次女を中学校に送った後、スーパーに買い物を行って駐車場で収録しました。
日本一時帰国の振り返り最後の回になります。最後の方、日本を出発前のした時、ちょっと色々思い出してしまって、泣いちゃいそうでした。
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感想
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こんにちは、今日も一流満杯日、気功師のイクコです。 えっと今日はですね、日本の一時帰国した時のお話、前半後半喋って、後半でね、もう終わろうと思ってたんですけれども、
長くなりすぎたので、今日ファイナルということで、記録をね、残していきたいと思います。 えっと本日は、本日は8月の25日月曜日。
朝ね、娘を中学校までね、車で送って、スーパーマーケットに行く予定なんですけど、そのスーパーマーケットの駐車場に車を停めて、今これを収録をしています。
さてさて、ではね引き続きというか、一時帰国のね、振り返りの続きです。 前回まではね、家族で小田原に旅行行ったところで終わったと思うんですけれども、
今日は再収集っていう感じで、6月の23日月曜日、この日はですね、子供たちは実家に残して自由にしてもらって、私の高校時代のお友達とね、集まってランチをしました。
女子校仲間5人でね。 いやー
一人の子はね、結構毎回帰るたびに会っているんですけれども、もう一人の子もね、まあまあ会ってるんですけれども、
残りの2人は、本当に久しぶりでしたね。 子供が、多分長女を妊娠しているか、出産してすぐぐらい。
なのでもうほとんど20年ぶりぐらいに会いました。 もう
なんかそんなに久しぶりだけれども、やっぱり高校生の時のお友達ってね、皆さんもね、わかるかもしれないんですけれども、
時間の隔たりを感じさせない感じで、すごく楽しくね、おしゃべりをしました。 もちろんね、今のテクノロジーが進んでいますので、
facebook でつながっていたりね、インスタグラムでつながっていたり、お互いなんとなく近況をね、わかっていたりするんですけれども、
一人の子はね、本当私が思っていた人生からまたすごく変わって飛躍していて、
なんかキラキラしてて、やっぱ刺激をね、受けてきました。 その日の夜は、お友達とはね、お昼過ぎにね、バイバイをしたんですけれども、一回お家に帰ってですね、夕方は私の
姪っ子、姉の2人目の女の子。 今も社会人としてね、お仕事をしているんですけれども、こちらの姪っ子と一緒にね、新宿で
ディナーをしました。この日はね、私の長女はお友達とね、お出かけをするということで、桜木町の方にね、出かけていました。
このお友達っていうのがね、前にね、私が一緒にランチをしたシンガポール時代のね、長女の親友だった子なんですけれども、この子とね、あのこのお友達と一緒に2人で桜木町に行って、
プラプラするということで出かけていったので、 姉女と長男を連れてね、姪っ子と一緒にディナーをしました。
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姪っ子と2人、2人じゃなかったんですけれども、他の家族がいないで姪っ子を連れてご飯を食べるっていうのは、多分初めてでしたね。私も子供たちが、その姪っ子たちがね、高校生とか
なって、高校生の時はね、彼女たちは部活がすごく忙しかったし、大学生とかになってね、時間ができた時には私はもう海外に出ていたので、その姪っ子だけを連れてご飯を食べに行くっていう経験をしたことがなかったんですね。
私、子供の時に結構おばさんとかにね、映画に連れて行ってもらったりとか、ご飯に連れて行ってもらったりとか、結構可愛がってもらった記憶とかがあって、
また親とは違う大人と一緒にご飯を食べに行く話を聞いてもらうっていうのがね、すごくリフレッシュする時間っていうかね、楽しみな時間だったので、なんか今回初めて姪っ子を連れてご飯を食べに行く自分の子供はいたけれども、なんか楽しかったなぁと思います。
あのうちの姉がね、その姪っ子のパパであるお父さんであるね、彼氏を初めて家に連れてきた時の話とか、なんかそういう懐かしいお話、子供たちが、姪っ子たちが知らない両親の姿みたいな話をね、したりして、えーそうだったんだーとか、あと私が知ってるその義理のお兄さん、まあ義理のお兄さんってね、姪っ子のお父さんの話、
家では実は厳しかったとかね、なんかそういう知らない話を聞いたりとか、あとママはね、子供の時、私たちは子供の時6歳離れてるので、こうこうこうでーとか、まあ自分がもう小学校の時には、小学校入った時には姉は中学生だったので、もう違う別世界の人っていう感じでね、あの暮らして一緒に来たけれども、こんな時はこんなことしてくれたんだよーとかね、
