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#7 【1-4】  CHANEL N°5はなぜ伝説になったのか?|シャネルが“記憶”をデザインした日
2026-05-15 19:34

#7 【1-4】 CHANEL N°5はなぜ伝説になったのか?|シャネルが“記憶”をデザインした日

シャネル第4回。


今回は、

第一次世界大戦後から第二次世界大戦直前まで、

CHANELというブランドが

“ファッションブランド”を超えていく瞬間を追っていきます。


・1921年 CHANEL N°5

・1926年 リトルブラックドレス

・1932年 ダイヤモンドジュエリー

・スキャパレリとの対比

・「自分自身が広告になる」という発想

・そして1939年、戦争前夜へ


今回かなり重要なのは、


👉 シャネルは“服”を作っていたわけではない


という点です。


N°5によって、

CHANELは「香り」で記憶へ入り込み、


リトルブラックドレスによって、

“喪の色”だった黒を、

現代女性の制服へ変えていく。


さらに、

ジュエリーすらも

「所有される女性」ではなく、

「自分の身体を生きる女性」

のために再設計していきました。


つまりシャネルが扱っていたのは、


・身体

・気配

・記憶

・社会的立場

・女性の動き方

・女性の見られ方


だったのです。


また今回は、


・ポワレ → ファッションを劇場へ

・スキャパレリ → ファッションをアートへ

・シャネル → ファッションを生活へ


という対比もかなり面白いポイントです。


なぜCHANELだけが、

100年以上経っても

“思想”として残ったのか。


ぜひ最後までお楽しみください。


---


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サマリー

シャネルは第一次世界大戦後、最愛のパートナーを失いながらも、ファッションブランドの枠を超えて「香り」「記憶」「身体」「気配」といった目に見えない領域へとブランドを拡張していきました。1921年のシャネルNo.5は、視覚的な服から記憶へとブランドを広げ、1926年のリトルブラックドレスは喪の色であった黒を現代女性の制服へと昇華させました。さらに、1932年にはジュエリー界にも参入し、所有される女性のためではなく、自身の身体を生きる女性のためのアクセサリーとして再定義しました。シャネルは、ポワレの劇場的なファッション、スキャパレリの芸術的なファッションに対し、生活に根差したファッションを提案し、デザイナー自身がブランドの顔となることで、100年以上経っても「思想」として残るブランドを築き上げたのです。

