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【S2-11】親の老いに戸惑う40代。"プレ介護"を意識し始めた話|プレ介護シリーズ
2026-06-11 31:57

【S2-11】親の老いに戸惑う40代。"プレ介護"を意識し始めた話|プレ介護シリーズ

最近、「プレ介護」という言葉を知りました。

本格的な介護が始まる前の段階。

まだ元気だけれど、少しずつ見守りやサポートが必要になってくる時期のことだそうです。

40代になった今、その言葉がとてもしっくりきました。

今回のエピソードでは、

・親の老いを感じた出来事

・親の弱音に戸惑う気持ち

・介護と自分の人生について考え始めたこと

についてお話ししています。

介護が始まったわけではない。

でも、親がずっと元気でいてくれるわけでもない。

そんな現実に少しずつ向き合い始めた40代の記録です。


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サマリー

このエピソードでは、40代のパーソナリティが「プレ介護」という概念について語っています。プレ介護とは、本格的な介護が必要になる前の段階で、親の見守りや軽いサポートが必要になる時期を指します。パーソナリティは、両親が健在で元気なものの、加齢による身体的な変化や記憶の曖昧さ、弱音などを感じ、親が老いていく現実と向き合い始めています。特に、親が子供のために何かをしてあげたいという気持ちを持ちながらも、それが叶わなくなっていく様子に複雑な感情を抱いています。また、親の老いを受け入れ、自身の人生とのバランスを取りながら、情報収集や兄との連携を始めている現状についても触れています。親の成長する姿に感動する一方で、甘えさせてもらう娘の立場から卒業していく寂しさも感じていると語り、親との関係性の変化と向き合うことの重要性を伝えています。