こういうのは苦手だから、私がやってあげてたんだよーとか、なんかそんな話とかできてね、楽しかった、面白かったなーというふうに思いました。
うーん、今度ね、もう一人姪っ子ちゃんのお姉ちゃんの方もね、一緒にお出かけできるような機会がね、持てたらいいなーとか思うんですけれどもね、うんうん、そんな感じで過ごしました。
6月24日の火曜日は、長女、成人式のフォトセッションに行ってまいりました。
成人式ね、今20歳なので、成人式の写真のことをね、ちゃんと考えればよかったんですけど、私もあまり考えてなかったのと、でもね、20歳になったら日本ではこういう写真撮るんだよーっていう話をしてて、不運ぐらいの感じだったんですよね、やりたいとかなかったので、なんか全然
ちょっと頭の片隅にはちょっとあったけれども、写真撮るっていう感じになってなくて、なんか撮らないままの感じでしたね、私の中でね。七五三の時はよく考えてたんですけれどもね、なんででしょうね。
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まあなんかそんな中、昨日ね、長女が一緒に時間を過ごしたシンガポール時代の親友ちゃんがね、ちょっと前にね、成人式の写真をSNSにアップしてたんですよね。
で、ああこんな素敵な写真撮ったんだっていうのを、その時点で私も長女も見ていたんですけれども、その時にね、多分ね、成人式の写真を撮るんだよっていうようなお話をしてたと思うんですけれども、長女も多分あんまりそんな撮りたいとか、そういう感じじゃなかったんですよね、きっとね。
なんですが、昨日ね、その親友ちゃんと会って、また写真を多分見せてもらったりして、したのもあったと思うんですけれども、あ、違うな、会う前に、もう先週の時点で、なんか撮りたいなーっていうふうに言い始めたんですよね。
で、日本に帰る時間がもう10日後ぐらいに、その時点で迫っていて、あら、これはね時間がない、どうしようということで、急遽ね、あのー、あちこち写真屋さん、写真撮ってくれそうなところをね、見つけてっていうか、成人式写真とかで検索をして、いろいろな写真スタジオのページを見たんですけれども、やっぱりあの前もってね、その振袖を決めたりとかで時間が足りないっていうので、
あ、どうしよう、どうしようって思ってた時に、七五三の写真などを撮るのにお世話になっていた、大木久保にあるね、ファミリー写真館ピノキオっていうところ、そういえばピノキオで今までいつも写真撮ってたよねっていうことで、ピノキオに急遽連絡をして、こうこうこういう事情で、あの写真を撮りたいんですけれども、っていうふうに言ったら、
今日の間にカタログを見て、お着物を3つ選んでいただいたら、それを、そういう着物を置いてあるその衣装スタジオから写真スタジオの方に送るので、間に合いますよっていうふうに言っていただいて、急遽ね、あの予約を取って写真を撮ることになり、この日がね写真を撮る日になりました。
やっぱりね、やって良かったなというふうに思いましたね。なんか、やっぱり思い出っていうかね、なんかそういう写真になるし、なんか日本に来て着物を着て写真を撮るっていうのを、また今まではこう浴衣とか七五三の時はね、まあちゃんとした写真を撮ったけど、大人になってからは浴衣しか着たことがなくて、振袖っていうものをね、ちゃんと、
あ、でも七五三の時に家族で撮るっていうので、下の子の七五三の時に一緒に振袖着て一回撮ってるけども、それってかなり前のことなんですよね。もう10年くらい前の話なので、ちゃんと大人になった時の写真っていうのをね、撮ることができて、やっぱり良かったなというふうに思いました。
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私自身はね、成人式の写真、成人式の時にはね、撮らなかったんですよね。私は多分23歳か24歳ぐらいの時に、振袖をね、成人式用に母が釣られてくれた振袖を着て写真を撮って、振袖はもうね、それっきりですね、あの振袖ね。で、結婚してしまったらなんかあんま着れないって言うし。
で、その振袖ね、今アメリカに一緒に来ているんですけれども、私自分で着付けもできないですし、なんかもったいないことになっていますね。うんうん、なんかそんなふとした思い出をね、語ってしまいましたけれども。
で、この日はね、写真を撮って、で、写真スタジオでね、あのー、まず私が行って待ってて、長男と次女はね、荻窪の街を散策してたんですけれども、写真スタジオはね、ここだからね、と教えていたので、途中からね、あの写真スタジオの方に来て見学をしていました。
