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🌋表現の自由と著作権の足枷〜世界本弱肉強食也。〜
2026-09-21 19:42

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サマリー

著作権の成り立ちと、クリエイターの権利を守るという建前について語る。著作権を厳格に法整備すると、守られる条件が増えて表現の自由を制限しうるため、商業活動と個人的な表現を区別して考える必要があると述べる。商標登録など手続きをした知的財産権と、無条件に付与される著作権を対比し、権利を主張するなら商業的価値や制作上の責任も問われると主張する。後半では画像生成AIの学習データを取り上げ、日本では雑多な画像の学習は認めつつ、特定の作家の作品に偏った学習は認めない方針だと説明する。自身のパッチ漫画アートについても、現時点では作品を自分のものだと強く主張する権利はないと結論づける。

著作権の成り立ちとクリエイター保護の建前
配信の中で、昨日の続きとか言ってますが、これ収録したのが金曜日の朝だったんですが、途中で止まって、やっと今日の夕方に収録続きができたので、今アップしてます。
ということで、耳毒ラジオでーす。
はい、さざまなまりの耳毒ラジオ宮剣です。
昨日の続き、著作権についての話しようと思うんですけど、もしかしたら途中で一旦切ったりする可能性もありますが、やっていきまっしょい!
では、いくぜー!
ドゥンドゥン!
昨日の話のまとめで言うと、著作権法の成り立ちということを考えると、
これは本来は権力者や、あるいはその業界、コンテンツ業界、権力者から始まり、やがて資本主義の中でのコンテンツ業界とか利権とかを守るために作られた法律であるが、
その運用の中で手続きの煩雑さを避けるために、作ったものは全員無条件に著作権を与えようよという無法式…
え?無法…無法式…
ちょっと用語忘れちゃった。なかなか慣れない用語は覚えないですけど、とにかくそういう方式が採用されて、
これの建前がクリエイターの権利を守るっていうことでしたっていう話をね、昨日お話ししました。
で、いろいろね、歴史的に編成の中でちょっと抜けてたのがあって、最初はその出版物からの話だったんですが、
時代が進むにつれてこれが、それこそ映画とかね、今でいうところのアニメ、漫画とかそういったものにどんどんコンテンツの幅が広がっていって、
それに合わせて法律がどんどんずれていってっていう歴史がありまして、
アメリカが方向転換、方針転換した背景には、ハリウッドの輸出とかディズニーの輸出とか、この辺が結構絡んでいたりするようです。
はい、ということを抜けておりましたので、ちょっと追加、補足情報で追加しておきます。
今日の話なんですが、要するに、今世間でSNS等でわいわい炎上が上がったりする中で、
要はクリエイターの権利を守るための著作権だぞ、みたいな言ってるのは、それは建前の話であって、実は本質ではなかったりするんだということをあまり知らない。
みんな知らないというか、やっぱり皆さんね、自分の都合のいいものとして捉えたいので、これはクリエイターの権利を守るための神聖なものだということでね。
言ってることは、理屈は確かにそう聞こえるんでね。そう聞こえるし、そういう面ももちろんあるんですけれどもね。
実際の機能としては元が違うんだよっていうところもありますが、これに関してもうちょっと詳しく言うと、権利を主張するのであれば、本来ですよ、そもそもこっちも何かしらしないといけないわけですよ。
っていうのはこの無法式の方式だと、言えば七夕的に権利が与えられているわけですよね。
なのに、権利だって主張するのは、やっぱり僕はちょっとね、いささか勉強が足りないんじゃないかなと思っちゃいますね。
それを、僕自身もこうやってね、ちゃんと歴史を調べてなかったものの、なんとなく思ってて、だから違和感とかもやもやを感じてたっていうところがあります。
だって世の中には、陶器居とかあるわけですよ。
イラスト、キャラクターとかに関しては特に、いわゆる知的財産権っていうのを取得するための手続きとか、そしてお金を払うとかいうのがあるわけですね。
商標登録とかですね。
で、現に、現にですよ、ちゃんとお金払って手続き踏んで商標登録したものは、まあほぼ完璧に守られるんですよ、個人であっても。
企業とかはお金があるんで、これをガンガンやっていきますよね。
ロゴとかに関してもそうだし、自社のキャラクターとか、キャッチコピーとかに関してもそうですけど、個人はお金がないかできないんだけれども、やればいいんですよ。
やればですね、完全に裁判でも勝ちます。余裕で勝ちます。
だって登録してるんだから、それを無断でいろんな使用したらダメっていうのは国が保証するし、その保証するための保証金としての登録手続きとかお金払ったりやってるわけだから、これ完全に勝ちますね。
じゃなくて、ただただ、無料で付与…無料じゃないや。
タラモタ的に付与された著作権に対して何の努力もせずに権利を主張してパクリだからなんだっていうのは、僕は姿勢としてね、姿勢としてどうなんだと。
ちょっとダブルスタンダードな感じもしますよね。
法律を盾にとって権利を主張する割には…いやちょっと難しいな。
