうにもならないじゃないですか。っていう状態が現実なんでね。これは大変で実際に秋田に2人もいないでしょうからね。そういう状況であるならば。
もしかして1人もいないかもしれない。一見1人もいないなんて話にならないなと。なんかシカゴのピアノ調律師みたいな話ですけど、まあそれよりもはるかに地頭悪くても十分理解できる。これでは足りなすぎるということですね。
で、地頭は良くない私としてはですね、考えなければいけないわけですよ。こういう時に。何を考えるかというと、その、まあ今日ボラスを読んでやっぱりこうつくづく考えたんですけど、つまり痛ましい不幸、ありきたりの不幸、本題に入ってますが、に変えるという話の中でやっぱり大事なのはですね、原則として善因果じゃないんですよ。善因果である必要は一切ないんです。
原則として我々は既定欠損を十分大いに抱えているんだという、まあこれは今回そんな話をなぜ出版記念イベントでしているんでしょうってことかもしれませんが、その時でもJさんが反応してくれて。
フロムのね、愛するということを書いたエイリック・フロムの、自由からの闘争の方が有名ですけど、の話をして、まあこれ完全に繋がった話だなと。帰り際三聖堂書店に行って山のように、山のように積まれてるのがすごいよね。フロムの愛するということを読んでみて、つくづくこれは精神分析ベースだなと。
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なんですよ。そう思って読まないとあれは違う本になっちゃうんですよね。あの人は分析家ですからね。やっぱりこう精神分析ベースなんだなっていう風に読むと、一体、なんかこう世界と一体になるんだみたいなこと書いてるけど、これを万能的な環境としての母親と一体になるっていう風に重ねて読むと、実にあの本はその通り読めるんですけどね。
っていう話もどっかでしてもいいなぁと思っているわけです。まあ良すぎる話ですけどね。ちょっとね。あの、既定欠損を抱えているところから、例えばボラスが今日読んだところではですね、サイコパスの説明を始めるわけですね。上手いなぁと思うんですよ。彼はちょっと上手すぎるんですが、上手いなぁと思うのは、つまり環境というか現実にはどこか無慈悲なところがある。まあこれはいかにも精神分析家が言いそうなことではありますが、そうなんですよね。
現実にはとにかく、心的現実を通してみると、つまり赤ちゃんにしてみると赤ちゃん無力ですから、やっぱりどこか無慈悲なところがあるわけですよ。例えばお母さんは、しょうがないんですけど、これは実に悪い話がここに全くないところが大事なんですけど、お金持ちのお家に育ったジョナサン君は、お母さんがどうしても行きたい国際的な学会があると。
で、その家は女性のそういうものにも大変家中で理解があるんでしょう。で、大家族の長子として育ったジョナサン君は、これがもう何かを連想させますが、そのお母さんは学会に出席するために生後2ヶ月のジョナサン君を置いていくんだけど、そのことに異論を唱える人が一切いないわけですよ。
夫を含めてそうなんですけど、そこにはもうベビーシッターも何人もいるわけですよ。お金持ちだから。だからつまり合理的な理由によってお母さんいなくなると。でももうジョナサンは心配はいりませんよと。ベビーシッターの女の人たちが山ほどいると。すげえ恵まれてるじゃんってことになっちゃうわけですよね。
でもお母さんが2ヶ月、生後2ヶ月の子にとってはお母さんがいなくなるんですよ。もちろん社会的にはいろいろありますよ。今では特に。それでいいじゃないかっていう方が優先になりましたよね。でも世の中はそうかもしれないが、ジョナサンにとってはどうなのかっていう話はまた別途あるわけですよ。
で、この話がもちろん一気にエッグでこれをしゃべろうものなら、一気に来なくたくなっていって、私はただで済む気もするんだが、私のアカウントはただでは済まない気がするんですね。これを私はつまり象徴だと言いたいわけですけど。
結局こういうことは無慈悲なんですよ。赤ちゃんにしてみればね。たとえお父さんがどれほど理解があって、どんなにベビーシッターさんたちが優しくても、しかもわざわざ付け加えるかのように、実話に近いんじゃないかと思うんですけどね。そのベビーシッターの午前中とお昼と午後と夜とでは違うベビーシッターが恵まれてるわけですよ。