するとね、予定にはなかったんですけれども、カメラマンさんがね、せっかくね、みんないるから、せっかくだから一緒にね、写真何万か撮りませんか?っていうことで、写真を撮ってくれたんですけれども、まさかね、写真撮ってもらえるなんて思わなかったから、メイクだって適当だったし、お洋服だって適当だったし、あ、こんな格好で?っていうふうに思ったんですけれども、まあせっかくなのでね、写真を撮っていただきました。
うん、よかった。うん、よかったなっていうふうにね、思います。なんかこういうスペシャルの写真を撮る時にね、だいたい旦那がね、アメリカで犬たちとお留守番しているので、それはね、ちょっと残念なんですけれども、まあ旦那はいなかったけれども、ファミリーピクチャー的なね、写真を撮れてよかったなと思いました。
で、その日はね、その日の夜は、私は幼馴染のお友達2人と一緒にね、ディナーをしました。2人ともバリバリにね、働いているね、キャリアウーマンでして、1人の子はね、大学の教授をやっています。
そしてもう1人の子は薬剤師で仕事をしながら、あの薬膳カレーっていうのをね、作っていて、イベント的な感じでね、月に何回かレストランっていうかカフェっていうか飲み屋さんみたいなところで薬膳カレーを振る舞うみたいなこともやっていて、すごくユニークな活動をしている子がいます。
で、この1人の子はね、ちょっと遠くに住んでいるんですけれども、もう1人の子はね、ほんとね、うちの実家のすぐ角のところに住んでいて、あの父親同士もね、仲良くて、毎週集まってね、なんか麻雀とかしているみたいなんですけれども、うーん、全く全然違う世界にいるけれども、こうやって会うとね、昔からのその時のエネルギーにつながるっていう感じで楽しくおしゃべりをね、してきました。
翌日6月25日、両親と一緒に国宝を見に行きました。実はこの日の夕方には本当はね、別のイベントがあったんですけれども、両親と一緒にね、映画を見るということが重なり、ちょっとどちらを撮るか迷いながら両親と一緒に出かけることを選択しました。
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国宝をね、見られている方もね、たくさんいらっしゃるかと思うんですけれども、すごく良かったですね。国宝のことね、またこれは別でね、喋ったり書いたりしたいなと思っているんですけれども、世界はね、ちょっと違う。やっていることは違うとはいえ、芸術の世界に生きていて、なんか人間としてのドラマ動向っていうよりも、その芸に対する姿勢とか、
思いとか、なんかそういったところにね、すごく共感をしました。3時間ぐらいあるね、映画でしたけれども、あっという間に過ぎていきましたね。でも私はね、泣くことはね、なかったです。何がね、良かったかっていうと、これね、映画を私と両親の3人で見るっていうこのシチュエーションが、もしかしたら私は初めてだったんじゃないかなと思うんですけど、
子供の時にね、両親と一緒に映画を見に行くってあったと思うんですけれども、妹がね、1歳年下で妹がいるので、多分絶対妹は一緒だったんですよね。私一人が、両親がね、独り占めして映画を見に行くなんてことなかったです。
もしかしたら、母と2人は会ったかもしれないけど、父も一緒で3人で出かけていく、3人で映画を見るっていうのがね、初めてだったと思います。なのでこれ、エモいっていう言葉をね、私が子供の頃、私が若い時はこのエモいっていう言葉なかったので、あんまりこの使い方がよくわからない。
多分この言葉が出てきた時も、私はもう外国に出ていたと思うので、なんかあんまりわからない。でも多分ね、エモいっていうシチュエーションってこれなんじゃないかっていうふうにね、本当に思いました。思いました。
そしてこんなね、人生多分初めてのシチュエーションだったのみも関わらず、写真を撮るのをすっかり忘れてしまったということでね、後からちょっと後悔っていうかね、あ、忘れちゃったみたいなのがあったんですけれども、でもね、なんか心の中にやっぱり刻まれましたね。これは多分一生忘れないんじゃないかなと思いますし、ここでね、ボイスに、声に残しておいて。
またね、ブログにも書いたんですけれども、良かったと思います。この媒体がね、ずっと残っていて、何十年後にかにね、また聞いて思い出せたらいいなというふうにね、思います。
このね、告報なんですけれどね、映画を出るとき隣にね、隣に座っていた人たちか、後ろに座ってた人たちかな、グループ、女性グループがね、お話ししてて、涙は止まらなかったねって言って話していたんですけど、私はね、涙はね、本当出ませんでした。