まあまあとにかく言いたいことはそんな感じなんですよ。
著作権と表現の自由の緊張関係
でね、これがですね、ちょっと興味深い部分は、じゃあ著作権って神聖なものじゃんみたいな話は何となく思ってると思うんですよ。
それはそれで一応理念があって、著作者をクリエイターを守るっていうのはあるんだけれども、
あのね、これが難しいというかおかしなところは、
じゃあ著作権をもっときっちりきっちりやって、皆さんの、皆さんのというかこう抑えて声を上げてる人の希望通りに著作者をちゃんと守れるようにしようよと言って
法整備をガチガチやっていくと。
あ、ちょっと止めます。
はい、では日を跨いで再開しております。
あのー、まあ、えっと何の話でしたっけ。
えっとー、著作権っていうのは、著作権っていうのは皆さんちょっと勘違いしてるのは基本的人権みたいに生まれながらにして持っている保証されるべきものだみたいな
ちょっとそういうニュアンスで思っている人は多いのかなっていうね、印象があります。
でも歴史とか調べていくと、そもそもちょっとそうじゃないよねっていうね、基本的人権とはそもそも経路が違うよねというところなんですよ。
要は権力者とかが都合によって作り出されたもので、っていう話をね、しましたよね。
で、そいでそいで、えっと、著作権をじゃあ基本的人権のようにやっぱ人間として絶対に守らないといけないよねって思うとですね、
法整備をいろいろ進めていかないといけない。
法整備を進めるということは、いろんな条件を付き合わせていかないといけない。
こういう場合は守るべき、こういう場合はそうとは言えないんじゃないとかいろんなケースバイケースがあるから
そこを固めるとちょっととかいろいろそういうのをね、見つめて考えるわけですよ普通はね。
そして法の条文とか条件ができるんですが、
それをやるとですね、こんなこうなるんですよ。
表現の自由が守られないってなるんですよ。
その著作権を法律でやると線を引かないといけない。
でも線を引くという行為そのものが表現の自由に反する行為なんですよ。
だから国が守ってくれるとか、
法律が守ってくれるとしたら、その法律にのっとったことじゃないと認められないっていうことになっちゃうんですよ。
そうなるとその創作活動とかアートとか表現活動の根本理念、
本当の意味での根本理念である表現の自由が阻害されるんですよね。
ここなんですよ。
だからあの著作権はクリエイターを守るという理念とか気持ちはわかるんだが、
じゃあ守るためには守ってあげますよっていうことをし始めると、
守られるためにはこうこうしてねっていうのが出てきて自由が阻害されるわけですよ。
だから僕がモヤっとしている話の中にはこれも結構あって、
侵害されたっていう時には、
お、著作権侵害だぞとか言って、
本当だったらこの作品はあなたが投与しなければ私にはこんだけの利益があったはずだみたいなことを仮に言ったとします。
でも一方ですね、これだけの利益を得るためにはこういう風になっとかないといけないでしょとか、
あるいはそういうものはやっちゃいけないでしょって、
もうけりゃ何でもいいのかみたいになってきて、
なのでそういうラインを超えちゃダメでしょとか言ったら、
うがぁ表現の自由を阻害してきたみたいに言うわけですよ。
だからやっぱりはっきりしないといけないのは、
商業ベースであるのか、
そのクリエイト活動が商業ベース資本主義のお金を生み出すためのものであるのか、
それこそそういうのは度外視して本当に気持ちだけの個人的な、
あるいは個人的なものが周りを巻き込むことはあるでしょうが、
そういうものなのかっていう信念をしっかり持った上で、
自分は表現の自由のために表現をするんだと。
表現の自由のために表現をすれば批判されることもあるし、
何なら法的な罰されを受けることもあるでしょう。
児童丸のとかに反するものをやれば、
何なら国によってはすごく厳しいので、
罰せられるペナルティもあるでしょうよ。
でもそれをペナルティにするっていうのは、
表現の自由のなんちゃらってことになるわけだし、
だからそういう、
じゃあ表現の自由したければ、
そこをうまく回避しないといけなかったりもするだろうし、
あるいはそういうのを無視してでもやり続けるという覚悟が必要だったりするだろうし、
そこまでならなくてもいい。
そこまでならなくてもいい。
いや、あなたそれでお金儲けはダメじゃないって言われたら、
そうか、そうですね。
じゃあ僕は表現の自由の方が大事なので、
お金はいりません。
自由にさせてもらいますっていう言える覚悟が必要だろうし、
商業ベースのものですよっていうんであれば、
言えばよくある話ですけど、
お客さんから言われたものは、
お金をもらうためには、
それにのっとったものづくりをしないといけないだろうし、
相手が、たとえ自分が納得いかなくても、
相手が喜ぶものを作らないと、
商業的価値と権利主張
それはあなた職業、プロ職業人として失格だよねっていう話にもなるし、
それをちゃんと担保するからこそお金をもらえるし、
だからこそ著作者としての権利っていうのを主張できるんじゃないかなと思うわけですよ。
端的に言うと、ネット上のうぞうむぞうがいろいろ騒いでるのを見てて、
端的に言うと、
君の作品はそんなにお金を取れるものなんですかねっていう。
お金を取れるようなものであれば、