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で、違うベビーシッターの最後のベビーシッターはどうもこうちょっとサディスティックな気味が、サディスティックっていうのはこの場合当然性的な意味を含みますよ。男の子であるジョナさんをなんかこうからかうわけでしょ。で、そのからかわれるとジョナさんは泣くわけでしょ。泣くとそのベビーシッターの女の人は興奮するわけでしょ。
っていうことがあると。まあ無慈悲なわけですよ。0歳2ヶ月であることを常に念頭に置きながら考えるとですね。で、この無慈悲なところのある、全部が無慈悲なわけでは決してない。だってこういう話になるじゃないですか。
例えば世の中にはワクチンも打たれずに水も十分もたれずに、生後2ヶ月だというのに、外では空白があるような家に住んでる人もいるのにって話になるでしょ。そうするとその古代ギリシャ町の現代風に建築された家にこう図書館もあり、その図書館の中には古典文学しかないというような図書館もある家に、でも生後2ヶ月の子にとってそれは一体何になるんだって話も当然ここにはあるわけですが。
とにかくお母さんが国際的な学会に行くと、いいことずくめなわけですよ。悪いことが一切ない。このような環境で育った人にしてみると、しかしですね、一体どうやったら自分を生き生きとさせておけるのかっていう問題が、こんな風に考えることは絶対できないじゃないですか。大人だって難しいですよね。
そういうことを考え及んでないからそういう環境で育ててしまうわけですから。しかしなんとなくあるじゃないですか。
これね、私は目高かってる時考えたことがあるんですよ。川というのは私が扱った超人工的水槽に比べると過酷な環境だが、生存率は、ハリコって言うんですけどね、本当に小っちゃいんですよ、目高の赤ちゃん。生存率はうまーく育てれば別なんでしょうけど、あんまり変わらないんですよね。
雲だとかヤゴだとか、お水だとか、いろいろとある川の環境と、なぜかこの私が扱った超目高方面に特化された環境とで、なぜかハリコの成目高、大人の目高になるまでの率がそんなにかくばかしくは上昇しないんですよね。なんでなんだろうな、これはと思ったことが何度もあります。
それは運命論で話せば簡単ですけどね。とにかく不思議な話だよなぁと思いながら目高育てたんですよ。今めんどくさくなったらやめたんですけど。
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で、それと似ていて、このヨナサン君のこの一見完璧なところで、しかし既定欠損は十分大きい、この空間で、ヨナサンは一体どうやったら自分を生き生きと正規づけておけるのかと。
一歩間違えたら本当に柔道的になってしまって、サディスティックなベビシタさんがやってくるし、お父さんも何かの義務のようにお休みヨナサン院に来るし、2ヶ月ですからね。
お母さんはいないし、朝の世話をしてくれるベビシタさん。お昼の世話をしてくれるベビシタさん。勝手にどんどん完全なシステムが回っていくわけですよ、自分の周りで。
そして何かこう現実というのは、自分のためだと言っておきながら全然自分のためではない。完全に世界都合で回っていく、というそのなんとなく、要するに暖かくない世界。
冷たくはないんだけど、みんな優しくして暖かくしてくれるんだが、本当のところどうしても冷たいように思えてくるこの世界で、どうやってジョナサンは現実と関わるというのはいいもんだと思うことができるのかという話。
規定欠損の話なんですよね、やっぱりね。規定欠損というのは決して、ちっちゃい兄よにお湯を、熱湯を注ぎますって話だけを意味するわけではないんですよ。それはもちろん絶対ダメですけど、ダメっていうか、それは当然外傷になるに決まってると思うんですが、
私のように、母が父を、裸の父をビシビシ叩いている光景に非常にゾッとしたというのも、それはそれで欠損になるんですが、でもそういうことが一切ない、ちゃんとしたというか、なんて言えばいいのか分かりませんが、合理的だと言えばいいのかな。人工水素みたいなもんですよね。
ところでもやっぱり人間は少なくとも、目高知りませんが、規定欠損を持つわけですよ。つまり母親は信頼がならない。この前の母親は世界とイコールですが、で、その際に何がどう足りないのかっていうのはその人その人によって違うので、ジョナサンにとって足りないものは何なのかと。