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そういうものは、私の中でそういう感動ではなかったんだなぁというのがね、ありましたけれども、うんうん、すごく良かったです。この後ね、私本もね、小説の本も読んだので、ぜひね、小説の本も、これ映画を見た人は、小説をね、ぜひ読んでほしいなというふうに思います。
6月26日金曜日、この日はですね、母と妹、そして子供たち一緒に日本に行きました。私の長男なんですけれどもね、将来ファッションデザインの道に進みたいという夢があって、自分で洋服を制作したりしていたんですね。
日本滞在中に、たまたま見ていたNHKのテレビ番組で、ニッポリの特集をやってて、ニッポリの特集をやっているのを目にして、そのニッポリというところがね、繊維外、繊維、ファブリックの繊維、布地の繊維なんですけど、繊維外になっていて、
そういう布屋さんとか、そういう服飾系の問屋さんがたくさんある町だということを知って、あ、ここね、長男連れて行ったらいいかもというふうに思って、また母からもね、母も行ってみたいって、妹も実はね、すごくお洋服を作ったりするのが得意なんですね。
なので行ってみたいというふうに話をしてね、行くことになりました。結構暑い日でね、大変だったんですけれども、結構ね、面白かったです。いろいろなね、雑貨とかもありますし、布生地屋さんはもちろんなんですけれども、糸とか、ほんとちょっとしたアクセサリーのパーツとか、いろいろなものがね、ありました。
ゆっくり見ているだけでもね、面白そうだし、私もね、こう夢がね、こうやってみたいみたいな夢みたいなものがね、憧れみたいなものがあって、ちょっとこう初心者キットとかにね、手を出しそうになったりとかしていたんですけれども、まあ実際にやるかどうかね、わからないんですよね。
なのでね、買わなかった。私は自分自身には買わなかったんですけれども、長男はいくつかやっぱり布を買ったり、糸を買ったりとか、あと便利そうなグッズがやっぱり日本ならではのね、あったりして、そういったものをね、あの選んで買っていました。
なんかこの日もね、あの写真を全然撮らなかったっていうね、あのちょっと残念なことがありますけれども、まあ楽しくね、買い物をしました。でもなんか私たちが一番ね、楽しかった、私があったかな、私とジジョ一番楽しかったのは、その線以外にディスカウントショップがね、あって、それがね、面白かったです。雑貨とか、いろいろなものがね、売っていて、すごく安くね、売っているんですよ。
18:04
そこを見てね、こんなの欲しい、こんなの欲しいって、いろいろね、買ってしまいました。なんかね、行ったことなかったら、ぜひね、みんな行ってみてください。
6月27日は、猫カフェに行ってきました。日本に行ったらやりたいホットリストの中にね、猫カフェというのが入っていたんですけれども、長男が3月に日本に来た時に、バンドのね、吹奏楽のお友達みんなでね、原宿に行って、猫カフェに行って、その猫カフェにね、また行きたいということで、原宿にお出かけして行ってきました。
いやー、猫ちゃんたちがね、すごく可愛かったですね。私もいつかね、人生の中で猫を飼ってみたいという夢があるんですけれども、うーん、なんかその夢がね、また膨らんでしまいました。
すごくね、可愛くって、インスタグラムの方でね、動画を作ってね、あげてあるんですけれども、そのインスタグラムの動画ね、今までの私のリールの中で一番ね、再生回数を稼いでおります。
本当にね、なんかふわふわで綺麗で可愛くて、結局私たちはね、2時間そこに座ってしまいました。
そしてその後ね、原宿の街をね、プラプラして、お買い物をちょこちょこしたりとかして、それから新宿の方に行きました。
新宿ではね、もうちょうど日本に帰ってきてすぐぐらいに、長男と長女に鬼塚タイガーで靴を買ってあげたんですね。
その時にね、次女は靴は買わなかったんですけれども、実はなんか気になっていた靴があったそうで、
日本に帰る日がね、近づいてきているので、日本に帰る前にね、欲しいものとかやりたいこととか、ちゃんとあったらね、ちゃんと言ってねっていうふうに話していました。
で、その時に、実は鬼塚タイガーで気になっている靴があってっていうふうに言ったので、
ちょっとね、お店の方に連絡をして、在庫があるかどうか聞いたところ、あるということだったので、取っておいてもらってね、その日にね、その靴をね、買いに行きました。
で、その時にね、次女に靴を買ってあげただけではなく、長女にね、鬼塚タイガーの、なんていうかな、赤とピンクの間くらいの淡い感じの赤?ピンク?
