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はい、今日も宮崎の時間をやっていきたいなというふうに思います。 この番組は、宮崎で活躍される方に来ていただいて、お話をお伺いする番組となっています。
お届けしている場所は、街中の新公民館VOL.ポッドキャストルームより、美創空間大ヒマがお届けしています。 というところで、本日のゲスト、前回に引き続きで、宮崎衣服サービス代表の伊藤さんです。
よろしくお願いします。 よろしくお願いします。
夢が2回目叶いまして。
すみません。
全く、伊藤さんのイメージが違うんですよ。多分これ、「え、そうやったん?」っていう人、結構いてると思いますけどね。
本当ですか?
まず、ちょっとこんなにスレな話ですけど、大学行ってるイメージが出なかったですね。
本当ですか?
しかも、ワセタってね。一応私立のトップですよ。そんなイメージも全くなかったし。
なぜ福祉なのかっていうところ、これ前回のやつを聞いていただいたらいいかなと思うんですけど。
ただ、軸足はやっぱりサーフィンとか、あと住んでるところは青島。
なので、多分その辺の話、僕も青島に住んでいて、なんとなくそういう話ができたらなと思うんですけど。
戻ってきて、高校は大宮高校、大学は瀬田で就職せずに宮崎で就職する。
その帰ってきたタイミングから青島。
一応若干お金もなかったので、ちょっと実家のそばに住んだりとかしてて、実は青島に住んだのが確か24か25だったと思うんですけど。
それ賃貸借りて。
そうです。一番最初はアメリカ人の友達とシェアハウスから始まって。
仲良い外国人の友達が青島に住んで、一部屋空いてるから2万円くれれば住んでいいよみたいな話ぐらいからスタートしたって感じです。
そのアメリカ人はもう帰っちゃったんですか?
いや、今も宮崎に、都の城の方で暮らしてますよ。
サーファーは?
いや、サーフィンはしないですね。ただ絵描きさんですね。
アーティストの人です。
なんで宮崎におったんですかね?
当時は英語教師としていて、日本人の奥さんもらって、今も英語とアートの教室とかやってるんじゃないですかね。
青島に住んだ理由はなんですか?
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僕は移住する側じゃないですか。
移住者がまず宮崎に、もし移住するならって考えたら、まず青島なんですよ。
なんか知らんけど青島やと思うんですよ。
実際青島に住むと、何かといろいろ不便やったりするじゃないですか。
街中に結局行かないといけないので、2年ぐらいしたら真ん中らへんぐらいの、それこそ本郷とか木花とか、あの辺に引っ越ししてる人が多いなって思うんですよね。
でも青島の魅力もあるし、ちなみに伊藤さんはどう言われて…
元々はこの二三軒隣、今藤谷のぺこちゃんの、あそこがもともと家業で洋服屋さんしていたところが、もともと実家で。
なので今も一応藤谷さんは、うちの母親が地主さんでしてるという状況で。
本当僕は街っこで、このボルの向かいとかに肉屋さんだったっけな、魚屋さんとかあって、学校の帰りにそこで魚ロッケ買って、ちょっとカレーの匂いのする魚ロッケとかを食べたりとか、
この裏に大衆料理屋さん、うどん屋さんとかあって、そこで土曜日も母親が働いてたので、ここに連れてこられてそういう生活してた。
ちなみに46歳で記憶がどこまで遡れるかですけど、小学生のちっちゃい時とかだったら、文化セリフとかってもっと本ならこう…
そうですそうです。
普通にちゃんと成立して…
もちろんです。
もう全部閉まっているところもほとんど空いていた記憶だし、何ならそこのおばちゃんとかおじちゃんとかに、出る子って読み去ったんですけど、出る子のぼっちゃんやねーっつって、出前持ってきてもらったりとかしてたから、結構栄えてはいましたよね。
言えば僕はこっちの町で、宮崎の人だったら分かるんですけど、住まいを橋の向こうに持って行くというのはまあまあ心理的ハードルがあるんですよ。
皆さんそれ言ってますね。そこやがらなんだ。
そこやがらなんですけど、そもそも2回目の転職ぐらいで清滝で働きだしたっていうのがあって、
通勤、どうしてもあそこの橋を渡る渡らないっていうところがどうしても通勤時間が長くなる。
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今よりもずっと混んでたので。
で、橋向こうに部屋を借りようと引っ越そうっていう時に、ちょうどさっき言った青島空いてるよっていう話もあったし、
その時も結構サーフィン大好きで、毎週海にも行ってたので、海のそばどうせ毎朝波チェック行って仕事に行くぐらいだったら、海のそばに住んじゃった方が早いじゃんと思っても青島。
その当時確かまだ旧立花ホテルが残っていて、
どこにあったんですか?
