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皆さん、こんにちは。今日も明日も授業道~黒瀬直美です。この番組では、中学校・高等学校の国語教育、働く女性の問題、デジタル教育についてゆるっと配信しています。
今日は474回、私の自由研究、子ども時代と子育て時代と、というタイトルでお届けしたいと思います。
今日は、教育系ポッドキャストの企画に参加する形での配信で、テーマは私の自由研究。
自由研究っていうのはやっぱりね、子ども時代と、それから子育て時代と、人生の中で形を変えて自分に関わってきたテーマですね。
今日はその2つの時代の自由研究を振り返りながら、そこから見えてきた教育的な気づきをお話ししたいと思います。
まず私自身の小学校時代は、毎年自由研究が課題として出されて、その都度自分であれやこれやとテーマを決めるということが必要だったですね。
一番最初のテーマは確か、自宅の庭にたくさんアリが大行列で張っていたものですから、これは面白いなと思って、自宅の庭にいたアリを観察しました。
様々な食べ物に集まるアリの数を数えて、それを図や表にするという内容だったと思いますけれども、
これは父親が面白がって、図や表の書き方なんかを私に教えてくれて、きれいに図や表を書いたのをよく覚えています。
それから、ヘチマの観察といういわゆる理科のテーマのようなものにも取り組んだ時期がありました。
3年生か4年生くらいになると理科の観察に飽きてしまって、今年は筆箱を自分で作るという工作系のテーマに挑戦しまして、
だけど筆箱を作ると言ってもそう簡単じゃなくて、自分が想像した以上に難易度が高くて、うまく形にならずに非常に苦労しました。
グズグズグズグズ言っているうちに見兼ねた母親が手伝い始め、最終的には母親が電動ミシンでファスナー付きの高クオリティな筆箱を作ってしまったという、そういう結果になったこともありました。
別の年にはテレビで見た多分教育番組この子の妙版の結晶化をしてそれをアクセサリーにするっていう、そういうのを見かけてアクセサリーがすごくキラキラしてきれいだったんでこれ作りたいと言って妙版でアクセサリーを作ろうとしたんですけれども、
今度は父親が面白くなってしまい気づけば作業の半分以上父親が担当するという展開になってしまいました。
振り返ってみると自由研究っていうのはそもそも家庭でやるっていう風なことなんで、親が関わりやすかったんですね多分ね。
だから親の自由研究っていう側面も確かにあったんじゃないかなと思います。
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それでもテーマ決めからいろんなことの試行錯誤、うまくいかない苛立ちや逃げ出したい投げ出したい気持ちも含めて自由っていうものの激しい試行錯誤を経験したっていうことはこの時代にとっては大きな収穫だったと思います。
時は流れ、自分自身が親になり娘が小学校に入学しました。
今度は私自身が自由研究につき添う立場になってしまいました。
娘が庭の草花に興味を示していたところから押し花にして画用紙に貼って、ついでに取った場所に地図で位置を書き込んだらどうかっていうそういう提案を娘にしたんですね。
小学校1年生の娘っていうのは研究の意味なんか全くわからなくて親の提案に素直にそうするっていうふうに従うばっかりなんですよ。
自分で何がいいやら悪いやらわからないわけですから。
ということで夏休みの真夏の炎天下、当時下の子が4歳だったかな。
大きな息子なんですけれどもその息子と6、7歳の娘を連れて3日間にわたって草花の採集に出かけることになりまして。
大柄な四歳児途中で暑くてだるくて抱っこ抱っこせがむもんですから。
大柄な4歳児を抱っこして汗だくで草花の採集をしまして帰宅後は毎回おしばな作りの作業をし、そしてその大量のおしばなを画用紙に貼っては娘にコメントを書かせ地図にポイントを書かせると。
そういう作業は明らかに小学校1年生には難易度が高すぎました。
これぐらいならできるだろうと当初鷹をくくってたんですね。
これぐらいならできるんじゃないっていう高校教員だったからやっぱりレベルがわからないわけですよね。