シャネルNo.5:服から香りへ、記憶への拡張
はい、本日も始まりました。物と価値のリベラルアーツ。パーソナリティのきのです。 まずは前回までのおさらいですね。
個人を出て、二人の男性によって店を出すことに成功したシャネルは、ジャージー素材を使い、第一次対戦中の世界で大ブレイクを果たしました。
そんな中、最愛のパートナーであるアーサーボーイカペルを事故で失い、失意の中に陥ってしまうんですが、
シャネルはその中でも進むことをやめませんでした。 今日はそんなところから話し始めたいと思います。
1921年、シャネル N°5 服から香りへ。 このね、N°5っていうのはね、かなり有名な香水になるんですけども、
この1921年シャネルはね、シャネル N°5っていうのを発表します。 これね、マリリン・モンローだったりとかのね、名言でかなり流行ったものでもあるんですけども、
シャネル公式はこれをドレスメーカーによる最初の香水として香水の行動を覆したと説明しているんですね。
ここでシャネルは服のブランドから体全体のブランドへ広がっていきます。
服っていうのはね、視覚的な世界観なんですけども、香りはね、見えない世界観っていうのを表現しているっていう感じの考え方なんですよね。
つまりN°5っていうもの自体は、シャネルを視覚から記憶へ拡張した商品っていうことが言えるんではないかなと思うんですよね。
これってね、かなり重要なんですけども、シャネルは女性が服を着ることで自身が考えていた自由みたいなものっていうのを表現して、世界観を共有していったわけなんですけども、
その次として香りで女性の存在の残り方を変えたっていうふうに言われるんですよね。
匂いっていうのは、やっぱり記憶に残る。これ結構ね、皆さん経験あるかと思うんですけども、
ふとね、通り過ぎた時に懐かしい匂いがしたりとかですね、もしかしたらそれが元カノとかだったかもしれないですし、
お世話になった人だったかもしれないし、もしかしたら家の匂いとかそういったものでも思い出すことってあるんじゃないかなと思うんですよね。
結構僕もね、ノスタルジックな気分になる時とかはありますよね。
昔こんな香水あったなーとかだったりとかね、そういったところで記憶をね、パーッとその匂いを嗅いだ瞬間に、
当時の記憶みたいなものがね、フワッて出てくることっていうのがあると思うんですけども、
一緒に過ごした時間だったりとか、存在していたこと、そういった記憶に残るようなことっていうのを、
シャネル自身は本当にしたかったんじゃないかなーって思うんですよね。
で、というのも、この時っていうのは、アーサーボイカペルが亡くなって2年後なんですよね。
ということは、その間で企画とかそういったことを考えると、結構2年で出したっていうところが、
その直後に出したと言ってもいいんじゃないかなって思うんですけども、
その時にもしかしたら、アーサーボイカペルの匂いですよね。
部屋とかに残る匂いとかを嗅いだ時に、そういったこと思い出したり、彼を思い出したりとかして、
そのきっかけでこういった発想が出てきたんじゃないかなっていうふうにも思うんですよね。
なので、彼が亡くなってから2年後っていうのに、このNo.5っていうのが生まれたことにはね、
本当に意味を感じてしまいますよね。
で、この拡張によってシャネルは単なるクチュールメゾンではなくて、
女性の体、記憶、気配とかまで扱っていくっていうね、
女性本体自体の世界観を作っていくようなブランドになっていくっていうことなんですよね。
寝る時にはシャネルの5番を振りかけるだけですよっていうのがマリリン・モンローの名言なわけですけども、
そのね、シャネルの5番の匂いを嗅いだ時にマリリン・モンローのことを思い出した男性は結構いるんじゃないですかねっていうところですね。
彼女はいろいろありますからねっていうところなんですけども。
リトルブラックドレス:黒の再定義と普遍的なエレガンス
そしてですね、1926年リトルブラックドレス、黒、現代女性の制服へというところでですね、
1926年にシャネルのリトルブラックドレスが登場するわけなんですよね。
これメトロポリタミュージアムでは、1926年のリトルブラックドレスが午後からのカクテルタイムまで着られる定番として、
非制服にも翻訳され、アメリカの女性に実用的で品の良い黒っていうところを広めたっていう形で説明されてます。
またアメリカンボーグではこれをフォードオブファッションっていう形で呼んでいましたっていうところなんですよね。
ここで重要なのは黒を模服のイメージから近代的エレガンスっていうところへイメージを、価値観を変更したっていうところがすごく重要なんですよね。
それまでね、黒っていうのは本当に模服だったりフォーマルの色っていうイメージが強かったんですよね。
ちょっと不吉な感じだったりとかね、そういったところのイメージが強かったんじゃないかなって思うんですよね。
でもシャネルはその黒をね、誰でも着られる風に変えていったっていうところなんですよね。
これね、なんかね、僕はね、魔女の宅急便を吹いて思い出してしまうんですよね。
黒派女性を一番よく見せるっていう話があるんですけども、それをね、まさに体現したんじゃないかなっていうふうに思うんですよね。
フォードオブファッションという表現が面白いのも、フォードの車のように普遍的で機能的で広く届くっていう意味が込められているからなんですけども、
リトルブラックドレスっていうのは、その高級服なのに民主的だったりとか庶民的だったりとか、