に、すごいかわいいタイガーのね、写真じゃない、アップリケっていうんだっけ、あれがくっついてる、すごいかわいいね、帽子があって、私もこの帽子かわいいって思ったら、長女はね、この帽子欲しいっていうことで、その帽子もね、買いました。
で、その後東急ハンズを見てね、実家で、実家じゃないですね、アメリカでお留守番をしている夫にお土産を買ったりとかして、
で、それから長女がね、ちいかわが好きで、私はちいかわのことは全然知らなかったんですけれども、日本に来てからね、そのちいかわのことを知って、長女がね、そのちいかわのお店に行きたいということで、そのお店もね、見に行って、お土産などを買いました。
21:03
で、この日はね、金曜日だったんですけれども、私の姉がね、あの遊びに、実家の方に遊びに来てくれて、一緒にね、お泊りもしました。で、老いっ子もね、学校の後にお泊りに来てくれて、老いっ子はね、期末テストが終わった週末だったので、もうのびどびとね、羽を伸ばして、一緒にね、遊んだりとかできましたので、よかったかなと思います。
で、この日の夜はね、姉が春巻きをね、準備してくれていて、みんなでね、お家に帰った後、春巻きを巻き巻きして、そしてね、それをあげてもらって、食べました。私は相変わらず何もしておりません。
で、6月28日土曜日、この日はですね、姉がね、お泊りしたので姉がいて、老いっ子がいて、子どもたち、何をしたか分かりませんですが、おいてですね、私は午後に、午前中はね、多分実家でのんびり遊んだりして過ごしたと思います。
で、午後に、この日はいよいよ待ちに待った私の寄港の個人レッスンがありました。私の先生、寄宿を主催されている木村先生なんですが、本拠地はね、関西の方なんですね。なんですけれども、月に一度、月終わりの週末に東京に出てきて、東京寄宿というものを主催してくれます。
で、その東京寄宿の中で寄港の個人レッスンというのをやっていて、その個人レッスンをね、前々から6月に日本に帰って寄宿を受けられるので、もう絶対絶対個人レッスンの組時間、私のために空けておいてくださいって言ってね、予約開始から結構すぐ席がなくなっちゃうんですけれども、予約開始の前から言っていて、
あの先生にもお願いしていました。というのも予約開始というと時差があったりとかして、あの私もミスしてしまうこともね、あるかもしれないので、そしたらもう先生もね、わかったってちゃんと寄港のためにね、空けておいてあげるからねって言って、前々からね言って空けておいてあげるっていうか、この日の何時っていう風にね、予約が始まってない時からもう予約をしていました。
先生の東京寄宿なんですが、うちからね、歩いて行けるところにスタジオになっているアパートメントがあって、そこに行きました。で、とことか歩きながら20分ぐらい懐かしい道をね、歩いて、あ、この辺に私中学校のとき通ってた塾があるなーとかね、こんなに小さかったんだっけーと思いながらね、歩きながら、あの先生のレッスンに行ってきました。
1時間のレッスンだったんですけれども、あっという間に過ぎましたね。なんか今まで自分が寄港をやってきて、自分自身でオンラインでね、先生とトレーニングをしているわけですけれども、やってたことが間違ってなかったし、自分自身がこうなのかなーと思いながらやっていたことを確認することができました。すごく良かったです。
やっぱなんか、そしてね、やっぱり思ったことは、対面でないとできないことがあるとはゆえ、これだけやっぱり真剣にね、毎日自分で練習を重ねて、訓練を続けて、鍛錬をしていると、その対面でできないことを超えていくこともできるんだなというのも、なんとなく確認できたなというふうに感じています。
24:20
そしてこの日の夜はね、お家でご飯を食べましたね、確か。なんかちゃんと記憶がありません。
そして翌29日日曜日、この日はですね、この東京寄塾のグループレッスンというか、グループで集まっての東京寄塾というものがね、ありました。
私はね、この東京寄塾の時に私が来るということで、先生がですね、育子スペシャルということで、先生の講義の後に私が何かワークショップをやるっていうふうになっていて、ちゃんとね、私は自分で何をやるのかはっきりとは分かっていなかったんですけれども、
バレースペシャルということで、身体を使って気を回していくということにつながっていくというようなことのワークショップをやりました。バレー、クラシックバレー、モダンダンス、ジャイロトニックの動きをベースにした体を動かすワークショップですね。
すごくね、楽しかったですし、やっぱりこうやって体を動かすことを教えるっていうのは、私好きなんだなっていうことを確認。もともとに私、教えることをすごく好きで、バレーにしてもベリーダンスにしても、みんながだんだんだんだん上達していくっていうのが、やっぱ目に見てわかるのと、やっている人たちも自分で実感するじゃないですか。
そういったことの喜びの共有というところに生まれるエネルギー、そういったものを感じるのがすごく好きですね。今回やったこともね、皆さんね、やっぱ機塾でちゃんと機構をやって真剣にやってる人たちが来ているので、やはりエネルギー的にドーンとしていて、バレーをやったことない人たちがほとんどだったんですけれども、みんな教えるとね、