それは何だかを厳密に言うことはできないんですけれども、ただジョナサンが取った戦略は、つまりこれは我々が取る戦略なんですよね。それはその人にとっては欠かせない、大人になっちゃえば実は欠かした方がいいような戦略なんだけど、子供の時には欠かせない戦略になってしまうために、大人になってもその習慣がバッチリ根付いてしまうわけですね。
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で、うんと幼かった頃にそういう空間であったもんだから、ジョナサンが考えた戦略が幻想のお父さんお母さんに励まされることによって、現実に生き生きとしたジョナサンになって、つまりお父さん、現実のお父さんに会うまでに幻想のお母さんお父さんの力によって自分はシャンとしておくっていう戦略なんですよ。
幻想の方が現実適応のための力を強く持っちゃうんですよね。でも、こういう想像力のたくましい生き方をしている人って実は結構いるじゃないですか、おそらく。
アメリカの心理学の教科書には絶対といってほど出てくるウォルター・ミティーの秘められたる生活っていうものがあるんですけど、要はダザイオさんみたいな小説だなと詩小説に近い形なんですけど、要するに心の中で、要するにウダスが上がらない男なわけですよ。
そいつが心の中で西武劇のガンマンやってみたり、要するに万能的に自分がヒロイックになったところを想像しては頑張ってるわけですよ。日々の生活をね。実際には上司に小突き回されるとか、奥さんにやたらと怒られるとかそういう人でしかないんだけれども、大胆不敵なわけですよ、空想の中では。
こういうことってみんなしてるだろうってことを案に言ってるから、このウォルター・ミティーの秘められた生活はアメリカでは非常に売れたわけですね。心理学の教科書にもバッチリ載ってるわけですよ。
これをイギリスのですね、日本で犯罪研究家というふうに何でかオカルトの人でも有名ですけど、コリン・ウィルソンという人がですね、そうじゃないんだと。ウォルター・ミティーという人は、だから取り上げてるわけですよ。ウォルター・ミティーという人はこうやって現実に適応しているんだと。
非常にだからこのウィルソンは、ウィルソン自身どのぐらいユングとか好きなのか知りません。でもユングの本書いてるぐらいだから好きなんだろうなと思うんだけど。これは正しいと思うんですよね、とってもね。そうなんですよ。これは非常にスキゾイド的なやり方で現実に適応するために自分を元気づけてるわけです。
ところで今私はスキゾイド的と言いましたけど、それだと病気を治すみたいになるんですよね。でも私はウォルター・ミティーは病気じゃないように思われると思うんです。少なくともこの人を、いわゆる普通の死人臨床に持って行って、彼が行ってCVTを受けたからといって早々変わるかって感じがするし、そもそもそれを必要だと。
自らが認めるかっていうと微妙な線だなというかあんまり認めなさそうな。ましてこの人が診療内科に行ってちょっとお薬もらう理由は別にないじゃないですか。空想やめろって話なのかっていうと、奥さんは怒るんですよね。あんたまたなんかどうでもいいようなこと考えてるんでしょうとか言って怒るわけですよ。
でも実際にはそれはわかんないことだから外から見たって、何かというとスマホを見る人が怒られるのに比べると何かというと万能空想に浸ってる人間が怒られる理由はないわけですよね。見えないんだから何やってんだか。いやいやちゃんとあなたの話聞いてるしって言われればある意味それまでじゃないですか。あんたはもう聞いてる聞いてないの水かけろみたいなのをやるしかないですよね。
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でもやっぱりどっか変なんですよ。確かに常に上の空といえばそういうことになるわけでしょうね。でこれはオルタミディの話なんですけどつまり心理学でもこの線どうするんだって話があって、私はこの線をどうにかこうにかしたければ精神分析やるしかないと思うんですよね。これは治療じゃないと藤山直樹さんのよく提起される問題です。
果たして精神分析は心理臨床なのかとか心理療法なのかとか心理療法なんだっていう風にという方が流星ではある感じがするんですけどただ私は一方でですね精神分析は心理療法でなくてもいいんだとは思うんですよ。別に心理な何かの治療のために使わなくてもいいんだとは確実に思うんですよ。ただもっとカジュアルにならないとこの点ではほとんどの精神分析家と相入れないと思うんですよね。
