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2026-03-02 26:25

73|創刊50年の「シティ情報ふくおか」 過去600号が読めるサイトが話題

西日本新聞の記者が、取材の裏側やニュース解説、福岡の街のあれやこれやをお話しする「西日本新聞me Podcast」。昨秋SNSで、あるウェブサイトについての投稿が話題になりました。「これは貴重」「史料として優秀」。タウン誌「シティ情報ふくおか」が創刊の1976(昭和51)年から2000年代初めまで600号以上のバックナンバーを無料公開している「ふくおかWEB歴史館」。約5年前から誌面のデータ化を始め、広告や個人の投稿も含め当時のまま載せているとのこと。文化セクションの大矢和世記者と福岡のタウン誌の今昔をお話しします。

◆収録日:2026年1月28日

◆出演:大矢和世(報道センター・文化セクション)、横山智徳(MC/メディア戦略局)/音声編集:中富一史(販売部)/映像編集:井上知哉(ビジネス開発部)

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#西日本新聞 #西日本新聞me #西日本新聞mePodcast #西日本新聞ポッドキャスト ♯福岡

サマリー

本エピソードでは、創刊50周年を迎えた福岡のタウン誌「シティ情報ふくおか」が、1976年から2000年代初頭までの600号以上のバックナンバーを無料公開しているウェブサイト「ふくおかWEB歴史館」について掘り下げます。文化担当記者の大矢和世さんとMCの横山智則さんが、当時の雑誌の役割や、無料公開に至った経緯、読者や編集部の反応、そして現代における雑誌のあり方について語り合います。また、創刊に関わった人物との偶然の出会いについても触れ、福岡のメディアの歴史と未来について考察します。

番組紹介と文化部の担当について
西日本新聞Podcast
西日本新聞me Podcast
この番組では、西日本新聞の記者が、取材の裏側やニュース解説、福岡の街のあれやこれをお話ししています。
こんにちは、福岡のニュースアプリ、西日本新聞meの横山智則です。
今日は、報道センターの文化セクション、大谷さんに来てもらいました。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
初めましてですね。
初めましてです。マイクの前で調べるのは初めてです。
そうですね。マイクの前で話すのは初めてなんですか?
ほぼほぼ。ちょっとした講演みたいなのはしたことあるんですけど、こういう収録とかは初めてだと思います。
そうなんですね。
ほぼほぼ。
ほぼほぼ。
あまり記憶にないっていう感じです。
文化部は今何を担当されてるんですか?
一応ですね、私はエンタメ担当のデスクと歴史担当の記者っていうことになってますが、ちょこちょこいろんなことをやってます。
じゃあ今日の記事はちょこちょこいろんなこと組ですかね。
そうですね。
「バックトゥーザレイワー」企画とシティ情報ふくおか
そうなんですね。そうなんですよ。今日の記事、お正月でしたっけ?
お正月一発目。
元旦の日だったけど、お正月休み中。あ、5日の日だったかな。
たぶん仕事始めの日だったんじゃないかなと思います。
いやー懐かしいなと思いながら。
はい。まずは今日の記事が載ってるのは文化面の令和アップデイっていう連載。
不定期連載、不定期企画みたいな感じですかね。
2年くらい前から。
一応ですね、2023年の末に令和アップデートっていう企画が立ち上がりまして、
今流行っている物事に引っ掛けてなんかちょっと社会的に考察してみたりとかっていう、割と自由度の高い企画の記事なんですけど、
今年は新年何しようかみたいな感じで話している時に、ちょっとその令和って言いつつ、
なんか昭和時代に流行ってたけどなんかそれがなんかリバイバルじゃないけどなんかちらほらまた新しい形で出てるのがあるねみたいなのをつなげたら企画になるんじゃないかなっていうことで、
バックトゥーザレイワーっていう新年企画ということでやったそのうちの一つの記事ですね。
それがまさに僕に刺さった時。
刺さったんですね。
シティ情報福岡。
シティ情報福岡さん。
そうなんですよ、シティ情報福岡って福岡の僕らの世代だったらもうね、もうねえなんですけど、一応シティ情報福岡ちゃん何ですか。
いわゆるタウン市という枠組みに入る雑誌だと思うんですけども、これを読めば新オープンのお店だったり、
今流行り始めている食べ物スイーツとかラーメンとか、そういったトレンドを、街のトレンドを中心に扱っている雑誌ですね。
今は。
今は。
バックトゥなんで、創刊の時を遡って、何で創刊の時を遡る話になったかというと、実はその創刊時のバックナンバーとかをシティ情報福岡さんが大盤振る舞いで無料でネットで見られるようにされていて、
それがちょっとSNSとかでこんなアーカイブ見られるなんて貴重だみたいな感じでちょっとザワザワしていたのをキャッチして、その懐かしさとそれに引っ掛けてちょっと今のことも考えてみようかっていうような記事をちょっと書いたんですけども。
シティ情報ふくおかの読書体験と当時の役割
僕も記事を見て、やっぱ早速ネットで調べましたよ。
見て、なんか自分が読んだ時代のやつとかってご覧になったりしました?