状態しっかりドーンとされて、ブレがない。すごくね、面白かったですね。みんなバレーのレッスン行ってほしいと思いましたね。意外と短時間で行けちゃうんではないか。いいところまで行けちゃうんではないかという感じがしました。
でね、その後にね、翌日とかにインスタグラムなどの方にね、DMをね、くれた、感想をくれた人たちもいて、すごい楽しかったです。嬉しかったですし、普段あんまり使わない筋肉をやっぱり使うということで、なんか筋肉痛になったとかね、教えてもらって楽しかったとか、すごく嬉しかったです。
私も気候意識と呼吸を用いたね、この内単気候というものを教えていますけれども、この体を使っていくっていうことも同時にね、やっていきたいなっていうふうに強く思いましたし、やっぱりこの体を動かしていく、体を使っていくっていうことを教えるの、結構私向いてるんじゃないかなっていうふうに再確認いたしました。
27:15
これからね、私の気候クラスまたちょっとね、アップグレードされていくと思います。
そしてね、日本にはこの日が日曜日でね、もう次の次の日、アメリカに戻るというね、あと残すとこ2日ということだったので、家でね、ちょっとずつパッキングをね、していました。
パッキングをしていて、スーツケース3つで、子供たち3人と私4人でスーツケース3つで来たんですけれども、やっぱり足りないということで、帰りにね、スーツケースを声優でね、買って帰りました。
そして夜はね、お父さんがね、頼んでくれたポーキョーミークでおうちシャブシャブ、すごく楽しい時間を過ごしました。
で、妹もね、来ていたので、本当にこの日が妹とお一子と今回会える最後だったので、バイバイの時はね、やっぱりちょっと寂しかったし、でもまたね、会えるし、いつかね、アメリカにも来てほしいなというふうに思います。
そして6月30日月曜日、この日がね、いよいよ日本で過ごす最後の日になりました。
まあとにかくですね、荷物を作んなくてはいけないということで、子供たちをね、早く起こしてね、荷物を4つのスーツケースにうまいこと詰め込んでいく。
そしてね、体重計を借りて、体重計で荷物の重さをね、測りながら、これが重いからもうちょっとこっちに入れようとか、これはもうギリギリいけるかいけないかとか、なんとなくオーバーしてるというふうな感じでね、思ったりとかして、うーん、まあでもうまいことね、4つになんとなくパッキングをしました。
そしてね、明日帰るのに、成田からね、いつも帰るときは、日本に来たときはね、いつも空港からバスに乗ってくることがほとんどなんですけれども、帰りはね、バス渋滞したりね、事故があったりわからないので、もうちょっと確実にね、ちゃんと空港に行けるように、いつも新宿から成田エクスプレスをね、利用しています。
なので特急券をね、買うために、中野の緑の窓口にね、行きました。阿佐谷にはね、前は緑の窓口あったんですけれど、なくなってしまったので、中野まで行って、で、特急券を買って、それから中野の丸井に行って、無印良品の方でですね、最後のお買い物をしました。
私が日本でね、いつも買うものといえば、無印良品で言っている乾燥梅なんですね。もう中国産ですよ、梅は。もうでもいいんです、そんなことは。そんなことはもうどうでもよくて、梅干し買いました。乾燥梅をね、いっぱい買って、そんなにね、重さもないので、もうありったけ買って、で、私のジジョはね、ジジョも梅干しが好きで、ジジョはちょっとソフトなやつが好きなんで、ソフトなやつあるだけ買って、で、最後のお買い物ですね。
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しました。で、私この日ですね、すごい行ってよかった。このためにやっぱ来たんだと思ったのが、梅干しはもちろんなんですけれども、手帳をね、買うことができました。それまでも無印の手帳をチェックしていたんですけれども、日本で売ってるし、4月始まりの手帳しか置いてなくて、で、アメリカだとね、学校が始まるのが、もうこちらだと8月7日頃なので、この秋始まりの手帳っていうのをね、
やっぱり学校の1年度っていうので、秋始まりの手帳がやっぱり一番使いやすくて、で、求めていたんですね。私以前無印で秋始まりの手帳売ってるよっていうのを見たことがあって、あるのは知ってたんですけれども、私がいる時はまだ売っていなくて、やっぱちょっと早すぎたのかなと思ったんですけれども、この最終日ないと知りつつ見たらあったんですよね。
で、この手帳の話ね、またしたいなって紹介したいなというふうに思っているんですけれども、あ、これを買うためにはやっぱ、私今回無印来たんだなって、本当だったら荷物、4つの荷物本当重量ギリギリで全てが買えないって思ってたんですけれども、結局ね、なんとかなるだろうと言って梅干しも買って、そして手帳を見つけた。
つい数日前、どっかで無印寄った時にはなかったので、本当にラッキーだし、シンクロが起こったなっていうふうに引き寄せたなっていうふうにさすがだ自分なんて思いましたね。