逆だと思われていると思うんですよ。藤山さんも書いてますからどっかで。精神分析というのは市民権なんか得ちゃダメなんだみたいなことを書くんですよね。そうなんでしょうけどでも私はそうだから100人とかになっちゃうわけでもっとカジュアルにならないといけない。カジュアルになって治療ではない。ただそうすると多分インチキ臭くなっていくんだろうなと。
で私はこの問題は多分自分の力の全く及ばないことだから世の中にお任せっきりにしておいて自分は勝手にその路線をやっていくというのが今の私のやっている3ヶ月チャレンジなわけですよ。
なるべくカジュアルにしておき精神分析的にしておき心理療法ではないというこの線をこの線をやる人が増えてくればいいなというのはあるんですよだからこのポッドキャストでそれを喋ってるわけですよしつこくんだけどもこれは多分私の力の及ぶところではないし実際にそれを起き始めると精神分析の人たちは黙ってはいないだろうと思うんだけどでもそもそもこれを私が考えるの
方向ではないカジュアル非カジュアル路線で言ってるからそもそも今みたいになってるはずだと少なくとも日本ではねというふうに思うんですよねでウルタミティが治療だとは僕は思わないやっぱり万能空想にばっかり浸っているのはどうか問題を引き起こすかもしれないが治療が必要っていうのはおかしいと思う
でボラスのジョナサンになるとこれはおそらく治療が必要だとされるでしょうまだ話の途中なんですがどうしてそういう家で万能空想でウルタミティみたいなことをやってるんだけどジョナサンの方がある種深刻ですねどうしてかというと彼はまず自分を元気づけるっていうことを元気がそこでなくなっていくってことを誰も理解してくれない環境の中で自分を元気づけるってことをかなり切実にやらないといけない
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そうしないと彼は完全に引きこもることに多分なるんですよ十分財力もあるわけですから彼が外の人たちと接触していくつまりそれは現実に適応していくってことになるんでしょうけど接触していくためにはその幻想の不法を使って実際のことそれなりのやりとりを楽しめるようになるっていうこのある種心の中の変な転倒が起きるわけです
その変な転倒が起きるからこそ何らかの意味で規定欠損なわけですよ私がだから規定欠損を埋めるためにでも私のやったことは似てるなぁと思うんですよね私はつまりこれも全く人に理解されないやり方なんですけどそしてナンパしまくったりですよほぼ常に壊滅的な失敗を繰り返していたわけですよでもですね私これよく思うんですよ
こういう話を始めると対外の人は聞く耳を持たないでサイコパスの話も当然それをサイコパスだとされると聞く耳を持たないしかし我々はですねみんな困ってるのは何で困ってるかというと規定欠損を抱えてるからじゃないですか母が万全ではない母は母の勝手なことをやるそれは非常にざっくりというとですね他の人はみんなそうなんですよ自分の問題としてはこれは非常に深刻であり
まさに私の問題こそが世界で最も悲惨なことなんだってみんな思ってるわけですよで他の人の話なんか聞きたくないわけですよだからあのジョナサンはそうだからサイコパスになりました知らんがだってことになっちゃう
私でさえも非常にこれは残念なというかあの見る目がないんですけど私自身も大学時代えっと時々なんだかの形で多く多くは居酒屋ですけど女の子からよくわからない
相談事とかをされたことがあるわけですよその女の子は必ず申し訳ないんだけど私にストーキングされることになるわけですよそんなに酷いことはしてないですよ別にそんなに酷いことはしてないけど決して向こうからするといい気持ちにはならないことをまああの要するに今で言うところの sns はないから電話番号聞かれまくるとかいうことが起こるわけですよでもこれはやってることは私に言わせると全く同じなんですよ当時はそうは気づいてなかったですよもちろん
当時はそうは全く気づいてなかったけど間違いなくお互いやってることは同じなんですようちのお母さんは酷かったってお互いに言ってるわけですよ私相手の話を聞く気はないわけなんですよだからうまくいかないんですよ私はこのカラクリを理解するために精神分析がいるっていうふうに思ってるわけですねお互いが自分の母親は酷かったって話を何らかの形でしている
