1. 薩摩訛りの耳毒ラジオ
  2. 🌋残るのは思い出だけと感じた話
2026-02-10 22:11

🌋残るのは思い出だけと感じた話

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サマリー

家族との思い出や人との別れについて考えるエピソードです。著者は亡くなった人々との関係や思い出が自身に与える影響、さらに新しい思い出が作られないことについて語ります。人生には思い出だけが残り、死後にはその思い出すらも消えてしまうことについて考えさせられる内容です。特に過去の恋愛や大切な人々との思い出の意味を再認識しています。

家族との時間
2月10日、火曜日。
茶犬の一人MCH長会議。
というわけじゃないんですが、たまたま歩き状態に入ったので収録しようかなと思いながらも、なんとなくライブにしてみた。
小学校に行ってました。長男の発表会、なんて言ったかな。
花南高。発表会みたいな。花南高。ここ学校名が入るんで一応交換しましたけど。
なんかクラス単位でしたね。去年は体育館で2学年ぐらいのやったんですけどね。
自分が把握しきれてないのかな。いろんな会があるから。
今日はクラス単位でやってました。
あ、金さんこんにちは。何がっていうわけじゃなくて、ライブにしてるんですけどね。
たまたま小学校で予定があって、歩いて帰るところになったんで。
子供の発表会みたいなのに夫婦で行ってまして。
妻はそのまま車で仕事に行くということで、私は歩いて帰るよっていう感じになってます。
一応喋ろうと思ったことがあったんですけど。
結構ちゃんとしたテーマを喋ろうと思ってたのに何気に無理でやっちゃったな。
まあいいや。
死生感。死についてみたいな話。
この前、やっぱりふと思ったんですよね。昔と遊んでたときだったかな。
家族で歩いて投票場まで近くの中学校に行ったんですよ。
雪が降ってたでしょ、日曜日。
だから楽しそうにしながら、わわキャーキャー子供たちは言いながら、
それを見ながら家族4人で歩いてるときにふと思ったんですよ。
結局人生ってのは思い出しか残らないんだなっていうことを思いましたね。
亡き友との思い出
何かを成したいとか、お金持ちになりたいとか、子供をこうしたい、ああしたいとか。
あるんだけども、それもこれも全部振り返ってただ思い出になるだけだなっていうのをふと感じたんですよ。
だから今この瞬間ね、この瞬間っていうのは今でもいいけど、
そのときね、4人で歩いて投票場に向かってたときのあの瞬間も、
あの頃なんか高市政権が放送して解散総選挙があって、
初の女性総理とか、あのときに雪降って投票場4人で行ったねみたいな思い出としてただ残るだけみたいなね。
なんだろうなって思いました。
何かを得たとしても得なかったとしても、このときのこの思い出という形だけが残るんだなと。
そのようなことをね、ふと思ったんですよ。前からそういうのちょっと思ってるところがあって、
去年結構大事な尊敬者が、元上司というか友達というかね、人が亡くなったりしたんですよ。
その方にね、結局ね、僕ね、もう3、4年会ってなかったんだよな。
もともとゴルフ仲間だったので、前の上司学校の上司だったんだけど、
上司学校辞めてからももうだから付き合いとしては20年ぐらい、
それこそギター弾いて歌を歌ったりとか、
お前ちょっとこの曲やってよとか言われて、
あ、いいっすよって言われて、やったらさっさと歌わせろとか言って、
やりましょうかって言って。
そんな感じでね、歌を歌わせられたり。
歌われたりって言っても別にすごく悲惨な人だったんで。
一緒に楽しくやってて、音楽もやってたり、基本的にはゴルフでね。
結局もう会社辞めて亡くなったんだけど、
今月ゴルフいつ行くぞみたいな。行きましょうって言って、行こう行こうって言って。
そんなので20年以上付き合ったんだけど、
僕はもうバスを辞めてね、
ちょっとフリーランス的な動きをし始めたら、
ゴルフなんかいくお金ないよっていうことで。
もう結局行かなくなってね。だから5年、6年とかになるのか。
なんやかんやでね、会う機会もなくなっちゃって。
