茶道の活動と教室
はい、こんにちは。今ですね、ほろ酔い、ほろ酔い、冷水ではないです。ほろ酔いです。
お茶のその後はどうなったんだということをですね、
レターをたくさんいただいておりませんでしてですね、 誰もそんなことに関心がないとは思っておりますが、
お茶を続けていますよ、という話ですね。
ここでも話したような記憶もあるんですけれども、
ちょっと厳しめなところがあるというようなですね、ちょっと気になっているところがあるというふうに
言っていてですね、ちょっと厳しい、でもそこ厳しそうだな、みたいな話をしていた記憶があるんですが、
そこにですね、結局通っています。
1950年創設ですね。なので、1505年後にですね、開いた
まさに1580年の中の75年の歴史があるところにですね、
通っておりまして、通い始めましてですね、
理念としてはですね、お茶文化を絶やさぬようにという理念で作られたところにですね、通っております。
高校時代の思い出
まさにですね、先日100歳越えで亡くなられたですね、
法運祭大葬場もですね、特交代の行き残りとして帰ってきて、
お茶文化を絶やさぬようにというふうなことですね、
浦仙家を継いでですね、行ったというのと、まあまあ似たような気持ちの
系譜を持っているというですね、ところに今通っておるわけなんですけれども、
まあまあ歴史があればいいってもんじゃないっていうところもですね、あってですね、まあそれについてはですね、
まあすごい難しいですよね。
苦い思い出があるというかですね、過去に大失敗をしたのがですね、
高校進学をするにあたってですね、
都立高校ですね、都立高校の受験をするに際してですね、
当時何も考えてないわけで、とりあえずその偏差値で、行けるところで一番いいところに行ければいいかなというふうに
思っていた高校がまあそこでしてですね、 まあ当時の都立高校っていうのは
共通の試験があってですね、 ある一定の基準点を取ればまあ行けるわけなんで
してですね、私なんぞはですね、 塾とかにも通わずにですね、
まあ学校の普通の 勉強だけでですね、基本的にあの当時はまあ
暗記さえして、暗記をしっかりすれば 普通に点が取れるというかですね、
数学理科ですら暗記でいいみたいな感じでしたよね。 なので、何でしたっけ、5教科500点のうち
550点は普通にして、満点近く、 まあ495点ぐらい取ろうぐらいな勢いで
勉強していたので、 まあ
公立高校、都立高校は 入れますよね。
というわけでその学区の中でですね、一番難しいというか一番トップというところを
選択しちゃったんですね、何も考えずにですね。 これが不幸の始まりでして、まあちなみに言うとですね、
まあそういう感じで暗記しかしてなかったんで、 塾通いをしておりませんでしたので、
まあ私立は全然歯が立たなかったですよね、当時もね。 そもそも問題が何を言ってるかわからないみたいな
問題も私立にはありましたんで、まあそういうことに比べて、 まあ都立の試験通のまあ普通にやってれば
全部満点ぐらい取れるみたいな感じだったんですが、 そのろくでもない学校がですね、当時
100周年を迎えようかというところだったんですよね。 私が2年か3年、2年だったかな、2年。
3年か、3年の時に100周年を迎えるんですよね。 まあそれはそれとしてですね、歴史があるということで、それはそれでいいんじゃないかと思って
入っちゃうわけなんですけど、 まあ入った後はまあろくでもないですよね、本当に。
まあ現役でですね、大学に 送り込もうという本当詰め込み教育の
権限みたいな高校でしたんで、 まあ暗記詰め込み
みたいな 学校でしたよね。まあ確かに現役合格率も高くてですね。
当時も東大に2,3人行くのかな、現役で。 っていう感じの学校でしたんで、まあまあ大したもんだと思っていますけれども
まああの仲のいい友達もですね 東大に現役で入るぐらいなんで、それはそれでそうなんでしょうけど
うーんと まあ
僕は馴染まなかったっていうことだけなんですけどね。 まあかたやですね、当時
予備校の方がもっと自由度があってですね。 自由に学ぼうみたいな感じが
校風、まあ僕は寄瀬美が好きだったんで寄瀬美に通ってましたけども、 そっちの方が自由な校風がありましたよね。
なかなか面白いもんだなと思いますけれども。 まあ
なかなかそういう意味で あの当時の歴史がある、ありすぎるですね。
高校に通って大失敗だったなぁという思いがあったので 話戻しますと、今回のですね、その
教室にですね、通うのもかなり用心深くというかですね 注意をして
新しい挑戦の意義
望もうというふうに思ってですね。 まあそもそもウェブサイト自体もですね
まあ厳しそうな雰囲気を出しているわけですよね。 あの気軽に行くんじゃねえみたいな感じがありあったんで。
まあそれも何回か前に語ったような気がしますけれども。 まあそういう感じの厳しさがあるところなので
まあ初め、9月の頭ぐらいかですかね。
見学に行きましたらですね 乗っけからですね
ちょっと不注意で時計を外すのを忘れたらですね まあそれに厳しく嫉妬されてですね
あとですね、靴下を、白い靴下を履くようにというふうに言われるので
履き替えたらですね、たまたまズボンの裾が入っちゃってですね それも厳しく嫉妬されたりですね
いうのは見学の時ですね。 で入門が10月の第1週
なので先々週ですか 行った時もですね、あの
まあいくつか疎走があってですね
まあ ほとんど持ってなくてもいいものを持ってなく望んだらですね
なぜそれを持っていないんだというふうにですね 厳しく詰められてですね
うわぁと思ったんですけど怒られちゃったみたいな感じですね
というのが
入門初回だったんですね で昨日入門
2回目ですね そこはあの
無事終えてですね、なんかあの いい感じで終えたんでなんか打ち解けたのかなぁみたいな
いい感じで終えたなぁみたいに 思ってですね
ほっと一息というかですね 激疲れでしてですね
教室自体はですね 6時スタートなんですけれども5時半ぐらいから
来ていいよというふうに言われたんで だいたい5時半に行くようにしてるんですけど
そっから後片付けまで9時半に後片付けだったんですかね なので4時間いったんですけど
まあボロボロになんか疲れましたね まあいい疲れだったという感じなんですけれども
まあ なんですかね
まあそりゃそれいいですよね なんかあの
この歳でですね怒られるってことはですね ほぼほぼ生きててだんだん亡くなっていきますからですね
まあ 怒られないからですね
ジジイはですねだんだん調子に乗っていくわけなんですね まあどういうタイミングでもあれ
やっぱりあの 新しいことにチャレンジして
そこで怒られるってことはですね 非常に良いことだったんじゃないかというふうに
今日は調子がいいので肯定的に捉えているというような話でございました
はいお茶の近況でございました ありがとうございましたではまた