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でそれも自分の母親だと思ってない時代の話だから世界とは酷いものだうまく意気投合するとそうだよねトランプ酷いよねペルシャンはあーだしねガザ地区もこうだしねウクライナもあーだしねって話をしてるんだけど全部それ母親の話をしているってことにここでおそらく社会派と心理療法派は話が合わなくなる
いやいやこれ本当に世界の話じゃんっていう風に方や言う方やいやあなたが言ってるのは絶対母親の話だっていう私はどっちも正しいと思うんですけどだからこれが投影だってことにするのか現実の話だってことにするのかっていうのは私は私が考えるにそれは8その議論はする意味は別にないと思う
同じことだと思うだって私たちは世界のことを絶対に私の脳と心を通さなければ把握できないんだからで私の脳と心はベーシックに母親というもので内的なですね内的な母親で成り立ってるんだから世界が酷いことと母が酷いことイコールなんですよだから投影というのはそういうことが投影とは近くそのもののはずなんですよね
投影と近くを分けましょうっていう話を私も昔しちゃったことがあるんだけど非常に今は崩壊してますね投影と近くは同じなんだとそれをボラス流に言うとサイコパスの話になるわけですよ幻想の父親と母親を使って現実の父親と母親とのやり取りをするそういう癖がつくわけですねこの幻想の父親と母親というのは何が違う常時いてくれるってことですよね
まず何よりも学会とかに行っちゃわないってことですよ常時ボラスジョナさんの相手をしてくれる常時ボラスジョナさんの相手をしてくれる父親と母親は当然万能的に出し入れが可能な万能空想この能力をやたらと発揮してしまうわけやたらと育て上げてしまうわけですよね万能空想力が異常に育つわけです
ところで万能空想力というものを大人が持ったら何かっていうとそれは巨減壁ってことになるわけですよこの場を活性化させる嘘をシャーシャーとつけるちょっとでも落ち込んでいそうな空間つまり落ち込んでいるってことは投影同一化ですからお互いに誰かが落ち込んでるじゃないですか落ち込んでる人を見て落ち込んでるなと思った時はその人はすでに落ち込んでるんですよ
この二者関係においてはそうなんですねこの場を活性化せねばってなったらジョナさんのような人は一発でできるんですよ万能空想を使って何か最もらしい話をそこから変からすぐに作り出せるそういう能力を子供の時にめちゃくちゃ身長させてきたから
でそういう古代ギリシャ風の建築様式にのっとった家に住んでるような人たちはみんなそういう子供の空想話が好きなんですよね結局だから少々おかしなところがあっても乗っかるこれを繰り返していればめちゃくちゃ上手くなりますよね大人がみんな話を聞いてくれてしかも自分の話に話の持って行き方次第では非常に生き生きとしてくるつまりみんな人工水筒の中でどっかドヨーンとしてるわけですよ
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それをみんなを生き生きとさせる六八をやだらと幕立てる創造力をすごく身長させていったんだというこれがボラスの作り話かもしれないですけどねでも私はいかにもありそうなことだなと思うそれは結局究極的には既定欠損を埋めてるわけじゃないですか
母親の不在を不在を埋められるその自分にとって都合のいい母親を非常に巧みに作り出しそれを作り出すだけでは自分の番の空想で終わってしまうので現実に変えていくわけですよそれらの話をどんどんどんどん大人が信じ込むと周りの大人をどんどんどんどん巻き込んでどんどんどんどんそれを
ジョナサンはまだ幼いわけですから言語能力を巧みに嘘を現実に変えていくわけですよ完全にやってることがサイコパスのそれじゃないですか現実を嘘を巧みに現実に変えていくわけですね私はこれができなかったから持てなかったわけですね今思うとそれで実に良かったなあやういところだったなと思うんですけどねこれを自分が異性との関係を成立させるために使えるってことを私が学んだらおそらく持てたでしょうね
でそれができるようになっていたらですね大変なことになってたなぁと今なら思うんですよだってそれは巨減壁ですから結局なるほどなと思うんですよ今思うと私の大学は7対3で女子大生が多い学校だったんで
その中でやたらモテる奴がいたんですよまあまあ見た目がそんなにひどくないってことは確かにあったにせよ彼はそうじゃないですよサイコパスなんですよ今思えば完全に何その話っていう話をいっぱい知ってるんですよでも知ってるじゃないですよ作ってるんだからコロッと騙されます実にうまいんででウォルターミティとサイコパスの大きな違いはウォルターミティは自分が主人公になっていて他の人との