今のビーチパークとか乗ったホテルのところに。
あの辺に建物として運用はされてないっていう。
お化けホテルみたいな状況で、まだ立っていた時代で。
とはいえ一旦青島に住み出して、海で飲む缶ビールがめっちゃうまいなとか、散歩したりジョギングとかもするので、海沿いが走れる贅沢さみたいなのこととか。
僕も釣りなかなかハマらないんですけど、時々やっぱり海沿いにいると釣りやろうかなと思って定期的に釣り座を買って何年かに1回やってみるぞってなるんですけど、だいたい坊主で2,3回で開けるってなるんですけど。
だけどそういうライフスタイルがすぐ目の前にあるっていうところがやっぱり僕は好きでですね。
青島に住みついて20年ちょいぐらいですか?
そうですね。
いろんなことに関わったりしていってるんですよね。
そうですね。
まちづくり的な要素って言ったらいいんですか?
そうですね。前回の話にもあったんですけど、本当はウェルビーイングっていうか、自分の住む環境、自分自身のウェルビーイングもそうだし、住んでいる人たちみんなのウェルビーイングを高めたいっていうのがあるので、
結構やっぱりライフワークとして青島のまちづくりっていうのに参加するようになっています。
本当に一番最初は今みたいにね、さっき大島さんが言ったみたいな、移住するならまず青島を考えるみたいな時代ではなかったので、そもそもどうやったら観光客が来てくれるっちゃろうかとか、どうやったら店が増えるっちゃろうかみたいな話の段階からずっとみんな酒飲みながらゲナゲナ話をしててですね。
その時からこの町をもっと良くするにはどうしたらいいかなっていうことを定期的に考えていたわけですね。
それ今も行われているわけですね。
結果的に今、自分で言うと青島新興青年会っていうサーフィンの組と漁師さんの組と商工会の組と青島の伝統的なお祭りをやっている組の若者たちで集まって新興青年会っていうのを作って、そこで活動するっていうところで。
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若者の定義はどういう?
そもそも各団体の若者の定義が違うので、何を持ってっていうのもあんまりないんですけど、ただちょっと先輩たち、大先輩たちですね。
そもそも40代の僕は青年なのかどうかもまた出てくるんですけど、さらに上の大先輩たち一回置いといて、俺たちで話そうよみたいなのが元々。
本当お祭りしたりとかイベントしたりとか、そういった草の根的な動きをずっとやってきて。
その後自分としては商工会、青島の商工会の方に少し中心を動かして、例えば飲食店向き、青島の飲食店向きのワインとかお酒の審議会をちょっとやって、飲食店同士の結びつきをちょっと強くしたりとか。
あとはちょっと話があっち行っちゃこっち行っちゃするんですけど、新高生年会とかでお祭りとかやってるときにどうやって観光客にたくさん来てもらおうかとか、冬が寂しいよねみたいな話でやってたんですけど、これだけ移住してくる人とかも増えてきたりとかして、しかも移住のスタイルも昔とだいぶ変わってきていて。
昔どんなやつ?