その見たてが甘く実際の小学校1年生の娘の発達段階にとっては大変ズレが生じて娘は非常に苦労したと思います。
やっぱり感想を言葉にして書くっていう行為自体が採集した時とそれからおしばなにしてそれを画用紙に貼るっていうそういう段階で時間が経ってるから感想もクソもないわけですよ。
覚えてないんですよそもそもね。
だから小学校1年生にとってはすごいハードルが高くてほとんどしごきみたいなそういう自由研究になってしまったようなそういう思い出があります。
たぶん小学校1年生の担任を経験したら今コメントを書かないと忘れちゃうということがたぶんあると思うんだけれどもそこはね全く私は考えてなくて
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後から書けばいいだろうと思ったら全然覚えてなくて大変だった覚えがあります。
それでもなんとか草花図鑑っていうような形に仕上げてあーもう懲りたわ来年はもっと簡単なテーマにしようとこういうふうに心に誓ってその夏は終わりました。
そしたらですね後日担任から電話がありましてこの草花図鑑を市の自由研究コンクールに出品したいという申出がありまして
そしてそして出品後しばらく経ってから優秀賞を受賞したという知らせが届いて娘は表彰式に担任の先生と一緒に参加することになりました。
で時は流れ2学期末の個人懇談で担任の先生にこの作品は親がかりであったからいわばチートが入っているこんなもので受賞していいんでしょうかということを正直に伝えたんですね。
そしたら担任の先生は微笑みを浮かべながら小学校の自由研究はほとんどが親御さんのアシスト込みでそれは織り込み済みですよっていうふうに答えてくれたのが強く印象に残っています。
この受賞をきっかけに娘は自由研究っていうものに味を占めて翌年からは自分で積極的にテーマを考えて毎日楽しみながら取り組むようになりました。
やっぱりあれほど苦労した経験が賞っていう形で報われたことだから全校生徒の前でも表彰されたし市の表彰式にも行って教育長さんの前で症状ももらったっていうことがモチベーションとなって自由研究を楽しむものとして捉え直すことができたんじゃないかなと思います。
こんなふうに親が子供の自由研究に搬送してそのうち親自身がのめり込んでしまうっていう図式はおそらくほとんどの家庭であるそういう一定のあるあるなんじゃないかと思います。
自由って言いながらにも実際は親や指導者が適度に手を入れアシストしサポートしっていうことが教育的には実は非常に重要な意味を持つんじゃないかなっていうふうに自由研究を振り返ってみて思いました。
子供たちが本当の意味で自由に自分の力で研究をするためにはその前段階にやっぱり一定のアシストやサポートが不可欠なんでしょうね。
だから完全に子供に委ねる自由っていうのは本人ではなくてその前段階に支えるというねサポートするというそういうふうな段階が実際にはとても重要なんじゃないかなと思いました。
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ということで子供時代の自由研究も私自身の子供の自由研究も振り返ってみれば親の関わり抜きには勝たれないというものでした。
自由研究というテーマを通して自由っていうものと支えるというものは両方があって初めて子供は本当の自由本当に自由に自立していくということを改めて感じました。
さて私のこの夏の自分の自由研究はですね生成AIを使った漫画作りか動画作りに挑戦しようかなと思ってるんですけれども
実際登壇があちこちで依頼がありましてあと学会発表や雑誌の執筆やそれから学校の補習授業なんかが立て込んでおりまして
実際自由研究する時間があるかどうかは今のところ非常に不透明ですね。
だけどもやっぱり自分自身の興味関心がある自由な学びっていうのは本当に充実感があると言いますか達成感があると言いますか
とても楽しいものなのでこの夏何とかして挑戦していきたいなと思っています。
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それでは今日の配信はここまでです。聞いてくださりありがとうございました。またお会いいたしましょう。