適応のために使ってないですよね不適応なんですよねそこは非常にスキゾイドなんですよスキゾイドとサイコパスは大きな違いがありますねサイコパスの方がはるかに現実的要度が高いスキゾイドは明らかに引きこもっているから低いでもやってることにどこか非常によく似たところがあるそれは内的な世界がとても豊かこれは何を意味しているかと言いますと当時あのごく稀に女の子の話ができるとすぐにストーカーとなってしまうんですよ
およそ女性に困っている気配のない彼と偉い仲良しだったということがあったんですねほぼサイコパス彼は実際にそのとてつもないいろいろな虚言によって得ていた何かのことがバレて放行処分になっちゃって私それに対してちょっとなんとかならないのかということで大学のお偉いさんに働きかけたりしたんですよ私そういうことを私はしてるんですよ
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なんかよくわかんないことなんだけどもでも私はスキドイドだったから基本的にはストーカーができないときは常に引きこもってましたからだから引きこもっている私は引きこもった世界の中で私を中心としたウォルターミーティーをやってるわけですよ
常にそこには良い目しか見ない私が生き生きとしているわけです一方で彼はそれを外に持っていくその時には一つの加工が必要ですね自分が話の主人公であると周りの人は聞いてくれないさっきも言った通り周りの人を主人公にしてしまうジョナサンはそのなんだか二人の少年のカップルがお互いに麻薬を打ち合うとで麻薬を打ち合った別荘でその別荘にそのジョナサンは連れて行かれて
なんだかよくわかんないポロのビデオをいっぱい見せられたんだけどその中にはなんかアメリカの政府公館が映ってたでっち上げもいいところじゃんって感じの話なんだけどこういう話はみんな大好きなんですよでそのうちに聞いている方が主体性を持っていく何が言いたいかというとこの話の続きを知りたいと言い始めるわけです完全にその人たちの中ではジョナサンの嘘が現実になっちゃうじゃないですか
そういう人たちはそれがどういういきさつでその嘘がの厳選があるかを知らないわけですからジョナサンがうまいのはここにオルタミティのような自分をヒーローにしてしまうということをしてないところなんですねそんなことする必要がないことを彼はよく知ってるんです
今思い出してみると大学時代に私がいろいろ遊ばせてもらったそのサイコパスの男の子男ですよもちろんね私は女の子と遊んだという記憶がほぼないので男性なんだけどその人はなるほど自分を主人公に決してしない話をしてはみんなを引き込んでたある意味男女に非常に人気があったんですよ感じがすごいとか一切ないですよ
すごい怪しい感じの人なんですよでも大変魅力的でした話が何しろうまいというか話がとてもいかがわしですっごい真面目な女の子とかが普通にガールフレンドでしたねその人普通に一番クラスで真面目なんじゃないかみたいな人そういう人はなんていうのかなそういう話が好きなんですよね
手もなく騙されるとかそういう話じゃないですよ手もなく騙されるって言うんだったら私だってしょっちゅう手もなく騙されてたんだけどその私は別に真面目だったわけでもなんでもないですからね真面目かどうかということよりもやっぱり真面目な人そのケースバイケースだとはもちろん思いますよただ大学で全然その休むじゃないですか大抵の人は一元サボるとか全然朝からいて夜までいてどのレポートもバッチリ出してことごとくAだという人はやっぱり
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規定欠損が厳しいんですよね多くは父親が不在って感じがするんですけれどもその結局その規定欠損をそういうサイコパスの人は非常に巧みに埋めてくれるわけですよ非常に危ういことになっていくんですけどねそれを私は横で見ているという目撃者になっているどこまで嘘でどこが本当かはもう全然わからなくなっていくんでただその真面目な女の子はですね
これが必ず起こることなんですけど私に今思いは当時はわかんなかったから悪いことしたなと思うんだけど私に嫉妬するんですよなぜならそのサイコパスの人は私と方と仲良くしているんでよりなぜなのか難しいところですがそれは私がスキドイドだからなんですけれどね