うんうんうん、まあこれはね大収穫でした。いやーこの日が最後でね、本当に両親に甘えに甘えてね、何もしないでご飯も1回しか、2回かなしか作ってあげなくて、朝もゆっくり過ごしてね、これもあのアメブロの方にはね、書いてノートの方には書いてないんですけれども、本当にね甘えさせてもらいましたし、
またね、お母さんもお父さんももしかしたら、私のことをね甘えさせたいっていうふうにね、思ってくれてたんじゃないかなというふうにね、ふーってね思ったりとかしていたんですよね。
そういうのも私もね、長女がすぐ近くとはいえね、大学で家を出てたまに帰ってきたりね、休みの時にふーって帰ってきたりとかすると、なんかやってあげたいっていうふうに思うんですよ。お手伝いもね、長女にあれしてこれしてって頼むんじゃなくて、長女にはやってあげたいというふうに思うんですね。
来年ね、長男が大学に行くわけですけれども、長男がね、できればニューヨークの大学に行きたいというふうに考えているので、本当に巣立つっていう感じで、そうなったらやっぱ長男来年からね、もう自分一人で生活していかなきゃいけないので、ということを考えるとやっぱね長男にもね、やってあげたいという気持ちがね、今芽生えているんですよね。
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なんかそんな感じで、滅多にね、数年に一度しかこうやって時間を過ごすことができない娘が孫と一緒にね、帰ってきて、やってあげたいっていうふうにね、もしかしたら思ってるんじゃないかなーってね、こっちは勝手なね、想像なんですけれども、思ってないかもしれないんですけれども、ふと思ったりしてね、本当に甘えさせてもらいました。
朝ね、お父さんとお母さんが早起きしてね、で私も目覚めてて起きてるんですけど、そのお父さんとお母さんが一日の活動を始めていくときの生活の音とか、それこそね、そんなものをね、録音してたらね、よかったなーなんてね、思うような感じでこうやって話してても、なんかちょっと私泣いちゃいそうですけれども、うーん、なんかあと何回ね、こんな時を過ごせるのかわからないですね。
両親ももう年ですし、今は元気だけれども、いつ何があってもやっぱおかしくない?で毎回の一時帰国でね、私、あ、これがもう最後かもしれないっていうのをいつも思って、もうシンガポールに住んでるときからですね、だからもう本当に長女が20歳だからだいぶもう20年以上なんですけれども、一時帰国するために、旅にこれがね、最後かもしれない、これが最後かもしれないっていうふうに、
頭の中に置いて、その時その時をね、やっぱ大切に過ごしてきました。またね、次の一時帰国ってやっぱり2年後かなーっていうふうに思っているんですけれども、その時まで本当にね、元気でいてほしいなーっていうふうに思います。
またね、一瞬こんな良い時間をね、過ごせることをね、やっぱ願ってしまいますね。きっとね、そうなるんじゃないかなというふうに思っています。そして7月1日の火曜日、バイバイ日本ということで、アメリカに帰る飛行機に乗る日になってしまいました。
成田エクスプレスね、午後だったんですね。飛行機がね、夕方の夜の6時の出発だったので、午前中はね、両親と一緒にゆっくり過ごすことができました。みんなでね、カードゲームをやってね、UNOとかスキップを持って行ったやつをね、お土産に置いてきたんですけれども、お土産にも買って持って行ってたので、スキップを。
それで遊んだりとかをして、なんかおしゃべりをして、やっぱりなんかふとね、ちょっと悲しいっていうんじゃないけど、ふとなんか涙が出そうになったりとか、そういうのもあったんですけれども、お母さんも同じかな。きっとね、泣いたりしたんじゃないかなと思いますね。
そうまあ、午前中はね、そんな感じでゆっくりね、楽しく過ごして、お昼ご飯を一緒にお家で食べて、それから午後にね、成田エクスプレスがだいたい20ぐらいだったのかな、なので、新宿に向かいました。両親もね、一緒に来てくれて、成田エクスプレスのホームでね、バイバイしました。
36:12
本当にね、子供たちもホーム去るのも寂しいし、じいじいバーバとお別れするのもすごく寂しいし、みんなでやっぱり涙、涙になってしまいましたけれども、お別れをした後はね、やっぱり気持ちはね、アメリカに向かっていきますね。
飛行機はね、来る時と同じで、ハワイアン航空に乗って、シアトルまで行って、シアトル乗り換えで、アラスカ航空でデンバーに戻るという感じでした。成田空港を着いたら、レノベーションしていたんですね。すごく綺麗で、うわぁなんか、お買い物できる場所、そのお店とかのところもすごい新しくなっていて、うわぁこれはチェックインした後楽しみだなぁと思っていたんですけれども、
まだね、ハワイアン航空とアラスカ航空って、統合してから半年ぐらいは経っているんですけれども、システムがね、まだ一本化されてなくて、ハワイアン航空だけだったら、オンラインチェックインができたんですけれども、乗り換えでアラスカ航空の発券が必要な場合、窓口に行かなきゃいけなかったんですね。