やっぱり僕らの世代は僕今49歳です。
バックナンバーで一番に調べたのは1995年の4月号と2000年の4月号。大学に入った年と会社に入った年。
これを見て今そういうことを親さんも言ったけど、おいしいもの何か天神とか大名で新しいお店が出てきたかなとか洋服何買いに行こうかなとか。
後ろのほうのページは映画とかも載ってたんで、次どんな映画見に行こうかななんていうのは今の若い人に言ってもわからないかもしれない。
これ月刊って書いてあるけど月に買い出しはなかったかな?
最初の立ち上げの時は月刊だったみたいなんですけど、それからどんどん反響が広がってこれも載せてあれも載せてというような形になっていて、
それで一時各週刊、だから2週に一編発行されてたみたいですね。
大谷さんこれ買って読んでました?本当に買って読んでました?2週に一編。
すいません、私はちょっと立ち読み組だったんですが、申し訳ないんですけど、最近こんなのがお店でオープンしたんだなとかっていうのを見ていたんですけど、
多分ですね、この取材でいろいろ話し聞いても思ったんですけど、前はもちろんインターネットとかがなかったんで、これを読めば街の今がわかるみたいな。
そうですよ。
意味でやっぱりみなさん読んでたし、手に取ってあったなっていう。だから新オープンのお店っていうだけじゃなくて、今ライブハウスでどういうライブをやってるかとか、
そこに出てきてるアップカミングの歌手とかバンドとかがこういう人たちが来てるとか、ありとあらゆる今トレンドのものをここに詰め込んでいる、しかも福岡でっていうような雑誌を作ってたんだなっていう感じですね。
ウェブ公開の背景と目的
これがウェブ公開なんですよね。何年から何年くらい?
取材したときは創刊直前のゼロ号っていう。
それが何年?
創刊1976年。
76年に創刊されてゼロ号からウェブ公開されてたのは2003年くらいまでは全部無料で公開されてたんですけど、これ随時というか順次膨大にあるので少しずつ追加していってますっていうことだったので、これからその先の分も随時追加されていくんじゃないかなと思います。
2003年までか。僕には今ぴったりの状態ですけど。
そうですね。
完璧ですね。全部読めますね。
もうこのお店あったけど今なくなっちゃったなとか、今本当に天神ビーク版でもう街の様子が全く変わっている状態なので、天神こんなビルあったなとか、その中にこういうもちろんその新オープンのお店とかで新しい商業施設はこれだみたいな感じでフロアガイドをずらっと並べてたりするので、
当時の街ってこういう風なショップが並んでたんだなということもすごく定点観測としてわかるんじゃないかなと思います。
ちなみにですね、この横斑振る舞いをするきっかけ、なんでウェブ公開そのバックナンバーをってことになるんですか。
そうですね。私がそのSNSでざわざわって見つけたのは去年の秋ぐらいだったんですけど、実はコロナ禍のあたりでじわっと公開を始められていて、というのは今そのシティ情報福岡さん、創刊当時の出版社さんはプランニング就効者さんという出版社だったんですけど、
そちらの方はもう経営を終えてしまっていて、2000年代に経営が譲渡されていて、今はパソコン販売のアプライドさんっていう企業が子会社としてこちらの方を運営されています。
それで本業が別としてあるというところと、そのシティ情報福岡としてもこのシティ情報福岡ブランドを使って、例えば自治体とタイアップしてシティ情報かすがしいとか、そういうタイアップの雑誌を作ったりとか、そういう別事業として収益化がとてもできているので、