プレ介護というテーマへの導入
みなさん、今日の調子はいかがですか? 私たちは人間になろうとしているパーソナリティのみぃです。
中年の危機をきっかけに、自分らしく生きていくリスタートの途中です。 今日もみなさんと一緒に、少しずつ考えていけたらいいなぁと思います。
さて、今日はですね。
これもまたずっと話したかったことを、ようやっと話そうかなと思います。
今日は、プレ介護についてお話ししてみようと思います。
この介護ですよね。
今回はプレ介護なんですけども、介護のお話っていうのは、ミドル世代にはね、これから長きに渡り付き合っていく話題なのかなというふうに思っておりますので、
今回をきっかけにね、またその都度都度話していきたいなと思うんですが、
今日は、そうシリーズ化の導入会みたいな感じですかね。
話すのね、結構ね、なんていうの、気持ちが入っちゃうからさ、難しいんですけれども、
プレ介護についてちょっと話してみたいと思います。
私たちが話している
プレ介護。
ずっと話したかったんですけれども、どう話せばいいのかすごく迷っていてですね、
シーズン1ではちょっと話せなかったんじゃないかなと、もうちょっと忘れちゃったんですけど話したかどうか話してないような気がしますね。
まあこの介護については気がつけば、
そうね、もう4,5年ぐらいは悩んでいるんじゃないかなと思います。
でも最近そろそろこれはこの介護っていう話題ですね、特別な話じゃなくって、
見ないふりをしている場合でもなくって、
当たり前に起きる人生の話として考えたりね、話したりとかをしていかなきゃいけないタイミングが来たのかなと思うようになりまして、
まあなので今日はね、その1回目として話してみようと思っております。
さっき伝えたようにね、私はこの介護という言葉というか、
親が置いていっているという状態を正直あんまり見たくなかったというか、見ないふりをしているというか、
そういう自分がいたなというふうに今思っていてですね。
でもだんだんね、そのやっぱり親がゆっくり年老いていくという状況を見せてもらえていたから、
今もそうなんですけど、ゆるやかに特別なことじゃないっていうふうに思えるようになってきてるって感じがしてですね、
今なら話し始めることができるかなと思って話したいと思っています。
なので前提としてはあんまりこう重たすぎない感じに話していきたいなとは思ってるんですけれども、
でも素直に言うと私の気持ちは結構複雑というか、そんな感じではありますね。
まず最初に介護とは言わずにプレ介護という言葉を今使っているんですが、
プレ介護の定義と自身の状況
プレ介護という言葉はですね、割と最近、今年とかに入ってからなのかな、知った言葉だったんですね、私は。
プレ介護というのは本格的な介護が始まる前の段階のことを指す言葉のようでして、
要介護認定までは行かないけど、見守りとか軽いサポートが必要になってくる状態のことを言うそうなんですね。
私はこの言葉をした時に、今の自分でこれかもってちょっとすごくしっくりきたんですね。
私は今45歳で、両親はありがたいことに健在です、元気です。
実家は今私が住んでいるところから電車で1時間ぐらいのところにありまして、兄兄弟が同居してくれているので、
そういう意味では恵まれている環境に私はいるのかなとは思っています。
夫も私と同世代で、義理のお父様はすでに亡くなっていまして、今義理のお母さんが一人で住まいなんですが、
お互いの両親はまだ介護が必要という状態ではなく、それほどではないという感じで、
各々自分のことはまだ自分で全然できるし、楽しく暮らしてくれているかなというふうには思っているんですが、
でも確実にできないことっていうのが増えてきているなというのは、ここ数年ですごく感じるようになりました。
親の老いを感じる具体的な出来事
だから自然と連絡する頻度っていうのも本当に増えたし、気になることもねすごい増えましたね。
例えば前だったら両親とかお母さんとかね、遊びに行って会った後に思わなかったこととか思うようになって、
例えばちゃんと電車に乗って帰れているのかなとか、
あとは特にね私が思うのは、天気が悪くなる時、低気圧とかで、私自身もちょっと頭痛するなみたいな時とかあるんですけど、
そういう時とかに健康に不調が出てないだろうかみたいなことを感じるようになりましたね。
完全に近くにいて見守っているわけではないんだけど、離れて暮らしていても、