昔はやっぱりそれこそ同じ年とか先輩たちで移住してきた人とかっていうのは、移住してくることイコールこっちで仕事をすることだし、こっちで生活することが基本じゃないですか。
例えば新しく知り合う人とかでもちゃんとお付き合いをしないと、その人は明日の顧客かもしれないし、海で喧嘩したらその人は明日面接に行くところの上司かもしれないみたいな感じになるので、基本みんなしっかりコミュニケーションをとって仲間作りっていうことを意識して移住してくる人とかが多かったんですよね。
で、こっちに生活も全部移すことになるし。今は例えば家族は東京にいるけど自分だけこっちに地域的にとかいろんな移住の仕方が増えてきて。
それでも人が増えたからしょうがないかなって思う反面、コミュニティみたいなところで言うとちょっと寂しいかなというところがあって、祭りとかみたいに外に発信するイベントではなくて、住んでいる人、来ている人たちが満足していく街づくりをしていかないと。
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せっかく来てもらっても、そういう人って他のところも見てるし、どこにでも行ける人たちなので、ちゃんとここのコミュニティしっかり作って、ここがいいって思い続けてくれないと、またどうやったら人増えるんだろうねって言ってた大島に戻っちゃうんじゃないのかなっていうのがあって。
そこの良し悪しとかはまた考えないといけないところではあるんですけど。それで、例えばその移住してきた人とか、いわゆるローカルの人たちのバーベキューパーティーを大々的にやったりとか、それの範囲を企画したりとかして。
その延長戦が結構大きいイベントをやろうかみたいな話になったということですか。
そうですね。
今その企画もリリースされているという前提だと思うんですけど、どういう立て付けのどんなイベントなんですか。
そうですね。僕も青島の先にどういうことをやるかというと、今年の10月に毎週末オクトバフェスト的な食のイベントと、あとアートとか映画映像のイベントを10月にする予定で、
基本的に10月は毎週末青島でビッグイベントが開催されているという状況になります。花火大会も大きいのがあったりしますので、そういうのをちょっと中心的な役割で今から準備していくことになるんですけれども。
立て付けとしたらどういうザグビになるんですかね。
今既に花火大会とか既に稼働しているイベントもあるので、そこの代表の方たちと、あと青島の商工会からの選抜メンバーで作った事故委員会が作られる予定で。
主催。
はい。そこのトップは青島神社の偶像がなる予定です。
多分動く中心は商工会が中心となって動く。
青島に僕商工会があるって知らなかったですね。
入らないといけないですね。
住んでるだけなんですかね。
青島市の商工会はどこにあるんですか。
一応青島の偶像が頭でやっているんですけれども、青島で商売している人たちが参加していて。
一応総会したりとか情報交換会したりとかはしているんですけど、僕もコロナ禍とかもあって活動が休止していた部分もあるので。
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僕も入ったのは去年おとどしぐらいなんですけど、そこをもっと盛り上げて本当の意味での商工会というか、
インバウンドとかこういうイベントもきちんと運営できるような組織力を作ったりとか、本当の商工会として活動できるように裏から作っていきたいなというふうに思っているんですけど。
商工会もイベントには絡んでいる。名前は決まっているんですか。
まだですね、それも2点3点しているので、今の時点で言ってもリリースの時に変わっている可能性があるから。
映像アートのイベントとオクトバーフェスト的なものが10月に大々的にあるよというふうに記憶しておいてもらえればいいかなと思うんですけど。
それは誰向けのイベントなんですか。
それがさっき言ったみたいに外・中みたいなところがあるんですけど、僕もサーフトリップ好きで、しかも一つに決めていなくて、ヨーロッパから中南米からオーストラリア、ハワイ、東南アジアみたいな感じで結構いろんなところに行くタイプなんですよ。