ある意味バックナンバーを無料で公開しても、別に商売の妨げになってしまうということは全然ないので、貯めて持っておくよりは、せっかくそのコロナ禍でおうち時間とかっていうことも言われだしたので、皆さんに広く公開して広く、昔読んでたら懐かしいというまさに横山さんみたいな人もそうだと思うんですけど、
そういう人も改めて読むことで、今もシティ情報福岡って発行されてるんだ、新しい語もちょっと読んでみようかなとかっていうそういう何かきっかけ作りとして、このウェブ公開というのができないかなということで始められたっていうことでした。
読者と編集部の反応、新編集長の就任
そういうこと、読者の反応どんな感じなんですか。
そうですね。
ウェブ公開をしましたね。
それで、実際の反応としては、やっぱり昔読んでらっしゃった読者さんから、昔実はこの号に載ってたんだけど、もうちょっと自分の手元はなくしちゃって、読めなくなってたので、読めて嬉しいとか、やっぱり昔の読者さんっていう方が多かったみたいなんですけど、ある意味その外の反応っていうだけじゃなくて、
今の編集されている皆さんっていうのは、かつて発行していたときのメンバーっていうのはもう誰もおられなくって、皆さん新しく入られた方たちばっかりなんですけど、改めて、昔はこのシティ情報福岡を読めば何でもわかるって思っていた、そういう気持ちで読んでくださった読者の方がいらっしゃったんだなっていうことを改めて再認識というか、
再評価、自己評価が高まるっていうか、やっぱりそれだけその影響力があった雑誌を今引き継いでいるから、やっぱりそれだけに恥じないというか、やっぱりいいものを作ろうっていう意識が改めて高まったっていうことなんですよね。
ちょうどそのシティ情報福岡さんも、去年新しく編集長の方が就任されて、初めてアプライドさんから這い抜きで就任された編集長さんっていうことだったんですよね。
じゃあそれまでは?
それまでは前のシティ情報福岡さん、時代の方が残ってあったりとか、編集をしていた人が上に上がってっていうケースだったと思うんですけど、その新しい編集長さんは新卒でアプライドさんに入社されて、その後シティ情報福岡に移って広告の営業とかもされて、
その上で編集長になったっていうことだったので、初めてそういう方が編集長になって、改めて自分たちのアイデンティティみたいな形で見直して、やっぱりできることは自分たちが今の情報っていうものを充実させることで、
あの読者さんにアピールするんだっていうことを再確認されて、載せる店舗数なんかもその週に前より倍に増やされたとかっておっしゃって、だいたい倍ぐらい増やされたっておっしゃってるんですけど、やっぱりそれで新しく店舗数を増やすことによって、やっぱり物理的に知ってるお店が載ってるっていう数が増えた分、ちょっとずつその部数も上がってきてるんですよっていう話をされて、
だから今どうしてもその紙の媒体も本当皆さんSNSで検索してお店に行くつくっていうことがケースがもう大半になってると思うんですけど、やっぱりその自分の知ってるお店がその紙の形で残ってるっていうか、でその人の思いを深く掘り下げた記事が載ってるっていうことで、その媒体の価値も高まっていくんだなーっていうのはちょっと、
創刊メンバーとの偶然の出会い
それはほんと雑誌の話なんですけど、ちょっと新聞の話にも帰ってきますよね。
そうですよね。
紙媒体ですよ。数が増えたなんて、どこ行ったって聞いたことないですよ。
そうですよね。だから私もそうなんだと思ってちょっとびっくりしました。
へーすごいですね。で、さらに記事は続いていて、この50年前の創刊に関わった方っていうのに会えたわけでしょ?
はい、これ偶然だったんですよ。
あ、偶然?