とっくに資本主義のスカウトやら何やらが見逃してないんですよねっていう。
そんなに非権利を主張するほどのものであれば、
すでに商業ベースの何かしらがあなたのことをスカウトしたり、
ぜひこれを書いてくださいとか言ったりしてるんじゃないですかねみたいな。
ただ野良でだんだん絵を描いていって、
パクられたって言って騒ぐのは、
ごめんなさいだけど、
それは資本主義っていうのはやっぱり正しく生きてれば正義ってものじゃないんだよね。
やっぱりずるいことをしてでも儲ける人がやっぱり正義っていうのが資本主義の残酷なところなので、
だからコツコツやってても、
表に出なけりゃ意味がない、価値がない、
もう儲けられないっていうのが残念ながら資本主義の実態であるので、
それこそエジソンとテスラみたいなもんでね。
わかる人はわかると思うんですけど。
そういうふうに僕は思ってて、
やっぱりダブルスタンダード的に見えるんですよね。
だからモヤモヤする。
画像生成AIと学習データの扱い
これがAIに関しての問題も結局そういう考え方をした時に、
商業ベースでやるんであればちゃんとしないといけないよねっていうのがあって、
今要はAIの問題でいうと、
画像生成の学習に、
今画像の話になっちゃいますけどね。
イラストベースで話してるんで。
画像生成のベースに移しているその画像、
学習元の画像を勝手に使うことが著作権侵害だよねっていう風な主張というか、
この主張あってはいると思うんですよ。
あってはいると思うんですが、
あるいは違法というか、
世にはまかるべき画像とかも学習元にしてるでしょみたいなところがあるんですが、
ここら辺は冷静に見るとですね、
結構やっぱり商業ベースでやってるところは、
ちゃんと法整備が進めてる、
法整備というか、
ちゃんと筋を通そうとしてて、
例えばオープンAIとか、
初期のAIを作っていた会社は、
ほとんどが何らかの訴えられたりしたことに対しては、
話し合いをして賠償金を払うなりなんなりして合意を得たり、
あるいは今後は画像生成の生成元は、
こういうところからしか使いませんということに取り決めにして、
その中でやってたりします。
アドビなんかも画像生成とかを使うようにもしてますけど、
それこそフォトショップ、イラストレーターとかでもしてるけども、
アドビはアドビとして独自のうちで今まで扱ってきた作品を、
データセットのもとにしてますっていうふうに言ってます。
これ実際はどうかわかんないですけども、
一応言ってて、
それで社会的にはもう今OKになっているわけですよね。
日本の国も国として画像生成のAIの画像生成については、
その学習として使われたものに関しての著作権はもう、
そこは気にしないというふうに決まってます。
決めてます。国はね。日本は。
ただし、ただしですよ。
特定の著作権者の作品ばかりを
集中的に学習するのはダメだよっていうふうに決めてます。
これは国が法律かガイドラインか忘れましたが、
日本はそういうふうにやりますっていうふうに決まってて、
もう一回まとめて言うと、
雑多にばーっと拾ってきて集めて、
今までのやつは一応いいでしょうってなってます。
ただし、鳥山明の絵ばっかり学習させたり、
宮崎駿の作品ばっかり学習させたり、
そういうことをしたAIはダメだよっていうふうに
日本は今決めておりますという感じで、
各国ね。海外はね結構厳しめが多いんですけれども、
各国やっぱり商業ベースのラインで考えたところでは
ちゃんと動いてます。
著作権をめぐる自身の結論
個人のところは、もともと言えば国とか業界とかは、
もともと個人を相手にしてないので、
あんまり見てないって感じですね。
見てないんだけど、やっぱり見られなくてもしょうがないですよ。
それはあなた、その作品どれだけの価値を生んでるもんなんですかね、
っていう話になってるんで、
いやでもこれは基本的な、
クリエイターとして基本的な権利だろうって言うと、
うーん、みたいなね。
そうですね、みたいな感じでスルーされてるという。
それ建前なんだよ、みたいなね。
そういうね、今世界になってるような感じでございました。
なので、
口悪く言うと、
口悪く分かりやすく言うと、
稼げるようになってから言いなさいっていうことになるのかなと思います。
なので、こんなこと言ってますけど、
私自身もそういう意味では、
言う権利ないなと思ってるんです。
私がね、パッチ漫画アートとか言って、
作風オリジナルですとか言ってるけど、
これをパクられたとて、
今の私には、
これを自分のもんだと主張する権利はないなと、
自分自身もこの考えに基づいて思ってます。
それこそダブルスタンダードにならないようにね。
っていうのがね、今の私の著作権前に関する結論でした。
はい、ということで、
長くお付き合いいただきましてありがとうございました。
今後もね、また色々こういうところ、
特にAIに関することによって色々変わって、
世界はどんどん変わっていくと思うので、
時折ここはまた見直して、
考えをまとめていきたいと思います。
はい、ということで、
長々ありがとうございました。
終わりまーす。
さつまなまにの耳どくラジオ、宮剣でした。
またね。バイバイ。
チェソー!
19:42

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