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おはようございます。思考を走らせる ねごラジオ。ランニングドクター
ねごが日々の出来事を学びのジョグ に変える15分。今日のテーマは
これって私の作品?大AI時代の創造 的アイデンティティについて考える。
ということで一緒にスタートして いきましょう。皆さん突然なんです
けどAI使ってますか?チャットGPT だったりGeminiだったり、人によって
はクロードだったり他にもパープレキシティ だったりいろんなAIが出てきています
が皆さんちょこちょこ使ったり していますかね?一番有名なのは
やっぱりチャットGPTだとは思います。 皆さんチャットGPTにどのような
ことしてもらってますか?いろんな ことを聞けますよね。本当に何でも
できるという感じで今日のこんだて 作ってとかこの歴史について教えて
とか何でも聞いちゃえるような パートナーになってきてますよね。
僕ももちろんAI使いまくっています。 病院で働いているとき正直医学
の知識もものこっつい詳しいんですよ ね。血液検査の解釈だったりとか
いろんな専門的な用語知識について もバンバン聞いています。この構成
物質の作用基準とかって何かな とかこの細菌何ですかとかこの
関節が起こる間別疾患について 教えてとかとにかくいろいろ聞いて
ます。正直かなりいい原稿を出して くるわけです。僕としてはこういうこと
考えたよとかこんなこと考えた 思考したよっていうふうなところ
に対してAIに壁打ちしてもらうわけ ですね。これってこういうことですか
僕はこういうふうに考えたんだけど どうみたいな感じで壁打ちする
わけなんですよね。そしたら徐々に 思考が深まってきて最終的には
それをもとにして台本を作るという ようなワークフローでやってるん
ですけどね。すごいいい台本できた なこれでいいラジオが撮れそうだ
というような感じで作業を進めて いくわけです。ただこれをやって
いくと何かちょっと違和感を感じる ときがあったんですよね。これって
本当に自分が作ったものなのかな というふうにちょっと思ったんですよ
ね。もちろん僕が考えて思考を 深めていってできたコンテンツ
であることには間違いがないんだ が出てきた文章自体はAIが作って
くれてるんですよね。それに対して 僕が修正していくというような
形なんです。叩き台はAIが作って くれてるわけなんですよね。それを
僕が編集するというような感じ なんです。今までっていうのは
自分が全部原稿作ってますよね。 この感覚で言ってしまうとこの
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出来上がった文章とか台本は本当に 自分が作ったものなのかなという
ような何とも言えないこれ。自分の ラジオだけど自分のものじゃない
感というかそういう違和感を感じる ときがありました。これはおそらく
何かしら自分でAIを使いながら アウトプットしていくときに感じる
ことなのかなと思うんですけど 皆さんも似たような経験すること
ありますかね。文章をAIに文章とか 書いてもらったけどなんかこれ
自分じゃない感があるというか そんな感じですね。今回はなぜ
この満足感がないのかな。本当に これ自分のアウトプットなのかな
自分の作品なのかなということ についてランニング中にあれこれ
考えたことがあったので今回は その正体について考えていきたい
なと思っています。前置きが長く なってきましたけども今回の流れ
について話していきます。今後 AIが僕たちのいろんなものをアウトプット
していくというもののパーソナル になっていく時代ですね。そんな
ときに想像するアウトプットに 自分らしさというものアイデンティティ
ですよねというものを保っている のかということについて考えて
いきます。まず初めにAIの助け を借りたアウトプットに対して
自分のものだとなぜ感じにくい のかという理由について考えます。
そしてその理由を元に心理的に これは自分の作品だなというふう
に納得できるような方法について 具体的に話していきます。三つ目
に逆にアウトプットする側ではなくて コンテンツを消費する側として
私たちはなぜ消費者として人間らしさ のあるコンテンツを求めてしまう
のかということについて分析したい と思います。やっぱりAIって書いてる
よねって明らかに分かる文章とか って読む気ちょっとそがれるという
かそんな気しませんか。これを 不思議についてちょっと考えて
四つ目ですね。このAI自体に特に 重要になる人間の能力について
特定していきたいなと思います。 そして最後にAIというようなもの
も含めてテクノロジーが進化する ほど逆に人間らしさというもの
