1995年の始まり
いつだったかですね、ある年代を区切ってですね、その時の出来事を話してみたら面白いんじゃないか、みたいな話をした記憶があるんですが、
5年刻みとかですね、老いたちを語るとか言うとですね、まあ面倒くさいというかですね、また時系列に話さなきゃいけないかったりですね、
順を追って話さなきゃいけなかったりしてですね、それはそれでめんどっちいなという感じが、思い起こしたりですね、時系列に整理すること自体がめんどくさいなという感じがですね、あったので、
ある断面ですね、5年起きとか、そういうタイミングのその時の老いたち、その一時の状況というか言うんですかね、その話してみたら面白いかなと思いまして、今回ですね、1995年の私みたいな話をしてみたいと思います。
1995 年ってなかなかエポックメイキングな年でしてですね、世の中的にですね、その時私はですね、大学を卒業した後のですね、初めての組織というか、初めての仕事と言えばいいんですかね、そこについていましたね。
順を追って話すとですね、大学を卒業した後ですね、すぐに就職する気がなくてですね、当時からちょっとデザインの勉強をしてたかったので、デザインの専門学校にですね、大学卒業した後入りました。
これ2年間のコースだったんですけど、その後ですね、就職しようと思っていてですね、大卒の後のデザイン学校の経験というのは全くマイナスにならないという確信が当時はあってですね、それって今思い返せばその確信が本当に間違ってなかったんですけど。
当時実家にいたもんですからですね、そのそれについてですね、父親との相性があまりにも悪くてですね、就職しなくてですね、そのデザイン学校に行ったことっていうのはですね、一旦了承を得てるというかですね、済んだ話というかだったにも関わらずですね、毎日顔を合わすたびにですね、ぐじぐじぐじぐじ言われてですね。
で、まあ挙句の果てにはというかですね、顔を合わせたくないわけで、えっと夕食の時間にアルバイトに出てしまっていないとかですね、そういったこともやっていたんですけれども、まあとにかくぐじぐじぐじぐじうるさいわけですね。
で、まあその時に自分が家を出ちゃえばよかったというですね、これは今は思う反省ですけども、それができきらなかったっていうのはまあ甘いっちゃ甘いというかですね、経済力がなんかないっていうことはまあダメだってことなんでしょうけれども、まあそんなんでですね、そのデザイン学校はですね、非常に面白くてですね、
希望に満ちていたというかですね、課題はあまりすごく大変だったんですけれども、それをしっかりこなすうえでの手応えみたいなのもあってですね、非常にやりがいもあって楽しかったんですが、まああまりにもですね、まあまあ雰囲気が悪いわけですね、家に行ってもね、でもなんかちょっとその、まあそれに耐えきれなくなったというかですね。
で、もう就職をすることにしたんですよね。
初めての仕事
で、まあ何を思ったかというかですね、一旦整理をするとですね、まあ基本的にその企業で働こうというつもりが当時から全然なくてですね、今思えば整理できてるんですけれども、まあスモールビジネスみたいなのをやりたかったんですよね。
まあつまり簡単に言うと家業みたいなもんですね、自分だけで仕事をするというかですね、まあ小さくても構わないので、手に届く範囲の専門性を持ったですね、仕事を自分の、自分の目の届く範囲でやるというふうにしたかったというのがあったんですけど、まあ当時は言語化できなかったんですけど、まあそういうことをやりたかったので、
えーと、まあその専門学校というかデザインも途中で放棄したことになってしまったので、まあどうしたもんかなという中でですね、まあいわゆる私業というやつですね、
資格試験を通った後の私業みたいなもので、じゃあ独立しようかなみたいな、それを目標にしようかなというふうに思ったわけです。
で、ちょっとまあいろいろあるので、えー、ちょっと明快、ちょっとぼかして言いますけれども、まあいわゆるその行政書士とか税理士みたいな仕事だと思ってください。
えー、そういう仕事の資格を取ってですね、まあ独立しようというふうに次の目標を切り替えてですね、じゃあまずはまああの仕事を知らなきゃいけないし、まあ資格取るのも大事なんですけど、仕事を知らなきゃいけないということでですね、そういう事務所の就職というか募集をですね、ずっと追っかけていたらですね、たまたま一つ見つかったんですよね。