シンプルなのに強かったり、そうですね。
物色なのに自由っていうのを表現してたりっていうところで、
これでね、シャネルのね、その対比というか、その価値観の変更した、
この美しさみたいなものがすごく表現されているものなんじゃないかなっていうふうに思いますよね。
ダイヤモンドジュエリー:伝統への挑戦と身体との一体化
で、そして1932年なんですけども、ダイヤモンド、ジュエリー、ジュエリー界に参入していきます。
シャネルはダイヤモンドジュエリーのコレクションですね、発表していくわけなんですけども、
シャネルの公式はこのコレクションが落ち着いたファインジュエリーの世界にスキャンダルを起こして、
それまでの常識を時代遅れにしたっていうふうに説明しているわけなんですよね。
ここもね、かなりシャネルらしいんですけども、
シャネルはね、鉱石の世界でもその伝統的なことっていうふうにはしなかったんですよね。
まあ、貨宝としてっていう感じのジュエリーのイメージだったところなんですけども、
軽やかでね、動きのあるジュエリーっていうのを出すことでですね、
当時ね、世界恐慌の直後でもあったりして、
社会がすごく不安定な中でね、ダイヤモンドっていうのはね、
価値の再活性化っていうのを求めていってたところなんですけども、
そこにね、シャネルがスッと入り込んでいくというところ。
ジュエリーの価値観を変えたことで入り込んでいくっていうところですよね。
これはもう単なるジュエリーの発表とかではなくてね、
ジュエリーっていうものをね、自分の体の延長線として纏うための提案だったっていうところですね。
なので、それまでっていうのは、やっぱ男性がプレゼントしてっていう、
あの人にもらったんですみたいな感じのところから、
自分のスタイルの一つとして出していくっていうジュエリーの提案。
なので、今のね、ジュエリーの価値観って本当にここから来ているんじゃないかなっていうふうにも考えられるんですよね。
もっとね、いろんな人が価値観の変更していっているとは思うんですけども、
結構根幹的な部分に触れているものだとは思いますね。
時代背景とデザイナーの対比:シャネル、スキャパレリ、ポワレ
そして1930年代っていうのがね、大恐慌だったり映画だったり国際化とかっていうので不安定な時代になっていくんですけども、
そこの中でシャネルはさらに国際的に知られていくんですよね。
で、あの社会はね、どんどん不安定になっていったっていうところなんですけども、
1929年で言えば世界恐慌がありますし、
ヨーロッパは政治的不安がすごく動き減らしている最中ですよね。
第二次大戦前ですし、その第一次大戦後のね、いろいろな状況っていうのがあったっていうところなんですけども、
ファシズムですよね、独裁的政治とかっていうのを動き出しているのもこのあたりの時代なんですよね。
なのでファッションの世界でも新しい緊張っていうのが生まれてきてますというところなんですよね。
そしてね、1930年代にはね、エルサスキャペリっていうようなデザイナーが出てくるんですよね。
彼女はシュールレアリズムっていう芸術家とかのね、共闘によってファッションをより奇抜で知的な表現を出していっているんですけども、
このショッキングピンクっていうのをね、生み出したことでも有名なデザイナーですよね。
これがね、シャネルと対立するというかね、対照的なものとして出てくるんですよね。
シュールレアリズムっていうのはね、サルバトレ・ダリーとかのあのあたりの絵画とかイメージを想像していただくとわかりやすいかなっていうところですよね。
なのですごくアーティスティックな感じなんですよね。
ここでね、シャネルとかがね、どういう立ち位置だったかみたいなところなんですけども、
ポルポアレはファッションを劇場に変えていって、スケパレリはもうそのファッションをね、アートに変えて、ファッションでアートを表現していったっていう感じなんですよね。
で、シャネルはね、ファッションを生活に落とし込んでいったっていう比較的ね、身近なところに行っている感じなんですよね。
この違いっていうのがね、非常に重要なんですよね。
なのでシャネル自体っていうのはね、結構奇抜な感じではあったんですけども、その奇抜さで勝ったっていうのではないんですよね。
で、女性がね、毎日着る、生きる生活だったりとかね、そういったところの目線で作っていったっていうところなんで、強かったっていうところですよね。
シャネルもね、アートでは結構言われてはいますけどね。
はい、実際、はい。
なんですけども、そういったところ、そういった要素もありつつ、でも根幹的な部分としては、日常の生活に溶き込んでいくようなっていうイメージが強かったっていうところですね。
はい。
自分自身が広告塔に:ブランド哲学の体現者
そして1937年、自分自身が広告になる。
これね、見たことある人結構いると思うんですよね。
横顔のやつですよね。シャネルといえばあのイメージかなと思うんですけどね。
そう考えるとね、あれ結構本人めちゃめちゃ美人なんですよね。
はい。
あの印象が多分すごく強いっていうね、製作者自体がね、そのデザイナー自身がね、あのイメージになってるって結構あんまりそんなにないと思うんですけども、その中のね、きっとおかくじゃないかなと思いますよね。
はい。
ここはね、シャネルは単なるデザイナーじゃなくてブランドの顔でもあったっていうところなんですけども、
まあ、現代で言えば創業者自身がインフルエンサーでありクリエイティブディレクターでありブランド哲学の体現者だったみたいな感じで言えるんじゃないかなっていうところですよね。