の価値が高まるという現象が実は 起きてるんじゃないかなという
ふうに思ってこの一見矛盾した ような現象についても話していき
たいなと思います。今回はちょっと 話が長くなってしまうかもしれません
が話していきたいなと思います。 結局のところこの話は人間として
何を大切にするかという問いかけ なんですよね。AIはすごく賢くて
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人間の能力を超えてることっていう のもたくさん出てきているし今後
もっともっとできることが増えて いくと思います。ただ一方でAIに
分かったらいいことと共に私たち 人間じゃないとできないこととか
逆に人間がやらないといけない こと逆に得意なことというもの
を理解していかに共同していく か共存していくかということが
重要になってくる時代だと思います のでそれについて一緒に考えて
いきましょう。それではまず1個目 ですね。なぜAIが出したアウトプット
に対して自分のものかどうか分から なくなるというような違和感を
感じるのかということについて 話していきます。なぜこのような
感覚を覚えるかこれはもうシンプル に考えたら分かりますよね。AIが
作ったんだから自分が作ったもの ではないだから自分のものではない
ただそれだけですよね。確かにA ということについて教えてという
ふうに返ってきた返答に関しては これは完全にAIが出してくれた
文章になると思うのでこれ自分の ものじゃないよねっていうふう
に感じるかと思います。これっていう のはある事象に対して自分が情報
収集をしたりとかそれについて 思考を深めたりアイデアを浮かんだり
それをこねこねすることによって 思考錯誤したりすることによって
アウトプットとして形にしていく っていう過程があると思うんですよ
ね。何かしらの文章を書いたり アイデア出したりとかすべての
創造という活動においてこういう ような過程があると思うんですよ
ただこういう従来の創作のプロセス がそもそも省略されてしまって
いるっていうことがもう何よりも 自分のものじゃないよねっていう
ふうに感じてしまう原因になっている と思うんですよね。だから結局
このアイデアって誰が出したんだ って言われると自分も意見を言った
かもしれないがAIが出してくれた よねというような形でいやでも
自分の要素もあるしなでもAIの ほうが多いかとかこういうグラデーション
の中で境界が不明瞭になってきている というふうにも言えるかなと思うん
ですよ。逆にAIのことをうまく文章 とか書けなくたって未熟な文章
でも自分が頑張って書いた自分で 書いたというようなものAI使って
いないというものに関しては自分の ものだというふうに感じることが
できるしなぜか愛着が湧くなみたいな 現象も起きますよね。ここから分かる
ことは要は創造性の根室っていう ものは何を作るか最終的にどんな
アウトプットが出てくるかということ は重要であることはもちろんの
ことそれだけではなくてプロセス どのように作るかということに
本質っていうのはそっちにもある とAIとの共同ではこのプロセス
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に感覚的に気迫性を感じるなんか 自分がやってない感を感じるから
あれこのアウトプット出力っていう のは自分のものじゃないのかな
自分の作品じゃないなというような 感覚を得てしまうのではないか
という現象が起きているという ふうに僕は考えました。ではどの
ようにしたらAIと作った作品に対して これは自分のものだ自分の作品
だというふうに認識できるのか どういう条件を満たせばいいのか
について考えていきます。自分の アウトプットと認識するために
どのようにすればいいかということ を考える上で認知的所有権という
概念を理解すると分かりやすい かもしれません。認知的所有権
というのは物理的な所有権とは 違って心理面で僕はこれを所有
しているんだという感覚。心理的に 自分は所有しているというふう
に認識できるという状態のことを 言います。これは物理的に持っている
ではなくて主観的な感覚として ある状態というものを認知的所有
権というふうに言います。要はこの 認知的所有権というものを達成
させる仕組みということについて 考えるということと同じということ
になりますね。例えば料理 レシピとかについて考えてみましょう
例えばYouTubeで見つけたレシピ を作りますとレシピどおりに作ります
ってなるとこれはレシピを元に 作ったカレーですってなります
私が作ったとは言えるかもしれない が私のカレーだというふうには