自分の心が両親に対して大丈夫かなとか不安ないかなという見守りみたいな感覚が、
私の生活の中に少しずつ当たり前のように入り込んできている感じがありますね。
今日は主に自分の両親の話をしようと思うんですけれども、
父は80代前半で、母は70代の半ばなのかなという感じですが、
ここね本当に3,4,5年でやっぱり雰囲気っていうのは変わってきていまして、
2人とも基本的には元気だし、自分たちのことはできる状況なんですが、
相変わらず喧嘩とかもしながら仲良く暮らしてるって感じですが、
一番感じるのは父に対しては割とがたいのいい人だったので、
昔より体がね小さくなってきてるなーっていう気はしてる。
年齢が年齢っていうのもあるのかなと思うけど、
やっぱ体にこうやって小さくなるっていう形で表現されていくんだなーっていうことが増えてきました。
70代の時は思わなかったけどね、
やっぱ80に突入してから急に思うようになったかなっていう感じと、
あとこれも80に突入してからって感じですけれども、
耳がかなり遠くなったみたいで、
あとちょっと糖尿病患っているっていうのもあるんですけど、
目も少し不調が続いてるみたいで、
この間も番組で少し話したんですけれども、
変なサプリの会社に目が見えるようになりますよみたいなので、
ちょっとやってみたいと思って電話か何かしちゃったんですかね。
それで騙されそうになって、それもすごく落ち込んでたし、
そのこと自体も私はやっぱり親に対しては、
今はもうそこまで思ってないけど、自分を守ってくれてた人だったから、
これから私たちがね、
両親が安心して暮らしていけるように守っていくという立場に変わっていってるっていうことに対して、
嫌じゃないんだけど少し寂しいっていうね、そんな気持ちとかも出てきてて、
ちょっとねやっぱ切なくなったりとかする機会というか頻度っていうのは、
出てきたし上がってきてるなーっていう感じですね。
あと母はね、少し記憶が曖昧になるっていうことが増えたなと思っていて、
例えば一緒に遊びに行ったりしてても、知っているはずの場所なんだけど、
あれここどうだっけみたいな雰囲気になって、
それを隠そうとするんですよね、自分が混乱してるっていうのを。
で私が大丈夫みたいになっても、うん大丈夫だよっていうこう、
なんていうのかな、大丈夫だよっていう雰囲気をちゃんと出すんだけど、
でも明らかに混乱してるなーみたいな時がたまにあったりとかね。
それはどうやらね、私が見てる限りですが、
なんていうか、まだちょっと両親自営業で仕事とかもしてるので、
ちょっと疲れがたまってるのかなっていう時だったりとか、
あと天気がね悪い時とかに、
そう多分体調とか疲労も関係してるのかなって思うんですが、
そういう混乱がね母親には見られる時がたまにあります。
親の弱音と複雑な心境
でそういったこう体調とかね、
の変化に気がついて少し私も、うんって思うっていうのもあるんですが、
一番ぐっと来るのはね、ぐっと来ちゃうのはね、
やっぱり弱音が増えてきてると思う時かなと思います。
さっき言ったみたいに、私にとって親っていうのは、
私を守ってくれるっていう立場の人たちっていうのを、
無意識的に思っていたから、
やっぱ私より強いし優れてるし、存在が大きいんですよね。
でも最近はもう疲れちゃったなーとか、
年取るって嫌だねーとか、そういうことをたまにね、
言ってくるんですよね。それはまあ当たり前のことなんだけど。
でもこれはね本当に切ないエピソードなんですけども、
一番私が喰らったってなったのは、
父親も母親もどちらかというとやっぱり、
高度経済成長みたいなね、時だった時の人なんでね。
やっぱりこう金銭的に裕福であるっていうことが、
人生の幸せだというふうに思っている価値観で生きてきている人たちなので、
やっぱり母はすごく買い物が好きなんですね。
今はそのとはいえやっぱり収入も減ってきているし、
興味関心というのも少なくなってきているから、
昔みたいに買い物が好きみたいな感じではないんだけれども、
でも以前、今年に入ってたまたまデパートに行った時にね、
素敵な洋服があって、それを私にすごく似合いそうだっていうことを言って、
ちょっとお母さんのテンション上がったんですよ。
その後に私に今お金があったらね、買ってあげたいって思うくらい可愛いなって思うけど、
でもまぁ少し高いなっていうふうに言われた時に、