いわゆるサーフタウンみたいなところもいろいろ見てきていて、青島いいよいいよってみんな言ってくれるし、よく聞くのはポテンシャル高いよねっていうふうに言っていただけて、確かにポテンシャルは高いんだけど波がいいところは他にもいっぱいあるし。
本当の意味の青島を作っていくためには何が必要かなって。
最近のみんなで飲み会してゲナゲナどうやったらいい街になるかねってずっと自分の中で課題で。
一つはやっぱりカルチャーを育てるっていうのがやっぱり大事かなっていうふうに思っているんですよ。
大島さんもお家作るのにいい家っていうのは、側のいい家っていうのはやっぱりいろんなところにあるけど、やっぱりそこに住んでる人っていうのももちろん大事だし、
あとやっぱり大事なのってそこにかかってる絵とかそのセンスとか、そういうのってやっぱり本当の意味の家のいい家になっていくじゃないですか。
僕の中で青島をこれからより良いサーフタウンになっていくときに、やっぱりアートとかアーティストの人たちとかそういう人たちが発信できる街っていうことがやっぱり大事かなっていうふうに。
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自分の中で一つ、違うかもしれないけど自分の持っている一つの成果に近いものかもしれないって思っていろんな人にこういう話をしていたら、
最近ちょっと心のことせんに引っかかってくれる人とかがちょこっとずつ出てきて、この企画が動き出して。
実際本当ヒッピーみたいなすごくいい絵描く人とかすごくいい流木アート作る人とか周りにたくさんいたり、
そういう人たちが、場所が違えば多分すごくニューヨークにそのものが行ったらもしかしたら花開くかもしれないけど、宮崎だから花開かないみたいな感じの世の中もかわいそうだなって思うから、
そういう人たちが情報発信できる場を作りたいなっていうのでアートのイベントをしたい。
ということは外からそのイベントに来てもらうイベント。
そうですね、来てもらうというか見てもらうですかね。
だから実際クリエイターの人たちが例えばインスタグラムでもその人たちの見る青島をそのアーティストさんの作品とかインスタとかを通して世界に発信してもらえれば、
多分僕たちがいいと思う青島はもっとよりよく外の人には見えていくし、どこをいいものだって切り取るのかっていう。
そこで言うと僕が言っている青島のいいところとか青島っていいよねっていうこれ僕の定義なんですけど、まず地理的要素は結構大きいかなと思ってまして、
首都圏飛行機で来る15分20分ぐらいまあ20分かかるんですね10分15分じゃないですか。
街中までは2、30分あればいけますよのまずこの立地でいてやっぱり言って田舎の空気じゃないですか。
これは相反するものですよね。首都圏便利なところと近ければ田舎ではなくなっていくのに、大きい橋を3つぐらい渡りますよね。
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川渡りの大井戸川があって清竹川があって海枝があってあそこ渡るともう田舎じゃないですか。あの空気感が僕はすごい好きなんですよね。
もちろん海の近さとかもですけど、かつ僕は特に住んでいるのが漁港の中なので地元最近ちょっと増えてこられましたけど基本的には地元のおじいちゃんおばあちゃんたちのコミュニティであの緩い感じが僕はすごい好きなんですよ。
なので僕のいいっていうのはなんとなくそういう感じなんですよね。
そのいいなって思うところがちゃんとこう切り残されて切り取られて見えるものとなって発信しないとなくなっちゃうかなっていう気もするんですよ。
人増えてほしいけど人が増えることでなくなるものが増えていったら変わっていっちゃうわけじゃないですか。
僕30年前に宮崎に初めて来て20歳の時に海に入って関西のサーフィンって波の取り合いマジでエグいんですよ。肩渡ってパドルするんですよ。
どう考えても俺の波だろうのところを声が大きいやつが取るっていう関西のよくわからない文化みたいなのがあるんですよ。
磯野村ってご存知ですか?すげえところがあるんですよ。もうゴリゴリやれば波乗られへんみたいな。
なので海に入っていると僕の常識では全員が敵なんですよね。
そのスタンスで、姉がアメリカに住んでいるのでよく向こうに行った時に全然違うアロファ的な空気ですよね。