はい、探したというか、バックナンバーを見ていたらそのゼロ王という、プレ創刊号というふうに銘打ってたんですけど、それを見ていたら知ってる人が載ってると思って。
そういうことですか。
それは、私が文化部で文芸を担当している時期がちょっと長かったんですけど、詩を書かれている詩人さんで、劉秀美さんという方がいらっしゃって、その方が載ってたんですよ。若い時の。
で、あ、劉さんが載ってると思って、で、劉さんなんか載ってるっていうことはきっとあのその当時読んでただろうから、なんかその当時のその雰囲気とか何かご存知のことないかなと思って、ふわっとした気持ちで、あのちょっとぜひお話聞かせてくださいって言って行ったんですよね。
それで、で、劉さんと、あ、劉さんがその、あ、大谷さんが思ってるような話を私できるかどうかわからないんですよねっていう話をされて、いや、このゼロ号ねよく見つけましたねって、だって全然出回ってないの、私桜なんですって言われたんですよ。
で、え、どういうことって思ったら、あの劉さんその当時就労者印刷さんにお勤めで。
プランニング就労者の親会社ですね。
親会社ですね。
印刷屋さんですよね、印刷会社。
もともと。で、当時その印刷会社で社長秘書をされてあったと。
で、その副社長がその雑誌を立ち上げようっていうことで、ちょっと資料をポンって置かれてたみたいで、その資料をコピーするのも秘書の役目なので、コピーしてて、あ、なんかちょっと面白そうなこと始まるんですかねみたいに声かけられたら、
これやってみるっていうふうに、その秘書だったんだけど声かけられて、その専研隊の7人っておっしゃってたかなに入れられて、こういう雑誌を作るので広告出してくれませんかっていうふうに立ち上げのメンバーにその劉さん入ってたそうで。
で、その時の話から聞けるとはまさか思ってなかったので、一読者が聞けると思ったら、ガチの当事者だったっていう偶然だったんですけど。
劉さんが載ってましたというのは、載ってたっていうのは、いわゆる何だろうか、載ってただけなんですよね。作ってたって言って載ってたわけじゃなくて。
載ってたページはサークル紹介のページで、女性が生きるとは、フェミニズムのことなんですけど、そのサークルをやっていて、みんなで意見交換してます。皆さん仲間集まりませんかっていうふうな呼びかけのページだったんですよね。
だからそう思って聞きに行ったら、実はやっぱりこういうものを作るっていう時の見本がないといけないので、その時は読者に声かけてこういうのを作りますっていうふうには作れないので、ある意味自分たちで企画してこういうページになったらいいなということで見本を作っている。そこに載ってたっていうことなんですよね。
なるほど。で、当然プレだから。
ほとんど出回ってない。
だから見本として広告を出してくれる企業さんに見せる本として出ていたので。
だから創刊2号のあたりだったかな。プレ創刊号も読みたいという読者からの声が来てますけども、ほとんど配ってしまってありませんすいませんみたいな記事も載ってたりしたんですけど。
だからそうやって0号として作ったやつがどんどんなんか読者さんからこう指示の声が集まってて、こういうページも作りたいとか新しくページが立ち上がったりとか、なんかそういう話とかも聞けたので、全然予想してなかったんですけど面白かったです。
そうか。だから大谷さんはここでリュウさん載ってますよね。覚えてますか?取材されたことを。
そうそうそうそう。
その時就効者の方が多分取材されたと思うんですけど、どんな様子でしたかって聞きに行ったつもりですね。
例えば読者として当時シティ情報福岡さん、それまでなかった雑誌が立ち上がるっていうことだから、どういうふうに受け止めたのかなっていうその受け止め側の気持ちを聞けるかなと思っていったら、ガチの立ち上げた人の一人だったっていう感じですね。
で、リュウさんのことは知ってたけど、そんなエピソードは知らなかったってことですね。
で、よくよく考えてみたら、確かにリュウさん就効者にお勤めだったなっていうのを後から思い出しました。
それまで忘れてたんです。私、詩人としてお目にかかったことが大半だったので。
そうかそうか、そういうことなんですね。
福岡・九州の雑誌年表と休刊の時代
それこそ記事ではですね、懐かしい雑誌の年表、福岡とか九州の載せてますけど、大谷さんこの中で思い入れのある雑誌って何かあります?
雑誌の年表というのが、これ一応タウン市を中心に並べてるんですけど、ずらっと創刊と旧刊と見えたらいいかなと思って並べてみたんですけど、
これ作るの意外と大変で、というのは創刊する時は創刊しますっていう記事が載るじゃないですか。
でも旧刊する時はプレスリリースとかが出たとしても、例えばその出版社自体なくなってしまうってなったら、その旧刊しますっていうプレスリリースももう消えてなくなっているので、
なんかウェブ販売しているところにログが残っているやつから推察して、この時期に旧刊しているはずだとかですね。
そういうのを拾って並べてたやつなんですけど。
でもなかなかちょっと寂しいなと、やっぱり2000年代からかな、やっぱり2000年代、2010年代からやっぱり旧刊旧刊旧刊ですね。
そうですね。だからやっぱり立ち上げの時は、この表だと1972年のピアオ創刊を最初にしてるんですけど、やっぱりピアオがまさに今自分たちが、学生さんたちが立ち上げた雑誌だったんですよね。