言えないですよね。これはレシピ のカレーだというふうに言います
ただこれをレシピに対して例えば 玉ねぎを多くするとかお肉を最初
に焼いてみるとかちょっと分かん ないんですけど僕料理できないんで
みたいな感じで自分なりのアレンジ を加えてみたとします。そうする
とこれはレシピどおりではなく なっているのでレシピのカレー
ではなくて私のカレーというふう に自然に言えるようになるということ
なんですよね。このようにアレンジ の量が増えれば増えるほど自分
のものだという心理的な認知が 増えてくるということになります
これはつまり自分のものではなかった ものカレーから認知的所有権を
得た状態になるということになります。 これはどういう現象かというと
既存のものだったり自分ではない ものに対して自分が主体的に関わって
いく関与していくことによって 認知的所有権を与えているという
かもう自分で認知的所有権を持てる ようになるというような現象と
言えます。これをAIのアウトプット に対しても同じことをしていけば
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認知的所有権をゲットすることができて とどのつまり自分の作品だと認識
することができるということになるん じゃないかと思います。ではこの
主体的関与の八つの形態について 話していきます。多いなと思うか
と思いますがちょっと確かに多い のでサラサラというふうに紹介
していきます。まずは1個目 編集的関与 AIの出力を自分の言葉
で書き直す編集するということ です。次選択的関与を複数AIに提案
してもらってその中から自分で 選ぶ。次文脈的関与これは自分の
情報をAIに伝えて自分の情報を 元に作ってもらうというような
ことです。対話的関与。第四つ目 AIとアウトプットに対して会話
しながら一緒にどんどん壁打ち することによって深めていく関与
の仕方。次身体的関与五つ目 AIの出力に対して自分で声に出した
りとか手で文字で書いたりする ことによって自分らしさを付与
していくということです。六つ目 感情的関与自分の気持ちを加える
このAIのアウトプットに出して 自分はどのような気持ちになった
のかどのような考えを持っている のかという感情の部分を付与して
いくということです。次 批判的 関与これはAIの出力に対して評価
をするということです。これは違う だろうとかそんなことを批判的
に考えて意見を述べていくということ です。次八つ目これで最後統合的
関与ということで複数のAIの出力 をどんどん自分で組み合わせて
いくということです。いろいろ 言いましたがちょっとかぶりが
あるような関与の仕方もあった かもしれないですがまとめて言う
と自分が主体的にAIの出力に対して 選択を行っていき自分の理解を
言語化することによって加え自分の 身体的な特徴声とか手で書いたり
というようなことを通してAIと 会話もしながら自分のものに変えて
いくことによって認知的所有権 というものを獲得するということ
になります。そしてこの獲得する 過程において自分らしさという
ものが付与されていくということ になります。AIというのは基本的
に中立だったりバランスという ものを目指すものになります。ただ
人間の思考というのはそれぞれ A君B君C君D君いたらそれぞれ違う
わけですよ。100人トイロみたいな 感じですね。間違えた。100人トイロ
なわけないか。10人トイロですね。 100人トイロだったらだいぶかぶ
ってますが。じゃなくて10人いたら 10人の色があるということですよね。
なのでそれは特有の固有の偏り があるということです。この偏り
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こそが独自の視点とか価値観を 反映したりとか感情的なものを
反映したりとか文化。自分の成長 してきた文化だったりというもの
を反映することによって自分らし さが出てくるということになります。
要はAIのアウトプットをただ流用 するのではなくて複数の方法を
使って自分ごとにするというような プロセスを意識的に主体的に作る
ことが認知的所有権を高めてくれる ということになります。ということで
ここまででAIが出してきたアウトプット に対してなぜ自分のもの自分の
作品だと感じにくいのかということ についてどうすれば自分のアウトプット
というふうに感じることができる かということに関して話してきました。
次は視点を変えて今度は自分が アウトプットする側ではなくて
自分が何か作品とかに売れていく という消費者の視点から見てその
人間らしさというものはどういう ものなのかどういった価値がある
のかということについて話して いきたいと思います。