で、面接に行ったらまあなんとなく通ったんで、まあこれが実質上初めての私の社会人生活の仕事になったということなんですけれども、まあその行政書士的な税理士的な事務所、そういった資格にしてはですね、割りかし大きい事務所で15人ぐらいいたのかな、職員がですね、全員で15人ぐらいの事務所でですね、
まあそれでまあキャリアをスタートさせていくわけなんですが、まあこれがですね、とんでもないところでしてですね、まあちょっと想像したらわかるんですけれども、まあ結局はですね、そういうところって組織体はですね、まあやっぱりその自分が目指しているスモールビジネスの一つの形であるわけなので、まあ企業体としての手をなしてないわけですよね。
なので、そこに存在するのはですね、一族とそれ以外の下々みたいな世界なんですよね。なので、当時、署長という、まあスーパー偉い人がいてですね、まあじいさんでしたけど、署長がいて副署長というのがいて、これ息子ですね、なんか事務長というのがいてですね、それはね、奥さんですね、副署長と。
で、あと娘がいてですね、まあこれが一族ですね、まあこいつらは本当にもう、こいつらがすごい、すべてというかですね、こいつらがすべてを決定するというかですね、こいつらに気に入らなければ終わるという感じで、残りがですね、なので残りの10名ぐらいは全員下々という感じで、一応その位はあるんですよね、まあ年功序列的にですね。
部長だとか局長だとかですね、そういったのはいるんですけど、全員もただ下々ですよね。そんな中で一番下々として私が入っててですね、まあ仕事は覚えなきゃいかんということで、まあ一生懸命覚えはしましたけれども、たまたまラッキーだったのはですね、同期、ほぼ同い年で、ほぼほぼ同いタイミングで入ってきたやつがいて、
彼はですね、お家がですね、そういう事務所をやっているご子息さんなんですね。なのでこういうところはですね、ある一定の期間、ご子息をですね、こういうところに預けるんですよね。
預けて修行させてやってくれみたいな、修行させてくれとかって言ってですね、修行をして3年ぐらい働くとご卒業みたいな感じで戻ってくるんですが、そういうご子息さんが、若い職員の中ではご子息さんが半分ぐらいいてですね、私みたいにポッドでのただ単に就職したみたいな半分ぐらいいるって感じですね。
このご子息さんたちと我々っていうのは別に比喩やられる機会はないんですけれども、3年、3年、何だろう、デッチボークをしたら戻れるみたいな、そういう快適さはあったのかなっていう感じですけど、その一人とは仲良くなってですね。
若手の面々とはそういった意味でみんな仲良くなってというか、肩寄せ合ってというかですね、なるべく被害に遭わないように協力体制を引きながらみたいな感じでやってたんですかね。
そんなような感じでいましたというところで、私の思いとしてはどうかというともう完全に絶望ですよね。なんで入っちゃったんだみたいな感じなんだけど、とにかく仕事だけ覚えて資格さえ取っちゃえば、あとはもういつでも出てやろうかぐらいな気持ちではいたんですけれども、
その後の環境
とにかくその一族のいじめというかですね、いじめじゃないんですよね。その一族、あれは何だろうな、坂本龍馬の小説を縛りをたのるような本とか読むと出てくるんですけど、
何でしたっけ、えらい侍と豪士みたいな、えらい武士と偉くない武士みたいな、そういうヒエラルキーに生きてるんで、とにかく逆らえないわけですね。逆らえないしですね、とにかく従わなきゃいけないというかですね、そんなような感じで生きていたわけですよね。
話をまとめていきたいと思うんですけれども、当時、事務所にあったのがですね、Windows 3.1マシンがあったんですよね。これはですね、ある特定の人しか触らないというか、触りたくないというかですね。
なんかお不幸もあったんだけど、それとは別にWindows 3.1でちょっといろいろな表計算とかですね、そういった管理をやろうという一部の若者の若者集とですね、そんなの全く分かりまへんみたいな、そんなの怖くて触れませんみたいなジジイとですね、二分していてですね。
で、当時、電算部とかいう名前でして、そういうパソコンとかをいじる人間は電算部みたいに言われてですね。