私ちょっと本当に泣きそうになっちゃって、
なんていうんですか、もちろん私はもう自分が欲しいと思ったものは自分である程度は買えるから、
親に対して金銭的なサポートを求めたりとかしてないんだけど、
でもきっと母は、まだ母の中には私、子供に対して何かをしてあげたい、
そういう存在でいたいという気持ちがまだあるんだなっていうことをすごく感じて、
なんかちょっとその、なんて言うんですかね、
母親は母親で、自分が年老いて、
以前のような親としての役割を担えないみたいな感覚で、
寂しさを感じてたりするのかなって思った時に、
もちろん私はそんなことを求めてはないし、
できればそういうことを悲しいと感じてほしくないなとは思いながら、
私が悲しいというふうに感じていたり、
なんとも言葉にできない気持ちを感じているのと同じように、
母親も感じているんだなっていうのを感じてね、
ちょっと、うーんっていうふうにはね、正直になります。
まあね、言葉にならないっていう、なんですか、気持ちのオンパレードなんですよ、私は。
親の老いへの感情的な反応と向き合い方
どうでしょう?皆さんはどうですか?
いや多分ね、プレ介護の入り口にいるからかもなぁと思いますね。
実際に本当に介護が必要な状態になったら、
まあそういうふうになる瞬間もちろんあると思うんだけど、
とはいえやんなきゃいけないことがあるからね、
またちょっと違う感覚になるんだろうなっていうふうには思うんですが、
人生ってこうなんて言うんですか、
パッと言い切れないこととか、言葉にできないこととか、
比較できないこと多いよね。
これならこっちの方がマシとか、
若い時は結構言ってたなと思うんだけど、
今はもうマシとかそういうんじゃねえなみたいな、
まあいろんな経験をしてるなと思いますが、
私はあの末っ子なのでね、
多分人より親に甘えてきたタイプで、
で、兄もねすごく優しい人なんですね。
で、兄の奥さんもすごく優しい人で、
私はそういう意味では家族にすごく恵まれて、
夫もちろんそうだけど、すごく優しくされてきたんです、親にね。
まあそのこと自体に、
じゃあいいじゃんって思う方はもちろんいらっしゃると思うんですけれども、
まあ私はそれは恵まれていたなというふうに本当に思っているんですが、
親やその兄とかにね頼ることで、
すごく安心したり愛情を感じたりしてきたことが、
すごく思い出の中にあるので、
だからこそ親が弱音を吐いたりとか、
小さく見えてきているっていうことに、
心が過剰に反応してしまうところがあるのかなと思います。
で、頭ではもうそりゃ年齢的に当然だよねっていうのはわかってるし、
もちろんこれからは私が支える側になるんだっていうふうにももちろん思ってるんだけど、
そう何かあったらもちろん守りたいし、
安心してね両親が生きていけるように寄り添っていきたいとか、
兄とも協力してやっていきたいとかね。
でも感情が追いつかないっていう時があるんですよ。
こう込み上げるようにね。
親が老いていくっていう現実に心が置いていかれているような感じというか、
普通に生活している時に急に涙が出そうになることもあるし、
逆に私は今何ができるんだろうって、
自分の無力感に落ち込むこともあるってことはありますね。
できれば両親に悲しんだり不安だったり、
自分の老化に気がつかないでほしいなみたいな気持ちがあるんだけど、
そんなんもうさ、両親は両親の人格があって人生があるわけだから、
しょうがないんですよね。
親が悲しむことをコントロールできないというか、排除できないから。
それはもうご本人たちのね、人生を感じることを、
きっとそういうことを感じてるだろうなと思いながら、
自分が何ができるのかなとか、自分は今何もできないなとかね、
思うことあるんですけれども、
将来への備えと仕事・人生との両立
最近は夫ともね、数年後には私の実家の近くに来すことも考えようかっていう話をしていて、
夫がね、実家が遠方なので、どうしても仕事の都合上そっちには来せないので、
せめて私の実家のそばに来そうかとか言ってくれて、
本当に優しいなって本当にありがたいなと思うんですが、
そういうことを話していたりとか、
もし本格的な介護っていうのになるようだったら、
兄とも相談しながら、両親に使う時間を増やしていきたいなと思っていて、
まだ解像度が低くて想像できないことも多いけれども、
それに向けて今の自分の仕事、キャリアをどうしていったら、