そうなんですね。
で、学生さんが関心がある、今映画何をやってるとか、ライブ何をやってるかっていう情報を集めた雑誌がないっていうことから立ち上がっていて、
それがその中央だけじゃなくて、やっぱり地方でもそういう情報を求めてるっていうことで、シティ情報福岡さんだったり、ピアノ関西版とかが創刊されていて、
それから街の情報っていうだけじゃなくて、ちょっと角度をつけた旅に特化した雑誌だったり、文化に特化した雑誌だったりっていうのが創刊されていて、
90年代入ると街灯スナップ、ストリートスナップみたいなものが、NOですね。NOさんとかが。
これもね、やっぱり友達とかが載ったりするわけですよ。
大騒ぎですよ。
ちょっと大名を歩いて声かけられて、街で写真を撮られるみたいな。東京だったら原宿なんでしょうけど、福岡では大名だったりした。
大名だったり、稽古公園だったりしてる。もう写真ばっかりですもんね、この雑誌って。
そういう雑誌が立ち上がってて、でもやっぱりそれはシティ情報福岡さんが前回というか前進の会社からその事業が撤退ってなった時もそうだったんですけど、
2000年代の半ばぐらいにすごくフリーペーパーが流行りして、もちろんネットもあって、だから情報がただで手に入るっていう時代になってしまって、
そうなると、じゃあわざわざ雑誌買う意味って何?みたいになってしまって、それでなかなか厳しくなって休館休館っていう風になっていったんだなっていうのが、その表を作ったことで何か見えてきましたね。
そうですよね。結構そうだな、時代だなと思いながら。この表だけで僕も30分1時間喋れるんです。
そうなんですよね。多分この表、これが情報誌に投下したやつだったんですけど、これにファッション誌とかも入れていくと、もう今はファッション誌もどんどん休館して、先日ビビさんだったかな、が休館とかっていう話もあったりとか、
ミーナとか、ファッション誌も2000年代に力があった雑誌とかも休館していってるなっていう、雑誌がすごくますます厳しい時代になってるなっていう中で、今雑誌出す意味って何だろうっていうことを考える上でも何かちょっと記事を書いてみたんですけど。
現代における雑誌の価値と新聞の未来
結構懐かしい気持ちとか、なんとか入り交じながら読ませていただきました。ありがとうございます。ちなみにそれこそ、シティ情報福岡さんは何のかんので、今でももちろん続いていらっしゃって、創刊50周年ということなんですけど、雑誌って令和の今どうなっていくんでしょうかっていう最後の質問なんですけど。
はい。本当だから、雑誌やっぱり情報をただ羅列してるだけのものっていうのは本当どんどん厳しくなっていて、やっぱり手元に残しておきたいという価値があるというか、一時その雑誌にすごく付録をいっぱい付けるっていう、今もちろんあるんですけど、それはもうもはや雑誌っていうより付録を買わせるみたいな形になっていて、
でも、なかなか付録もこれだけ増えていくと、別にいらない付録買ってもしょうがないしっていう風になって、それもやっぱり頭打ちになってしまう中で、やっぱり自分の手元に残しておきたい写真があるとか、その人を掘り下げた深い記事があるとか、あるいはなんかちょっととてもオシャレに作られていて、インテリアとしても残しておきたいとか、
何か手元に残しておくっていう意味があるものじゃないと残らないし、だから昔は雑誌って言ってもある意味情報ある程度古くなったらもう捨てるっていう感じになってたんだと思うんですけど、雑誌も本と同じように自分の手元にこれまでも置いていきたいなっていう風にならないと、なかなかどんどん入れ替わるネットの情報に立ち打ちできないというか、
ちょっとそこと澄み分けていくやり方をしないと残すっていうことは難しいんじゃないかなって思いますね。なんか全部話しながら全部新聞に刺さってくる話なんですけど。
とはいえ新聞は情報を命のところもあるので。
今で言う手元に残しておくっていうのはなかなかそういうことでもないですし。
そんな中でも買ってもらう新聞って何だろうっていうのもやっぱり考えながら作っていかないとやられるなっていう感じですよね。
雑誌制作の楽しさと番組の締めくくり
僕も野暮、山野暮雑誌を携わったことあるんですけど、新聞作るのが雑誌作るのめちゃくちゃ楽しいんですよ。
あ、楽しいですか。
楽しいんですよ。やっぱ楽しいんですよね。
それは良いことですね。
良いことですね。
なんか野暮もやっぱり山に特化して、やっぱり登る人が手元に置いておきたい雑誌だったですよね。ちょっともったいないですけどね。
そう、もったいないですけどね。今また書籍として年に一度のペースで発行してるんで、あれはあれでありかなと思うんですけど。
雑誌作るの楽しかったなとちょっと思いながら。
ということで、多分普段より長い時間になっちゃいましたが、ここまで聞いていただきありがとうございます。
今後とも番組の応援と西日本新聞、スマホアプリ西日本新聞MEのご協力をお願いいたします。
本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
依頼できるアナゾン特命取材班速報!
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