なので、他のカウンターはさ、他の航空会社のカウンターはもう好き好きなんですよ。みんなオンラインでね、オンラインっていうか、オンラインチェックインじゃなくて、オンラインチェックインもできるし、その場での発券機を使ってのね、発券でカウンターに行く必要がほとんどない荷物を預けるだけなんですけれども、もうオンラインチェックインもできない状態だったので、ものすごい人数並んでて、
あれこれちょっと、2時間前に到着して、ちょうど2時間前ぐらいに到着してたんですけれども、ものすごい列になって、あれこれちょっとやばいかもっていうふうに思ったんですよね。なんですけれども、まあ30分ぐらいでも並んだかな、30分、結構長く並びました。
なのでね、最後のお買い物もっと楽しむ予定だったが、ゆっくりはできず、まず飛行機で食べる最後の日本の食事ということでね、セブンイレブンがあったのでセブンイレブンに行って、おにぎりとかね、子供たち買ったりとか、お弁当買ったりとかして、機内で楽しむご飯をまず買って、で、それからほんのちょっとだけですよね、お買い物できたの。
なんかいやー、あんなに並ぶと思ってたらね、もうちょっと早く行ってもよかったかなとかも思いつつ、まあ仕方がないですね、セキュリティーを通って、セキュリティーを通った後にお茶を買ったりとかしてね、飛行機に乗り込みました。
そしてね、シアトルの乗り換えだったんですけれども、シアトルで乗り換えでアメリカに入るので入国管理局を通らなくてはいけないんですよね。やっぱりトランプ政権になってから入管が厳しくなったっていう話を聞いていたので、ドキドキしましたね。
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2年前は子供たち3人アメリカシチズン、アメリカ市民権、アメリカパスポートを持っているので、私もグリーンカードを持っているので、その場合はアメリカシチズンと一緒にアメリカ人の列に並ぶことができるんですけれども、もうできないんですよ。
グリーンカードを持っていても外国人であるから、外国人のところに並ばなくてはいけなくて、子供たちはアメリカ人だからね、アメリカのところに並んで出たところで待つのかなと思いきや、やっぱり家族なので、グループ、ワングループなので、子供たちも一緒に外国人の列に並ばなくてはいけなくて、そこで入国しました。
やっぱりね、フレンドリーな雰囲気って以前はちょっとあったけど、一切ないんですよ。みんなすごいイカツイ顔をしてね、厳しい感じを醸し出していましたけれども、入館での私がちょうど窓口に当たったね、入館の人はね、日本が好きな結構若い女性だったんで、日本はどうだったなんて聞かれてね、ちょっとわけあいあいとしながらね、表紙抜けする感じで通り抜けました。
で、そこでね、1回シアトルでね、ピックアップしてた自分の荷物をもう1回そこでトランジットですっていうので預けて、デンバーにね、向かいました。
で、デンバーにはね、夫が迎えに来てくれていて、そこで車に乗ってお家に帰ってっていう感じで、日本への一時帰国っていうのが、本当に終わっちゃったなという感じになりました。
いやー、なんかこのポッドキャストでね、話していても、やっぱすごく長くなってしまいましたし、今もすごい、どれくらい話してるんだ?ね、1時間近く50分ぐらい話していますけれども、あー本当にね、よかったです。またね、楽しみでこうやって残せるっていうね、このテクノロジーにも感謝ですね。
これがなかったらたぶんね、日記に書いていたと思うんですけど、日記に書くのも大変ですよね。私この滞在期、ノートの方に5回に分けて投稿をしていて、そのことはね、概要欄の方に貼ってあるんですけれども、このノートの方にね、いっぱい写真がね、この話したのと並行する感じで写真がたくさんアップされているので、ぜひね、写真を見て楽しんでいただけたらね、嬉しいなというふうに思います。
うーん、いやー、これで一応記録の方終わりました。なんか懐かしいなーって言ってね、80歳までこのスタンドFM、スポティファイ、ノート残っていたらね、おばあちゃんになってから聞き直したり、読み直したりしてね、懐かしく思っている自分がいるのでしょうか?いてほしいなというふうに思います。
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長いことお付き合いいただきましてありがとうございます。ファイナルもね、結局50分ぐらい喋ってしまいましたけれども、またね、次の一時期を楽しみにしながら、その時の日まで私も毎日ね、大切に大切に過ごしていきたいと思います。
ではではみなさん、あなたの夏の思い出教えてください。なんかこういうのね、お友達とか聞いててアップしてたらね、あのツイッターとかにね、夏の思い出アップしたよーみたいなの見つけたらね、私も遊びに行きたいと思います。
ではでは、最後までお聞きいただきありがとうございました。バイバーイ。
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