で、その自分の直属の上司が電算部長、電算部長だったのかな。なので、私も出前的に触ることになったんですが、それを触ることは本当に嫌いじゃなかったので、Windows 3.1をガチャガチャいじくってましたよね。
たぶん事務所のシステムとは連動しないスタンダードオン機だったんで、個人的に自分で好きな表計算をやりたければ、それでExcelとかいじってたのかな、みたいな感じだったと記憶してるんですけど。
その時にですね、ついに1995年にですね、Windows 95が出るわけですよね。
で、これにはですね、同僚のですね、2代目君と、デッチボーコー君、2代目君と私はですね、色めきたったというかですね、これはすごい楽しい世界が来るぞ、みたいな。インターネットだ、みたいになってですね。
確か事務所に願ってというか許可を取ってですね、Windowsマシンをですね、Windows 95の入ったPCとモニターを空き場に買いに2人で行ったんじゃないかな。
買ってですね、当時はあい感じな適当っちゃ適当なんですけど、領収書もらってこいぐらいな感じで領収書もらって、それでえっちらおっちら空き場から持って帰ってきて、Windows 95をセットアップした記憶がありますよね。
あれはあれでですね、それより前に、私は家でマックでパソコン通信みたいなのをやってたんですけれども、それと似たような仕組み、ダイヤルアップでつないでインターネットに入ってみたいな仕事、職場で使えるみたいなのがですね。
なんか楽しいなみたいな盛り上がりがあってですね。
で、それからオフィスもかなり進化していて、Word、Excelみたいなものは、特にこういう事務所なので文章とかを作るのが、当時はスタンダードローンの変なワープルを作ったりしたもんですね。
これを全部Wordでできるみたいなのは、これはすごい便利だみたいな感じでですね。
あと、当時で言うと相当ローテックですけど、差し込み印刷みたいなのですね。
Excelの住所録からですね、〇〇社どのみたいな、〇〇社なんとか社長どのみたいな変な文章、変じゃないです。文章をですね、差し込み印刷でですね、Wordに一気に読み込んでですね、2、300のプリントアウト一気にやるみたいなのですね。
これは神だみたいな感じですね。
そういったのを、当時その2代目くん、修行2代目くんとですね、一緒にWindows 95のオフィスの機能を使って使い倒してましたよね。
という思い出が1995年にはあるなというふうに思い出しましたね。
とにかく、それで何がすごいかってみんななんかしらじらと見てましたけれども、オフコンでやればいいことをですね、オフコンでできないちょっと細かい、ちょっと機動性のある細かい作業をですね、Word、Excelでやってたのが思い出されるなということでですね。
世界史的にもですね、Windows 95っていうのは画期的なものだったというようなことだと思うんですけど、私にとってもですね、Windows 95はですね、なかなか忘れられないマシンであってですね、そんなことを思い出しましたよね。
転職と資格の取得
結局ですね、その事務所にも3年ぐらいしかいなくてですね、その後また転職をすることに、初めての転職ですかね、転職することになるんですが、その話はまたということでいいかなと思うんですが、
じゃあ結果的にこの、この修行の話はどうなったのかという話で言うとですね、資格はしっかり取ったんですけれども、この仕事自体が全く好きになれなかったので、この仕事で私自身が独立してスモールビジネス化するようなことはなかったということでございます。
今でもですね、今現在ですね、今現時点においても、その資格で仕事をしたいかと言うとですね、まあ、する権利はあるんですよけれども、わからないですね。
というか、わからないというか、まあやらないかなという感じですね。ということでですね、まあ初めて、初めて就職した仕事はそんな仕事でしてですね、という感じですね。
1995年というと、そういう思い出があります。どうですかね。5年刻みで遡ったり先行ったりというような話でやっていってもいいのかなと思うんですけど、どこまで、2000年、2000年は明快に何やったか覚えてるんで、次は2000年の話でもしますかね、という感じですかね。
はい、ありがとうございました。ではまた。