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おはようございます。思考を走らせるねごラジオ。ランニングドクターねごが日々の出来事を学びのジョグに変える15分。
今日のテーマはランニングの多層的価値。 私たちはなぜ走るのか。では一緒にスタートしていきましょう。
皆さんこんな疑問を持ったことはありませんか?忙しい日常の中でなんでわざわざ時間をかけて走るんだろうか?
単に疲れるだけなのになぜみんな走りに行くんだろうか?というようなことを感じることありませんかね?
今日は私たちが走ることの意味を様々な角度から掘り下げていきたいと思います。
まずランニングの多層的価値ということに関して話していきます。
多層的価値ってなんだということなんですけれども、要はランニングは表面的に見える以上のいろんな価値を持っていますよということですね。
表面的に見える価値というのはいわゆる身体的な側面だと思います。 いわゆる健康増進だったり体力向上というような側面のことを言っています。
この身体的側面以外に心理的側面、進化的な側面、社会的側面というものを持っていると考えています。
もう少し具体的に話しますと身体的側面は先ほど言ったような健康増進の側面だったりとか体力の向上といったようなものですよね。
いわゆる運動というような側面になるかと思います。 心理的側面というのはですね自己肯定感が走ることによって向上したりとか
マラソン大会でタイムを出すことによって挑戦することによって達成感を得られたりだったりとか あとは走ることによってドーパミンが頭の中で分泌されるんですけれども
これによる報酬系、頭の中の報酬系の活性化によって心が晴れやかになるというような心理的側面ですね。
次に進化的側面ですね。これは人間の生物学的な特徴、特性として長距離走の能力が高いということがそもそもの背景としてあるということを言っています。
人間というのは他の動物と比べてスピードっていうのは出す能力は低いんだけれども 長距離においてとても能力が高いよね。
これってランニングだったりマラソンを好む傾向にあるという人間の特性に関与しているのではないかということですね。
これが進化的側面です。最後にですね 社会的側面ですね。ランニングやマラソンを通してコミュニティとのつながりを持ったり
社会的承認は共通体験による絆の形成をしたりということがあるかと思います。 それではそれぞれについて深掘っていきたいと思います。
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まずは進化的側面について少し深掘っていきたいと思います。 ランニングマラソンの進化的視点からの理解です。
実はこれ現代に生きる原始人というフレームワークで考えると マラソンランニングには面白い発見があります。
一つ2004年に人類学者のブラムブルとリーバーマンという方が提唱した進化理論がありまして、これが持久層仮説というものですね。
エンデュランスランニングハイポセシスというものになります。 人間は解剖学的に長距離層に適用しているよねっていうようなものを背景にしているんですね。
人間は短距離層では他の動物には劣るんだが、長距離層では驚くほど優れた能力を持っているということがファクトとしてあるんですね。
これは約200万年前から発達してきた人類の特有の能力というふうに言えるんです。 これもうちょっと具体的に言うとですね解剖学的な特徴を持っているんです。
まず二足歩行であること。 アキレス腱が長いこと。弾力性のある足のアーチを持っていることなどなんですよね。
例えば足のアーチですよね。土踏まずがしなやかにしっかりあること。 ひずめとかでガチッとしてるわけじゃないってことですよね。これによって衝撃を吸収してポンと跳ね返す能力があるんですよね。
それに付随して長いアキレス腱というものもあります。 これは腱というのは引き伸ばされるとピュンとこう戻る力があるんですよね。
これから走る時の地面への衝撃、反作用をうまいこと次の一歩に反発力としてつなげる能力が解剖学的にあるよというふうに分析されるわけです。
次に優れた熱調節能力というものを持っています。 まず体毛が少ないこと。そして感染、汗ですよね。がいっぱいあること。
それによって体表からいっぱい汗をかいて蒸発することによって熱を効率的に放散することができるということですね。
煙くじゃらの動物に比べて熱を発散する能力が高い。 だから走っている時にオーバーヒートを避けることができて長時間走ることができるようにできているということですね。
あともう一点は呼吸と走行の分離ということなんですよね。 要は人間って走るじゃないですか。そして呼吸もするじゃないですか。
それが走るリズムと呼吸のリズムっていうのが分離されてバラバラなわけなんですよ。 実は4足歩行の動物犬とか馬とかそういったものは走るリズムと呼吸のリズムっていうのが連動しているらしくて
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例えば一歩走るごとに1呼吸みたいな形で固定されちゃってるんですよ。 なので体のニーズに合わせて酸素需要に合わせて呼吸を調整するということが実はできないというふうにされているんですよ。