それをすごいいいなって思って全然知らずに宮崎に来たら全く知らんとパドルアウトして僕こんな顔してパドルアウトしてますよ。
もう目ギンギンでお前ら全員敵やぞの感じで普通にパドルアウトしてたらこんちゃーおはようございますって海に入っている人が言ってきて
え?お会いしました?みたいなすごいびっくりしたんですよ。
なんとなく今日あれですねなんとかですねみたいな感じで話しかけられる。
僕の返事はですねいい感じですねどこから来られたんですか。
大阪から来てってああそうですかみたいなこの何この感じですごい気に入ってだんだんだんだん来る日数がどんどん増えて
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よく言って10年ぐらい前にもう100日超えだしたんでじゃあこっちにも拠点作ろうみたいなってなった
あのなんていうんですかねあのこのウェルカム感というかはちょっとなんか減ってきたなーって海の中ですげー思いつきたくて特に
多分こういうラジオだったりとか普段の生活の中で多分それを僕は言い続けるべきだと思う
これがまあ良さだって言わないとなくなっちゃうから
そこの話もなんかしたいけどなんかこれが本当僕が青島に来だして人増えだしたよね最近青島っていう時とかに
まああのまあなんていうんですかねまある青島に最近住みましたっていう人がまあだんだんこう青島に住んでるし
俺の生みだ的な感じにだんだんこうなってお前マイノリスだろがみたいな感じで例えば言い出すようになってきました
なった時にいや言われちゃったんですよつって僕が悪いんだけどみたいな感じで僕に話が来ましたとか先輩とかに来ました
なった時にそれ誰が言ったと聞いて僕たちはその時にその人のところ行ってそういう海じゃないから青島は
ビギナーとビジターに優しい海を目指してるから僕たちはそういうこと言わんでくれんか
言ってもいいけどちゃんと言い方考えてあげてよっていうことを一人一人昔は説明できてたんですよ
すごいですね
結構そういうのがベースとして青島ってそういうのを作ってきたなって先輩たちが始めたことだけど
僕もそういうのに協力してきたなっていうふうなのも記憶としてあるから
だからとはいえ誰が青島に住んでるかも今はわからないぐらい人が増えちゃったからあれなんですけど
そういうのは言って伝えて残していかないといけないものは残していかないといけないなというふうには思いますけどね
例えば昨日僕夕方入ったんですよ
家からチャリンコでずっと行って枯枝の右側ぐらい
結構割とあの辺って大体同じ人が入っているパタラとしていく
こっちはああみたいな感じの空気なんですねやっぱり
朝たぶん久々で朝入る朝入ると大体同じポテでみんな入ってるので
なんとなくおはようございますの感じで入っていこうになるんですよ
今日僕ここ来る前お昼前ぐらいに木崎に入ったんですけど
こっちはああっていう感じで行ってもなんかこんちは返しがない感じやな
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やっぱりその感じにどんどんなってる感はなんとなくあるっすね
どうですかねまあだけどね場所にもよるのかな
それこそね先週ジーランドとインドネシア行ってたけど
ジーランドとか基本なんか年配の人が多いし
みんなね波もやっぱりでかいし
なんか共有できてる仲間みたいので結構バディ意識あるんですよ
なんか海の中でも普通に話すし
これがバリのちょっと混雑しているところだと
まあそうですね確かに
同じようなところでも全然空気感変わっていくから
どうなんですかねやっぱりこの波共有できてるバディ感みたいなのがあれば
なんか全然話せるかな
関西の関西育ちのサーファーじゃないですか
ローカル和歌山とか結構エグいんですよ
僕らからしたら意味がわからんかったんですよ
そのローカルいやこれ海ってお前らのもんちゃうやろと
誰のもんでもないしむしろこれ全員のもんやから
なんなんそれってずっと思ってたんですよ口には出さないですよ
日本海のちょっとローカルきついリーフとか行ったとしても
ローカルオンリーローカルしか入らないとか意味がわからん
やったんですよ
で宮崎に来るようになり
ちょっとこのいわゆる海が地元感が出てくるわけじゃないですか
でなったら地元の人たちがやっている活動の裏側が見えてくるわけですよ