その辺がなかなか理解されない三角関係がここにできちゃうんですよ私は女性と仲良くなりたいわけだから非常にここのところで困惑したんですよね何度も何度もこれが起きちゃうわけですよその人モテるから特会非会なんで全部私のせいになるんですよその人が別れるじゃないですかそれは佐々木のせいだってことになるわけですよ相手の人は真面目なもんだからこのこの怒りが強いんですよね私は女性に怒らせるのが非常に嫌だったから
非常にこれ理不尽だと思ってたんだけどなぜこうなるんだろうってこれは全部力道では簡単に説明できるんですが当時はさっぱりわからなかったですねさっぱりわからなかったですでも私はジョナサンの読んで彼の家は別にそんな古代ギリシャ風の家とかじゃなかったですしそこまでそのお金持ちってわけでもなかったですけど確かに非常になんかですね非常にお家に何度か遊びに行ったんですよ
非常にこうなんだろうなスティーブンキングの小説に出てくるんだけど漂白症の潔癖症のお母さんみたいな感じなんですよね綺麗に磨き上げられたあんまり高くもないこいつは失礼ですけどビー玉がこう食卓に綺麗にって言うんでもないんだけどやややずっぽいんだけどまつらえられてるんですよね
でビー玉を食卓に置くって微妙じゃないですかあのなんて言うのかな転がっていくんですよ転がるとめっちゃそのお母さんは怒るらしいんですよ本当うざいとか言ってその男の子はですねビー玉をわざわざこう少し崩すんですよね
いやーなんか難しいオタクだなぁみたいに私はの呑気に思ってたんですけど今思うともう少し警戒してもよかったんですけどなぜかその家では私は歓迎されてたんですよね
あのまあこれは非常にいろんなことがあったなぁと当時のことを思い出しても忘れることのない経験で私はその当時は女友達がいなくてつらいなぁってずっと思ったんですけど実にいい経験だったなと
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あれが全然辛くなくて普通に女友達ができてたら私は今に比べてもよっぽど自分の仕事で下手を打つだろうしよっぽどそもそもこういう仕事できてないだろうなって思うんですよねでこの話最後に締めますけれども締めにならないんですけどね今思い出したんで
思えばすごい人はやっぱり私の指導教官で私の指導教官つまり茶垂れ夫人の恋人はあんまり好きじゃなかったDHロレンスの研究の先生だったんですけど私が彼の研究室に結局入り浸ることになるんですねやることないからってこともあるんだけどこの先生の話以外面白い話は誰もしてくれなかったってことが大きくて私にとってはおじいちゃんよりやや年上だったぐらいなんですけれども
この先生がおじいちゃんよりやや年上の先生ですからねもうほとんど私にしてくれたその先生のゼミに入ったんですけど5月のゴールデンウィーク開けるか開けないか前にもういきなり言ったのが佐々木君はフロイト読めって言うんですよね君はフロイト読むしかないよっていう話なんですよ
もっとこなれた言い方なんですけれどもこの先生が2年間で常に私に言ってくれたアドバイスはそれだけなんですよ他のことは全然問題にしてくれなかったんですよね
で非常に江戸っ子みたいな先生ですっごいなんかこうイギリス風紳士の格好して江戸っ子なんでめっちゃ女子学生に人気あったんですけどねそれを別に何とも思っている感じの人ではなかったんですけどでも私の話にはよく乗ってくれてそのややベラン名調になるんですよね酒飲むとででも大体基本的には何も言ってくれてないんですよ何を出そうと大体褒めてはくれるんですけど
まあ要するになんて言えばいいのかなその話に話に付き合ってくれてるだけなんですよねレポートは全部ええくれるんですよただ佐々木君は大したもんだよって言ってフロイト読むしかないよって言うんですよ何がどう大したもんなのかもよくわかんないんだけど結構褒めてくれたんですよね
でまぁこの先生が全面的に正しかったなぁあの彼は明治じゃないか大正か大正ではないな大正か昭和ギリギリぐらいの人だったんだけどあの彼はですね結局何ていうのかな
まあ結構いいところのお坊ちゃんだったんですよね彼はねで出版当時のですからね出版業の社長の一人息子でその出版業を継ぐんだけど立ち行かなくなるみたいな戦後の話ですからねそういうようなことをやっている私からすると全然上流社会の強いよねって感じ頭もやたらいいし知識もやたらあるしね
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で彼はそういう人だったんでそういう女の子に声をかけるとかそういう感じじゃないですよね結局君がしたいのは結婚だっていう言い方だでもそんなのはいつでもできるんだからあのまずフロイト読みなよって言うんですよね