こういった特徴から人間というものは短距離では劣っているんだけれども 長距離においては優位な能力を持っているというふうにされているんです。
この特徴は原始時代では追い込みを行う狩りに適していたのではないかというふうに言われています。
獲物をひたすら暑い時間帯とかに追っかけるんですよね。 そうすると獲物はケムクジャラの4足歩行のものなので
熱が上がってきて疲弊してしまうわけですね。 もうこれ以上走れないとバテてしまうわけです。
でも一方で人間はひたすら追いかけることができる。 これによって獲物を獲ることができたのではないかということなんですよね。
これが持久層仮説というものになります。 つまりこの仮説を元に考えると人間はそもそも長距離層がすごく得意なんだよということになります。
そして人間の根本的な体っていうのは現代においても原始人と概ね変わっていないというふうに言われています。
なので現代に生きる長距離が得意な原始人としてマラソンが好きになる。 もしくはマラソンが得意である。そしてやりたくなるっていうのはある程度
自然な流れなのではないかということが言えるわけです。 なので現代のマラソンブームというものは進化的な背景の現代的な表出かもしれない
ということが言えるわけです。これが進化的側面の説明になります。 続いてですね社会的側面の話をしていきたいと思います。
社会的絆を形成する方法としてのランニングという要素があるのではないかということですね。
マラソン大会には強力な社会的機能があると思っているんですよ。 でそれを裏付ける理論というものを2つご紹介します。
一つはグルーミング理論。もう一つは集合的沸騰というものになります。
一個ずつ説明していきますね。グルーミング理論というものは人類学者のロビン・ダンバーという方の研究に基づく理論になります。
グルーミングとはいわゆる毛づくろいのことなんですよね。 原始時代の毛づくろいっていうものは実は社会的結合の能力、機能を持っていたというふうに言われています。
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霊長類社会では毛づくろいっていうのは単なる衛生管理ではなくて社会的絆の形成と維持の役割を持っていたというふうに言われます。
要はそこでコミュニケーションをしていたということになります。 ただ人間というものはですね、もっと社会が拡張してくるわけですね。
関係性を持てる人間の数というのが増えてきたということです。 それにおいて毛づくろいというものは濃密な人と人のコミュニケーションにはなるわけです。
いわゆるスキンシップというものになりますが、これは1対1でしか基本的にできないものになるんですよね。
つまりコミュニケーション、絆の形成と維持という観点におけると効率が悪いということになるんですよね。
なので現代社会では直接的な毛づくろいの代わりに言語や共有体験といったものがその機能を担うようになったのではないかというふうに言われています。
ちなみに人間が社会的関係を維持できる認知的上限というものをダンバーさんは言っていて、これは150人だというふうに言われています。
これをダンバー数というふうに言うらしいです。 要は我々みんなですね、きちんとした社会的な関係を維持できるというような人数は限られていて、
せいぜい150人だ。150人も多いんじゃないかって思いますけど、150人を超えてしっかりとした人間的な関係性を維持する、構築することはできないというふうに言われています。
これをダンバー数と言います。ちょっと話はそれましたけれども、要は毛づくろい的な行為を言語や共有体験というものがその機能を担うようになったということですね。
ここでマラソン大会というものですよね。 マラソンで共通の苦労や達成感を得ることができるんですけれども、これは強力な社会的グルーミングとしての機能を果たしているというふうに言えそうかなということですよね。
なのでマラソンは現代の社会的グルーミングだというふうに言えると思います。 これが社会的側面の一つ目です。
もう一つが集団的沸騰というものです。 これはフランスの社会学者ジュルケムという方が宗教儀式の研究から提唱した概念になります。
集合的沸騰というものは、集団が同じ行動、感情を共有することで生じる個人を超えたような高揚感と一体感、そしてそこに生まれる興奮、感情の高まりというものを集合的沸騰というふうに言ったわけですね。
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これには発生条件があって、物理的な集合があること、そして共通の焦点があること、一つ集中しているとか目標が共有されているとかそういうことですね。
それで今日もう一つは共有された感情があるということが発生条件とされています。 これはマラソン大会で発生していることなんですよね。
マラソン大会では実際に物理的に多くの人間が集合して同じ目標、マラソンを完走するという同じ目標を焦点として、それで必死に挑戦することだったり、苦しい感情を共有することで集合的沸騰というものを起こしているんだということですね。
例えばスタート時の緊張と高揚だったりとか、応援を受けながら走る時の連帯感だったりとか、フィニッシュライン付近での達成感の共有だったりとか、そういったものになります。