誘われたりはしないので。
でもね、結局最後まで会わなかったんですよ。
最後にね、ちょっとね、ガンだったんで。
ガンが発覚してもいよいよやばいっていうのになって、
でも動けるうちにまたゴルフやろうって言って、
集まる機会があったんだけど、その日の前日にちょっと倒れて入院ってなっちゃって。
他の仲間が集まったんだけど、
まあ本人が、党の本人がこれなくて残念だみたいな感じで、
ゴルフコンプをやったりはしたんですけど、去年。
で、その後もね、結局会えずに。
だから今、本当病院って会えないらしいですね。
年会みたいなのって。家族しか会えないらしくて。
だからうちの親もそうですけどね。
だからね、結局会わずじまいだったんだけど、
僕はね、これ全く口惜しいとかね、残念とか思わないんですよ。
5年間会わなくなった時点で、
すでにもう思い出の人になっていたから。
それがなくなったとしても、僕の中では、
20年間一緒にいろいろやったりしたこと楽しかったなっていうのが、
なくなる前から、会ってないんで変わらないんですよね。
思い出の重み
だからちょっと冷たいって思う人もいるかもしれないんだけど、
これね、僕、おばあちゃんが亡くなった時からそうなんですよ。
だから、もっとよくあれしとけばよかった、これしとけばよかったっていうのはなくて、
なんかもう会わなくなった人は思い入りの中の人で、
人と、それをまたあってに話してる人がほんの一番。
できたらできたでいいんだけど、できなかったらできなかったけど、
いい思い出の人だったなっていうので、
気にならないというか、いや変わんないじゃんっていう感じがするんですよね。
会ってない以上。
だから思い出しても、あの頃よく遊んだけど、
この先一生会わないだろうなみたいな友達も言いたりするじゃないですか。
遠くに行っちゃってとか、連絡しなくなっちゃって。
その人は生きてようが死んでようが変わんないんですよ、自分にとっては。
思い出の中の人っていうだけでもね。
これちょっともう一回挟んでおきますけど、
思い出の中の人みたいに言うと、ちょっとなんだろうな、
その人だけ別枠にアルバムの中に閉じ込めちゃったみたいな雰囲気なんですけど、
最初に言ったように家族と一緒にいることとかも、
結局最終的には思い出の中でしか残らないものだっていうことで、
これ同列なんですよね。
今こうやってスタイフでいろいろ喋ってる人とかも、
脳心不通に急になったとしても、
あの頃楽しかったなーって今はなかなか会わないけど、
そのまま死んでしまったとかいう話聞いても、そうか、残念だなーとは思うけど、
それは変わんないですよね。
この先新しい思い出が紡がれることがなくなったというだけで、
存在が思い出の中の人であるということは変わらない。
もう一回言いますけど、それは遠かろうが近かろうが変わらない。
思い出を更新できるかできないかだけの違いでしかないっていう感じかな。
おばあちゃんがね、もう一回戻る系の話。
もうヤバいって入院した時に、おばあちゃんちなみに熊本にドーンとなんですけど、
一回結婚する前の妻とデートしてて熊本に行ったんですよ。
普通だったらそこで、せっかくだったらおばあちゃんも嫁ヤバいし、最後に会っとこうかって思うところだと思うんですけど、
全くそう思わなかったんですよね。
最後に会っとこうと思わなかったんですよね。
それまでにおばあちゃんにはもう2,3年会ってなかったし、
会ったとしてもボケてるというか、ボーッとしてるだけみたいな存在だったんで。
だから現実によるボーッとしてるだけの存在のおばあちゃんとか、
病院でも嫁行くば雲っていうおばあちゃんに会ったとてなって思ったんですよね。
それより僕にとっては子供の頃、沖縄のおばあちゃんでサーターアンダギーを作ってくれたとか、
面白い話してたとか、その思い出の存在が一番重要であって、
それがね、あんま喋らない寝てるだけのおばあちゃんに思い出の一つが更新されたとてなって思って、
近くまで行ったのに行かなかったんですよ。
その後から数日経ってから無くなったよということで、お葬式に行くことになったんですけど、
その時も全然、全く後悔はなくて、