まあ彼女自身がシャネルというブランドだったわけなんですよね。ここシャネルっていうのがね。
はい。
ここでね、ほんとあの一番最初に言った彼女はね、自分の過去すら編集した人だったっていう話に戻るわけなんですけども、
シャネルはね、服をデザインしたっていうデザイナーという目線もあるんですけども、
まあ自分自身をシャネルっていう記号ですよね。シャネルブランドの中に取り込んでいったんですよね。
はい。
そして、その順風満帆に見えたシャネルなんですけども、1939年、戦争直前にメゾン閉鎖。
メゾンの閉鎖と戦争前夜
1939年ですね、第二次世界大戦が始まる直前、シャネルはクチュールメゾンを閉じます。
この後ね、彼女の人生は最も暗い時期に入っていくんですけども、
ここまでのシャネルはね、自由と近代性のブランドだったわけなんですけども、
戦争はね、彼女に別の顔を出させていくわけなんですよね。
生存だったりとか、権力だったりとか、保身だったりとか、倫理の問題っていうところなんですけども、
やっぱり人間がやっているっていうところなので、そういった面が出てくるっていうお話になっていきます。
はい。
ここから先はね、次の大きなショーになるということで、
今回の範囲はこの辺りにしたいかなっていうふうに思います。
総まとめ:女性の生活を内側から作り変えたブランド
総まとめとしては、帽子屋から第二次世界大戦直前までのシャネルっていうところを話させていただいたんですけども、
この時期のシャネルを一言で言うのであれば、
女性の生活を上から飾るのではなく、内側から作り変えたブランドっていうところなんですよね。
はい。
もうシャネルが扱っていたっていうのはね、本当に体であったりとか、その気配みたいなものであったりとか、
記憶であったりとか、社会的な立場。
女性の動き方、見られ方っていう部分をすごく考えて作られたデザイナーだったんじゃないかなっていうふうに思いますよね。
女性がね、本当に自分の人生を切るための形式だったっていうところですよね。
これがね、やっぱそのブランドのストーリーとして本当に強い部分なのかなっていうふうに思うんですよね。
例えばね、普段の生活をしている人とかでも、多分ね、こういったことに共感される方とかっていうのはすごくおられるんじゃないかなっていうふうに僕は思っているんですよ。
本当にそんな辛い時期もあったりするでしょうし、
それがね、成功していなくて辛いっていう部分もあるでしょうし、成功して辛いっていう部分もあるでしょうし、
成功した中に何かが起きたから辛いっていう部分とかだったりもあったりすると思うんですよね。
その中ででも、やっぱりその中を常に、なんていうんですかね、這い上がってきたというか、七転び八起きで立ち上がってきたシャネル。
常に考え続けてきたシャネルっていうものっていう、そのストーリー自体がね詰まったものを持つっていうことの意味っていうのが、
やっぱりそういうコンセプトでやっぱりそのデザインは作られてますし、
それを持つことで自分がそこに投影するじゃないですけども、投影するみたいな感じでもいいのかもしれないですけども、
そこに憧れていく。持っているけど憧れていく。逆に言えばそれが自分の一つになるっていうところ。
この、なんていうんですかね、シャネルのストーリーと自分のストーリーをつなげていけるっていうのが、
こういったブランドのいいところなんじゃないかなって思うんですよね。
例えばですけども、シャネルのアイテムで言えば、今で言えばね、トラステがあったりするわけなんですけども、
それから先も、ディズニー風だったりとか、22だったりとか、今で言えばね、シャネル25っていうね、25があるわけなんですけども、
そういったそれぞれのモデルだったりとかっていうのをね、全部持てるっていう人もね、もちろん中にはいるかとは思うんですけども、
たぶん実際生きていく中で、数点持てたらいいですし、1点でもね、すごくいいとは思うんですよ。
でも、それらって本当に大事に使いますし、ありとあらゆる場面で一緒に過ごしていくことになると思うんですよね。
そんな中で、シャネルが生きたストーリーっていうのと、自分がやってきたストーリーっていうところに
思いが込められているデザインっていうのを、自分のストーリーと重ね合わせてさらに進化させていくみたいなイメージを持って、
持つことができれば、たぶんね、ふとシャネルのバッグを持って、
5年だったり10年だったりした時に、ふとそのバッグを見た時に、
やっぱりその、シャネルが積み上げてきたストーリーの重さと、やっぱり自分が積み上げてきたストーリーの重さっていうのがね、
重なって見えるタイミングっていうのが来るんじゃないかなっていう風に僕は思うんですよね。
その時に、そのバッグを手放すことで、新しい道に進むっていう決意をするっていうことでもいいですし、
引き続き使っていくっていう風に考えてもいいですし、思い出すためのアイテムとして置いておくっていうことでもいいと思いますし、
例えばね、娘だったりとかに受け継いでいくっていう形でもいいと思うんですよね。
で、そういったことができるし、そういったことをやっても負けないぐらいのストーリーを持っているアイテムなんだっていうのを、
ふと思い出していただければなっていう風に僕は思うわけです。
では、今日のところはこんなところで、以上です。
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