この集合的沸騰というものが個人に与える影響というものは所属間の強化と自己アイデンティティの確立と言われています。
要は、集団でみんなで一体となって興奮すること、感情を共有することによって、僕はこの集団に所属しているんだなというふうに感じることができて、自分はこの集団においてこのような役割を得てるんだなとか、
こういうことを達成してるんだなというような自己アイデンティティの確立を集合的沸騰を通して得ることができているというふうに言えるわけなんですね。
これが社会的な側面の2つ目になります。
なので社会的な側面、一つ目はグルーミング理論、もう一つは社会的沸騰というものになります。
マラソン大会というものは現代社会における世俗的儀式としての集合的アイデンティティを提供しているプラットフォームになっているのではないかということが社会的な側面として考えられるわけですね。
以上からマラソン、ランニングというものは単なる身体的な側面としての体力向上だったり、健康増進という側面以外にも心理的な側面としての自己肯定感の向上とかそういったものに加えて進化的側面、現代に生きる原始人としての持久層仮説ですね。
っていうような背景を持った側面だったりとか社会的側面ですねグルーミング理論や集合的沸騰に代表されるようなもはや世俗的な儀式になっているよねというような側面があります。
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こういった多層的な価値をランニングやマラソン大会というのは提供している。だから現代においてランニングというものはいろんな人に受け入れられていろんな人が熱中しているんだというふうに言えるのではないかというふうに今回考えたわけなんですね。
この考察からさらに抽象化して見えてくる人間の本質というところにも踏み込んでいきたいなと思います。ここからわかることは人間の行動の共通パターンというものなんですね。
今回考えたのは2つあります。1つ目は表面の下にある表面下にある本当の価値という要素と昔と今はつながっているという点です。1つ目ですが表面下にある本当の価値があるということですね。
どんな行動にも見える目的と隠れた価値があるのではないかということが今回からわかるかもしれないです。ランニングは健康のためというような表面的な理由ではなくだけではなく達成感を感じたい。絆づくりをしたいんだ。そもそも生物学的に長距離が得意で、マラソンをやることに適しているんだというような裏の隠れた価値があるということですね。
他にも sns の投稿っていうのは情報共有の裏に承認欲求や所属感が隠れているというふうに考えられます。2つ目、昔と今はつながっているということですねが今回からわかると思います。
現代の行動の多くは原始時代の名残というものはかなり多く残っているのではないかということが今回の事例からわかるわけですね。今回マラソン大会は現代の部族の集まりのような行事だというふうに言えそうですし、
感想メダルというのは狩りをしたその成功獲得できる獲物だったりとか食事というものに相当しているというような考え方もできるかもしれないですよね。そしてさっきも言ったように世俗的な儀式とも言えるかもしれないですよね。
他にも例としてはキャンプが人気なのはそもそも現代に生きる原始人として原始への回帰をする行為であり、それ自体が本来ある姿に戻っているからこそ心地よいのではないかという例でも同じ構造があるかもしれないなというふうに思ってます。
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こんなふうに考えると他の日常活動も新しい視点で見ることができるなというふうに思うんですよ。ここからは今の抽象的な人間の本質からさらに具体化して日常の他の事例に当てはめられるものがないかというものを考えていきますが、例えば友人との食事ですね。
食事は本来お腹を満たすもの栄養摂取というわけですが、単なる栄養摂取ではなくて原始時代のこの共同で獲物を分け合う儀式の現代版だというふうに言えるかもしれないですし、例えば他に音楽ライブですよね。
見知らぬ人と一体感を感じる部族の儀式というふうに言えるかもしれないです。他にも sns での交流はデジタル環境での現代版のグルーミング、毛づくろいというふうに言えるかもしれないですし、スポーツ観戦というものは部族間同士の競争を間接体験しているというような側面もあるかもしれません。
このようにランニングという一見シンプルな行動を身体的、心理的、社会的、進化的な側面から多層的に見ることで私たちの行動の真相に迫ることができるのではないかというふうに思ってみました。
私たちの行動の根底にはですね、個体としての生存や繁栄と社会的な結合という二重の動機が常に存在しているのかもしれないなというふうに思います。皆さんは自分の趣味や日常生活の中にこのような多層的な価値や進化的な背景を見出せますかね。
ぜひ考えてみてください。最後にマラソンは現代人が原始に戻る方法の一つなのかもしれません。都会のジャングルを走り抜けるときDNAが喜ぶ音が聞こえるかもしれません。それではまた次回で思考を走らせるねごラジオでした。