その介護との両立っていうのができるんだろうとか、
兄とどんな話をすればいいのかなとかはやっぱり想像し始めてますね。
介護しながら仕事をして、私の場合はバレーとかね、
ポッドキャストとか文章を書いたりとか、いろんな趣味もあって、
自分の人生もやっぱり生きていきたいわけなんですね。
そのタイミングタイミングによっては、
そのバランスっていうのが非常に変わっていくっていうことはあるだろうけど、
それはきっときれいごとじゃ済まないだろうし、
やっぱりね、っていうこともいっぱいあると思うんですね。
しかもやっぱり介護って、私自身の体力とか気力も落ちていく。
落ちていってるのを今感じてるからね。
その上でやることだし、私たちは子供いないですけれども、
育児と重なる方たちもね、いらっしゃると思うし、
だから最近はね、少しずつ情報収集とかは始めてますね。
どんな制度があるのかなとか、介護サービスとか。
この間、夫の会社からね、その介護のガイドブックみたいなのをもらったりとかして、
そういうのも本当にありがたいなと思いますね。
まだ全然ね、必要に迫られてるわけではないけど、
知っておくだけでもやっぱ違う気がしてて、
その時がね、いきなり来てから、全部抱えるのはやっぱしんどいと思うんですよ。
だから、まあね、いろんな人生があるし、
親との関わり方っていうのは人それぞれあると思うから、
何がいいとかっていうのは、本当に私は自分以外のことには言えないって思ってるんだけど、
親の老いの過程を見守ることの意義
でも、私が今ラッキーだったなって思ってるのは、
実家に両親と兄が一緒に暮らしてくれてるっていうことじゃなくて、
両親が年老いていっているっていうその過程を見せてもらえてるってことなのかなっていうふうに思ってるんですね。
これが、久しぶりに会って急に、あ!って親の老化を感じてたら、
もうちょっと衝撃的というか、
何て言うんですかね、両親とか兄とかに気持ちを向ける前に、
自分の心のケアの方が大事になってたんじゃないかなって思うんですよね。
たぶん、ショックをすごい受けちゃって、
えー!みたいな感じたくないとか、ちょっと現実逃避しちゃったりとか、
でも悲しいとか悲しんでる自分にフォーカスしたりとかする間時間というか、
まあ何て言ったらいいんだろうね、立ち直るじゃないけど、
でもそれに近い感覚にエネルギーを投下しなきゃいけない状態になってたんじゃないかなと思ってて。
これからもっとね、そういうショックみたいなことは増えると思うけど、
というかやっぱりその、徐々に見せてもらえてるっていうのは、
ラッキーなのかなっていうふうに最近思うんですね。
なのでもしね、あのどっかで気がかりだけどなぁみたいに思ってる方がいたら、
どうでしょう、両親の連絡を頻繁にしてみるとか、
様子を見に行くとか、話聞くとかはしてみてもね、いいのかもしれないなというふうに思ったりしますね。
私もやっぱ仕事はしてるし、ご存知の通り趣味とかもね多いんで、
やっぱちょっと忘れちゃったりとかするんですよ。
でもそれはしょうがないなと思ってて、私は私の人生も生きなきゃいけないからね。
でも、例えば週に1回も連絡しないってことがないようには、
それこそスケジュールのタスクとしてね、見れてたりはしまして、
親に連絡するっていうのは毎週タスクとして私は課している。
でそれをちょっと冷たくないですかって正直言われたこともあったんですよ。
親に連絡するっていうのをタスク化するのはなんか冷たく聞こえるって言われたこともあったんだけど、
その感覚もわかるなと思ってて、
でも私はそれをしないと多分忘れちゃう。
自分の人生に集中しちゃってっていうのもわかってるんで、
まあ親にとっては連絡来る方が多分嬉しいと思うから、
私は未だにね、必ず毎週親に電話をするとか、
LINEは週に何回以上するぞみたいな、そんなに細かくタスク化はしてないけど、
でも週に1回必ず電話するとかっていうのはちょっとタスク化にしているっていうのと、
月に1回必ず会いに行くっていうことはちゃんとするっていうのは決めてやってたりはするので、
やっぱね、あとは兄と連絡して状況の共有してもらうとかもすごく大事なのかなって、
これね結構思ったんですけど、兄はやっぱり親と一緒に住んでいるから、
まあ私と違う角度で親の老化の過程を見ている。
でも兄が気づいていない老化の状況とかを私が気がついたりとかっていうのがあって、