あれはあって間もないにしては私のことを私が50前後になってようやく理解できたことがそんなに短期間でわかっちゃうんだなっていうぐらいの経験だったんですよね今思えばあまりにも先を行った理解だったために私は当時全く理解できずにずっとそういう不毛な学生生活を送りながらフロイトはついに1ページも読まなかったんですね当時はね
でも彼はフロイト伝授僕にくれるんですけどあの20万円ぐらいするやつそれを読むようになったのは本格的には40代直前ぐらいになっていくとだからやっぱりね早すぎるなんかアドバイスってダメなんですよねっていうだってそれもう僕がフロイト本格的に読んで間もなくその先生亡くなっちゃったんでそういう話になっちゃうわけですよもうゼミの中ですでにあの歓励のお祝いしたぐらいですから
そのなんかですねやっぱりなんかちょっとあの先を行き過ぎてるわけですよね要するにねまあ今思えばなんですけれどもいろんな意味で今思えば本当まあ当時は本当にやでやでしょうがないにそのなんでやでやでしょうがないっていうか何かが嫌だったというわけではないんだけど非常に強いこう閉塞感ですよね
まあイゾイドですからやっぱり家に困ってるんで閉塞感が私の中でやっぱりものすごくあったわけですねだからといって私にはその非常にちょっとした違いといえばそうなんですがサイコパスの才能は皆無だったんでその私にとっての虚言というのは自分のための嘘なんですよ結局そうなんですけれども相手のための嘘になってないんですよね
だから誰も私の話を特に聞きたい理由がないわけですよ
だけどその人のサイコパスの人は常に相手の好む話を即席で用意してしかもその話にこれもすごいんですよね大変な記憶力だと思っちゃうんですけどおそらく違うんでしょうねある意味その世界に生きているからその嘘にはブレがないんですよね
結局その嘘は幻覚の世界のみの幻覚と言っていいと思う幻想だな幻想世界のみのロープレの世界に半分生きているようなものでそのロープレでの冒険を語っていることによってその人の魅力につながるって話なんでその嘘に矛盾は発生しないんですよね
現実とその嘘の話は交絡していないんでそしてこれを多くの人が聞き入ってその人の嘘を中心にある程度ね特に付き合ってる人とかそうですよねその人の嘘を中心に生活を回していけてしまうので私はそれを何ていうのかな横で見ていて何というか人間っていうのは本当に象徴世界でラカンなんですよね
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当時ラカンは少し読んだんですけど少しでよくわからなかったんですけどねでもそうなんだなと現実を生きているように見えても別にそうじゃないなんてことはいくらもあり得るんだとこの人が病理かっていうと方向処分になったからね病理と言えなくはないのかもしれない私はこの方をですねこの人を今もし誰かが見るんだって言うとそれはどうしても行動療法ではないような日が
この人にとっての重大な問題規定欠損以外の何ものでもないと思うんですよそのサイコパスになってた人もね今何やってるのかは知らないですけどねもちろんそれを治療できるのかとか精神分析ならなんとかできるのかって話は非常に難しいと思うんですねある意味それは非常に注げ立つように高い防衛ですから絶対に自立を人に明け渡したくないぞという気持ちですから
で見抜けようと見抜けまいと見抜けないっていうケースもいっぱいあると思うんだけど見抜いたからといってその人治んないんですよね見抜かれた場合はやっぱり私は依然として病気なんですねとか言ったりするという程度で防衛が二重三重にあるんですよやっぱりそのそのように生まれつく人はいませんから結局そうせざるを得なかった生育歴ってものにどこまでこれこそこれが難しいと思うんですけど
共感できるかって話になって言っちゃいますよねそんなことに共感できるのかと私もその人に共感するってのは実に難しいことだと思ったんでですねだから私はさっき言ったなんでそんなことをしていたのかっていうような話でしかないんだけどその人が方向処分にならないようになんとかできないのかとそれこそ私のゼミノ先生は一定程度の力を持ってたんで働きかけたりしたというのは
つまり何とも言えないところではありますがそういうことなんですよねだから私は精神分析はもっとカジュアルであってほしいと思わなくはないんですよ