その時からこの人の死に対してそんな感じになるようになって、
去年一昨年とか同級生も死んだりとかしてるんですよね。
去年葬式に行った同級生も結局大学卒業しか会ってないみたいな同級生だったんだけど、
友達の友達のつながりみたいなので、もちろん高校の時はよく遊んだりしたから葬式は行ったんですけど、
僕にとっては彼がガソリンスタンドでバイトしてて、バイクでよくガソリン入れてもらったなとか、
お元気やーとか言って、片手に叩かれたとか、ニコニコいつもしてたなーっていう思い出の存在であるのは、
死ぬ前も死んだ後も変わんないですよね。
なんかそんな感じですね。
マザイさんこんにちは。歩きスタイルなのでずっと耳に当てて喋ってて発見が遅れました。失礼しました。
あと何か言いたいことあったんだよね。
身近な人とかが去年一昨年どんどんどんどん亡くなったりしたとか、
友達だった人が亡くなったとか、教師が亡くなったとか、
親父もね、危ないかはないんだけど、先週ね、ガンの手術をしたりしてるんですよ。自分の父親も。
なんかね、元気なんですよ。うちの父親は。悪いところだけ悪くて。
だから腎臓ももう昨日は終わって人工透析を始めてるんですけど、去年から。
でもその透析をしてれば別に普段の日常生活を送れるみたいな感じなんで。
相変わらず子供を、この前もバイクに乗せて正月だったかな。
走ってみたりとかして元気で、今度肺ガンが見つかったから手術しないといけないとか言って、
今は何がいいんだとかいう感じで先週はね、無事終わって退院してきたと。
元気は元気なんだけど、でももうあちこちいよいよ終わってきてるんで昨日はね。
だからもう10年はいきないんじゃないかなってね、父親に対して思ってるんですけど。
だから自分はそんな感じで、会わない感は思い出の人。
会ったら思い出が新しく増えるっていう存在。
これもう全員、何度も言いますけど全員なんですけど、子供たちも妻もそうなんですけど。
僕にとってはそうだっていう話。
子供たちにはおじいちゃんともっと遊んどけって言いたいですけど。
そんな感じですね。
だから身の回りに、この歳になれば死ぬ人もいれば。
恋愛と過去の思い出
例えばね、ちょっとロマンチックな話になっちゃうんだけど。
49歳のおじいさんのロマンチックな話はいらないかもしれないですけど。
はい、ただいまでした。
何だっけ。
高校の時ね、僕結構純粋な少年だったんだよ。
高校3年間好きな女の子がいて。
で、何だろうな。
一回告って、どうのこうのいろいろやって結局付き合ったりできなかったんだけど。
その後もなんやかんやで、他に彼女ができたりしたとしても、その子はその子でっていう思いはあるみたいなね。
なのでね、まったく気持ち的にすっきりするまで、何も感じなくなるまで、9年ぐらい思ってたのかなっていう人がいるんですけど。
その吹っ切れた時がね、なんかふとああって思ったのが、なんかそんなような感じだったんですよ。
この先も高校卒業して、その後何年とか大学出て何年と就職してた女の子のとこね。
その後結婚したとかいう話も聞いたりとか、そんなレベルなんで。
それもねやっぱその時思ったのは、これは思い出として存在し続けるっていうだけで、
これはこれでいいことだなと思えるようになって。
そこからかもな。
気持ちはあるけど、かつて仲良かったけどもう会わなくなった人っていう人に対して、会わなくなって惜しいとかがあんま思わなくなった。
その時そこで何だろう、重なった人生で楽しかった、いい思い出だったなっていうね。
ふうに思えるようになったっていうのが、その時からかもしれないですね。
その時はだから恋愛みたいな話から、なんか会いたいけど会えなくなっちゃった人みたいなのになんか吹っ切れる、吹っ切れ方がわかったみたいなところから、
今は年を取ったせいで、もう死んじゃって会えなくなった人っていうのに変わったって感じかな。
それをひるがえってみると、自分自身も含めた身の回りの子供達とかには、明日死んで会えなくなるかもしれない。
なんなら子供の方が死んで会えなくなるかもしれないって。
可能性としてはないわけじゃないじゃないですか。