近くにいるその親族と遠くに離れている親族の目線みたいなのをお互いに共有するというのはとってもいいななんてね、
最近思ったりもしているので、兄弟との連絡っていうのも取っておくっていうのはいいことなんじゃないかななんていうふうに思ってたりしますね。
リスナーへの呼びかけと今後のスタンス
この番組を聞いてくれる方も同じ世代の方多いかなって思っていて、
逆にその介護の先輩とかもいらっしゃると思うので、
何かこういうことあったよとかこういうことしとくといいよみたいな助言などもねいただけたら嬉しいなと思うし、
それこそその助言いただいたこととか内容とかも含めてみんなのね参考になったらいいなと思っているので、
みんなでねこの介護とかっていうプロセスを乗り越えていけたらいいななんていうふうに思っています。
できる限り楽しく話したいとか言ったけど、しっかりとしんみりした感じになっちゃいましたかね。
そう私寝が真面目なんです。
そうでもねなんですかねあの本当にここ最近はねあんまりネガティブにも捉えなくなってきてるような気はしてるのと、
やっぱり両親と一緒に過ごせる時間っていうのもエンドレスじゃないけども、
別に今日いきなり終わるもんでもない、終わるかもしれないもんでもあるが、
なのでなんていうかね一緒に過ごせる時間をやっぱり楽しみたいなっていう方に私は目を向けるっていうことは選択し続けたいし、
一方で現実逃避もしたくないなっていう感じで、
だからできること知っておけることはやっておきたいかなっていうスタンスですかね。
なのでプレ介護の入り口としてはできる限りこのスタンスに両親に連絡をする、
あとできる限り今の状態を知るようにするみたいなことが今私がやっていることなのかな、
あとできる限りでその介護の情報をキャッチできるようにしとくとかかながしていることなのかなと思いますね。
でもねこの間、両親とご飯を食べてた時に、80前半の父がね、ふとね、
俺はまだ成長してるって言ったんですよ。
だからねその言葉結構印象に残ってて、
年を重ねても人っていうのは向上していくというか変わっていくし、
学ぶし成長するんだなみたいなふうに思って、
すごいなって自分の父親ながら思いましたね。
なんかまだね学ぶことがいっぱいあるし、
自分の課題を改善できることがたくさんあるみたいなことを言っていて、
10年前にできなかったことが今やっとできるようになっているから、
俺はまだ成長してんだみたいなことを言っていて、
ちょっと自分の親ながら感動しました。
嬉しかったですね。
人間としての親の姿と娘としての卒業
これからも両親との距離っていうのが、
前とは違う形で近くなっていくのかな。
そうなるとね、きれいなことばっかりじゃなくって、
腹が立つことっていうのは山ほどね、やっぱり両親のことというか親のことなんでね、
あると思うし、逆に親のことだから悲しいこととかもすごくあると思うし、
もちろん大変なことも絶対増えると思うんですけれどもね。
でも同時にそうなんだよね、
この間の父親の俺はまだ成長してるっていう言葉からもね、
今まで知らなかった親の姿、
親っていう役割ではない、役割を通しての親ではなくって、
人間としての親の姿を見たりとか、
そうして学ぶこともきっとね、たくさんあるんだろうなとも思っているので、
そうね、だから今日この話をしながら、
私は今ね、甘えさせてもらう娘っていう立場を少しずつ卒業していく寂しさっていうのを、
一番に感じているのかもしれないなと思いましたね。
はい、今日はこの辺で終わりにしようと思います。
中年の危機ってしんどい時期でもありますけれども、
これからの人生を考え直す一つのタイミングでもあるのかなって思います。
この番組ではそんな過程をね、
私自身の体験を通じてお話ししていきたいと思いますので、
それをもってみんなでいろいろ考えていけたらいいなと思っています。
もしよかったらまた次回も聞いていただけたら嬉しいです。
感想などがあれば、ハッシュタグにんかむでつぶやいてもらえると嬉しいし、
フォームもあるのでお便りお待ちしております。
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指針みたいな感じでお手紙いただくことも全然可能です。
それではまた聞いてくれたら嬉しいです。
バイバイ。
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