例えば漁協との話し合いとか
もちろんビーチクリーナーが当然ですし
車止めるな問題とかいろんなことが見えてきて
初めてここで海入っていいんやになっているっていう
これが見えてローカルって大事だなって思うようになった
っていう自分が言ってるんですよね
でも一般的に首都圏から来ているサーファーって
そういう理解は結構薄いと思うんですよ
ローカル圏外ナンバーご遠慮くださいって書いてる看板を見るたびに
もともと僕はゴリゴリ関西サーファーになって
知らんしみたいな感じで嫌な奴だったと思うんですよ
だけどそれが変わっていったこの良さの活動は
やっぱり人が増えようが薄まらん方がいい気がする
その言い合おしまが残る気がしますけどね
ローカリズム問題はやっぱりちょっと難しいところはあるし
結局県外から来た人
それもどうくくればいいかもわからないんですけど
移住者のことを指すのか旅行で来てる人を指すのかもわからないけど
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だけどそういう人がポイ捨てした
それが意図的じゃないにしてもポイ捨てしたように見えたみたいなので
お前らサーファーはって地元の漁師さんから
地元のサーファーが怒られて
結局掃除しますわってやって
お尻拭いてるのが地元の人たちみたいな
だから県外のやつらは入れさせたくないみたいな感じで
思う気持ちもわからなくはない
難しい問題ではあるけど
経済ちゃんと回すためには
いっぱい人に来てもらった方がもちろんいいし
でもそうなるといろんなものがなくなっていくものもあるし
難しいですね
僕の個人的な意見で
多分人それぞれ思うことが違うと思うんですけど
経済的なものはやっぱり一つすごく大事で
例えば僕がすごい好きな
串間のサーフポイントがあるんですけど
波も大きいのが立つところ
そこにテトラポットを入れることになりました
実際テトラポット入れ始めてるんですよ
だけど結局ここがサーファーにとっての聖地で
観光資源になっていて
どれだけお金がここで生まれているかっていうものを
行政が見てくれないと
そこを守ろうという判断してくれないわけですよね
それも行政も天秤にかけて
地域住民の安全と観光資源というものだったときに
観光資源というものと認識されてなかったら
テトラポット入れちゃう方が話が早い話になっちゃうんですよ
だからあまりにもきついローカリズムで
そこに対する関係人数が少ないと
テトラポット入れるにしても
守れるものが守れなくなる
そもそもサーフポイントが守れなくなる
みたいなことにもなりかねないから
難しいところではあるんですけど
言ってやっぱりここが観光資源であって
そのためにいろんな人が来てくれていて
それを行政が見てくれているという状況に
ある程度作っていかないと
これからの気候変動だったり
少子化で税金もない中で
その予算を海のために使ってもらうっていうのって
やっぱりだんだん難しくなっていくから
そこをやっぱりちゃんと認識して
コミュニケーションをとって
ビジター・ビギナーの人もローカルも行政も
漁師さんたちとかも
ちゃんとそこで認識し合いながら
街を作っていかないといけないなって
それもあって
青島新子青年会は漁師さんたちも入っているし
地元の祭りの人たちも入っているし
みたいな構図でやっているって感じです
もしかしたら一つの形なのかなと思うんですけど
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地元の人よりも移住者の数が多いような感じだと思うんです
アクティブに動いている人たちだと
地元じゃなくて
地元の人になった外部の人たちが
作り上げていくものっていうのが
今後の青島の一つの形なのかな
今は悪い方向ではない
僕は何の活動もしていないんですけど
ただ住んでいるだけなので
住み心地はすごくいいなと思っているので
そういういい方向に行くといいなと思います
ちょうど30分くらいですね
引き続きまた時間をとってもらって
イベントの後とかイベントの前とかに
話しできること
イベントどうやったとか
次10月にオープンの後リニューアルするなど
その辺の話を聞かせてもらえれば
またまたお越しくださいませ
よろしくお願いします
ありがとうございます