とはいえここまで紡いだ思い出っていうのは、この先ずっともし子供達が成人したの、結婚したの、孫が生まれたのってずっと見たいなって思っても、
それも要はその人とのつながりって結局はその思い出が更新されていくだけだから、自分の脳みそにとってはね。
そしたらどっかへか止まるでしょっていう。
あ、ここで止まったかっていうだけの話っていうふうに感じちゃうんですよね。
はい、コメント読みまーす。
ロマンチック犬でした。
美術部の子じゃなくて、美術部の子は君たちが言い始めただけのことだな。
もう忘れちゃったけど、なんだったっけ。
えーと、渡辺美里じゃなくて。
もういいっつね、それは。
はい、でした。
えーと、忙しいんですよ。
今ね、11時じゃね。今11時ですね。
講の後1時からPTAの執行役員会を司会をしないといけないんですよね。
そして、ちょっと確認。
1時から執行部会。
4時10分から就職面接。
これ微妙だな時間。
執行部会1時間で終わらせて。
まあ僕は司会だから淡々進めるんで。
1時間で終わらせて2時、3時、4時。
それが余裕があったほうが準備ができるか。
でもその間に夕ご飯も作らないといけないな。
ということで忙しいっす。
今からちょっとコートのボタンが取れてるんで。
それをつけてから面接に臨まないといけないし。
はい、というところで帰ってきました。
そんな感じでですね。
最終的に残るものは思い出だけだなっていう話でした。
そしてその思い出すらも自分の脳みそとともに死んで
焼却されて消えてなくなるんだなと。
AIの活用と未来
人生というのはそれだけのものだなというふうに改めて
この前感じたよっていう話でした。
はい。
ボタン付けできないですよ。
さっきyoutubeじゃないじゃん。
ブログをまずジェミニーに聞いて。
ジェミニーにボタンの写真を撮って見せて。
このボタンの付け方教えてって言って。
ジェミニーに聞いて。
そしたらこれは足付きのボタンですねみたいな。
結び目が表に見えないタイプですね。
ああ、その通りみたいなね。
あいつはテキストでしか書かないから。
テキストでは分からないので
分かりやすいブログ紹介してみたいな感じで言って
URLをもらってそれを見ながら
さっき一個付けました。
全然うまくできなかったけど何とかくっつきました。
審査に怒られました。
でもね、ボタン付きできるから。
一個付けだから。
もう一個付けないといけないけど。
すごいボタン付けできるんやって言うでしょ。
AIの方がいいですよ。
AIはね、だから拡張機能ですよ。
そもそももう料理一年作ってんだから僕。
パスタしか作ったことなかったやつが。
パスタとアクアパッサしか作ったことなかったやつが
料理教室で習ったやつ。
だから何でもできますよ。
AIに聞けば。
それなりには。
別に上手にできなくていいんで。
最低限はできるなっていうことで。
そういう活用でいいんじゃないでしょうか。
審査が言ってるのは
アーリーアダプターみたいな話じゃなかったですか。
もう流行った頃にやり始めたって
もうそれは遅いんだっていう話。
みんななんか
これを今やっとけばみたいな感じで飛びつくけど
それもみんなが知ってるときには
もう遅いから興味がなくなるみたいな
感じじゃなかったですかね。
ということで活用としては僕は
ご存知のようにいろんなところで不器用なのでね。
それをすごく助けてもらえてます。
AIは。
ということでございました。
AIにいつか自分をコピーして
まあいいか。
その話ももういいや。
終わりますね。
来ていただきましてありがとうございました。
それではまた。
ごめんなさい。
茶券がねちょっとそういうことで
いろいろ予定が重なっちゃってできなくなっちゃって。
力さんに連絡が遅くなったのは悪かったなと思ってます。
一応金曜日の3時にやる予定でおりますので。
よかったらまた。
できないときはごめんなさいですけど。
そのつもりでいますんで。
また遊びに来てください。
ということで終わります。
さようなら。
バイバイキーン。
22:11

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